弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

運輸安全委員会が米海軍フィッツジェラルド衝突事故報告

2019-08-30 18:32:21 | 知的財産権
国土交通省の運輸安全委員会ホームページにおいて、「8月29日事故等調査報告書を公表しました」とのアナウンスがされていました。その中に、
・コンテナ船ACX CRYSTALミサイル駆逐艦USS FITZGERALD衝突事故(静岡県南伊豆町石廊埼南東方沖 、平成29年6月17日発生)
発生年月日:2017年06月17日
事故等種類:衝突
事故等名 :コンテナ船ACX CRYSTALミサイル駆逐艦USS FITZGERALD衝突
報告書(PDF):公表説明資料
が掲載されています。
米海軍軍艦と外国船籍の船との衝突事故ですが、日本近海ということで、運輸安全委員会の検討対象になるのですね。

本件については、事故発生の半年後に、私がブログ記事にしています。
米第7艦隊衝突事故2件
2017-11-05

運輸安全委員会報告と私のブログ記事を読み比べてみましたが、新たな発見はほとんど見当たりませんでした。
----以下2017-11-05ブログ記事---------------------
今年、アメリカ第7艦隊(横須賀を母港とする)は、深刻な衝突事故を2件起こしています。最近、米海軍作戦部(Department of the Navy / Office of the Naval Operations)は、この2つの事故に関する報告書(Memorandom for Distribution)を公表しました(pdf)。

現在、読みかけているところです。合計71ページの報告書です。内容は、2件の衝突事故について、「衝突まで」、「衝突後」の状況が説明されています。私は取りあえず、「何が原因で衝突したか」を知りたいので、「衝突まで」に興味があるのですが、報告書は残念ながら、ページ数としては「衝突後」に大きく取られています。両事故とも、多くのセイラーが殉職しているので、どうしても救助活動の方に関心が向くのでしょう。

「衝突まで」についてざっと読んで驚くことは、決して状況が克明に再現されているわけではなく、極めてざっとした状況説明のみにもかかわらず、海軍の当事者の責任について極めて厳しくかつ断定的に断じている点です。

登場人物は以下のような人たちです。
英語 日本語(意訳)
Commanding Officer 指揮官(艦長)
Executive Officer 副司令官(副艦長)
Officer on the Deck 甲板士官(当直士官)
Junior Officer on the Deck 副甲板士官(副直士官)
Watchstander 立哨(見張り)
Bosun Mate on the Watch 当直甲板長、掌帆(兵曹)長

以下、第1の事故について、報告書を見ていきます。

《フィッツジェラルド(以下「F艦」)とクリスタル(以下「C船」)の衝突事故》


F艦とC船の航跡

上の図面で、数字は時刻(日本時間)です。
F艦は、0105から衝突直前(0129)まで、同じ進路(190度)、同じ速度(20ノット)で前進しています。
C船は、0105には東南東に進んでいましたが、0115に進路を変更し、東北東に向きを変えています。恐らく、南から北東に進んでいた別の船(Marsk Evora)との衝突を避けるため、進路を変えたのでしょう。進路変更前にはF艦と衝突するコースではありませんでしたが、0115の進路変更の結果として、C船はF艦との衝突コースに入ってしまったように見えます。
C船の進路変更前も後も、F艦から見てC船はスターボード側ですから、F艦に衝突回避義務があります。
従って、F艦の艦橋については、「0115のC船の進路変更に適時に気づき、衝突コースに入っていることを認識し、適時に衝突回避動作を行うことができたのか否か」が問題となります。
----部分訳---------
(6~7ページ)
2300日本時間、艦長と副艦長は艦橋を離れた。
0100 F艦は3隻の商船がF艦のスターボード(右舷側)からやってくる領域に到着した。
F艦はいくつかの船と交差する状況だった。海事国際ルールによれば、このような状況では、F艦には他の3船との関係で(明確になるように)操船し、可能ならば交差を避ける義務があった。F艦がこの義務を遂行しない場合、他の船は、自分の独立な操船を行う上で、早く適切なアクションをとる義務があった。衝突まで30分の間、衝突の1分前まで、F艦もC船も、衝突リスクを低減するための上記のようなアクションをとらなかった。
衝突数分前、当直士官(この船の安全航海の責任を有する)と副直士官(補助者)は、これら船(C船を含む)との関係、これらの船を避けるためのアクションの要否について打ち合わせた。最初、当直士官は、C船を他の船と混同していた。ついに、当直士官は、F艦がC船との衝突コースに入っていることに気づいた。しかしこの気づきは遅すぎた。C船も、手遅れになるまで衝突回避動作を行わなかった。

