銚子・角巳之・三代目

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涼風!

2010年07月30日 | 日記・エッセイ・コラム

001 連日のニュース等で猛暑による熱中症に対する注意喚起が続いております。東京を中心とする首都圏は猛暑を越えて酷暑....。持つものと、持たざるものの生活が同じ空の下にありながら両極端。こう書いたのは、東京新宿に住んでいる頃、その酷暑の中で無謀にもクーラーなしの生活を送っていた自らの体験談でありまして....。何故クーラーなし?....。詳細は省略しますが....。さて連日、首都圏からお客様をお迎えしている昨今でありますが、すべての方々が口にすること、銚子は何て涼しいんだ!....。TVの天気予報などでも3~5℃涼しいのは知っていたが、来てみると、数字以上に涼しく過ごしやすい。特にその涼風....。心地よさを通り越して、夜など肌寒く感じることも....。海に近いと言う海洋性の気候も一因でしょうし、その地理的な特徴(遮るもの無く東に張り出している)、はたまた海岸線に高い建物がなく.....。定期的に報告している田んぼの生き物調査でありますが、この“田んぼ”も涼風を生む大きな要因であることも近年は理化学的な根拠を伴って明らかになってまいりました。畑も同様であります。農業者の労働の対価は金銭だけでなく、いわんや労働の充実感だけでなく、そこに暮らす人々に美観や癒しといった情緒的な側面だけでなく、夏に涼やかな風、冬に温かな陽だまりを提供している訳であります。まさに農業の多面的機能...。入梅時期にあの美味なるイワシを提供し続けてくれたまき網船団はイカを求めて北上していきました。8月の声を聞き、お盆も近づくと今度はサンマ船の入港となります。まき網船団は秋サバ漁に切り替わり、田んぼでは稲刈り、トウモロコシ畑にはまた名産キャベツの登場となります。9月からは底引き漁も解禁....。個人的に....サメが来るぞ!衝撃に備えよ....と。詳細はいずれ。


銚子大会・あれから....。

2010年07月26日 | 日記・エッセイ・コラム

008 ちょっと写真がピンボケしてますが.....。昨年10月、銚子で開催されたバスケットの八幡カップ(40歳以上の大会)....。昨日のことのように思い出しますが、早いもので、あれから...そろそろ1年になりなんとしている訳であります。そういえば昨年の7~8月は、スタッフとしてお仕事頑張りま~す。と、余裕でいたところ、先輩諸氏から手厳しい叱責。ルーキーだろ、何甘えてんだ....と。こりゃ大変だと言うことで毎晩、海岸線を歩け歩け....。これまた昨日の事のように....。試合では全くの役立たずの私でありましたが、試合の準備その他、結果よりも過程....。何よりも“人”が見えた大会であり、あの温かな雰囲気は生涯忘れることはないでしょう。さて先日、昨年の銚子大会に参加された大分のチーム(大分フェニックス)から連絡頂きました。昨年の銚子大会では全国大会初出場にもかかわらず三位の快挙を遂げたフェニックスさんですが、この7月、長崎で開催された九州大会で優勝し、11月の全日本クラブシニア選手権に出場するとのこと...。九州大会では昨年の銚子大会で敗れた大牟田(福岡)を破っての快挙....。実はフェニックスさんには私の大学の先輩がおりまして....。先輩の快挙の報に接し、本当に喜ばしいことでありますが、それとは裏腹になかなか制御の効かない自らの腹部を見ながら、同じクラブの出身者として恥じ入ることしきりであります...。先日の釣り何とか....。本日のバスケ何とか....。何とか....ようするに.....。ここでもやはりlife is short....。バカ(もちろん良い意味であります)になって熱中するものがある人と無い人では日常の充実具合が雲泥の差だろうと.....。全国各地で、昨年銚子へお越しになった方々が奮闘されております....。姿勢を正し....、大分フェニックスさん、九州大会優勝おめでとうございます。全日本選手権のご健闘を心よりお祈り申し上げます。O先輩へ、お怪我されませんように....。


