風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

カフェ「優しい時間」

2022-05-28 | 食べ物・お店

またまた新しいカフェ。
花巻市役所から鳥谷崎神社へ向かう途中にできた
とても眺めが良い静かなカフェ。
実はここのオーナーは蕎麦店の老舗「嘉司屋」の奥様。
息子さんに店の切り盛りを譲った後で
昔からやりたかったカフェを開くことにしたとのこと。
新たな人生のチャレンジにが素晴らしい。
今は娘さんと一緒にカフェを運営している。
店名は人気のあったドラマから。
親子ともども嵐のファンなんだって😁


もちろんスイ爺(スイーツ爺)は黙っちゃいない。
まずはパンケーキを。
シフォンケーキのようなふわふわ😊で甘さ控えめ。
こりゃいいや😋
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「トランス男性による トランスジェンダー男性学」

2022-05-27 | 読書

トランスジェンダーとは、
単に生まれた時に割り振られた性が自認の性と違うだけじゃない。
自認の性になれた時にすべてが解決するわけでもない。
シスジェンダー(割り振られた性と性自認が一致)女性コミュニティや
レズビアンコミュニティから抜けても
シスジェンダー男性コミュニテイにはなかなか入れない。
男性として生きてきた経験が少ないからでもあるし、
一部のシス男性がフェミニズムを「男性批判」と捉えていることに対し
心情的にはフェミニズムに立場が近いトランス男性が
フェミニズム批判も男性批判も自らのアイデンティティに関わることとなり
口を閉さざるを得ないという状況にもよる。
性自認は男性だが、シス男性として見なされたくない人もいる。
そんな場合、その人はどう生きればいいのだろうという
悩みを心の奥底に抱え込むことになる。

本書を読んで眼からウロコというか、大いに驚き学んだことは
女性から男性になったことにより本人が体験したことだ。
・女性から距離を取られるようになる(電車などで近くに座らないなど)
・夜道を警戒せずに歩きやすい(夜中にコンビニに行ける)
・専門家でもないのに発言が尊重されるようになった etc...
そしてホルモン治療による自分の体の変化。
・声変わりが始まる
・食欲と性欲の増加
・筋肉質になり、体毛が増え、血管が浮き出る etc...
これらは当事者だからこそ、
というか当事者でなければわからないことだ。
特に性欲に関してはかなりの驚きだったようで、
女性だった頃と比べて量も質も変わり、もがき苦しむほどだったという。
これらの気づきは当事者ではない私には驚きで、
「自認の性になれてよかったね」と簡単に言えない状況だ。
単に男性と女性2つのうちどちらかとは言えない、性の複雑さがわかる。
(もちろんXジェンダーやノンバイナリーの方々もいるし)
そういうことを知るだけでも本書を読む意義がある。

ところで本書はトランスジェンダーについての説明より
「男性学」という考え方についての方にボリュームを持たせている。
それもトランス男性目線から見た男性学だから
シス男性である私にとっては、ある意味外から目線の内容で
なかなか興味深い考察がなされている。
ただ残念なのは(恐らくシス女性から見たシス男性のイメージで)
「覇権的男性性」をシス男性の多数派と見なしていること。
実際には必ずしもそうではない。
というより、現代においては「従属的男性性」や
「周縁的男性性」の方が多数派ではなかろうか。

また、シス男性のコミュニティの中に入れないという
トランス男性の孤独についても書かれているが、
果たしてシス男性にはコミュニティが存在するのかという疑問も
生まれてからこれまで60年男性だった私は感じた。
本書にも書かれているが、
シス女性コミュニティでは自らが抱える悩みなどについて
お互い話し合われるらしい。
しかしシス男性コミュニティではほとんどそういうことがない。
他人に弱みを見せることを良しとしない風潮がある。
シス男性コミュニティに見えるのは
多くの場合内に秘めた競争意識だったり、見栄の張り合いだったり
少なくとも支え合い、一緒に泣く文化はほとんどない。
ある意味、トランス男性だけではなく
シス男性も孤独を抱えているとも言える。

