弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

鬼丸かおる著「女性のための法律Q&A」

2013-01-29 21:35:24 | 趣味・読書
先日、「最高裁判事に鬼丸かおる弁護士が内定」でご紹介したとおり、弁護士の鬼丸かおるさんが最高裁判事に内定しました。
鬼丸弁護士の経歴はというと、新聞記事に記載されているとおり、“東京大法学部卒、1973年司法修習生。日本女性法律家協会副会長や内閣府国民生活審議会委員などの経歴があり、現在は債権回収会社の取締役、防衛省防衛人事審議会委員などを務める。最高裁司法研修所の教官を経験している。”という点まではわかっています。また、杉並区の教育委員を長く務められていました。
私自身が存じ上げる範囲では、東京虎ノ門で個人の法律事務所を開設され、最近はもう一人の弁護士とお二人で事務所経営をなさっています。われわれ庶民が直面する問題についての訴訟代理人として極めて優秀で頼りがいがあり、それでいてとても気さくな方です。
さらに、上記経歴以外に、具体的にどのような法律分野でご活躍されているかを知りたいと思い、アマゾンで著書を検索してみました。その結果、以下の著書がヒットしました。
女性のための法律Q&A―若い女性のトラブル解決
鬼丸かおる・村千鶴子
新日本法規出版
成年後見の法律相談
離婚給付算定事例集-養育費・財産分与・慰謝料-
弁護士専門研修講座 相続・遺言 ―遺産分割と弁護士実務―
そこで、一番上の「女性のための法律Q&A―若い女性のトラブル解決」を購入してみました。平成11年発行で、新刊書としては購入できませんが古書として購入できました。
「はじめに」では以下のように紹介されています。
『この本を執筆した私たち2人は、約25年間さまざまな紛争の解決に当たってきた女性弁護士です。この短くはない経験から、私たちはトラブルに備えて知識を持って頂くことの重要さをずっしりと感じてきました。そして、若い方達にトラブルに対処する方法を知っていただきたいという思いが募ってまいりました。その結実がこの本です。
若い女性達が法的なトラブルに、より賢く向かい合って、若い時間を少しでも無駄なく生かせるようにと、女性弁護士の経験と知恵を凝縮して執筆したつもりです。
・・・
この本を求めて下さった方が私たちの成果を受け止めて下さり、トラブルに上手に対処して人生をより充実して過ごされることを切望してやみません。』
この文章こそ、鬼丸弁護士のご経歴を語っているものと思います。

本の構成は、
第1 楽しむ
第2 買い物をする
第3 ローン・クレジットを利用する
第4 住む
第5 独身生活をエンジョイする
第6 結婚する
第7 離婚する
第8 働く
第9 事故にあう
となっています。このうち、第5~第7の全部と第8、9の一部を鬼丸弁護士が担当されています。

本の末尾【著者紹介】によると、東京家庭裁判所調停委員・参与委員、東京簡易裁判所司法委員という経歴が紹介されています。
また、さらに以下の著書が紹介されています。
共著「夫婦親子の法律実務」(新日本法規)
共著「夫婦親子の法律相談」(制林書院)
共著・ペンネーム影山「民事弁護と裁判実務6損害賠償」
旧姓をペンネームにされたことがあるのですね。

以上判明した、鬼丸かおる弁護士の著書の表題から、鬼丸弁護士が、一般庶民、特に女性が遭遇する民事的な紛争解決について豊富な経験を積まれてきたことがわかります。
今回、最高裁判事に任命されることとなったわけですが、鬼丸弁護士のこの経歴を活かしていただければ、日本国民の、特に女性のために役に立つ施策が大いに前進するに違いないと期待しているところです。
頑張ってください。
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浜田宏一「アメリカは日本経済の復活を知っている」

2013-01-27 15:32:48 | 歴史・社会
浜田宏一氏は時の人となっています。
最近では、浜田氏の一言で、ドル円がピンと動いて円安を実現するほど、マーケットに影響力を及ぼしています。
それもこれも、安倍新政権が金融政策をアベノミクスの肝にすえ、浜田氏をアベノミクス推進のために内閣官房参与に招聘したからに他なりません。
その浜田氏の著作が1月8日に刊行になりました。
アメリカは日本経済の復活を知っている
浜田宏一
講談社
私は年末の段階からアマゾンに予約していたのですが、受け取ったのは1月12日になってからでした。

