弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

鹿島アントラーズ試合観戦

2015-11-14 22:06:33 | サッカー
去る11月7日、カシマサッカースタジアムで行われたJリーグの鹿島アントラーズ vs 横浜F・マリノスの試合を観戦してきました。
知人の株主優待で当選してチケット2枚が当たり、その知人と私とで観戦に出かけたものです。
Jリーグ2ndステージは、この試合を含めてあと2試合を残すのみ、2ndステージの成績は、サンフレッチェ広島がトップで、勝ち点3の差でアントラーズが2位です。すでに自力優勝は消えたものの、本日の試合も絶対に負けられない試合です。アントラーズ隠れサポーターの私も、プレッシャーを感じつつの観戦となりました。

知人とはスタジアムで合流することとし、私は東京駅から直通バスを利用しました。
  
 自由席バス                      指定席バス

東京駅八重洲口の長距離バス1番乗り場に行くと、すごい行列ができています(左上写真)。聞いてみたらそこは自由席専用バスの乗り場で、私は指定席券を持っています。指定席バスは別の乗り場(7~9番)で乗るとのことで、そちらへ移動しました(右上写真)。自由席乗り場でのスピーカー案内では、「今から列に並んでも、試合開始に間に合いません」とのことでした。

スタジアムに到着しました。鉄道の跨線橋上から、スタジアムの全景が眺められます〔左下写真)。知人とは、ジーコ像(右下写真)のところで合流しました。
  
カシマサッカースタジアム               ジーコ像

試合前にミュージアムを訪問し、昼飯をゲットする予定にしています。バスが遅れ、到着は1時でした。試合開始(2時5分)まであまり時間はありません。チケットを見せて場内に入ろうとしたところ、ペットボトルのキャップを回収されてしまいました。理由はわかりません。多分みんな知っていて、入場時にペットボトルを持参しないようです。しょうがないので、まずは自分の席まで行って蓋のないペットボトルを置き、それからミュージアムに向かいました。

《ミュージアム》
  
各年代、一人ずつが代表して写真になっています。1991はジーコ、1993はアルシンドです。1999~2003は知った顔が続きます。といっても、名前が出てくるのは、秋田、中田浩二、小笠原ですね。
歴代監督の写真も挙げておきます(下写真)。石井正忠氏は、現監督と、チーム発足時の選手の2枚の写真が写っていました。
 
歴代監督

スタジアムの模型が2つ、並んでいました。初期はこんなスタジアム(左下写真)だったのですね。
  

さて、時間は押しています。食べ物店の行列もほとんどなくなっていたので、私は焼きそばを購入し、席に戻りました。
ゴール裏のサポーター応援合戦は始まっています。
 

我々の席は、アントラーズサポーター側に近い、メインスタンドの1階席でした(左下写真)。スタメンが掲示されています(右下写真)。アントラーズについては、背番号と名前を照合するため、トップチームの顔写真一覧を印刷して持参しました。
  
チケット                先発メンバー発表

 

試合が開始しました。
前半、我々の目の前は、マリノス攻撃の左サイド側です。
アントラーズ優位に試合は進展します。アントラーズ左サイドの7番カイオを含めた動きが活発ですが、我々からは一番遠いサイドになります。そのカイオが前半10分、先制点をたたき込みました。電光掲示のプレイバックを見ると、右ポストに当たってゴールしていました。
アントラーズ40番小笠原も存在感を発揮していました。36歳とのことですが、アントラーズの中心となっているようです。

そして後半の64分、カイオが中央からドリブルで持ち上がりました。観戦する我々の目の前です。まだペナルティエリアまで至っていませんが、相手ディフェンスは寄っていません。私が「打てー!」と叫ぶのと、カイオが右足を振り抜くのがほぼ同時でした。ボールはゴール右隅へと吸い込まれていきました。

カイオは本来左サイドであり、後半は観戦する我々の目の前で激戦を見られると期待していました。ところが、2点目をゲットしたカイオは、中央に張り付いたままで左サイドには戻ってきません。明らかにハットトリック狙いです。ベンチも指示したのでしょうか。終了間際に決定的チャンスでカイオのシュートがありましたが、残念ながらわずかに枠を外れました。

こうして、アントラーズは我々の目の前で勝利をゲットしました。
しかし、帰りのバスの中でニュースを確認したら、サンフレッチェも勝利していました。最終節で良くても勝ち点同率、得失点差でサンフレッチェが圧倒的有利なので、2ndステージ優勝は望み薄のようです。

本日2得点すべてをたたき出したカイオ、2ndステージで石井監督に交代してから、先発は少ないようです。本日は中村がケガで出られないための先発復帰でした。そこでの大爆発です。やってくれました。

