風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

proom S 2.0

2020-07-10 | 生活の風景

いつも吸っているのはシガーだが
急速に厳しくなる世間の目も気になるし
散らかったり、灰皿が汚れたり、空気が悪くなったりと
いろいろ気になってきたので、新発売のコレを買ってみた。
いままでもgloやproom techを使ってみたけど、どれもイマイチ。
元々CAMELを吸っていたので、
日本たばこ製のこれなら合うかなーと思っての購入だ。
電子タバコのデバイスも安くなった。

悪くない。
これなら違和感があまりない。
gloに比べてデバイスが少し大きいけれど、
スティックが小さいので、トータルすると使いやすい。
gloとIQOSの良いところを寄せ集めた感じ。
しばらくコレだな。

タバコに限ったことじゃないけれど
この歳になると、
今さら好きなものを無理にやめてまで寿命を延ばす気はない。
周囲への気遣いは必要ながら、
吸うのも止めるのも自分の意思で決めたい。
「止められない」のではなく「止めたくない」のだ。
止める気になれば簡単に止められると思うよ。
単に好きなだけ。
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レガーメ・ダ・オルト

2020-07-09 | 食べ物・お店
地元花巻の自然農法食材を使い、
「体に優しいイタリアン」がウリのイタリア料理店にて
ちょっと贅沢なランチミーティングを行った。


まずはランチセットのオードブル。
覚えきれないので(^^; メニューの写真も添付しよう。


そしてサツマイモのスープ。
味付けは塩だけとのことだが、優しい味でとても美味しい。


メインはキャベツとシラスのオイルパスタ。


もちろんキャベツは自然農園のものだ。
ソースが美味しすぎて、シラスを最後の1匹まで救って食べた(笑)

こんな店が花巻のまちなかにあるというのが嬉しい。
食べるのに夢中で会議は尻切れトンボの時間切れ(笑)
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湯川温泉 山人

2020-07-08 | 
岩手県西和賀町の湯川温泉にある 山人(やまど)は
露天風呂付きのスイートルーム12室の温泉旅館。
ロビーには静かにJAZZが流れ
窓の外の森の緑や渓流の音、野鳥の声とマッチしている。
部屋も広く、静かな時を過ごせる宿として有名だ。
料理は山菜やキノコや川魚など地元の食材をアレンジし、
ここならではの味を堪能できる。


その山人が、雑誌「じゃらん」の「すごい宿大賞2020」にて
「口コミ総合評価」岩手・東北それぞれ1位、関東東北で6位という
素晴らしい評価を得たとのこと。
しかも客室、朝食、接客・サービスの各部門は満点の評価だ。




湯川温泉は、山人ができる前は鄙びた温泉街だった。
渓流釣り客や湯治客などが中心の小規模旅館が多かった。
そのうちの1件、割烹旅館末広の後継者が一念発起して始めた山人。
夫婦でこれだけの宿を作り上げたことに感服する。

実はここの女将は私の高校の同級生なのだが、
昔からセンスが良く、明るくアクティブな女性だった。
彼女のホスピタリティも評価されたとしたらさもありなん。

不特定多数の人と触れ合うことがまずない山の中。
広い客室でほとんどの時間滞在できる贅沢さ。
コロナ感染の可能性などあり得ない場所だ。
This is 岩手。
命の選択に利用してみてはいかがだろうか。
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七夕

2020-07-07 | 社会・世界・平和
陽の数字である奇数が重なる日は節句。
牽牛と織女の逸話がそれに重なって七夕となった。
肉眼で天の川が見えなくなった現代、
身近に感じることが少なくなったように思うが、
こういう有職故実は大切にしたいと思う。

残念ながら、九州をはじめとした西日本、中部地方など
梅雨末期の豪雨被害が相次いでいて
星を眺めるどころか、七夕に思いを馳せる余裕もないが
願いを込め、祈ることはできる。
非科学的と言われようが、前時代的と言われようが
祈りはちゃんと誰かに通じると信じている。
これ以上被害が広がりませんように。
これ以上嘆き悲しむ人が出ませんように。
そして、拉致被害者や分断された社会の中で、
会いたくても会えないでいる人たちが会えますように。
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machi R&Eからのお知らせ

2020-07-06 | 社会・世界・平和
コロナ禍に苦しむ花巻市内の事業者支援のため、
4月下旬から販売してきた「花巻みらいチケット」ですが、
7月3日をもって販売を終了いたしました。
これまでたくさんの方々に
チケットをお買い上げいただきましたこと、
心から御礼申し上げます。
お買い上げいただいた数日内には
当該事業者に販売代金をお支払いしてきました。