アベノミクスが推進する金融緩和がこれだけ為替相場と株式市況に大きな影響を与えることが明らかになった後の書籍発行ですから、てっきり、浜田氏が安倍政権と関係を持つようになった後の企画図書かと思っていました。
ところが、本のまえがきには以下のように記載されていました。
『奇しくも本書の最終校正中に、日頃から私の意見を理解してくださる自由民主党総裁・安倍晋三氏から国際電話がかかってきた。2012年12月16日の衆議院議員選挙で論点になる日銀の政策に関する質問であった。私は恐縮しながらも、「安倍先生の政見は、まったくもって正しいのです。自信を持って進んでください」とお答えしたが、その理由については本書で詳しく説明している。』
即ち、この本の執筆は、今回の政権交代とは関係なく企画され執筆されてきたのであり、たまたま本の発行日が極めてタイムリーになっただけのことであるようです。

さらに、本のあとがきによると、講談社の編集者である間淵隆氏と出合ったことから、この本の企画が始まったようです。浜田さんがそのときに考えていた書物の内容を話したところ、間淵氏から「それは、デフレ、円高の経済学で、専門家だけが読むものです。より広い読者のためには、その社会学を書いてください」と言われました。その結果できあがったのがこの本だとのことです。

私は昨年11月23日に「自民党安倍総裁の金融政策」として記事を書きました。そのなかで、1年前の「白川相場」について書いています。
『ところで、同じような状況はほんの半年前(平成12年3月)にもありました。日銀の白川総裁が「インフレのゴールを1%とする」と発言し、10兆円の追加緩和を発表しただけで、ドル円は83円まで円安となり、日経平均は1万円を超えました。私はこの現象を「白川相場」と呼ぶことにします。(日銀の10兆円金融緩和で為替レートは?民間事故調報告書・日銀と円安の進行
ただし白川相場は長続きせず、1ヶ月後にはしぼんでしまいました。
マスコミやエコノミストは、現在の安倍相場を批判するのであれば、半年前の白川相場が実は何だったのか、そしてその後も継続して追加緩和を行っているのに、なぜ市場は反応しなくなったのか、ということをきちっと検証してほしいです。
私が今の時点で疑っているのは、日銀は10兆円、さらに10兆円と追加緩和を重ねてきたことになっていますが、実態としてのマネーサプライは増えていないのではないか、ということです。一時的に増えても、短期国債しか購入していないからすぐに減ってしまうとか・・・。』

上記私の着目点と同じことを、浜田氏も着目していました。昨年3月の「白川相場」に着目して検証しているのです。
まず「まえがき」では
『「金融政策だけではデフレも円高も阻めない」--これが、経済学200年の歴史に背を向ける「日銀流理論」だ。
だが、2012年2月14日、日銀が1パーセントのインフレ「ゴール」を設定すると、たちまち株価は1000円高、円は4円安となった。はっきりと効果が認められたのだ。』と記しています。
ところが実際は、株高と円安は1ヶ月しか続かず、あっという間にもとの株安と円高に戻ってしまいました。なぜ白川相場はあっという間にしぼんでしまったのか。その点を浜田氏は著書の中で繰り返し語っています。2月14日の日銀政策変更が有効だったのは、それがうまく期待に働きかけたからだが、期待効果が有効に働くのは、期待がもっともらしい、信頼できるものでなければなりません。その後の総裁談話や講演の内容は、「金融緩和はデフレ脱却には効かないのです」というものでした。そしてその政策変更以降、日銀政策審議委員会は、買い入れ資産の5兆円増額を除いては、なんら金融緩和の具体的あるいは数量的な後押しをしなかった、といいます(同書33ページ)。

今回のアベノミクスの目的は、「デフレを脱却し、その後に経済成長を取り戻すこと」です。金融緩和によっでインフレ期待をかもしだし、まずは為替の円安と株高という結果を引き出すことはその入口に過ぎません。これから先、1年前の白川相場と同じように途中で尻すぼみに陥るのか、それとも力強くデフレを脱却して経済成長をとりもどすことができるのか、まだはっきりしません。少なくとも、金融緩和の本気度が試されるのは、次の日銀総裁が決まってからになるかのようです。
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NHK日曜討論 浜田宏一vs野口悠紀雄

2013-01-24 21:11:00 | 歴史・社会
1月20日のNHK「日曜討論」は安倍政権の経済政策がテーマであり、出演者は政府代表として甘利明経財相、財界から日本商工会議所会頭で東芝相談役の岡村正氏、学者として浜田宏一氏と野口悠紀雄氏が出演していました。
私は途中からみたことと、テーマが経済であって私の専門外のため、議論がはじまると何が正しいのかちんぷんかんぷんです。
一点だけ、浜田教授はご年齢のためか、しゃべりに歯切れがなかったことは間違いありません。