アントラーズ、本年のJリーグ1stステージでは中位に甘んじていましたが、監督が現石井監督に交代したとたん、勝ち続けるようになりました。交代前のトニーニョ・セレーゾ監督はアントラーズで監督2回目であり、1回目のときは00年にリーグ三冠を達成していますから、悪い監督ではないはずです。このブログの田中滋著「常勝ファミリー・鹿島の流儀」(2)では、
『監督は、ジーコ推薦のトニーニョ・セレーゾでした。「いいオッサンでさ。一生懸命なんだよ。腹黒さがないんだよね。だから選手にバーッと言って衝突もするけど、ま、セレーゾだからな、みたいな感じで、あんまりあとに引かなかった」』
と紹介しています。
今回、セレーゾ監督のときにアントラーズは大幅な選手の若返りを図ったといいますから、若手選手でのチーム作りの初期、成績がふるわなかったのでしょう。石井監督に交代した時点が、新生アントラーズ成長のときだったのかもしれません。

アントラーズは、常勝とまではいきませんが、今年2ndステージのように強い力を発揮することが多々あります。何がそうさせているのでしょうか。
チーム創生期にジーコによってアントラーズ魂が形作られたのは間違いありません。2006年に「ジーコのこと」として記事にしました。
普通のチームであれば、ジーコが去ればその魂もそのうち消えていくものです。ところがアントラーズでは連綿と生き続けています。2009年に「アントラーズの強さの源泉は」として記事にしました。09年12月11日の日経新聞に三浦知良氏が載せた新聞記事。
『イタリアの名選手、R・バッジョはACミランに加入してクラブハウスに来るや「ここが世界一である理由が分かった」と語ったという。練習場やクラブがまとう空気が、そこが名門かどうかを物語る。11月に練習試合で鹿島に出向いたとき、僕もそんなことを感じた。スタメンから外れた選手による試合でも、鹿島の面々の「試合に出たい」というハングリーさは、同じ練習試合をした浦和とは違っていた。
リラックスゲームでも遊びでもじゃんけんでも、「勝負がかかれば何であれ負けるな」というジーコの精神が見て取れる。偉大な選手が何かをもたらしても、本人が去れば一緒になくなることは多いもの。鹿島だけは継承し、ぶれず、ブラジルのスタイルを貫いている。いま日本で名門と呼べるのは鹿島だけだろう。』

アントラーズが強いチームで在り続ける一つの源泉が、強化部長の鈴木満氏にもあるようです。ここでは2010年、田中滋著「常勝ファミリー・鹿島の流儀」()として記事にしました。
その鈴木強化部長、現在もその職で頑張っておられるようです。
【鹿島アントラーズ】 どうして鹿島は強いのか―。他にはないクラブ理念と取り組みという武器 【Jリーグ】に詳しく記述されていました。

さて現在のアントラーズです。
アントラーズにレンタル移籍している金崎は、私が観戦した試合では無得点でしたが、直後のW杯アジア2次予選に5年ぶりに招集、いきなり先発、いきなり先制ゴールの快挙を成し遂げてくれました。
カイオは、常時先発ではないながら、今回は2ゴールをたたき込む大爆発です。弱冠21歳でこれからの選手です。日本国籍取得の希望も持っているとのこと、日本代表での活躍も期待できそうです。
今回は代表招集されなかった柴崎も代表組です。
その他の選手も、代表クラスに育つ人材が多いとのことでした。

これからまた、アントラーズは黄金期を迎えるのでしょうか。
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W杯~欧州旅行

2014-07-05 19:08:12 | サッカー
ワールドカップ日本戦、第1戦(対コートジボワール)、第2戦(対ギリシャ)はライブで早朝観戦しました。
第3戦(対コロンビア)のときはちょうど家内とヨーロッパ旅行中でした。試合の時間帯は、現地フランスの夜10時からでぴったりだったのですが、何せホテルでのテレビライブ中継がありません。その時間帯は、コートジボワール対ギリシャ戦のみライブ放送していました。そこで、テレビでコートジボワール対ギリシャ戦を表示させつつ、ネットで「ライブテキスト情報」を確認しながらの観戦と相成りました。コートジボワール対ギリシャ戦のハーフタイムに岡崎のゴールシーンは放映していました。

日本が属したグループCのFIFAランクを見ると、コロンビアは8位、ギリシャは12位、コートジボワールは23位、日本は46位です。従って、グループCの順位はFIFAランクどおりであり、順当ということができます。
ところが日本での報道を見ると、日本はグループリーグを突破して当然であって、今回の結果はきわめて不本意である、という論調です。なぜでしょうか。

前回南ア大会では、前評判が悪かったのにグループリーグを突破し、もう一歩で8強に入りそうだった。今回大会では前評判がよいから、グループリーグを突破して当然だ、という論拠でしょうか。
そうとしたら、「日本がFIFAランク46位は不当であり、本当は15位よりも上位であるはず」といっているのと同様になります。