当直士官は、この船の安全航海の責任を有するが、必要な操船を行わず、危険信号を送らず、C船のブリッジとの間で通信を試みず、即ち、海員として拙劣であった。

当直チームの他の艦橋メンバーは、この状況について知り得た事実を当直士官に伝達しなかった。戦闘情報センター(CIC)のチームも、当直士官に情報を提供できなかった。

事件のタイムテーブル(25ページ)
0120 当直士官と副直士官を支える見張り員は、C船を視認し、C船のコースがF艦の軌跡と交差すると報告した。当直士官は、C船がF艦の1500ヤードを過ぎると考え続けていた。
0122 副直士官はC船を再度視認し、艦速を遅くするよう助言した。当直士官は、減速はcontact picture を複雑化すると答えた。
0125 当直士官は、C船が急速に近づいていると気づき、240方向へのターンを考えた。
0127 当直士官は240方向へ転蛇(右転蛇)を命令したが、1分以内にこの命令を撤回した。その代わり、当直士官は、最高速度に増速し急速左旋回を命令した。これら命令は遂行されなかった。
0129 甲板長は、舵を取ってこの命令を実行した。
0130 C船の船首がF艦に衝突した。
----部分訳終わり---------

以上を読むと、以下のような状況が確認できます。
航跡図から明らかなように、C船は0115に進路変更を行い、F艦との衝突コースに入りました。C船の進路変更前の認識として、F艦の当直士官が「衝突しない」と認識していても間違いではないです。
0115のC船進路変更の後、0120にF艦の見張り員がC船について当直士官に報告しています。しかし当直士官は確認を怠り、C船の進路変更、衝突コース突入を確認するチャンスを失いました。0122の副直士官の「減速」助言も無視しました。
0125 当直士官はついに衝突危機に気づき、衝突回避を試みましたが、指示が錯綜し、甲板長が舵を取ったときは衝突1分前でした。

たしかに、このとき艦橋とCICで勤務していた人たちが、安全航行のための義務を果たしていなかったのは明らかなようです。
問題は、「多数の船が錯綜する海域で、なぜこのような拙劣な人たちが、第7艦隊のイージス駆逐艦の操船を行っていたのか」という点です。米国海軍の劣化が疑われても仕方ないでしょう。
-引用以上 第2の事故についてはブログ記事をご覧ください。---------

運輸安全委員会報告には、当事者についての記述があります。フィッツジェラルド(B船)側については、
④ 艦長B 男性 2015年11月にB船に副長として乗艦し、アメリカ合衆国にて数か月の訓練を受け、2017年5月13日艦長に就任した。
⑤ 当直士官B1(事故発生時の操船指揮者) 女性 2013年8月士官訓練センターを経てアメリカ合衆国海軍に入り、B船は2隻目の船舶であった。B船には2016年5月に乗艦し、2017年1月航海士官に就任した。
⑥ 当直士官B2 女性 2012年にアメリカ合衆国海軍に入り、B船は5年間で3隻目の船舶であった。
⑦ 当直士官B3 男性 2016年10月にアメリカ合衆国海軍に入り、海軍士官候補生学校を2017年1月に卒業し、B船に乗艦した。

B1がOfficer on the Deck(当直士官)、B2がJunior Officer on the Deck(副直士官)でしょうね。B3(男性)は海軍士官候補生学校卒業の経歴がありますが、B1、B2(ともに女性)にはありません。どのようなキャリアを経て、当直士官、副直士官に上り詰めたのでしょうか。

それにしても、事故の半年後には米国海軍作戦部からほぼ今回と等しい報告書が出ているのに、それから2年が経過して運輸安全委員会報告が出されるのはどういったいきさつがあるのでしょうか。
コメント