この番組での議論について、植草一秀氏は『知られざる真実』(2013年1月20日 (日))で以下のように発言されていました。
野口悠紀雄教授に論破された「ガルダス」浜田教授
『浜田宏一氏は私も学生時代に金融論の講義を受けた者の一人だが、現時点では主張の説得力を完全に失ってしまっている。
自説の主張を繰り返すだけで、批判に対する明確な反論を示すことができていない。
・・・・・
しかし、過去に日銀が量的金融緩和政策を発動した際にほとんど効果が得られなかった点についての説得力ある説明をまったく示すことができなかった。
・・・・・
マネーを生み出す源になる資金という意味で、これを「ハイパワードマネー」や「ベースマネー」などと呼ぶが、この増加はマネーサプライを増加させるための「必要条件」でしかない。
実際にマネーサプライが増加するには、このように供給されたハイパワードマネー、ベースマネーを金融機関が活用して、市中に対する与信行動を積極化させることが必要なのである。
・・・・・
日本における過去の量的金融緩和局面の現実とは、ベースマネーの供給は増やしたが、マネーサプライの増大は実現しなかったというものである。
野口悠紀雄氏はこの点を明確に説明した。
しかし、浜田氏はこの点に対する反論を示せなかった。
浜田宏一氏は私も学生時代に金融論の講義を受けた者の一人だが、現時点では主張の説得力を完全に失ってしまっている。
自説の主張を繰り返すだけで、批判に対する明確な反論を示すことができていない。』

これは手厳しいです。
とびっくりしていたら、植草氏と真反対の評価が現れました。

浜田宏一教授が圧勝した野口悠紀夫氏との議論!アベノミクス実現で「1ドル=120円、日経平均1万6000円」も見えてくる
2013年01月21日(月) 高橋 洋一
『金融政策に効果について、野口氏は「2001-2006年の量的緩和政策が行われたが、経済には何の影響も及ぼさなかった。金融政策は効果がない。というのは、貸出需要がでないから」と主張した。
量的緩和に官邸サイドで多少関与した者としては野口氏の言い分は奇妙だ。これで予想通り金融緩和で円安にしてGDPを押し上げたことで、過去10年間で一番高い名目GDP、一番高い株価、一番低い失業率をたたき出したので、効果がないはずない。
浜田氏は、中央銀行の独立性を目標の独立性と手段の独立性に分けて説明していたが、野口氏は両者をひとくくりで説明していた。』

高橋洋一氏は、言わずと知れたリフレ派の論客です。
それに対して、調べてみたら、植草一秀氏は「金融緩和は効かない」という所論の持ち主なのですね。
結局、NHKの番組における浜田浩一氏と野口悠紀雄氏の論争を評価するに際し、リフレ派と反リフレ派の論客がそれぞれ「自説を主張する論者が論争に勝った」と評価しているのです。

今までも、リフレ派と反リフレ派は、それぞれが自説を有利に導くデータを指し示して自説の正しさを強調していますが、われわれ素人にはどちらの説が正しいのか皆目見当が付きません。両者が論争してくれればいいと思っておりまして、その意味では日曜のNHK番組はそのような論争が組まれたわけですが、結局は闇の中に終わったのでした。
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最高裁判事に鬼丸かおる弁護士が内定

2013-01-20 11:58:44 | Weblog
最高裁判事に5人目の女性 鬼丸かおる弁護士が内定
朝日新聞2013年1月18日
『政府は18日の閣議で、東京弁護士会の鬼丸かおる弁護士(63)を最高裁判事に任命する人事を決めた。
・・・鬼丸氏は第二小法廷に所属する予定で、女性が3人同時に務めるのは初めて。
・・・鬼丸氏は東京大法学部卒、1973年司法修習生。日本女性法律家協会副会長や内閣府国民生活審議会委員などの経歴があり、現在は債権回収会社の取締役、防衛省防衛人事審議会委員などを務める。
・・・最高裁司法研修所の教官を経験している。 』

鬼丸弁護士については、われわれ庶民が直面する問題についての訴訟代理人として極めて優秀で頼りがいがあり、それでいてとても気さくな方であることを存じ上げています。
そのように個人で弁護士業を営まれてきた方が、最高裁判事に任命されるということに最初は驚きましたが、最高裁判事にはこのような人事こそ必要かもしれないと納得しました。これからのご活躍を期待しています。
最高裁判事というとわれわれと直接に関係が生じることは普通はありません。しかし、審決取消訴訟で上告がなされれば最高裁判事の判断を仰ぐことになりますので、弁理士であるわれわれが関与した案件について直接にご判断いただく機会があるかも知れません。

p.s.  なお、鬼丸かおる氏は私の高校時代のクラスメートなのでした。
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第9回審査基準専門委員会

2013-01-16 20:44:21 | 知的財産権
昨日、このブログで産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会 審査基準専門委員会第8回(平成24年11月12日)議事録について話題にしたばかりでした(審査基準専門委員会議事録)。
そうしたところ本日、第9回(平成25年1月10日)の配布資料が同じページにアップされたのでした。

