銚子・角巳之・三代目

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

年度末...。

2022年03月31日 | 日記・エッセイ・コラム

本日3月31日...。公官庁はじめ多くの会社で年度末...。私も創業12年目の年度末となり
ました...。10年ひと昔...と言いながら、今度は干支が一巡しました...と。創業直後に盆と
正月が一気に押し寄せたような大混乱に陥り、数か月後には東日本大震災でした...。

述懐(じゅっかい)という言葉があります。読んで字の如く、言葉の中に何か懐かしさの
ようなものが含まれ、どちらかと言えば後ろ向きの言葉のような気がしております。実際
辞書で引くと、過去の出来事や思い出を語るとか、はたまた恨み言、不平・不満...と。

あの時は心が折れそうでした...。と後になって語ること、実際は折れそうではなくてすでに
折れていた...という場合が殆ど...。折れない事よりも折れてなお立ち直ることの方が尊い。
そう気づいたという次第です。最近流行のレジリエンス(回復力)という領域かと思います。

明日はもう来ないかもと思いながら、根拠のない自信で何とか乗り切り、10年経って、
12年が経過して、折れない事より折れてなお立ち直ることに意義を見出す...。後ろを向く
よりも今とこれから...。令和3年度の年度末に当たり、様々な想いが去来しております...。

乗っ込み(実食)

2022年03月30日 | 銚子のうまいもの

最近、お昼時になりますと漁業者、水産加工業者の方々がどこからともなく現れ、写真のような
ものを持参して参ります...。近所のスーパーに行って白いご飯だけ購入し昼食...。何とも贅沢な
お裾分けであります...。写真左が旬のマダイ、右上はヒラメの縁側で右下がメヒカリ...。

メヒカリ...は唐揚げで食べるものでしょ...ということですが...。揚がりたてを三枚卸、表面を少し
炙る...。これがまた美味であります。一度冷凍にしてしまうとこの技は使えないようで、これまた
産地特権かと思います...。そして主役はこの時期、乗っ込みと呼ばれるマダイ...。

要するにマダイなのですが、季節によって呼び名が変わり特にこの季節は乗っ込み、桜鯛などと
呼ばれ一年で最も脂が乗って美味しいと言われております。産卵のため浅いところにエサを求めて
マダイが寄ってくる季節...。海の中でも季節の変わり目を感じているようであります...。

新鮮だから良いのか?というと、必ずしもそうではなく、特にタイ類は新鮮過ぎると硬くてあまり
美味しくない...。プロの目利きで様々な仕事を施し、ある程度寝かせたタイの身はこの季節絶品で
あります。さて明日は3/31...年度末であります。本当に月日の流れは早いものです...。

天道虫(てんとう虫)

2022年03月29日 | 日記・エッセイ・コラム

これまた何度か掲載しておりますが、今年もてんとう虫を見付けました(写真ピンボケで
申し訳ありません)。てんとう虫は植物の害虫を食べてくれる益虫。また太陽に向かって
飛んでいく事から天道虫などと呼ばれ、日本だけでなく世界各国にて幸運の虫...と。

今年も事務所の外に出たら、何か虫のようなものが体に張り付いてきて...。見たら(写真)
てんとう虫でした...。ただこれだけ。気にも留めなければ通り過ぎてしまう話なのですが、
てんとう虫=天道虫=吉兆の前触れ...と勝手に思っておりますので、これは僥倖・僥倖...と。

話は変わりますが、人の人相で注目するところは何処か?という話になりまして、大先輩
から“顔の艶”..(特に額の艶)...と。いろいろな経験から、これは間違いなく一理あると感じ
ているのですが、てんとう虫にも害虫になる種類もいてその判断材料の一つ...“艶”だそうです。

図鑑で見たら確かにそうで、害虫に分類されてるもの、テントウムシダマシなる種もいて、
確かに悪そうな顔?しておりますが、一般的な、“七ツ星”と比べると、体表に艶が無い...。
さて今年も天道虫に遭いました。顔の艶を意識して生活して参ります....。

チューリップ(開花)

