弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

感染症法改正案を読み解く

2021-01-30 13:08:16 | 歴史・社会
前報(感染症法改正案の条文2021-01-30)に記したように、今回の感染症法の改正法案条文にやっとたどり着くことができました。
厚生労働省のホームページの「厚生労働省が今国会に提出した法律案について」の中に、
第204回国会(令和3年常会)提出法律案
<内閣官房から提出>
新型インフルエンザ等対策特別措置法等の一部を改正する法律案(令和3年1月22日提出)』
として掲載されています。<内閣官房から提出>ですか。どうも厚労省の主管ではないようですね。
内閣官房のホームページの「国会提出法案第204回 通常国会」に確かに掲載されています。
『法律案:新型インフルエンザ等対策特別措置法等の一部を改正する法律案
国会提出日:R3.1.22
担当部局:新型コロナウイルス感染症対策推進室』

さて、改正案の作成に関し、厚労省と内閣官房のどちらが主導権を握ったのでしょうか。今回のゴタゴタに鑑みると、厚労省の発言権は乏しく、内閣官房が独走した可能性が高いのでしょうか。

それでは、改正法案の中身に取りかかります。

以前、このブログの「感染症法改正 2021-01-16」において、以下のように記しました。
感染症法見直し案 明らかに “罰金”、“院名公表”も FNNプライムオンライン1月15日掲載
『政府は、新型コロナウイルス感染者の病床を確保するため、病院に患者の受け入れを勧告できるようにし、拒否された場合には病院名を公表できるなどとした、感染症法の改正案をまとめ、近く国会に提出する。
改正案では、感染者が入院措置に反して逃げたりした場合、新たな罰則を創設し、1年以下の懲役、または100万円以下の罰金とする案が検討されている。
宿泊療養や自宅療養の協力の求めに応じない人に対しても、入院勧告ができるようになる。』

【従わなかったときのペナルティー】
今回改正案
『第七十二条 次の各号のいずれかに該当する場合には、当該違反行為をした者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する
一 第十九条第一項、・・・の規定による入院の勧告若しくは第十九条第三項・・・の規定による入院の措置により入院した者がその入院の期間(・・・)中に逃げたとき、又は第十九条第三項・・・の規定による入院の措置を実施される者(・・・)が正当な理由がなくその入院すべき期間の始期までに入院しなかったとき。』

まず、「第十九条第三項・・・の規定による入院の措置」について検討します。19条3項では「都道府県知事は、・・・勧告に従わないときは、当該勧告に係る患者を感染症指定医療機関(・・・)に入院させることができる。」としています。19条3項の「入院させることができる」が、72条1項の「入院の措置」に対応するようです。どのような措置でしょうか。
おそらく、所定の官憲が患者宅に赴き、強制的に患者を所定の医療機関に入院させるのでしょう。ですから患者には入院を拒否する自由はありません。当然に入院させられますから、患者にできることは病院から逃げ出すことだけです。
入院の措置を実施される者正当な理由がなくその入院すべき期間の始期までに入院しなかったとき」としてあり得るのは、官憲が患者宅に到着したときに患者が逃亡していたような場合でしょうか。自宅に滞在していたら強制的に入院させられるのですから、「入院しなかったとき」はあり得ません。

今般の与野党合意で、「刑事罰(懲役、罰金)をやめて行政罰(過料)に修正された」ようです。従って、その修正案で検討します。

強制入院させられた患者が逃げ出したとき、あるいは入院の措置が執行されるときに逃亡したとき、患者は過料を払いさえすればそれで許されるのでしょうか。それはおかしいです。
都道府県知事はあくまで、病院から逃げ出した患者については再度入院の措置を実施して再強制入院させるのが正しいでしょう。また自宅から逃亡した患者は探し出して入院の措置を実施することが正しいでしょう。法改正無しでそのような措置が可能であればよし、不可能なのであれば今回の法改正でその部分をこそ改正すべきです。
今回の与野党議論で、そのような議論はなされなかったのでしょうか。