そこで、配付資料について閲覧したところ、下記『「発明の単一性の要件」、「発明の特別な技術的特徴を変更する補正」の審査基準改訂の骨子(案)』を読んで目まいがしそうになりました。
シフト補正の審査基準案は3ページに以下のように記述されています。
『Ⅱ 「発明の特別な技術的特徴を変更する補正」の審査基準改訂の骨子(案)
1 基本的姿勢
先行技術調査・審査のやり直しとなるような補正を制限するという、発明の特別な技術的特徴を変更する補正を禁止する規定を設けた趣旨を踏まえ、発明の特別な技術的特徴を変更する補正か否かの判断を、必要以上に厳格に行うことがないようにする。
2 審査の進め方
補正後の特許請求の範囲が補正前の特許請求の範囲に続けて記載されていたと仮定したときに、改訂後の「発明の単一性の要件」の審査基準によって審査対象となる補正後の発明については、特許法第17条の2第4項の要件を問わないこととする。』

何ということでしょう。これは凄いことになりました。
例えば、補正前が
『請求項1 A
請求項2 A+B』
で、請求項1にSTFが認められなかった場合、
補正後
『請求項1 A’』(A’はAを減縮した発明)
であってもシフト補正とされることがなくなるのです。
それは、補正前が
『請求項1 A
請求項2’ A’』
と続けて記載されていたと仮定したときに、この請求項2’は『改訂後の「発明の単一性の要件」の審査基準によって審査対象となる補正後の発明』に該当すると思われるからです。
従って、私が昨日の審査基準専門委員会議事録で要望したところの、『・審査された補正前の独立請求項からの減縮補正はシフト補正とするべきではない。』という要望が満たされることとなったのです。

ps 1/16 20:55
記事をアップした後に読み直したら、ちょっと不安になりました。
私は改訂審査基準を『補正後の請求項1が補正前の請求項1に続けて記載されていたと仮定したとき』の意味で読んだのですが、正確には『補正後の特許請求の範囲が補正前の特許請求の範囲に続けて記載されていたと仮定したとき』です。私が解釈したように解釈できるのかどうか・・・。今後の議論待ちです。
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審査基準専門委員会議事録

2013-01-15 22:23:26 | 知的財産権
平成24年11月12日に開かれた産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会 第8回審査基準専門委員会」については、議事要旨が公開された段階で審査基準専門委員会「シフト補正禁止の審査基準」として記事にしました。その小委員会の議事録が公開になりました。

日時:平成24年11月12日(月)10:00~12:00
出席者:中山座長、奥村委員、奥山委員、片山委員、君嶋委員、田中委員、長岡委員
で、以下の(1)と(2)が話し合われています。(1)は事務局からの報告、(2)が委員による議論です。
(1)第7回審査基準専門委員会以降の審査基準の改訂について
(2)「発明の単一性の要件」、「発明の特別な技術的特徴を変更する補正」の審査基準について

議事録を見ると、
「○ ・・・」
が7項目、掲載されています。○一つが一人の発言の固まりだとしたら、7人が発言したことになります。出席した委員の人数と一致しています。

そして発言の内容を読んでみると、出席者が議論を闘わせたというより、発言者それぞれが、言いたいことを発言しているのみであり、ひとつの○発言と次の○発言の間には基本的につながりがありません。

事務局としては、配付資料の『資料8 「発明の単一性の要件」、「発明の特別な技術的特徴を変更する補正」の審査基準の点検ポイント<PDF 185KB>』に従って議論をしてもらい、審査基準改定の方向付けのお墨付きが欲しかったのでしょうが、その方向には全く進んでいません。
特にシフト補正については、二番目の○発言
『○ シフト補正禁止の制度そのものをなくすことから検討することはできないか、それが難しいなら、この制度を導入する前の運用にまで要件を緩和すべきである。非常に厳格に適用されているケースが多く、出願人と審査官の双方にコストがかかる非効率的な制度になっている。』
により、事務局の方向付けは完全に崩壊してしまいました。

五番目、六番目の○発言では、資料8の記述に沿った議論にはなっています。

いずれにしろ、『資料6 発明の単一性の要件、発明の特別な技術的特徴を変更する補正の審査・審査基準に対するユーザーの意見・要望<PDF 141KB>』の
2.ユーザーから寄せられた意見・要望
(2)シフト補正の判断について
の一番に挙げられた要望
『・審査された補正前の独立請求項からの減縮補正はシフト補正とするべきではない。』に関しては、何の議論もなされていません。
事務局が資料8にこの要望を記載しなかった結果、委員の人たちはこの要望に気づかなかったのでしょう。

この要望は日本弁理士会からの要望でもあります。日本弁理士会会長が委員として出席しているのですから(このときは奥山弁理士)、ぜひ次の委員会では、『・審査された補正前の独立請求項からの減縮補正はシフト補正とするべきではない。』について個別に議論に挙げて欲しいものです。
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森喜朗氏「私の履歴書」

