「向島」
2015-05-31 | 読書
向島に生きる芸者さんの物語。
四季を感じ、季節ごとの慣習を大切にし、
義理や礼節をわきまえて
ストイックに芸事に精進しつつも
現代を生きる若い芸者の慎ましい生活。
とはいえそこは花街。
現代的な価値観では理解できない考え方や
厳しい作法、人間関係の中にも
どっぷりと身を投じなければならない。
同級生の男性への淡い恋心を振り払いながら
芳恵は玄人の芸者として成長していく。
物語全体を流れる艶と哀しさ。
そしてワタシ自身馴染んだ向島の風景に
すっかり魅了されてしまった。
なにせ出て来る店や寺社や街の景色の
大半が目に浮かぶ。
あぁあの喫茶店だな、ここはあの服屋かな、
めうがやさんはそのままの名前で出てきたな、
角のジューススタンドと書いてあるけど
これは「かど」のことじゃないか。
牛島神社、三囲社、弘福寺、長命寺、言問橋に桜橋・・・
懐かしくって涙が出そうだ。
料亭はかつてに比べてだいぶ姿を消したらしいが
夕刻近く通りかかれば
日本髪に着物姿の芸者さんたちが座敷へ急ぐ姿を見かけ
夜遅くまで黒塗りのハイヤーが何台も待機する街。
老舗の寿司屋や小料理屋、洗張の店が軒を並べる街。
高いマンションに挟まれるように残っている
小さな古い木造の家々の軒下には
てんでに育てている鉢植えなどが並んでいる街。
大都会と言えば
ビルディングが立ち並ぶ新宿や渋谷、六本木など
無機質で煩雑な繁華街を思い浮かべる人も多いけれど、
本当の東京は隅田川沿いのこのあたりのことなのだろう。
領家高子さんは初めて知った作家。
自らも芸者さんの子として向島で生まれ育ち
今もどうやら住んでいるようだ。
本作は3部作の初刊とのこと。
続く物語という「墨堤」「言問」も読んでみたい。
「向島」領家高子:著 日経文芸文庫