第1戦、第2戦を観戦した限りで、日本代表の戦い方が不本意であったことは確かです。香川にしろ本田にしろ、パスの精度が悪く、また全体平均して全然走れていない印象を受けました。
日本代表は、世界の強豪に比して個人の能力は落ちることから、組織サッカーに徹し、攻撃でも守備でも相手に対して数的優位を保つことによって勝利を勝ち取る、と聞いています。攻撃と守備の両方で数的優位を保つためには、相手よりも長い距離を俊足で走ることが必須です。それは精神力だけでは達成できず、体力の裏付けがなければなりません。
私は、今回の最終キャンプで、ブラジルで戦うためのスタミナ強化に失敗したのではないか、と想像しました。

前回南ア大会の総括を、私はサッカー日本代表~チームはこうして甦ったとして記事にしました。
南ア大会の会場は標高が高く、選手の高地順応に成功するか否かが重要なポイントでした。それに対して日本代表チームは、最終合宿前から選手の高地順応を科学的に行ってきたというのです。2010年5月10日にW杯メンバーを発表した後、酸素濃度を低くできる低酸素マスクセット(7万~8万円)を用意して全選手に配布し、一定時間のマスク着用を義務づけたそうです。標高1800メートルの高地スイス・ザースフェー合宿(5月26日~6月4日)が始まる前から高地トレーニングをはじめていたのですね。ベースキャンプ地ジョージは低地だったため、マスク使用は南アフリカ入り後も継続されました。
ワールドカップ本大会を観戦していても日本選手の足が止まっているようには見えませんでしたし、データでも走行距離で全チーム中2位ということです。
攻撃を任された3人、本田、大久保、松井は、湯浅健二氏が「ボールがないところでの無駄走りが少ない」といって常に批判していた3人です。ところが本番が始まってみたらどうでしょう。3人とも、今までになく走り続けたようです。

一方で今回ブラジル大会です。
選手の敵は高温多湿でした。しかし、高地順応は適切に行えば劇的な効果が得られますが、高温多湿順応などできません。せいぜいが高温多湿に慣れる程度です。
さらには、ブラジルでのキャンプ地が涼しいところだったといいます。「北海道をキャンプ地とし、試合のたびに試合会場の沖縄に移動するようなものだ」との論評がありました。“今回対策は酷暑慣熟対応を誤った”といえるかもしれません。
もしそうだとしたら、日本代表チームは、前回大会と反対に、スタミナ面で最初から勝てる状況になかったのかもしれません。

次に選手の状況です。
《怪我あけの選手》
 長谷部、内田、吉田
《所属チームで調子を落としている選手》
 本田、香川
《年齢から90分間スタミナがもたない選手》
 遠藤
これらの選手を使い続けたことで、ザッケローニ監督が批判されています。
たしかに私もそう思います。
しかし、これら選手を抜いたら、いったいどのような11人がスタメンに名を連ねるのでしょうか。
そうなると、「4年間のザッケローニ体制での準備をことごとく捨て去る」ことに等しいでしょう。中村憲剛を招集しなかったのは納得していませんが・・・。
私は大会開始前から、「今回大会は、ザッケローニ体制での悪いサイクルにちょうど当たってしまった。こればかりはどうしようもない。」と思っていたものです。

さて、今回の私のヨーロッパ旅行、6月21日~28日の日程で、ベルギーとフランスを回ってきました。
現地時間6月22日にはベルギーのブリュッセルに滞在しており、ベルギー対ロシア戦をホテルで観戦しました。試合は0-0のまま膠着状態で、このまま引き分けかと思われていたのですが、後半43分、左サイド2人のワンツーから1人が抜け出してゴールライン際からマイナスのクロスを入れると、走り込んできたオリギが会心のゴールを上げ、ベルギーの勝利となりました。この勝利でベルギーはグループリーグ突破を勝ち取りました。
場所はブリュッセルです。街の中心にプラン・プラスという広場があり、ホテルはそのそばです。私はベルギーの得点直後、「街を見てくる」と部屋を飛び出しました。
フロントのロビーで試合中継を放映しています。試合終了のホイッスルが鳴ると同時に、私はホテルを出てブラン・プラスに向かいました。
広場は、大騒ぎ、というほどにはなりませんでした。広場に面する一角にサッカーカフェらしき店があり(下写真)、そこからベルギーの赤いユニホームを着たサポーターがぞろぞろ出てきて広場で騒ぎ出しましたが、たいした人数ではありません。
 
せっかくなので動画を撮りました。3分あまりの放映であまりたいしたことはありませんので、観ていただくには及びません。時刻は夜10時ですが、まだ外は明るく、夜になっていません。
私はほどなくホテルの部屋に帰りました。道を走るクルマのクラクション、サポーターが吹く鳴り物の音は夜中の12時を過ぎても鳴り止まず、ブリュッセルの人たちが喜びに浸っている様子は聞き取れました。
翌日の朝、ホテルのコンシェルジェやレストランのウェイトレスに「コングラチュレーション!」と声をかけると、皆さん喜んでくださいました。
日本代表の結果は残念でしたが、こうして私は、ベルギーの人たちと喜びを分かち合う機会を得ることができたのでした。

