銚子・角巳之・三代目

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若者・よそ者・バカ者②

2007年05月22日 | 日記・エッセイ・コラム

Img_0969_1 勝海舟から、竜さん、薩摩に西郷隆盛という面白れえ男がいるんだが、お前さんちょっくら会って来ねえか?と言われた坂本竜馬は遥々薩摩の地に降り立つ。質素な食事、粗末な衣服、雨漏りのする家....、敬天愛人(天を敬い人を愛す)を掲げ、すでに求道者のような境地。巨人・西郷隆盛の日常に接し、竜馬は心を揺さぶられ、その心中を勝海舟への手紙としてしたためる。“西郷はバカにて候(そうろう)、しかも史上稀に見る大バカ者にて候、小さく叩けば小さく鳴り、大きく叩けば大きく鳴る。そのバカさ加減が推し測れまじ候...”これを見た勝海舟は、やはり人物は人物を知る。と笑ったとか。竜馬の手紙の締め括り。“惜しむらくは、周囲に人無く、(西郷という鐘を叩く)バチの小ささが気に掛かる...” 西郷隆盛の逸話を納めた西郷南州遺訓の中に、名誉もいらず、金もいらず....(中略)こういう男は始末に困る。が、そういう始末に困る男でなければ天下の大業は成し遂げられず。というくだりがあります。西郷は西南戦争・城山で自刃しますが、この戦いに望む前に各地から来ていた留学生に対して地元へ帰るように説得します。ここで死なせたら親元に申し訳ない。という西郷に対して、庄内藩の留学生の言葉、西郷先生に1日接すれば1日の愛あり、10日接すれば10日の愛あり、故に先生の側を離るるに忍びなく、我ら先生と共に生死を同じゅうせん。ここで言うバカ者とは、私心が全く無い無償の愛を持った人の意。なんだろうと思います。損得勘定が先立つ昨今、時代を変える“バカ者”は出現するのでしょうか?写真はカツオの一本釣り船。宮崎・南郷町からでした。