弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

パソコンスピードアップの軌跡

2007-06-30 21:36:28 | サイエンス・パソコン
つい先日まで、自宅のパソコンは中古のPentium4を使って組み立てた自作マシンを使用していました。
しかし、アプリの1回目起動が遅い、シャットダウンに時間がかかりすぎる、CPU温度が高すぎる、といった問題をかかえていたため、とうとうCore 2 Duoマシンに買い換えました。
クレバリー製(ショップブランド)で、仕様は以下の通りです。
CPU:Core 2 Duo E6420 2.13GHz FSB1066MHz L2=4MB
マザー:ASUS P5B(IntelP965チップセット)
メモリー:1GHz
HDD:320MB S-ATA2
ビデオカード:GeForce7300GS

パソコンを用いて円周率を求めるソフトとして、Superπ(パイ)というソフトが知られています。1995年に東京大学金田研究室で生まれたソフトで、円周率の桁数を1万6千桁から3355万桁までの範囲で選択し、パソコンで計算します。
私は1998年以来、Superπで104万桁の円周率を演算する時間を記録し、パソコンの演算速度の目安としてきました。

以下に、1988年以降の私のパソコン歴とSuperπ104万桁を並べてみました。

日時   CPU          マザーボード Superπ104万桁
①1998 AMD K6-2 233MHz 富士通FM-V   22分
②     同上         同上改        17分
③    Pentium 200MHz  ASUS TX-97X  11分
④    AMD K6-3 400MHz  同上        8分
⑤2001 Pentium3 1000MHz  ASUS P3B-F  2分30秒
⑥2002 Pentium4 2400MHz ASUS P4B533-V 1分20秒
⑦2007 Pentium4 2600MHz ASUS P4V800D-X 1分5秒
⑧2007 Core 2 Duo E6420 ASUS P5B     24秒

わが家にはじめてパソコンが導入されたのは、NEC PC9801RAでIntel 80386マシンでした。
Windowsマシンとしては、1995年に富士通FM-V(Pentium120MHz)が最初です。このマシンのCPUをAMD K6-2 233MHzに換装したマシンが、上記①です。このときからSuperπ104万桁の計算を行うようになり、結果は22分でした。
ところで、富士通製のようなメーカー製のマシンは、本来マザーボードが有している能力よりもだいぶ余裕をもたせた設定になっています。そして世の中には、その余裕をはき出させてマシンパワーを向上させるソフトが存在します。富士通FM-Vマシンの場合、INTELSATというソフトがありました。そのソフトで①マシンの能力を増強した結果が、上記②です。22分が17分にまで縮まりました。

わが家3代目は自作マシンです。上記③(Pentium 200MHz ASUS TX-97X)がそうです。
そしてこのマシンも、CPU換装を行いました。Pentium 200MHzからAMD K6-3 400MHzに換装しました(④)。

Pentium2マシンを使うチャンスはなく、特許事務所開設時に購入したのがPentium3 550MHzです。そしてこのマシンのCPUをPentium3 1000MHzに換装して測定した結果が⑤です。Superπ104万桁は2分30秒まで縮まりました。

⑥⑦のPentium4が1分から1分半程度でした。

そして⑧が今回のCore 2 Duoです。Superπ104万桁は24秒でした。
①から比較すると、20倍以上のスピードアップですね。ムーアの法則(3年で4倍)にはちょっと足りませんが・・・
コメント

年金はどうなっている?(2)

2007-06-28 22:36:16 | 歴史・社会
年金問題を論じた本あるいは雑誌がわが家にあるはずと探したのですが、以下の書籍しか見つかりませんでした。

2000年3月発行ですから、もう7年も前の本ですが、これしかないのでやむを得ません。

公的年金資金の総額が、当時134兆円ということです。我々及び若い人たちが受給する年金原資のはずです。

この年金資金が年金官僚によって食い潰される象徴として、グリーンピア問題がありました。このグリーンピア問題、たかだか総額2000億円に過ぎません。氷山の一角です。(こないだのテレビ番組では3800億円と言っていました。)