朝食レストランのウェイトレスは、私の「コングラチュレーション!」に笑顔とガッツポーズで応えてくれましたが、そのあと「火曜の試合がどうのこうの」と言っています。そのときはわからなかったのですが、彼女が別の客とイタリア語で話しているようだったので、「イタリアの人ですか?」と聞いたらそうだということです。調べたら、ベルギー時間火曜のイタリア対ウルグアイ戦が、イタリアのグループリーグ突破の大事な試合であることがわかりました。そこで次の機会にそのウェイトレスに「イタリアの幸運を祈っています」と話しかけました。
火曜の朝にわれわれはブリュッセルのホテルを引き上げましたが、その日の朝、朝食からの帰り、そのウェイトレスは我々を呼び止めて握手と投げキッスのサービスまでしてくれました。

26日、フランスはまだグループリーグ突破が決まっていません。しかし、この日の対エクアドル戦で6点以上の大差で負けない限り、フランス突破が決まります。
試合はフランス時間夜10時から始まりました。われわれは翌朝が早いので試合途中で寝てしまいました。翌朝調べると0-0の引き分け、結果としてフランスのグループリーグ突破は決まりましたがさほどのお祝い事ではなさそうです。フランスの人たちと喜びを分かち合うチャンスはありませんでした。

こうしてヨーロッパ旅行中のワールドカップ観戦は終わり、現在は主にニュース番組で試合結果を聞いている状況です。
グループリーグでは、スペイン、イングランド、イタリアなどが早々と姿を消し、南米勢、アフリカ勢が元気でした。アジア勢は未勝利全滅です。これはやはり、ブラジルの高温多湿が影響していたのでしょうか。

ブラジルのネイマールが骨折で次の試合から欠場ということで、観戦側としては寂しい限りです。
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日本代表・対オランダ戦

2013-11-16 23:48:45 | サッカー
いやあ、久々に血湧き肉躍る日本代表戦でした。

前半、日本が優位に攻めていたのに、カウンター・ミスが重なった2度のワンチャンスを2度とも決められ、“こりゃだめか”と消沈しかけたのですが、前半終了間際、吉田→長谷部と渡って最後大迫のゴールで生き返りました。
後半は、清武、長谷部に替わって香川と遠藤が入ると、日本はやはり変わりました。
細かいパスは通る、セカンドボールをマイボールにする、そして時間が経過してもオランダペースにはさせませんでした。
遠藤が中央から右サイドへ展開すると、内田→岡崎→本田→内田→大迫へ。その大迫のダイレクトバックパスを本田が左足ダイレクトでシュート。見事ゴール右隅に決まりました。こんな気持ちいい展開からのゴールは久方ぶりです。

結果は2-2の引き分けです。
前半は、“最後の決定力の差でオランダに歩あり”との印象でした。後半は、日本もオランダも決定的チャンスをいくつか外しました。これらチャンスに決められたら、決めた方のチームが勝利したことになったでしょう。

久方ぶりに、日本代表の小気味よいダイレクトパス回しと、それによって相手を抜き去りチャンスを作り出す場面を観ることができました。

私が「唯一の懸念事項は、遠藤ヤットの後釜が見つかっていないことです。」と唸ったのは、約3年前のアジアカップのときでした。それから3年、ワールドカップ本戦までとうとう7ヶ月に迫ってしまいました。このまま、日本代表は遠藤頼みでワールドカップ本戦を戦うのでしょうか。
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城彰二さんが事務所にみえた

2013-05-11 18:24:14 | サッカー
ある日突然、「B-plus 仕事を楽しむためのWEBマガジン」さんから電話をもらいました。「サッカーの城彰二さんのインタビューを受けませんか」というお誘いです。B-plusサイトの「経営者インタビュー」に記事として掲載するのだそうです。
えっ、何で私に?
どうも、このブログで6年ほど前に書いた記事「城彰二の引退」がB-plusスタッフさんの目に留まったのがきっかけのようです。城さんはB-plusのスペシャルインタビューの中で、取材される側としても登場しています(こちら)。

今までの経営者インタビュー記事を拝見すると、若くてばりばりの起業家の皆さんが登場しており、私のようなロートルの弁理士は場違いなような気がしましたが、城彰二さんとサシで対談させていただけるということに魅力を感じ、せっかくなのでお受けすることとしました。上記私の記事を読み返して見ると(城さん、呼び捨てにして申し訳ありません(^^;))、城さんが引退した当時の私の気持ちがよく表現できていると我ながら感心し、この記事であればご本人の城彰二さんに見られても恥ずかしくないな、と思ったこともあります。

そして4月初旬のある日、城彰二さんとスタッフさんが私の事務所にいらっしゃいました。そのときのインタビュー結果が、こちらに掲載されました。ぜひご覧下さい。

インタビューのメインテーマは「弁理士の仕事の内容」ですから、城さんからすれば畑違いで戸惑われたと思うのですが、よく私の話を聞いていただきました。そして、私の話との関連から城さんご自身のお話もうかがうことができました。

