風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

Xリーグ開幕

2012-08-31 | スポーツ
早速東京ドーム。
IBM vs 富士通 の試合を観戦してきた。
もちろん応援はチームに知人が多いIBM。

1Qは圧倒的にIBMペースだった。
Dは完璧に相手を抑え、
フレッシュダウン取られたのはロングパス1本だけ。
OはUCLA出身の新加入QBのケビン・クラフトが
ショート&ミドルパスを取り混ぜ、駆使して、
2シリーズ連続してTDを奪った。
期待していた、これまた新加入のRBで
昨年度関東大学リーディングラッシャー末吉は
1~2度10yd以上のゲインがあったけど、
まぁかなり研究されてたかな。
なかなかラインの壁を突破できない。

前半はIBMのDがよく頑張ったと思う。
特にDLとLB。
ランプレーはほぼ止めていた。
しかし徐々にパスを通されはじめ、
後半に入るとスタミナ切れなのか
それとも富士通がアジャストしてきたのか
ランもパスも1本抜けが目立ってきた。
何より富士通RBもWRも強い。
1発では倒れず、じわじわydを稼ぐ。

IBMのOもQBのパスコースを読まれはじめ、
無理なコースを狙って失敗したり
インター食らったりしはじめた。
何より富士通Dのアジャストが素晴らしい。
LBが広がるフォーメーションを使い、
スピードを使って外からQBを狙う。
サックも何度か出始め、パス精度も落ちてきた。
ランプレーで稼げない分パスに頼りきりだったので
パス精度が落ちてきたのは致命的だった。

結果は24-20で富士通の逆転勝ち。
でもね、IBMも今後に期待できる内容だったよ。
もう少し末吉をうまく使い、
ランとパスを織り交ぜていけば
相手を幻惑できるだろう。
トリッキーなプレーも失敗したけど1度あり
(あれはちょっ焦ったかな)
今後攻撃の精度が上がってくれば有効だと思う。

新QBのケビンは柔らかいプレースタイル。
さすが強豪カレッジ出身だけあってパスが素晴らしい。
ただプレーの強弱という意味ではまだまだ。
変化がないから慣れてくると相手に読まれやすい。
QB自身が持ち込むプレーなども出てくれば
もっとバリエーション豊かな攻撃ができると思う。
まぁ加入したばかりだし、これからだろう。
末吉ももっと使いたかったな。

しかしIBMは惜しい試合を落とした。
あと2本はTDが取れた。
特に4QのTDパスをインターされたのは痛かった。
勝てる試合だっただけに悔しいだろう。
3Qの相手G前の攻撃を攻めあぐねた結果
FGに終わった部分を反省し生かせば得点力は上がる。
今後に期待。
コメント

「愛妻記」

2012-08-30 | 読書
亡くなるまで
「乙羽さん」「センセイ」と呼び合った
映画監督と女優の人生。
妻がいる身の40歳の新藤兼人監督に
身を任せた時乙羽信子さんは28歳。
その後20年間不倫関係が続き、
新藤監督が妻と離婚してから7年経って
新藤監督65歳、乙羽さん53歳で結婚する。
以後17年。
二人は乙羽さんが亡くなるまで睦まじい夫婦だった。

こうやって簡単に年譜にすると
波瀾万丈、それこそ映画のような人生だ。
まして新藤監督は戦前最初の妻を亡くしている。
しかしその最初の妻を描いた映画「愛妻物語」が
乙羽さんとの出会いとなったとなると
運命だったとしか思えない。

2人が初めて結ばれた京都での情景が美しい。
逢い引きを重ねる日々も切ない。
結婚後の2人は可愛らしい。
そして乙羽さんの病状との競争となった
「午後の遺言状」の駆け足の撮影記録。
書いている新藤監督が
乙羽さんを見る目はひたすら優しい。
こうやって見ると、
遠回りしても最後に結ばれる人生もあるのだと、
静かな気持ちになった。
人それぞれ、様々な人生がある。
そして、人に歴史あり。