「厚生省が悲願の年金資金自主運用を始めたのは86年である。一旦大蔵省に運用を預託した年金資金を再び借り出す形で始まった。額は約25兆円。年金福祉事業団を通して一部は、すでに詳述したグリーンピア事業に行く。または、金融機関に資金運用させる。株式市場への投資は10兆円にのぼると言われており、資金運用全体で少なくとも1兆4千億円という巨額の損失を出している。
 だが厚生省にとってこの程度の損失はたいしたことではないようだ。98年の取材で矢野朝水年金局長はこう述べた。
『運用に失敗したと言っても23兆円あまりの運用で1兆4千億円の赤字は、市場の平均並みです。』」


「要は年金の使途に関しては全くのフリーハンド、甘い汁なのだ。この甘い汁には犯罪の匂いさえする。例えば日本老人福祉財団への年金福祉事業団の融資である。76年以来累計で220億円の融資を受けた財団の長谷川理事長は、融資本来の目的から外れて70億円を株、ワラント債、アメリカの土地の購入などにつぎ込み30億円近い穴をあけた。」

「彼らの手に、やがて年金の全額が委ねられ全額自主運用される日が2001年にやってくる。年金福祉事業団もその同じ年、年金資金運用基金に吸収される。」


この本が書かれたのが2000年、それから7年が経過しています。その後一体どういうことになっているのでしょうか。
5千万件の年金記録漏れも大事ですが、それだけに目くらましされていないでしょうか。大事な年金基金が官僚とそのOBに食い潰される前に、何とか食い止めなければなりません。
コメント   トラックバック (1)

分割出願の罠

2007-06-26 21:57:01 | 知的財産権
審査請求期間は、2001年9月30日までの出願であれば7年間、2001年10月1日以降の出願であれば3年間です。

例えば以下のような事例を考えます。
(1) 2001年1月1日に特許出願1をした。
(2) 2002年1月1日に、特許出願1を親出願として分割出願(出願2)をした。

出願2は2002年1月出願なので、通常出願であれば審査請求期間は3年間、従って2005年1月1日までに審査請求しなければなりません。しかし分割出願であることが認められれば、特許法44条2項によって分割出願は出願1の時にしたものとみなされ、もとの出願は2001年1月1日出願ですから審査請求期間は7年間であり、2008年1月1日までなら審査請求できるはずです。

もし、分割出願(出願2)が分割要件を満たしておらず、分割要件を満たすための補正も、審査請求も、2005年1月1日時点でなされていなかったらどうなるでしょうか。
分割要件を満たしていないということは、出願日が遡及せず、審査請求期限は2005年1月1日です。その日を徒過したら、出願2はみなし取下げされ、それ以降に分割要件を満たすための補正をしても効力を発生せず、すべてが無に帰します。《取り扱い1》

「分割要件を満たしていない」とはどういうことでしょうか。ここでは明細書の補正で瑕疵が治癒する類に限定します。

審査基準によると、下記②-2、③要件を満たしていれば、分割要件を満足するとしています。
②-2 原出願の分割直前の明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明の全部を分割出願に係る発明としたものでないこと
③ 分割出願の明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された事項が、原出願の出願当初の明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された事項の範囲内であること


分割出願(出願2)の当初明細書類が、出願1の当初明細書類に対して新規事項である新たな記載を含んでいたら、③要件違反となります。

②-2要件違反の場合があり得るかどうか
明細書中に、特許請求の範囲に記載された発明以外の発明が包含されていれば、②-2要件を満たします。明細書が詳細に記載されていれば、特許請求の範囲記載発明以外の発明が通常は包含されているでしょう。

もし、②-2要件や③要件を満足していない分割出願があったら、分割出願から3年が経過する前に、審査請求するなり分割要件を満たすための補正を行っておかないと、将来取り返しがつかない事態に陥るかもしれないという話です。


ところで、上記《取り扱い1》のような取り扱いが、本当に特許庁でなされるのでしょうか。
今まではそのような話を聞いたことは一切ありません。
ところが最近、私が参加している判例研究会で、「取り扱いをそのようにしようと思うがどうか」という打診を受けた地域があるという噂を聞きました。
噂を耳にし、法律を紐解いてみると、確かに《取り扱い1》の法律的根拠はあります。上記のとおりです。