折角特許事務所をご訪問いただいたので、実際に私が代理人として取得した特許の特許公報を準備し、ご説明しました。下の写真です。

城さんはとても興味深そうに聞いてくださいました。

私の弁理士試験受験の経験談から、城さんがJ2の横浜FCで引退を決意した後の1年間で、J2優勝とJ1昇格を勝ち取ったお話をしていただきました。また、横浜FC時代の思い出として、奥様からの一言でご自身が変わることができた、という貴重なお話もしていただきました。

「弁理士の仕事は発明を文章化することにある」という話から、城さんが子供たちにサッカーを指導する際の工夫についてお話しくださいました。学校の先生方にお話を聞かれたり、自分なりに工夫を重ねたりして、自分の思いを子供たちに伝えられるように工夫・努力されているとのことでした。
また、フランスワールドカップから帰国する際に空港で水をかけられたときのこともお話しくださいました。城さんは引退を考えるほど落ち込んだとのことです。そのときカズさんから電話で「大丈夫か、でもよかったな、全国民がお前をエースと認めている証だ」と励まされたことで、立ち直りを果たされました。

こうして、城彰二さんと私との対談は無事終了しました。


情報によると、城さんは現在、日本テレビ『サッカーアース』コメンテーター出演、2009年に日本サッカー協会指導者ライセンスの最高位であるS級ライセンスを取得、「JOサッカースクール」を企画、などのほか、JO-CUP(元サッカー日本代表FW 城彰二 presents フットサル大会)まで企画されているのですね。

これからの城さんのご活躍を楽しみにしております。
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ロンドンオリンピックの男子サッカー

2012-08-12 01:08:01 | サッカー
ロンドンオリンピックの男子サッカー、メキシコがブラジルを2-1で下して優勝したのですね。
今大会、ほとんどの試合が真夜中以降でした。私は年も取っていて体力が続かないので、結局、真夜中以降の試合はライブで見ることができませんでした。従って、日本代表戦でライブで観戦したのはグループリーグのスペイン戦と準々決勝のエジプト戦だけでした。

世の中の報道を見ていると、準決勝のメキシコ戦の前など、「さあ、金を取りに行くぞ」とすごい勢いでした。準決勝に敗れた後の3位決定戦についても、負けは許されないような雰囲気でした。
しかし思い出してみると、現在のU-23チームがそんなに期待されてはいなかったように思います。
まず、今の世代がU-20の頃は「谷間の世代」と言われていたそうです。
5月のトゥーロン国際では残念な結果に終わり、それを受けて関塚監督は大幅なメンバー変更を行いました。この時期にこのような大幅変更をして、果たしてチームは完成するのだろうか。
私はこのとき、“これで成功すれば関塚監督の評価は上がるが、うまく行かなかったら大変なバッシングを受けるだろう”と心配したものです。

ニュース情報による限り、オーバーエージの吉田麻也と徳永悠平が入ることによって、チームにまとまりが出てきたといいます。吉田によると、それまでのU-23チームは、試合前のミーティングで私語があったそうです。A代表ではミーティングでの私語など考えられないと吉田はいいます。
そしてチームは急速に完成度を高めたのでしょうか。
グループリーグではまずスペインを倒し、モロッコにも勝って、最後のホンジュラス戦は先発を5人入れ替えながらそれでも引き分け、グループ1位を確保したのですから。
私は、“関塚マジック”をこの頃から感じ始めました。

私がライブで観戦した2試合目がエジプト戦でした。日本はすごい試合を見せてくれ、終わってみれば3-0の勝利でした。
しかしこのあとから、日本の報道は“金をとって当然”のような雰囲気となりました。さらに報道によると、肝心の選手たちもこのあと弛緩してきているようでした。
最後の韓国戦は、ちょっと残念な内容だったようですね。

ところでベスト4が出そろったとき、私はびっくりしてしまいました。何と、アジア2ヶ国と中南米2ヶ国だというのです。
そもそも世界大会でベスト4まで勝ち進む国は、“フットボールネーション”と呼ばれる強国が主になると予想されます。ドイツ、オランダ、フランス、イタリア、イギリス、スペイン、ブラジル、アルゼンチン、チリ、などでしょうか。それらフットボールネーションからベスト4に残ったのはブラジルただ1国でした。
いったい何が起こっているのだろうか。

そこで、今回の本大会出場国を調べてみました。

・アジア(3) ◎日本、◎韓国、UAE
・アフリカ(4) ○エジプト、ガボン、モロッコ、○セネガル
・欧州(3) ベラルーシ、スペイン、スイス
・北中米(2) ○ホンジュラス、◎メキシコ
・オセアニア(1) ニュージーランド
・南米(2) ◎ブラジル、ウルグアイ
・開催国 ○英国