「愛妻記」新藤兼人:著 文春文庫
コメント

晩夏

2012-08-29 | 社会・世界・平和
間もなく
学校の夏休みも終了。
みんないい思い出はできたかな?
今朝のNHKニュースで
東京の小学生たちが陸前高田へ
4日間ステイを行ったと報じていた。
仮設住宅の方々と触れ合ったことにより
知識として知ったこと以上に
生身の実体験は様々考えるいい経験になったろう。

テレビや雑誌、新聞などで
わかった気になっている人たちも多いが、
人と人はやっぱり直接触れ合うことが大切だ。
韓国や中国はじめ、世界の人たちとも。

夏休みが終わると
スカイツリー周辺も少し落ち着くかな。
コメント

ある朝の情景

2012-08-28 | 生活の風景
とある下町の駅前、交通量の多い交差点。
大型トラックが右折しようと
交差点の中で停まって対向車が途切れるのを待っていた。

・・・と、そこに
アーケードの中のタバコ屋店先の丸椅子で
一服中のしょぼい爺さんが立ち上がった。
汚れてくしゃくしゃのハンチングをはすに被り、
よれよれのポロシャツとハーフパンツ。
無精髭にくわえタバコでひょこひょこ車道に出て行く。
「おいおい爺さん、危ないぞ」と止めようとした時、
爺さんは飄々とした仕草で反対車線の車を右手で制し、
左手でトラックの運ちゃんに手招きし始めた。
若い運ちゃんは頭に「?」をいっぱい散らしながら
苦笑いしつつ右折し、
通り過ぎざま爺さんにぴょこんと頭を下げた。

トラックが去った後、
爺さんは一旦停めた車の列に軽く会釈をし、
また元の丸椅子に戻って
遠い目をしながらぼんやりタバコをくゆらし始めた。

なんか急に爺さんがかっこよく見え、
ちょっと嬉しくなりながら
歩行者信号が青に変わってワタシも駅へと向かった。

とある下町、ある朝の情景。
コメント

ちょっとだけ・・・欲しいかも

2012-08-27 | 音楽
形はTelecasterモデル。
アッシュ材のナチュラルボディで
できれば少しアメ色に焼けてて欲しい。
メイプル指板と黒いピックガード。
ブリッジはスタンダードな3連ではなく6連サドルで
ブリッジプレートのサイドが折れてないヤツ。
フロントpickupがハムならまるでKeith Richardsだけど
まぁフロントはどっちでもいいや。

FenderUSAとは言わない。
Japanでも、あるいはBacchus、Fujigen、Tokaiでも
質が良ければ安いモノでOK。
もちろん中古で構わない。
こんなのJCに直結してカッティングしたら
それなりにいい音出てカッコエエよなぁ。
ちょっとだけ欲しいかもなぁ・・・。
使うアテ無いけど(笑)

写真はKeith。
コメント

田貫湖

2012-08-26 | 
あいにく
富士山は雲に隠れていたけれど
湖面を渡る風は涼しく気持ち良かった。
コメント

「WAVE」

2012-08-25 | 音楽
先日六本木で聴いたスタンダードナンバー。
ボサノバの巨匠アントニオ・カルロス・ジョビンの曲で
何度も耳にしているのだが、
聴いているうちに
昔日のいくつかのシーンが目に浮かんできた。

あの頃、あんな想いを抱いていたな。
遠くへ来てしまったような
その時の安定しつつ平凡な毎日の中でのアンニュイ。
過去を振り返りつつ、
これで良かったのか自問していたあの時。
そうだ、ひとりで車を運転していたのだった。
演奏は・・・ジョビンだ。

別のシーンでは、実家の自室。
ソニーのラジカセから流れていた。
大学受験前の重苦しい気持ちと
これから始まるであろう新しい生活への期待、不安。
家を離れることへの一抹の寂しさ。
そんな気持ちを包んでくれるような
ふくよかなスキャットの歌声。
エラ・フィッツジェラルドの歌声だ。

♪そこまで来てる波に ただ乗ればいいんだ♪
先日来、
何度となくメロディーが頭の中を流れている。
コメント

高校同級生

2012-08-24 | 生活の風景




6人集合。
店は六本木ヌッフ・ドゥ・パプ。
盛岡が本店の岩手食材の店で、
とりあえず写真にUPは
三陸ホヤのジュレと
ホロホロ鳥や白金豚のパテや南部鴨の燻製。
ワインがうまい(^^)
コメント

