風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

雪の朝

2005-11-30 | 風屋日記
雪の朝
起きてすぐカーテンの隙間から外をちょっと覗いて
「お」と短く、小さく一声
あとは黙々と着替え、犬を外に連れ出す
フードをかぶっていても横なぐりが頬に冷たい
長靴で積もった雪をサクサク鳴らす
犬は腹まで積もった雪の上を漕いで行く

雪の朝
道行く人々は下を向き
車を走らせる人々はゆっくりと
そして黙々と職場へと向かって行く
時々降り続く雪を仰ぎ見ながら
渋滞している道路に少しあきらめの表情を見せながら

来るべきものが来ただけ
驚いても、愚痴っても仕方のない自然現象だけど
全国の天気予報で「北日本は雪が積もるでしょう」と
簡単に流されるほど簡単ではない雪国の生活
たかが数センチ積もっても
いつもと違って大変なのは都会とそれほど変わらない
ただ多少備えができているだけ
ここで暮らす人々は、それでも決して文句も言わず
淡々と、黙々とすべてを受け入れ
そして静かに暮らす

今日も昨日と変わらない日常
雪の朝
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大学教育

2005-11-29 | 風屋日記
先日長男が申し込んでいた、各大学の学校案内&願書が
一度にどさっと昨日届いた。
国立3校と私立3校。私立もう1校はたぶんおっつけ届くと思う。
どうして国立が3校もあるかというと、
センター試験の結果次第でどこを受けるか決まるため(笑)
私立も4校全て受ける積もりはないが、可能性レベルで取り寄せた。
私もちらちら開いてみる。
各大学のカリキュラムを見ると面白そうだなぁ・・・。
今、改めて勉強してみたいものばかりだ。

ところで少子化の動きに反比例するように、大学は増えている。
当然各校とも学生の争奪戦に懸命な努力を続ける。
昨年あたりから緩和されてきたとはいえ、まだまだ就職難。
学生を集める手っ取り早い方法は高い就職率だから、
各校まずまっ先にそれをPRする。
・・・のはわかるけど、ちょっと苦言も呈したいなぁ。

就職に直接結び付けるための「実学主義」の大学が多すぎないか?
高等教育に必要不可欠だと私が考える、
専門性の高い「学問」や「教養」はどこにいったんだろう。
もちろんそれらを追求している大学も一部にはあるが、
例えば昨日見た学校案内。
本来なら「学問」「教養」が創立以来の教育哲学だと思われた某大学、
最初の頁を割いて司法試験、公認会計士試験、弁理士試験のほか、
国家公務員1種の合格者の年度別推移を大きく掲げている。
おいおい・・・ブルータスよ、お前もか状態( ;^^)ヘ..

大学の専門学校化や大学生の学力低下が叫ばれているけれど、
学校経営に腐心するあまり、大学自体がそういうことを招いてるんじゃないの?
だいたい、企業が新卒に期待するのは将来性。
即戦力なんて期待してないし、正直使い物にならない。
それよりも人間性や学ぶ力を持つ基礎学力の方が大事だぜ。
それと逞しく生きる力かな。

長男は就職に直接的には結びつかない分野を専攻しようとしている。
その意気や、よし。
考える力と生きる力さえ持っていれば、何やったって食っていけるぞ。
いざとなったら体力勝負の仕事だってある。
先のことばかり考えていても仕方がない。
将来は自分次第でどうにでもなるから、
今は好きな分野を思いっきり勉強しろよ。
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昭和の頃

2005-11-28 | 風屋日記
近頃、昭和の時代が懐かしくって仕方がない。
こんな田舎の小さな町でも商店街にはたくさんの人がいて、
ちょっとした外食がとても贅沢に思える時代。
まして喫茶店でコーヒーを飲むだなんて・・・。
それでも、酒は1滴も飲まなかった私の両親はコーヒーだけは大好きで、
子どもの頃、ちょっとだけお洒落させられて喫茶店に連れていかれたものだ。
私の喫茶店通いはそれ以来の習性だ。

