弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

葛飾柴又帝釈天

2019-02-10 15:58:23 | 趣味・読書
2月2日(土)、前日の冷たい風もおさまり、穏やかな一日ということで、妻と二人で柴又帝釈天を訪問しました。二人とも、「男はつらいよ」はよく観るものの、実際に柴又帝釈天を訪れるのははじめてです。
自宅からの経路を調べたところ、
京王線-都営地下鉄線-馬喰町(徒歩)東日本橋-浅草線・京成本線-京成高砂-柴又
という経路がヒットしました。所要時間1時間ちょっとです。

柴又駅を降りて振り返ると、映画でおなじみの柴又駅です(左下写真)。
柴又駅                           とらや
 
お昼をだいぶ過ぎていたので、駅最寄りのお店に入りました。鰻がメインとなっており、われわれも鰻重を注文しました。
帝釈天参道を入ってすぐ右側が、われらがとらやです(右上写真)。

そして参道の奥に、帝釈天が見えてきます。
《帝釈天》
二天門


帝釈堂


鐘楼


ここまでは、映画「男はつらいよ」で見慣れた情景です。さらに帝釈堂の奥に拝観経路があったので、行ってみました。
まずは彫刻ギャラリーです。
《彫刻ギャラリー》



説明では「帝釈堂内陣の外側にある十枚の胴羽目彫刻は、佛教経典の中で最も有名な「法華経」の説話を選び出して彫刻したものである。」とあります。大正末期より昭和九年に至る歳月を費やして完成しました。途中、大正十二年の関東大震災で一度は彫刻材を消失しましたが、昭和初年から再開し、多くの彫刻師の手によって完成したものです。








完成後、戦災にも遭わず、よくぞ現代に継承されたものです。

《本堂裏手の大客殿》
彫刻ギャラリーを一周すると、別の拝観経路があります。そこは大客殿でした。


大客殿から見た庭園


庭園をめぐる回廊から

柴又帝釈天は、その全体がとても大きなお寺でした。とてもとても、御前様お一人と寺男一人(げんちゃん)でまかないきれるものではありません。

お寺を出て北東方向に歩くと、江戸川に出ます。江戸川の堤防は、「男はつらいよ」の大事な情景ですから、見逃すわけにはいきません。
堤防に上がると、そこには片側1車線の綺麗で広い舗装道路ができていました。確か映画では、砂利道だったはずです。いつの間に舗装されたのでしょうか。
遙か川の方向をみると、江戸川と矢切の渡しを見つけることができます(下写真)。
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テクテクテクテク-2

2019-02-07 21:35:59 | 趣味・読書
私が、地図塗りつぶしゲーム「テクテクテクテク」(以下テク4)で遊んでいる件については、1月14日に「テクテクテクテク」で話題にしました。
私の通勤通路は、井の頭線の明大前から吉祥寺、そして中央線の吉祥寺から荻窪までの電車を利用しています。そこで、朝晩の通勤中、所定の駅で途中下車し、塗りつぶしを行った上でまた再乗車して通勤する、という日々を送っています。
前回の記事では、通勤途中の地区としては、永福地区、和泉地区、浜田山地区、高井戸東地区、高井戸西地区、久我山地区、吉祥寺南町地区の完成を報告しました。また、和泉地区に隣接する南側については、大原地区、羽根木地区が完成しています。

その後も、毎日塗りつぶしを続けています。
井の頭沿線では、まず井の頭地区です。井の頭公園はこの地区に含まれています。朝、井の頭池にかかる橋を渡りながら、下の写真を撮影しました。
三鷹市井の頭 井の頭公園
 

中央線沿い、制覇した地区を西から挙げていくと、
まずは、三鷹駅の北側に位置する三鷹市中町地区です。帰宅途中に歩いたので、三鷹駅前のイルミネーションを見ることができました(下写真)。
武蔵野市中町 三鷹駅北口の夜景
 

東進して、吉祥寺町地区、吉祥寺南町地区、松庵地区、西荻南地区、と、制覇地区が続いています。
職場は荻窪駅前にあります。荻窪地区の範囲内です。しかし、荻窪地区は結構広いので、制覇するには工夫が必要でした。1回は、荻窪駅から南に走る路線バスに乗り、途中下車して塗りつぶしを行い、再度路線バスに乗車して井の頭線の高井戸駅に至る、というコースもたどりました。
荻窪地区の西に南荻窪地区があります。この地区は若干面積が小さめであったことから、朝の出勤途中、職場のお昼休みを利用して制覇に至りました。
杉並区南荻窪 善福寺川
 