ともかく「生理の辛さを知っている」「痴漢の怖さを知っている」
「戸籍が女性というだけで差別されていることを知ってる」という、
過去女性だった経験を持つ男性というだけで貴重な存在だろう。
彼らの言葉に耳を傾けることこそ大事なことではなかろうか。
たぶんシス男性(シス女性も?)知らなかったことが語られることで
新しい認識を持つことができる。
おどろいたことがもうひとつ
レズビアンだった女性が男性に性転換した結果
ゲイとして生きる例が多いということ。
その辺をもう少し心理的に深く知りたいと思った。

なお、性転換について当事者ではない人は
性転換手術がmustという認識の向きも多いと思うが
FtoM(女性から男性)の場合はホルモン治療だけとか
ホルモン治療と胸の切除だけの人も多いという。
著者はホルモン治療を始めて3ヶ月で
周囲からはほぼ男性とみなされるようになったとのこと。
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編集の仕事

2022-05-26 | 仕事

「あなたの仕事はなんですか?」と尋ねられることがある。
「メディアのプロデュースとか、編集やディレクションとか・・・」
と答えることが多いが、実際にはライター仕事も多いし
なんなら依頼によってはメディア以外のイベント系プロデュースや
セミナーや講座の講師、プランナー的仕事もある。
たまに(設備購入費を少しづつ賄うぐらいの)お金をいただいて
音響の仕事を行うこともある。
もはや何屋なのかよくわからない(^^;

一応自分では「編集者、エディター」だと思っている。
プランニングも講師も音響の仕事も
ある意味情報だったり音だったりの編集でもあるからだ。
そして最近一番感じているのは
ノンフィクションライティングもある意味編集だなぁと。
編集の仕事というのは料理と似ている。
良い素材を集め、その素材を生かすべく料理する。
まさに編集だ。

編集者に最も必要なことは何かということを最近考える。
コンセプトも大事だし、ターゲットをきちんと捉えることも大事。
素材の良し悪しを見極める目も大切だし、
それを生かして料理するスキルも必要不可欠だと思う。
でもね、それ以前に一番必要なことは何なのか
ごく最近自覚してきたことがある。
それは対象となる情報やコンテンツに対する興味だ。

元々好きなことや好きなジャンルはもちろんのこと
初めて触れる世界への興味や知識欲がもしかして一番大事?
編集作業によって10のことを表現する場合でも
実際に調べたり、取材したりしてして知る知識はその何倍も多い。
興味があるからこそ深掘りして調べる。
資料も集めるし、本を読んだり話を聞いたりする。
そのことについてなら
相手に嫌がられるほどいくらでも話ができる。
それまで知らなかったことに触れるのはとても面白い。
そういうことを面白がることこそ一番大事なことじゃないのか。

花巻まち散歩マガジンMachicocoを主宰している。
そのために花巻のまちについて、知識や歴史を調べていくと
まちの成り立ちやこれまでの経緯、今の姿がとても面白い。
3月に納品した湯口郷土史講座講演集も
その延長線上というわけではないがとても面白かった。
今連載している週刊金曜日の記事も
当事者の話がとても新鮮でますます深く知りたくなる。
新たにプレゼンする企画も、
そのためにいろいろ調べてみるといつしか没頭してしまっている。

編集という仕事に最も必要なこと。
それは読者目線とともに
向き合っている事象や情報を面白いと思える
好奇心なのかもしれない。
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「Smile」

2022-05-25 | 音楽
Smile though your heart is aching
Smile even though it’s breaking
When there are clouds in the sky,
You’ll get by・・・