Crossover Eleven

2012-08-23 | 音楽

~今日も一日が通り過ぎていきます。
 昼の慌ただしさの中で忘れていた
 人を愛する優しさ、人を信じる温もりを
 そっと広げてみます。
 夜空の星のきらめきと共に
 それぞれの想いをのせて過ぎていくこのひととき
 今日一日のエピローグ。
 Crossover Eleven~


静かなオープニングナレーションのBGMは
「Fly Over The Horizon」AZYMUTH
懐かしいなぁ。
あの頃、花巻の自宅の自室が目に浮かぶ。
家族が寝静まった静かな家の中で
イヤホンから聴こえてくる洒落たFusion Music。
その都会の香りにも惹かれたものだ。
今、客観的に思い出してみると
ただの田舎の青臭い少年だったのに。
そんな酸っぱい思い出を、
このCDは運んでくる。

それにしても、あのMiles Davisが
「Time After Time」演ってたんだねぇ。


~もうすぐ時計の針は12時を回ろうとしています。
 今日と明日が出会う時
 Crossover Eleven~
コメント

夏の終わりのハーモニー

2012-08-22 | 生活の風景
晩夏の季節。
年齢的にも夏はもう過ぎ去っている。
でもね、
昨日の誕生日にお祝いしてくれた周囲の方々の
暖かさの中で自分は生かされているんだと
改めて気づかされた。
それはまるでひとつひとつの音のハーモニー。
じんわり幸せな気持ちが沁みてくる、朝。
コメント

「人生の扉」

2012-08-21 | 風屋日記
春がまた来るたび ひとつ年を重ね
目に映る景色も 少しずつ変わるよ
陽気にはしゃいでた 幼い日は遠く
気がつけば五十路を 越えた私がいる
信じられない速さで 時が過ぎ去ると 知ってしまったら
どんな小さなことも 覚えていたいと 心が言ったよ

I say it's fun to be 20
You say it's great to be 30
And they say it's lovely to be 40
But I feel it's nice to be 50

満開の桜や 色づく山の紅葉を
この先いったい何度 見ることになるだろう
ひとつひとつ 人生の扉を開けては 感じるその重さ
ひとりひとり 愛する人たちのために 生きてゆきたいよ

I say it's fine to be 60
You say it's alright to be 70
And they say still good to be 80
But I'll maybe live over 90

君のデニムの青が 褪せてゆくほど 味わい増すように
長い旅路の果てに 輝く何かが 誰にでもあるさ

I say it's sad to get weak
You say it's hard to get older
And they say that life has no meaning
But I still believe it's worth living
But I still believe it's worth living
            (作曲・作詞:竹内まりや)


今日は誕生日。
いつにも増して今までのいろんなことが思い出される。
20歳の誕生日は確か高円寺のアパートで
友人達とフライパンのすき焼きを囲んでいた。
30歳の誕生日は転職したばかり。
様々なことがあり辛い毎日も家族がいるから踏ん張れた。
40歳の誕生日の頃は息子たちと野球三昧。
神楽も一緒で「今が一番幸せ」と思っていた。
50歳の誕生日は長男が自分のアルバイト先の居酒屋で
自らたくさん料理を作って振る舞ってくれた。
総じて幸せな52年間。

人生もとっくに折り返しを過ぎ、
今後自分の人生に
更にどんな出来事が待っているのかわからないけど、
この歌のようにポジディヴにこれからも生きられるといいな。
コメント