【宿泊療養や自宅療養の法律での位置づけ】
感染症法改正案
『第四十四条の三 都道府県知事は、新型コロナウイルス感染症・・・にかかっていると疑うに足りる正当な理由のある者に対し、・・・当該者の居宅若しくはこれに相当する場所から外出しないことその他の当該感染症の感染の防止に必要な協力を求めることができる
2 都道府県知事は、新型コロナウイルス感染症(・・・)の患者に対し、・・・宿泊施設(・・・)若しくは当該者の居宅・・・から外出しないことその他の当該感染症の感染の防止に必要な協力を求めることができる
3 ・・・前二項の規定により協力を求められた者は、これに応ずるよう努めなければならない。』
1/30(追記)感染症法44条の3の「新型インフルエンザ等感染症」が政令(2020年)により「新型コロナウイルス感染症」に読み替えられていることが判明したので上記のように読み替えました。

「宿泊施設または居宅から外出しない」ことが明記されました。ただしあくまで必要な協力を求めることができるであり、協力を求められた者は、これに応ずるよう努めなければならないとの義務のみです。

次に、協力を求められた者がこれに応ずるよう努めなかった場合の取り扱いです。第7章(新型インフルエンザ等感染症)にはそのような規定が見当たりません。一方、第8章(新感染症)の中には、
『(新感染症の所見がある者の入院)
第四十六条 都道府県知事は、・・・、新感染症の所見がある者(・・・第五十条の二第二項の規定による協力の求めに応じないものに限る。)に対し十日以内の期間を定めて特定感染症指定医療機関に入院・・・させるべきことを勧告することができる。・・・
2 都道府県知事は、前項の規定による勧告を受けた者が当該勧告に従わないときは、10日以内の期間を定めて、当該勧告に係る新感染症の所見がある者を特定感染症指定医療機関(・・・)に入院させることができる
(感染を防止するための報告又は協力)
第五十条の二 
2 都道府県知事は、・・・当該新感染症の所見がある者に対し、・・・宿泊施設(・・・)若しくは当該者の居宅若しくはこれに相当する場所から外出しないことその他の当該新感染症の感染の防止に必要な協力を求めることができる。』
との規定があります。すなわち、対象が新感染症であれば、宿泊療養、自宅療養を拒否する患者に対し、入院勧告するとのことです。以下の疑問点が生じます。
(1)上記規定はあくまで新感染症が対象です。新型コロナの場合に準用されるのでしょうか。
(2)現在、病院が不足しているからこそ、入院ではなく宿泊療養や自宅療養になっているわけです。それを拒否する人に対して、なんで「宿泊療養や自宅療養の強制」ではなく、「入院の勧告」なのでしょうか。
1/30(追記)46条2項で「入院させることができる」と規定されていることに気づきました。過料の規定も同項に準用されていました。そのため、上記のように修正しています。

【感染症法の新感染症に関する第8章が新型コロナに準用されるとした場合】
今回改正前から、感染症法の(第8章)第52条の2第2項には、
「居宅から外出しないことに必要な協力を求めることができる」
と記載されています。もし、新感染症に関する第8章が新型コロナに準用されるとしたら、自宅療養については従前から法的根拠が存在していた、ということになります。
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感染症法改正案の条文

2021-01-30 11:16:56 | 歴史・社会
新型コロナに対応して今回改正される感染症法の改正案の条文をずっと探していたのですが、やっと見つかりました。1月25日に厚労省ホームページにて公開されたようです。
第204回国会(令和3年常会)提出法律案
<内閣官房から提出>
新型インフルエンザ等対策特別措置法等の一部を改正する法律案(令和3年1月22日提出)

