電脳六義園通信所別室
僕の寄り道――電気山羊は電子の紙を食べるか
ただいま
2014年10月9日(木)
ただいま
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00
生まれ故郷に帰省すると「ただいま」と言いたい気分になる。実家に母親が生きていた頃は「ただいま」を声に出して言うべき場所がちゃんとあった。実家も母親もなくなってからは、声に出せなくなったので心の中で呟いている。
01
清水駅に着き、橋上駅舎改札を出て正面に富士山が見えると「ただいま」の思いが溢れるし、そうでなければ江尻口のロータリーに出た時、もしくはみなと口を出て江尻船溜りの岸壁に立った時、自然に「ただいま」の言葉が心に浮かぶ。
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清水ではなく静岡駅が帰省先になるときは、足が自然に南口へと向いてしまう。おにぎりの『まるしま』に行って「おにぎりセット」を注文すると、そこに「ただいま」の置き場所がある。
|好きなおにぎりを二つ選び、味噌汁とお新香が付いて300円。お米が美味しい(2014/10/08)|
03
昔ながらのテーブルと椅子で食事をしながら奥の座敷の仏壇が見えると、中の仏さまのことは知らないけれど、心の中でチーンとリンを鳴らし「ただいま帰りました」と手を合わせたくなる。
04
言葉に出して書いてしまうと馬鹿馬鹿しくも恥ずかしのだけれど、見ず知らずの家に上がり込んでまず「仏さまを拝ませていただいてよろしいでしょうか」などと言う寅さん的な心情が、自分の中にも極めて日本人的な感性としてあるのだと思う。
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コメント ( 2 ) | Trackback ( )
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ホルヘさんの父親はおそらく大変なご苦労をされたことでしょう。多分成功されて、ペルーの日本人とペルーと日本のためにご尽力されたようでした。
居間に上がり込み、自然と心から仏壇に手を合わせさせていただきました。
キリスト教徒の地にいても”合掌”。もっと寅さん的になてっもいいかな?