酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「銀座カンカン娘」に見る映画黄金期の楽しみ方

2008-10-14 05:36:15 | 映画、ドラマ
 「おくりびと」で主人公(大悟=本木雅弘)の父を演じた峰岸徹さんが亡くなった。登場シーンは少なかったが、観客の涙腺を決壊させるエピソードに関わる重要な役柄だった。

 三浦和義氏が自らの生涯に幕を下ろした。メディアの端っこに潜り込んだ時、三浦氏は国民的ヒールとして耳目を集めていた。その存在感でスポーツ紙の社会面は見開きになり、ワイドショーは肥大化する。三浦氏の“罪と罰”を問う資格は俺にはない。峰岸さんと合わせて冥福を祈りたい。

 さて、本題。日本映画専門チャンネルは新東宝創立60周年を記念し、名作15本をオンエアする。白眉というべきは映画史に燦然と輝く「西鶴一代女」(52年、溝口健二)だ。

 録画した「銀座カンカン娘」(49年、島耕二)と「小原庄助さん」(同、清水宏)を続けて見た。ともに肩の凝らないエンターテインメントで、仕事で疲れた頭と心を癒やしてくれた。

 ♪あの娘可愛いや カンカン娘 赤いブラウス サンダルはいて 誰を待つやら 銀座の街角 時計ながめて にやにやそわそわ これが銀座のカンカン娘……

 映画のために書き下ろされた佐伯孝夫作詞、服部良一作曲のタイトル曲は、高峰秀子が歌って大ヒットする。高峰をはじめ、ブギウギで一世を風靡した笠置シズ子、人気歌手の灰田勝彦を配した歌謡映画だが、嬉しかったのは古今亭志ん生の出演だ。

 引退した落語家新笑を演じる志ん生は、台詞もバッチリ決めて作品に溶け込んでいる。恋あり、歌あり、喧嘩あり、笑いありの70分で、貧しい食卓や芸術論など、当時の世相も窺える。志ん生が「替わり目」を披露するラストは、落語ファンにとって垂涎物の映像だ。

 映画が一番の娯楽だった時代、おじいちゃんと孫、若いカップル、夕飯後の家族がスクリーンを眺め、ひとときの幸せを味わっていたに違いない。テーマ曲を口ずさみつつ、映画館を出て来る観客たちの笑顔が目に浮かぶようだ。

 「小原庄助さん」は人生の哀歓を感じさせる作品だった。朝寝、朝酒、朝湯を楽しむ杉本左平太(大河内傳次郎)は、村人から「小原庄助さん」と呼ばれている。頼まれたら嫌と言えず、借金してまで周囲に便宜を図るうちに身代は傾き、田畑と屋敷を手放す羽目になった。

 こういう生き方もありかな……が最初の感想だったが、ひねくれ者ゆえ制作側の意図を深読みしてしまった。本作が公開された49年、農地改革により日本全国で地主や名家が土地を奪われていた。左平太の没落と再出発は、当時の観客の目にどう映ったのか興味がある。

 新東宝は61年に倒産するが、俺に馴染みがあるのは名前だけ引き継いだ“新”新東宝の方だ。ピンク映画専門の制作会社として、高橋伴明、井筒和幸、滝田洋二郎、大杉蓮らを送り出している。70~80年代のピンク映画は修業の場でもあったが、最近はどうなのだろう。


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