ゴーヤ

2012-08-20 | 生活の風景




ある日突然
真っ黄色になって爆発するんだということを
この夏目の当たりにして初めて知った。
こうやって種を飛ばすんだねぇ。
種の生き残りの智恵。

花巻の自宅にて。
ゴーヤのサンシェードはまだまだ必要。
コメント

初秋の夕暮れ

2012-08-19 | 生活の風景
昼間は
近くの寒暖計で36度を計測したものの
夕方になるとすーっと涼しくなる。
雲も高く、お盆を過ぎると岩手はもう初秋。

写真は東北本線の電車の中から。
盛岡と花巻の間、岩手飯岡付近にて。
コメント

「むかでの錦三」

2012-08-18 | 音楽
中学校の頃だったと思う。
「最近関西で人気のバンド」と紹介されたNHKの番組で見たのが
上田正樹とsouth to southとの出会い。
中でもこの「むかでの錦三」が強烈な印象だった。
ベースとドラムのこのリズム、粘りとタメ、キーボードとギターの絡み・・・
そして上田正樹さんのちょっとアブナいぐらいイってしまってる歌声。
一発でホレた。
確かライブ映像で、上田さんは浴衣の裾切ったヤツ着てたと思う。
それがまたカッコええ(ハァト
それ以来、ワタシの憧れボーカリストNo.1はこのヒトなのでした。
もちろんアコースティック日本語ブルースを有山淳司と演ってる
「ぼちぼちいこか」も最高!!
「悲しい色やね」はちょっと日和ったように見えたけど、
スタンダードナンバーばかり集めたカバー集「Smile」はいいねぇ。
今もipodに入れていつも聴いてるよ。
あんな風に歌ってみたい。

数年前、心斎橋のくいだおれ食堂が無くなった時
上田さんと有山さんがそこでライブしたDVDももちろん買った。
ワタシの大阪好き理由のの80%くらいはこのグループと憂歌団、ディラン2やろね。
厳密にいうと上田さんは京都出身だけどね(^^;
コメント

「終戦~なぜ早く決められなかったのか~」

2012-08-17 | 映画・芝居・TV
『NHKスペシャル』終戦~なぜ早く決められなかったのか~を一昨日見た。
1945年3月10日の東京大空襲をきっかけとし、
天皇の密命によって6人の人間が集められ
戦争終結について幾度となく話し合っていた事実があった。
皇居に集められたのは(すべて当時の役職で)
鈴木貫太郎首相、東郷茂徳外務大臣、米内光政海軍大臣、
阿南惟幾陸軍大臣、梅津美治郎陸軍参謀総長、及川古志郎海軍軍令部総長。
番組の内容は
国力が底をついた中、少しでも有利な形で戦争終結を目論んで
当時日ソ不可侵条約を結んでいたソ連に連合国側との仲介を頼もうと
様々意見を戦わせたが、
海軍、陸軍、外務省それぞれの情報を共有することもなく
タテ割組織の弊害の中、話がまとまらずに
結局原爆投下まで至ってしまったという経緯が
新しい資料とともにルポされたものだった。

残っていた手帳や資料、録音テープが生々しい。
そしてここに集まった全員が早期戦争終結を願っていたということも
新たな発見といえば発見。
東郷と米内が戦争終結派だったことは以前から知っていたが
ポツダム宣言受け入れ直前に「本土決戦」を唱えた阿南もだったとは
今回の番組で初めて知った次第。
ここまでの地位を築く人たちはやはり深謀遠慮があり
強硬派や穏健派などさまざまな人たちをどう取り込んでいくか
そんな人事に長けた人たちだったのだろう。
阿南の強硬論もどうやら強硬派たちの不満を抑えるタメだったようだ。
この歴史を見てもよくわかる。
深い考えの無い強硬論は結局身を滅ぼすことになる。
言われたら言い返せ、やられたらやりかえせでは何も解決しない。
結果としてこの6者協議は失敗に終わったわけだが
それでも国のトップたるべき人たちの水面下での働きは
後世になってみないとわからないものだ。

ところで最初この6人を見て驚いた。
国の生死を決する協議をした6人のうち岩手県人が2人。
米内は盛岡中学で及川の1級先輩。
(ちなみに金田一京助は米内と同期、石川啄木はその4級下)
ともに読書を好み、軍人とは思えない相当な博識だった由。
戊辰戦争において朝敵となり敗戦した藩から2人も名を連ねたことは
驚きではあるが、その頭脳と能力が正当に評価された結果だろう。
戦後は2人とも東京裁判での訴追を免れている。
ところで同じ頃、岩手出身の陸軍有力者も2人いた。
その東条英機、板垣征四郎ともに東京裁判では絞首刑となった。
陸軍と海軍の違いなのか、タイミングの問題なのか
その対極には不思議を感じる。
コメント