静かなラブストーリー。
加えて、自分を取り戻す女性の物語でもある。
山村の素封家に生まれ、
自分の立場だけを考えて生きてきた30歳の女性が
少女時代に心の内に秘めていた気持ちに改めて気付き、
新しい1歩を踏み出していく。
それを引き出したのは同級生の医師ではあるが、
先に歩き出したもうひとりの女性の存在が大きい。
自然描写が美しい。
人知れず咲く山の桜で主人公の心の内を表現し、
薪能の「松風」で感情を表現している。
その静謐で訥々とした語り口も本作品の特徴。
古くから勤めている老作男の、
亡くなった主人公の祖母への秘めた思慕
(というより、2人が密かに交わしたであろう心)も
この物語に厚みを与えていると思う。
こんな小説が好きだ。
この作者の作品は
これまでも何度か
ココや
ココで紹介しているが
東大文学部を出たあと
九州大医学部を卒業した現役精神科医でもあり
こんなリリシズム溢れる作品を書いてしまう才能がすごい。
しかも男性作家なのに一人称は2人の女性。
どうやらこの作者が書いた初めてのラブストーリーとのこと。
すごいなぁ。
「空夜」帚木蓬生:著 講談社文庫