弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

籾井NHK会長の記者会見

2014-01-26 22:27:21 | 歴史・社会
籾井勝人(もみいかつと)NHK会長の25日就任会見の全容を、テレビで直接見ました。ネットニュースでの情報にもこりゃなんだと思っていたのですが、テレビで見た直接映像はもっと驚くべきものでした。

籾井さんは、公人と私人の区別がつかない人ですね。NHK会長としての会見なのに、個人的見解のオンパレードです。公人にもいろいろある中で、公共放送のトップであるにかかわらずです。
公人としては、さかんと「放送法を遵守しさえすればいい」と発言していました。法律の条文だけ墨守していて会長が務まるはずがありません。何か考え違いをしているようです。

個人的見解の発露であるにしても、とても公共の場での発言とは思えません。あたかも、居酒屋で仲間と話している会話を聞かされているような錯覚に陥りました。

これが籾井さんのキャラクターなのだとしたら、籾井さんを責めるよりも、何でこんな人を任命したのか、そちらこそが問題です。
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和田堀給水所

2014-01-22 23:25:00 | 杉並世田谷散歩
京王線の代田橋と明大前の間で、南側の車窓から和田堀給水所を見ることができます。いかにも古そうなコンクリート製の円筒形タンクと、四周を土手で囲まれた四角形の貯水槽らしき盛り上がりです。コンクリート円筒形タンクの中心とおぼしきところには、明治調の角塔が建っています。また四角形の貯水槽の土手の上には、ギリシャ神殿を思わせるような不思議な建物が建っています。

この和田堀給水所の構内でなにやら工事が始まっています。どうも貯水槽を撤去するらしき様相です。
そこで、散歩がてら和田堀給水所に出かけていきました。

柵に掲げられた掲示板を見ると、やはり新しい建造物が建つ模様です。「給水所」とあり、用途は給水所のままでリプレースするということでしょうか。鉄筋3階建てで、完成が平成34年とはまたずいぶん先です。

そこで、今までの由緒ありげな貯水槽が撤去される前に記念写真を撮っておくこととしました。

まずはコンクリート製円筒形タンクです。

ちょっと高いところから全景を取ったのが上の写真です。さらに上から撮ると、下の写真のように、たしかに天井を有するタンクであることがわかります。角塔はタンクの中心に配置されています。


次に四角形の貯水槽です。

四角く囲まれた土手のうち、南北の土手の中央頂上に、不思議なギリシャ風建物が建っています。上と左下は南側土手、右下は北側土手の建物です。
 

給水所に隣接する西側には、以前は何やら会館らしき建物がありました。ところが今回行ってみたら、私が知っている会館は跡形もなく、その代わりに巨大なテント倉庫が出現していました。下の写真です。標識には「東京都水道局大原緊急資材置場」とありました。



さて、和田堀給水所で一体何が起ころうとしているのか、ネット検索して以下のサイトを見つけました。
和田堀給水所 最後の見学会
昨年10月5日に和田堀給水所の最後の見学会があり、それに参加された方の記録です。

和田堀給水所 (2013年10月)
こちらのサイトにも詳しい記録があります。

土木学会附属土木図書館の土木建築工事画報の、1931年4月号には、1号配水池に関する記録(東京市水道局和田堀浄水池工事)が掲載されています。

ところで、北西は吉祥寺、南東は渋谷に至るまで、井の頭通りという道路があります。吉祥寺から明大前付近までは見事な一直線なのですが、明大前を過ぎたところで突然細いくねくね道になり、またその先は見事な直線となって原宿当たりまで続きます。くねくね道において、井の頭通りは文字通り分断されています。そのくねくね道のど真ん中が、今回の和田堀給水所です。
もともと井の頭通りは、水道管が設置された土地をそのまま道路にした「水道道路」としてスタートしました。だから、給水所から北西方向、南東方向に向かう水道管が設置された直線部分はまさに直線であり、中心となる給水所で両方の道路は分断されるのです。
この分断はとても不便です。今回、せっかく和田堀給水所をリプレースするのであれば、井の頭通りの分断を解消してくれたらいいのに、と思いました。
調べてみると、北沢総合支所街づくり課が発行している「和田堀給水所 街づくり誘導指針」の2ページに、井の頭通りの計画が記述されていました。2ページ最後の地図に「放射23号」という記述があります。現在和田堀給水所で分断されている井の頭通りは、将来、和田堀給水所の南端をかすめる新道の建設により、つながる計画になっているのですね。
しかしこの計画では、和田堀給水所に隣接する部分については現在の和田堀給水所敷地が供されますが、それ以外は現在住宅地になっている場所を買い上げて道路用地にするのですね。井の頭通りの環七交差点から和田堀給水所に至る部分は、航空写真で見ると大部分が更地になっており、買収は進んでいるようです。しかし、和田堀給水所の西端から甲州街道の松原交差点付近までについては、航空写真で見ても実際に歩いても、現在は道路予定地の建物が撤去されているような気配は全く感じません。
さて、いつ頃この道路は完成するのでしょうか。