   「Smile」より
    lyrics:John Turner/Geoffrey Parsons
    music:Charles Chaplin

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振り返ってみると

2022-05-24 | 風屋日記
これまでの自分の人生は総じてとても楽しいものだった。
志望校だったかどうかはともかく、
とりあえずスムーズに高校から大学へ進み、
就職して2社目では25年勤めて経営にも携わった。
結婚し、息子2人との時間は特に楽しかった。
小学校の頃から野球や神楽で一緒に過ごしてきたし、
高校大学では野球やアメフトの追っかけも。
今は孫たちにも恵まれ、フリーで好きな仕事もできている。
これ以上のことを望んだらバチが当たりそうなほど。
もちろん辛かったことも苦しんだことも多々あったけど
今となっては些細なことに思える。
もう一度生まれ変わっても、同じ人生で良いとすら思う。

でもね。
細かく思い出すと後悔がないわけじゃない。
自己肯定感に欠けていた中学時代の諸々はもちろんのこと、
例えば高校で野球を継続しなかったこととか、
(野球じゃなくても、応援団幹部とか吹奏楽とかやれば良かった)
大学受験に際して、親に逆らい切ることができずに
自分の希望進路を貫徹できなかったこととか、
(結果、入った大学にはイマイチ馴染めなかった)



20代の後半始めたアメフトを、
子どもたちと一緒にいることを選んでやめてしまったこととか。
(当時は隔週での週休2日だったので、日曜が貴重だった)

思い出してみると
後悔していることはその時の瞬時の選択の失敗によることが多い。
直前まで考えていたことをいきなり変えたり
言われたことですぐに自分の考えを引っ込めたり。
もちろんその時はそれなりに考えた結果ではあるのだけれど、
前から考えていたことを粛々と進めていれば
もしかしたら今になっての後悔はなかったのかも知れない。
確かにどんな選択をしても後悔することはあるのだろうが
どうせ後悔するなら、
やらない後悔よりやった後悔にしたいワタシとしては
相当時間がたった今になって、ふと思い出したりするのだ。

もうこの歳なので
これらは「後悔」ではなく「反省」なのかも。
様々な角度からじっくり考えたことは
直前になって「待てよ」と思い返すと失敗につながる。
買い物でもなんでも、「待てよ」の時点で視野が狭くなっている。
思いつきで突然何かをぱっぱか行う時期は過ぎた。
歳相応に、じっくり考えて粛々と日々を過ごすことを考えよう。
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朝ドラ

2022-05-23 | 映画・芝居・TV

NHKの朝ドラ(連続テレビ小説)を見始めたのは
2014年8月に会社を退職してからだから自分的にはまだ8年。
それまでは土曜日にたまに目にするだけで
ストーリーも何もわからなかった。
今は朝BSや夕方総合テレビで古い朝ドラを再放送しているから
新しい朝ドラとともに遡って改めて見ていることになる。

朝ドラは1年の前半が東京で、後半は大阪で作られる。
最近の東京制作では「なつぞら」、
大阪制作では「おちょやん」「カムカムエブリバディ」が傑作だった。
基本的に朝ドラは女性の生涯を描くことが多いけれど
それらはかつての朝ドラのような「苦労して報われた女性」ではなく
それぞれの登場人物の心情まで深く掘り下げていた。
優れたヒューマンドラマになっていたのだ。

朝ドラのストーリーにはいくつかのパターンがある。
初めの導入時に主人公が水に落ちるとか(笑)
子どもの頃はおてんばで周囲を困らせる存在だったとか。
で、その父親は大概優しく見守る存在だ。
今放送中の「ちむどんどん」も、水にこそ落ちないが(笑)
このパターンを踏襲している。
新しいドラマが始まるたびに苦笑しながら続きを見ていくことになる。

もうひとつ、最近気づいたことがある。
特に東京制作ドラマに顕著だが、
主人公の出身は茨城だったり、北海道だったり、宮城だったり、
その後長じて必ず東京に出、主な舞台は東京になる。
(大阪版はそれほど大阪に舞台を移すわけではない。例:マッサン)
どうも
「地方出身の人たちは東京に来て自分の人生を見つける」
バイアスがかかっている気がしてならない。
「ちむどんどん」は沖縄の本土復帰50年に合わせることから
日本(東京)と沖縄の関係性を描きたいのかもしれないが
それにしても「東京なら自己実現できる」的物語のような気がして
どうもイマイチ入れ込めない。

