銚子・角巳之・三代目

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良いお年を

2005年12月31日 | 日記・エッセイ・コラム

000_0302 写真は外川(とかわ:銚子電鉄終点の街・味わい深い街です)の夕陽(12月28日の撮影です)。太陽の沈下により漆黒の闇が訪れても、明日にはまた、そう“陽はまた昇る”です。明日の天気は雨かも?という予報が出ていますが、晴れていれば元旦の朝6時46分頃、犬吠埼付近に日本一早い太陽が姿を見せてくれるでしょう(戌年の元旦に犬吠埼から昇る太陽。縁起物ですよ)日本の最東端は北海道根室の納沙布岬ですが、地軸の傾き等の関係で元旦から10日前後は銚子で最も早い日の出が見られるそうです。観光等の関係者の方々には叱られるかもしれませんが、この際、日本一早い云々はどうでも良いではないですか?陽はまた昇る。その姿に想いを込めて、自然の力に畏怖し、何気ない感動に包まれて、“生きている”ただその事に感謝しながら...。皆さんどうぞ良いお年をお迎え下さい。


2005年を振り返る③

2005年12月30日 | 日記・エッセイ・コラム

000_0312 明日は大晦日。いよいよ2005年も終わりです。写真は今年大変お世話になりました小型底引き船団の入港風景です。今年は酉年でした。カモメも感謝しています。私にとって一大転機の年、長らくお世話になった会社、新天地での戸惑いの中で道を示してくれた方々....、とにかく何もかもが感謝、感謝の一年でした。来年はどうなる事かと期待と不安が交錯しますが、でもその前にお世話になった方々に感謝。そんな思いで今晩は一人飲みながら、2005年の総括をしてみたいと思っております。そういう時間も時には必要ではないか?年の瀬にそんな事を考えています。


2005年を振り返る②

2005年12月29日 | 日記・エッセイ・コラム

000_0012 今年の5月、久し振りに母校・銚子一中を訪ねました。そこで20数年前にもそこに建っていた希望の像を見つけました。写真の下が切れてしまいましたが、ここには以下のような文章があります。“われら一中生は太平洋に学び世界の突端にたたん” 銚子一中は銚子港の近くにあり、生徒の父兄の多くが水産関係者。校舎から海も一望できます。当時はイワシが豊漁で学校給食にまでイワシが出ていました。そのイワシ、今では高級魚です。対岸の波崎海岸ではハマグリが、利根川河口ではシジミが沢山取れました。今は本当に少なくなってしまったようです。理由は様々なのでしょうし、私にはその科学的な根拠など専門的なことは分かりませんが、もう一度太平洋に学ぼう。この気概が必要だと思っています。帰ってきてから知りましたが、銚子にはそんな気概を持って具体的行動を起こしている方々もいます。本当に敬服しております。ただ太平洋は広い。銚子の人間だけでなく、海の恵みを運ぶ方、販売する方、そして食べる方と一緒に考えて行きたいと思います。銚子は利根川が太平洋に注ぐ河口にあります。そして希望の像はその河口近くに建っています。利根川は流域面積日本一の大河。上流・下流の連携が太平洋に学ぶヒントを与えてくれそうな気がしています。利根川については来年シリーズ化して参ります。


2005年を振り返る①

2005年12月28日 | 日記・エッセイ・コラム

000_0154 銚子に戻ったのが今年の3月。まずは肉体労働に耐え得る肉体改造をと思い、帰った当初は10㎏ほどの重さにしたリュックサックを背負って、毎日二時間ほど銚子の町を歩き回っておりました。突然帰ってきて、銚子の至る所に変な格好で出没していたものですから、あいつはおかしくなったのか?という周囲の白い視線を感じつつ、とにかく歩き続けました。結果、体重は13㎏減。ベルトの穴が2個縮まりました(本当です)最初は、ただ痩せねば、痩せねば?と思っておりましたが、だんだん飽きてきて、次は時間か?と思い同じコースを今日は何分、明日は...、と始めてみました。最初は面白いように時間が縮まります。でも一定限まで縮まるとその後はなかなか時間が縮まらない。また飽きそうになった時、ふと海を見たら物凄く綺麗でした。それからは何も考えず、カメラ片手に感じたものをただ撮りながら。こんな歩き方にしています。車で5分の距離でも、歩くとその何倍も掛かります(当然ですが)、ただ同じ距離なのに、見える風景が全く違う。これには驚きました。今まで24時間眠らない街にいて、今は午後7時に真っ暗の世界。あれもない、これもない、ない・ない・ない.....と考えると気が滅入るので、歩きながら、ああ、あれもある、これもある、ある・ある・ある...。と、勝手に“銚子あるもの探し隊”と名付け、今でも歩いています。時に立ち止まりながら....。写真は犬岩(名前の“いわれ”はいずれ)。銚子には海にも犬がいます。そして来年は戌年ですね。