高校時代には、
同級生達の溜まり場の本屋の2階にあり、初めてナポリタンを食べた「サントス」。
店内のすべてのテーブルがインベーダーゲーム(古っ!!)で、
1面をクリアするとコーヒー券がもらえた「レブロン」。
(私は当時からゲームはやらないので、もっぱら友人達のコーヒー券消費係だった)
黒い板壁の窓にレースのカーテンが揺れ、
店先の古いサックスの新聞受けと店内のピアノが洒落ていた「ぐがーん」。
穴蔵のような暗い店内に手作りの巨大スピーカーがあった、
市内唯一のJazz喫茶「エル・グレコ」。
その他にも、古式ゆかしい対面ベンチシートの「ルーブル」や、
ひとりになりたい時には、友人たちは来ることのなかった駅前の「深美」、
ココアが美味しかったレンガづくりの「とも」。
私が馴染んだ喫茶店はもう今ではどこもない。

    ◇      ◇      ◇      ◇

私の両親はどちらも車の免許を持っていなかったので、
その当時はどこへ行くにもバスか歩き。
でも近所や友人宅でも車がある家はそれほど多くなかったように思う。
夕方バス停の方から帰宅する親父のゆっくりした靴音が聞こえ、
少し先の外灯の下にその姿が現れてきた時のことをふと思い出すと、
今でも少し胸の辺りがじんとしてくる。
靴音が聞こえたということは、当時はそれくらい周囲が静かだったんだね。

夜も11時を過ぎ、家族皆が寝静まった家の中でひとり小さくラジオをかけながら、
ベッドの下に隠してあったウイスキーをキャップに一杯だけあおり、
夜行列車が到着した駅のアナウンスを遠くに聞いて、
将来や進路のことに思いを馳せたり、東京に憧れたり・・・。
ノートを出してきてそんな思いを綴ったことや、詩を書いていたこともある。
ラジオからは、今バンドで演奏している「セプテンバー・バレンタイン」。
だからこの曲を聞く度に、あの頃の空気や周囲の色や匂いまでもが蘇ってくるのだ。
音楽は不思議だね。

    ◇      ◇      ◇      ◇

という、今日はつれづれにちょっとした思い出話でした。
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オムライス

2005-11-27 | 風屋日記
盛岡は舘坂そばのローリエのオムライス。
手前はミートふわふわオムライス。
向こうはホワイト&ハヤシ。
私が食べたのはもちろん手前。
うまかったっす。

向こう側はお昼をつき合ってもらったka@さんの注文。
そっちにも心は動いたけど、
とろりとしたチーズのカロリーが高そうで・・・(笑)
ま、食後にパフェ食っちまったので一緒なんだけどね。

パスタもピザもあるお店は気軽に行けてお勧め。
ちなみに写真が少しぼやけているのは
表現的な効果ではなくて
携帯についた私の手アカだった・・・(^^;
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米を消費

2005-11-26 | 風屋日記
何度か書いているように、わが家は米の消費量が多い。
スーパーで10kg買ってきて・・・
なーんてことはとてもやってられない。
10kgなんて1週間で無くなるし。
野球部の父母会の間で
「3年間の米代を考えると田圃買った方が安くないか?」
という話が出る程(笑)
わが家では、家内の親父さんの知人の農家から
30kg単位の米を直接(もちろん多少安く)買っている。
それでも1ヶ月もたないけどね( ;^^)ヘ..