ps 2014.10.19.「和田堀給水所(2)」を記事にしました。

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大川小検証委が最終報告案

2014-01-19 22:56:07 | 歴史・社会
「意思決定遅れ原因」=津波で児童ら84人死亡―大川小検証委が最終報告案・宮城
時事通信 1月19日(日)20時17分配信
『東日本大震災の津波で児童・教職員84人が犠牲になった宮城県石巻市立大川小学校の事故検証委員会(委員長、室崎益輝関西学院大教授)は19日、避難開始の意思決定の遅れと、避難先として河川に近い堤防を選択したことが多数の犠牲が出た直接的な原因とする最終報告書案をまとめた。
同日の議論を踏まえ、2月末までに遺族と石巻市双方に最終報告書を提出する予定だが、遺族は「責任の所在が不明確」などと反発している。』

このニュースだけ読むと、「人をバカにするのもいい加減にしてくれ」と言いたくなります。
大川小の惨事が、避難開始の意思決定の遅れと、避難先として河川に近い堤防を選択したことが多数の犠牲が出た直接的な原因であることは、事故直後から誰の目にも明らかでした。遺族の方々が知りたいのは、“なぜ意志決定が遅れたのか、なぜ不適切な避難先を選んでしまったのか”という点であるはずです。今回の最終報告書は、問題の本質にどの程度切り込んでいるのでしょうか。

犠牲になった大川小の子どもたちのことを考えると、それだけで胸が痛くなります。現場で意志決定を任されていた大人たち(その多くはあのとき亡くなっているでしょうが)も、“あのときああしていれば良かった”と痛恨の思いでいるはずです。
学校の現場で、たまたま津波来襲時に責任者の立場にいた大人が、常に最適な判断をすることのできる知識と機転を持ち合わせていると期待することはどだい無理です。それを思うと、ますますやるせなくなります。
そのためか、私もこの問題については深く突っ込んではきませんでした。今後もあまり立ち入ることはないでしょう。
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姫野カオルコさんは親指シフトユーザー

2014-01-17 19:53:28 | 趣味・読書
姫野カオルコさん、直木賞受賞、おめでとうございます。

私がなぜ姫野さんを知っているかというと、姫野さんと私は、同じ親指シフトユーザーだからです。
私が、キーボード日本語入力方式として親指シフトを使っていることについては、繰り返し述べてきました。例えば「親指シフトが読売ウィークリーに

今は活動を事実上休止ししていますが、親指シフト・キーボードを普及させる会という活動があります。
賛同者のページを見ていただくと、作家の欄に姫野カオルコさんのお名前が挙がっており、協賛者の末席に私が名前を連ねていたりします。

姫野さんはこの会のページの中で、有識者の意見としてご提案をされているのです。
親指シフト入力がいかに優れているかを説明した後に、親指シフトを普及させるための提案をされています。
『いかに「親指シフトキーボード」が優れていようとも、普及させる云々の前に、「ともかくも〃親指シフト〃ということばをしらしめる」必要があるのではないでしょうか。
そのために、これからもいくつかの試みを提案してゆくつもりではありますが、まずは以下の提案をいたします。

自著本のプロフィールには、ひとこと「親指シフトユーザー」と加えて!』

私の手元にある姫野さんの著書の扉を紐解いてみました。以下の2冊です。

受難 (文春文庫)


みんな、どうして結婚してゆくのだろう (集英社文庫)