今年もあとわずか

2005年12月27日 | 日記・エッセイ・コラム

000_0278 今年もあとわずかになりました。皆さんにとって2005年はどんな年だったでしょうか?私は人生の一大転機の年。長らくお世話になりました会社を退職させて頂き、見るもの、聞くものすべて初体験の海の生活にその一歩を記した年として生涯忘れられない年になると思います。広く目を転じると今年は歴史の大きな節目の年でもありました。第二次大戦終結60年、日露戦争終結100年、その他沢山...。思えば17年前、東京に憧れて上京し、何かデカイ事をしてやろうと、根拠も力もないのにそんな空想に耽っておりました。デカイ事なんて10代の空想、それが何だったのか分かりませんし、東京で何が出来たのだろうと今になって思いますが、一つだけ言えることは、私は人に恵まれ、沢山の人にお世話になって17年後の今、銚子に戻っている。未だ何の実力もありませんが、何かしよう。相変わらずそんな漠然とした気持ちを持ち続けております。東京に向かう列車の中で読んだ本は終生忘れないでしょう。司馬遼太郎さんの“坂の上の雲”今それを読み返し、来し方、行く末を考えるに、ああ、今年は日露終結100年か?(坂の上の雲は日露戦争前後の青春記ではないでしょうか)そんな事を思っています。写真は銚子の景勝地・屏風ヶ浦の風景。100年前、維新からまだ間もない小国が欧米列強に追い付け。追い越せ。と息せき切って駆け上って行った先、そこに明治時代の若者が見た雲はどんな形をしていて、そこに何をみたのだろう?。屏風ヶ浦の雲を眺めながら、ふとそんな事を思いました。


おでん

2005年12月26日 | 銚子のうまいもの

000_0285_1 銚子では仲間と一緒に夏はバーベキュー、冬はおでんや鍋パーティーが良く行われております。昨日はクリスマスなので?先輩宅のパーテイーにご招待頂きました。子供の頃から山野を駆け回り、海や豊富な食材に慣れ親しんだ人が殆どで、素材の生かし方を体で知っている。何気ない料理が、最高にうまい。おでんは煮込めば煮込むほど味が染みるか?というとそうでもなく、一度冷ました方がうまくなる。2日目以降がうまい。というあの原理です。おでんの場合、私は蒲鉾屋なので食材供給班になりますが、相手は舌の肥えた方ばかり。また小さなお子さんも沢山集まるので、コメントは容赦なし。アレルギーの問題もあります。私にとってはたんなる楽しみの場だけではなく、最高の勉強の場であります。今回はツミレとハンペンしか持って行きませんでしたが(写真)、これは卵白抜き・無添加です。ただそんな事は言わず、小さなお子さんが美味しそうにバクバク食べている姿。これで十分ですね。食材の提供者と消費の乖離。ツミレなども家庭で作るのが一番美味しいに決まっている。製造・即消費です。ただいろいろ便利になって、製造・・・消費の間に距離が出来た。距離が離れれば離れるほど不安も出てきたり、保存性を高めなければならなかったり...。昨日のフードマイル、地産地消、最近は身土不二(しんどふじ:身と土は同じ:つまり住んでいる近くのもの(広く国産商品ですね)を食べよう:お隣の韓国ではかなり浸透しています)という事も言われています。長くなるので続きはいずれ....。