この事業で
どれだけ事業者の方々への支援に繋がったかわかりませんが、
少なくともお買い上げいただいた皆様の
応援とご好意は各事業者の皆様にも伝わったと思います。
コロナ禍はまだまだ予断を許しませんが、
これからも花巻のまちをみんなで守っていければと思います。
ありがとうございました。

また、必要なところへ寄付するために、
皆様から集めていた国から支給のマスクも、
今週末で締め切りたいと思います。
第1陣の寄付を行ったルンビニー苑さまからも
感謝のお言葉をいただいています。
こちらもありがとうございました。
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さまざまなあなた

2020-07-05 | 社会・世界・平和
わたしとあなたは歳が違う。
わたしとあなたは親が違う。
わたしとあなたは住む家が違う。
わたしとあなたは体格が違う。
わたしとあなたは顔が違う。
わたしとあなたは好きな食べ物が違う。
わたしとあなたはイデオロギーが違う。
わたしとあなたは肌の色が違う。
わたしとあなたは宗教が違う。
わたしとあなたは民族が違う。
わたしとあなたは価値観や生活習慣が違う。
わたしとあなたは性的指向が違う。
わたしとあなたは性自認が違う。
わたしとあなたは体の形が違う。
わたしとあなたはできることが違う。

わたしとあなたは違う。
違うから面白い。
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マルカンビル大食堂

2020-07-04 | 食べ物・お店

平日の、しかも12時ちょい前に入って
久しぶりの窓際席ゲット。
ささやかなプチハッピー(笑)
眼下に見える建物は変わったけれど、
子どもの頃から変わらぬ山々やまちの形。


ナポリカツやソフトクリーム、マルカンラーメンが
最近のこの食堂のアイコンになっているけど、
実は日本そばも美味しい。
しかも気取った蕎麦屋に比べて驚くほど安く、量も多い。
手軽に蕎麦が食べたい時はここがいいよ。


そして、実は白メシも美味い。
それが実感できるのはなんと言ってもおにぎり。
焚き加減もバツグン。
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実家の庭にて

2020-07-03 | 生活の風景

今年も咲いたかわいい蓮の花。
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ゲストハウスmeinn

2020-07-02 | 社会・世界・平和

ちょうど2年前に花巻市に初めてオープンした同店は
これまでに県内外からたくさんのプレーヤーや観光客を集め
同店のバーカウンターやイベントなどで
さまざまな人と人とのつながりを生んできた。
私自身も夕方や夜、ぶらりとコーヒーや酒を飲みに行き、
ここで出会った人は数え切れないほどだ。
そしてそこからまた新しい企みが生まれたりもしてきた。
「ゲストハウス」という単なる業態、ビジネスを超え
花巻のまちと市街の人々とのハブとなっている。

オーナーの福田くん自身
花巻市の地域おこし協力隊員として移住してきた人。
任期終了と同時に、セルフリノベーションにより作った場所で
たくさんの仲間達がリノベーションワークショップで携わってきていて
その人々の想いも込められた場所となっている。
13もの温泉を抱える観光都市花巻だが、
駅とメインストリートの間にあり、
直接的に「まち」にアプローチする場所として
(「meinn」という名前自体が「machi」の「entrance」の「inn」の意)
「まち」になくてはならない存在となっているのではなかろうか。

そんなmeinnが
新型コロナウイルス感染防止のための人の動き停滞により
今や存続の危機に陥っている。
温泉などの観光施設は公的な支援が受けられるが、
ゲストハウスはそんな支援の対象外。
施設産業なので設備などの固定費や家賃負担も大きく、
国の持続化給付金も焼け石に水。
人件費対策を取っても、利用者が増えないとどうしようもない。
花巻の夜のまちもぼちぼち日常を取り戻しつつあり
花巻で飲もうという県内からの客は少しずつ戻る期待もあるが
それまで多数いた県外からの宿泊客がまだまだ見えない。
例年7月に行われていた花巻宵宮や花巻まつり、
イーハトーブ音楽祭や花火などイベントの軒並み中止も痛い。
そもそもそれほど大きなものでなくとも
毎週のように開催されていた小規模イベントも無くなった状態では
観光客を呼び込むフックそのものがなくなっている。