渋野日向子プロがノーベルチョコをもらう

2019-08-29 19:53:36 | 趣味・読書
渋野日向子、試合出場明言…ノーベル賞・本庶佑教授からメダル型チョコもらう
8/29(木) 6:51配信
『プロアマ戦では、昨年12月にノーベル医学生理学賞を受賞した本庶佑(ほんじょ・たすく)京大特別教授(77)と回った。・・・スウェーデンのノーベル博物館で購入した「メダル型チョコレート」をプレゼントし「これを次(来年)の(海外)メジャーで勝負の場面でかじってくれ」と激励したことを明かした。』

本年6月、北欧三国を旅してきました。(2019年北欧三国旅行

その途中、6月11日にオスロからストックホルムに移動し、その夕方にノーベル博物館を訪れたのです。
 
ここでの目的は、お土産にノーベルチョコ(上写真)を購入することでした。純正のノーベルチョコはここでしか購入できないということです。
渋野プロが本庶教授からもらったチョコが、まさにこのチョコですね。
まだ我が家に残っています。誰か、勝負の場面でこれをかじって見ますか?

ところで、ノーベルチョコを見ると、私の頭の中では
「ノーベルノーベルノーベルノーベルノーベルチョコレート」
というフレーズが渦巻いてしまいます。60年近く前のマーブルチョコのテレビコマーシャル(動画)の影響ですね。
子役だった上原ゆかりちゃんは、今どうしているのでしょうか。
コメント

憲法前文第1段落第1文の解釈

2019-08-22 18:04:11 | 歴史・社会
日本国憲法前文の第1段落は4つの文からなります。ここではその中の第1文を取り上げます。
「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」
この文章には、述語とおぼしき語が5つ並んでいます。「行動し」「確保し」「決意し」「宣言し」「確定する」です。この5つが並列の述語なのか、それぞれが異なった位置づけにあるのか否か、その点が不明です。

日本国憲法には英語文があり、それも2種類あります。第1は占領軍が日本政府に提示したGHQ草案であり、この草案をもとに日本国憲法が作成されました。第2は、作成された日本語憲法の英語版です。
前文第1文のGHQ草案の英文は以下の通りです。
"We, the Japanese people, acting through our duly elected representatives in the National Diet, determined that we shall secure for ourselves and our posterity the fruits of peaceful cooperation with all nations and the blessings of liberty throughout this land, and resolved that never again shall we be visited with the horrors of war through the action of government, do proclaim that sovereign power resides with the people and do firmly establish this Constitution."

英文との対比からわかることは、
「行動し」acting
「確保し」(確保することを決定)determined that we shall secure
「決意し」resolved
「宣言し」do proclaim
「確定する」do firmly establish
と、時制が異なることです。

私はずっと、"determined"と"resolved"は過去形だと思っていました。その点について『篠田英朗著「憲法学の病」』で疑問点をアップしたところ、著書の著者である篠田先生から直接コメントをいただくことができました。先生のご教示によると、憲法前文のうち、第一文のdeterminedとresolvedは過去形ではなく、過去分詞だということです。そして、we, (being) determined and resolved, do proclaim....という文章であると。

そうすると、第1文については、
We, the Japanese people,
acting  (修飾節)
(being) determined  (修飾節)
(being) resolved  (修飾節)
do proclaim  (述語)
do firmly establish   (述語)
という構文であると解釈することになります。

"(being) determined"について、受動態かな?と最初は思いました。そうすると、"We are determined" 「決心させられた」になってしまいます。
そこでネットで"determine" について調べたところ、《★また過去分詞で形容詞的に用いる; ⇒determined》とあり、"determined" には「I'm determined to go. どうしても行く決心である 」が載っていました。
そうすると、"We are resolved" も「〈…しようと〉決心して,断固として 〈to do〉」との解釈になるのですね。
目からうろこでした。

以上の準備の元、前文第1文を書き直すと、
「日本国民は、(主語)
正当に選挙された国会における代表者を通じて行動して、(修飾節)
われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする、との断固とした決心のもと、(修飾節)
ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。(述語)」

これで、憲法前文第1文についての謎が解けたように思います。
篠田先生、ありがとうございました。
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憲法9条の改正の可否

