銚子・角巳之・三代目

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サンマ・ソテー

2006年10月31日 | 銚子のうまいもの

100_0631 サンマは塩焼きがベスト。これは多くの方が感じていることと思いますが、サンマほど料理用途の広い魚はない。これも事実。今が旬ですから色々な料理に挑戦してみたら如何でしょうか?今回は三枚卸にしたものをオリーブオイルで焼いてみました(写真)、味付けは塩・コショーのみ。これだけで十分美味いです。塩焼きに飽きたら是非試してみて下さい。割烹の方々は刺身で食べられるサンマを三枚に卸し、串を打って強火で一気に焼き上げる(中は半生)という手法を良くお使いになります。肝を裏ごししたものに一手間掛けてそれをソースに使うことも。サンマは大衆魚の代表のように捉えられておりますが、安くて美味しいと言うだけでなく、様々な用途に応用が可能なので、食べ方を考える、料理に一工夫...。という楽しみが沢山ある。そんな食材です。


秋桜(コスモス)

2006年10月30日 | 

100_0633 薄紅の~コスモスが~秋の日の~何気ない陽だまりに・揺れている~♪ 言わずと知れた さだまさしさんの名曲です。このコスモス、メキシコが原産のようですが、すっかり日本の(秋の)風景に同化しております。写真は何回か掲載しております、花筏(はないかだ:生け花教室)さんの店頭で見つけたもの。せっかく、まだ自然も残る地方都市で日常を過ごしている訳だから、野に咲く花や、生き物達、雲の形や、風の匂い...、こんな事を感じながら過ごしたい...。と何故か体に似合わずそんな事を思っております。最近、これまた以前掲載したA寿司店の若旦那の料理を食べる機会が有ったのですが、東京ではこの値段じゃ絶対に食べられないという質・量もさることながら、行く度に季節の花が飾ってあるし、旬の食材もすべてに一工夫。本当に参りました。若旦那は花筏さんで生け花も習っているらしい。“この花は美しい”と言う感覚と”この料理は美味しい”という感覚は根っこのところで繋がりが有るのでは?と感じています。膳を出す時、そこに並ぶすべての料理が一皿ごとに完成されているのではなくて、これは敢えて薄味に、これは甘めに...、食べながらこの意図は何だろうと思っていましたが、食べ終わった後すべてが分かりました。言葉無く、ただ幸せな気分になっていたからです。花もすべてが画一的で、同じ色だったら美しいと思うかどうか。薄紅色があったり、くすんでいたり、ちょっと欠けていたり...、でも美しいと思うのは何故なのでしょうか?人も同じかもしれません。ちなみにコスモスの花言葉は...、乙女の純潔だそうです....。(読んでいる方が吹き出しているのが目に浮かびます.....)


飯高檀林③

2006年10月29日 | 千葉再発見

100_0644 これが講堂です。最近ここではコンサートが行われたりしているようです。人里離れたこの地で聞く音楽。最高だろうと思います。それにしても、この威厳。そこに行って何かをする。のではなく、ただそこに居るだけで良い。歴史的な建造物の魅力は、建築の見事さや大きさではなくて、ただそこに居るだけで魂が揺さぶられたり、心が癒される事。曹洞宗で言う“只管打坐(しかんたざ:何も考えずただすわれ:曹洞宗は禅宗ですので)と言う事、ここは日蓮宗の檀林ですが、何も考えずにただそこに居る。ただそれだけ。ただそれだけの事なんですが、心が動かされるように感じるのは何故なのでしょうか?


飯高檀林②

2006年10月28日 | 千葉再発見

100_0647 夏の甲子園で北海道の強豪チームが“栴檀林、栴檀林(せんだんりん)”と歌ってました。この栴檀林とは、曹洞宗における学校・大学の意。現在の駒澤大学だそうです。また栴檀(せんだん)は双葉(ふたば)より芳し。ということわざがあります。栴檀とは白檀(びゃくだん)の木を指し、白檀は発芽した頃から芳香を放つ事から、大人物は子供の頃から他とは違って優れている。に通じるようです。反対語は大器晩成でしょうか。早くから頭角を現す人もいれば、年を重ねるごとに輝きを増す人もいて、それぞれに素晴らしさがある。花も木も人も様々です。さて写真は飯高檀林の正門。質素ながら極めて重厚。この扉の先には厳しい修行が待っている訳で、さながら俗世間との決別の場のような荘厳な雰囲気があります。現在は史跡として存在しているだけですが、門の前でたたずむと、修行に励む若者の真剣な姿が目前に迫ってくるような感覚に囚われます。