今は新米の季節。
米を売ってもらっている農家も兼業なので
当然のことながら農作業は週末だけしかできない。
何しろわが家の米の消費量に農作業が追いつかないらしいのだ。
今回買った米は精米前の玄米のままだった。
そこで活用することになるのが写真の無人精米所。
このあたりは農家が点在する地域なのであちこちにある。
10kgあたり100円。30kgで300円。
わが家の好みは完全な白米ではなく7分衝き。
ものの10分もあれば精米完了となるのが便利だ。

昨日、農水省から来年の県別作付け面積が発表となった。
岩手県はまた作付け面積が減っている。
減反面積が増えるということは、つまり田圃が減るということ。
兼業農家ばかりで人手不足に加え、地勢も違うので、
お役人が言うほど転作は簡単じゃない。
田圃の中に空き地ばかりが増えていくことになる。

県全体の米の総消費量から見れば
わが家でいくら食べても焼け石に水かも知れないが、
それでもこの1膳が少しでも減反面積を減らすことに役立てば・・・と
今日も私ら家族はせっせと米を消費する。
地域のためなんだなぁ・・・私のこの体型は(笑)。
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自分を見つめる時間

2005-11-25 | 風屋日記
何をすればいいのかわからなくなることがある。
何にも手がつけられなくなり、
ただぼーっとしてコーヒーを飲んでいたくなることがある。

タフな仕事が重なった時。
突然ぽかっとした時間ができてしまった時。
思い出のかなり大きな波間に揺られ始めた時。
そんな時には1本のタバコに火をつける。

心の中で母校の校歌の1節を口ずさんでみることもある。
 人生風波荒ぶとも 不撓の勇気我にあり
 奮闘精進弛みなく 進む我等の意気を持て
 至誠天地を動かさん 至誠天地を動かさん
そしてゆっくり、目の前のことから少しずつ手をかけはじめる。

鏡の中には、歳相応に弛んで皺のあるオヤジ。
かつてはそれなりに溌溂とした若い顔があったはずだが。
頭も心細くなり、腹も出てきた。
昔から姿勢のよさだけは誉められていたはずなのに
背が丸く、死んだ親父に似てきている。
どこからどう見ても、疑うことなく立派なオヤジ。
いつまでも気持ちは若い頃と変わっていない積もりでも
時々見た目と中身のギャップを感じはじめると、
やっぱり見た目に合った行動をしなくちゃと
いつのまにか1歩引いている自分がいる。

さて1服つけ、コーヒーをいれて、目の前のことに視線を移そうか。
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染め物・琵琶・神楽

2005-11-24 | 風屋日記
昨日の「染め物展示会&琵琶演奏会」はとてもいいイベントだった。
平安時代の染めを再現したという染め物も正直びっくり。
染めの名称も原料も、素人の悲しさで失念したが、
飾ってあるモノトーンの着物に光を当てると朱けの色に変化する染め。
屋内ではクールな色調が太陽の下では鮮やかに花が咲く。
着物の裏から光を当てると当たっている部分が真っ赤になるのには驚いた。
すごいや、あれは。

琵琶演奏を聴くのも初めての体験だった。
諸処の事情から後半の琵琶演奏は聴けなかったけど、
神楽の前に琵琶の伴奏をつけながら朗読した
宮沢賢治さんの「おきなぐさ」はとてもよかった。
我々も次の出番を待って幕の後ろで待機していたのだが、
静かに正座し、しんとした気持ちで聞き惚れていた。
琵琶の音色っていいなぁ。
それにしても、琵琶を弾きながらの朗読というのはすごい。
歌ならまだわかるけど、演奏する手と朗読する口のテンポが全然違う。
あれは技だなぁ。

神楽は高校生が中心。
確かにやつらは(全員体育会系なので)動きの切れもいいし、
見せ場もよく分かっているのでうまい。
でもやっぱり「表現」ということから見ると
プロの琵琶演奏との比較になってしまって彼らには申し訳ないが、
まだまだ押し出しの強さだけで「表現」までは至っていない。
押し引き、強弱といった表情はまだまだ乏しいことを昨日は痛感。
若さが勝っているという感じかな!?
そういうことをきっちり表現できるようになった時、
彼らの伝説が始まるのだろう。
今後に期待。
・・・といっても、あの中の2人は来春ここを離れて行くんだけど。