2013-01-13 21:24:44 | 歴史・社会
この3連休は、村上春樹著「1Q84」を読むことで前半の2日間が終わりました。ブログ記事執筆が滞っています。

昨年年末、日経新聞「私の履歴書」は森喜朗氏のシリーズでした。
12月29日の第28回の内容についてメモしておきます。

《小泉後継内閣》
小泉内閣が終了した後、後継内閣の首相として森氏は福田康夫氏が適任と考えていました。小泉内閣の5年間で外交も国会も、役所との関係もかなり荒れていたため、政治をいっぺん落ち着かせる必要があると考えていたのです。それには安定感のある福田さんが適任であると森氏は考えました。しかし小泉さんは安倍晋三氏を推しました。
森氏は安倍氏に「あなたはまだ若い。1回見送っても良いのではないか」と忠告したのですが、安倍氏は世論調査が安倍氏圧倒的有利であることを挙げ、非常に強気でした。しかし結果はご覧の通りです。

《大連立構想》
ここでは、福田内閣における小沢一郎氏との大連立構想の裏側が語られています。
小沢さんは最初、読売新聞の渡辺恒雄さんを仲介に立てて福田康夫氏に大連立を持ちかけたのですが、福田さんは煮え切りません。そこで渡辺氏が森氏に電話したのです。渡辺氏に代わって森氏が仲介に立ってくれないかということです。
森氏は福田首相の了解を取った上でパレスホテルに出向き、小沢さんと会いました。
小沢「おれは参院選で大勝して党内から選挙の神様みたいに尊敬されている。今なら党内は全部おれの言うことを聞く。みんな、おれのマジックにかかっているんだよ」「民主党にはろくな人材がいない。みんなバカばっかりだ。このまま政権を取っても危うい。一度、大連立を経験した方がいいと思うんだ」
森氏は福田さんに報告し、伊吹文明幹事長にも「大連立で執行部をまとめてほしい」と話し、中川秀直氏を呼んで「各派閥に根回ししてくれ」と頼みました。
このようにして自民党側は、組織としての動きができていました。
ところが民主党側は違いました。小沢氏が民主党に持ち帰ると見事に党内の猛反対に遭って、この話はご破算になったのです。小沢氏からは詫びの言葉もなく、その後の民主党は手のひらを返したように強硬路線を突っ走りました。

3年間続いた民主党政権は、小沢氏の予言どおり政権担当能力の無さを露呈して混迷続きでした。今更ながら、大連立構想当時に小沢氏が言ったとおりだったなと痛感します。当時の民主党は、政権交代間近で、小沢氏の言うことなど耳を貸さずいけいけどんどんでした。
小沢氏も小沢氏で、「今なら党内は全部おれの言うことを聞く」などと自信過剰になるべきではありませんでした。当時の民主党内の雰囲気を考えれば、根回しもせずにいきなり「明日から大連立だ。もう決まった」などといわれて「はいそうですか」とはならなかったはずです。

小沢氏による大連立構想とその失敗、そしてその後の東京地検特捜部による小沢氏追求とそれによる民主党代表の交代(小沢氏 → 鳩山氏)は、日本の政治を大きく混迷させる原因となりました。そのとき既に、民主党への政権交代はほとんど既定路線でしたから、この2つの事件による民主党の弱体化は日本の国益を大きく損なうこととなりました。

さらに遡れば、安倍第1次内閣における政権投げ出しが、日本の政治混迷のきっかけとなりました。あのとき安倍晋三氏がもう少し政権を持ちこたえれば、1年短命政権が6代も続くことにはならなかったように思います。森氏が考えたように、安倍晋三氏はもう少し満を持して総理に就任すべきだったのでしょう。

こうして見ると、森喜朗氏は、第1次安倍短命内閣誕生のいきさつ、小沢一郎氏による大連立構想の両方に強く関わっていたことがわかり、興味を引かれます。
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特許庁システム開発で何が起こったのか

2013-01-08 20:43:52 | 知的財産権
<特許庁>新システム開発頓挫 東芝子会社と契約打ち切りへ
毎日新聞 1月5日(土)15時5分配信
『特許庁は、特許や商標の出願情報を処理する新システムの現行の開発計画を断念した。受注した東芝子会社の作業が遅れ、続行は不可能と判断した。近く契約を打ち切り、入札をやり直す。開発にはコンサルタント会社分も含め50億円超を支出しており、同庁は返還を求める方向で検討する。審査業務の迅速化につながる新システム導入が遅れる恐れもあり、専門家からは「日本の知的財産戦略に影響が出かねない」との声が上がっている。・・・・・
並行して、2月にも新基幹システムの開発計画を作り直し、業者選定に入る。ただ、完成は22年以降にずれ込む見通しで、今後10年前後は現行システムを改修しながらの運用を強いられる。新システムの導入を前提に計画されていた出願業務迅速化や特許、商標登録の多様化などのサービス拡充策に影響が出る可能性もある。』