天然イルミネーション

2005年12月25日 | 銚子の風景

000_0283 クリスマス・イルミネーションも綺麗ですが、クリスマスの夕日・天然イルミネーションは如何でしょうか?写真は12月24日(土)午後4時半ごろ、犬吠崎付近の松林(防風林)方面に沈む夕日です。さてクリスマス、20年ほど前、イギリスの人気歌手達で結成されたバンドエイドが歌う、ドゥー・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス(直訳すれば彼らはクリスマスを知っているのだろうか)という曲をご存知でしょうか?アフリカ飢餓救済のために作られたこの曲は全世界で350万枚という大ヒットになりました。昨日、“おなじく三代目”さんが指摘された食に関する問題。私も同感です。世界の飢餓を。なんて私は大きなことを言えた立場ではありませんが、飢餓の国では骨があるから魚は嫌。こんなこと言ってられないですね(全世界で栄養失調に苦しむ人々は8億人、その半数がアジアという報告もあります)昨日、フード・マイルに付いて触れましたが、農水省の発表によると日本のフード・マイル(輸入量×輸送距離)は5000億t・km。大きな数字で何のことだ。と思われるかもしれませんが、要するに世界最低水準であるという事です、(海外に食糧を依存し過ぎているという事:ちなみにお隣の韓国は1500億t・kmです:数字が大きいほど海外への食糧依存を表します)、カロリーベースの自給率40%も世界最低水準。日本には何でも有って、飢餓という状況は殆どないでしょう。でもこれが実態。お金を出せば何でも買える。そう人工的に飾り付けたイルミネーションのように...。でも一人の人間として、自然の力に畏怖し、自然からの恵みを大切にしよう。そんな事を考えるクリスマスもあって良いのではないでしょうか?.....と堅い話は抜きにして、今夜はサンタさん。大変でしょうね。


出漁前

2005年12月24日 | 銚子の風景
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クリスマスも近いし、何かクリスマスに関連する内容を。と思ったりもしましたが、自分は仏教徒だしな...、と言う訳で本日も銚子の風景。写真は出漁前のまき網船団の風景です。これから銚子沖35マイル付近(60km弱でしょうか)を目指して各船団一斉に出港します。現在、北海道、青森、福島、茨城等々からまき網船団が集結しており、その姿圧巻であります。資源保護のため網を入れる時間等、厳しく管理されており、漁師さんたちみな真剣勝負。真冬の深夜に出漁して帰りは翌朝になります。塩サバ、サバの味噌煮...、これまた絶品ですが、魚を食べる時、こんな寒中にそれらを獲って来た漁師さんのことを少しでも考えてみて下さい。有り難さが身に染みます。ところで、日本は魚の輸入王国でもあることをご存知でしょうか?漁師さんの苦労に国内外の隔てはないでしょうが、輸入の場合、飛行機か船を使って運ぶ事になります。当然ですが...。フードマイレージという言葉もあります。遠くから運べば運ぶほど、石油等の化石燃料を消費することになり、この行為は地球全体から見てどうなんだ?という事です。脂が乗っている、いない。サイズが云々という事ではなくて、国内で揚った魚を感謝しながら美味しく食べる。これが基本では無いでしょうか?脂が乗っていなければ、そういう魚に適した調理法があるし、魚に骨があるのは当たり前なんですけどね。


メンテ工事でした

2005年12月23日 | インポート

12/23(金)はOCNブログ人のメンテナンス工事のためアクセスが出来ない状態でありました。事前の連絡をすべきところ皆様方には大変ご迷惑をお掛けしました。誠に申し訳有りませんでした。これからは事前告知を徹底致します。それでは引き続き宜しくお願い致します。


ユリカモメ

2005年12月23日 | 銚子のカモメ

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今までカモメをこんな近くで見たことは無かったですし、そういう機会が有ったとして、気にも留めていなかったかもしれません。市場からの帰り道、漁船の係留ロープで休んでいるカモメを見つけました。遠くから見るとみな同じに見えるのですが、近くで見たら、体の大きさ、模様、足やクチバシの色、そして表情まで....、実に多彩です。写真は図鑑で確認するとどうもユリカモメらしい(私は鳥の専門家ではなく、図鑑で照合する程度です。間違っていたらどなたか投稿お願いします)確か東京都の鳥に指定されていて、新橋からお台場方面を結ぶあの電車の名前ですね。電車に乗る時、この写真を思い出すと何か得した気分になったり、新しい発見があるかもしれませんね。


