銚子・角巳之・三代目

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幾千年の昔より....

2007年05月31日 | 日記・エッセイ・コラム

Img_0979 久しぶりに銚子商業の側を通り掛りました。~♪幾千年の昔より・海と陸との戦いの・激しき様を続けつつ・犬吠埼は見よ立てり♪~。高校野球のオールド・ファンなら誰でも知っているであろうと思われる銚子商業校歌。私は銚商のOBでは有りませんが、この歌を聞くと背筋が伸びるような気がします。創立は明治33年(1900年)すでに100年以上の歴史。イカリにC・Sマークは憧れでありました。C・Sは(銚子・商業)の略かと思っておりましたが、(コマーシャル・スクール=商業学校)の略のようです。校章上部はギリシャ神話で言う商業神マーキュリー(伝説上の鳥:トンビかと)、マークに絡まるC・Sマークは双頭のヘビ(これまたギリシャ神話から)。本当に格好良い。さて校歌ですが、作詞は相馬御風(そうまぎょふう)、作曲は東儀鉄笛(とうのぎてってき)。このコンビ、早稲田大学校歌・都の西北と全く一緒です。なるほど....と思います。校歌の二番~♪流れて絶えず新たなる・利根の流れは汪洋と・千古の歩み絶えずして・不易の姿を現わせり♪~。う~難しい歌詞だ...。因みにこの校歌、10番まであるそうです。旋律は七五調で、♪もしもし亀よ亀さんよ~。に似ていると言われてました。確かにそうかもしれない...。全国各地から有望選手を集めた私立全盛の中(いろいろTVで問題になってますが)銚商は基本的に地元の生徒だけ。それを猛烈な練習で鍛え上げる。何度か練習風景を見たことがありますが、本当に凄まじい練習です。この過程で“不屈の精神”が培われ、甲子園に出たか否か?よりも尊いものが身に付けられていくのでしょう。


雲&夕焼け

2007年05月30日 | 銚子の風景

Img_0995 Img_0981 先々週の日曜日、銚子マリーナ周辺の雲が綺麗だと同級生のK君からメール頂き、早速ブログに使わせて貰うよ..と、調子の良い事を言っておきながら2週間近く...。K君すいません。本日掲載します。しかも携帯で送って頂いた写真の取り込み方法が分からないので、同日、自分で撮ったもの。どうも同じ事を考えていたようです。旭に向かう道中、あまりに綺麗だったので途中で写真を撮り、帰りに夕焼けも綺麗だろうとマリーナに立ち寄りました。マリーナの夕焼けは絵になってました。確か、サンセット・クルーズなる観光船の定期就航もしているはずです。今年は是非乗ってみようと思っています。


ダボギス

2007年05月29日 | 銚子で揚った珍しい魚

Img_1006 漸く見つけました....。写真は銚子でダボギスと呼んでいる魚。ギスという魚はどうもイワシの仲間のようです。この魚、まず市場流通はしませんが、銚子はじめ水産の産地では非常に美味しい魚として知られています。刺身、焼魚、煮魚...ではなく、“すり身”として。この魚で作った“さつま揚げ”は最上級と言われております。浜の大先輩から、昔の“さつま揚げ”が食べたい。というお話を良く聞きます。言い訳に聞こえてしまうかもしれませんが、恐らくこのダボギスの漁獲量との関係が大きいと思います...。この魚が産地でも珍しい魚になってしまう。という事は悲しい限りです。


正面の理・側面の....

2007年05月28日 | 日記・エッセイ・コラム

Img_1007 理屈なんか抜かしてねえで、体動かせ...。銚子の現場で良く耳にします。確かにその通りです。ボヤボヤしていると魚が腐る...。ただ時には理屈も重要だと思っております。食べ物の生産と消費の距離が大きく離れてしまっている昨今、理屈と言いますか、自分達の活動を筋道立てて説明する事、難しいですが大切な事だと思っております。話は飛びますが90年代後半、金融腐食列島なる言葉が出るくらい金融スキャンダルが続出しました。その際、債権回収で辣腕を振るった弁護士さんの言葉。“正面の理・側面の情” 回収できるかどうか分からないし、恐い筋まで入っている。こんな大変な仕事なのに、貴方の部下は嬉々として働いている。何故ですか?の質問に対して出てきた言葉。確かTVのインタビューだったと思います。正面には理が有るべきだ。理とは大義名分とか、正義とか。さりとて人は理だけで動かない。側面から見守り続ける情も必要だ。ただ理と情だけで物事は成就しない。人間の成長も止まる。最後に必要な事、それは背後の恐怖である。10年ほど前のTVインタビューですが、今でも鮮烈に覚えております。正面の理・側面の情・背後の恐怖。凄い言葉です。写真は波崎の風車。どうも私、風車を真下から見上げ、正面の理、側面の....、とぶつぶつ言っていたようです。狂った訳では有りませんので...。背後の恐怖は毎日感じておりますが....。