2022年03月28日 | 日記・エッセイ・コラム

チューリップが開花しました...。(まだ一つですが)。植物のタネや球根を植えその成長を
楽しみにしている自分がいること...驚きです。自分自身そういうことには一切関心が無いと
思ってましたが...これが実に楽しい。時々、花の一生と人間の一生を重ねる自分に気付きます。

関心を持つと研究するものです。どうしたら健やかに綺麗に咲くか?...等々。そして失敗も
たくさん...。初期の頃の失敗の殆どは“可愛がり過ぎ”...。土が乾いたら...これは大変とすぐに
水をやり、挙句の果てに根腐れを起こして全滅...、なんてこともしばしば有りました...。

植物の世界では、早生(わせ)、晩生(おくて)なんて言葉があります。一般的に言う収穫時
より早く収穫できるものと遅いもの...。早いものは収量が少ないけれど初物として珍重され、
反対に晩生はじっくりと時を重ね、収量多く品質良し...。人と同じだな~と。

人生の前半で良きことが多かった方が晩年に苦労されたり、人生前半で苦労が絶えなかった
方が晩年に開花したり...。早く咲けば早く散り、咲こうが咲くまいが一夜の嵐ですべてが無に
なることも...。花に嵐の例えもあるぞ、さよならだけが人生だ...そんな一節がふと....。

始末に困る人...②

2022年03月27日 | 日記・エッセイ・コラム

水戸藩・藤田東湖...。幕末に活躍した水戸藩の重臣にして、その後に続く維新の英傑たちに
多大な影響を与えた偉人...。歴史の評価は諸説あろうかと思いますが、若き西郷が東湖に会って
衝撃を受ける...その様子が容易に察せられることから史実であるか否かは二の次で...。

一世の智勇...とは、自らが生きている時の地位や名誉。推倒とは難しい漢字ですが、押し倒す
圧倒する、張り倒す等の意味があるようです。ですから、そんな小さな地位や名誉なんか
〇〇喰らえ!...。と言う意味になります。やがて西郷の“始末に困る人”に繋がるのだろう...と。

万古の心境とは、自分の事だけでなく他人への思いやりとか、歴史上に人物に想いを馳せて
等々の意味があるようです。それを開拓せよ。目標にするとか目指すとか...。西郷はこの句に
出会い衝撃から震えが止まらず、その後終生この言葉を座右にしたそうであります...。

藤田東湖の最期は地震による圧死...。安政の大地震の際、自らは外に出ていたのだけれど母親
が家の中にいるのを知って再び中に入り、建物が倒壊し母親共々亡くなった...と。東湖死して
もその思想は残り、その思想は幕末英傑の原動力に。そして西郷は始末に困る人へと...。

始末に困る人...①

2022年03月26日 | 日記・エッセイ・コラム

昨日書いてしまいましたので...。始末に困る人...と。西郷南洲翁・遺訓(西郷隆盛の教え)、
その第三十番にあります。命もいらず・名もいらず・官位も金もいらぬ人は・始末に困る
もの也。名誉もカネも命すらいらないという人は本当に困ったものだ...と。

しかしながら..この始末に困る人ならでは・艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり。
と言っているのです...。(中略) 志を得れば民と之に由り、志を得ざれば独り其道を行ふ。
生き方と言いますか、死生観といいますか...。写真の風景のような広さ深さを感じます。

巨人・西郷隆盛でありますが、突然この個性が出来上がったのではなく、故郷鹿児島の風土
友人、恩師...、その後の出逢いの中で磨かれて来たのだと思います。最終的には無謀と言われ
た西南戦争を起こすも、時代の矛盾(制度、人...)を道連れに、その責を一身に背負ったのだと。

何気なく歴史書を眺めていましたら、西郷に影響を与えた一人、水戸藩・藤田東湖についての
記述がありました...。西郷が江戸詰めの時、藤田東湖の屋敷を訪れ、その入り口に掲げられて
いたもの...。“一世の智勇を推倒し・万古の心境を開拓す“...。(続きは次回に)