かつて花巻を舞台にした映画を作ることになった。
結果的に「マルカン大食堂の贈り物」になったのだが、
その前に(東京のスタッフから)提示されたストーリーが
「花巻で鬱屈していた女子高生が東京に就職する」
という物語となっていて違和感があった。
結果そのストーリーは却下になったのだが
都会から地方を語ると
どうしてもそうなっちゃうのかなぁとふと感じた次第。
かつての一極集中がトレンドだった時代なら
それでも良かったのかもしれないけれど
現代はそうじゃないと思うんだなぁ。
東京から地方に移住する話でも良いんじゃないかなぁ。
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運転免許返納について考えてみた

2022-05-22 | 社会

先日こんなニュースがマスコミに流れた。
論調は概ね好意的に伝えられたものだった。
確かに、まだ高齢者扱いになっていない私ぐらいの歳でも
若い時ほど機敏な動きはできなくなっているし
歳を重ねるごとに判断力も徐々に鈍ってくるのだろう。
池袋の事件を契機に、高齢者の運転が問題視されているから
この流れもムベなるかな。

でもね、確かに都会では車がなくても支障ないかもしれないが
公共交通機関に乏しい地方では車なしの生活は難しい。
買い物をする店すら歩いていけるところになかったりするのだ。
特に農家は機械を運んだり、出荷したり、必須アイテムだ。
全国的に農家の平均年齢は高いから、高齢者運転は当たり前。
中には90歳を超えてまだ現役の人もいる。

高齢者運転問題は、それだけでは解決できないだろう。
農業後継者問題や公共交通機関の問題も孕む。
農業後継者問題は日本の食料自給率にも関わってくる。
公共交通機関は民間だけでは解決が難しい。
それだけ奥が深い問題を、
単に免許返納すればいいと考えるのは浅慮だろう。

さて西川きよしさんは75歳とのこと。
私もあと13年か・・・。
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性的指向と性自認のリアル さまざまなわたし vol.2

2022-05-21 | 仕事

月イチ連載第2回目が掲載された週刊金曜日が出た。
今回から当事者ひとりひとりを取り上げるが
最初にとりあげるのは性的マイノリティを公言している
盛岡市議会議員の加藤麻衣さん。
今回に限り、実名を出してのルポとなる。

ご自分の幼少期からの体験と
これまでの活動についてがメインだが
お話を聞いていて、その強い信念にリスペクトを感じた。
議員としての活動の仕方もなかなか面白い。
こういう方が選挙で上位当選できる盛岡というまちに
これからの可能性を感じたり。
とにかくいろんな方の話を伺う仕事だが
間違いなく自分が一番勉強させてもらっている。
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イーハトーブ音楽祭2022

2022-05-20 | 音楽

2年ぶりに夏フェス開催予定。
もちろんコロナ対策を講じての開催となり、
もしかしたら出場組数は以前より減るかもだけど、
鬱屈したこの2年間を吹っ飛ばすようなイベントになればいいなぁ。
夏のひととき、音楽で楽しみたい人はぜひエントリーを❗️
もちろん見に、聴きに来るだけでもいいけど
出た方が楽しいよ、きっと。
エントリー申し込み締切は6月17日必着❗️
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小さな恋のメロディ

2022-05-19 | 映画・芝居・TV

確かまだ小学生だった頃、女の子たちの間で
マーク・レスターという子役の男の子が人気だった。
こちとら、まだまだ泥だらけで遊びたい盛りのガキだったから
名前は知っていたが「へんっ」てな感じで興味なし。
どうやらそのスターはこの映画に出ていると知ったけれど
映画そのものもアイドル映画みたいに思えて
当時は興味なく、見もしなかった。