2019-08-19 21:57:27 | 歴史・社会
前回、憲法9条1項と2項の関係について論じました。
憲法9条1項で自衛のための戦争以外を放棄しています。そして、自衛権行使のためであれば戦力を保持できる、9条1項で放棄した目的での戦力は保持できない、ということであれば、9条2項は必要ない、ということになります。そして、憲法改正で9条2項を削除すれば、その趣旨に合致することとなります。

さて、「あなたは憲法9条2項を削除する改正に賛成なのか」と聞かれれば、「9条の改正に賛成です。ただし、前提条件があります。」と答えるでしょう。その前提条件とは、・・・
17年5月「安倍首相が憲法改正の方向提示」15年7月「安全保障関連法案」の記事で明らかにしたことですが
《先の戦争の総括》
日中戦争にしろ太平洋戦争にしろ、日本国がそれら戦争を始めたこともさることながら、「どのような戦争をしたか」という点で日本は大きな責任を持っていると感じています。
このブログ記事から拾うと、
吉井義明「草の根のファシズム」
保坂正康「昭和陸軍の研究」
私が読んだその他の著書としては、
秦郁彦著「南京事件―「虐殺」の構造 (中公新書)
小松真一著「虜人日記 (ちくま学芸文庫)
石川達三「生きている兵隊 (中公文庫)
五味川純平「人間の条件〈上〉 (岩波現代文庫)
が挙げられます。

私の印象では、戦後、日本は自分たちがしてきた戦争の内実をきちんと総括してきていません。責任を曖昧にしてきました。なぜ日本はそのような曖昧な態度で終始することが許されたか。私はこれを、「日本は憲法9条に逃げ込んだ」と表現しました。「日本は戦争を放棄したのだから、これから戦争を起こすことはない。だから、済んだことは良いじゃないか」といった態度です。
ところが、世界情勢が変化して、日本も憲法9条を改正し、自衛権(個別的自衛権、集団的自衛権)、集団安全保障を実現するための戦力保持を合法化して抑止力を確保し、それをもって世界平和に貢献すべきときが来ました。そうなるとどうなるか。
「戦争放棄」で臭いものに蓋をしていたのに、その蓋を取り払わなければなりません。
本来であれば、「これこの通り、日本は自分たちが行った戦争についてきちんと総括した。その結果、日本は平和の維持のためにしか軍事力を行使しない国になった。だからこそ、9条を改正して自衛隊を合法化し、世界平和に貢献していく。」と正々堂々と主張すべきなのに、それができないのです。
野党は集団的自衛権のときと同様、「戦争をする国にするのか」と反論することになるでしょう。これなど、「日本は凶暴な国だ。武器を持たせると凶暴になるから、今まで武器を封印してきた。ここで武器を持たせたら、気違いに刃物だ」と言っているようなものです。自分が国会の一員であるこの国についてです。

軍備について、「自衛権行使のための軍備」と「侵略戦争の道具としての軍備」とが明確に区別できるはずがありません。同じ軍備を備えるに際して、「この国なら安心して武装させることができる」と皆から認めてもらうことが何よりも重要です。そのためには、先の戦争でこの国が実際にしてきたことを冷徹に見つめ、反省することが不可欠です。

韓国や中国から謝罪を要求されると、「いつまで謝罪をしていたら気が済むのだ」との言い方がされます。しかし、ドイツのメルケル首相はポーランド国民に対し、今でも折に触れて謝罪し続けています(川口マーン惠美「サービスできないドイツ人、主張できない日本人」)。

以上のとおり、私は、憲法9条の改正に賛成ではあるが、その前提として、先の戦争で日本がしてきたことについてきちんと総括することが必要である、との立場です。しかし、今更、自民党政権は先の戦争の総括を真摯に行うなどの方向には向かわないでしょうね。そうなると、私は「憲法9条改正反対」と表明することになります。
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憲法9条2項