一口に「日本の文化」といっても奥が深いことを昨夜は感じた。
展示会場に飾ってあった熊野の写真の数々もあわせ、
「日本の原点」に触れた気がした一夜だった。

おいで戴いた方々に対し、主催者に代わって深く感謝いたします。
てなことでどうでしょう? >せがたく
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日付が替わった・・・

2005-11-23 | 風屋日記
写真は、国の天然記念物「石割桜」の雪囲い。
毎年恒例の行事としてローカルニュースでも取り上げられる。
ひとつひとつ、周囲のものが冬に向かって行く。

    ◇      ◇      ◇

現在、11月23日午前1時5分。
日付が替わったとはいえ、つい2・3時間前の話をしようか。
私が9時過ぎに会社から帰ったら、
私よりちょっと先に帰ったらしい部活後の次男が
TVを見ながらひとりで遅い夕食を食べていた。
見ていたTVは(後で新聞で調べたら)TV朝日の「ロンドンハーツ」。
私も一緒に夕食を食べ始め、次男と部活のことなど話しながら
「なんかつまんねー番組だな」と、見るとはなしに見ていた。
ま、次男も色々チャンネル回した挙げ句、そこで止まっただけのようだ。
自分の食事が終わるとさっさと風呂に入りに行ってしまった。
私もNHKのニュースは終わっている時間だったので
別に理由もなくそのままTVをつけていたのだが・・・
お笑いタレントと思しき「浜口」なる男の昔の恋愛体験を見て
「おい、これはオレのことじゃん」と思ってしまった。
シチュエーションや立場は全然違うけれど、
考え方や、やってたことや、言われたセリフが
私の学生時代の恋愛体験と全く同じ。
やれやれ、妙にしんみりしちゃったじゃないか(^^;

どんな内容か、TVを見た方はご存じだと思うけど、
ここではあえて語るのは止そう。
それにしても・・・ねぇ。
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歴史・語彙史は面白い

2005-11-22 | 風屋日記
明日の神楽の演目について語ってみようか。

八幡舞は誉田分(応神天皇)と誉夜分兄弟の舞い。
彼らは全国にある八幡神社の祭神として知られている。
さて、なぜ彼らは八幡(ハチマン・ヤワタ)なのか。

彼らの両親は仲哀天皇と神功皇后。
神功皇后といえば戦前に教育を受けた方々にはお馴染みの名前だ。
豊臣秀吉よりも遥か昔に朝鮮出兵を行った女帝として。
出兵を計画した仲哀天皇が直前に突然亡くなり、
夫の意志をついだ神功皇后が出兵を実行したのだが、
その時神功皇后はお腹の中に生命を宿していたという。
そこで鬼神の技を使える神功皇后は
大石を持ち上げ、祝詞を唱えて出産を3年遅らせたのだとか。
その間に朝鮮半島へ出兵し、帰国後に生んだのが応神天皇。
(じゃあ誉夜分は誰の子なんだ? という疑問はさておき)
古代史研究家、伝説研究家の間では
「この逸話は、実は応神天皇が半島出身であることを意味しているのでは?」
という説がわりと一般的に語られている。

さてヤワタだが、これは私の印象として
「八幡」ではなく「八渡」が正しい漢字なのではないかと睨んでいる。
「八」は古代においては「沢山」という意味に使われる(「八股の大蛇」など)。
「渡」という字は読んで字のごとく「渡海」だ。
元ちとせの歌「ワタツミの木」や
特攻隊で散った学徒の手記「聞けワタツミの声」にもあるとおり、
「ワタツミ」は海の神様として知られている。
これも「ワタ」が海の神、「ツ」は接続詞の津、「ミ」は海の音便系(つまり「渡津海」)
と(持論だけど)考えると、「ワタ」という字は「海をワタる神」になる。
応神天皇を「ヤワタ」と称するのは
何度も海を渡って行き来した民族というその出自にあるのではないだろうか。
じゃあ、源氏が八幡太郎義家の頃から「八幡神」を守護神にしたのはなぜだろう。
・・・と考えはじめると、歴史や語彙史は面白い。

