酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「K――消えた娘を追って」~日本の近未来を映す鏡

2016-09-28 21:17:04 | 読書
 グラウンドに足を運んだ時以外は、プロ野球を一試合を通して見ることはめったにない。だが、日本ハムが優勝を決めた今夜は大谷のピッチングに魅了された。拙攻の連続で普通なら負けパターンだが、耐え抜いた大谷の精神的なスタミナに感嘆する。北海道の被災に言及するなど、栗山監督の優勝インタビューには気遣いと優しさが溢れていた。

 第57期王位戦は羽生が2勝3敗から連勝して3冠を維持した。6度目の挑戦も戴冠ならなかった木村八段の思いはいかほどだろうか。〝七度目の正直〟に期待したい。

 先週末から今週にかけ、立山黒部アルペンルートを訪れた。初日は在来線→路線バス→トロリーバス→ケーブルカー→ロープウエー→トロリーバスを乗り継ぎ立山に到着。日本で最も高い場所(2450㍍)に位置するホテルにチェックインし、宿が主宰するウオーキングに参加する。石畳のアップダウンに膝が悲鳴を上げていた。

 快晴の翌日、黒部ダム周辺を散策する。放流された水に懸かった鮮やかな虹に息をのみ、展望台で壮大な景色を満喫する。400段以上の階段を昇降して膝はガタガタだったが、翌朝にはすっきりしていた。宿泊した大町温泉の<泉質は筋肉痛、関節痛に効く>の謳い文句に偽りはなかったようである。最終日は途中下車し、小雨が煙る松本の街並みを散策した。

 円く緩やかに流れた時間も、東京に戻るや一気に巻き戻る。パソコンを立ち上げ、3日の空白を1時間ほどで埋めた。安倍首相の所信表明で自民党議員が立ち上がって拍手するさまに、ナチスドイツ、ソ連共産党、中国全人代、北朝鮮が重なった。異様、不気味、そして狂いが滲む光景と感じた。安倍首相の任期を無期限に延長しようなんて声も囁かれているという。日本は既に独裁国家なのかもしれない。

 独裁の悪しき伝統から脱しつつあるのが南米だ。<CIA=資本家=軍部>が連携し、チリ、ペルー、アルゼンチンと親米独裁政権が次々に誕生した南米は、新自由主義の実験場でもあった。読了したばかりの「K――消えた娘を追って」(2011年、ベルナルド・クシンシスキー著/花伝社)はブラジルの軍事独裁政権下(1964~85年)に起きた女性失踪事件がベースになっている。

 カーニバル、サンバ、創造性に富んだサッカー……。開放的なイメージがあるブラジルだが、Wカップやリオ五輪に対する激しい反対運動は記憶に新しい。さらに、「トラッシュ! この街が輝く日まで」(14年)など格差、政治の腐敗、暴力を背景に据えた映画も多い。本作はモノトーンのポリティカルフィクションで、独裁下のブラジル社会を様々な角度で抉っている。

 主人公のKはポーランド系ユダヤ人だ。祖国で反体制運動に関わったこともあり、弾圧を逃れてサンパウロに移住し、衣料店を経営している。イディシュ語に強いアイデンティティーを抱くKだが、ユダヤ教には距離を置いている。溺愛していた大学教員(化学関連)の娘が失踪し、Kは捜索に全身全霊を注ぐ。

 娘もかつての自身と同様、反体制活動家で、軍か警察に拉致されたことが次第に明らかになる。同時に、娘について知らなかった事実に行き当たり、十分な絆を作れていなかったことに罪の意識を覚える。真実を知りたい>という思いで、Kは娘の死が確定的になった後も、伝手を頼って捜索を続ける。

 娘は実在の人物、アナ・クシンスキーがモデルで、作者の妹に当たる。<この本の中のできごとはすべてフィクションですが、ほとんどすべてのことが実際に起こったできごとです>と前書きに記している。リアリティーの堅固な土壌の上に、蜃気楼を浮かび上がらせた作者の力に感嘆するしかない。

 主観は時折、Kを離れ、街を徘徊する公安のスパイ、詐欺師まがいの情報屋、反体制グループや軍内部の葛藤、手紙を通した娘の思い、残忍な弾圧者とその恋人、虐殺に協力させられる女性……。彼らのモノローグは読む者を深淵に誘い、独裁の実体に近づきつつ遠ざかる。カフカ的世界に誘われた。

 本作には独裁に現れる様々な事象が描かれている。メディアと教会は弾圧を恐れ、大学は魂を差し出した。独裁国家の領域に踏み入れた日本でも、真綿で締められるような閉塞感が漂っている。呑み込んだ沈黙を解き放つ術を俺は知らない。詳細な解説で、無数の日系ブラジル人が命を懸けて独裁に立ち向かったことを知る。学ぶごとが無限にあることを本作で教えられた。

 
コメント
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