《今回法改正の対象》
新型インフルエンザ等対策特別措置法等の一部を改正する法律案新旧対照条文

第七章 新型インフルエンザ等感染症
(下記第四十四条の三で新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める等の政令(2020年)により「新型インフルエンザ等感染症」を「新型コロナウイルス感染症」に読み替え。)
第四十四条の三 都道府県知事は、新型コロナウイルス感染症のまん延を防止するため必要があると認めるときは、厚生労働省令で定めるところにより、当該感染症にかかっていると疑うに足りる正当な理由のある者に対し、当該感染症の潜伏期間を考慮して定めた期間内において、・・・当該者の居宅若しくはこれに相当する場所から外出しないことその他の当該感染症の感染の防止に必要な協力を求めることができる
2 都道府県知事は、新型コロナウイルス感染症(・・・)のまん延を防止するため必要があると認めるときは、厚生労働省令で定めるところにより、当該感染症の患者に対し、当該感染症の病原体を保有していないことが確認されるまでの間、・・・宿泊施設(・・・)若しくは当該者の居宅若しくはこれに相当する場所から外出しないことその他の当該感染症の感染の防止に必要な協力を求めることができる
3 ・・・前二項の規定により協力を求められた者は、これに応ずるよう努めなければならない
4 都道府県知事は、第一項又は第二項の規定により協力を求めるときは、必要に応じ、食事の提供、日用品の支給その他日常生活を営むために必要なサービスの提供又は物品の支給(食事の提供等)に努めなければならない。
7 都道府県知事は、第二項の規定により協力を求めるときは、当該都道府県知事が管轄する区域内における新型インフルエンザ等感染症の患者の病状、数その他当該感染症の発生及びまん延の状況を勘案して、必要な宿泊施設の確保に努めなければならない

第八章 新感染症
(新感染症の所見がある者の入院)
第四十六条 都道府県知事は、新感染症のまん延を防止するため必要があると認めるときは、新感染症の所見がある者(・・・第五十条の二第二項の規定による協力の求めに応じないものに限る。)に対し十日以内の期間を定めて特定感染症指定医療機関に入院・・・させるべきことを勧告することができる。・・・
2 都道府県知事は、前項の規定による勧告を受けた者が当該勧告に従わないときは、10日以内の期間を定めて、当該勧告に係る新感染症の所見がある者を特定感染症指定医療機関(・・・)に入院させることができる

(感染を防止するための報告又は協力)
第五十条の二 都道府県知事は、新感染症のまん延を防止するた必要があると認めるときは、・・・当該新感染症にかかっていると疑うに足りる正当な理由のある者に対し、当該新感染症の潜伏期間と想定される期間を考慮して定めた期間内において、・・・当該者の居宅若しくはこれに相当する場所から外出しないことその他の当該新感染症の感染の防止に必要な協力を求めることができる
2 都道府県知事は、新感染症(・・・)のまん延を防止するため必要があると認めるときは、・・・当該新感染症の所見がある者に対し、当該新感染症を公衆にまん延させるおそれがないことが確認されるまでの間、・・・又は宿泊施設(・・・)若しくは当該者の居宅若しくはこれに相当する場所から外出しないことその他の当該新感染症の感染の防止に必要な協力を求めることができる
3 ・・・前二項の規定により協力を求められた者は、これに応ずるよう努めなければならない
4 第四十四条の三第四項から第六項までの規定は都道府県知事が第一項又は第二項の規定により協力を求める場合について、同条第七項の規定は都道府県知事が第二項の規定により協力を求める場合について、それぞれ準用する。この場合において、同条第七項中「新型インフルエンザ等感染症の患者」とあるのは「第五十条の二第二項に規定する新感染症の所見がある者」と、「当該感染症」とあるのは「当該新感染症」と、「宿泊施設」とあるのは「同項に規定する宿泊施設」と読み替えるものとする。

第七十二条 次の各号のいずれかに該当する場合には、当該違反行為をした者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する
一 第十九条第一項、第二十条第一項若しくは第二十六条において準用する第十九条第一項若しくは第二十条第一項(・・・)若しくは第四十六条第一項の規定による入院の勧告若しくは第十九条第三項若しくは第五項、第二十条第二項若しくは第三項若しくは第二十六条において準用する第十九条第三項若しくは第五項若しくは第二十条第二項若しくは第三項(・・・)若しくは第四十六条第二項若しくは第三項の規定による入院の措置により入院した者がその入院の期間(・・・)中に逃げたとき、又は第十九条第三項若しくは第五項、第二十条第二項若しくは第三項若しくは第二十六条において準用する第十九条第三項若しくは第五項若しくは第二十条第二項若しくは第三項若しくは第四十六条第二項若しくは第三項の規定による入院の措置を実施される者(第二十三条若しくは第二十六条において準用する第二十三条(・・・)が正当な理由がなくその入院すべき期間の始期までに入院しなかったとき
--以上、今回(2021年改正法案)-------------------