飯高檀林①

2006年10月27日 | 千葉再発見

100_0645 千葉県内には古寺・名刹が沢山有ります。写真の飯高檀林(いいだかだんりん)もその一つ。銚子から車で約40分、匝瑳市(旧八日市場市)にそれはあります。檀林(だんりん)とは仏教で学校・大学の意。ここ飯高檀林は日蓮宗に属し、日本最古の大学と言われる立正大学発祥の地であります。以前から是非訪れてみたい場所の一つでありましたが、先日、匝瑳に行く用事が出来たので、これ幸いと寄り道して参りました。敷地内は静寂に包まれ、聞こえるのは鳥のさえずりのみ。派手な建造物は一切ありませんが、他を圧倒するような威厳に満ちた空間です。ここはとても由緒があるお寺で、御三家の紀州、水戸と縁が深い。隣接して“黄門桜”というものが有りますが、これは水戸の黄門様の植樹によるものとか。威厳がありながら来るものを優しく包み込む。そんな空間で、しばし時間を忘れました。何枚か写真を撮ってきたので、明日から2日ほど掲載する事にします。


お昼寝中!

2006年10月26日 | 日記・エッセイ・コラム

100_0657 爽やかな秋風の吹く昼下がり、黒豚君の赤ちゃんが気持ちよさそうに昼寝してました。この黒豚君、赤ちゃんながら黒豚の特徴がハッキリと出ておりました。いわゆる“六白(ろっぱく)”と言われるもので、体毛は黒、4本の足、鼻、尻尾の六ヶ所が白。それにしても、気持ちよさそうでした。あまり知られていないかもしれませんが、千葉は養豚王国でもあります。確か鹿児島、宮崎、茨城に次ぐ全国第四位の出荷量。豚さんは非常に身近な存在です。


暴風雨!

2006年10月25日 | 銚子の風景

100_0678 昨日は物凄い暴風雨。銚子では瞬間最大風速34.8m(台風並み)を記録。対岸の鹿島沖ではまた貨物船の座礁事故があったようです。神栖市では1時間に120mmという凄まじい降雨量を記録しました。写真はその神栖市・波崎(はさき)港の風景です。所用ありまして、ちょうどその暴風雨の最中、この近辺におりました。銚子と神栖を繋ぐ銚子大橋の上は物凄い突風で、私の運転している軽トラックは風に煽られっぱなし。かなり怖かったです。普段、自然の恐ろしさなんて事を言っていながら、こんな暴風雨の中で海に近づくなど言語道断でありますが、何とか臨場感をお伝えしようと思っていたらこの場所におりました。でも反省してます。やはり自然は恐ろしく、こんな暴風雨で海に近づくなど非常に軽率な行為です。肝心の写真もご覧の通りピンボケ。とにかく立っていられない、前も見えない...そんな状況でした。近くに来るな!という自然からの警告でしょう。銚子も神栖も昔から大風が吹くところとして有名ですが、学生時代の記憶、間が抜けて(17年間東京でしたので)、昨年の記憶と重ね合わせても、この大風は異常です。利根川河口の増水とか、道路の冠水とか....、頻度が高くなっているように思います。何か自然に変化が起きているようです。


赤パンダ

2006年10月24日 | イベントに参加

100_0652 昨日のイベント記事のおまけ。イベント終盤に赤パンダが出現し、瞬く間に子供たちのアイドルになってました...。やはり“被り物”は人気があります。背中にチャックがあるんでしょ~、中に人が入ってんでしょ~....、そんな声も聞こえましたが...。10月とは言え、この日は結構暑く、半袖で良いくらいの気候。中に入っている方、イベントを盛り上げるのは大変です。