杉並区南荻窪2-37-22 天祖神社
 

荻窪駅北側の天沼地区も、主に昼休みを使って制覇しました。

続いて、中央線阿佐ヶ谷駅の南、地下鉄丸ノ内線南阿佐ヶ谷駅の北に位置する南阿佐ヶ谷地区です。

2015年8月、私はこのブログに「桃園川源流」の記事を書きました。
桃園川は、荻窪駅のすぐ北にある天沼弁天池を源流とし、そこから東へと流れていました。現在はすべて暗渠となり、地上は緑道になっています。
その桃園川、阿佐ヶ谷駅の北で向きを南東に変針し、中央線の線路を北から南に横切ります。そのため、阿佐ヶ谷南地区を歩き回っていると、桃園川緑道にしょっちゅう遭遇することとなります。下の写真、旧馬橋もその一つです

杉並区高円寺南3-11 桃園川緑道 旧馬橋
 

馬橋(まはし)というのは、この界隈の旧地名のようです。桃園川の旧馬橋のすぐ南には馬橋稲荷神社があります(下写真)。中央線の北側には、馬橋公園や馬橋キリスト教会を見つけることができます。

杉並区阿佐谷南2-4-4 馬橋稲荷神社
 

馬橋の地名の由来については、馬橋稲荷神社のホームページ杉並区馬橋の歴史によると、「阿佐ケ谷南2丁目の馬橋稲荷神社裏手の桃園川の湿地帯を、軍勢が通ったとき、馬を橋代わりにして渡ったので、馬橋の地名が生まれたという説」が有力とのことです。文明11年(1479年)に杉並区・中野区近辺で太田道灌と豊島氏の間 で激しい合戦があったこととも符合するそうです。
当初は、「桃園川にかかる橋である馬橋の付近の地名を馬橋と呼んだ」のかな?、と思っていたのですが、そうではなく、「馬橋地区に近い橋だから、橋の名前も馬橋にした」ということのようです。正確に名付けるとしたら「馬橋橋」ということになるのでしょうか。

さて、私の通勤経路上で制覇している地区は以上です。
さらに、自宅の周辺で休日に制覇した地区は、というと、
松原地区、大原地区、笹塚地区があります。

下の写真は、世田谷区松原地区の追分(Y字路)に祀られた祠です。
 
杉並、世田谷の道々を歩いていると、Y字路(追分)には結構な確率で祠を見つけることができます。

休日を利用して、世田谷区の豪徳寺地区にある豪徳寺も訪れました(下写真)。
 

現在、中央線沿線では、阿佐ヶ谷南地区の東に位置する高円寺南地区、京王線と井の頭線の沿線では幡ヶ谷地区と北沢地区を攻めているところです。経過はまた報告します。
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役人は暴力に弱い

2019-02-03 11:12:07 | 歴史・社会
小4死亡、市に抗議殺到 「なぜ渡した」2日間で1千件
『千葉県野田市の小学4年、栗原心愛(みあ)さん(10)が死亡した事件で、心愛さんへの対応をめぐって市と市教育委員会に抗議や非難が殺到している。記者会見で心愛さんのいじめアンケートのコピーを父親に渡したことを明らかにした翌日の1日から増え、市は2日、市役所内の一室に電話8台を増設し、市職員が交代しながら応対した。(朝日新聞デジタル)』

行政が、父親の威圧的な言動に恐怖を感じ、秘密とすべてアンケートを父親に渡してしまった事件です。このことは言語道断で、なんとかならなかったものか、つくづくと残念です。
もう一つ、この事件から連想することがあります。
「役人(行政の窓口)は暴力に弱い」

この点に関し、以前このブログに書き込んだ記憶があったので、ネットで調べたら見つかりました。2008年の記事ですから、もう10年以上が経過します。
行政と暴力(2008-07-08)
概略、以下のような記事です。
----10年前の記事引用開始----------
生活保護費不正受給:群馬まで100キロ、タクシーで通院 埼玉・深谷市が組員告発
「埼玉県深谷市内の暴力団組員の男(60)が生活保護費を市から不正に受給していた疑いがあり、市が生活保護法違反容疑で埼玉県警に告発していたことが分かった。群馬県北部の温泉地にある医療機関まで約100キロの道のりをタクシーで通院したとして料金を請求するなど、妻(44)と2人の受給額は約1800万円に上るとみられている。
 関係者によると、組員は07年10月、群馬県北部の医療機関で診察を受けたとして、自宅からの往復のタクシー代十数万円を生活保護費に含めて受け取っていたという。同月、県の監査で不正受給の疑いが発覚した。」

深谷の生活保護費不正受給:「暴力に屈した」市長謝罪 弁明を撤回 /埼玉
7月1日14時1分配信 毎日新聞
「 ◇“市は被害者”弁明を撤回
 深谷市の生活保護法違反(不正受給)事件で、新井家光市長は30日、定例会見で「担当者だけで穏便に済ませようとした事なかれ主義が暴力に屈した」と、市の不手際を認めて謝罪した。容疑者の逮捕当日の市幹部の会見では「市は被害者」と主張していた。」