大村益次郎・像

2022年03月25日 | 日記・エッセイ・コラム

そこ(靖国神社入り口)に大村益次郎の銅像があることは知っておりました...。知っているだけ
で、特に気に留めておりませんでしたが、今回はどうも気になって...。銅像の周囲を何週も回って
おりました...。大村益次郎...長州出身の洋学者、兵学者、医師...多方面で天才的な仕事を為す...。

幕末~明治に掛けて、様々な改革(軍隊など)を行うも、最終的には同じ長州の不平分子によって
暗殺...。しかし大村の思想は後輩諸氏に受け継がれ、日本の近代化を大きく前進させた...。近代陸軍
の父など様々な尊称がありますので、国家鎮護の靖国の守り神として建立されたのかと。

幕末~明治、戊辰戦争等によって亡くなられた方々を祀るため、各地に招魂社が建立され、それが
東京招魂社にまとめられて靖国に...。様々な論争がありますが、このことには触れず、ただ国の為
に亡くなった方々への尊崇、鎮魂....。みな一様に平和を祈る。これ以外に訪問目的はありません。

幕末維新の英傑たちの最期をみると、殆どが暗殺、戦死...。時代を大きく変えた方々であるけれど、
皮肉にも彼らの最期は、時代が変わることを拒んだ方々によってもたらされて...。それでも、それが
時代の変革期ということでしょうか。西郷隆盛の言葉、時代を変えるのは始末に困る人...と。


東京・富士見界隈③

2022年03月24日 | 日記・エッセイ・コラム

2年ぶりに靖国神社へ行って参りました...。いつ訪れても荘厳な雰囲気と何か物悲しさが漂う
ところ...。また靖国通りの向かい側にある日本武道館~北の丸公園とセットで見れば、学生
時代の入学・卒業式を思い出しますし、千鳥ヶ淵の風景は桜の花の生き様そのものを感じます。

当日は(東京の)桜の開花宣言があり、靖国神社敷地内の標本木も見て参りました...。まだ、
僅かに咲いている程度...。先日の寒空でその後どうなったのかは不明ですが、通常ならこれから
桜が満開に咲き誇り、武道館では卒業生、新入生がこれからの生活に期待を膨らませ...。

コロナ禍に入学、卒業の学生さん方と会う機会が多かったのですが、彼ら・彼女らは入学式、
卒業式がリモート...。授業もリモートで入学したのに学校に行けない...。卒業までの貴重な
時期も学校に行けない...。自らの学生時代と重ねると本当に気の毒であります...。

我々の世代だけが何で...という気持ちも十分に分かりますが、みな生まれる時代を選べない。
靖国神社へ参り、たまたま大正末期~昭和初期に生まれた方々の無念と重なるものを感じます。
極論は避けますが、ただ生きている。それだけで有難い。久々の靖国にてそう感じました。

東京・富士見界隈②

2022年03月23日 | 日記・エッセイ・コラム

学生時代にOBの方々が地方から上京され、神田駿河台から富士見に至る各所を一緒に歩いた
ことを思い出しました。青森出身の先輩で当時50歳くらい...。当時20代の自分にとっては、
毎日通う場所...と言う感覚だけであったと思いますが、先輩にとっては特別な場所、時間...。

何事も一定の時間を経て見なければ分からないことが多いです。脱サラ、地方Uターン..地方で
創業等々、共通項の多い方でした...。30年の時を経て、当時の先輩と同じ年になりました。
何と表現すれば良いか分かりませんが、時間は過ぎるのではなく、醸す....。そう思います。

東京大神宮は縁結びの神様ということで若い女性で賑わっておりました。そして東京大神宮
から徒歩数分の距離に写真のお店があります。青森ヒバのお店...。何度か掲載しておりますが
私の事務所にヒバチップやらヒバ製品が多いのは、このお店(店主さん)との出逢い...。

青森は寒く冬場に榊が手に入らないので、神社では代わりにヒバの葉を使っているのだそうで
何かのご縁、東京大神宮にも奉納されているとの事。ヒバの効能・効果に付いては様々な媒体
で紹介されておりますので本日は省略。そして靖国神社に向かいました...。





