弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

タイトルページ

2048-07-08 00:00:00 | Weblog
このブログの目次
知的財産権弁理士歴史・社会趣味・読書サイエンス・パソコンサッカー
杉並世田谷散歩徒然

この下の記事が最新記事です。
コメント

日米首脳共同声明

2021-04-17 14:22:34 | 歴史・社会
本日発表されたはずの日米共同声明を探し回り、外務省のホームページで見つけました。日米首脳共同声明 令和3年4月16日
『現地時間4月16日、ワシントンDC訪問中の菅義偉内閣総理大臣は、ジョセフ・バイデン米国大統領(The Honorable Joseph R. Biden, Jr. President of the United States of America)と日米首脳会談を行い、共同声明を発出しました。
日米首脳共同声明(英文(PDF)仮訳(PDF)
 別添文書1 日米気候パートナーシップ(英文(PDF) /仮訳(PDF))
 別添文書2 日米競争力・強靱性(コア)パートナーシップ(英文(PDF)/(仮訳(PDF))』

正文は英語のみで日本語正文はなく、日本語は仮訳のみです。そんなものでしょうか。

仮訳の日本語を読んでみました。6ページにわたります。

日米首脳共同声明「新たな時代における日米グローバル・パートナーシップ」2021年4月16日
《自由で開かれたインド太平洋を形作る日米同盟》
日本は同盟及び地域の安全保障を一層強化するために自らの防衛力を強化することを決意した。』(1)
『日米両国は、困難を増す安全保障環境に即して、抑止力及び対処力を強化すること、サイバー及び宇宙を含む全ての領域を横断する防衛協力を深化させること、そして、拡大抑止を強化することコミットした。』(2)
『日米両国はまた、地域の平和及び安定を維持するための抑止の重要性も認識する。』(3)
『日米両国は、東シナ海におけるあらゆる一方的な現状変更の試みに反対する。日米両国は、南シナ海における、中国の不法な海洋権益に関する主張及び活動への反対を改めて表明するとともに、国際法により律せられ、国連海洋法条約に合致した形で航行及び上空飛行の自由が保証される、自由で開かれた南シナ海における強固な共通の利益を再確認した。日米両国は、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す。日米両国は、香港及び新疆ウイグル自治区における人権状況への深刻な懸念を共有する。』(4)

上記(1)~(3)は、「地域の安全保障」のための日米軍事同盟の強化を謳っていますね。「中国」とは一言も書かれていませんが、「中国を仮想敵とする日米軍事同盟の強化」であることは誰にも明らかです。日本政府は、ここまで踏み込むことを予定していたのでしょうか。
台湾については(4)のみに現れ、軍事的な脅威については明示していませんが、(1)~(3)を合わせて読めば、「中国が台湾に軍事侵攻するようなことがあれば、日米両国には覚悟があるぞ」と言っているように受け取れます。「覚悟」とは何でしょうか。「中国が台湾に軍事侵攻するようなことがあれば、米国は軍事力で体を張って台湾を防衛し、日本は憲法の許す範囲内で軍事協力する」ということになります。
日本国民に、そのような覚悟ができあがっているようには思えません。今後、日本国内でどのように議論していくのでしょうか。
コメント

コロナ対策の行方

2021-04-11 11:12:53 | 歴史・社会
日本でのコロナ対策の無策については目に余るものがあります。しかし、ここで私が何を言っても、のれんに腕押し、糠に釘で、最近は発言をする気力も失っていました。
先日、コロナ対策政策立案能力(2021-03-21)は書きましたが・・・。

日経新聞に以下の記事が掲載されたので、取り敢えずその中のポイントだけを抜き出してみようと思います。
コロナ、統治の弱点露呈 政治主導・デジタル・国と地方
2021年4月7日 日経新聞
『政府が初めて緊急事態宣言を発令して7日で1年となる。いまも止まらない新型コロナウイルスの感染拡大は、日本の統治機構の弱点を浮き彫りにした。デジタル化の遅れや国と地方のあいまいな責任と権限、既得権が臨機応変な対応を妨げ、政治主導の動きも鈍かった。新型コロナが明らかにした脆弱さを一から見直すべき時に来ている。』