《今回法改正の対象外》
感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成十年法律第百十四号)
(定義等)
第6条 この法律において「感染症」とは、1類感染症、2類感染症、3類感染症、4類感染症、5類感染症、新型インフルエンザ等感染症、指定感染症及び新感染症をいう。
2 この法律において「1類感染症」とは、次に掲げる感染性の疾病をいう。
 (1) エボラ出血熱
 ・・・
3 この法律において「2類感染症」とは、次に掲げる感染性の疾病をいう。
 (1) 急性灰白髄炎
 (2) 結核
 ・・・
7 この法律において「新型インフルエンザ等感染症」とは、次に掲げる感染性の疾病をいう。
・・・
8 この法律において「指定感染症」とは、既に知られている感染性の疾病(1類感染症、2類感染症、3類感染症及び新型インフルエンザ等感染症を除く。)であつて、第 3章から第7章までの規定の全部又は一部を準用しなければ、当該疾病のまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあるものとして政令で定めるものをいう。
9 この法律において「新感染症」とは、人から人に伝染すると認められる疾病であつて、既に知られている感染性の疾病とその病状又は治寮の結果が明らかに異なるもので、当該疾病にかか つた場合の病状の程度が重篤であり、かつ、当該疾病のまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるものをいう。

次に、今回改正前の現行法について、2020年1月の政令で新型コロナの扱いがどのように定められたのかを述べます。
新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める等の政令(2020年1月28日公布)
第一条 新型コロナウイルス感染症(・・・ ) を感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(・・・) 第六条第八項の指定感染症として定める。

上記政令により、感染症法の19条は以下のように書き換えられました。
(入院)
新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める等の政令(2020年1月28日公布)によって書き換え)
第十九条 都道府県知事は、新型コロナウイルス感染症のまん延を防止するため必要があると認めるときは、当該感染症の患者に対し感染症指定医療機関(・・・ )に入院し、又はその保護者に対し当該患者を入院させるべきことを勧告することができる。ただし、緊急その他やむを得ない理由があるときは、感染症指定医療機関以外の病院若しくは診療所であって当該都道府県知事が適当と認めるものに入院し、又は当該患者を入院させるべきことを勧告することができる。
3 都道府県知事は、第一項の規定による勧告を受けた者が当該勧告に従わないときは、当該勧告に係る患者を感染症指定医療機関(・・・)に入院させることができる
(疑似症患者及び無症状病原体保有者に対するこの法律の適用)
第8条 ・・・「新型コロナウイルス感染症」・・・の疑似症患者については、それぞれ新型コロナウイルス感染症の患者とみなして、この法律の規定を適用する。

これら条文をどのように読み解くのかについては、次号に記載しました。
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感染症法改正

2021-01-16 11:07:26 | 歴史・社会
感染症法の改正案が提示されているようですが、その詳細がなかなかわかりません。たとえば下記の記事。
感染症法見直し案 明らかに “罰金”、“院名公表”も FNNプライムオンライン1月15日掲載
『政府は、新型コロナウイルス感染者の病床を確保するため、病院に患者の受け入れを勧告できるようにし、拒否された場合には病院名を公表できるなどとした、感染症法の改正案をまとめ、近く国会に提出する。
改正案では、感染者が入院措置に反して逃げたりした場合、新たな罰則を創設し、1年以下の懲役、または100万円以下の罰金とする案が検討されている。
宿泊療養や自宅療養の協力の求めに応じない人に対しても、入院勧告ができるようになる。』

コロナ病床数が逼迫する中、入院は、本当に入院が必要な中等症、重症者に限られているはずです。患者本人は非常につらく、入院を嫌がって逃げ出す状況が想像できません。本当にそのような人が多発しており、刑事罰を科さなければならないほど問題化しているのでしょうか。