東京・富士見界隈①

2022年03月22日 | 日記・エッセイ・コラム

先日、所要有って東京都千代田区・富士見界隈に...。相変わらず東京滞在数時間の強行軍で
ありましたが、しばし富士見界隈を散策...。靖国神社を起点とし、東京大神宮に至る狭い
範囲ながら、何故か心が落ち着く空間であります。歴史ある神社仏閣、学校の多いところ...。

駅で言うと地下鉄の九段下。JRだと市ヶ谷~飯田橋...。靖国神社、東京大神宮があり、
法政大学、理科大、白百合、暁星、九段....伝統校が多く、“凛とした”緊張感が漂っており
ます。靖国神社から東京大神宮、飯田橋(神楽坂)周辺へ、懐かしさもありました...。

靖国神社の道路(靖国通り)を挟んで反対側に北の丸公園(日本武道館があり)、九段下の
駅があり、そこから眺めると、ああ確かに大きな玉ねぎだ...と(これが分かるのは50歳以上
でしょうか?歌の歌詞です..)反対の両国・千葉方面に行けば神田駿河台...。そして皇居...。

駿河台に続く道は世界に冠たる古書店の聖地...。最近はカレーの聖地と呼ばれているらしい
のですが、建物や人は変わっても、その場の雰囲気は相変わらず...でありました。平成元年
~4年まで、神田駿河台で学生時代を過ごしました...もう30年以上前になります...。



菜の花や...。

2022年03月21日 | 日記・エッセイ・コラム

菜の花や・月は東に・日は西に。江戸時代の俳人・与謝蕪村の高名な一句...。さて本日春分
の日...。白鳥たちが飛び立ち、桜が咲く頃...、全国各地の菜の花畑では一斉に綺麗な黄色の
花が咲き乱れております...。写真は観光地ではなく私が住んでいる所の近所...。

近所に沢山の菜の花...。これ千葉県の花が、“菜の花”であることに何か関係があるのかも
しれません...。恐らく今頃、千葉の南房総では見事な菜の花畑の風景が楽しめることと思い
ます...。菜の花...アブラナ科の植物の花の総称。食用あり観賞用あり...油も採取したり...。

冒頭の句、江戸時代に菜の花は菜種油の採取用として広く栽培され、絞ったカス(油カス)
は肥料として用いられ、花芽は食用になり、さらには観賞用として...。菜の花は春の季語で、
月が東にあって日が西にあることから夕刻の情景を表している...。目に浮かぶようです...。

千葉県の花が何故、菜の花なのか不明ですが、このことはさておき千葉の風景に菜の花は
非常に良く溶け込んでおります(因みに冒頭の句が読まれたのは兵庫・六甲山とのことですが)
華美な装飾に寄らず、見たものを読む“写生”...。菜の花や...。この、......の余韻を感じて...。

白鳥去って...。

2022年03月20日 | 日記・エッセイ・コラム

先日、いつもの貯水池付近を通り掛りました...(写真一番上)。すでに白鳥は飛び去った後の
ようで、付近は御覧のように閑散としておりました。同じ場所、本年1月頃の様子が、写真
2段目~3段目であります。ひっそりと静まり返り、寂しさすら感じておりました...。

越冬し、春になれば飛び立っていくのが渡り鳥でありますが、そうとは知りながら、それでも
...というのが人情なのだろうと思います。3月も末に近づき、晴れやかな気持ちで上京し、
大学や就職に備える若者の一方で、送り出す方々...の気持ちがそれに近いのかもしれません。

白鳥たちが帰るのはロシア(シベリア)...。片道3,000~4,000kmの大飛行ですが
一気にその距離を飛ぶのではなく、まず日本各地から3月下旬頃までに北海道の各湖沼に集結
をはじめ、4月になると繁殖地・シベリアへと一気に飛び立っていく...。

モノの本によると、日本全国約400ケ所くらい白鳥の飛来地はあり、その飛来地を目掛けて
やってくる白鳥(オオハクチョウ、コハクチョウ合算で)約5万羽ほどになるそうです...。
白鳥は飛び立ちました...。そろそろ桜が咲く頃であります...。季節が巡って参ります...。

