銚子・角巳之・三代目

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視線の先...。

2024年06月30日 | 日記・エッセイ・コラム

先日掲載させて頂きました、成田山ご本尊(不動明王)上陸地...。そこに立っておられる立像
が見ている先の風景(写真)であります..。当日はあいにくの曇り空、今にも雨が降って来そう
な天候でありましたが...。この視線の先は九十九里浜であります...。

晴れの日も雨の日も、台風でも雷鳴轟いても...。この風景...、視線の先に不動明王は何を見て
おられるのか?とそんなことを考えながら、何気ない毎日の尊さに感謝、感謝の毎日です...。
今月で6月終わり...。個人的にこの20年くらいで最も心労多い6月でした...。

開花②

2024年06月29日 | 日記・エッセイ・コラム

正確に言うと、一つを除いてすべて開花!一つだけ咲いていないものがありますがツボミには
なっており、あと少しでこちらも咲くものと思います。早く咲けば、早く枯れる。植物には
早生・晩生(わせ・おくて)ありますが、これは植物に限ったことではなく、人にもあてはまる...。

例年ですと開花前には何度か台風が来ていて、開花は7月頃だったような気がしますが、恐らく
すべからく“例年だと”...という感覚を捨てねばならない昨今かと思います。またカサブランカとの
付き合いを始めてから特に心に留めていること...植えたら咲くまで。

何事も段取りと始末。殊に始末...。
(本日もこの辺で)

上陸地②

2024年06月27日 | 日記・エッセイ・コラム

このお姿で...。九十九里浜を向いておられました...。海岸線(道路沿い)から少し海側に入った
ところで、道路からは見えなかったのですが、鳥居の先に入りますとハッキリと。不動明王立像。
右手に仏敵等を懲らしめる剣、左手には落ちてしまった人々を引き上げる羂索(ロープ)...。

落ちる...。道を外すということのみならず、心が落ち込んでいる、怖い、不安だ...マイナスの心
を持ってしまった人々すべてと思います。マイナス感情は考えれば考えるほど深みにハマって
参りますので、ただひたすら真言を!という言葉には共感するところ大であります。

真言とか、お経とか、難しい話は抜きにして自分なりに(何かに)没頭する“こと”や“時間”は
必要と思っております。単純作業に没頭する等...それこそ自分に合うものごと...。他者には
石ころのように見えても、自らにとっては宝石のようなもの、こと、時間...。

不動明王像が見ている先は九十九里浜...。沿岸の二艘巻き(旋網船)等によるイワシ漁が盛んな
ところです。漁業の“現場”には危険も多い...。更に数年後にはこの場所、洋上風力発電の予定地
ではなかったか...と。不動様を見ながら...正しく畏れ(恐れ)よ! そう聞こえたような...。



上陸地①

2024年06月26日 | 日記・エッセイ・コラム

さて本日から、人生55年と1日目...。また日々新たに迎えられておりますこと感謝しながら
これからも継続して参ります。引き続き宜しくお願い致します。さてさて...、本日の話題ですが
実はずっと気になっていた場所に行って参りましたので、そのことを...。

成田山新勝寺の話題は、新年など節目・節目で投稿して参りました。成田山のご本尊は不動様。
この不動様(不動明王)...、将門鎮圧のため京都からお越しになりました。...ということも何度
か掲載させて頂いたかと思います。その“上陸地”が本日の話題(写真)であります。

銚子から九十九里方面...、横芝光町あたりにその場所は見えて参ります。この付近、米国等から
の太平洋航路の飛行機が海から陸地(成田空港)に進入してくる、ちょうどその辺りではないかと
思います。上陸地と航路...、相互に関連性は無いかと思いますが少々気にはなっております...。

不動様は京都から、はるばる海路お越しになり、この地に上陸され成田山に向かった...。成田山で
国家鎮護の大任を果たされ、京都へお帰りになるのかと思いきや、帰らない...。この場に留まり、
今後はこの場にて人々の安寧を祈り続ける...。(続きは次回に)


繋がり(の先)

2024年06月25日 | 日記・エッセイ・コラム

私事で恐縮ながら、今年もまた誕生日(本日:6.25)は来て、御年55歳となりました...。本日の
写真をどうしようかと思いましたら、先日訪れました成田山新勝寺(正門の入口付近)の弁財天さん
(の鎮座する池に)カメがおりましたので。カメ...縁起の良い生き物と思っております...。

