風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

「鷺と雪」

2011-10-31 | 読書
「悼む人」と同じ直木賞でも雰囲気がちがうものだねぇ。
昭和初期の風景や、当時の華族生活を面白く読んだ。
一応ミステリというカテゴリーらしいけど
本格的にミステリとして読むと肩透かしかもしれない。
でも本書タイトルにもなった短編最後の「鷺と雪」は
華族の楽天的な生活の中にも垣間見えてきた
開戦前夜の重苦しい雰囲気をうまく伝えていると思う。

解説の佳多山大地さんが
この物語の舞台となった当時の世相の一端を
下記のように書いている。
現代に照らし合わせてみて・・・背筋が一瞬凍った。

 (昭和初期、江戸川乱歩「人間豹」に出てきた)
 ニヤニヤとした笑い顔の「レビュー仮面」なるものが急に流行り出し、
 当初は劇場の客が観劇するときだけ被っていたものが、
 そのうち街頭にも進出し、
 「銀座の夜」をそぞろ歩きする過半の人々が、
 同じ笑いの表情に変わって行った。
 電車の中も、地下鉄の中も、
 同一表情の男女によってうずめられた」のである。
 われらがベッキーさんの恐れた、
 間もなく押し寄せてくる<時代>とは、
 まさしく人が同じ表情でいないことには
 弾き出されてしまう時代だった・・・
 それぞれの仮面の下には、
 千差万別の<素顔>があったはずだが。


「鷺と雪」北村薫 著 文春文庫
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NBPへ、いろいろ

2011-10-30 | スポーツ
ドラフトでの日ハムはよくやった。
あのまま巨人が3年連続1位単独指名だと
ドラフト制度そのものが崩壊する。
そこに一石を投じた意義は大きい。
決して「人の道に外れてる」わけではない。

菅野くんは希望が叶えられずかわいそうだが、
毎年あるドラフトで
本当に希望が叶う選手は果たし何人いるだろう。
果たして彼は巨人に所属したいのか。
伯父さんのそばにいたいのか。
それとも野球がしたいのか。
野球がしたい、それでメシを食いたいなら
どのチームだろうと、入って実績を残すべきだ。
周囲の人達が必要以上に騒ぐのも見苦しい。

横浜からFAする予定の村田を
阪神が獲得すべく検討中だという話だ。
まだ懲りない。
今年阪神がCSを逃したのは若手育成ができなかったため。
金本や新井、藤井などベテランを脅かす若手が出ないのは
思い切って使わないからだろう。
内野の上本、大和、森田、
外野には柴田、俊介の他に来年はドラ1の伊藤が入る。
それだけ期待の若手がいるのに
内野のFA選手を採り、ブラゼルを外野に・・・って
今後どんなチームづくりをするのかビジョンが見えない。
ファンは溌剌とした阪神が見たいはず。
村田は楽天に行って欲しいな。

西武には雄星と秋山。
楽天には塩見と銀次。
そしてソフトバンクには岩手出身の下沖に
今度岩手大の三浦くんが入る。
岩手県人であり、北東北リーグを見てきた者にとって
来年はますますパ・リーグが面白い。
セ・リーグは・・・ヤクルトの畠山に期待(笑)
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押上から浅草まで

2011-10-29 | 散歩
いい天気。
ぶらぶらと散歩。
写真は隅田公園から見た言問橋とスカイツリー。
東京大空襲の時は
この橋の上でたくさんの方が亡くなった。
今も橋脚に焼けた跡が残っている。
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悼む人

2011-10-28 | 読書
我が家にある
古い写真2枚を思い出した。

1枚は父の兄弟達が揃った写真。
大正12年生まれの父が生まれる前のものだから
おそらく大正10年前後のものだろう。
父の兄達4人はまだみんな20歳前(四男は8歳)で、
それぞれ立派な顔で写っている。
しかし父を含め、兄弟5人ともすでにこの世にいない。
もちろんその親達も。
どんな人生を各々歩んだのかについては
いろいろ話を聞いていたからだいたいわかるものの、
各人がどんな思いで生きていたかは当人にしかわからない。
けれどもみんな、ちゃんと心の中に生きている。
忘れることは無いだろう。
自分の代が替わればわからないが。

もう1枚は昭和10年代。
現在81歳の親戚がまだ小学生だった頃の写真。
これもまたその1人を除いて泉下にいる。
この写真を見て、それぞれが誰だかわかる人間は
その81歳の親戚ご夫妻を除いたらもうワタシだけになった。
ワタシがこの世からいなくなればわかる人がいなくなる。
でもそれぞれ、写真の中で生きている。