該当する分割出願案件があるかどうか確認し、もしあったら、安全策を採っておいた方がいいかもしれません。
と言っても、上の事例では、2005年を過ぎたら対処のしようがないというのですから、現時点で対処のしようがないということになってしまいますが・・・。対処可能なのは、今から3年以内に分割出願した案件のみですね。
コメント

小規模企業共済

2007-06-24 20:18:04 | 歴史・社会
6月18日の日経新聞に「独立法人累損1兆6000億円」とあります。
「政府の事業を分離・独立して運営する独立行政法人の繰越欠損金が2006年3月末時点で約1兆6000億円に達していることが明らかになった。102の独立行政法人のうち22が欠損金を抱え、その多くが国から補助金を受けている。特殊法人改革の一環で独法に移行した法人で損失解消のメドが立たないところもあり、将来は国費による穴埋めが必要になる恐れもある。」

欠損金№1は中小企業基盤整備機構で6035億円の欠損があります。この独法は、「小規模企業共済制度」で集めた約8兆円の資金運用の不調による株式などの評価損が主因です。

小規模企業共済といえば、個人事業の特許事務所が節税対策として必ず活用している制度です。決まった金額を積み立て、事業主が事業をやめたり、第一線を退いたときの生活安定を図るためにつくられた国の制度ということです。
最大の特徴は、掛金の全額が所得税の所得から控除されることです。

小規模企業共済の掛金として集まっているお金が8兆円ということですね。そしてその運用益が計画を下回り、6000億円の欠損を出しているということです。

我々が弁理士を廃業するとき、掛金の元本に決まった利息が付いて共済金として受け取るわけですが、欠損が解消していなければ、われわれは受け取りが少なくなるのでしょうか。それとも国の税金で穴埋めされた共済金を受け取ることになるのですかね。
コメント

渋谷シエスパの爆発事故

2007-06-23 09:38:09 | 歴史・社会
東京は渋谷のど真ん中で、白昼に大爆発事故がありました。爆発があった建物は骨組みのみを残して崩れ去り、3名の方が亡くなりました。

爆発があった建物の地下1階では、1500mの地下から温泉を汲み上げる設備が稼働していました。今までの報道を総合すると、温泉と一緒にメタンガスなどの天然ガスが汲み上げられ、何らかの理由で漏洩して地下室内で濃度を増し、メタンガスであれば5.3-14.0%の爆発限界を超え、何らかの火に引火して爆発に到った模様です。

ガス検知器が設置されていなかったことが問題になっています。しかし、都内の同様の施設の9割がガス検知器を設置していないというのですから、今回の会社のみを責めることはできません。
思い起こせば、東京の北区で温泉掘削中に可燃性ガスが噴出し、大火炎が発生した事故がありました。あの事故と今回の事故をダブらせれば、「地下室のような密室内で汲み上げを行っていれば、メタンガスが充満して爆発することは十分にあり得るではないか。何でその事態を予測した予防策が採られていなかったのか」ということになります。
しかし当事者にしてみれば、法令を遵守しつつ掘削業者に井戸を掘らせ、温泉を統括する環境省の指導や、衛生を管轄する保健所の指導を受けつつ癒しを提供していたのであって、爆発の危険があったなんて寝耳に水かもしれません。「バクハツゲンカイって何?」というレベルかもしれません。

ここはやはり、「安全を確保するための法規制が不十分であった」と言わざるを得ないでしょう。
主管官庁はどこなのでしょうか。
温泉法に制度的欠陥=若林環境相という記事で、
「若林正俊環境相は22日の閣議後の記者会見で、東京都渋谷区の温泉施設で起きた爆発事故について「温泉法はこのような爆発の危険を想定していない。そういう意味では制度的な欠陥があったと言わざるを得ない」と指摘し、現行の温泉法では安全対策に限界があるとの認識を示した。
 その上で「既存の諸法制の中で行政的に事業者に(安全対策を)要請する道がなければ、温泉法の改正も含め新たな立法的な措置を検討しなければいけない」と述べた。」
とあります。やはり温泉を管理する環境省が主管官庁ということですか。