○:グループリーグ突破
◎:ベスト4

そもそも、フットボールネーションから本大会に出場しているのは、スペイン、英国、ブラジルくらいだったのです。そしてスペインはグループリーグで姿を消し、英国も準々決勝で韓国に敗れてしまいました。
オリンピックは「U-23+オーバーエージ」というルールですから、その国の実力が反映しているはずです。今回、何が起こったのでしょうか。

ところで、準決勝で日本がメキシコと対戦したことから、44年前の3位決定戦とよく対比されています。
そもそもあのときは、アマチュア選手にしか出場資格がありませんでした。日本にはまだプロリーグがなく、トップ選手がすべてアマチュアでした。一方でフットボールネーションではトップ選手はそのほとんどがプロ選手ですから、オリンピックに出てくる選手はプロになれなかった人たちばかりです。現在の日本で、「アマチュアにしか出場資格がない」とされたら、いったいどのような選手がオリンピック代表選手となるのでしょうか。
そのような時代に3位になったことと、今回のオリンピックで4位になったことでは、比較にならず、今回の方が価値が高いと思います。

最近の成績でいったら、
1996年アトランタオリンピック:28年ぶりに本大会出場。グループリーグでブラジルに勝つが、2勝1敗でグループリーグ敗退。
2000年シドニーオリンピック:グループリーグ突破。準々決勝アメリカ戦で引き分けPK戦となり、中田英が外して敗退。
2004年アテネオリンピック:グループリーグ1勝2敗で敗退。
2008年北京オリンピック:グループリーグ0勝3敗で敗退。

今回の結果が突出して優秀であることが明らかです。
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対オーストラリア・アウェイ戦

2012-06-13 22:13:37 | サッカー
オーストラリア戦は、最初から最後までストレスがかかりっぱなしの観戦となりました。唯一、栗原の先取点時には絶叫できましたが。

オーストラリアは、中盤をすっ飛ばして前線のケーヒルらにロングボールを供給するワンパターンですが、そのワンパターンがよく決まっていました。ケーヒルは、ディフェンスと競り合いながらよくもあんなに後方からのロングフィードをボールコントロールできるものです。
オーストラリアの現在の実力がフォローできていませんでしたが、やはり強いチームのようです。

最終予選最初の2試合、日本代表で私が感心したのは、シュートのほとんどがゴールの枠をとらえていたことです。
長い間日本代表は「決定力不足」と言われてきました。シュートを打ってもゴールの枠に入らない。Jリーグでの試合では得点できるのに、なぜか代表として闘うと金縛りにあうかのようです。メンタルだろうと推測していました。その金縛りを、日本は最近克服していました。
ところがオーストラリア戦では金縛りが再発してしまったのでしょうか。「打てるのにシュートを打たない」という場面も何回かありました。
もっとも、オーストラリアもシュートが外れていました。日本とオーストラリアのどちらか、シュートが枠を捉える率が高い方が勝利したかもしれません。

内田へのイエローとPK、栗原への2枚目のイエローと退場、いずれもその原因となったファウルがあったのかどうか判然としません。主審は、ミリガンをイエロー2枚退場としたことを負い目に感じて、さらにはスタンドから「日本のファウルをPKに」との威圧を感じて、あのようなジャッジに至ったかもしれません。
日本サッカー協会は、もしジャッジが不当だと判断するのであれば、きちんとFIFAに抗議すべきでしょう。不適切なレフェリーを排除しないと、公正な試合が担保できません。

日本とオーストラリア、どちらが勝ってもおかしくない試合でした。逆にどちらも負ける可能性が半分はあったわけで、引き分けたことに関しては両方ともほっとしていることでしょう。

さて、9月の第4戦までに吉田は復帰しているでしょうか。
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W杯アジア最終予選・対オマーン・ホーム戦

2012-06-04 20:33:57 | サッカー
6月3日の対オマーン・ホーム戦が、W杯アジア最終予選の初戦でした。
前半先制の1点目、ボールがゴールネットに吸い込まれると同時に「入った~!」と絶叫してしまいました。ゴールに至るパスワークを含めて、会心の1点であったと思います。
今野-前田-香川-前田-長友とわたったパスワークは、すべてワンタッチのダイレクトパス、そして前田からのラス前パスを受けた長友の絶妙なセンタリングを、本田が狙い澄ましてゴール隅にぶち込みました(例えばこちらの動画)。
長友の相手抜き去りとセンタリング、本田のダイレクトゴールは、それそれが本人の持ち味ですからまあ当然の帰結です。私がびっくりしたのは前田のラス前スルーパスです。あそこで前田がワントラップしていたら、たとえ長友にパスを出してもオフサイドを取られたでしょう。前田のダイレクトスルーパスから生まれた得点です。
前田に期待されるプレーは、点取り、ポストプレー、サイドに流れての味方へのスペース造りなどでしょうか。まさかあのような絶妙スルーパスが前田から生まれるとは!