人が亡くなって悲しいのは遺された人。
本人は亡くなってしまえば悲しいも何も無い。
さて、遺された人達は亡くなった人のために何ができるのだろう。
その人を忘れること無く覚えていることだけなのかも知れない。
でも、それはすごく大事なことだよね。
以前書いたビートたけしさんの言葉
「1人が死んだ事件が2万件あったんだよ」が改めて身に沁みる。
事故でも、災害でも、戦争でもたくさんの人が亡くなるが、
それを数字で表してはいけない。
ひとりひとりの人生は大切なもの。

ワタシはこれまで、
誰を愛して、誰から愛されたのだろうか。


「悼む人」上・下 天童荒太 著 文春文庫
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いよいよ

2011-10-27 | スポーツ
今日はドラフト会議。
岩手大学の三浦くんは指名されるだろうか。
朝からドキドキしながらニュースを待つ。

大学では指名された場合の段取が進んでいるらしい。
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つるべ落とし

2011-10-26 | 生活の風景
秋の日も
そして季節もつるべ落とし。
実家の庭ではもう紅葉が始まっている。
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ゴーヤ

2011-10-25 | 生活の風景
夏前に設置した
日差しを遮るために立てていた蔓棚の、
朝顔や今年初めて育ててみたゴーヤの蔓を片付ける。
15cmほどの小さなゴーヤが1つできていた。
夏のおみやげ。
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源喜屋

2011-10-24 | 食べ物・お店
花巻の
市役所から少し坂を降りたところにある
白金豚生産会社高源精麦の直営店「源喜屋」。
昨日の昼メシは白金豚の味噌漬け丼だった。
バラ肉の脂肪の旨味と軟らかい肉質で
絶品。
680円の値段も嬉しい。
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縄文の魂 東北のいのち

2011-10-23 | 生活の風景
昨日
母校の創立80周年記念式典後に行われた記念講演は
大先輩である宗教学者の山折哲雄先生による
「縄文の魂 東北のいのち」と題した話。
「先程の在校生諸君の雄叫びはすごかったですねー
あんな迫力ある話ができるかどうかわかりませんが
しばらくお耳を拝借します」
と、穏やかに、優しくユーモラスに始まった講演は
平易なことばながら熱い内容だった。

東北を代表する芸術家3人を挙げての説明。
山形出身の斎藤茂吉は死と生の対極について、
青森出身の棟方志功は
「わ(私)だばゴッホになる」と宣言して家を出たとの話から
生涯誰にも師事せず
(梅原龍三郎に基礎を教わりはしたが後に否定)
最後まで孤高を通した魂の強さについて、
そして郷土の先達宮沢賢治さんについては
賢治さんの著作「農民芸術概論」の中の
「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」
という有名なことばと、
代表作「グスコーブドリの伝記」の主人公ブドリの自己犠牲と
相反する概念の考え方に生涯苦しんだ賢治さんの
そのいのちの揺らぎについて語られた。

震災の被害を被った岩手県。
早い段階で津波被災地を巡った山折先生は
悲惨な風景を背後にしつつも
いまだ息づく魂といのちの熱さを感じ思わず祈ったという。
それこそ縄文の魂・東北のいのち。

写真は昨日の岩手日報に掲載された式典についてのの全面広告。
「不撓不屈」もまた東北の魂。
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至誠天地を動かさん

2011-10-22 | 生活の風景
今日は
岩手県立花巻北高等学校の創立80周年記念式典と祝賀会。
旧制花巻中学時代の1期生である93歳の大先輩から
今春卒業したばかりの新米OBまで約1400人が集まった。

式典の後半、
OBである市長の祝辞が素晴らしかった。
「自分の人生で大切なことをあの3年間で学んだ」
という話の直後にひとり歌い出す。
「♪至誠は我等のいのちなり 不撓は我等の力なり♪」
校歌の4番冒頭を聴いてジーンとした。
そのあとの生徒代表の挨拶
「積み重ねられた歴史に支えられながら果敢にチャレンジします」
「後代に伝統を伝えつつ、100周年は我々が行うことを誓います」
立派だった。

最後は校歌斉唱。
現役応援団長が在校生を奮い立たせ、全員が雄叫びを揚げる。
ものすごい雄叫びに鳥肌が立った。
直後の校歌斉唱まで涙が止まらなかった。

市長だけではない。
ここに自分の生きる理念がある。
哲学がある。
「至誠天地を動かさん」
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上野公園にて

2011-10-21 | 散歩


公園内あちこちでのパフォーマンス。
かたやギター&バイオリンに太棹、
こなたフラットマンドリンにバグパイプ。
どちらもなかなかいい。
若い人達のチャレンジは見ているだけで嬉しくなる。
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こころを支える「東北」のことば

2011-10-20 | 読書
野口英世、石川啄木、林芙美子から
気仙沼ちゃん、たこ八郎さん、大島優子さんなどまで。
たくさんの方々の心を支える一言集。
いろんな意味で勇気をもらえ、優しい気持ちにもなる。
先日食事をともにさせていただいた
作家宝泉薫さんの近著。