鶴は千年、カメは万年...、これまた中国故事からと思いますが、本日はその由来等は省略し弁財天
さんの池にいた縁起の良いカメの鑑賞...。成田山に行ったのには伏線ありました。どうも最近、私
を含め(私の周囲で)、難儀なことが降り掛かることが多く、その殆どで大難が小難で良かったね...。

降り掛からないのではなく、降り掛かるけれど大事に至らない...。難有って有難しと、生意気にも
何度も書いて参りました。これぐらいで済んで良かった...、では何が?と言われても答え無く、自ら
問うに神仏のご加護...これしか思い浮かばない...。そう言えばぎっくり腰のことも...。

結論から言えば完全に治ったのですが、この間...観音様におられる〝おびんづる様”の腰を触りまくり
何とかして下さい...と。神様・仏様と祈った時、“繋がり”を意識するのだろうと思います。そして
歳を重ねてその先のことを想う...。さて本日は、感謝の日とさせて頂きたく思います。


繋がりのこと...。

2024年06月24日 | 日記・エッセイ・コラム

久しぶりに屏風ヶ浦を訪れまして、その帰り道...紀州・和歌山と銚子の深い“繋がり”の場所へ
行って参りました。妙見様に木国会(もっこくかい)ありますが、こちらはどちらかというと
慰霊碑のような存在。本日掲載の碑は”まさに、そこ(紀州人上陸地)に”建っている...。

崎山次郎右衛門の碑。紀州、和歌山の漁師で、銚子沖で遭難し銚子の人々に良くしてもらった
から...と、銚子の漁師に漁法を教え、港湾整備を行った偉人。こんな数行で偉業を称えることは
不可能ですが、まずは銚子の今日の礎を作ったお一人と尊敬されております...。そのことを。

崎山次郎右衛門が銚子に来たのは1630年頃のようです。1600年に関ヶ原、1603年
に江戸開府。1615年に大阪夏の陣。政治・文化の中心が関西から関東に移り始めた頃...。
ヒゲタ醤油さんの創業は1616年。ヤマサ醤油さんは1645年とのこと...。

突然今がある訳ではないんですね...。最近私の周りで良く聞こえる話です。こういう祖先との
繋がり...を。私の祖先も、どうやらこの紀州・和歌山から銚子に来たようです。その末裔(私)
本日で54年と355日生きて参りました...。明日55歳です。

屏風ヶ浦にて②

2024年06月20日 | 日記・エッセイ・コラム

久しぶりに屏風ヶ浦の遊歩道を歩きました。暫く行かないうちにかなり先まで遊歩道は整備
され、訪問は夕方頃でありました。仕事終わりに散策(ウオーキング)したり、釣りにきたり...、
そういう日常を送っている見知った顔(同世代)に沢山逢いました...。

考えている(いた)ことは、ほぼ同じ。今までのことより、これからのこと。健康のこと。
心の張り合い...のこと。こういう場所(今回は屏風ヶ浦)で話すと、何故か“洗われる”という
気持ちになるようです。明日から更に屏風ヶ浦の奥⇒奥の写真を掲載します。

屏風ヶ浦にて①

2024年06月19日 | 日記・エッセイ・コラム

本日、更新が遅れました...。さてさて、開設から20年近くになります。30代の半ばで
あった(私)は、50代の半ばになりました。特に感慨ありませんが、歳を重ねれば肉体
は劣化、それに対して精神はいくらか大人になったような気がしております。

あくまでもそんな気がしています。私と同世代(50代前後)がミドルエイジクライシス
と呼ばれる、心身ともに非常に不安定な年代(誰しも通る、避けて通れない)を迎えている
ということ、自らがその年代になりますと、こちらも何となく分かる気がしております。

肉体と精神のバランスとか...。先日先輩方に、人生は死ぬまで修行ですよ。と、そんな話を
聞かされ、肉体の衰えを精神力でカバーするのか?と理解しましたが、全く違います。修行
は苦行であってはなりません...と。修行であるけれど苦行ではない。

本ブログ、この数年同じような形で掲載して参りましたが、これから時々(恐らく明日から)
写真だけとか、更新遅れるとか、そんな形になることがあると思います。思うところあり苦行
にならぬようもう少し軽く。久しぶりの屏風ヶ浦でした。明日から周辺写真を...。