大洗にて...。

2022年03月19日 | 日記・エッセイ・コラム

久しぶりの大洗訪問でありました...。帰途、大洗港からフェリー港へ。ちょうど大型フェリー
が接岸されておりました...。大洗は北海道(確か苫小牧)に向かう大型フェリーの発着地。
この風景...。銚子の人間にとって、心中複雑な思いで眺めている(のかもしれない)ところ...。

フェリー港があって、高速道路が繋がって、大きな企業さんが進出して...、何が成功で、何が
失敗であったかは分からないけれど、大洗の方々は今から50年ほど前に、この誘致を決定し、
現在に至る...。詮無いことでありますが、大洗の前にお話があったのが銚子のようで...。

要するに50年前、銚子はこのフェリー港含む重要港湾化に反対し、大洗は賛成した...。双方
当時の先人たちが熟慮の上に決定したことだろうと思います。誘致した大洗が成功。出来なか
った銚子は失敗...こういう考え方は早計と感じておりますが、合意形成ということについて。

地域の合意形成...、非常に難しい領域であると思います。地域住民、それぞれ思惑があって、
あちらを立てれば、こちらが立たず...、。ただし何かを決めなければならない時は賛成する
ことを決める。反対することを決める...。当事者として決める。そういうことであります。

大洗(酒列)磯前神社!

2022年03月18日 | 日記・エッセイ・コラム

海に鳥居があり、本殿入り口の鳥居からは大洗の海が一望出来て、そこから見るご来光は関東屈指
のパワースポットと言われているところ...。大洗磯前神社に行って参りました。前回の訪問から
およそ4年ぶり...。やはり荘厳で“雰囲気のある”神社です。気持ちが引き締まるという感じです...。

何かの本で、この磯前神社を訪れたなら、那珂川を挟んで向かいに鎮座している酒列(さかつら)
磯前神社にも参詣せよ...とありまして、今回はここも訪れました。前者が大洗町、後者はひたちなか市
でありますが、車で20分くらいの距離であります。この二つ、兄弟社なのだそうです...。

双方ともに祀られているのは、少彦名命(すくなひこなのみこと)と呼ばれる小人...。小さいながら
日本の神話では日本を形作った造化三神の1柱に数えられ、大国主命(おおくにぬしのみこと)
の国造りの協力神として描かれております。一寸法師のモデルと聞いたこともあります...。

酒作りや、医薬の神様としても名高いのだそうです。体は小さいけれど、その知恵で国造りという
大事業を支え、物事が成就すると静かに気配を消して去っていく...。そんなミステリアスな一面も。
この一帯、昔で言う常陸(ひたち)国...。非常に歴史が古く、歴史ロマンを感じる場所であります。

再び・地魚寿司!

2022年03月17日 | 日記・エッセイ・コラム

先日、茨城県大洗にて...。時刻は午後の2時近かったのですが、大洗港周辺は非常に賑わって
おりました。写真、ふらっと立ち寄った地元の回転寿司店さんにて...。先般の千葉・鴨川も
そうでありましたが地魚寿司は白い(白身)...。左から、ヒラメ、タイ、ホウボウすべて大洗水揚げ...。

魚はその鮮度、雰囲気も含めて味のうち...。全国(あるいは世界各国)どこで食べてもヒラメ
はヒラメでありますが、こういう産地に立ち寄ると、単なるモノ(寿司)ではなくて、地域の
営みの(総合力としての)逸品と...そう感じます。これが産地に行く事の一つの醍醐味...。

写真3貫で660円でした。この値段が高いか?安いか?というのは元来、野暮なことですが
仕事柄どうしても値段を見てしまう...。鴨川の時は5貫で980円くらいだった気がする...。
そうすると地魚寿司の値頃は1貫200円前後なのか...。100円寿司の倍、妥当だな...等々。

大洗港...。銚子のように“量”を揚げる港ではありませんが、100隻近い地元船が近海で“質”に
拘った漁法、販売の工夫を各所にしておられます。写真下、母ちゃん食堂は全国水産関係者の間
でも非常に有名なお店(当日はお休みでした...)そして明日、大洗のパワースポットのこと...。