この状況をなんとかしたいと
今いろいろと私でできることを模索中。
私自身も計画していた仕事がすべて棚上げになっているので
(それなりに忙しいのは、昨秋から手がけている仕事と、
  来年以降にしか売上にならない仕事があるため)
苦しい状態なのはmeinnと変わらないのだが、
meinnがあるからこそ新たに生まれてくる仕事もある。
「まち」のための仕事は拠点があるからこそ。
「mien aid」として来ていただける宿泊客を期待したい。
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イップス

2020-07-01 | スポーツ

実はイップスだった。
高校で野球を継続しなかった理由のひとつになるほど。
中学校野球部時代は監督とコーチがいたけれど
「ちゃんと打て」や「ちゃんと投げろ」ばかりで指導らしいことは皆無。
なにしろ「水飲むな」「水泳は肩冷やすからダメ」など
現代から見るとおよそ非科学的なことばかりだった時代だ。
金属バットも無い頃で、軟式ボールは木のバットでなかなか飛ばない。
徹底的に短く持って当てて転がせと言われ、
マン振りするとたいそう叱られ、試合から外されたりもした。

そんな中、技術は自分で研究するしかない。
ネットはもちろん、技術的な本もほとんど見当たらず
自分なりの感覚で工夫するしかなかった。
内野手だったが、なんとなく投げ方が他の選手と違う気がした。
少しサイド気味から投げると強い球を投げられたが遠投は利かない。
腕を上げて投げるともっと遠投距離を延ばせる気がして
バッティング練習の順番待ちの時など
後輩相手にひたすらキャッチボールして試していた。
腕の角度をいろいろ試していたが、慣れない投げ方で方向が定まらない。
そのうち以前の投げ方までわからなくなっていった。
まともに相手が捕れるボールは数球に1球程度。
あとは抜けたり叩きつけたりということが続くようになった。

中学校野球部引退までは何とかごまかすことができたけれど
「ボールを投げる」ということにすっかり自信を失ってしまっていた。
高校、大学時代はほとんどプレーする機会はなかったが
就職してから会社の草野球チームに入ることになる。
バッティングは自信あったので3番や4番を打つものの
サードやショートでは送球がままならない。
初めは外野、だんだんファーストやキャッチャーをやるようになった。

面白いことに、外野からのバックホームはわりとコントロールがつく。
ファーストはもともとあまり強い球を投げる機会が少ないからいいが、
キャッチャーからのピッチャーへの返球は、立って投げると球が暴れる。
座ったまま横から投げると苦もなくちゃんと返球できる。
セカンド送球はおっかなびっくり投げるからたまにしか届かない。
サードの時も、不思議に三遊間からのランニングスローなど
体勢が崩れている時はいい送球をすることができた。
しかしイージーなサードゴロを処理したときなどはファーストに暴投。
こうなってくると、何が悪いのかわからなくなる。

もう野球を引退してしまった今も
時々腕を振ってみては「こうかな?」とか「これならどうだ?」とか考え、
川での石投げや、冬の雪かき時に雪玉投げてみるけれど
かつてよりさらにひどくなっている気がした。

生での野球観戦時、大学選手やプロ選手のキャッチボールを凝視する。
どうやって投げているのか、どんな腕の振り方をしているのか。
右肩の上を綺麗に腕が抜けていくのをみて羨ましく思ったりしていた。
数日前、ふと投げる右腕ではなく、左腕の使い方を真似てみた。
川に向かって投げた石がきれいに飛んでいく。
これだ!
右腕の振りだけ気にし、おっかなびっくり左肩を開いて
手投げになってしまっていたらしいのだ。
左の肘を相手に向けて胸を張り、右肘を後ろにひくことで
体の開きを抑えることができることに気づいた。
何度も投げてみる。
ある程度ちゃんと目標物近くに投げることができる。

腰も痛いし、足腰が弱って、もうまともにプレーはできない。
走れないし、バットすら触れないのではないか?
それでも今度はボールを投げてみたくて仕方がない。
事務所に飾ってあるボールを握ってみるけれど、投げる相手もいない。
塀に向かって投げるもの、まだすっぽ抜けそうで怖い。
それでもイップスを脱する光明が見えてきた。
野球しなくていい。
ただ投げてみるだけでいい。
イップスを克服できたことを自分で納得できれば
その時、無類の野球好きの私が
本当に自分でプレーする野球を卒業できる気がしている。
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円万寺観音堂