あとは自治体の指導があります。
今回は密室である地下室に汲み上げ設備とガスセパレータが設置されていました。千葉県であれば、このような設備は許可しなかったということです。

重大事故が発生するたびに、「何でこのような事故を想定した安全規制が法制化されていなかったのか」と感じます。
ジェットコースターの車軸が疲労破壊した事故もそうです。ジェットコースターが長足の進歩を遂げ、車軸にかかる応力は昔の比ではないでしょう。それにもかかわらず、安全のための規制を強化してきませんでした。エレベーターを含め、所管は国土交通省住宅局建築指導課です。車軸の疲労破壊のようなダイナミックな現象について、事故を未然に予測して対策を立案する能力があるような気がしません。

温泉運営時のメタン爆発を予防すべき環境省も同様です。

しかし、北区での温泉掘削中の火災事故は厳然として発生していたのです。気の利いた役人であれば、「掘削完了後の営業中の温泉についても、火災や爆発の危険があるのではないか」と気付いてもおかしくありません。なぜ気付かなかったのでしょうか。
・危険に対する感度が鈍かった
・規制緩和の流れの中で、規制を強化する施策は提案しにくい
・前例主義の下、前例に反した政策で失敗すれば責任問題だが、前例通りにしていて事故が起きても責任は生じない
・所管以外の部署で危険に気付く人がいても、縦割り行政の中でその気付きを生かすことができない
・対策は事故が起きてから考えれば良いという態度
といったところが想像できますが、実態はどうなんでしょうか。

温泉法などというわけのわからない法律ではなく、消防法で規制すべきかもしれません。
コメント   トラックバック (1)

従軍慰安婦問題

2007-06-21 22:22:22 | 歴史・社会
<従軍慰安婦問題>26日に対日謝罪要求決議案の最終審議
「米下院で審議中のいわゆる従軍慰安婦問題をめぐる対日謝罪要求決議案の締めくくり審議が、26日の下院外交委員会で行われることが18日確定した。修正のうえ採決される見通し。委員会が決議案を可決するのは確実で、その後は下院本会議で採決されるかどうかが焦点となる。米議会当局者が明らかにした。
 同決議案の18日現在の共同提案者は140人。日本の超党派国会議員らは14日付の米紙に「旧日本軍が強制的に慰安婦にさせたとする歴史的文書は見つかっていない」との全面広告を出したが、同日中に共同提案者は5人増え、同広告への米国内の反発が強まったとの指摘もある。」(6月19日 毎日新聞)

しばらく米下院での従軍慰安婦問題が静かだと思ったのですが、日本にとって最悪の方向に進んでいるように思います。

日本の超党派国会議員らが、米紙に全面広告を出したというニュース別のソースを示します)は小さく報じられていました。私は「とうとうやってしまったか」と心配していたのですが、心配していた方向に事態は悪化する気配です。

4月19日に従軍慰安婦とアメリカで記事にしたように、現在のアメリカ議会は、民主党が主導権を握っている点、"人権"が極めて重要な価値観になっている点に注意を払う必要があります。
「日本の軍部が強制徴用した証拠はない」「当時の価値観では公娼制度は是認されていた」などと主張しても、現在のアメリカでは何の益もなく、反発を買うだけだ、ということを認識しなければなりません。

そのような状況下で、日本の国益を損なわずにこの問題を解決するためには、官邸-外務省-在米日本大使館-親日派アメリカ人 らが結束し、きちんとした戦略のもとに行動することが不可欠です。そのような状況下、「超党派国会議員ら」という人たちが、日本の国益を守るための戦略の一環として行動していたのかどうか、官邸や在米日本大使館との意思疎通は十分だったか、その点が疑問です。