いずれも、「親指シフトユーザー」の文字が明らかです。

ウィキペディアによると姫野さんの著作は、「1997年、『受難』が第117回直木賞候補、2003年、『ツ、イ、ラ、ク』が第130回直木賞候補、2006年、『ハルカ・エイティ』が第134回直木賞候補、2010年、『リアル・シンデレラ』が第143回直木賞候補、2014年1月、『昭和の犬』で第150回直木賞を受賞した。」とあり、直木賞ノミネートの常連さんだったのですね。今回5度目の正直で受賞、おめでとうございます。

ps 姫野カオルコさん「親指シフトキーボードに支えられ」 直木賞受賞会見[掲載]2014年01月17日
というサイトを見つけました。
『道具としては、親指シフトキーボード。心の中で思ったことを、そのまま日本語のリズムを壊さないようにつづってくれる。助かっています。』
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パソコンネットワークトラブル

2014-01-16 21:02:03 | サイエンス・パソコン
事務所では、2台のパソコンをLANに接続して仕事を行っています。1台のパソコンは私の執務机に配置し、このパソコンで明細書作成を行います。できあがったらHTML変換までをこのパソコンで行います。
2台目のパソコンにインターネット出願ソフトを入れており、1台目のパソコンに格納された出願データを読み取って出願データとして完成し、特許庁に電子手続きを行います。

1台目、2台目ともにWindows7マシンです。
ある日突然、2台目のパソコンから1台目のパソコンのファイルを閲覧しようとしたところ、見たことのないエラーメッセージが表示されました。
「(1台目のパソコン)にアクセスできません。名前のスペルを確認しても問題がない場合は、ネットワークに問題がある可能性があります。」
どうあがいてもだめです。
当面はしょうがないので、同じLANに接続しているNASにデータを仮置きし、2台目のパソコンからNASに読みに行くこととして対応しました。

その後、インターネット上にこの問題の解決方法が掲載されているのではないかと検索してみました。しかし、どのサイトに行っても、問題は未解決のまま、という事例ばかりでした。
ひとつ、「ノートンをアンインストールしたら解決した」といったような書き込みがありました。

私はウィルス対策ソフトとしてウイルスバスターを使っています。ただし、1台目のパソコンについては今年秋にWindowsXPマシンからWindows7マシンにリプレースし、そのとき7マシンにはノートンの90日版がインストールされていたので、データ移管中ということもあって7マシンはノートンを使い続けていました。その90日が経過したので、7マシンについてもノートンをアンインストールしてウイルスバスターに切り替えました。
そしてそのとき、ノートンが原因だとしたら問題は解決しているかもしれないと期待し、2台目パソコンから1台目パソコンにアクセスしてみました。するとどうでしょう。無事に1台目パソコンを読むことができたのです。問題は解決していました。

ただし、ノートンをアンインストールする直前と直後でチェックしたわけではないので、問題がノートンのせいだったかどうかは不明です。
そもそも、7マシンのスタート直後は問題はなく、ある日突然に問題が発生したのですから、「ノートンだから問題が起きた」というわけでもありません。

とりあえず、何かの役に立つかもしれないので、この情報をアップしておきます。
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インターネット出願でJPEGファイルに[警告]

2014-01-12 18:06:28 | 知的財産権
特許出願の願書に添付する図面として、原則は白黒二値の図のみを用いることができます。例外として、顕微鏡写真などに限って、グレースケールの図を用いることも可能です。イメージデータとして、白黒二値はBMP又はGIF形式、グレースケールはJPEG形式に限定されています。
私は、グレースケールの図面を作成する場合、例えば最初の図面をアドビ・イラストレータで作成した場合、それをイラストレータ上で300DPIのBMPファイル(グレースケール)に変換します。次いでそのBMPファイルをアドビ・フォトショップ(Photoshop)で読み込み、Photoshop上でJPEGファイル(グレースケール)に変換します。このファイルを用いて、インターネット出願ソフトで読み取ることにより、電子出願フォーマットを作成することができます。
私はこの方法で、10年以上にわたって電子出願用の図面を作成してきました。

