今日(4月4日)は「オカマの日」。最近、テレビを見ていて驚くことがある。ゲイらしきタレントが実に多いのだ。日本のテレビ局は世界で一番、同性愛に寛容だと思う。美輪明宏、カルーセル麻紀、ピーター、美川憲一らは、60年代から今日までブラウン管を賑わせている。文化的な土壌ゆえかもしれない。歌舞伎の女形や宝塚の男役は、ファンにとって憧れの存在なのだ。
欧米では事情が異なる。痛みを伴う「カミングアウト」が求められるのだ。トム・ロビンソンが“Glad to be gay”を発表し、偏見の強い英国民に衝撃を与えたのは、パンク隆盛の1978年だった。
同年11月、サンフランシスコでハーヴェイ・ミルクが暗殺される。享年48歳だった。その生き様を記録したドキュメンタリーをスカパーで見た。冒頭、ハーヴェイが生前に残した遺書が紹介される。「私が殺された時、これを公開してほしい。私のように目立つゲイの活動家は、臆病な人間にとって格好のターゲットである」。ハーヴェイは死を覚悟していたのだ。
シスコに居を移すや、ハーヴェイは地域の活動に積極的に携わり、執行委員に当選する。「ホモに投票するなんて組合も落ちたもの」と感じていた労働者も、環境問題、老人福祉、障害者やマイノリティーの権利拡大に取り組むハーヴェイを、全面的に支持するようになる。
当時、アメリカの多くの州で、<同性愛者もしくは、彼らを支持する教師を学校から追放する>という法案が、住民投票によって採択されていた。カリフォルニアが天王山となるが、60%の反対票を獲得して人権派が勝利する。運動の先頭に立っていたハーヴェイだが、些細な政争が原因で、市長とともに暗殺された。広範な層の市民が死を悼んだが、裁判は意外な展開を見せた。マイノリティーや同性愛者が陪審員に選ばれなかったためか、4年以上の懲役とはいえ、早期の釈放を織り込んだ判決が下されたのである。
中国系アメリカ人は「中流以上の白人なら、殺人を犯しても罪にならない」と失望を隠さなかった。ハーヴェイ支持の労働者は「市長だけを殺したのなら、一生を刑務所で過ごしただろう」と、ゲイ活動家を同時に殺したことで罪が軽くなる現実を憂いていた。事実、暗殺犯は5年半で釈放されたが、映画完成後の85年に自ら命を絶った。
昨年11月、大統領選挙と同時に行われた住民投票で、同性婚を禁止する修正法案が多くの州で採択された。キリスト教原理主義の台頭による保守化の流れである。シスコの裁判所は先月、州法を違憲とし、同性婚を認める判決を下した。ハーヴェイのお膝元だけのことはある。だが、同性愛者のみならず、少数派、弱者の権利が制限される傾向にあるのが、アメリカの現状といえる。
俺は「モテない女好き」であるが、学生時代に部屋を訪ねた友人は、奇妙に感じたかもしれぬ。壁に留めてあるポスターはアルゲリョなど名ボクサー、デヴィッド・ボウイやジム・モリソンといったロックスターと、全員が男だった。女性タレントには全く興味がなく、「遠くの美人より近くの……」を実践し、痛い目に遭っていただけである。「女は知性と感性で男を選ばぬ」とか、「女はサルだ」とか、「女と優しさは反語である」とか暴言を繰り返したこともマイナスに作用した。男からは「女嫌いなゲイ」と誤解されるわ、女からは「がさつなアンチフェミニスト」と見做されるわ、いいことなしである。
さて、本題に。先見性と高邁さゆえ、命を奪われるケースがアメリカには多過ぎる。ハーヴェイだけでなく、ケネディ兄弟、キング牧師、ジョン・レノンが犠牲になった。「暴力の風土」に歯止めを掛けるために銃規制が必要というのは、「世界の常識」ではあるが、残念なことに「アメリカの非常識」なのだ。