一体何が起こっているのかと調べてみたら、この問題は1年前からすでに開発中止が決まっていたのですね。以下の記事が最も詳細に事件を追っていました。
55億円無駄に、特許庁の失敗 2012/12/10 出典:日経コンピュータ 2012年7月19日号
《2004年、特許審査や原本保管といった業務を支援する基幹系システムの全面刷新を計画》
従来の政府のシステムは、構築とメンテに膨大なコストがかかっていました。これを低コストのシステムに入れ替えようという考え方のようです。
特許庁の情報システム部門担当者(以下A職員)が調達仕様書を作成しました。
『業務プロセスを大幅に見直し、2年かかっていた特許審査を半分の1年で完了することを目指した。度重なる改修によって複雑に入り組んだ記録原本データベース(DB)の一元化に加え、検索や格納などの基盤機能と法改正の影響を受けやすい業務機能を分離し、保守性を高めるという野心的な目標を立てた。一方で、全ての情報をXMLで管理するなど技術的難度が高く、十分な性能を出せないなどのリスクを抱えていた。』
ところが、仕様書の骨格が固まった2005年7月、A職員は異動となりプロジェクトを離れたのです。「役人の2~3年ローテーション制度」の弊害によるのでしょうか。

《2006年7月に入札を実施》
○ 一般競争入札
○ 大規模プロジェクトについては分割発注を原則
一般競争入札の恐ろしさ、それは、“安い入札価格の業者が本当に実力を有しているか”の判断を、利用者側が下さなければならないことです。正しい判断を行うためには、利用者側がシステムに精通している必要があります。
『落札したのは東芝ソリューションだった。技術点では最低だったが、入札価格は予定価格の6割以下の99億2500万円。これが決め手となった。』

《2006年12月プロジェクト開始開始》
『特許庁は東芝ソリューションにこんな提案をしたという。
 「現行業務の延長でシステムを開発してほしい」。
業務プロセス改革(BPR)を前提にシステムを刷新するのではなく、現行システムに機能を追加する形でシステムを開発しようというわけだ。』
恐ろしいことです。
プレーヤーは3者です。
①ユーザーの利用部門
②ユーザーのシステム部門
③システムベンダー(東芝ソリューション)
システム設計方針の大幅変更が、システム開発にどのような影響を及ぼすのか、しかるべき部署がきちんと評価する必要があります。しかし①が方針変更の要求を出し、それに対して②が待ったをかけられませんでした。③は言われたとおりに進めるしかありません。
東芝ソリューション(東ソル)は、現行の業務フローを文書化するため、2007年5月までに450人体制に増強しますが現行業務の把握に手間取りました。遅れを取り戻すため、2008年には1100~1300人体制にまで増員しましたが、さらなる混乱をもたらしました。ただただ、現行業務について聞き取った結果を書き写した書類が積み上がるばかりです。

《2009年4月、A職員プロジェクト復帰》
プロジェクトの仕切り直しを図り、開発範囲を当初の仕様書ベースに戻すことにしました。
『とはいえ本格的にプロジェクトを立て直すには、現行システムを担当するNTTデータの参画が必要なのは明らかだった。分割発注に基づくアプリケーション開発をNTTデータが落札すれば、現行業務の把握など懸念のいくつかを解消できると見込んだ。』

《2010年6月、NTTデータ等が特許庁職員にタクシー券などの利益供与をしたことが明らかに》
NTTデータ社員と特許庁の職員は逮捕されました。A職員も入札前の情報を東芝ソリューションに提供していた事実が認められ、プロジェクトを再び離れました。NTTデータには6カ月の指名停止処分が下りました。
万事休すです。

《2011年頃、プロジェクトはほとんど「開店休業」》
プロジェクトの破綻は明らかでしたが「開発中止」を認定・判断するプロセスがなかったのです。
『苦肉の策として持ち出されたのが、贈収賄事件を機に2010年6月に発足した調査委員会だった。同委員会をベースとした技術検証委員会は2012年1月に「開発終了時期が見通せない」とする報告書を公開。この報告書を根拠に、枝野幸男経済産業大臣がプロジェクトの中止を表明した。プロジェクト開始から5年が経過していた。』
(以上)

私が最も関係している省庁で、このようなことが起きていたのですね。
失敗の経緯をたどってみると、大規模システム開発で陥りやすい罠にすっぽりとはまっていることがわかります。
ニュースでは、「開発に失敗した東芝ソリューションが悪い」ということで烙印が押されているようです。東ソルに問題があるのはもちろんですが、もっと大きな問題があります。

