風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

あの1年間(下)

2007-10-06 | 風屋日記
タイトルを修正した。
確かに私の人生の中で特殊な2年間だったけれど、
最初の1年と後の1年とは全然違う。
後の1年についてはあまり具体的に触れたくないので
テレビ朝日時代の1年だけにしておこう。

    ◇      ◇      ◇

(下)はテレビ朝日時代に出会った人達。

かつてNET(日本教育テレビ)という名称だった名残りなのか、
テレビ朝日には教養部というセクションがあり、
「みどり」チームはそこの所属だった。
不思議に思われるかも知れないが、「みどり」はまだいい。
同じセクションの隣のデスクは何と「独占!!女の60分」だった(笑)
さてその「独占」チーム。
レポーター役のタレントさんたちもしょっちゅう出入りし、
なかなかにして華々しいデスクだった。
社員D陣も小番組「みどり」あたりとは陣容が違う。
その中に異色と言えるほど物静かで生真面目なNさんがいた。
何カ月も家に帰らず、デスク脇のソファに毛布を常備していて、
徹底的に編集作業に没頭する人だった。
奥様から会社気付で本人あての手紙が届き、
「猫も元気にしています」という文面が話題となったほど。
数年後、別の番組でヤラセが発覚し担当Dが首になったと
報道されたニュースでNさんの名前を見た。
真面目で、皆からも一目置かれていた人だっただけに
とても複雑な心境だった。

男のADたちは概して貧乏学生が多かった。
バラエティー番組や歌番組を作っていた制作部は違ったようだが、
教養部に限っては「おはよう」も含め地味な連中が多かった。
一方ADを含む女性のスタッフたちは華やかだった。
フェリス、成城、津田塾、ポン女、実践etc・・・
有名大学を出た見た目もハデ系のお金持ちのお嬢様達が多く、
都心のマンションに住み、冬は出勤に毛皮姿、彼氏の車はBMWみたいな(^^;
男性社員の相手に・・・と会社が選んで採用しているともウワサされた。
それでも彼女たちはお高くとまることもなく、
我々貧乏学生たちとも仲が良くて、よく一緒に六本木に繰り出したものだ。

古舘一郎さんはまだ局アナだった。
普段はあまり自ら口を開く人ではなく、いつも周囲に目を配っていた。
これまた局アナだった南美希子さんと仲が良かったように思う。
小宮悦子さんは局アナではまだ若手だったが、
若い女性によくあるキャーキャーしたところがなく落ち着いた人だった。
私が一番仲良かったのは、短大からアナになったばかりで
家が近所だったために出勤時よく乗り合わせた廣瀬雅子さん。
同い歳という気軽さで他愛もない話をよくした。
何と今は、当時彼女の先輩アナだった吉澤さんの奥様らしい。
他には、これまた住んでいるマンションが近所という気軽さで
軽口を叩きあっていた西田百合子アナ、
天然キャラで、後に変身もののお母さん役をしていた迫文代アナ、
そして私が憧れていた、知的で美人で優しかった中里雅子アナなどがいた。

今でもできたら会って話したいと思うのは
お天気お姉さんをやってもらっていた二階堂杏子さん。
タレントさんで、その後の「子ども電話相談室」のお姉さんがよく似合った
とても気さくで明るく、優しい人だった。
何度かみんなと一緒に六本木でワイワイやったし、個人的な相談もしたけど、
あれからどうしているんだろうな。

他にも音声さんや編集マン、ベテランDの方々、タレントの卵さんたちなど
色んな人達と楽しい1年間を過ごさせてもらった。
私にとっては自分の身の丈を見失った1年でもあったんだけどね。
コメント (2)
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