【水管橋のある町とトルコライス】

【水管橋のある町とトルコライス】
 
 

(『電脳六義園通信所』アーカイブに加筆訂正した 2005 年 11 月 1 日の日記再掲

人が専用に渡る橋を歩道橋といい、自動車が渡る橋を道路橋、列車が渡る橋を鉄道橋という。

郷里静岡県清水を流れる巴川に水道管専用の橋がいくつか架かっており、幼い頃からそういう橋が気になって仕方がなかった。橋というのはそもそも人や自動車や列車が渡るための物であって、それが水道管を渡すためだけの目的で作られたように見えるのがまず奇異であり、水道管専用とはいえ無理すれば人も渡れそうな気がし、この橋を渡った人はいないのかしら、でも危険そうで怖いな、などと余計なことを考えるので尚更気になって仕方なかったのだと思う。

水道管を渡すために作られた橋を「水管橋」という。

清水の巴川にかかる水管橋は港橋脇にひとつ、巴川橋上流の坂政合板のところにひとつあるのが印象深く、柳橋脇にもあったような気がする。自転車を飛ばして確認に行けないのが隔靴掻痒だけれど、思い出せる水管橋は三カ所である。もっとあったかな……。

静岡県・清水港橋脇の水管橋。イカリとカモメの絵がいいなぁ。
DATA:SONY Cyber-shot DSC-F88

東京都・市ヶ谷橋脇の水管橋。九段方向に向かって登っている。端の脇を下って行くと釣り堀があって真っ昼間背広姿の若者が釣りをしていたりする。
DATA:Panasonic LUMIX DMC-FX8

東京にある水管橋で思い浮かぶのが新宿区と千代田区の間にあって外堀と総武・中央線軌道を跨ぐ市ヶ谷橋脇にある水管橋である。市谷田町と九段北をつなぐ水管橋は市谷田町から九段北に向かって登り勾配になっており、おそらく九段北側から市谷田町側に向かって水が流れているのだろうと思う。

一方清水の巴川にかかる水管橋はどれも勾配がないのでどちらに流れているかは判断しがたい。清水の水道水配水経路を知らないが、巴川を遡る方角から見て右岸より左岸へ流れているような気がするが確証はない。

   ***

このところ『トルコライス』という食べ物がひどく気になっている。

『気になっている』と言うと、親切な友人たちが東京や静岡で『トルコライス』を食べられる店を探してくれたがどの店も「もう作っていない」と言う。東京銀座にある出版社に出掛けたので編集者に「トルコライスって知ってますか?」と尋ねたら「知ってますよ、でも古いですよ」と言う。この場合の「古いですよ」は「伝統のある料理ですよ」という意味ではない。「(そうか、かつて『トルコライス』がブームになったことがあるけれど、それが去ったので「もう作っていない」店が多いのか)」と合点がいく。

なるほど。

「『トルコライス』がなんで『トルコライス』っていうか知ってますか?」と聞いたら「知らない」と言う。そういうのりのブームだったらしい。

順天堂医院へ抗がん剤投与を受けるために通っていた母に付き添った帰り道、『トルコライス』という聞き慣れない名前の料理があることを知ったのは昨年の秋だった。

調べてみたら大好きなワンディッシュものらしい。どんぶりや皿一枚で完結する簡便な料理が昔から大好きだ。子どもは大概そうだし、年寄りもだんだんそうなるらしい。

どんぶりや皿一枚で完結する簡便な料理の背景には手早く済ませる労働食としての必然性が込められていることが多く、そういうことに感動したり偏愛したりする人間はB級グルメというよりアンチグルメの志向が強いのかも知れない。

友人たちからいろいろ情報を貰う中で、トルコライスというのは、さっさと済ませる労働食を少しでも楽しく味わうために考え出された「東郷元帥の東郷」と「東西食文化の結節点トルコ」をひっかけた洒落で、港町長崎の名物になっていることも考え合わせると船内で考え出された海軍さんのまかない食だったのではないかと思えてきた。

千代田区九段南 4 - 2 - 2 、東郷公園(東郷平八郎旧宅跡)脇にある『富士食堂』(行ってみたら店名は『らーめんフジ』になっていた)で『トルコライス』が食べられるというので銀座での打ち合わせに 15 分ほど遅刻するのを覚悟して出掛けてみた。

市ヶ谷橋脇の巨大な水管橋を眺めながら靖国通りを九段方向に進み、麹町郵便局角を右折し、次の靖国通りと併走する道を右に折れると『富士食堂』がひっそりとあった。

食堂という庶民的=労働者的言葉にひかれて出掛けたので、インターネットでよく見かけるようなピラフ(またはドライカレー)とナポリタン・スパゲティとトンカツとハンバーグをひとつ盛りにしてドミグラスソースをかけるなどという様式化した『トルコライス』ではなく、東郷元帥お膝元に相応しい海軍さんのまかない食説を裏付けるような『トルコライス』を期待して待っていたら見事に質実剛健なやつがド~ンと出てきて思わず姿勢を正して敬礼する。嬉しいであります。

『トルコライス』のとなりにあるのは中華スープ。びったりの組み合わせだ、合わないはずがない。
DATA:SONY Cyber-shot DSC-F88

労働食らしくさっさと食べてさっさと自説に満足したのでトルコライスにこだわるのはこれで打ち止めにし、次は壁のメニュー『トルコライス』の下にある『メキシカン』『セタンライス』『イタリアンライス』『トリプルロール』など謎のライスメニューを食べてみたいな、と未来のことに思いを馳せる。労働食愛好者は「あのまったりとした味わいが…」などと意地汚くいつまでも反芻したりせず、食べること一つ取って見ても常に前向きなのである。

ちなみにこの日のサービスランチは『メキシカン』であり、横で食べている若者を見て一見「(ドライカレーみたいだな)」と思ったが『ドライカレー』は別メニューでちゃんと存在していた。

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