ところがこの秋、今までと同じようにPhotoshopでJPEGファイル(グレースケール)を作成してインターネット出願ソフトで読み込んだところ、警告が発せられました。
私が作成したJPEGファイルが、特許庁ソフトが認めているJFIF形式ではなく、認められていないExif形式だというのです。警告の上、出願ソフトの上でJFIF形式のJPEGに変換されたようです。
一体何が起こったのでしょう。

電子出願ソフトサポートサイトには、
ホーム>お知らせ> 手続について>イメージ
1.JPEGのイメージについて
『JPEGの標準フォーマット形式であるJFIFのみ対応しています。
Exif形式のJPEGの場合は、インターネット出願ソフトで警告され、JFIF形式のJPEGに変換されます。
(ご質問の多いソフトウェア)
・Adobe Photoshop CS5は、JFIF形式で保存できません。』
という記載がありました。

思い当たる節として、私はこの秋にパソコンをWindowsXPからWindows7に変更しており、その際、Photoshopのバージョンも変更したことです。XPマシンでは、Photoshop7を延々と使い続けてきました。10年以上になると思います。しかし7マシンではこのバージョンは使えないとのアナウンスだったため、最新のPhotoshopCS7をインストールして使い始めていたのです。Photoshopのバージョンの差により、作成されるJPEGの形式が異なった可能性があります。
Photoshop上の設定をあれこれ変更してトライしましたが、どうしても警告が止まりません。私は[警告]と表示された状態で特許庁に手続きすることは極力避けています。何とか出願ソフトに読み込ませる前にJFIF形式のJPEGに変換したいと考えました。

こうなったら、特許庁が認める形式に変換してくれる変換ソフトを探すしかありません。VectorのサイトでBatchGOO!というソフトを見つけました。JPEGだけでも、『JPEG,JPEG(プログレッシブ),JPEG2000(Part1),JPEG2000(Stream)』の4種類に対応しています。残念ながら、「JFIF形式」「Exif形式」という表現は出てきません。従って、JFIF形式で出力したか否かについては、最終的に電子出願ソフトで読み込んでみないとわかりません。
さっそくBatchGOO!を入手してトライしてみました。プレーンJPEG形式で試したところ、無事に出願ソフトは「正常」として受け入れてくれました。

とりあえずこれで問題は解決です。次回からは、アドビイラストレータなどでBMPファイル(グレースケール)を作成した上で、このファイルをBatchGOO!によってJPEGに変換することにより、問題なくグレースケールファイルで特許庁出願ソフトで読み込むことが可能になるでしょう。

しかし、PhotoshopCS6においてExif形式しかサポートしていないということは、世界的にすでにExif形式がデファクトスタンダードになってしまっていると思われます。特許庁も、古き時代の「JPEGの標準フォーマット形式であるJFIF」に固執するのではなく、Exif形式にも対応してほしいものです。
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小澤征爾氏の父、小澤開作

2014-01-09 22:58:45 | Weblog
現在、日経新聞の「私の履歴書」では小澤征爾氏の連載が始まっています。
小澤征爾氏の「征爾」という名前は、板垣征四郎と石原莞爾の二人の名前から一字ずつをもらって名付けられたことが知られています。そのいきさつと、征爾氏の父・小澤開作氏の思い出が、連載の第2回・第3回につづられていました。

征爾氏の父・小澤開作氏は、東京で苦学して歯医者になり長春で開業したが、征爾氏が生まれた1935年には歯医者をやめ、政治活動にのめり込んでいました。
『当時共産革命でできたばかりのソ連の脅威に立ち向かうには、アジアの民族がひとつにならなければならないとの信念から、政治活動にのめり込んだ。』『満州青年連盟長春支部長を務めていた時に関東軍作戦参謀の石原莞爾さんと板垣征四郎さんに目をかけられ、やがて親しく交わる。二人の名前から一字ずつをもらい僕に「征爾」と名付けた。おふくろのさくよによれば、出生の知らせを聞いた時にちょうど二人と一緒にいたらしい。』(以上第2回)