無題

2007年05月27日 | 花筏倶楽部

Img_1001 またまた花筏さんの作品。新婚さんへのプレゼントだそうです。それにしても、次から次へと良くもまあ新しい作品(しかも場所や相手に合ったもの)が出てくるものだといつも感心しております。芸術を理解できない私ですら、こういう空間にいると癒されたり、気分がリフレッシュされてくるのを感じます。不思議です....。さて本日これから、中学生のバスケット銚子市内大会を観戦に行って参ります。近所の子たちも選手として参加。小さな頃から知っている近所の子達が一生懸命に練習して試合に臨む。結果はどうあれ、中学生の真剣な“目”に接すると、心が洗われるようです。


バラクーダ

2007年05月26日 | 銚子で揚った珍しい魚

Img_0950 写真はバラクーダ(別名オキザワラ)かと。バラクーダと言えば、未来少年コナンで、ダイス船長が乗っていた船の名前...(古いです、これで分かったら同世代でしょう) さてこの魚、外洋のトローリングなどで良くターゲットにされる魚です。食べた事はありませんが、ハワイ辺りでは一般的な魚。じゃあハワイではどうやって食べるんだと聞かれれば、....分からないんですが。きっと美味しいと思います。多分ステーキでしょう。


アカザル

2007年05月25日 | 銚子で揚った珍しい魚

Img_0946 サルエビ(カテゴリー銚子の魚:サルエビ参照)の中に赤いエビが混ざっておりました。桜エビの一種か?と思いましたが、これ通称アカザル。アカサルエビ(サルエビの亜種)なんだそうです。味はサルエビと殆ど変わらないようです。と言う事は、そのまま素揚げ....、少々塩を振って....、ビールが美味しい季節、最高のツマミです。このサルエビなどを水揚げする近海小型底引きは今月末から3ケ月の禁漁となります。資源保護のためです。3人乗りの小さな船ですが、水揚げされる魚種は非常に多い。3ケ月の禁漁の他、選択性漁具と呼ばれる小さな魚を逃がしながら一定サイズの魚だけを捕獲する網などを使用。すべて資源保護のために行っている事ですが、なかなか一般の方々まで伝わっていないようです。スローフードの総本山・イタリア・スローフード協会には、魚の漁法に関する規定もあります。伝統的な、一網打尽にしない漁法で捕獲された魚は、一般の魚と流通が別。それら魚にはプレミアム価格が付けられ他の魚とは区別されているようです。食べる側の意識が変わると、流通が変わり、流通が変わると、生産者に変化が起こります。食材の生産に最も近い場所にいる生産者が変わると....。資源は無尽蔵では有りませんし、世界的に見ると非常に激しい食糧争奪戦の様相を呈しております。


タイラガイ

2007年05月24日 | 銚子で揚った珍しい魚

Img_0997 これ銚子で言うところのタイラガイ。ホラ貝という方もおりますが、漁師さん、市場関係者の多くがタイラガイと言っているので、タイラガイなのだと思います。魚介類の名前は難しいです。正式名称は別にあっても地域独特の呼び名がありますので。この貝ですが砂地の海底に棲息しております。近海小型底引きで時々見掛けます。気になっていたので漁師さんに聞いたら、おめえこの貝はホタテよりうめえぞ。歯ごたえもあるし.....。数量はごく僅かですのでまず市場には出回らない。こういうものに出会える喜び。これまた銚子の楽しみであります。食べる機会に恵まれましたら改めて報告させて頂きます。


マンボウ

2007年05月23日 | 銚子で揚った珍しい魚

Img_0961 マンボウを見付けました。観賞用でも何でもなくて食用。私は食べた事が有りませんが、海沿いの街では(食用にするのが)一般的かと思います。マグロ・サメ延縄船の混獲のようです。以前、赤マンボウを掲載しました(カテゴリー:銚子で揚がった珍しい魚参照)、本物に接すると、やはり赤マンボウはマンボウに似て非なるもの。赤マンボウ(マンダイ)は身にするとマグロの身のような色、味をしており、赤マンボウの身をマグロとして売っている悪徳業者もいるとかいないとか聞きました。むろん銚子では簡単に見破られてしまいます。至る所にプロが揃っていますので。マンボウを食べる。というと、イルカ同様(銚子周辺のスーパーでは切り身で売ってます)可愛そう....。となりますが、じゃあイワシは?アジは?カツオは可愛そうじゃないのか?と言う事であります。牛は?豚は?....。と子供のような事を言うのはここまで。命を頂くからにはせめて本名と姿・形が分かった上で。ただマンボウ、本当に愛嬌のある顔をしております。愛嬌のあるのは可愛そうで、ぶさいくなのはどうでもいいのか?....。脱線しそうなので、本日はこの辺で。