「翁舞」について。
神楽も能ももともとは猿楽であり、同根だということは何度か書いた。
猿楽(あるいはそれ以前の散楽)から続くもっとも古い演目に
「千歳」「翁」「三番叟」という「式三番」がある。
これは現在の能においても最も古く、格式ある舞であるとのこと。
岩手県央部に残る山伏神楽では「翁」「三番叟」に
「鳥舞」「山の神」「八幡舞」「岩戸開」を合わせて「式六番」というが、
われわれ円万寺系には「千歳」も「翁」の一部として残っている。

能の確立は室町時代。
最も知られた国の指定民俗文化財である早池峰神楽は
鎌倉時代にはすでに成立していたという記録が残っている。
能確立以前からある神楽に「千歳」がなくて
いつから始まったかわからないわれわれに「千歳」が残っているというのも
どうしてなのか全くわからない。
それぞれの系譜や能の歴史を辿って行くと新しい何かがわかるかも知れないが、
そういうことを考え、調べてみるのもまた面白いことだ。

歴史も語彙史も、確たる答がないからこそ
素人にも研究の余地があり、想像を膨らませられるから面白いんだね。

ちなみに「翁」の幕出言立て(いいたて)は能のそれと全く同じだ。

  ~ 滔々と鳴るは滝の水 滝の水 ~
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考えること2

2005-11-21 | 風屋日記
昨日の記事に戴いたbikkiさんのコメントについて、
「TVニュースをあまり見ない」「すべてを疑ってかかる」
これはどうやら正しい情報の見方のようだ。

以前、イラクから帰ってきたビデオジャーナリストの講演で聞いたが、
ニュースで流れた映像とは違う真実がその後ろに巧妙に隠されていたとのこと。
例えば自衛隊がイラクへ出発するニュース映像。
派遣員を乗せたバスがたくさんの人達に見送られながら
防衛庁を出発するというシーンが何度かTVで流れたが、
そのジャーナリストが撮った映像を見ると・・・
防衛庁の出口で「バンザイ」を叫ぶ人々は本の数10人。
その後ろにはたくさんの警察官に囲まれて防衛庁正門までたどりつけない
数100人の「イラク派兵反対」の人々が。
ニュースには彼らの姿は映っていない。

映像というのはコワイもので、
TVでその切り取られた光景を見ているだけで、それが真実だと思ってしまう。
本当の真実は画面の外側にあるかも知れないのに。
TVの映像は、まずは疑ってかかろう。
その場所で何が行われ、どんな光景が拡がっているのか、
自分の目で見、体験しないと本当のことはわからないから。
かつてイラクで人質になったジャーナリストやNGOスタッフについて
全国的に批難の声が上がったことがあるが、
彼らこそ真実を知るために行き、そして知ったのだと思う。
我々は彼らを非難するのではなく、
それらの情報を彼らから提供してもらい、そして考えることが必要。
「知らない」こと、「考えない」ことこそ恐ろしいことだ。
ビデオジャーナリスト橋田信介さんは我々の代りに真実を記録しに行き、
そして犠牲になった。
私達は彼ら「真実を伝えるジャーナリスト」をもっと顕彰していい。