《幕張メッセを1千床規模の臨時の医療施設に》
臨時の医療施設は当時、緊急事態宣言下でしか認められておらず、消防法、建築基準法、地方自治法などの要件クリアのために奔走していたものの時間切れとなった。
強制力がない限り医師らを一気に集められない実態も分かった。

《政治主導不在》
官僚は既存の法や制度にとらわれる。危機時にそれを突破するのが政治の役割といえるが、その政治も既得権の壁を越えようとしない。衆院解散・総選挙を控え、日本医師会への配慮もにじむ。
海外では非常時に国が強制措置をとるための緊急事態条項を持つ国がある。
日本は戦前の反動で国が私権を制約することへの警戒感は強い。

《デジタル化》
HER-SYSは、入力項目を120から40に減らしたものの、医療現場で「使い勝手が悪い」との不満が残る。
新型コロナでも初の患者が出て入院患者の特徴の分析結果をまとめるのに7ヶ月かかった。

《国と地方》
病床の確保は都道府県が実施し、国は強制できない。保健所は市や特別区も運営主体となる。
----------------
以上が日経新聞記事です。記事の最後で「統治機構と政治主導の死角を検証し、見直す時期が来た」とはしているものの、具体的な検証と見直しは全く記載されていないようです。これからの記事に期待、ということでしょうか。

「8割おじさん」の西浦教授の発言も見つかったので書き留めておきます。
政治家、覚悟のかけらもなかった 「8割削減」西浦教授
2021年4月2日 朝日新聞
『「第1波のとき、厚生労働省のクラスター対策班・・・で分析した結果が官邸に届くまでに、厚い壁のようなものが何枚もありました。科学的な知見を採り入れた政策判断と、官僚制システムがかみ合っていない」
「当時の厚労大臣だった加藤勝信さんには毎日のように会って、かなり厳しいことも言わせてもらっていました。しかし、その後、官邸での会議に専門家の提言が直接出されるわけではないのです。厚労省内で調整して、ようやく事務次官や医系技官のトップの医務技監が官邸に伝える」
「昨年3月、・・・僕は重症者数のシミュレーションをして、このままだと病床が足りなくなるという試算を会議に出したのですが、厚労省側からは『混乱を招く』と大反対された。一方で、会議の直前になって、政府側から『こういう別の対策が入ります』と言ってくる。前日の夜に資料が回覧されるものもあり、専門家の意見を採り入れたり、変えたりできない状態でした」』

《ワクチンについて》
新型コロナワクチンについて、あまりにも短期間での開発だったので、実際の大量摂取で弊害(副反応)が心配されましたが、諸外国の実績では圧倒的に摂取のメリットが高いようです。これに安心して日本もワクチン接種を進めたいところですが、先進諸国内では圧倒的に低い摂取率です。
日本での摂取を増大するために、「日本でもワクチン開発を進めるべきだ」という議論はよく聞きます。なぜ「ワクチンの開発」なのでしょうか。「既存の、例えばファイザーが開発したワクチンのライセンス生産」という話がなぜ出てこないのでしょうか。効くワクチンの量が確保できれば良いのであって、日本発である必要はありません。
しかし、「ファイザー」「ライセンス生産」で検索しても記事に遭遇しません。
唯一見つかったのは、国境なき医師団による以下の記事です。
新型コロナウイルス:ファイザーとモデルナのワクチンは、生産者を増やして世界的な普及を」 2020年12月08日
『一方、ファイザー/ビオンテックは、英国で先週、ワクチンが緊急承認されているが、知的財産権で守られた技術のライセンス許諾や、技術移転をする予定はないとの見解を示している。世界規模の生産と供給の拡充を実現するには、同社も世界的なライセンス共有を進め、他のワクチンメーカーへの技術移転を全面的に行うべきである。』
昨年12月という古い記事ではあるものの、その後「ファイザーがライセンス生産を認めた」との情報が全く見当たらないので、今も変わらないのでしょう。
他社へのライセンスを認めるか認めないのかの決定権はファイザーが持っているのでしょうが、世界中が声を大にして要求すれば、このパンデミックですから、ファイザーも態度を変えると思います。
これが特許権だけの問題だとしたら、日本であれば特許法93条の《公共の利益のための通常実施権の設定の裁定》を利用して強制通常実施権を得ることが可能でしょう。しかし、今回のワクチンについては、特許権の問題ではなく、ノウハウが重要でしょうから、やはりファイザーがノウハウをライセンスしない限り解決しないのでしょう。
コメント