菅原憲(盛岡市・臨床心理士)
「より良く生きようとするエネルギーが強いからこそ
 『苦しみ』も強く感じられます。
 『心の傷つき』を経験することは、弱いからではなく
 生きようとする強い意志があるからこそです。」

高橋竹山(津軽三味線奏者)
「わたしが困っているときに、はげまし助けてくれたのは、
 わたし同様に貧しい人、いやしめられている人、
 しかし心の優しい人たちだった。
 そうした人たちこそホントの人間といえないだろうか。
 世間という学校からわたしは、人間を見る目をもらった
 と思っている。」

ビートたけし(芸人)
「この震災を『2万人の人が死んだ1つの事件』と考えると、
 被害者のことをまったく理解できないんだよ。
 (略)
 そうじゃなくて、
 そこには『1人が死んだ事件が2万件あった』ってことなんだよ。
 (略)
 そう考えれば、震災被害の本当の『重み』がわかると思う。
 2万通りの死に、
 それぞれ身を引き裂かれる思いを感じている人達がいて、
 その哀しみに今も耐えてるんだから。」

小泉武夫(醸造学者)
「私は母親からいつも言われました。
 『口に入る食べ物をつくっている人が一番偉いんだよ』ってね。」

太宰治(作家)
「ながいことである。大マラソンである。
 いますぐいちどに、すべて問題を解決しようと思うな。
 ゆっくりかまえて、一日一日を、せめて悔いなく送りたまえ。
 幸福は、三年遅れてくる、とか。」

伊集院静(作家)
「人から受けた恩は、その人には返せないのが世の中の常らしい。
 親孝行ひとつを取ってみてもそれはわかる。
 親の最後の、最大の教えは
 親が亡くなることで子どもが人生を学ぶことでもあるという。」



「こころを支える『東北』のことば~がんばろうを超えるよりどころ~」
                       宝泉薫 著 言視舎
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惑いつつ、今を生きる

2011-10-19 | 生活の風景
風が立ち、浪が騒ぎ、
  無限の前に腕を振る。

その間、小さな紅の花が見えはするが、
  それもやがては潰れてしまふ。

風が立ち、浪が騒ぎ、
  無限のまへに腕を振る。

もう永遠に帰らないことを思つて
  酷白な嘆息するのも幾たびであらう……

私の青春はもはや堅い血管となり、
  その中を曼珠沙華と夕陽とがゆきすぎる。



これがどうならうと、あれがどうならうと、
そんなことはどうでもいいのだ。

これがどういふことであらうと、それがどういふことであらうと、
そんなことはなほさらどうだつていいのだ。

人には自恃があればよい!
その余はすべてなるまゝだ……


       (中原中也「盲目の秋」より)
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「在日」

2011-10-18 | 読書
人は人を何らかのカテゴリーに置きたがる。
そしてカテゴリー別に(相手が女性か男性か、日本人か外国人か)
自分の対応を決めようとする。
ある意味、それが「社会生活」なのかもしれない。
しかし、他人から強いられたカテゴリーを
本人が自覚できないとしたら? そこに齟齬が生まれる。
例えば以前話題にしたインターセックスの人々。
そして例えば、いわゆる「在日」の人々。
インターセックスの時にも同じことを書いたが
「在日」の人々も
「どちらでもある」のではなく「どちらでもない」のだ。
周囲からはどちらかに比定されるが、実際はどちらでもない辛さ。
それはわたしたちの想像をはるかに越える。

姜さんは政治学者であり
その思想は、カテゴライズしたがる方々に言わせれば
いわゆる左寄りと見られている。
(都知事は「変な外国人」というカテゴリーに分けてるらしい)
しかし、すべての政治的思想を「右」「左」に分けるというのも
これまたかなり無理のあるコジツケだ。
マックス・ウェーバーを学んできた姜さんは
本書の中で社会主義に対し「肌触りの悪さ」と表現している。

 ウェーバーから学んだことは、自由主義も社会主義も、
 ともに「近代主義」の世界像を共有しあっており、
 その意味で社会主義が自由主義に代わる
 選択肢になりうるわけではないということだった。
 ウェーバーが社会主義との対決を
 意識していたことは明らかだった。

それはもしかしたら「在日」の方々が抱える
ある種のニュートラルさによる理解の仕方なのかもしれない。
でも「どっちか」ってことがどれほどの意味を持つのか。
ニュートラルな立場でバブル期とそれ以後がどう見えるのか
日本人である自分には無い視点で姜さんは描く。

