酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「蝶の舌」~いまだ癒えない内戦の傷

2008-01-31 00:10:31 | 映画、ドラマ
 岡田ジャパンがボスニア・ヘルツェゴビナに3対0で快勝した。W杯3次予選に向けて調整は順調のようだが、FWの得点欠乏症は解消されていない。

 欧州サッカーも佳境を迎えつつある。躍動感に満ちたプレミアも捨て難いが、<想像と創造>で抜きん出ているのがリーガ・エスパニョーラだ。メッシら神の子たちのプレーは、スペイン史の闇を映し絵に輝きを増している。

 スペインは州ごとに成り立ちが異なり、公用語も5種類だ。バスクは分離独立を志向し、アンダルシアにはイスラムとロマの薫りが漂っている。内戦における<ファシズム―自由>の構図はフランコの死(75年)まで維持され、マドリードとカタロニアの対抗意識は極めて強い。

 スペイン内戦を扱った映画を思いつくまま挙げてみる。終結20年後を描いた「日曜日には鼠を殺せ」、共産党の裏切りを抉った「自由の大地」、女性の視点で捉えた「リベルタリアス」、ロルカの死の謎を追った「ロルカ、暗殺の丘」……。意外に少ない気もするが、白眉といえるのは「蝶の舌」(99年、ホセ・ルイス・グエルタ)だ。

 喘息の持病を抱えるモンチョは、他の子供より少し遅れて小学校に入学する。担任は高潔で自主性を重んじるグレゴリオ先生だった。好奇心の強いモンチョがぶつける様々な問いに、先生は含蓄ある言葉で答えてくれる。生徒たちは先生に引率され、ガリシアの美しい自然に親しむようになる。作品を包む神秘的なイメージの核になっているのは、タイトルにもなった<蝶の舌>と、愛する牝に蘭の花を贈る<ティロノリンコ>という鳥だ。

 織り込まれたエピソードで印象的なのは、モンチョの兄アンドレスの恋だった。ブルー・オーケストラの一員となったアンドレスは、演奏旅行で薄幸の中国人女性と出会う。サックスに託した思いは伝わったが、壁を破ることはできなかった。スペインといえばフラメンコを連想するが、ブルー・オーケストラが奏でる音は、ジャズとマンボが混ざり合っており、ロマの影響は感じなかった。

 グレゴリオ先生は退任のあいさつで「狼はきっと羊を仕留めるでしょう」と王党派の勝利を暗示しつつ、自由の尊厳を高らかに謳った。内戦が勃発するや共和派の摘発が始まり、先生も威厳を保ったまま連行されていく。共和派の父を守るため、モンチョも王党派を装わざるをえない。罵声を浴びせた後、モンチョが絶叫した秘密の言葉は、果たして先生の耳に届いたのだろうか。抑制の効いた水彩画の世界は、余韻が去らぬ悲痛なラストで幕を閉じた。

 内戦の死者は70万という。その多くが思想を懸けた接近戦や処刑によるものだけに、後世に残した傷も深い。サッカーという罪作りなゲームは、時にガーゼを剥がしてしまう。むき出しになったかさぶたには、いまだ血が滲んでいる。


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2 コメント

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スペインは。。 (さくらみるく)
2008-01-31 08:23:27
蝶の舌は、ケーブルテレビで見損ねて、気になっていた映画です。

教えてもらえて、嬉しかったです。

スペインは、無条件に惹かれる魅力的な国ですが
それは、多様な文化や人々の生き様が、万華鏡のように織り成されて生まれているものなのかもしれませんね。

文化を知ればその国がわかると言いますが
スペインの苦悩の深さは、どこまでも想像を絶して深い。。

フラメンコで目指す良い足うちの音は、「黒い音」と表現されます。
「スペインの黒い太陽」というような表現も
よく聞きます。

日本人には到底理解の及ばないこの表現には
心底、圧倒されて、いつも言葉を失うのです。

農耕民族で、穏やかに生まれついて
しかも、戦争を知らない平和ボケした現代の日本で

本国を上回る教室数を持つようになるほどの、このフラメンコ人気の秘密は、いったいどこにあるのでしょう。
それが、とても不思議なのです。。
フラメンコ人気の理由 (酔生夢死浪人)
2008-01-31 17:37:15
 スペイン好きは多いですが、内戦について何も知らないで訪ねるなんて、礼を失していると思います。

 さて、日本人がフラメンコを好きな理由。ロマの情念と日本的メンタリティーについて、当ブログで2度記したことがあります。

 <「ベンゴ」の彼方に見えるもの>(05年7月9日)と、<極私的ミューズ論>(06年7月1日)で、ロマと演歌に通底するエキゾチズムを手前勝手に解釈しています。参考になるでしょうか。

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