酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「クラウド 増殖する悪意」~森達也の十進法的発想

2014-03-06 23:07:03 | 読書
 TBやコメントを頻繁に寄せて下さるBLOG BLUESさんは自身のブログで、辛淑玉さんの宇都宮候補応援演説を紹介していた。Youtubeの映像に触れて感銘を受けたが、コメントの数々に愕然とする。のりこえねっと(ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク)の発起人である辛さんへの悪意が溢れていたからだ。

 異質なものと調和し、対立を超越するのが日本人の特質……。俺は当ブログで繰り返しこう記してきたが、反証があまりに多過ぎる。辛さんを敵視する人たちの目に、参院予算委員会(3日)で村山談話の認識継承を表明した安倍首相は〝裏切り者〟と映っているだろう。

 俺を勇気づけてくれたのは、松本サリン事件で犯人扱いされた河野義行さんだ。悪意に満ちた手紙や電話に苦しんだ経験を踏まえ、河野さんはのりこえねっと共同代表のひとりとして、ヘイトスピーチ側との話し合いを望んでいる。理解し合えると信じているからだ。イラク人質事件の当事者で小泉首相(当時)ら閣僚から〝自己責任〟を突き付けられた今井紀明さんはこの10年、悪意の手紙を送ってきた人たちと話す機会を持ってきた。和解に至ったケースもあったという。

 前置きは長くなったが、本題とリンクしている。森達也の最新刊「クラウド 増殖する悪意」(dZERO刊)を読了した。メディアに発表した論考を加筆、修正し、書き下ろしを加え再構成した作品だ。森については何度も紹介してきたし、重複する点も多いので、ファジーに紹介することにする。

 森は俺と同じ1956年生まれで、全共闘世代の一つ下の<迷える世代>だ。親近感を覚えるのは、正しさを振りかざして他者を責めるなんて性に合わない点だ。マイケル・ムーアについて、支持するが嫌いと記しているのが森らしい。敵と味方を峻別する〝ブッシュ=小泉的二元論〟に方法論が重なるムーアに、森は距離を置いてしまうのだ。

 上記と矛盾するようだが、森は立脚点を明確にすることがすべての出発点と主張し、権力をチェックしない日本のメディアを批判してきた。<主観があるから表現が生まれる。主観とは傾きで、そこ(私の映画や論考)に公正中立の概念が入り込む余地がない>と本作で示した持論に至る過程で、森は苦闘したに違いない。

 「死刑」(08年)について別稿に記したが、本作でもページを割いている。森は死刑について日本と立ち位置が真逆のノルウェーを訪れたが、その翌年(11年)、労働党関係者77人が殺害される未曽有のテロ事件が発生した。社会は「愛と知恵」をキーワードに冷静に対応する。ノルウェーはEC非加盟国だから死刑復活も選択肢のはずだが、厳罰を求める声は右派政党からも上がらなかった。

 日本ではオウムの一連の事件をきっかけに<自己防衛意識の昂揚と厳罰化>が大きな潮流になった。そして、俗情の結託というべきか、犯罪が起きた時、被害者家族の感情をメディアが報じ、<厳罰>が暗黙の了解になる。こと死刑問題に限らず、異論を唱える少数派はバッシングに曝されるケースが多い。

 安倍政権をファッショ政権と定義し、ナチスと重ねる論調も目立つが、森は右傾化ではなく集団化と捉えている。異物をチェックし、敵を見つける……。その過程で形成された集団への帰属意識の上に成立するのが安倍政権と見做しているのだ。

 職場や地域でも不条理は夥しいが、沈黙と自己規制が社会の主音になっている。そういう状況で、政治を変えることは可能だろうか。森は「虚実亭日乗」で、<日本人は場に従う。共同体内部における同調圧力に逆らえない。日本における「空気を読む」は、「読む」だけでなく「染まる」こと>と記していた。

 レベルの差は大きいが、発想が十進法的である点で、俺と森は似ている。悪意と憎しみを増殖させる二元論が蔓延したのは、パソコンとインターネットの影響も大きかったと思う。パソコンは二進法で動いているし、世界を広げるはずだったインターネットは今やタコツボで共感するためのツールになっている。今こそ求められているのは、幾つもの選択肢に迷いながら方向を決める、まどろっこしい十進法的発想ではないか。
コメント (4)
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