カモメの襲撃

2005年12月22日 | 銚子の風景
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銚子には日本近海で見ることが出来るほぼ全種類のカモメが生息、あるいは越冬のため飛来してくるそうです。週末ともなれば、このカモメを観察しようと各地から沢山の方がお越しになります。せっかく楽しみに来られたのに、週末が大雨だったりすると何か申し訳ないような気持ちになります。そこで日常、早朝の銚子港の風景(写真)です。普段は愛嬌があって、可愛らしいカモメもこの時ばかりは戦闘モード。カモメの襲撃に遭っているようです。漁師さんも、市場関係の方々もカモメの襲撃で仕事がし難いようですが....。ただカモメもまた銚子の住人であったり銚子への旅行者。市場では人間とカモメが絶妙に溶け合った風景が醸し出されています。ぶっきらぼうで、口は悪いけれど、実は優しくて暖かい“銚子人気質”の一端を見ているような気がします(銚子の人間が言うのもおかしいですが...)


開設1週間!

2005年12月21日 | ブログ

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本日でブログ開設1週間となりました。アクセス数も多く、投稿やコメントも全国各地(海外からも)から頂いております。大変有り難く、心より御礼申し上げます。これらを励みに、これからも日常を発信して参りますが、せっかく各地から投稿を頂いておりますので、これからはこの場を情報発信だけではなく、人と人、地域と地域を繋ぐ“出逢いの場”としていきたく思います。これからもどしどし投稿、コメントをお寄せ下さい。それでは今後とも宜しくお願い致します。


雲の山脈

2005年12月20日 | 銚子の風景
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遠くに見える風景は山でも蜃気楼でも有りません。雲です。12月19日(月)朝7時頃の風景です。銚子港は快晴でしたがその雲の先(海上)は大荒れ。シケで当日の入港船はありませんでした。快晴なのに海は大シケ。この感覚、実際その場に立ってみないと分からないかもしれません。岸壁に立つと物凄い突風でした。写真では穏やかそうに見えますが......。それにしてもこの雲。本当に山脈のようです。


船上?にて

2005年12月19日 | 銚子の風景


000_0149 思わず船上にて?と思いたくなるような光景でした。船ではなく陸から撮ったのですが...。昨日の午後2時、長崎海岸周辺のひとコマです(銚子の長崎海岸です)。何も考えず、写真を右から、左から、上から...と見渡しますと、実に色々な事が感じられます。地球は丸い。の一端が見えますね。海と空の境界線も。そして昼の太陽。太陽に照らされて海が輝き、その強い輝きを見ると、何故か心が和みます。太陽に誘われ、空に引っ張られていくようなそんな感覚を味わいました。


太陽の恵み(絶品の天日干し)

2005年12月18日 | 銚子のうまいもの
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今年はサンマが豊漁でした。蒲鉾(ツミレですが)の原料にもしているし、連日大量に入ってくるものですから、修行の傍ら魚に慣れようと思い、天日干し、みりん干し、丸干し...等々を作って見ました。レシピ等はいずれ公開しますが、味の決め手はやはり“太陽の光”でしょう。想像してみて下さい。あの水平線から昇った太陽が時間と共に勢いを増し、最大のパワーを持った日中に、船から揚がったばかり(実際は揚がって即座に加工し、丸1日塩水に漬け込みますが)のサンマを包み込む姿を。旨み成分が凝縮され、焼かずにそのまま食べたくなるような照りが出てきて(写真です)....。自分で全部の過程を行ってみると、①あ~旨そう、②あ~旨かった、③もう一枚!こんな感じですね。サンマの天日干しはどこにでもある、ごく普通の食べ物ですが、やはりその過程を体感すると格別です。昨今言われているところの食育、地産地消などに通じるところがありますね。今年は魚屋さんから一般家庭まで街の至るところでサンマの天日干しを見ました。これもまた銚子の風景でしょう。