先週、BSでこの映画が放送された。
タイトルと、懐かしい子役の名前を見て、
ふと見ようという気になった。
平日だったので録画し、週末ゆっくりと鑑賞。
案外いい映画だったな。
しかもこれはアイドル映画でもないし、
子ども向けの映画でもない。

取り繕ってばかりで肝心なことに答えない教師、
子どものためと言いながら、子どものことをみていない親たち。
そんな幼い頃、ぼんやり感じていた大人たちへの理不尽な思いが、
この映画ではちゃんと描かれている。
自分もそんな子ども時代の感覚を忘れていた。
子どもには子どもたちの世界がある。
そのことも。
そんな映画を作った大人たちをリスペクト。
どこか、映画「糸」の前半部分を思い出させる作品だった。

マーク・レスターは私よりも2歳上、
相手役のトレイシー・ハイドは1歳上、
2人とももう役者はやめて、それぞれの道を歩んでいるとのこと。
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音楽の楽しみ方

2022-05-18 | 音楽


私が高校生ぐらいの頃
ロックやフュージョン、ジャズをよく聴いていた。
居間には父親が買った、当時流行の4チャンネルステレオがあり



家族で音楽(バロック音楽など)を聴く時はこれだったが
自分が好きなジャンルを聴くのはもっぱらラジカセ。


FMラジオからエアチェック(死語?😅)したり
図書館で貸し出していたアナログレコードから
自分のカセットテープに録音したり、
(音質を求めてメタルテープ使ったことも)
友人が持っているレコードを録音してもらったり。
小遣いで買ったレコードは大切にした。

ジャケットにはビニールをかぶせたまま保管し
針を落とす前にはスプレーとブラシで埃を拭った。
本当は、プレーヤーやアンプ、チューナー、スピーカーなど
それぞれ気に入ったメーカーの機種で揃えた
自分なりのオーディオを揃えたかったが、なにせ金がない。
電気店で様々なメーカーのカタログをもらってきては
大事に大事に音楽を聴きながら眺める日々だった。

大学入学にお祝いにステレオを買ってもらえることになった。
とはいえ、夢のオリジナルコンポは夢のまた夢。
すべてセットになったモジュラーステレオを買ってもらい、
しばらくは狭くて古いアパートでそれで音楽を聴いた。
大学4年になる頃にはCDも出てきたので
ソニーのセットコンポをアルバイト代で買ってきた。
(モジュラーステレオは友人に)
就職した後も、このミニコンポは重宝した。
当時出始めのHi-Fiビデオプレーヤーからこれに繋ぎ
MTVなどの映像とステレオからの良い音を楽しんだものだ。
もうこの頃はアナログレコードは聴いていない。

MDも重宝した。
MDプレーヤーまでセットになったビクターのミニコンポに買い換えて
レンタルCDからダビングをしていた。
実は当時のMDやこのミニコンポはまだ持っていて
時々聴いたりしてもいる。
モバイルMDプレーヤーはどっかいっちゃったけど。

最初にipodを買ったのはいつだったろうか。
最初の頃の大きいものではなく、
シャツのポケットに入る程度のnanoもまだ持っている。
iPhoneに入れた音楽を聴くようになったのはつい数年前だ。
ただ、近頃主流のサブスクは元より
配信で曲を買ったこともない。
以前書いたけど


ジャケットデザインまで含めての音楽だと思うから。
それと、かつて大事に大事に聴いていた音楽が
簡単に消耗品として扱われている現状にも抵抗がある。
聞くところによると、
サブスクで音楽を聴く人の中には
感想のギターソロなどを飛ばして聴く人もいるのだとか。
さすがにそれは違うと思うんだなぁ。
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光(ミツ)カフェ