また、コロナ病床数が逼迫しているからこそ、コロナ陽性の無症状者や軽症者は入院ではなく、宿泊療養や自宅療養に向けているわけです。
現在の感染症法では、『新型コロナ陽性者は軽症でも強制入院 2020-03-15』にも書いたように、
『第十九条 都道府県知事は、新型コロナウイルス感染症・・・の患者に対し感染症指定医療機関(・・・)に入院(す)・・・べきことを勧告することができる。・・・
3 都道府県知事は、第一項の規定による勧告を受けた者が当該勧告に従わないときは、当該勧告に係る患者を感染症指定医療機関(・・・)に入院させることができる。』
と規定されており、入院についてはまず勧告、それに従わないときは「入院させる」と規定されているものの、宿泊療養と自宅療養については法的根拠が存在しません。
今必要なのは、自治体が発する宿泊療養や自宅療養の指示に法的根拠を持たせ、
「都道府県知事は・・・宿泊療養または自宅療養すべきことを勧告することができる。当該勧告に従わないときは宿泊療養や自宅療養させることができる。」
と規定することです。
なぜ、宿泊療養や自宅療養の協力の求めに応じない人に対して、病床数が逼迫しているはずの病院への「入院勧告」なのでしょうか。その点が不明です。
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「強すぎる官邸」黙る霞ヶ関

2021-01-13 18:23:07 | 歴史・社会
このブログでは、「強すぎる官邸支配による霞ヶ関の弱体化」について、何回も記事にしてきました。

内閣人事局はどうなる? 2018-03-25
2018年頃から、「内閣人事局」の評判が悪くなっていました。高級官僚が安倍総理と総理夫人に「忖度」しているのは、内閣人事局に人事を握られているからだと。

内閣人事局ができる前、日本の政治は、「官僚内閣制」と呼ばれていました。国権の最高機関たる国会が方向を定めるのではなく、実質、官僚によって牛耳られていると。そしてその官僚、政治の方向を「国益」で判断するのではなく、自分たちの「省益」を最優先していると。
官僚たちの行動をゆがめている原因の一つは人事権です。

高級官僚の人事権は、大臣が握っているといっても実質的には次官が握っていました。高橋洋一「霞が関埋蔵金男が明かす「お国の経済」」(4)でも紹介したように、竹中さんが総務大臣になったときも、事務次官がもってくる人事リストを何度つきかえしても、同じ幹部候補のメンバーを担当だけ入れ替えてもってくるから、なかなか手こずったそうです(民主党政権の公務員制度改革2009-10-06)。
内閣人事局は本来、それまでは官僚に牛耳られていた政治の主導権を、本来の議院内閣制に戻すための政策の筈でした。
それなのになぜ、今回のように、目の敵にされる事態となったのでしょうか。原因が2つ考えられます。

第1
お役人はそもそも、自らの人事権を持っている人事権者には頭が上がらない、上ばかりを見るいわゆる「ヒラメ役人」が大勢を占めているかもしれません。内閣人事局ができるままでは、省内のトップが人事権を握っていたため、省内のトップの意向を常に忖度して政策が立案されていました。
内閣人事局ができた結果、人事権者が省内トップから官邸に移行しました。ヒラメ役人たちは従来通り、人事権者に忖度する態度をとり続けた結果、今度は官邸に忖度することになってしまった、ということではないかと。

第2
第2代の内閣人事局長は萩生田光一氏です。安倍総理のお友達で、保守志向の強い政治家であることが記憶されます。
安倍総理は、内閣人事局で官僚の人事権を行使するにあたり、もっと穏やかに事を進めるべきだったでしょう。「官僚とは人事権者に忖度する人種である」ということに気づいていれば、今日のような状況に至ることなく内閣を運営できていたかもしれません。

2020年のコロナ危機が発生する中、霞ヶ関の劣化がより顕著に影響を表すようになりました。
このブログでは、『内閣人事局の功罪 2020-05-31』で問題を再度取り上げ、『安倍長期政権で霞ヶ関がガタガタ 2020-09-12』『菅次期政権による霞ヶ関支配 2020-09-14』においては、具体的に、総務省に関しては片山善博氏、厚労省に関しては舛添要一氏の見解を紹介してきました。また、『霞が関官僚の惨状 2020-12-29』では農水省の実態について記事を紹介しました。