1.競争入札でシステムベンダーを選定する際、ベンダーの実力が不明な中、一番安い見積もりベンダーに落札していいのかどうか、発注側が最も悩むところです。今回はまずそこで失敗がありました。
2.基幹業務システムを構築する際、システム設計では利用部門とシステム部門が相談して仕様を決めます。利用部門はシステムについて素人ですから、「今やっている業務をベースにしてもっと便利に」としか提案しません。それを鵜呑みにしてシステム設計したら、膨大な冗長システムができあがってしまいます。あくまで、業務改革とベアでシステム設計すべきです。今回も当初はそのような方針でしたが、途中で利用部門の声に押されて「現行業務ベース」に変更になってしまいました。
3.私も製鉄所の現場でエンジニアとして働いていたとき、職場のシステム更新の仕事を横目で見ていました。利用部門にもシステム担当者がおりましたが、長いことシステム専任でした。そうしないと使えるシステムは作れないからでしょう。それに対して特許庁は、システム担当者を異動させてしまいました。
4.悪いことに贈収賄事件が勃発し、頼みとしていたNTTデータの参画が不可能になると共に、A職員が再度離脱しました。

私も、特許庁のシステム更新の影響を垣間見たことがあります。2009年8月のことです。「審判請求費用」で記事にしました。
査定不服審判と同時に手続補正書を提出して請求項の数を減らした場合、予納口座から減らす前の請求項数で費用が引かれ、その後に納付過剰の金額が「過誤納」として戻されるという現象が起きていたのです。
特許庁に電話で問い合わせた結果、“現在の特許庁のシステムが、今回の法改正に対応し切れていない”、という実態がわかりました。
そのときの話では特許庁のシステムが今回の法改正に対応する予定はまだ立っていないようでした。「最悪では2013年のシステム更新まで現状のままかもしれません。」との認識でした。
新システムの稼働予定時期は、当初11年1月、それが12年1月、14年1月、17年1月と繰り返し延期になったようです。
私が上記記事を書いた2009年というと、A職員が復帰して立て直しを図っていた最中だったのですね。

ところで最近私は、審判請求時に請求項数を減らしての査定不服審判をかけていません。現在、「過誤納」の問題は、現行システムの修正で解決しているのでしょうか。それとも、次のシステム更新が予定される2022年まで修正されないままなのでしょうか。
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慰安婦問題の扱いには細心の注意を

2013-01-06 19:58:18 | 歴史・社会
池田信夫氏が、慰安婦問題について最近発言を繰り返しているようです。
安倍首相は「慰安婦」問題を解決せよ2012年12月28日
「慰安婦問題」の確証バイアス2013年01月05日
これは発言を読むと、日本の国益を損ないかねない危険な主張がなされています。

池田氏の発言の中には、佐藤優氏や東郷和彦氏の論説に対する反論が見あたりません。まずは、佐藤氏と東郷氏の論説に目を通し、反論があればぜひして欲しいものです。

佐藤優氏は、「佐藤優直伝インテリジェンスの教室 読書ノート」2012年12月12日号において、
『今回は、12月16日の衆議院議員選挙(総選挙)後、日本が直面する焦眉の外交問題で、かつ日本の政治エリートが過小評価している問題について掘り下げた。インテリジェンス・レポートでは、イスラエル・パレスチナ関係について、読書ノートでは慰安婦問題を取り上げた。この2つの問題のハンドリングが自民党、「日本維新の会」にとっての超難題であるのだが、当事者はそのことに気づいていないようだ。民主党は選挙で頭がいっぱいで外交について考える余裕すらない。実に情けなく、かつ危険な状態が続いている。』
上記公開のページでは、内容を閲読することができません。有料のメルマガでは以下のように紹介されています。
『●東郷和彦
「私たちはどのような日韓関係を残したいのか
『普遍的人権』問題としての慰安婦制度」『世界』(岩波書店)2012年12月号
慰安婦問題が、今後の日本外交に与える意味を日本の政治家、有識者、マスメディアはほとんど理解していない。外務省の条約局長、欧州局長、駐オランダ大使を歴任し、オランダ慰安婦問題を直接扱った東郷和彦氏(京都産業大学客員教授)のこの論考は、対米外交における慰安婦問題の重要性をわかりやすく説明している。』

私は、『世界』10月号を古本で購入し、「私たちはどのような日韓関係を残したいのか」を読みました。池田信夫氏も読むべきです。

日本の対応次第で、日本が世界から囂々と非難される危険があります。3つの発火点が考えられます。

第1に、安倍政権と米国世論との関係です。2007年には、安倍首相がぶらさがり懇談で「強制性はなかった」と発言したことから、米国の世論とマスコミのすべてを敵に回すことになりました。今回、安倍総理は十分に肝に銘じているとは思いますが。
ただし5日の報道によると、菅官房長官は4日、内閣記者会のインタビューに応じ、政府の歴史認識をめぐって、未来志向を強調した新たな「安倍談話」を出すことを検討する考えを表明したそうです。くれぐれも、世界の潮流と逆向きの談話にならないよう、細心の注意を払ってください。