2022-05-17 | 食べ物・お店

麦畑とりんご畑に囲まれた、
空が広い田園地帯の一角にあるカフェ。
3月6日にオープンしたばかりの新しいお店だ。


お店の名前はオーナーの光子さんから。
以前からカフェをやりたくて場所を探すうち
この風景に出会ったのだそうだ。


風景とマッチするように、
店内には光子さんが好きだというお花がいっぱい。


店中のお花と、窓の外の広い風景。
流れているのは宮沢賢治にちなんだゆったりした音楽。
この店ではスマホをしまい
時間を忘れてぼんやり外を眺めたい。


ランチには「まんじろうのリンゴカレー」。


スパイシーな中にリンゴの甘味を感じる。
「まんじろう」さんとはそのリンゴを育てている方とのこと。


ベイクドチーズケーキもしっとりコクがあって美味しい。

忙しい日常の合間ではなく、
ゆっくり気持ちを解放したい時に訪れたい場所だ。

光(ミツ)カフェ
岩手県花巻市円万寺板橋39-9
10:00〜17:00 火曜日・水曜日定休
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野球道具の変遷

2022-05-16 | スポーツ


私が中学校の野球部に入部した時から
かれこれ50年近い時が流れていることに改めて驚く。
汗と泥にまみれ、バットを振って血豆を作る野球部員の姿は
当時も今もそんなに変わりはしない。
でもね、道具やスタイルを見るとやっぱり違うよ。

当時のスパイクは革製の重いもので、金具は釘で留められていた。
履き続けていると釘が緩み、金具が浮いて足の裏を責める。
それでも金をかけず、我慢して足の裏に豆を作っていたものだ。
ビス留め金具で取り替えが効く新しいものが出てきたのは
中学校野球部引退が近い頃だった。

ユニフォームは伸縮性がない木綿のものだったから
動きやすいように少しダブダブのサイズを選んでいた。
(引退する頃にニットのユニフォームを目にするようになった)
練習中はあちこち敗れた使い古しのユニフォームを着ていた。
パンツの下に穿くスライディングパンツ(スラパン)は
クッションを持たせるために綿が挟まった刺し子のような形。
寒い時期は良かったが、夏は蒸れて閉口した。
アンダーシャツはメリヤス地のU首七分袖。
おっさんたちの下着シャツみたいなデザインばかりで
そのまま外を歩くのは気が引けた。

バットはまだ木製だった。
(金属バットは引退間近になって出始めた)
もちろんバッティンググローブなんてものはない。
今じゃポジション別に売られているグラブも
キャッチャーミット、ファーストミット、普通のグラブという
区別があるぐらいで、使い古し、ひび割れていた。

練習中水を飲むのは禁止。
水泳も「肩を冷やす」ということでいい顔をされなかった。
今考えるとおそらく熱中症だったのだろうが
炎天下の練習中に倒れるとバケツの水をかけられた。
まぁカッコよさとは無縁な、無骨で野蛮な世界ではあった。

それが今はどうだろう。
スパイクは軽く、金具も減るたびに取り替えられる。
足先までのストッキングで、ソックスを履かなくても済む。
ユニフォームは伸縮自在でスタイリッシュ。
上着はメッシュ、なんなら速乾性のTシャツみたいで
チームロゴもプリントだったりして身軽だ。
スラパンも短めのスパッツのような形で動きやすい。
アンダーシャツは、今じゃどんな競技でも使っているような
コンプレッサーインナーシャツで汗がすぐ乾く。

バッティンググローブや守備用グローブ、
ポジション別のグラブも当たり前になった。

硬式野球では自打球を防ぐレガースをつけ、
大学生以上になるとリストバンドや日差しを避けるサングラスも。
キャッチャーやコーチャーもヘルメットを被る。
練習時はチームロゴが入ったTシャツを着て涼しそうだ。
もちろん水分補給をはじめとした熱中症対策も徹底している。
殴られたり、ケツバットなんてあり得ない。
(全国ニュースになってしまう)
おしゃれでカッコいい競技になったよねぇ。