2点目はその前田がぶち込みました。
その2点目、ボールがゴールに吸い込まれた直後は、私の頭の中で“オフサイドあったの?なかったの?”がわからず、結局は絶叫するタイミングを失いました。ああいう場合の絶叫はどのようにすべきなのでしょうか。“オフサイド?ない?!ない!!やった~!!”といったところでしょうか。
そのときの前田のプレー、ファーストタッチがやや前に流れましたが、敵キーパーに捕られる前によく追いつき、シュートをぶち込みました。香川からのパスは、シュートと見まごうような高速パスでしたから、あそこで普段のプレーが出ていたら、トラップミスでゴールには至らなかったでしょう。ここでも前田は良い仕事をしました。

今回の試合をどのように評価すべきでしょうか。やべっちFCでのセルジオの評価では、「オマーンが弱すぎた」ということで50点の評価でした。たしかに、相手が弱すぎたとしたら、今回の日本のプレーで最終予選を戦いきれるかどうか評価することはできません。

一方、私が信頼する湯浅健二氏の評論では、良い評価がされています。というか、「今回の本田は良かった」点しか評価していませんが。

実は、前回のアゼルバイジャン戦については、湯浅氏は本田のプレーを酷評していたのです。
『・・本田圭佑は、中盤の高いセンターゾーンで、完璧に「仕掛けの流れのフタ」に成り下がっていた・・ボールをもっても、(コンビネーションや個のドリブルなどで)リスキーな勝負を挑んでいくのではなく、バックパスや横パスに「逃げ」、そして足を止めちゃう・・
・・私の目には、この試合で「日本らしさ」が出なかった大きな要素は、本田圭佑の「オレ様プレー」にあったと映っていたのです・・』

それに対して今回の対オマーン戦について、湯浅氏は本田を手放しで誉めています。
『ということで、本田圭佑について、ザッケローニさんに聞いた。
・・この試合での本田圭佑のパフォーマンスだが、彼のところでボールの動きが停滞することはなかったし、ボールがないところでも、ホントによく動いた・・また、ディフェンスに入るために何十メートルも『全力で』戻るシーンを、何度も魅せた・・その良いパフォーマンスだが、ザッケローニさんは、彼に対して、どんな魔法をかけたのか?・・ 』

私の見立てでは、本田はむしろアゼルバイジャン戦に関する湯浅氏の酷評に奮起して、今回のプレーに至ったのではないか、とも思っています。

たしかに、本田圭佑のプレーには試合毎のムラがあります。
2010年9月の対パラグアイ戦、はじめて香川のエクセレントプレーに触れ、長友のいつもと変わらないスタミナに驚くとともに、本田のおざなりプレーを見せられました。
一方、2011年1月のアジア杯・日本対韓国戦、2011年8月の日本代表 日韓戦では、本田のプレーは光っていました。
これからのW杯アジア最終予選、“光っているときの本田”を魅せ続けてほしいものです。
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香川がゴールを決めると嬉しい

2012-02-12 21:58:05 | サッカー
ドルトムントの香川が絶好調みたいですね。
12日も、対レヴァークーゼン戦で貴重なゴールをあげて1-0での勝利の立役者となりました。
7日にはドイツカップの準々決勝で1ゴール1アシストをあげています。
特に、1月28日の対ホッヘンハイム戦での2ゴールには心が浮き立つ気分でした。

2010年ブンデスリーガ前半戦で大ブレークを遂げたものの、アジアカップで骨折して後半戦をふいにしました。その後、2011年の前半戦は調子が上がらずに苦戦していましたが、ここへ来ての大ブレークです。
「パスを出して確実に味方がゴールするよりも、まずは自分でシュートする」という強い気持ちを込められるようになったからでしょうか。

日本サッカーを背負うプレーヤーは何人もいますが、どういうわけか私は、香川に感情移入してしまいます。
日本中が沸き返った南アワールドカップでは代表メンバーにも選ばれなかった男が、それを見返すかのように直後に大ブレークしたことが効いているかもしれません。
特に、2010年9月の対パラグアイ戦での香川のプレーが印象的でした(日本代表対パラグアイ戦)。当時の香川の武器である、「ファーストタッチ」と「圧倒的瞬発力」を堪能することができました。

怪我から復帰後の香川は、その2つの長所を取り戻したのでしょうか。その点は直接プレーを観ていないので良く分かりません。その点は不明ですが、湯浅健二氏の批評を読み限り、香川は総合的に高いレベルに到達しているようです。
湯浅氏のコメント
『(香川がゴールした)その後も、チャンスメイカーとして(何度も決定的なパスを回した!)、またゴールゲッターとして、存在感を誇示しつづけた香川真司。いや、ホント、彼の今後が楽しみで仕方ありません。そう・・世界トップへのブレイクスルー・・ 』
どおりになることを私も期待しています。
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日本代表 日韓戦