青春漂流

2010年07月23日 | 日記・エッセイ・コラム

005 017 ああ入道雲....。夏ですね~と。雲の形や風の匂い、水揚される魚や収穫される野菜・果物...。五感で季節を感じる....。すっかり田舎生活も板についてきたと言うことでしょうか? さて、故あって“青春漂流”という本に付いて思い出しているところであります。立花隆さんの名著。もう30年近く前になるでしょうか? 私は大学生の頃でしょうか、先輩に読んでみれば...と言うことで...。本当に深い感銘を受けたことを今でもはっきりと覚えております。職業選択とか生き方とか...。すべて何らかの挫折体験を持つ当時の若者10数名の物語....。人生における最大の悔恨(かいこん=後悔の意でしょうか)は自分が生きたいように自分の人生を生きなかった時に生じる。一見、いかに成功し、いかに幸せに見えたとしても、それがその人の望んだ人生でなければ、その人はその悔恨から逃れることは出来ない....。あらゆる失敗の可能性を忘れている人は、いかに大胆に生きようと、無謀に生きたというだけである....。確か青春漂流のあとがきにそんな文章が....。詳しくは....、実際にお読み下さい...。おめえ、何がやりでえだ~と銚子弁で、べずによ...。おめえもが、だがらよ...。こんな風景、良く見掛けます。反対に私は~がしたい。なりたい。だから....と。老若男女、年齢に関わりなく...。やはりlife is short...であります。いくら虚勢をはったところで、周囲にはすっかり見透かされ、その行為は滑稽ですらある...。周囲に関わらず、いずれ訪れるであろう自らの黄昏時に去来するものやいかに....。本日、家畜の伝染病で壊滅的な打撃を受けた九州の畜産生産者の方々とお話しする機会を得ました。掛ける言葉も見付からないまま3ケ月。掛かってきた電話の声には張りがあり、70歳になりなんとする代表から、このままで終われるか!....。もともと日本三大開拓地に数えられる地域。食糧難の時代に各地から入植され、時代は代わって地域の結びつきや地場産業の弱体化が喧伝される昨今、それでもそこに残り、艱難辛苦に耐えながら....。開拓者精神、健在であります。


Life is.....

2010年07月22日 | 日記・エッセイ・コラム

019 最近ブログの更新はいつもお詫びから....。またまた長らくサボり申し訳ありません。にも関わらずお付き合い下さっている方多数...。有難うございます。これからも“ボチボチ”更新して参りますので....。銚子の夏の逸品・入梅イワシを堪能しながら、来し方、行く末など思案しているうちに、気が付けば梅雨も開け、夏本番。ながら銚子の夏にクーラーいらず。心地よい浜風の中で、いつもの日常を過ごしております。以前、銚子の太公望氏について報告しました。太公望...、要するに釣り好きの方、もっと言うと、釣りバカ....(バカなどと...、悪い意味では使っておりませんので...) 何でも梅雨が開け、潮周りが良くなると、セグロイワシの大群が銚子沿岸に大接近...。それらを追って、スズキ(写真)、ヒラマサ....その他、獰猛なやつらが接近して来るんだとか....。それが太公望諸氏の闘争本能に火をつける....。ちーと見に来いよ...と言うことで、早朝の灯台下へ。そこで見たもの...(写真)78cmもの大型が....。供養のため、ちゃっかりご馳走になった訳ですが、夏が旬のスズキ...。大変美味しく....。さてさてタイトルの....。Life is short, Play hard....直訳すれば、人生は短い、励め!とでもなるんでしょうか。これ学生時代に先輩から頂いたTシャツに書いてあったもの。早朝の灯台下で、真剣な面持ちで釣りにいそしむ太公望諸氏を見ながら、ふと...。地方都市を都会の欠落版と見れば、あれもない、これもない。ない、ない、ない....になりますが、地方都市ならではの楽しみ、銚子の場合釣りなどを視点に考えると、これも、ある、ある、あるに変わります。この方々、早朝4時から釣りを始め、7時には終了。それぞれの職場へと向かって行きます。不思議なことにこういう方々、オンとオフのメリハリが利いていて、楽しい時間を捻出するため、仕事その他やるべきことはきっちり....。定年して釣り三昧という方にお話を聞きましたが、定年してから釣り三昧ではなく、何かと忙しい現役世代に、こういう楽しみと遭遇できていたら、仕事その他の充実具合も違ってきたかもね....と。まさにLife is short ,Play hardであります。


武士道!