野球に限らず、かつては地味と言われた
陸上や卓球、バドミントンなどもとてもおしゃれになった。
その姿で活躍するヒーローが現れると子どもたちも憧れるよね。
こんなスタイルで、私も競技したかった。
いい時代だと思うよ。
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「ふたりのウルトラマン」

2022-05-15 | 社会
今日で沖縄本土復帰50年。
そのタイミングで放送されたのが
ドキュメンタリードラマ「ふたりのウルトラマン」。


ウルトラQやウルトラマンなど
円谷プロによる大人気特撮ドラマは
当時まだアメリカ統治下だった沖縄出身の脚本家2人が
中心になって物語られていたことは有名な話。
ひとつひとつのストーリーの根底には
沖縄人(ウチナンチュー)の心情が込められていた。

とはいえ、このドラマを見て
ウルトラマンの故郷であるM78星雲が
ニライ・カナイをイメージしていたという事実に驚いた。
子どもたちに夢を持たせるために
単に怪獣を爆破して退治するだけの物語にしなかったことも。
(シーボースやジャミラの話が有名)
他のヒーローものに興味がなかった私が
このシリーズに惹かれた理由のひとつがそれだった。
ウルトラシリーズはヒューマンドラマだったのだ。

本作の主人公のひとりである金城哲夫の悲しい人生も
今回初めて知った。
「ウチナー」のアイデンティティを追い求めた金城。
「薩摩世から大和(日本)世、そしてアメリカ世からまた大和世」
沖縄が振り回され続けてきた歴史の中で
彼は「沖縄人(ウチナンチュー)」で居続けたのだが
良かれと思って手掛けた仕事が沖縄の人々から否定されたことで
金城の中で崩壊が起き、事故で命を落とした。
「晴れて日本人になれて良かったねー」という周囲の言葉に
「本土復帰と言ったって、
 支配がアメリカーから大和に変わっただけ」
と言い返した言葉が重い。
その心情を理解することなく米軍基地を押しつけ続けていることに
大和の人間として心が痛む。
当事者の心に寄り添わなければ、本当の理解は進まない。
これはジェンダーや国籍、人種などでも同じこと。
そう考えると
今日の「沖縄本土復帰50年」を素直に喜ぶ気になれない。

ところで、余談だが、
ウルトラセブンの第8話「狙われた街」の1シーンを見て
メトロン星人の言葉を改めて聞き、背筋が凍った。
「地球を侵略するのに武器はいらない。
 人間同士の信頼関係を壊すだけでお互いに殺し合うようになる」
現代のコミュニティ社会の希薄化がまさにそうではないか?
そして新型コロナウイルスにより
人間同士の距離がますます離れていっている今、
もしかしたら人間社会の危機なのではないだろうか。
ロシア、中国、アメリカ、アフガニスタン、パレスチナ・・・
本当にメトロン星人が影で暗躍しているのかも知れない。
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「戦争は女の顔をしていない」

2022-05-14 | 読書

何年か前、
まだ私がインターネット・リテラシーに少々欠けていたころ
ネトウヨたちが集う掲示板で意見したことがある。
やれ「○○国やっつけてしまえ」「ミサイルぶちこめ」みたいな
やたら勇ましい言葉の羅列に対して
「戦争になれば君たちも駆り出されるけど、それでいいの?」
もちろん集中砲火を浴びた
「一体いつの時代の話をしてるんだ?」
「今の兵器は最先端だからスキルがない人間は行くことがない」
「このままでいいとか。頭がお花畑」
それに対して、その時には
「戦争や紛争の当事国になったらどうなるか、わかってる?
 まず円や株式相場が信用不安で大暴落する。
 経済破綻により、資源のない日本はそれだけでアウト。
 それでも精神論で戦闘を続けたのが第二次大戦」
それでみんな黙っちゃったけど、本当はもっと言いたかった。
「戦争ってのは、血と泥が混じり合い、一瞬で肉片が飛ぶ世界だ」と。
頭がお花畑なのはどちらだと。