    ◇      ◇      ◇      ◇

小泉改革の一環として、政府系金融機関5つを1つにまとめるのだそうだ。
もちろん「財政再建のため経費節減」が目的だ。
そして「政府系金融機関の貸出残高を現在の半分にする」と明言している。
さてこのニュースにはどんなカラクリがあるのか。
実は「貸出残高を半分」は正しいが、それは金融機関の縮小化ではなく
「5つ以外の政府系金融機関を民営化する」ということなのだそうだ。
まずはカッコイイことをぶち上げておいて、実は切り捨て。
郵政と同じ方法だね。
まぁ、中小企業の設備投資向け融資を行っている中小企業金融公庫は
縮小してしまうと中小・零細企業から総スカン食うからね。
これもまた彼の意図をよく観察し、考えないと、選挙でまた騙されそう。

    ◇      ◇      ◇      ◇

一部の皇族や元皇族が「女性天皇」に反対しているというニュースを見た。
申し訳ないけどみっともない。
日本の伝統を崩すなとか、万世一系を唱えているらしいが、
推古天皇や持統天皇が即位したという歴史のことはどう考えているのだろう。
大体、傍流の男子に継承するより直系女子の方が万世一系に合うだろう。
自分の立場をより強固としたり、皇族に返り咲いたりという
自分のこと、自分の血族のことしか考えていないとしか思えない。
あの方々の主張を、
反論できる立場にない雅子さんはどんな思いで聞いているのだろう。
少しはそういうことも考えようよ。
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考えること

2005-11-20 | 風屋日記
携帯電話やインターネットによって
今、私達のまわりにはたくさんの情報がもたらされる。
必要、不必要の区別なく、
こちらで求めなくても一方的に流される情報も多い。
自ら考えることをしなくてもどんどん蓄積される知識。
それをみんな「自ら考えている」ことと誤解していないか?
「考えている積もり」の恐さ、「考えないこと」の恐さが
私達の周辺で目に見えない恐怖として蔓延しているように思う。

元はといえばTVの出現が大きかったかな。
全国的な流行ものはTVの普及と同時に顕著になってきたと思う。
みんな一斉に同じことに夢中になり、
みんな一斉に同じ格好をし、
みんな一斉に同じことを考える。
そのフラッグシップたる情報機器。
「なんとなくこれが正しいと思う」とか「みんなそうだから」
というのは「自ら考える」ことを拒否したセリフだ。

「TVで憲法を変えた方がいいと言っているから」
「小泉さんは『改革』をしてくれそうだから」
「某国が攻めてくるかも知れないらしいから」
それは本当にあなたの考えなのか?
TVやネットのみ情報を得ている方々よ。
あなたの生活の周辺に目を向けているか?
中央から発信される情報のみに自分の行動が左右されていないか?
「今流行っている」といわれるファッションや娯楽に
自分を「こうしなきゃ」と縛ってはいないか?

必要な情報、不必要に情報を区別することがまず必要。
INPUTした必要情報を、今度は編集してみよう。
その上で自らの考えを持つことができれば情報が自分の実になる。
食べ物と同じだね。
食べるべきもの、食べなくてもいいもの、食べてはいけないものを区別し、
自分で選んで口に入れ、よく咀嚼し、消化して体を作る。

憲法、防衛、外交、経済に関することから
果ては輸入牛肉の安全性まで。
情報に振り回されることなく、大勢に流されることなく
自分で考え、自分で判断してみよう。

・・・ということを、今朝の朝日新聞の書評欄を読んで思った。
伊坂幸太郎さんの本の書評に書いてあったことだけど、
すんません、書名も評者名も失念!!
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Information

2005-11-19 | 風屋日記
ブックマークにある「酒の肴にマスター夜話」の記事にて、
あじゃらさんが紹介していた盲目のミュージシャンラウル・ミドンの記事が
今日の朝日新聞に載っていた。
「ジェフ・ベックがファンになった」というギターテクニック。
スティーヴィー・ワンダーもバックで参加した程の能力。
深い詞の世界と、ソウルにラテンやジャズも取り入れているという曲。
これは聴かなくちゃ。

それにしてもブラインド・ブレイクやレモン・ジェファーソン、
そしてスティーヴィー・ワンダーにレイ・チャールズ。
盲目の黒人ミュージシャンてのはどうしてこんなに魅力的なの?