体験ツアー

2006年10月23日 | イベントに参加

100_0658 先週の土曜日、千葉県香取市(旧山田町:銚子から車で40分くらいです)で行われました体験ツアーを見学させて頂きました。芋掘り体験とその芋を使った料理の数々...。ちゃかりご馳走になって参りましたが、こういう食べ物食べていたら間違いなく健康だろうな~。本当にそう思います。最近、全国各地でこういう体験ツアーが開催されております。日本の人口が都会とその周辺に集中し、核家族化で食や生活の知恵が継承され難くなっている昨今、こういうイベントは非常に人気が高いようです。田舎の“日常”は都会に暮らす方々にとっては“非日常”の世界。都会の“日常”で食べ物と言えば、近隣のスーパーマーケット。今回は東京・世田谷を中心にお店を構えているスーパー・トップさんというスーパーマーケットの企画でした。トップさんは以前掲載しました“参協味蕾豚(さんきょうみらいとん)”を販売しているお店(http://www.supertops.com/)。色々な体験ツアーがありますが、都会の“日常”を共に過ごしている近所のスーパーマーケットと一緒に、そこで販売されている食材の“日常”(生育状況とか作っている人とか)を知るということは、本当に貴重な経験であると思いますし、田舎(生産地)、都会(消費地)という無機質な区分けではなく、相互理解のための一助になる事と思います。


沖ベーボ

2006年10月22日 | 銚子のうまいもの

100_0555 写真は銚子で“沖ベーボ”と呼んでいる貝。つぶ貝の一種だろうと思います。近海小型底引きに入っていることがあります。銚子では茹でて、ワサビ醤油で。と、いたってシンプルに食べますが(これだけで十分に美味いですから)、知人のフレンチのシェフはこれをフランス料理のエスカルゴのようにガーリック・バターソースで仕上げます。バターを湯煎し、溶け出したらパセリ&ニンニクのみじん切り投入。それを貝の口に塗って、オーブンで焼き上げ。これまた絶品。刺身、塩焼き...等、素材の持ち味を引き出す和食の素晴らしさは歳を重ねるごとに認識しておりますが、洋食メニューに魚をもっと取り入れると、魚の食べ方が広がって、新たな価値が見えてくるような気がしています。


ホウボウ&ボタンエビ

2006年10月21日 | 銚子のうまいもの

100_0551 写真左がホウボウの刺身、右がボタンエビです。両方とも銚子港に朝揚がったもの。ホウボウの大きさは30㎝くらいありましたので、東京のお寿司屋さんで食べると.....円か?などと邪推しますが、これは漁師さんから頂いたもの。こういう時は一人で食べるのはもったいないので、仲間と一緒に食べる事にしております。銚子と言っても住んでいる人のすべてが水産関係者ではありませんが(水産関係者以外の方が遥かに多いです)、口の肥えた方がとても多い。水産関係者でなくとも親戚、知人を介せば必ず魚に当たる...。辛口評論家も多いです。が、この刺身は一同無言になりました....。ボタンエビなど、銚子に揚がるのか?という方が多いですが、百聞は一見にしかずです。中型底引きが獲ってきます。殆ど銚子市内の旅館、飲食店での消費のため、外には出回りませんが、こういう外に出回らないもの探し。銚子観光の食べる楽しみの一つです(時化等でいつも揚がるとは限りませんが)


燕雀いずくんぞ....

2006年10月20日 | 銚子のカモメ

100_0577 燕雀(えんじゃく:ツバメやスズメ、小さな鳥の意)いずくんぞ鴻鵠(こうこく:鳳凰など大きな鳥の意)の志を知らんや!最近良く、漁港付近にタカのような大型の鳥を目撃しておりました。この辺にタカがいるはずはないし、その仲間のノスリかとも思いましたが、これも違う気がする。いつもの生き物ポケット図鑑で確認したら、どうもトビのようです。トビもタカの仲間。タカ類は鳥の中では最も高いところを飛び、羽はほとんどバタつかせず、風を読んで悠々と大空を駆け巡っております。燕雀いずくんぞ~とは、中国の故事で、ツバメやスズメに、天高く飛び回る大鳥の気持ちなど分からないから転じて、大人物の気持ちや大きな志を小人は理解する事などできないに通ずるようです。カモメの大群の遥か上空に1羽で悠々と飛んでいる姿に接し、お前に“志”はあるのか?と問い掛けられているような気がしました。この言葉、幕末の志士達も好んで使っていたようです。時代の変革期、世の中を変えていくのはいつも信念を持って、大勢に組しない(いわゆる変わり者)、他者には見えない何かが見えるが故に現実社会との間で大きな軋轢を生むけれど、新しい時代の扉が開いた時、彼らは先駆者と呼ばれたりします。が、当の本人達は他者の毀誉褒貶(きよほうへん:ほめられたり、けなされたり)など全くお構いなし。批評や比較をやめて具体的に行動すると、その動機善なりや?という“志”の部分に行き当たります。“世の人は我を何とも言わば言え、我が為す道は我のみぞ知る”-坂本竜馬-。燕雀いずくんぞ.....、現代も変革期に差し掛かっているようです。“志” この風景を見ながらそんな事を思っておりました。