500人にも及ぶ、戦地を体験した女性たちへのインタビューを行った
ベラルーシとウクライナにルーツを持つ
ドキュメンタリー作家によって本書は書かれている。
(彼女は2015年のノーベル文学賞を受賞している)
そこはまさに血と泥が混じり合い、一瞬で肉片が飛ぶ世界。
ウジと、飢餓と、氷に包まれた世界。
そして何より恐ろしいのは
当時スターリン政権下のソヴィエトによるプロパガンダ。
まだ15歳〜20歳ぐらいの少女たちは
祖国防衛のために男たちと共に自ら銃を手に取った。
2千万人以上の戦死者を生み出したナチスとの戦いは
ドイツ兵のみならず、同僚である男たちとの戦いでもあった。
彼女たちは傷つき、泥にまみれ、
行軍中の生理の血でゴワゴワになったズボンを洗い流そうと
凍った川に自ら入っていった。
そんな彼女たちを突き動かしたのがプロパガンダだ。
それは今の時代も変わらない。

旧ソヴィエトで「大祖国戦争」と呼ばれるナチスとの戦いは
考えられないほどの犠牲を生んで勝利した。
その戦勝記念日が、このところ注目されていた日だ。
それだけの犠牲を払って勝ったのだから、記念日を祝うのはわかる。
そしてその戦争によって守った土地が
ベラルーシとウクライナを中心とした地域ということを
現代の我々は理解しなければならない。
もちろん当時と今とでは状況が違い、ウクライナは主権国家だ。
力尽くで攻め込むことは言語道断だ。
しかしそういう歴史を見ると、
プーチンがなぜウクライナに執着するのかもわかる気がする。
残念ながら、国内粛清や言論統制など
やっていることはスターリンと変わらないのだが。

本来ロシアにおける戦勝記念日は
「永久の平和を誓う日」であるはずだ。
本書でインタビューされた人たちの生の声。

「私たちは地上に永遠の平和が訪れるような気がしていた。
 誰も二度と戦争を欲するものはない、
 武器兵器はすべて破棄されるはずだ、
 私たちは憎むことに疲れてしまったんだから、
 弾を撃つことに疲れていたんだから」

「あの人たちが死ぬときの顔・・・
 何という目で見ていたことか・・・あの目・・・
 私が手当てした最初の負傷者は・・・弾が喉に当たって、
 そのあと数日生きていましたが、もう何も話せませんでした・・・
 手や脚を切断する時、血は出ない。
 白くてきれいな肉があるだけ。
 血が出てくるのは後から。
 今でも白いきれいな鳥の肉はさばけない」

「ひとつだけわかっているのは、
 戦争で人間はものすごく怖いものに、
 理解できないものになるってこと」

「あなたは作家よ。
 自分で何か作って書いて頂戴。
 何か美しいことを。
 シラミやぬかるみ、ゲロとかそういうことは抜かして・・・
 ウオッカや血の匂いは抜きで・・・
 現実の恐ろしさとかけ離れたことを」

以前ここに書いた「同士少女よ、敵を撃て」は
本書が下敷きになっていると聞いた。
確かに、そのまま女性たちの言葉から生まれた物語だ。
後退したり、逃げようとした兵士たちを
後ろから撃つ役目という恐ろしい軍事委員たちのことも。
この2冊はぜひセットで読んで欲しい。
しかも読むなら今、この世界情勢の中で。
先の小説の方がとっつきやすいかもしれない。

兵器は誰かを確実に傷つける。
傷ついた人やその周辺の人たちは
兵器を使った人間を憎んで相手を傷つける。
そして傷ついた人やその周辺の人たちは・・・
この血塗られたループが戦争。
この世に兵器がある限り続くことになる。

「戦争は女の顔をしていない」
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ:著
三浦みどり:訳 岩波現代文庫
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