 そこにはそれまで社会のどこかに感じられていた
 戦後という時代の重みが無くなり、
 タガが外れてしまったような無重力状態が現れていたる
 重力感を無くした社会は、
 まるで勝手気ままに浮遊し始めたような感じだった。
 歴史の不遜な忘却が、ポストモダンの華麗な言葉の乱舞とともに、
 浮ついた軽やかさを彩っていた。
 ・・・それに気付いた、あるいは危機を覚えた真面目な人達が
 新たな「タガ」または「重み」として国家に拠り所を覚えた
 というのが現代の新保守主義なのではないかとワタシは睨む。

 「在日」がセーフティネットなき時代を生きながら、
 やがて社会の中に埋め込まれ、
 中流のフツーの「在日」として生きていけるようになった時、
 逆に日本の平均的な国民が、
 あたかも「在日」的な境遇に近づきつつあるとは・・・。
 そのすれ違い、ねじれは、
 新たな問題を創り出しつつあるように思えてならない。
 なぜなら、そうだからこそ、
 「在日」と「日本人」の境界を
 新たに目に見える形で作り直す力が働くようになったからだ。
 そして湾岸戦争以後、それ以前の時代とは異なり、
 国家というものがもろに人々の拠り所として
 急浮上してくるようになった。
 明らかに国家というタブーが解かれ、
 それへの求心力が高まるようになったのである。

また「引き裂かれた民族」として、
あるいは「世界的にニュートラルな立場」として
「国家」への過剰な依存をすること無く
「人間の叡智」である外交の大切さにも触れ、
それは自分の考えを代弁してくれているようで膝を打った。

 ドイツ留学の時に見た
 ハイデルベルグの町はずれにある大きな墓苑の一角にある
 ユダヤ人墓地の墓石のことを思い起こしていた。
 表面はドイツ語だが、裏面にはヘブライ語が刻み込まれていた。
 墓石のひとつには、
 戦争で別れて、亡くなって一緒になったと刻まれていた。
 夫婦の悲劇を物語る墓石だった。

 ハンス・ディートリッヒ・ゲンシャー西ドイツの宥和政策
 「わたしはいつも、ドイツ民主共和国(東ドイツ)が
  この地上からなくなって欲しいと祈り続けていた。
  しかし、東ドイツは存在する。
  存在する以上、交渉するのが外交である。
  だから、わたしは交渉を続けた」
 この単純明快な発言に、わたしは現実的な外交の真髄を見る思いだった。

 ゲンシャーと金大中
 ふたりに共通しているのは、
 歴史の過酷な現実をくぐり抜けることで鍛え上げられた
 政治的な叡智と意志力、
 そして現実への透徹した洞察力をそなえていることだった。
 そして彼らは、ともにナショナリズムの狭い料簡に閉じこもらず、
 むしろ自分たちの国民の運命を、
 それを取り囲む国々との多様な関係の中に埋め込み、
 国家を越えた地域的協力の可能性に託そうとしたのである。

姜さんのこの考え、スタンスはとても理解できる。
私自身も「右だ」「左だ」ではなく
極力ニュートラルな立場で「人間の叡智」の力を信ずるものだから。

そして本書の底辺を流れる「在日」の立場の苦しさも
そうでない者には想像を超えるものだった。
「どちらでもない」人達の哀しさを私はできる限り理解したい。

 社会はジェンダーや民族的な属性、階層的な出自や学歴、
 身体的な特徴や年齢など
 様々な際を持つ人々や集団から成り立っている。
 ただそれにもかかわらず、
 日本列島で生まれ、そこで一生を終える「日本人」に共通しているのは
 その日本や日本国籍などにまつわる
 自明なものへの素朴なもたれかかりである。
 その結果、民族的少数派や外国人、難民や亡命者などにとって
 そのような自明性から生まれるさまざまな抑圧や排除の強制が、
 どれほど当人達を苦しめることになるのか、
 なかなか了解されることが難しい。
 多数者としての国民への同化や適応への見えない強制力は、
 決して日本だけに見られるものでない。
 どの社会にも見られる現象である。
 ただ「在日」について言えば、
 植民地支配の意識が完全に断ち切れていないため、
 日本人に限りなく近く、しかし「非日本人」にとどまるという
 微妙な距離感が作られているのである。
 その意味で「在日」は他の定住外国人や民族的少数派と違う、
 きわめてデリケートな位置に置かれているとも言える。

とある女子学生が姜さんへ涙ながらに吐露した言葉が胸を打った。

「わたしは、朝鮮でも、韓国でも、日本でもどうでもいいんです。
 ただ、お父さんとお母さんのことを隠すような生き方はしたくないんです。
 だから、朝鮮人で生きていたいんです。
 でも、何でそれが悪いんでしょうか。
 どうしてそれがこんなに辛いんでしょうか」


「在日」姜尚中 著 集英社文庫
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思い出にする

2011-10-17 | 生活の風景
次男の大学最後の試合。
たまたま球場に来ていたスタンダード取材スタッフが
撮ってくれていた写真をPCの壁紙にしてみた。
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