『おやじは官僚政治や権威主義を心底嫌っていた。理念も持たず中国人を蔑視する政治家や軍人が増えると、手厳しく批判した。1940年には言論雑誌「華北評論」を創刊する。「この戦争は負ける。民衆を敵に回して戦えるはずがない」とおおっぴらに主張し、今度は軍部に目を付けられるようになった。
「華北評論」は検閲で真っ黒に塗りつぶされ、何度も発禁処分を受けた。日中戦争を底なしの泥沼と見たおやじはおふくろと僕たち兄弟を日本に帰すことに決める。』
『北京に一人残ったおやじは「華北評論」の刊行を続ける。「小澤公館」の看板を掲げた家には従軍記者の小林秀雄さんや林房雄さんも訪れたらしい。次第に軍の圧力は強まり、43年、おやじは追放されるように日本に帰ってきた。』
『45年8月・・15日、敗戦。玉音放送を家族で聞いた。おやじが僕たち兄弟に言った。
「日本人は日清戦争以来、勝ってばかりで涙を知らない冷酷な国民になってしまった。だから今ここで負けて涙を知るのはいいことなのだ。これからは、お前たちはすきなことをやれ」』(以上第3回)

板垣征四郎や石原莞爾によって満州事変が起こされたのが1931年、盧溝橋事件で日中戦争が勃発したのが1937年、真珠湾攻撃が1941年です。小澤征爾氏が生まれた1935年は、満州国が建国され、日中戦争が勃発する直前でした。

当時日本が唱えていた「五族協和」は、実は中国人らを蔑視するまやかしのかけ声でした。それに対して小澤開作氏は、真の意味でのアジア民族協和を目指していたのでしょう。開作氏の理想主義的な「民族協和」の一点で石原莞爾らと親しく交わり、それが征爾氏の名前となって残りました。しかし満州国の実態は、小澤開作氏の理想とは真反対の方向に向かっていくことになってしまいました。

盧溝橋事件当時、石原莞爾は参謀本部作戦部長であり、日中戦争の拡大に不賛成でした。しかし不拡大方針は容れられず、逆に関東軍作戦参謀に左遷されました。その点でも、小澤開作氏が1940年に「華北評論」を創刊して「この戦争は負ける。民衆を敵に回して戦えるはずがない」と主張したことと符合します。

しかし、日中戦争勃発当時、現地軍が参謀本部作戦部長の方針と反対の戦線拡大方針に邁進できたのも、結局は、満州事変時の石原ら関東軍が日本政府の方針とは反対の事変を勃発させ、それが国民からもてはやされて、石原らが何ら譴責を受けず逆に国民の英雄になったことが原因であると思われます。
石原らの理想が何であれ、政治秩序、法秩序を無視して強硬な政策を実行すれば、結局は日本が無法国家・下克上国家に成り下がる最大の要因となってしまうのです。
その因果応報を、1940年当時の小澤開作氏もきっと実感していたことでしょう。
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弁理士制度見直しについての意見募集

2014-01-06 20:30:01 | 弁理士
特許庁のホームページに
産業構造審議会 知的財産分科会 弁理士制度小委員会 報告書
「弁理士制度の見直しの方向性について」(案)に対する意見募集

が掲載されています。

産業構造審議会知的財産分科会 弁理士制度小委員会報告書
「弁理士制度の見直しの方向性について」(案)

平成25年12月

この中で、「弁理士試験の論文必須科目において、条約に関する問題を出題する必要があるのではないか」との論点に関し、以下のように報告されています。

『第3章 グローバルな強さに貢献するための資質の向上
Ⅰ.弁理士試験の充実
1.検討の背景
2.問題の所在
(2)論文式筆記試験必須科目について
現行の試験制度において、条約は、短答式筆記試験では必須科目とされているが、論文式筆記試験では単独の必須科目とされておらず、特許法等、工業所有権法令の範囲内で出題することとされている。条約に規定された事項のうち弁理士が業務として行う事項については、対応する国内法で担保されている37ことから、この整理には合理性があると考えられるが、他方、経済のグローバル化を受け、弁理士には、より一層、条約に関する知識が求められているとの意見がある。また、PCT に基づく国際出願やマドリッド協定議定書に基づく国際登録出願が増えていることから、論文式試験については条約を単独の試験科目とする必要があるという意見もある。
37 例えば、出題数の多いパリ条約の優先権については特許法第43条に、PCTの国内段階については特許法第184条の3以降に、国際段階については特許協力条約に基づく国際出願等に関する法律にそれぞれ規定されている。』