2019-08-18 15:07:19 | 歴史・社会
前報で述べたように、日本国憲法9条1項の「戦争放棄」は、自衛権行使のための武力行使を否定していないことが明らかです。
第1に、日本国憲法9条1項は、パリ不戦条約、国連憲章の条文のほとんどコピペです。パリ不戦条約、国連憲章は、いずれも自衛権行使のための武力行使を否定していません。また国連憲章は、自衛権(個別的自衛権、集団的自衛権)と集団安全保障における武力行使を否定していません。従って、日本国憲法9条1項が否定しているのは、国際法によって違法化された「国権の発動たる戦争」であり、「国際紛争を解決する手段としての武力による威嚇又は武力の行使」であって、自衛権(個別的自衛権、集団的自衛権)と集団安全保障における武力行使を否定していない、との解釈が成り立ちます。
第2に、連合軍総司令官のマッカーサーが、GHQ民政局に対して提示したマッカーサーノートと、民政局次長のケーディス大佐が中心となって作成したGHQ草案と対比すると、ケーディスはマッカーサーノート中の「自己の安全を保持するための手段としてさえも」という部分を削除したのです。マッカーサーはこの削除を黙認しました。以上の経緯を踏まえると、GHQ草案において、自衛のための戦争が否定されてないことが読み取れます。
ここまでは前報のおさらいです。

さて、問題は9条2項です。
「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」
9条2項の上記条文において、自衛権行使のための武力保持が認められているかどうか。条文を素直に読むと、目的が自衛権に限定されるか否かに関係なく、一律に武力保持が禁止されているように読めます。

「陸海空軍その他の戦力」とあり、「の」が入っています。一般的にこのような条文では、「{陸海空軍その他}の戦力」のように括弧でくくられ、「陸海空軍」は「戦力」の例示である、と説明されます。
これが「陸海空軍その他戦力」と「の」が抜ければ、「陸海空軍、{その他戦力}」とくくられ、陸海空軍と並列で「その他戦力」が解釈されます。
「の」が入っていることを拠り所として、「戦力」の解釈が重要であるとの議論が生まれます。
『9条2項において、同項に「前項の目的を達するため」と記載されていることもあり、9条1項で放棄した戦争を行うための戦力のみが禁じられているのであって、自衛権行使のための武力保持まで禁じたものではない。』
との議論です。

憲法66条2項
「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。」

9条2項冒頭の「前項の目的を達するため」は、当初の憲法案にはなかったもので、衆議院で追加された文言です。「芦田修正」と呼ばれています。この文言が付加された結果として、「自衛のためには戦力が保持できるように見える」ことになりますが、芦田はそれを目的としており、GHQ民政局もその点を認識していたようです。
芦田修正が衆議院を通過した後、極東委員会のソ連代表が、日本国憲法に「すべての大臣は、シビリアンでなければならない」という条項を入れなければならないと提案しました。議論の結果、極東委員会の声明として、
「日本語の案文は、衆議院で修正された結果、いまや9条1項で定められた以外の目的(注:自衛の目的)であれば、軍隊の保持が認められると日本国民に解釈されうるようになったことに気づいた。」
とし、極東委員会はマッカーサーに対して憲法に上記シビリアン条項を入れるよう主張すべきことを勧告したのです。
極東委員会はマッカーサーよりも上に位置します。
そのようないきさつのもと、参議院において修正が行われ、上記66条2項が付加されたといいます。

9条2項ですべての戦力が否定されているのであれば、日本には軍人が存在しないのですから、66条2項は意味のない条文になります。それにもかかわらず66条2項が追加されたのは、9条2項のもとで自衛のための戦力保持が認められ得る、と考えられたからに他なりません。

一方で、9条2項の文言に立ち返ると、やはり、目的が自衛権に限定されるか否かに関係なく、一律に武力保持が禁止されているように読めてしまいます。
そもそも、自衛権行使のための武力保持が認められるのであれば、それはパリ不戦条約、国連憲章と同じスタンスです。そしてそれら条約では、「自衛のための戦力以外は保持できない」などと規定していません。同じように考えれば、日本国憲法でも、9条1項で「自衛目的以外の戦争を放棄」しているのですから、9条2項は規定するまでもない、といえます。
ただし憲法制定当時、極東委員会でのソ連の存在などもあり、9条2項を現在のような形で存在させるのが精一杯で、9条2項を削除する、などという選択肢は取り得なかったでしょう。それが、憲法制定時の限界だったと思います。