1月12日、いよいよこの問題が朝日新聞朝刊の一面で取り上げられました。
コロナ迷走、強すぎた官邸 「私から言えない」官僚たち
朝日新聞デジタル 2021年1月12日
『「官邸主導」「強い官邸」をめざした平成の政治改革の終着駅とも言えるのが、第2次安倍政権だった。内閣人事局の誕生で、首相や官邸は官僚たちの人事権を掌握。リーダーシップを強め、かつての縦割りの弊害を打破していった。
一方、首相の安倍晋三が率いる自民党が国政選挙で勝ち続ける中、官邸はさらに力を強めていった。「強すぎる官邸」を前に、官僚たちは直言や意見することを控えるようになった。
官邸を恐れて遠ざかる官僚。そして知恵を出さない官僚たちを信頼できず、トップダウンで指示を出す官邸官僚。布マスクの全戸配布などの迷走したコロナ対策は、官邸主導の負の側面が凝縮したかのようだった。
元事務次官の一人はこう残念がる。「新型コロナの対策は未知のことばかり。こんな時こそ、霞が関の知恵を結集させるべきだが、それができていない」
7年8カ月に及ぶ最長政権は昨年9月に幕を下ろした。しかし、安倍政権の間、人事権を手に霞が関ににらみをきかせてきた官房長官の菅義偉が「安倍政権の継承」を掲げて首相のイスに座った。
コロナ対策の迷走は続く。「官邸に行きたいが、菅さんの機嫌が悪いようだ」。官僚たちの間ではそんな会話がかわされる。官邸は官僚たちの仕事ぶりに不満を抱き、官僚たちは官邸を恐れ、萎縮するという相互不信の構図はいまも変わっていない。(敬称略)
  ・・・
平成の改革で誕生した第2次安倍政権の「強すぎる官邸」には二人の主がいた。首相の安倍と、官房長官の菅義偉。・・・
外交と内政での役割分担に加え、二人の違いは官僚の人事にあるという見方もある。
ある元事務次官は言う。
「安倍首相は自分の気に入った官僚を引き立てるが、人事で官僚全体を統治する思想は薄かった。管さんは能力があっても異を唱える官僚は飛ばす。人事による恐怖を官僚統治に使っている。」
事務次官時代、恐怖の統治による負の遺産を目の当たりにする。安倍政権が長くなるにつれ、部下から新しい政策が出なくなったという。官邸が政策そのものにだめ出しすることは以前の政権からよくあった。が、安倍官邸では、政策そのものの評価にとどまらず、政策を提案した官僚個人についても「あれは駄目だ」と評価される、と官僚たちはささやきあった。
政策を提案して失敗すれば決定的なマイナス評価になるのならば、無理に新提案をしなくてよい・・。現場にはそんな空気が広がっていた。元次官は「減点主義で官僚たちが萎縮した」と語る。保身を図る官僚たちの心境を、あるOBはこう代弁した。「『キジも鳴かずば撃たれまい』ということだ」』

安倍政権時代の管官房長官、そして菅政権での菅総理が、内閣人事局を中心とした人事権の濫用により、霞ヶ関を弱体化してきたことが明らかです。
そこにコロナ禍が襲いかかりました。霞ヶ関が知恵を結集して対策を講じるべきところ、なすすべもありません。コロナ対策において、日本は東アジアの負け組に位置づけられてしまっています。

日経新聞「私の履歴書」で、2020年12月は元通産次官の福川伸次さんでした。
第12回(12月12日)の記事です。68年11月末に第2次佐藤再改造内閣が発足し、大平正芳氏が通産大臣に就任しました。福川さんは大臣秘書官に指名されました。
『大平大臣は人事に関してはすべて熊谷典文次官、大慈弥嘉久次官に任せ、一切介入しなかった。「役人はやる気にさせれば何でもやるからな」と信頼しておられた。』