    ◇      ◇      ◇      ◇

来週22日と23日は、
ここにも時々コメントをくれる同級生の染め師せがたく主催のイベント。
昼間はギャラリーとして様々な着物の展示をするらしいが
夜は琵琶奏者のライブがあるとのこと。
いろいろなコラボを経験している有名な方のようだ。
そして23日は我々の神楽も琵琶との共演の機会をいただいた。
高校生中心の若々しい神楽で、琵琶演奏のイントロを努めようと思う。
今のところ出し物は「八幡舞」と「翁舞」。
「翁」は私が舞うことになろう。
乞うご期待。

11月23日19時ころより 場所は花巻駅前なはんプラザの和室。
詳しくはせがわ京染店のHPにて要チェック。
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思い出話「涙の訳」

2005-11-18 | 風屋日記
彼女は鮮やかな黄色いジェミニのクーペに乗っていた。
OPELによる小粋なデザインと、FRエンジンが速く若者に人気の車だった。
ごくたまにではあったが、その車に載せられて何度かドライブした。
茅ヶ崎、六本木、横浜、葉山の日影茶屋(だったかな?)が思い出深い。
もちろん2人きりながら何ごともなく、とりとめのない会話だけだったが。

知り合った頃から気になる3歳年上の女性だった。
その容貌や家庭環境、出身大学からオシャレなお嬢様育ちに見えたが、
実際には気取ったり自分を飾ったりするところがなく、
誰にでも気さくでいいヤツだった。
某TV局のディレクターが彼氏だというウワサもあったけど、
しょっちゅう一緒にいる我々の仲間にはそんなことをおくびにも出さず、
果たしていつデートしているのか疑問ですらあった。

私はひょんなことから彼女と同時に知り合った別の2歳上の女性とつきあっていた。
彼女と私のカノジョとは、いわゆる「つるんでいる」関係でいつも一緒。
つまり他の数人も加えた、何人かの仲間でいつも行動していたことになる。
時には3人で飲みに行ったり、遊びに行ったりしたこともあった。

1年が経ち、私とカノジョとの間がだんだん疎遠になっていった後も、
私と彼女とは時々会っていた。何度かドライブしたのはその頃のことだ。
私はちょっとしたトラブルにより大学も5年目を迎えていて、
仕送りもストップされ、食うや食わずの毎日だったので
そろそろ将来の結論を出さなければならなくて切羽詰まった状態だった。
田舎には帰りたくないけど、このままいても食えないし将来もない、
そんな感じだった。

何度か目のドライブの帰り、私達はファミリーレストランへ寄った。
確か高井戸の井の頭通り沿いのデニーズだったように思う。
これ以上中途半端な生活を続けたくなく、ひとつづつ片付けようと思っていた私は、
ことさら意識して、自分から何かことを起こしたかったんだと思う。
「ねぇ、オレと付き合わない?」
前から彼女のことは気にはなっていたが、もちろんそれは到底現実的な話ではなかった。
彼女には彼氏がいたし、私にはこれといった先がない。
おまけに疎遠になったとはいえ、彼女の友人であるカノジョとはまだ決着してない。
それでもあえて口に出して言うことで、何かを変えたかった。

「だって岩手に帰るんでしょう?」
少し考えた後、彼女は私の目を見て静かに言った。
まるで「今考えなきゃいけないのはそんなことじゃないでしょう?」と
お姉さんが弟を諭すような言い方だった。
「うん、まぁ先々そうなるかもね」と答えた私には何も言葉を返さず、
それからしばらく彼女は窓の外を向き、黙って外の景色を見ていた。
突然彼女の目から涙が落ちた。
「え!?どうした?」と慌てて聞く私に
「ごめん、何でもない。ちょっとね・・・」
それ以上聞くことができず、いくつかとりとめのない会話を交わした後、
そのまま私達は「じゃあまたね」と別れた。