憲法9条2項はしかし、戦後の日本にとってはとても便利な条項でした。そのおかげで、日本国民は、本来精算すべき事項について精算せずに現在に至っている、という側面があります。その点については別の機会に。
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篠田英朗著「憲法学の病」9条の解釈

2019-08-05 22:29:43 | 歴史・社会
篠田英朗著「憲法学の病」新潮新書


前報で、上記書籍に関して新潮社の愛読者ページに投書した内容について報告しました。さらに、本書の内容について述べます。

まず本書では、日本国憲法9条1項と、1928年パリ不戦条約1条2条、国連憲章2条4項と対比しています。それぞれの条文を以下に掲載します。
《日本国憲法》
第九条
 1項 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

《戦争抛棄ニ関スル条約(パリ不戦条約、不戦条約、ケロッグ・ブリアン協定)》
公布: 1929年7月25日
第一條
締約國ハ國際紛爭解決ノ爲戰爭ニ訴フルコトヲ非トシ且其ノ相互關係ニ於テ國家ノ政策ノ手段トシテノ戰爭ヲ抛棄スルコトヲ其ノ各自ノ人民ノ名ニ於テ嚴肅ニ宣言ス
第二條
締約國ハ相互間ニ起ルコトアルベキ一切ノ紛爭又ハ紛議ハ其ノ性質又ハ起因ノ如何ヲ問ハズ平和的手段ニ依ルノ外之ガ處理又ハ解決ヲ求メザルコトヲ約ス

《国連憲章》
国際連合憲章は、国際機構に関する連合国会議の最終日の、1945年6月26日にサンフランシスコにおいて調印され、1945年10月24日に発効した。
第2条
この機構及びその加盟国は、第1条に掲げる目的を達成するに当っては、次の原則に従って行動しなければならない。
4.すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。

本書でも述べているとおり、日本国憲法9条1項は、パリ不戦条約、国連憲章の条文のほとんどコピペであることが明らかです。
パリ不戦条約、国連憲章は、いずれも自衛権行使のための武力行使を否定していません。また国連憲章は、自衛権(個別的自衛権、集団的自衛権)と集団安全保障における武力行使を否定していません。
そうすると、日本国憲法9条1項が否定しているのは、国際法によって違法化された「国権の発動たる戦争」であり、「国際紛争を解決する手段としての武力による威嚇又は武力の行使」であって、自衛権(個別的自衛権、集団的自衛権)と集団安全保障における武力行使を否定していないのではないか、との解釈が成り立ちます。

以上までは、本書をすっきりと読み取ることができます。

次は9条2項です。
日本国憲法
第九条
 2項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

この9条2項の解釈について、本書は独特の論理を展開しています。

日本国憲法の英文については2種類あります。第1は、憲法草案として日本政府に提示されたGHQ草案であり、大2は、日本語憲法確定後にその英訳として作成された英文です。憲法の大部分において、第1の英文と第2の英文はほとんど同一です。
ところで、上記2項のうち、
「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」
の英文を並べてみると、以下のようになります。
GHQ草案
"No army, navy, air forces, or other war potential will ever be authorized "
日本国憲法の英訳
"land, sea, and air forces, as well as other war potential, will never be maintained."

「戦力」は英語原文では"war potential"です。この点を捉えて、本書では「2項で言う“戦力”は、1項で放棄された戦力に限定される(自衛権の行使としての戦力は含まれない)」と解釈しています。
ずいぶんと屁理屈だな、との印象です。
ところで、英文について言うと、GHQ草案のさらに前に、マッカーサーがGHQ民政局に示した「マッカーサーノート」があります。こちらの英文も調べようと検索していたら、以下のサイトに行き当たりました。
日本国憲法を原案(英文)から考える(内田芳邦)
ざっと読んだところでは、篠田著書の論理は、実際の憲法制定過程のいきさつからは大きく横道に逸れているようです。
そこで、篠田著書についてはこれ以上言及しないこととします。

