弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

原発事故民事訴訟で東電と国の責任を認める判決

2017-03-20 18:19:46 | 歴史・社会
原発事故「防げた」 津波予見可能と認定 国・東電に賠償命令 前橋地裁 避難者集団訴訟
朝日新聞 2017年3月18日05時00分
『東京電力福島第一原発事故で群馬県内に避難した住民ら45世帯137人が、国と東電に総額約15億円の損害賠償を求めた集団訴訟の判決が17日、前橋地裁であった。原道子裁判長は、国と東電はともに津波を予見できたと指摘。事故は防げたのに対策を怠ったと認め、62人に計3855万円を支払うよう命じた。』
『判決は、政府が2002年7月に策定した長期評価で、三陸沖北部から房総沖でマグニチュード8級の津波地震が起きる発生確率を「30年以内に20%程度」と推定した点を重視。この発表から数ヶ月後には、東電は大きな津波が来ることを予見できたと述べた。
東電が長期評価に基づいて08年5月ごろ、福島第一原発に15.7mの津波が来ることを試算していたことも指摘。この時点で「東電が実際に津波を予見していた」と判断した。実際に襲った津波は15.5mだった。
判決は、東電が非常用発電機を高台に設置するなどしていれば事故は防げたのに、対策を怠ったと指摘。』

このブログでも、原発事故直後からの経過、複数の事故調査報告(政府事故調、民間事故調、国会事故調、東電調査報告)をそれぞれの時点で検証してきました。xls-hashimotoさんがまとめてくださっています。その中から、今回の民事訴訟に関連する箇所について、振り返ってみることにします。

--政府事故調(中間報告)-------------------------
原発事故政府事故調中間報告~津波予防対策 2012-01-02
『昨年(2011年)10月17日にこのブログの「震災前に東電が行った津波試算の経緯」で紹介したように、2002年に国の地震調査研究推進本部が「東北から房総にかけての日本海溝沿いなら、どこでもM8級の地震が起きる」と報告しており、この報告をもとに2008年に東電が試算した結果として、福島県沖で房総沖津波(1677年)と同じものが発生したと仮定した場合、福島第一原発は最大13.6メートル、福島第二は14.0メートルの津波に襲われるとの結果が得られていたことがわかっています。』
『今(2012)から9年ほど前に「推本」から示された見解に基づくと、「500~1000年に1回発生する津波は、福島第一で10~15mの高さに達する可能性がある」という推定がなされました。
東電としても、この推定を無視したわけではありません。土木学会に相談し、土木学会は平成24年10月に結論を出すことになっていたのです。
しかし、千年に一回の津波は、この1年を待ってはくれませんでした。

確かに、福島第一原発の海岸を15mの防波堤で防御するなどは非現実的です。また、平成20年にそのような方針を決定したとしても、平成23年3月には完成していなかったことでしょう。
しかし、対策というのは、「完璧な対策を講じるか、しからざれば何もしないか」ということではないはずです。
「津波が原発を襲い、建屋の1、2階部分が浸水することはやむを得ない。それでも原子炉が炉心溶融に至らないように、最低限の対策を講じておこう」という発想があっても良いはずです。そのような発想に立てば、
「最低限、1号機の非常用復水器などの機能に不可欠である直流電源のバッテリーについては、地下の配置ではまずいので2階以上に移動しよう」
「直流電源が失われると、非常用復水器はフェールセーフ機能によって停止してしまう。それではまずいので、計装シーケンスを変更しよう。」
「2~6号機の隔離時冷却系は、ほんの1日以内の冷却能力しかない。それ以降については消防車で海水を注入する手段しかとれない。消防車による海水注入の手立てを事前検討しておくとともに、海水注入のためには蒸気逃がし安全弁を開放するための120Vバッテリーを常備しておく必要がある」
といった対策が思いつくはずです。そしてこの程度の対策であれば、15mの防波堤と対比したらきわめて安価でかつ短時間で対応可能であることが明らかです。