このような事件情報に接すると、「行政の窓口は原則として暴力に屈しやすい」という図式が見えてきます。

似たような事件に、<滝川タクシー詐欺>がありました。
「夫婦は06年10月~07年10月、収入があり生活保護受給資格がないにもかかわらず、市から介護タクシー代2億215万円と生活保護費389万円の計2億604万円をだまし取った。」
以下に詳しく書かれています。残念ながらニュースソースはもう見られません。
「生活保護世帯の元暴力団組員の夫と妻らが介護タクシー代金約2億4千万円を不正に受給していた事件で、北海道警は9日、夫婦らを詐欺の疑いで逮捕した。
(中略)
 逮捕されたのは、滝川市黄金町東3丁目、片倉勝彦(42)、妻ひとみ(37)両容疑者と札幌市北区の介護タクシー会社「飛鳥緑誠介(あすかりょくせいかい)」取締役の板倉信博(57)、社員の小向敏彦(40)両容疑者。片倉容疑者は介護タクシー代金2億65万円のほか、生活保護費約370万円を詐取した疑いが持たれている。(中略)

 始まりは06年3月だった。滝川市出身で、いったん札幌市に移っていた容疑者夫婦が滝川市に転入。「病気で働けない」などとして生活保護の認定を受けた。
(中略)
 しかし、市の幹部は以前から、重ねて忠告を受けていた。市の監査委員だった市議によると、06年秋の時点で高額の請求に気づき、懇談会の場で田村弘市長や副市長らに注意を促した。しかし、市長は「そんなことがあるのかい」などと答えるにとどまったという。
 その後、監査委員は07年春に検証報告を作成して「考えられない額で現実離れしている」「金が夫婦側に還流しているのではないか」と指摘した。市の顧問弁護士も同時期に「すぐに打ち切るべきだ」と進言。その後、市はようやく腰を上げて滝川署に相談したが、市として具体的な調査に入ることはなかった。正式に被害届を出した11月16日にも390万円を振り込んでおり、「弱腰」が目立つ。
(中略)
 市は、当初から元暴力団組員であることを把握しており、「見るからに『それ風』で威圧的だった」(市職員)。捜査した札幌地検や道警などには「トラブルが嫌で目を背け続けた疑いがある」「職員の刑事責任は追及できなかったが、納税者への背信行為であることは間違いない」という声がある。(以下略)


「行政が暴力に弱い」事例として、私が最初に接したのは「豊島産廃事件」です。

「1975年12月、豊島(てしま)総合観光開発は香川県の豊島で有害産業廃棄物処理事業を行いたいと香川県知事に許可申請した。これに対し住民は建設差止請求訴訟を提起したので、豊島総合観光開発は「ミミズによる土壌改良剤化のための処理」のみを行うと申請内容を変更した。許可権者の香川県は、行政としては許可せざるを得ないとして、住民に対しこれを受け入れるよう強く要請し、住民も受け入れた。
豊島総合観光開発は78年4月から「ミミズ・・・」業務を開始したが83年には事実上廃業し、シュレッダーダストなどを搬入して野焼きを行うようになった。これについて香川県は同社を指導監督するどころか、逆に同社を廃棄物処理法違反で起訴した高松地検に対して、同社の主張を認める説明を行っていた。
90年11月、兵庫県警は豊島総合観光開発を廃棄物処理法違反の容疑で摘発。当初、シュレッダーダストは廃棄物ではないと説明していた香川県も廃棄物であることを認めるようになった。同社は、50万トンを超す大量の廃棄物を放置したまま実質上倒産した。」
「こうした県の対応の背景にはやはり暴力が関係していた。排出業者が県庁で職員に暴力を振るった。闇の勢力との対決を恐れ便宜を図った。県は4万トンだから無害だという宣言を出したが、実際は50万トンだった。暴力によって行政がゆがむことの恐ろしさをこの事件が物語っている。 」


行政を掌る一人一人の役人はそれは弱い存在です。暴力をふるわれ、家族に危害が及ぶ可能性が出てきたときに、その役人一人の力で暴力に立ち向かうのは無理です。しかしだからといって、行政が暴力に屈してはいけません。
やはり、相手が暴力できたときにはそれに対抗できる仕掛けを行政の中に設けておく必要があるということでしょう。どのような仕掛けが適切かはわかりませんが。
---以上、10年前の記事終わり--------

今回の、こどものアンケートを父親に渡してしまった事件も、同じ構図を感じます。
行政の窓口の役人が、威圧的な態度で迫られてきたとき、その窓口の役人一人に対応を任せていたのでは、暴力に屈してしまうことになります。それが人間の弱さというものでしょう。
そのような弱さを認識した上で、対応を窓口の役人一人に負わせるのではなく、ただちに役所全体として対応が始まるような仕組みが必要だと痛感します。
しかし残念ながら、テレビの報道を見ている限り、そのような行政の仕組み作りの必要性について論じているニュース解説は皆無の状況です。
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