2020-06-30 | 散歩

ぼちぼち紫陽花が見頃
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心を病む

2020-06-29 | 風屋日記
自分にも過去3度ほど自覚がある。
1度目は30歳を超えたばかりのころ。
ある日突然握力がなくなり、ペンが持てなくなった。
当時はまだPCを使っての仕事は一般的ではなく、
手書き仕事がほとんど。
ペンが持てないと仕事にならない。
会社の産業医である外科開業医のもとへ走った。
いろいろ検査した結果を確認したあと、
とても親しかった先生は私の顔をじっと見て
「医大の神経科に紹介状を書いてもいいよ。
  嫌ならとりあえず様子見てもいいけど」と静かに言った。
転職したばかりで大きなミッションを与えられ、
旧態依然とした会社運営にメスを入れ、
大改革をする仕事をほぼひとりで手掛けていたころだった。
当然のことながら社内にはまだ
相談したり、協力を願ったりする親しい同僚もいない。
それどころか多方面から強烈なバッシングを受けていた。
1ヶ月ほどして握力は戻ったけれど
のちに産業医の先生からは
「あの時は危なかったよ。無理しないように」と諭された。

2度目は直属の上司で、担当業務を手分けして担っていた常務が
ちょっとしたさもない事件である日突然いなくなった40代前半のころ。
それまでもコーポレート業務をかなり抱えていた私は
翌日から2人分の業務(その会社のコーポレート業務ほぼすべて)を
完全にひとりでこなさなければならなくなった。
朝4時起きで会社へ行き、夜家に帰るのは日付が変わるころ。
風呂にすら入る元気を失って死んだように布団に倒れる毎日だった。
常にひどい頭痛を抱え、定量の3倍の鎮痛剤を飲んでいた。
ある日、全身にくまなくひどい発疹が出てダウン。
またその産業医の先生のもとへ駆け込んだ。
先生は「とてもよく効く薬があるからちょっと待ってて」と
昼休みまで待って、自分の車に乗れと言うのだった。
連れて行かれたのはとあるホルモン鍋の店。
「これが一番効く。お腹いっぱい好きなだけ食べなさい」と
先生はニコニコ微笑むのだった。
そして病院に帰ったら入院病棟の個室に連れて行かれ
「少し寝なさい」と。
発疹は鎮痛剤過剰摂取による薬疹だった。
「肝臓が悲鳴をあげてるから少し休みなさい」とのこと。
頭痛は過度の疲労と首から背中にかけての緊張のせいだった。

3度目は結局退職につながった。
かなり高いところまで登っていた梯子を外され
足場も無くなったが、意地でも会社を休まなかった。
でも家に帰ると自室から出たくない。
週末は自室にこもって終日悶々としていた。
悶々としながら悪いことばかり想像し、それを信じたりしていた。
家ではそれまで1度も怒鳴ったりしたことがなかったのに
声をかけられると取り乱して暴れた。
とうとう家人からの
「もう無理しなくていいんじゃない?」の言葉で目が覚め
家族会議を経て数日後に退職願を提出した。
立場もあり、「会社=自分」と思い込んでいたのだったが
退職した途端に憑物が落ちた気がした。
それまで背負っていたものは何だったんだろうと呆然としたほど。

だから心を病む人たちの気持ちはわかるつもり。
自分の場合はそれでも恐らく軽く済み、すぐ気づいて改善できたが
そうではない人の方が多いのだと思う。
そうなってしまうと寄り添われるのも辛いものだ。
そっと、少し離れたところから見守るのが一番かもしれない。
「ひとりじゃないよ」というのは言葉で言ってもたぶん伝わらない。
本人がそう気づくまで根気よく待つことが大事なのだと思う。
幸せなことに、それ以来私は無理せず好きなことを仕事にできている。
会社経営的には厳しいし、思い悩むことはある。
ビジネスとしては失格な仕事しかしていないのかもしれないが
私は別にビジネスをやろうとは思っていないから気が楽だ。
仕事そのものはとても楽しい。
先のことは考えない。
今のままノンストレスで過ごした結果、
誰かの役に立っているのならそれでいい。
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「サロメ」