内田著書では以下のように記載されています。
登場人物は以下の3人です。
連合軍総司令官(SCAP)マッカーサー元帥
GHQ(SCAP総司令部)民政局長ホイットニー准将
民政局次長ケーディス大佐
マッカーサーがホイットニーに「マーカーサーノート」を提示し、ケーディス大佐を中心とするスタッフが1週間で原案を作り上げました。
マッカーサーノートには、"Japan renounces it as an instrumentality for setting its disputes and even for preserving its own security."「日本は紛争解決のための手段としての戦争、および自己の安全を保持するための手段としてのそれをも、放棄する。」と書かれていました。
それに対してケーディスは「自己の安全を保持するための手段としてさえも」という部分を削除したのです。
ケーディスは1984年、駒澤大西教授の質問に「日本国憲法に『自己の安全を保持するための手段としての戦争放棄』まで書き込むのは、非現実的だと思い、削除したのです。どの国も『自己保存』の権利を持っています。日本国にも当然『自己保存』の権利として『自己の安全を保持するための手段としての戦争』は、認められると考えたのです」と答えています。マッカーサーはこの削除に異を唱えませんでした。
この削除の顛末を考慮すれば、「憲法立案者は、自衛権の行使としての戦力の保持を認めていた」ことが明らかです。

「陸海空軍その他の戦力(other war potential)」
日本の法律用語では、「その他の」と「の」が入るか入らないかで意味が異なります。9条2項のように「の」が入った場合、「陸海空軍」は「戦力」の例示となります。
ところが、ケーディスが語ったところでは、「other war potential を、政府の造兵站あるいは戦争を遂行するときに使用されうる軍需工場のための施設という意味で加えたのです」ということです。
篠田著書での主張(ここでは述べない)と、憲法立案者の意図とは全く異なっていることが明らかです。

次に2項の「国の交戦権は、これを認めない。」について
「交戦権(the right(s) of belligerency)」の意味内容が議論になっています。
内田著書によると、ケーディスと西教授の問答では、
『西教授「the rights of belligerency をどのように理解されましたか」
ケーディス「正直に言って、私には解りませんでした。ですから、もし、芦田氏がその文言の修正や削除を提示していたら応じていたことでしょう」 (『駒澤大学法学部研究紀要第62号』寄稿論文「憲法9条の成立経緯)』

びっくり仰天です。
これでは、『9条2項で規定する「交戦権」とは何か』について真面目に検討する気が失せてしまいます。
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篠田英朗著「憲法学の病」

2019-08-04 09:43:32 | 歴史・社会
篠田英朗著「憲法学の病」新潮新書

憲法9条と憲法前文について論じた本です。「はじめに」で
「憲法をガラパゴス的なものであるかのように感じさせているのは、憲法それ自体ではない。憲法を起草した者でもない。憲法制定時に中心にいた者でもない。
 憲法成立後に、憲法解釈を独占しようとした者である。
 つまり、憲法が“ガラパゴス”なのではなく、憲法学における通説が“ガラパゴス”なのである。
日本国憲法は、長年にわたって、日本国内の一部の社会的勢力の権威主義によって毒されてきた。」
とし、その根拠について説明している書籍です。

私も、憲法前文については何度もこのブログにアップしてきました。例えば、
憲法前文GHQ草案
第1段落 → 「日本国憲法前文(2)
第2段落 → 「日本国憲法前文(3)」(この部分は2012年12月に当時の自民党安倍総裁に意見を提出しました(日本国憲法前文・三たび))
第3段落 → 「日本国憲法前文(1)
青木高夫著「日本国憲法はどう生まれたか」

今回読んだ書籍も、とても示唆に富む内容です。ひょっとして、私が以前から抱いていた疑問に答えてくれているのではないか、とその点も期待したのですが、残念ながら直接の答えは記載されていませんでした。

書籍の裏表紙に、「本書へのご意見、ご感想をホームページにてお待ちしております。」として、新潮社愛読者ページが案内されていました。

そこでとりあえず、7月15日に、下記の2つの投書を当該ページにアップしてみました。

《投書1》
『憲法前文と9条について、本書によりはじめて、立法趣旨と条文文言解釈を基礎としての解説に接することができました。ありがとうございます。
憲法前文について、疑問に思ってきたことがあります。
憲法前文の英文(GHQ草案および日本語の英訳)を見ると、出現する動詞の時制は、ほとんどが現在形、過去形が2カ所あり、現在完了が1カ所のみです。そして、
「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」の部分が"we have determined"であって現在完了形です。
この部分のみがなぜ、現在完了形になっているのでしょうか。
私は、既に過去に起きた事象、例えばポツダム宣言の受諾、を指しているのではないか、と想像しています。「平和を愛する諸国」が、大西洋憲章や国連憲章にいう"United Nations"を意味するのだとしたら、なおさらです。
そうだとしたら、この文章は単に過去の事実を述べているだけであり、憲法によって新たに規定された内容ではない可能性が高くなります。
この点について、本書に答えが書かれているのでは、と期待したのですが、ありませんでした。
この点がぜひ知りたいので、よろしくお願いいたします。』