諫鼓鳥(かんこどり)

2024年06月18日 | 日記・エッセイ・コラム

過日、旭市の鎌数伊勢大神宮前にて...。通り掛りましたらお神輿が出ていましたのでしばし見学...。
勝手に写真を掲載してしまい申し訳ありません。毎度のことながら全く他意ありません(ご容赦を)
本日の話題、お神輿の上に載っている鳥(故事の由来など)...同行者がお祭り大好き人間で...。

お神輿の上に載っている鳥は鳳凰(ほうおう)と呼ばれ、その外形の特徴は優雅な羽根で羽の先端
は上向きだそうです。他方、諫鼓鳥(かんこどり)というものがあり、主に山車等で用いられ、
羽の先端は下向きになるのだそうです。諫鼓鳥?...閑古鳥とどう違うのですか?と聞きました。

閑古鳥が鳴く...というと、一般的にはお店等が暇な状況を示しているかと思います。お客さんが
来なくて閑古鳥が鳴いてるよ...なんて聞くことあります...。お祭り男に聞くとこの閑古鳥はカッコー
(鳥のカッコー)のようで、カッコーの鳴き声に哀愁あることが所以だ(?)とのことでした...。

これに対して諫鼓鳥(中国の故事に由来)。ある大様が自らの政(まつりごと)に誤りあらば、人々
に太鼓を鳴らさせることで訴えを聞こうとした...が、善政が敷かれていて太鼓が鳴ることはなく、
太鼓は鳥の遊び道具になった...。本当に安泰なら必要ないもの...を祀る。日本のお祭りの奥深さです。

お陰様!

2024年06月17日 | 日記・エッセイ・コラム

6月の妙見様の標語は“お陰様”でありました。お陰様、お蔭様、おかげさま...。漢字、ひらがな
常用漢字やそれ以外、様々な表記ありますが、意味は全て神様、仏様のご加護。これが転じて
周囲の方々からのお陰様を持ちまして生かされております...。という意味であります。

今月の標語は“陰でも頑張るあなたはお陰様。その努力は必ず報われます”...と。とかく目立ちたい
だけの方々はいて、風や流れに乗るのが上手だな~と感心しておりますが、どうも上手な人ほど
傲慢になり易く、陰でも(人が見ていないところでも)一生懸命な人は謙虚である...と。

突然このような、“お蔭様”という言葉、確かに妙見様で見たからなのですが、この2ケ月ほど
健康に関することはじめ、私自身を含めて(私の周囲で)これは大難が小難で済んで良かった...。
そう思えることが多々起こっておりました。これを論理的に説明することは不可能でして...。

“報われる”ということは、自分の願いが叶う...ということだけでなく、もっと大きな意味だろう
と思います。大事故に巻き込まれていたかもしれない、健康を害していたかもしれない、一寸
先は何があるか分からないのに、“平穏”があること...。まさに最上の“報われる”ということかと。



紫陽花(あじさい)③

2024年06月16日 | 日記・エッセイ・コラム

写真がまだ残っておりましたので、残りを掲載致します...。どれを見ても見事です。各々の花
(部分)も綺麗ですが、(全体)として見ても美しい...。以前フラクタル(相似形)ということ
掲載したかと思います。この紫陽花もフラクタルです。部分を拡大してみると全体形に似ている...。

日本寺の紫陽花を良く観察しておりましたら、区画・区画に人の名前が書かれておりました。
恐らく寄贈された方のお名前かと思います。近隣の方ばかりと思いきや全国(しかもかなり広範囲)
日本寺周辺が(飯高檀林)と呼ばれ、檀林とは仏教でいう学校のことであります...。

ここで学んだ方々...、しかも何百年にも渡る時間の中で、全国各地に日本寺(飯高檀林)のことが
拡散されていったことは想像に難くないし、あじさい寺として衆目を集めるようになったこと...、
偶然では無いと思います。一燈が万燈に...。さしずめ1本の紫陽花が万本に。

お寺が、あじさい寺として注目される。人はそこに足を運ぶ...。人が集まりますので現世の利益に
(観光など)繋がることもあろうかと思いますが、何よりも先人の足跡に想いを致し、そこで眠る
先人に敬意を払う...。不滅の法灯になぞらえれば、まさに不滅の紫陽花であります...。