2010年07月07日 | 日記・エッセイ・コラム

018 武士道と云うは死ぬことと見つけたり....。最近“武士道”が再ブームになっているようです。冒頭、“葉隠”の一節や新渡戸稲造、はたまたワールドカップの“侍ジャパン”....。ナショナリズムとか難しい言葉を持ち出すまでも無く、何となく日本人として....。時にそれらは失われた数十年ですっかり自信を無くした(かのように見える)日本人のアンチ・テーゼとして現われ、竜馬伝など、幕末の志士達に想いを馳せる時、あたかもそれらが....。武士道とは突き詰めていくと“始末の付け方”、さらに自主自立、自主自尊に行き着くのだそうです。まさに行蔵は我に・毀誉は他人の主張であります。常に言い訳を用意し、人から言われて動き、それでいながら文句ばかり...。どうせ~が決めたことだから....と。自主自尊の正反対ですね...。選挙も近づき、候補者の方々からも幕末の志士など、武士道に関する引用も多くなっているように思います。ならば...。幕末において、270年の制度疲労からもはや自力で国を統治することが出来なくなっている江戸幕府....。フランス陸軍と近く、助力を願えば助け舟が出てきたこと必定。対する薩長はイギリス海軍と近く、これまた助っ人を....。幕府、薩長共に、この時代の為政者に武士道精神が宿っていたと言われるのは、ともに強大な軍事国(フランス・イギリス)の助力をお願いできる立場にいながら、決して助力を願おうとしなかったこと。要するに自分達“だけ”が生き残ろうとして、日本をフランス、イギリスの代理戦争の場とさせなかったことだ....。20数年前でしょうか、歴史の先生の言葉を思い出しました。為政者達が目の前にある現実のその先....。その先にある世界観を描くことが出来ず、幕府、薩長のお家安泰だけを考えていたら、歴史を見るまでも無く、強大な軍事国家の餌食となっていたであろう....と。武士道ブームの再来は世相でしょうか? ある経営者向けの雑誌の中で紹介された武士道、それは7つの“セイ”で表される....と。曰く、清・誠・正・制・静・生・省...。続きは次回に。写真は銚子から旭に抜ける農道にて。一面のキャベツ畑が今ではすっかりトウモロコシ畑に変身。雲の形も、ああ夏ですね~。銚子に戻って5年、雲の形で季節を知る...自分のそんな一面に驚いております。


貧乏神・福の神

2010年07月01日 | 日記・エッセイ・コラム

041 気が付けば本日から7月...。毎度の事ながら長期にわたる更新サボり....深くお詫び申し上げます。さて先日、某先輩との会話の中で....。誰しも福の神には愛されたいし、貧乏神には遭遇したくないけどね....。実はこれセットで動いているんですよ....と。貧乏神に遭遇し、なんだ貧乏神、あっちへ行け、あっちへ行け....と追い払う。でもその貧乏神の後ろには福の神がいて、一部始終を見ている...。こいつは人を見て態度を変えるひどいヤツだ....と言うことで、福の神がその人を愛することは無いんだそうです。洋の東西を問わず、そんな現象を表すことわざも多いんだとか...。誰も見ていない(だろう)という状況下において、その人は何をしているのか?と言うことなんだそうです。まさに、天知る、地知る、子知る、我知る....。で、自分が置かれた”今”は必然である....と。何事も自分ひとりで行っている訳でなく、謙虚に、謙虚に.....。貧乏神という表現も曖昧で、ややもすれば穏当な表現ではないのかもしれませんが....。先輩の言わんとするところは良くわかる....。で、“今”置かれている必然の姿と向き合う姿勢を持つもののみに、神様は新たなステージを用意下さるのでしょう。最高に美味しい銚子・入梅イワシの季節にて....。