《投書2》
『本書の124ページにおいて、
『「諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすること」という文章は、憲法制定の目的を記した部分だ。』
と解説されています。
憲法前文の英文(GHQ草案および日本語の英訳)を見ると、上記部分の動詞の時制は、過去形であることがわかります。そこでこの英文の情報を加味して上記文章をより正確に記述すると、
「諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢(と)を確保(すべきことを決定)し(た。)政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し(た。)」となります。
過去形ということは、この憲法制定前の過去の事象を説明しているだけ、と考えるのが自然であり、憲法制定の目的を記したとは読み取れません。
この点についてどのように考えるか、ぜひ教えてください。』

8月4日現在、私のメールアドレスには、上記投書に対するコメントは何らいただいておりません。とりあえず、私の投書内容について、このブログにアップしておきます。
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箱根2019年7月

2019-08-03 14:48:37 | Weblog
7月20(土)~21(日)に、箱根を訪れました。
天気はさほど良くなかったのですが、大きく崩れることもなく、車を利用して回ってくることができました。

20日に箱根に到着するとまず、駒ヶ岳へ向かいました。駒ヶ岳ロープウェイで頂上まで上がると、青空は見えないものの、富士山を含めて遠くまで見晴らすことができました。

南は三浦半島、その左が相模湾で、相模湾の彼方には転々と島が見えます。スマホの地図と照らし合わせてみたら、以下の通り、初島、大島、利島、新島、神津島、三宅島が該当するようです。伊豆七島の島々がこれだけ一望できるとは思ってもいませんでした。

                           三宅島      神津島
                              利島 新島
             大島                             伊豆半島
             初島                             芦ノ湖


            大島                         三宅島     利島    新島
          初島




東へ目を転じると、小田原市と相模湾が一望できます(下写真)。
                        小田原市              相模湾


伊豆半島の右側(西側)には相模湾が見えています(下写真)。
   伊豆半島                 駿河湾
          芦ノ湖


さらにその右側(西側)には富士山です(下写真)。中央の山は愛鷹山でしょうか。


駒ヶ岳から北方向(神山方向)に向けて、ハイキング道路がはったはずです。ロープウェイの山頂駅の駅員(日本語ネイティブではない)に聞いてみたところ、そちら方向のハイキングコースは、(火山活動との関係で)すべて閉鎖されているといいます。本当だろうか。
そこで、行ってみました。
確かに、下写真のように、「神山ハイキングコース」との標識がある登山道は、ロープで閉鎖されていました。道は草が生い茂っており、利用されていないことが明らかです。山の周囲を散策しようと考えていたのですが、不可能でした。


ロープウェイを降りました。
ロープウェイには女性の乗務員が同乗しているのですが、日本語非ネイティブでした。登りのロープウェイでは、日本人はわれわれぐらいで、ほとんどが中国人のようでした。せっかく日本語非ネイティブ(多分中国語ネイティブ)の乗務員が乗っているのに、説明はすべて日本語でなされていました。もったいないことです。
乗務員と駅員との間の無線連絡は、英語でなされていました。航空機なみです。

本日の宿は湖尻です。まっすぐ向かうのではなく、芦ノ湖スカイラインを利用して芦ノ湖を一周することとしました。
途中、三国峠で一休みしました。

三国峠の近くには三国山があり、ここが3つの国の境になっていたことからこの名前がつけられているはずです。調べたら、相模、伊豆、駿河の3つの国のようです。しかし、所有している地図で調べたら、3つの国の境は三国山よりも南、山伏峠あたりにあったようです。どうなっているのでしょうか。
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