メイタ&赤ヘラの干物

2006年10月19日 | 銚子のうまいもの

100_0571 少々堅苦しい話が続きましたので...。本日はうまいもの。写真はメイタガレイと赤ヘラ(赤シタビラメ)の干物。銚子港で朝揚がったメイタ等の皮を剥いて内臓を除去。軽く塩をふって3時間ほど天日干し。以上です。この日は遠方より仲間が銚子に集まり、これらをツマミに遅くまで酒盛りでした。美味しい肴、最高の仲間....、時間を忘れ、いくら飲んでも酔わない。そんなひと時でありました。また銚子に行きたい! そう思って頂けるような地域や個人でありたいと思います。他地区との比較や愚痴、辛いの苦しいのと言っている場合ではないな~。遠方から、時間とお金を使ってお越し頂くからには、もっともっと努力せねば....。また新たな活力が沸いてきた今日この頃であります。


疾風に勁草を知る

2006年10月18日 | 日記・エッセイ・コラム

100_0564 さて“馴れ合い型”。先生と生徒がいわゆる“タメ口”になって、上下の秩序無く、皆が“表面上の”仲良しになることから始まるそうです。ルールを破っても、まあ今日は仕方ないか?と叱らず、これが続くと、先生は気分で怒る。と感じるようになり、先生の気持ちを引くような言動が増え、時々叱ると、何故“私だけ”が叱られるのか?と憎悪を抱くようになると言います。友達が褒められても腹が立ち、告口や陰口が横行。クラスが協力するのは先生に反抗する時だけ...。本当だろうか?と信じられない気分です。昔不良していた仲間は人の恩を知り、その恩に報いようと懸命な30代を送っておりますが、告口や陰口ばかりの小中学生はどんな30代になるのでしょうか?ちょっと怖い気がします。これまた“食育”対象の年齢層。この領域、考えれば考えるほどやはり深いです。さて、昨日・本日の写真は利根川沿い千葉県印西市付近の矢口(やこう)スーパー堤防。もの凄い風でしたが、ふと“疾風(しっぷう)に勁草(けいそう)を知る”という言葉が出て参りました。これまた恩師の言葉です。無風状態ではどの草が強くて本物なのか分からないけれど、強い風が吹けば本当のことが分かる。と。なぎ倒されない強い草は根がどっしりとして、茎が太い。人間で言えば幼少~小中学校までの過ごし方や環境が根や茎。その根や茎を育む地域....。今各地に疾風が吹き、勁草を知る時が来ているようです。


馴れ合い型・崩壊

2006年10月17日 | 日記・エッセイ・コラム

100_0562 先日の産経新聞に、首都圏の小中学校で“馴れ合い型・学級崩壊急増”という記事が有りました。学級崩壊が叫ばれて久しい昨今、“馴れ合い型”と呼ばれる新たな形が根深い問題を引き起こしているそうです。今までの学級崩壊は、反抗型と言われるそうで、我々が学生時代を過ごした80年代に良く見られた形。理由のあるナシに関わらず、反抗したくなるのが小中学生でしょう。何らかの理由で反抗ばかりする生徒に先生がシッカリと向き合いそれを受け止め、地域に本気で叱れる大人がいれば、学級崩壊などには至らないと言います。私の中学時代もそうでした。いわゆる不良だと言われていた仲間が居ましたが、彼らは押さえつけられる事に本能的に反抗していただけ。あるいは先生とか大人とか、強いものに向かっていく勇気があったともいえます。時に無鉄砲であったとしても、それは小中学生であれば許される範疇でしょう。少なくとも、行き過ぎたらそれが行き過ぎである事を教える大人がいました。そういう大人に見守られている安心感の中での暴走だったと思います。また悪い事をしたら応分の責任を取らされる...。そういう不文律も有ったように思います。魚市場等で中学時代の仲間によく会います。学校に来ないでバイクに乗っていたヤツもいますが、彼らの多くは今、感心するほど良く働くし、キツい労働も全く厭わない。昔自分も世話になったと地域の子供に野球を教えたり、地域行事は率先。最高にいい顔しております。これに対して“馴れ合い型”この末路に何があるんだろうと思っております。続きは明日。