「超党派国会議員ら」のひとりとして、櫻井よし子氏が入っているようです。櫻井氏は、「日本の危機」執筆当時は優れた見識を示していましたが、どうも最近は意見が硬直化している気がします。
もっとも、彼らが「米下院で決議案を可決するなら勝手にしろ。我らは日本人として主張すべきを主張するのみだ」というスタンスでいるのなら何をかいわんやです。問題をこじれさせることが日本の国益に合致しているかどうかという点で価値観が相違するということです。
コメント

硫黄島

2007-06-19 21:24:23 | 歴史・社会
太平洋戦争の激戦地である硫黄島については、このブログでも今年3月去年8月に取り上げました。

私は若い頃、「硫黄島」をどういうわけか「いおうとう」と覚えていました。ジョンウェイン主演の映画「硫黄島の砂」は、観たわけではありませんが、「いおうとうのすな」と発音してしまいます。
正しくは「いおうじま」と発音することを知り、自分の記憶を矯正するのに随分苦労しました。今でもあやしいです。

ところが、国土地理院は今般、呼称を「いおうじま」から「いおうとう」に変更するそうです。
読売新聞によると、
「 小笠原村によると、戦前から旧島民らは「いおうとう」と呼んでいたが、昨年公開された米国映画「硫黄島(いおうじま)からの手紙」の影響もあり、テレビなどで「じま」と発音されることが多くなったため、旧島民から苦情が寄せられていたという。村は国土地理院に対して呼称の変更を要請していた。
 国土地理院によると、硫黄島は1968年の本土返還後、「とう」と地図では表記されたが、82年に都の公報に基づき「じま」に修正された。米国では戦時中から「じま」と呼ばれていたという。 」

私の少年時代の「いおうとう」という記憶も、まんざら間違いではなかったかもしれません。
米軍がイオウジマと発音していたのは、「硫黄島の砂」の原題が"Sands of Iwo Jima"であることからも明らかです。ところで旧日本軍はどのように発音していたのでしょうか。
コメント

年金はどうなっている?

2007-06-17 18:09:36 | 歴史・社会
年金記録漏れが5000万件あるのさらに1500万件以上あるの、といった問題が議論されています。何か年金問題はこの記録漏れだけが問題であるような報道のされ方です。

もちろんこれも大問題です。
そもそも、データベースが地方自治体から社保庁に移管するとき、入力を担当したバイトの入力ミスがあったこと、それを考慮せずに地方自治体のベースデータ廃棄を許可したことなど、ずいぶん前に話題になったように思います。最近になってはじめて明らかにされたような報道がおかしいです。

記録漏れ以外の議論すべき年金問題というと、まず、150兆円近くになる年金財源が年金官僚に食いつぶされている、という問題があります。グリーンピアが象徴的ですが、金額的にはこれなど氷山の一角のようです。

もうひとつ、少子高齢化で年金制度が崩壊することはずいぶん前から見え見えだったのに、年金制度崩壊を防止するための制度再構築を先送りし続けた問題があります。

現在の年金制度が将来崩壊するか否かを予測する上で、少子化が今後とも進行するのか否かで結論は大きく変わります。ずっと減少し続けている出生率が、来年から突如増加に転じるとの前提を採用したら、「現行年金制度は崩壊しない」という結論が出ても不思議ではありません。

下の図をご覧ください。出生率の推移実績と、年金制度検討に使われた将来予測とが同じ図の中に描かれています。

図中に、1976年予測から始まって、ほぼ5年ごとに「推計」と書かれたグラフがあります。これが、5年ごとの予測値です。例えば1992年予測では、1992年まで減少し続けた出生率が、突如として上昇に転じ、1920年には1.80まで回復する予測になっています。
そしてこの予測値を用いて、年金制度の健全性が推定されていたのです。

5年ごとの予測が、判で押したように「すぐに上昇に転じる」と予測し、いずれも見事に外れています。
日本の年金制度は、このようないい加減な人口動向予測値によって検証されてきました。とっくに少子高齢化を織り込んで将来の年金財源を確保すべき制度改正を行うべきであったのに、それをせずに問題を先送りし、崩壊の時期を早める結果となっているのです。