若者・よそ者・バカ者②

2007年05月22日 | 日記・エッセイ・コラム

Img_0969_1 勝海舟から、竜さん、薩摩に西郷隆盛という面白れえ男がいるんだが、お前さんちょっくら会って来ねえか?と言われた坂本竜馬は遥々薩摩の地に降り立つ。質素な食事、粗末な衣服、雨漏りのする家....、敬天愛人(天を敬い人を愛す)を掲げ、すでに求道者のような境地。巨人・西郷隆盛の日常に接し、竜馬は心を揺さぶられ、その心中を勝海舟への手紙としてしたためる。“西郷はバカにて候(そうろう)、しかも史上稀に見る大バカ者にて候、小さく叩けば小さく鳴り、大きく叩けば大きく鳴る。そのバカさ加減が推し測れまじ候...”これを見た勝海舟は、やはり人物は人物を知る。と笑ったとか。竜馬の手紙の締め括り。“惜しむらくは、周囲に人無く、(西郷という鐘を叩く)バチの小ささが気に掛かる...” 西郷隆盛の逸話を納めた西郷南州遺訓の中に、名誉もいらず、金もいらず....(中略)こういう男は始末に困る。が、そういう始末に困る男でなければ天下の大業は成し遂げられず。というくだりがあります。西郷は西南戦争・城山で自刃しますが、この戦いに望む前に各地から来ていた留学生に対して地元へ帰るように説得します。ここで死なせたら親元に申し訳ない。という西郷に対して、庄内藩の留学生の言葉、西郷先生に1日接すれば1日の愛あり、10日接すれば10日の愛あり、故に先生の側を離るるに忍びなく、我ら先生と共に生死を同じゅうせん。ここで言うバカ者とは、私心が全く無い無償の愛を持った人の意。なんだろうと思います。損得勘定が先立つ昨今、時代を変える“バカ者”は出現するのでしょうか?写真はカツオの一本釣り船。宮崎・南郷町からでした。


若者・よそ者・バカ者①

2007年05月21日 | 日記・エッセイ・コラム

Img_0973 地域を変えるには3人の異なるキャラクターが必要なのだそうです。①若者、②よそ者、③バカ者。唐突に何だと思われる方も多いことでしょうが、日本の歴史を振り返るに、これは当たっております。特に“しがらみ”の多い地方では。大きく捉えて島国日本では。バカだとか何だとか穏当な言い方では有りませんが、これ悪い意味で語られておりません。まず若者。歴史の転換点では必ず若者が活躍している。“若者”というのが何歳から何歳を指すか定かでありませんが、肉体よりむしろ精神の若さを指す事のほうが多いと思います。柔軟性とか変化対応とか。かつて吉田松陰はこう言いました。“行け若者達、外へ出よ、そして行動せよ。時代の変革は情熱と狂気によってのみ成し遂げられる” “生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし、死して不朽の道あればいつでも死ぬべし....” この教えに晋作が木戸孝允が、若き日の伊藤博文や井上馨が奮い立つ。やがて各地の若者は“燎原の火”の如く呼応し、300年近い封建制度を打倒する。次によそ者。黒船来襲の事例を見るまでも無く、日本の変革はいつも外圧。最近も....外圧。よそ者という表現は非礼かもしれませんが、変革には外部からの圧力が不可欠なんでしょう。写真の作業船は北九州船籍でした。この作業船は外圧を掛けにきた訳では有りませんが、漁港の維持に大変大きな役割を持っております。そしてバカ者...。これは明日にします。


超C!

2007年05月20日 | 日記・エッセイ・コラム

Img_0974 “銚子”という名前の由来は、街の形がお酒を入れる“お銚子”に似ているからというのが定説ですが、それから捻って、昨日の“丁四”とか、いろいろな語呂合わせがあるようです。で、本日は“超C” お客様をご案内して、ウオッセという水産センターに立ち寄った際に見付けました。余談ですがウオッセという名前の由来。幕張に“メッセ”があり、銚子は魚だから“ウオ”、“ウオ”+“メッセ”でウオッセ....。確か私が大学生の時に出来たと思いますが、東京の仲間が由来を聞いてあ然としていたのを覚えております。さて写真、銚子市政100周年記念のキャラクター、“超Cちゃん”だそうです....。ノーコメント.....。数年前に市制施行100周年があったのは知ってます。銚子は千葉県内において、千葉市に次いで2番目に市となった。と言う事も小学校か中学校の社会の時間に教わりました。これまたノーコメント。“超Cちゃん”なんて誰も知らないだろうな?と思い、話のタネに早速購入。本日の小ネタ代金350円。超Cちゃんを見付けた感動、プライスレス.....???。本日は五市対抗戦(銚子・旭・匝瑳・香取・成田という周辺地域5市が一年に一度スポーツの対抗戦を行います)男子バスケット銚子代表(20代中心)は現在2連覇中。近年にない仕上がりのようですので、これから超Cちゃんと共に、3連覇を見届けて参ります。超Cちゃんの“C”って何の略なんでしょう。そのCを超える...。Cって何だ...。気になります....。


丁四!

