酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「マシアス・ギリの失脚」~池澤夏樹の知的な遠近法

2009-12-13 03:23:56 | 読書
 第44回スーパーボウル(来年2月7日)のハーフタイムショーにザ・フーが出演する。還暦を越えたピートとロジャーは20分ほどの演奏で、<史上最高のライブバンド>の片鱗を世界に示してくれるだろう。

 以前から池澤夏樹が気になっていた。絶大なる影響を受けた福永武彦の息子だからである。両親の離婚もあり、池澤が実父の存在を知ったのは高校生の頃だった。偉大な父の影は池澤を覆い、「小説を書いてみて、父との才能の差に愕然とした」(要旨)と、「100年インタビュー」(NHK-hi)で語っている。

 池澤は「世界文学全集」(河出書房新社)の責任編集者で、優れた書評家、翻訳者でもある。遅ればせながら、世界で屈指の読み手が書く小説に挑むことにした。600㌻を超える長編「マシアス・ギリの失脚」(新潮文庫)を読み進むうち、父福永とは遠近法が異なることに気付く。

 福永は深淵、絶望、原罪、愛するがゆえの孤独をテーマに、読む者の魂を揺さぶる作家だった。俺もまた「草の花」に慟哭して文学の扉を叩いたひとりである。濃密で鮮やかな表現を駆使する父とは対照的に、構造(世界の仕組み)を把握した池澤は、怜悧な俯瞰の目で物語を組み立てる。

 本作に南米文学、とりわけ「予告された殺人の記録」(ガルシア・マルケス)の影響を感じた。宿命的な結末を暗示するタイトル、ジャーナリステックな手法も共通している。

 <ここ(メルチョール島)にあるのは解釈の地平を遥かに超えた聖性であり、個人の頭脳の解釈力を超越した共同体の束ねられた意志である>

 舞台であるナビダードは、かつて日本の植民地化だった南洋の小さな島国だ。言葉を超えた畏怖の念が根付いているが、マシアス・ギリ大統領は因習や伝統の継承者ではない。進駐した日本軍将校と親しくなった少年マシアスは戦後、日本に留学する。商売の基本を学んで帰国するや、日本で培った人脈を利用して財を築き、近代的価値観の体現者となる。

 食生活や感受性、死生観まで日本人に近いマシアスを不安に陥れる事件が相次いだ。旧日本兵からなる慰霊団を迎える式典で日の丸が炎上し、日本の強権支配の象徴だった鳥居が倒される。そして、慰霊団一行を乗せたバスが忽然と消えた。失踪したバスのその後は、物語の底流を成すファンタジーになる。

 マシアスの話し相手である亡霊、男女問わずマシアスを庇護する者たち、巫女エメリアナ、ナビダードに滞在するゲイの白人カップル、芸術や酒を巡る薀蓄、織り込まれた〝史実の数々〟……。本作には個性的な登場人物と様々な仕掛けが用意されている。世界を放浪した作者は、〝外から目線〟で日本を抉っていた。
  
 <移動と運搬は経路の一方の側に富をもたらし、他方の側を貧しくする。価値は一方向に流れるのだ>

 16年前に書かれた本作には、世界の調和を乱すグローバリズム、権力者を潤すODA、投下した資本が先進国に還流するシステムへの疑義が呈されている。自然破壊に繋がる石油備蓄基地計画(実は自衛隊の秘密基地?)のくだりは、普天間と辺野古をめぐる現在の日米の駆け引きを予言したかのようだ。<支配する者―隷属に安住する者>としてのナビダードと日本の関係は、そのまま日米の構図に置き換えてもいい。

 「マシアス・ギリの失脚」は巨視と先見性に基づく精緻な設計図によって構成され、文学の可能性を提示した作品だった。今後も長編を中心に、父福永と別ベクトルの池澤ワールドに浸ることにする。

 最後に、阪神ジュベナイルフィリーズの予想、いや、願望を。馬券を離れ、POG指名馬⑯シンメイフジを応援する。池澤の父にちなみ、福永祐一が駆る①メイショウデイムと⑯との馬連、ワイドだけ購入するつもりだ。池澤同様、偉大な父(洋一)の背中を追う道を選んだ福永には、阪神JFはともかく、有馬記念での好騎乗(セイウンワンダー)を期待している。



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2 コメント

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福永武彦 (かれん)
2009-12-13 22:02:34
福永武彦、懐かしい名前です。

学生時代気に入りの作家で、草の花、廃市、愛の試みなど色々読みました。
非常に繊細で美しい文章を書く作家という印象でした。

池澤氏は名前は存じ上げていますが、残念ながらまだ作品を読んだことはないので、機会があれば手に取ってみようと思います。
父と息子 (酔生夢死浪人)
2009-12-14 00:23:43
 文中にも書きましたが、池澤夏樹は福永武彦と全く違います。クールで少し実験的。世界の文学を熟知していることが読み取れます。

 と偉そうに書きましたが、読んだのは1作だけです。長編を中心に少しずつ読んでいくつもり。福永も再読したいのですが、当時の文庫本は字が小さくて……。

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