このような出生率予測がなぜまかり通っているのでしょうか。
予測は、国立社会保障・人口問題研究所(社人研)によってなされてきました。
2006年8月8日 読売新聞に経緯が記されています。
「社人研は、過去の出生率などを統計的に分析し、その傾向が基本的には今後も続くと見て将来を予測する。女性の高学歴化や経済成長率など将来の社会・経済の変動を、計算式に直接組み込んでいるわけではない。」
「社人研は7日の人口部会で、「公的な人口推計は客観性が重要。人口との関係が明らかでない社会経済要因の仮定は使うべきでない」として、推計方法の基本は変えない考えを強調した。」
「過去の大甘な出生率予測は、公的年金の財政に大きな悪影響を及ぼした。
 公的年金は現役世代の払う保険料が、その時の高齢者に年金として給付される。少子化で将来の現役世代が減れば、給付削減や保険料の引き上げが必要になる。
 だが、少子化傾向が鮮明になった1970年代後半以降も、楽観的な人口推計を前提に年金改革が行われたため、結果的に年金財政の本来の実力より多い給付、低い保険料という大盤振る舞いが続けられてきた。少子高齢化に対応した抜本改革が先送りされ、ツケが将来の世代に回された。
 ただ、これは社人研だけの責任ではない。出生率の正確な予測が技術的に難しい以上、政府・与党が推計を政策立案にどう使うかが、より重要な問題だからだ。
 政府・与党は04年の年金改革で、標準的会社員と専業主婦の「モデル世帯」が受け取る給付水準について、将来も現役世代の平均手取り賃金の50%以上を確保すると国民に公約した。
 だが、仮に05年の出生率1・25が将来も続いた場合、給付水準は48%程度まで下がると試算されている。出生率が下振れする可能性を十分に考慮せず、安易な約束をしたことが、かえって年金不信を招いた面がある。」

年金問題を総合的に論じた報道を渇望しています。
コメント

三遊亭円生古典落語

2007-06-16 21:12:05 | 趣味・読書
しばらく所在不明だったカセットウォークマンが出てきました。ZARDの曲がカセットに入っているので、それを聞こうと思って探したのです。

私は三遊亭円生(圓生)の落語全集もカセットで持っています。購入したのは30年近く前、ある年の誕生日プレゼントで家内に買ってもらいました。録音は昭和50年頃になっています。
カセットウォークマンが見つかったことだし、久しぶりに円生を聞くことにしました。

古典落語を聞く楽しみのひとつは、江戸時代の江戸町人の暮らしぶりに触れられることです。

《文七元結》
本所だるま横町に住む左官の長兵衛は、腕は良いのですが博奕にはまり、極貧の生活をしています。博打に負けて帰ってきては女房のお久に八つ当たりします。17歳になる孝行娘が、よく知っている吉原の女将に身売りの相談に行きます。知らせを聞いた長兵衛は女将から、「50両の金を来年の大晦日まで貸す。それまで娘には行儀見習いをさせよう。しかし期日を1日でも過ぎたら、私も鬼になるよ。娘に客を取らせる。」と言い聞かされます。
50両の金を懐に帰る途中、隅田川に懸かる吾妻橋で身投げをしようとする若者を引き留めます。横山町のべっこう問屋の若い者で文七といい、掛け取りの50両をスリに盗まれたというのです。
ここから、2つの話が結びついて物語が進行していきます・・・

《唐茄子屋》
ある商家の息子が放蕩し、親から勘当されます。「お天道様とメシの種はついて回る」と気楽に構えていたもののすぐに食い詰め、揚げ句の果ては吾妻橋から身投げをしようとします。そこに通りかかったのがその放蕩息子の叔父さんで、貧乏して本所だるま横町に住んでいる人です。「いやな奴を助けちまった」とは言いながら家へ連れて帰ります。
叔父さんは、「改心するというのなら、自分で唐茄子を売って歩いてみろ」と放蕩息子に天秤棒で唐茄子を担がせ、行商に送り出します。
暑さと唐茄子の重さに耐えかね、よろけて往来に転げたときに、町内の気っぷの良い兄さんが助けてるれるところが活写されます。