彼女にはそれ以来会っていない。
年賀状は毎年やり取りしているので、
医者と結婚した彼女が男女2人のお母さんであることは知っている。
あちこち移った後、今は東京の郊外に腰を落ち着けたことも。
でもあの時の涙の訳は今でもわからない。
もっとちゃんと聞くべきだったのだろうか。
私とは関係ないことが理由だったとしても何か言葉をかけられたんじゃなかったのか。
当時自分のことで精一杯だった私はただその涙にびっくりしていただけだった。
今でもその瞬間の光景を、フラッシュバックのように時々思い出す。
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初積雪

2005-11-17 | 風屋日記
雪だ。

夕べ寝る頃はパラパラ雨の音がしていたけど、
「雨は夜更け過ぎに雪へと変わ」ったらしいな。
でも寒さそのものは昨日よりも楽。
こちらでは降雪時の方が暖かく感じるのだ。

明日の予報は雪の確率60%。
先週の土曜日にタイヤを替えといてよかったな。

いよいよ冬へ突入。
この冬があける頃には長男の進路も決まっているだろう。
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改めて・・・私

2005-11-16 | 風屋日記
見かけによらず、酒はほとんど飲まない。
外で何か会合があったり、誰かと一緒の時だけ。
PTAを卒業した今はせいぜい月に1度あるかないか。
毎日薬を飲む生活になってからはますますその機会が減ったかな。

見かけによらず、割と細かいことが好きだったりする。
ブツブツ、コツコツ文章書いたり、アジアンノットを作ったり、
アイロンがけや、ボタンつけ、裾上げ程度の裁縫もキライじゃない。
子ども達が小さかった頃のリコーダー入れもモノサシ入れも私の作品。

先頭に立つタイプに見られがちだが、結構これで事務局タイプ。
仕事の上でも社長なんぞはまっぴらごめん。
ベクトルを共有できるリーダーの補佐役あたりが一番似合う。
共有できない場合はとっととトンズラこくけどね(笑)

以前、ゴージャスでオシャレな女性が好みじゃないかと言われたが、
どちらかというと化粧気もなく、お淑やかでもない(^^;
それでもガハハと笑う笑顔が素敵な人がいい。
気取らず、表情豊かで、ナチュラルな女性っていいよねー。

「休みの日もネクタイですか?」と後輩から冗談半分に言われたことがある。
会社ではそんな姿しか見てないから仕方ないかも知れないけれど(^^;
スーツなんて大嫌い(笑)、カジュアルであればあるほどいいなぁ。
できたら年がら年中Tシャツとショートパンツとサンダルで過ごしたい。

競馬やゴルフのお誘いもあるが、すんません、全く興味がない。
なかでもギャンブル系は時間もお金も勿体無く感じている。
男っぽい(オジサンっぽい)趣味より、
音楽やったり、何か作ったり、本読んだり・・・の方がいい。

エスニックな生活雑貨やファブリック類に興味があるというのも
周囲の男達から割に意外な顔をされることがある。
東南アジアが好きだと言うとニヤリとされるのも嫌だ。
でも本当に刺繍や染め、そして味のある造形がすばらしいよね。
もちろんそれを身につけた踊りも、歌も、生活も。

昨日の母ちゃんへの誕生日プレゼントも、
サロンアーチのアチさんのとこで買ってきたものだった。
綿やシルクの手織りによるアジアン古布。
ショールにもマフラーにも使えるし、タペストリーでもOK。
珍しい染め方や織り方のものを3種類買ってきたから
自由に組み合わせられるし、母ちゃんが使わないものは私が使おう(笑)
昨日アチさんが着ていたアカ族のものと思われる民族衣装もよかったなー。
「それが欲しい」って言いたかったけどね( ;^^)ヘ..
コメント
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