以前
書いたこの本を読了。
最初に読んだ本については
「
キャパになれなかったカメラマン」や「
レクイエム」で
2度にわたり感想を書いたが、
それに対して著者である平敷さんご自身から連絡をいただき、
更に本書を贈呈いただいたのだった。
恐縮しつつ、じっくりと読ませていただいた。
本書は「キャパになれなかったカメラマン」の続編みたいなもので
アメリカABCのカメラマンとして
南ベトナム崩壊後、ヨーロッパやアメリカに勤務しながら
中東、東欧、当時のソ連、米国内などを
カメラのレンズを通して見、取材してきた体験談。
自分が20代~40代の頃
仕事や生活に追われながらテレビや新聞で知った世界の事象が
実際にその場にいた方の目で裏側から語られる面白さ。
ニュースとしては報道されない真実や事実、風景。
「あぁ、やはり報道を通して知った気になっているのは間違いだ。
実際に現場の空気や音や匂いを体験しなければ
本当のことはわからない」と強く感じた。
今も続くイスラエルとPLOとの戦いも
遠く離れた日本でのんびり新聞の活字を拾い読むだけでは
きっと本質は見えてこない。
イスラエルの人々の思い、PLO戦士の思い、レバノンの人たちの思い、
それらが頁の中から手の温もりとともに感じ取れる。
独裁者として国を追われたフィリピンのマルコスの妻イメルダ夫人の
大量の靴のコレクションについては確かに当時TVや新聞で見たが
彼女が貧しい育ちで、幼い頃から靴に憧れていたことは知らなかった。
マルコスを追い落としたアキノ女史の足元がサンダルだったことも。
人間は一面的じゃない。
どんな人間でも残酷な面と、非情な面、優しい面、人間的な面を持つ。
そんなことも生身で接した平敷さんだからこそ描けたのだろう。
国連の元事務総長ワルトハイム氏のエピソードもそのひとつ。
報道だけで見ると「なんだ。元ナチだったのか」で終わるが
そのワルトハイム氏に対するオーストリアの人々の複雑な心境もまた
遠い日本では想像できなかったことだ。
本書は改めてそんなことにも気づかせてくれる。
そして会社の枠を越えた報道仲間たちとの友情。
戦場で、文字通り命をかけた仕事をしてきたからこその強い絆は
読んでいて羨ましくて仕方ない。
死線を越えてきたからこその絆だけ羨んでも仕方ないのだが、
グローバルの名の元にルール無しのタフな競争の中で
お互いを尊敬し合いつつ、競争を楽しんでさえいるように見える
(見えるだけ。実際は過酷な競争なのだろうけど)
彼らの仕事に強く惹かれたのは事実。
それは沢田教一さんや一ノ瀬泰造さんの本でも感じたことだった。
そしてそれらを知り、憧れた時、
すでにワタシは30代も終わりだった。
一番心がほっこりとし、
「人間も捨てたもんじゃないよな」と思ったエピソードは
ソ連のKGBとのやり取り。
面白い。
「アイ ウィットネス」平敷安常:著 講談社