《御神酒徳利》
馬喰町に店を構える旅籠屋は、将軍家から拝領した葵のご紋入りの御神酒徳利を家宝にしています。年末の煤払いの日、大事な御神酒徳利が台所に転がっているのを、主人公である通いの番頭が見つけます。紛失しては大変と最寄りの水瓶の中にしまいますが、そのことをころっと忘れてしまいます。
店では家宝が紛失したと大騒ぎ。主人公は、家へ帰ってから、水瓶にしまったことを思い出します。しかし今更「思い出しました」というのも格好悪い。主人公の女房の実家が占いであり、女房が知恵をつけます。「家内が占いの書物を持っていた。生涯に3回、占いで当てることができる。」と言って、御神酒徳利の有りかを言い当てます。
たまたま宿泊していた大阪の鴻池の支配人がこの話を聞きます。鴻池の娘が病にかかっている。生涯でまだ2回分残っているから、ぜひ占って欲しい、というのです。主人公は女房からも激励され、渋々出かけます。
神奈川の宿に投宿すると、その旅籠で客である武士の密書が盗難に遭い、大変なことになっています。残り2回のうちの1回の占いをしてあげる羽目になります。

神奈川での2回目の占いにひょんなことから成功します。そしてそのお陰で、鴻池での3回目の占いがうまくいき、娘の病が全快します。そのいきさつが、円生の語りでおもしろく語られます。
---------------------------------

現代の東京都中央区日本橋の横山町や馬喰町は、問屋街になっています。江戸時代にも、このあたりは商人の街だったのですね。

身投げ話が2つ有り、いずれも大川(現在の隅田川)の吾妻橋がその舞台になっているところがおもしろいですね。

貧乏人が住む長屋が、いずれも本所だるま横町であるという点も共通しています。
コメント (2)

社会人大学を占拠せよ

2007-06-14 21:19:29 | 歴史・社会
文藝春秋6月号に、立花隆氏が、「社会人大学を占拠せよ 団塊こそ”知の救世主”」という記事を載せています。

立花氏は、この4月から立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科の特任教授になっています。
この研究科はできて5年経過しますが、通算して約75%が社会人入試なのです。
立花氏がこのコースの学生たちに接したときに一番感じたのは、学生たちの学びの意欲の強さです。これほど意欲の点において質の高い聴衆に出会えることは滅多にない、と言われています。

団塊の世代が大学に入学した1966~68年は、大学への進学率がまだ12~14%でした。

シニア層を大学に迎える動きは、いま急速に全国に広まりつつあります。大学自身が、少子化で大学全入時代を迎え、新しい需要として期待しています。文部科学省もこれを後押ししています。

社会人を受け入れることは、大学にとっても教育的に良い結果をもたらしています。第一に、シニア社会人たちは勉学意欲が若い学生よりはるかに強いから、若い学生がそれに刺激されて、前より勉学に励むようになります。

意欲だけでなく、シニア層の方が知識水準も高いのです。
今の学生は、高校までで学んだ知識が穴だらけで、常識がポカポカ抜けているといいます。例えば物理については、かつて高校生の8割が物理を履修したのに、いまは物理を履修する学生がたった2割になってしまったというのです。


立花氏が東大工学部で10年ほど教える中で、「新聞を毎日読んでいる人」の数を数えていますが、この10年間で激減しています(5/80人程度)。本も読みません。
新聞社も出版社も、ひどい不況にあるようです。

立花氏は「このように深刻な日本の文化状況を救うひとつの道は、団塊の世代が大挙して大学に戻ることだと思う」といいます。

最後に・・・
立花氏「さてここでシニアの諸君にいっておきたいことが、もうひとつある。それは、残り時間を考えよということである。」
「自分が死ぬまでにしなければならないと思っていることを、まずリストアップせよ。次に自分の持ち時間を考えろ。やるべきことのリストと、持ち時間を照合して、仕事の優先順位をつけ、ごまかさずにその順番で仕事をせよ。」


私がこのブログで記事をつづるのも、同じような心境がなくもありません。残り時間の中で、できるだけ頭の中を整理し、記録しておきたい、という気持ちです。
コメント