電脳六義園通信所別室
僕の寄り道――電気山羊は電子の紙を食べるか
【写真の逆襲 】
(『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2005 年 11 月 5 日の日記再掲)
高校時代に撮った写真をオジサンになってから見直して自分で驚くこともあるけれど、実はもっと驚くのはオンリー・イエスタデイ、つい昨日のことのように思い出すのにもう見ることのできない光景を自分が撮った写真の中に見つけたときであり、さらにもっともっと驚くのは撮ったことすら忘れていた時である。
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静岡県清水入江 1 丁目。
言葉で表現しにくいので地図を添えるけれど、大正橋を渡り金田食堂前を通り、静鉄ストアのある 5 差路を高良さんの方へ進む細い道。その道が東海道と久能道の分岐点、犬も歩けば「いちろんさんのでっころぼう」にあたる手前右側に昔は郵便局(らしきもの?)があった。
幼い頃、記念切手の発売日には朝から並んで買ったりしたのだけれど郵便切手・ハガキ・印紙の販売以外に郵便局業務をしていたのかは残念ながら記憶にない。業務内容は記憶にない癖に妙に古びて威厳のある建物が印象的で、あんな変わった郵便局にはその後もお目にかかったことがない。
いつ頃廃業されたかは定かでないけれど、コンビニすらない入江地区で「あそこの郵便局がなくなって不自由になった」と母は嘆いていた。
そのユニークな建物もいつの間にか取り壊されてしまって見ることができなくなったのだけれど、未明に起きて古いデジカメ写真を整理していたらその写真が何枚も出てきて驚く。ちゃんと記録していた自分に拍手する(アホだ)。
撮影日: 2000.01.03 1:00:21 PM
SANYO Electric Co.,Ltd.
SX112
それにしてもなんとユニークな建物だったのだろう。デジカメのExif情報(エグジフ:画像についての情報や撮影日時などの付加情報)を見ると撮影日が 2000 年 1 月 3 日になっているので、この建物は 21 世紀まで存在していたことになる。
石積みの蔵としても役立ちそうなくらいに堅牢そうに見え(なんか蔵のように見えるなぁ)、しかも角を丹念にすべて丸めて柔らかさを表現しており、2階には手すりのついたテラスのようなものまである。このテラスから眺望のきいた時代の建物だろうか。建築的価値は別として、こうしてしみじみ眺めてみるとこれもまた清水の遺産であり、三保あたりに明治村のような『清水の暮らし村』でもあったら移築保存して貰いたいような面白い建物だったことを確認し「惜しいなぁ」と思う。
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JR東海道本線清水駅が橋上駅となって久しいが、ホームから富士山が見えなくなった今、構内にあった地下通路を懐かしく思い出すことがある。
撮影日: 1999.01.03 9:05:35 PM
FUJIFILM
FinePix2700
清水駅ホームと改札口を行き来するには線路を跨ぐか潜るかするわけでその二者択一が楽しくて、
「どっちに行く?」
と聞くと親たちは決まって地下通路を潜り、子どもたちは地上の陸橋を渡っていた。
「どうして上を通らないの?」
と聞くと母は
「下の方が楽だから」
と答えていた。「(ほんとかなぁ)」と怪しく思っていたけれど、撮影してあった写真を見ると確かに地下通路の方が上り下りする階段の段数が少なかったのかも知れないな、とあらためて確認する。
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インターネット上の掲示板で清水中央銀座の高田のアイスが話題になっており、ソフトクリームだけではなく「あんこアイス」と「フルーツアイス」が登場したと書き込みがあったので、「(おっ、新商品だ!)」と驚き、新装開店には出遅れたので新商品はいち早く食べようと、10 月 22 日の帰省時に雨の中を出掛けて行き「あんこアイス」を食べてきた(ちょっと寒かった)。
撮影日: 2002.04.28 1:22:20 PM
RICOH
DC-3Z
古い高田の店舗写真が出てきたので「懐かしいなぁ」と眺めていたら、なんと昔から「あんアイス」と「フルーツアイス」は高田のメニューにあったのであり、新製品などではなかったのだ。気がつかなかったなぁ…。
写真というのはありがたいもので、自分の撮った写真に時には風化する記憶の修復を助けられ、時には謙虚で正しい物の見方を教えられ、時には「ば~~~か!」と馬鹿にされつつカウンターパンチをくらったりし、その動力はすべて自分で巻いたネジだったりするのだ。
ポヨヨ~~~ン。
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