2020-06-28 | 読書

オスカー・ワイルドの「サロメ」を読んだのは中学時代だったろうか。
それとも高校1年ぐらいの時分だったろうか。
いずれにせよ、そのおどろおどろしい戯曲を手に取ったのは
ウワサに聞く古の異常な愛の物語という内容もさることながら
目を背けたいのに背けられない、目を惹きつけて離さない、
薄幸の画家オーブリー・ビアズリーのこの絵によるところが大きかった。
中世から近世にかけてのイギリスには全く興味なかったのに
今回もまたこの絵に惹きつけられ、
書店でレジに持っていったのは、ほぼ無意識のうちみたいなものだった。

ワイルドとビアズリーの物語というよりは
どちらかというとビアズリーの姉のメイベル・ビアズリーの物語。
はじめはメイベルは単なる語り手かと思っていたのだが
段々怪物と化していったメイベルが恐ろしくもあり、
また、ある意味メイベルによってさらに妖気を高めていった
弟オーブリーの姿も不気味だ。
それに比べると、稀代の変人オスカー・ワイルドですら
ただの平々凡々なおっさんに見えてくる。
これまでの印象では、
ワイルドに見出された名も無き貧しい絵描きオーブリー
という感じだったが、このストーリーを見ると逆ではないのか?

この作品のどこまでが史実で、どこまでがフィクションなのだろう。
調べてみると、登場人物はすべて実在のようだし
(書店のエヴァンズすらも)
事件も実際にあったことのようだから
オーブリーとワイルドの関係や、メイベルとオーブリーの関係が
作家の想像力で生み出されたものなのだろうか。
男色や近親相姦、預言者であった聖人殺し・・・と、
宗教的倫理観にがんじがらめのビクトリア時代イギリスで
これでもかというほどの破戒のストーリーには戦慄を覚えた。

ところでこの時代のイギリスと比較すると
(カフェでメイベルをなじったダグラスに、近くに座っていた紳士が
  「公衆の面前で女性をなじるとは!」と諫めるほど倫理的な社会)
現代の世界は驚くほど自由だ。
強制的にがんじがらめの世界からは必ず破戒が生まれる。
この時代然り、禁酒法時代のアメリカシカゴも然り。
人を縛ることはできない。
どこかで必ず反動生まれ出る。
自由の中にこそ人が息をし、生きていく空間ができる。
特に芸術においては。
だから昨年来問題となっている愛知トリエンナーレにおいて
名古屋市や文化庁が口を挟む行為は間違っている。
芸術とは、その表現範囲において
社会や国が抑制させるべきものじゃない。
本書を読んでそれを一層感じた。

原田マハさんは好きな作家なので
その作品はけっこういろいろ読んできたが、
本書は異色にして、別世界に羽ばたいたものと思う。
キュレーターでもある原田さんの面目躍如。
語り場を現代にしたことや、
章の切れ目を黒いページにしたことも含め、編集・構成も見事。
引き込まれて一気に読んだ。

「サロメ」原田マハ:著 文春文庫
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古民家カフェ「茶居家(サイケ)」

2020-06-27 | 食べ物・お店

盛岡市みたけにある不思議な店に、
古い知人とのランチデートのため、ちょうど1年ぶりに訪問。
店内が実にレトロで、サイケで、ファンキーな感じ。
このカオスな感じ、好きだわぁ(^^)


注文したのは、「大人気 必殺! 角煮丼」。
いろいろ迷った挙句、1年前と同じメニューとなった(笑)
トロトロの角煮がサイコー(^^)
味噌汁もばっちりカツオ出汁が効いていて美味しい。


食後のコーヒーもなかなかの香り。
織部焼の湯飲み茶碗がまたいい雰囲気を醸している。

古い友人とは、軽口を叩きながらもちと重い話。
親の病気の中、自分も病気が判明して来月手術とのこと。
病気が判明した途端に勤務先を解雇になったらしく
(それも強制的に自己都合扱いで)
様々重なった結果、手術後は盛岡を引き払って
地元に帰ることを決めた由。
昨秋からこういう話が身の周りで多く出ている。
今日の彼女はワタシよりはるかに若いけど、
自分も含め、年齢的にもいろいろ変わり目なのかな。
手術が終わったら送別会しなきゃ。
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あと5日

2020-06-26 | マチココ
Machi R&Eで行っている
「花巻みらいチケット」事業も、「マスク回収」事業も
今日を含めあと5日間。
これまで多数のチケット購入があり
それぞれのお店に還元してきましたし、
マスクもかなり集まり、
第1陣をルンビニー苑さんにお届けしましたが、
あと数日もうひとふんばり、
情報拡散も含め、よろしくお願いします。

花巻みらいチケット事業

マスク回収事業
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