2011-08-11 10:28:12 | サッカー
昨日の日韓戦、前半の20分過ぎから観ました。
香川真司の動きが良かったですね。1点目は最後にトラップを入れずに瞬間シュートですか。日本人離れしていると思いました。2ゴールのみならず、左サイドでの動きも良かったです。1年前は、爆発的な瞬発力に目を見張りましたが、今回は足技と位置取りが秀逸でした。
香川と本田圭佑とのコンビネーションも光っていました。今では、“香川か本田か”という二者択一ではなく、香川と本田の二人で相手ディフェンスを切り裂く光景を楽しめるようになりました。
清武弘嗣が代表初出場で2アシストは立派でしたが、あそこは2つとも自分でシュートを打つ場面でしょうね。本人もそこは反省しているようでした。とにかく初代表であそこまで試合に絡めたということは立派なもので、今後が楽しみです。

しかしそれにしても、後半の終盤は日本が追い込まれました。日本ディフェンスが何回も破綻し、たまたま韓国のシュートが枠を外れたから無失点で済みましたが、2、3点入れられてもおかしくない展開でした。
何であの時点で守備が破綻したのか。
試合展開の細かいところはわかりませんが、“遠藤に交替して家長が入ってから悪くなった”という時系列ではあります。さらにその後、ザッケローニ監督はFW香川に代えてMF細貝を入れました。ボランチをてこ入れしたように見えます。
そこで、湯浅健二さんの評価を確認すると・・・
湯浅さんも私と同じポイントに着目し、試合後にザッケローニ監督にこの点を質問していました。これに対してザッケローニ監督は「韓国に攻め込まれピンチを迎えた背景要因は、ボランチにあるのではなく、前戦の選手の動きが落ちてきたことにある」と答えたようです。一方で湯浅氏は
『まあ、そういう見方も出来るけれど、私は、交替出場した家長昭博のいい加減なディフェンスが大きな要因だったと思っているわけです。チェイス&チェックしない・・ボールがないところでのマークで、走り込む相手を簡単に「行かせて」しまう・・またチャンスなのに、協力プレスに行かない・・などなど』
とコメントされています。

今回、私が観戦を始めた前半20分過ぎの段階では、「どちらが勝ってもおかしくないな」との印象でした。しかし終わってみれば3-0という大差で大勝しました。第1のポイントは「決定力の差」ですね。日本には香川と本田がいて決めるべきときに決めた。韓国にはパクチソンがおらず、決定力不足に泣いた。

決定力の差で大勝した一方、日本の課題も見えました。

“遠藤の後釜が見つからない”

この点は、この1月にアジア杯決勝・オーストラリア戦
「唯一の懸念事項は、遠藤ヤットの後釜が見つかっていないことです。そこさえはまれば、3年後のワールドカップに向けた若返りのメドが立つことになります。」
と書いたとおりです。

こうして見ると、韓国でパクチソンが代表を引退した意味がよくわかります。「このままパクチソンが代表で踏ん張っていたら、3年後のワールドカップ本戦でパクの後任が不在の状況が起こりえる。今の時点で代表を引退することにより、後任を育てよう。」

振り返って日本はどうでしょうか。今のままでは、遠藤の後釜が見つからないままにワールドカップ本戦を迎えてしまう可能性もあります。
ザッケローニ監督もそれを心配するからこそ、日本の勝利が確定的になった時点で遠藤を家長に代えたのでしょう。
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なでしこ世界一!

2011-07-18 11:07:48 | サッカー
なでしこの選手の皆さん、おめでとうございます。
私はリアルタイムで観戦したわけではありませんが、朝一番のテレビで吉報を知りました。

決定的なチャンスの数は明らかにアメリカが優位でしたが、クロスバーに助けられ、キーパーの好守に助けられ、サッカーの神様は最後に日本に微笑みました。何より、「絶対にチャンスは来る」と信じて120分間を走り続けた日本選手の集中力が導いた勝利でしょう。

今回のワールドカップ、主な情報源は湯浅健二氏のサイトでした。湯浅氏は、今回ドイツに渡ってワールドカップを取材し続けています。そして一次リーグの最初の頃から、「今回のなでしこは優勝を狙っている」と書かれていたので、“ああそうなんだ”と受け止めていた次第です。

ごく初期から、開催国ドイツのジャーナリストから、なでしこの戦いぶりは賞賛されていました。特にザヴァ(Sawa:澤)に対する評価が極めて高かったことを湯浅氏は伝えています。準々決勝で地元ドイツを破ったあとも、ドイツ人は「日本は強かった」と認めていました。
日本が展開する組織サッカーは、他のチームの追随を許さないすばらしいものだったようです。ドイツの専門家及び湯浅氏は、バルサとイメージをダブられていました。

日本において女子サッカーが置かれている状況がずっと極めて厳しかった中で、なぜなでしこはこれだけ強くなれたのか。午前中はスーパーのレジ打ちの仕事をこなし、午後にサッカーの練習をする、というような選手が多かったようですが、普通考えたら、このような環境の国からワールドカップに優勝するチームが出てくるとは思えません。ぜひとも、秘密を解明して欲しいものです。
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