従来の原発業界において、「平成14年推本の見解」に対して真摯に恐れを抱き、完璧ではなくても最低限の対応を講じるような柔軟な発想ができる体質があってくれたら、今回の津波においても最悪の事態は防止することができたことでしょう。残念なことです。』
『また、平成20年当時に東電の中で津波対策の責任部門を担っていた人たちが、当時の武藤副本部長、吉田部長でした。その人たちが、平成23年3月の津波来襲時に、武藤副社長、吉田発電所長としてまさに現場の責任者として対応することになったのでした。』
--以上--------------------------------
--国会事故調-----------------------------
震災前の原発事故防止対策~国会事故調報告書 2012-07-22
『---国会事故調報告書目次などから---
第1部 事故は防げなかったのか?……57
1. 2 認識していながら対策を怠った津波リスク ・・・・・・82
1. 2. 1 津波想定と被害予測の変遷 ・・・・・・・・・・・・82
2) 地震調査研究推進本部の長期評価以降 ・・・・・・・・・・85
 e 地震本部の長期評価:平成4(2002)年7月
 f 溢水勉強会:平成18(2006)年5月
 g 耐震設計審査指針の改定:平成18(2006)年9月(3回目の津波想定見直し)
 h 貞観津波考慮の指摘:平成21(2009)年6月
---以上---

上記のうち、e、hについては政府事故調中間報告でも取り上げられています。

f の溢水勉強会に関しては、政府事故調報告書では報告されていないようです。
溢水勉強会は、スマトラ沖津波(平成16(2004)年)や宮城県沖の地震(平成17(2005)年8月)を受けて、想定を超える事象も一定の確率で発生するとの問題意識を持ち、保安院と独立行政法人原子力安全基盤機構(JNES)が平成18(2006)年1月に設置した勉強会だ、と記載されています。
この勉強会で、O.P+10mの津波が到来した場合、建屋への浸水で電源機能を失い、非常用ディーゼル発電機、外部交流電源、直流電源全てが使えなくなって全電源喪失に至る可能性があることが示され、それらの情報が、この時点で東電と保安院で共有されました。(85ページ)
溢水勉強会の結果を踏まえ、平成18(2006)8月の検討会において、保安院の担当者は、「海水ポンプへの影響では、ハザード確率≒炉心損傷確率」と発言しています。報告書は注釈で「津波の発生確率が炉心損傷の確率にほとんど等しいということは、(海水ポンプを止めるような)津波が来ればほぼ100%炉心損傷(炉心溶融を含む)に至るという意味であろう」と注釈しています。

また、e 地震本部の長期評価では、推本の長期評価の中で「福島第一原発の沖合を含む日本海溝沿いで、M8クラスの津波地震が30年以内に20%程度の確率で発生すると予測した」とあります。推本の評価で地震発生確率がこのように具体的に示されていることは今回初めて知りました。
・・・・・
国会事故調報告書では、政府事故調中間報告にはなかった「溢水勉強会」について詳細に触れました。推本の長期評価と溢水勉強会の結果を重ね合わせれば、福島原発を高い津波が襲う確率が存在し、津波が来ればほぼ100%炉心損傷(炉心溶融を含む)に至ることが、保安院においても認識されていたことが明らかです。
溢水勉強会は保安院が設置した勉強会ですから、ここで得られた結果を規制として反映すべき保安院の責任が明らかです。』
--以上--------------------------------
こうして、2012年1月の政府事故調(中間報告)、2012年7月の国会事故調の報告と、その当時に私が理解した内容は、いずれも、今回の民事訴訟の認定した事実と合致しています。
そして、「東電も国も、福島を襲う津波についてここまで予測していたのなら、たとえ津波が来襲しても、少なくとも炉心溶融には至らないだけの対策を取っておいて欲しかった、という点に関しても、私の当時の感想と今回の判決とは同一の方向です。

今回の判決に対する評論の中には、判決を不当とする評論も見られますが、私は、上記のように、決して不当とは思いません。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« PKOで自衛隊に死傷者が出... | トップ | 何で今“教育勅語”? »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

歴史・社会」カテゴリの最新記事