2007年05月19日 | 日記・エッセイ・コラム

Img_0957 写真左のマーク。水産加工組合のものですが、良く見ると外側の円形、丁の字が4つあります。丁(ちょう)が4つで、ちょうし。笑われる方も多いかと思いますが、これ銚子のマークでは一般的です。由来その他は分かりません。単なる語呂合わせかも。チョウシタの蒲焼という絶品缶詰があります。この会社のマークも丁が4つで囲まれた円形にカタカナの“タ”、で、チョウシタ。真ん中の“全”とか“タ”は屋号とか会社名を表しているようです。余談ですがチョウシタの蒲焼、これ本当に美味しいです。しかも安い。銚子のお土産物屋さんだけでなく、最近は首都圏のスーパーマーケットにも並んでます。大学時代に銚子からケースで持っていくと、貧乏学生・全員集合。今日は蒲焼だ(ウナギじゃなくてサンマなのに....)。とあっという間に無くなりました。むろん社会人になってからも。酒の肴にも最高。つい最近も食べました。やはり美味かったです。この缶詰、80年代には世界の珍味として知る人ぞ知る存在。商社の方々が輸出したい日本の逸品として非常に高い評価をしておりました。実際、輸出もされているはずです。そして今、味、缶のデザインなど殆ど変わらず、相変わらずいい味出してます。実物はいずれ掲載します。


アミモンガラ

2007年05月18日 | 銚子で揚った珍しい魚

Img_0949 写真の黒い魚体に斑点のある魚。アミモンガラと言うそうです。斑点の無いものはイサキの仲間かと。市場には沢山の師匠がいて、中には“神”の領域に近い方もおります。年齢に関係なく存在するのですが、最近は廻船問屋の三代目に何かとお世話になっております。年は私より若いですが、市場に出て20年。何を聞いても答えが返って参ります。写真の魚に遭遇し、彼に質問したんですが、ああそれはクロカワハギですよ。図鑑ではアミモンガラって言ったかな。今(写真)の状態なら刺身で行けます。美味いですよ。という事でありました。で、図鑑で確認したらアミモンガラでした...。脱帽です。魚の名前が分かったって...という方もおりますが、自分が全くの素人として(私もそれに近いですが)、知らない魚を見て、この魚何て言うんだろうと誰かに質問する。そんなの知るか!とやられるか、調べてみますと言われるか、すぐに答えが帰ってくるか....。大違いであります。日常の姿勢の問題かと。彼のお店は銚子でも有名な繁盛店。その意味が分かるような気がしました。


天地人②

2007年05月17日 | 日記・エッセイ・コラム

Img_0939 直江兼継は幼少期より上杉謙信に見出され、後継者・上杉景勝の重臣となる。謙信から天下取りなど小事に過ぎず、“義”に生きる事こそ人の道と教えられ、愛と義の人格を形成していく。あまりの男気と才能に天下人・秀吉が惚れ、自分の家臣に。と申し出ますが、私の主は上杉景勝ただ一人。と拒否。秀吉の怒りを買えば切腹という状況でこのセリフ。ますます惚れた秀吉は、上杉家・一介の家老に過ぎない兼継に30万石(当時・景勝は120万石)という大領を与えます。家康に送りつけた弾劾状。武器を集め、城を補修しているのは謀反の前触れと難くせ付ける家康に、上方は華美な茶器などを集め、風流な生活を送っているだろうが、我ら田舎者ゆえ日々鍛錬し、武器を集めるは武門の習い....。それでもまだ難くせ付けるなら...、お相手致す、掛かって来い。上杉家は戦う事無く関が原の敗者となりますが、再び家康とまみえた兼継は、貴殿と真っ向から勝負してみたかった....。家康もこの男気に触れ、本来であれば切腹・お家断絶のところ、米沢30万石の減封のみで処分が終わる。このうち兼継は6万石を与えられますが、5万石は家臣達に、5000石は身の回りの世話をしてくれる人達にそれぞれ分け与え、自らは5000石でつつましやかな生活を送っていたそうです。その後、雪深い米沢で、上杉家は苦難の歴史を歩みますが、兼継はすぐ藩政改革に着手。自ら鍬を持ち領民と共に実質石高を倍以上に上げたそうです。彼の逸話は多数残っておりますが、とても書き切れない。現代人は直江兼継の生涯に何を見るのでしょうか?