《パリ条約》
弁理士は、パリ優先権を伴う特許出願の代理(日本特許庁への)を受任することが予定されています。
パリ優先権を伴う特許出願において、パリ優先権の成立要件、優先権の効果などに関する根拠条文はどこにあるでしょうか。日本国特許法には規定されていません。パリ条約の条文そのものです。
パリ優先権の基本的な性格についてはパリ条約4条A項で規定しています。
具体的なパリ優先権の成立要件はパリ4条C項です。4条C(4)のややこしい条文をきちんと理解しておく必要があります。また、優先権の効果はパリ4条B項に規定されています。部分優先権がどのような効果を有するのかについては、パリ4条F項、H項を解釈しなければなりません。
優先権主張の手続きに関し、日本国特許法43条が規定されており、これはパリ4条D(1)項を補足する内容となっています。

以上のとおりですから、弁理士有資格者は、パリ条約の条文とその解釈を十分に理解していない限り、パリ優先権を伴う特許出願の代理をすることは困難です。決して、日本国特許法第43条を知っていれば済むという問題ではありません。

パリ条約の条文が日本国特許法の一部を形成しているといっても良いわけですが、その根拠条文は、
『特許法26条 特許に関し条約に別段の定があるときは、その規定による。』
であるということができるでしょう。

《PCT》
PCT(特許協力条約)はどうでしょうか。
PCT出願の日本国内段階を受任する弁理士は、日本国特許法第184条の3以降を知っていれば十分でしょうか。特許法第184条の3以降の条文を確認すると、PCTの条文がいやというほど参照されています。これらPCTの条文を理解していることを前提に、日本国特許法が形成されているのです。
従って、弁理士有資格者は、PCTの条文とその解釈を十分に理解していない限り、PCT出願の日本国内段階の出願を代理することは困難です。

以上のとおり、パリ条約の条文、PCTの条文は日本国特許法の一部を構成していると言っても過言ではありません。従って、弁理士試験の論文必須科目試験において、特実の問題において条約の内容を問う問題を出題すれば、受験生は必然的に条約について勉強することになるので、敢えて条約という試験科目を設けることなく弁理士の資質を担保することが可能になるでしょう。
それでは、現在の弁理士試験制度において、論文必須科目で条約の条文理解を問う問題を出題することは許されるでしょうか。
特許庁ホームページで「弁理士試験の案内」で調べてみると、試験科目については以下のように記されています。

(1)短答式筆記試験
試験科目
○ 工業所有権(特許、実用新案、意匠、商標)に関する法令
○ 工業所有権に関する条約
○ 著作権法
○ 不正競争防止法

(2)論文式筆記試験
【必須科目】
○ 工業所有権に関する法令
(1) 特許・実用新案に関する法令
(2) 意匠に関する法令
(3) 商標に関する法令

即ち、短答式では、特許・実用新案に関する法令と条約とは、別の科目として認識されています。ということは、論文必須科目の科目(特許・実用新案に関する法令)には、条約は含まれていないと理解することが自然でしょう。
このような試験制度の中で、果たして条約の条文理解を問う問題を出題できるかどうか、やや疑問に思います。

一方、過去の論文試験における特実の問題の中で、条約の条文知識を問う問題が出題されているかどうか、平成14~25年度の論文・特実での条約関連問題出題状況の論点を当たってみました。この10年間の過去問の中で、論点として条約の知識が記述されているのは以下の問題でした。

平成19年度論文・特実・論点
『【問題Ⅰ】
時期を前後して出願された、パリ条約による優先権主張を伴う国際特許出願及び累積的な優先権主張を伴う特許出願の特許性についての理解を問う。』

平成16年度論文・特実・論点
『問 題Ⅰ
国際出願に関する特例についての理解を問う。』

即ち、10年間の過去問において、パリ条約の優先権の知識が問われる問題が1題、PCTの知識が問われる問題が1題、それぞれ出題されています。
従って、「特実の論文試験を通じて、受験生に条約の勉強をきちんとしてもらおう」という姿勢はあるようです。ただし、10年間でパリ条約とPCTが各1題ずつ、というのはいかにも少ない印象です。
もしも、「特実の論文試験勉強を通じて十分に条約の知識を担保している」と称するのであれば、条約関連問題の出題頻度をもっと多くすべきでしょう。ただし、条約関連問題の頻度を上げるとしたら、論文必須科目の試験科目として、「工業所有権に関する法令(関連する条約を含む)」と明記しない限り、「出題内容が試験案内の問題範囲を超えている」との疑義が生じるであろうと思われます。