第2に、安倍政権と韓国政府との関係です。韓国政権は、反日と慰安婦問題を掲げない限り国民の支持が得られない構造となっています。韓国最高裁判決が出ていることも無視できません。野田政権は李明博大統領への対応を誤りましたが、安倍政権はうまく対応できるでしょうか。

第3に、政府以外の動きも重要です。2007年に日本の超党派国会議員らが、米紙に全面広告を出したことが、最終的にアメリカを敵に回す決め手になりました。今回の池田信夫氏の連続する発言は、同じ過ちにいたる危険性を秘めています。

なお、この問題に対する私の意見については、「世界」誌での東郷和彦氏の見解と同じ方向です。下記の記事に繰り返し記載してきましたので、ここでは記しません。

従軍慰安婦問題 2007-04-15
河野談話 2007-04-17
慰安婦問題とアメリカ 2007-04-19
従軍慰安婦問題 2007-06-21
従軍慰安婦問題と韓国 2011-12-23
従軍慰安婦問題~2007年閣議決定とは 2012-08-27
従軍慰安婦~質問主意書と答弁書 2012-09-03

と考えていたら、『日本軍「慰安婦」 強制を否定/安倍首相が賛同/米紙に意見広告 4閣僚も/国内外の批判は必至/昨年11月 』しんぶん赤旗2013年01月06日という記事が飛び込んできました。
『米国の新聞に昨年11月に掲載された日本軍「慰安婦」問題を否定する意見広告に、安倍晋三首相と4人の閣僚(別項)が、賛同者として名前を連ねていることがわかりました。安倍首相は、「慰安婦」問題で政府として「おわびと反省」を表明した河野官房長官談話(1993年)を見直すことを示唆しており、そのこととあわせて内外から強い批判が起こることは避けられません。
・・・
意見広告は、米ニュージャージー州地元紙「スターレッジャー」2012年11月4日付に掲載されました。「女性がその意思に反して日本軍に売春を強要されていたとする歴史的文書は…発見されていない」「(「慰安婦」は)『性的奴隷』ではない。彼女らは当時世界中のどこにでもある公娼制度の下で働いていた」などとのべ、強制性と日本政府の責任を否定する主張をしています。』
もしこれが本当なら、安倍政権は日米関係と日韓関係において大変な激震に見舞われることになるでしょう。
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突然「アラモ」のポスターを見つけた

2013-01-05 18:42:29 | 趣味・読書
明けましておめでとうございます。
新年最初の記事が、時期遅れのクリスマスネタで申し訳ありませんが・・・。

昨年12月、明大前の駅のホームで1枚のポスターに目が留まりました。このポスターです。
遠くからポスターを見た瞬間、私の遠い記憶の中にあるひとつの建物と合致しました。そうだ。私が知っている範囲のものであれば、この建物はアラモ砦のはずだ。
近づいてよく見たら、ありました。
"Merry Christmas from the Alamo. iichiko"
と書かれていました。私の記憶どおり、この建物はアラモ砦だったのです。

私がこの建物を見たのは映画のなかでです。
1960年、「アラモ」というアメリカ映画がありました。主演・監督がジョンウェインです。1836年に、今のアメリカ・テキサス州のサン・アントニオ付近にあるアラモ砦を舞台にして、テキサス人の独立運動派とメキシコのサンタ・アナ軍との間で戦闘が行われました。そのアラモ砦の正面が、イイチコのポスターに映っている建物なのです。
映画のあらすじはこちら映画のポスターに見える建物が、私の記憶しているアラモ砦です。

ウィキペディア英語版(Battle of the Alamo)には以下の写真がありました。
Frank Thompson, The Alamo (2005), p.106
これが1854年当時の実際のアラモ砦跡でしょう。

さらに調べると、Official website for the Alamoが見つかりました。このページに写っている建物が、恐らくは現在のアラモ砦跡に違いありません。

そうすると、アラモ砦の姿としては、
①アラモの戦いが終わった直後の姿
②現在の姿
③1960年の映画「アラモ」で描かれた姿
の3つがあり、イイチコのポスターでは②が用いられ、私の記憶は③であった、ということになります。

それにしても、50年以上も前に見た映画で使われていた建物を、よくも覚えていて一瞬で思いだしたものです。小中学生の頃の記憶というのは恐ろしいですね。
実は中学時代に西部劇に凝っていまして、技術家庭の工作課題で、アラモ砦を形取った状差しを作ったりしていたので、印象が強かったこともあります。
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