私は、内閣人事局が発足する前、「霞ヶ関は人事権を独占しているがため、『省益あって国益なし』のひどい状態になっている。」と考えていました。内閣人事局はこの弊害をなくすために作られたものです。
しかし、安倍政権、菅政権時代の霞ヶ関の体たらくを見せつけられると、むしろ昔日の霞ヶ関が懐かしいくらいです。
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コロナ・宿泊療養に法的根拠を

2021-01-10 11:33:27 | 歴史・社会
コロナの入院拒否などに刑事罰 厚労省が検討スタート
朝日新聞 2021年1月8日
『新型コロナウイルス感染症の患者が入院を拒否した場合、罰則を設けることについて厚生労働省が検討を始めた。8日、政府・与野党連絡協議会で明らかにした。18日に開会する通常国会で感染症法改正を予定。刑事罰を想定しているという。
・・・
政府・与党内には、入院勧告や強制的な入院を拒否した場合、「懲役1年以下か100万円以下の罰金」、保健所の調査に協力しない場合にも「50万円以下の罰金」を科す案も浮上している。一方、野党からは罰則に慎重な声もあがった。共産党の田村智子参院議員は「入院させてほしくてもできない事態があるのに、拒否する人に対する罰則の議論をするのか」と疑問を示した。
また厚労省は、軽症や無症状者の宿泊療養と自宅療養を感染症法で規定することも改正法案に盛り込む方針だ。これまでは法的な位置づけがなく、通知で対応していた。法律に位置づけることで、宿泊療養や自宅療養の実効性を確保できることが期待される。厚労省はこのほか、保健所設置市の患者の情報を都道府県が把握できない問題などを解消するため、保健所の追跡調査結果を都道府県と市などが共有できる仕組みの導入も検討する。(姫野直行、西村圭史)』

この程度の法改正を発議するのに、コロナ問題発生から1年も待たなければならないのは不思議です。

以下に、このブログの記事を遡ってみます。
コロナ陽性自宅待機に強制力を 2020-03-18
『陽性者に対する自宅待機の要請とは、近隣や家族に感染させないための措置ですから、いわば自宅軟禁、座敷牢と呼ばれるような状況です。知事からお願いされたからといって、はいわかりましたと座敷牢でおとなしくしていることを期待しても、それは無理というものです。
ここは、知事の自宅待機要請に強制力を持たせることは必須で、そのためには法律を作るしかありません。迅速にお願いしたいものです。』
今から10ヶ月前に、私は上記提言をしていました。

コロナ対策・日本の惨状 2020-04-25
『(B)隔離は自宅ではなく、ホテル等の宿泊施設とすること。
・・・
一方、田村憲久・自民党「新型コロナ対策本部」本部長が最近テレビ出演中に「本人が自宅療養を希望したら、『ホテルへ行け』と強制することができない。」と発言していました。私は「今頃国会議員がそんなことを言うか」とびっくりしてしまいました。』
田村議員(現時点での厚労大臣)が上記発言をしたのが9ヶ月前です。そのときは「今頃か!」とつっこみましたが、それから9ヶ月が経ち、ご自身が厚労大臣に就任しているのに、やっと今になって法改正の発議です。

新型コロナ対策・推進責任箇所はどこか 2020-04-29
『例えば東京都では、23区は特別区であり、八王子市は保健所設置市であり、それぞれ、保健所はこれらの区、市が所管しています。東京都が所管している保健所は、これら以外の、例えば三鷹市や武蔵野市など、ということになります。埼玉県でいうと、さいたま市は保健所設置市です。
従って、都道府県知事の権限は、保健所設置市と特別区の保健所には及ばないようです。・・
東京都の場合、23区の区長が非常に大きな役割を担っていることになります。』

東京都において、東京都知事と23区の各区長との役割分担で、十分な意思疎通が図れない懸念があることは十分に見て取れました。実際、保健所設置市の患者の情報を都道府県が把握できない問題などが存在しており、その問題を解消するため、保健所の追跡調査結果を都道府県と市などが共有できる仕組みの導入が今になってやっと発議されたのですね。

コロナ問題について、霞ヶ関の政策立案能力、国会の立法能力、総理と官邸の行政能力が致命的に劣化している現状は、まさに目を覆うばかりです。
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