なお、条約のなかにはトリップス協定が含まれています。協定の内容を読むと、パリ条約よりも具体的でかつ多岐にわたっています。しかし、弁理士にとっての重要性はパリ条約の方が上です。なぜなら、トリップス協定の具体的な内容は、そのすべてが日本国特許法でより具体的に規定しており、パリ条約の条文と相違し、わざわざトリップス協定の条文を適用する必要がないからです。
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iPhone5s逝く

2014-01-04 22:56:30 | サイエンス・パソコン
昨年10月、自宅の固定電話と家族全員の携帯電話キャリアをNTT系からau系に切り替えました。キャリア切り替えと同時に、私は携帯電話をガラ携からiPhone5sに変更しました。私にとって初スマホということになります。

そのiPhoneですが、ときどき、例えば電話中に突然電話が切れ、画面がグリーン画面から強制シャットダウンする、といった症状がでるようになりました。あれこれいじっているうちにまた立ち上がります。そのうち、ただ電源ボタンを長押しするだけでは立ち上がらないという症状が出ましたが、ネットで調べた結果「電源ボタンとホームボタンを同時に長押しするとリセットが効く」とわかり、その対応で回復しました。
ところが12月25日、気がついたらiPhoneが電源オフ状態となっており、今回はリセット操作をしてもどうしても立ち上がりません。

私としてはお手上げで、たまたま千葉方面に出張に出ていたのですが、夕方馬喰町まで戻ってきたので、iPhoneを購入したauのお店にいきました。お店でも対処できず、iPhoneの修理店を紹介されました。秋葉原のクイックガレージ秋葉原というお店です。

夕方5時ちょっと過ぎだったのですが、待つことなく対応してもらえました。念のために電池を交換してリセット操作をしましたが立ち上がりません。結局、本体を別の新品に交換することとなりました。

今回は完全に逝ってしまってから持ち込んだので、データのバックアップなどの対処はできませんでした。重要なデータは入っていなかったことと、新品立ち上げ後にiCloudにサインインしたところ昔の連絡先(電話帳)が戻ってきたので、実害はありませんでしたが。

係の人が作業を行っている間に、客は次々とやってきます。私が来るのがもう少し遅かったら、ずいぶんと待たされることとなったでしょう。5時過ぎに行けたのはラッキーでした。

さて、私のiPhoneに何があったのでしょう。
極めて希な初期故障の一種なのか、iPhoneはこのような故障発生確率が結構高いものなのか、よくわかりません。電話機でこんな目にあったのは初めての経験です。
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2014年初詣

2014-01-01 22:48:35 | 杉並世田谷散歩
新年おめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

元旦の初詣、本年は杉並の大宮八幡にお参りました。

4歳児と2歳児を同伴するので、最近は車を利用して神社まで移動しています。神社に最も近い駐車場は長蛇の列となるので利用できません。大宮八幡は善福寺川の南岸に位置するのですが、川の北岸に堀之内公園の駐車場があります。そこだと常に空いているのです。
井の頭通りを西進し、荒玉水道との交差点で右折して荒玉水道道路に入ります。そして方南通りを通り越した次の次の信号で左折すると、目的とする駐車場に到達することができます。

初詣の列は、例によって鳥居の近くまで伸びていましたが、列の動きは速く、さほど待たずに参拝することができました。

さて、年末は安倍総理の靖国参拝で暮れました。
国内での評価は、どのアンケートでも半分以上が総理の靖国参拝を支持しています。
一方で海外の評価は非常に厳しいものがあります。米中韓に限らず、主要国はいずれも安倍総理に対する警戒感が明らかです。
中国の外務省は、各国に対して安倍総理非難の包囲網を形成しようと動いています。日本政府が世界各国に理解を求めようとする動きは全く見えません。
国内の世論と海外から評価のこのギャップ、日本の行く末に影を落とさなければいいのですが。
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