自分の来し方を辿ってみた

2021-04-10 18:35:16 | Weblog
3月8日の当ブログ記事「菊池昇先生『研究者は2つの「E」を磨け』」で、菊池先生の『私は東京工業大学で土木工学を学んだが、アルバイトで手掛けたコンピューターを使う模擬実験や可視化に魅了され、以来IT(情報技術)を駆使した工学を専門にしてきた。』に触発され、私がコンピュータプログラムによるシミュレーションで得た成果について2つ、記載しました。
これを機に、私の来し方をちょっと振り返ってみる気になり、私がなした成果の学会発表などを探すことになりました。

まずは、前回にも紹介しましたが、東京工業大学機械物理工学科での学部4年生と修士の2年間、丹生慶四郎先生のもとで流体力学の問題をコンピュータシミュレーションで数値計算を行う研究に専念した成果です。学部の卒論を論文投稿しました(J. Phys. Soc. Jpn. 32, p. 584 (1972))(本文)。

大学院修士修了後の勤務先は、大学の研究室の専門とは関係のない、製鉄会社に勤めました。新人研修時代に製鋼工場のDH真空脱ガス装置の担当となり、流体の挙動を数値シミュレーションで解くためにフォートランを駆使しました(学会発表:鐵と鋼 : 日本鐡鋼協會々誌 62 (11) S512 1976-09-03 社団法人日本鉄鋼協会、特許:特公昭57-022970)。

連続鋳造装置として、当時の職場に垂直曲げ型のマシンが導入されました。連続鋳造鋳型の直下にある鋳片の曲げ部で鋳片表面割れが多発したのですが、それを解決するに至った成果が、以下の発表に記述されているはずです。
『討 12 連鋳スラブにおける表面割れ疵の改善(II 連鋳鋳片の品質と鋼の高温における力学的特性, 第 104 回講演大会討論会講演概要) ID 110001488738』
鐵と鋼 : 日本鐡鋼協會々誌 68 (10) A161 - A164 1982-08-01 社団法人日本鉄鋼協会
しかし、どうしても上記文献をネット上で見つけることができませんでした。そこで、関連する公開公報を掲載します。
特開昭58-224054

連続鋳造における表面疵の問題が解決すると、次には連続鋳造の中心偏析問題が待っていました。この問題に関わった初期の成果が以下の文献です。
216 分割ロールによる連鋳々片の中心偏析低減効果 : 連鋳々片の中心偏析低減対策の検討 II(凝固偏析・凝固組織, 連鋳偏析, 製鋼, 日本鉄鋼協会第 109 回講演大会)
鐵と鋼 : 日本鐡鋼協會々誌 71 (4) S216 1985-03-04 社団法人日本鉄鋼協会

連続鋳造に従事した私の職歴の最後に、鋳片の鋳造中幅変更技術について新機軸を着想しました。それ以前の高速幅可変は、微分方程式を「鋳造速度=一定」との前提で解いた上で制御を行っていました。私は、幅可変装置が「積分器」として機能していることに気付き、微分方程式を解かないままでの制御を実現しました。その結果、幅変更中に鋳造速度が変動しても対応が可能となりました。高速幅可変技術の最終形だと自負しているのですが、世間ではあまり注目されませんでした。特開昭62-263857公告公報

1986年に私に転勤命令が下り、それまでの製鉄関連から突然シリコンウェーハ製造技術関連に異動になりました。シリコンウェーハについて新規参入企業だったので、当初は製造技術に関して産みの苦しみを味わいました。
当時、先行していたウェーハメーカーは、学会発表もしないし特許出願もしておらず、技術が闇の中でした。ウェーハの品質作り込み技術に関しても、先行メーカーは詳しく知っていたはずですが、公知ではありません。当方は後発メーカーですから、知り得たことを公開しても失うものはありません。先行メーカーはすでに知っていたはずですから。以下の論文も、そのようないきさつで文献公知にしたものです。
CZシリコンウエハー中のリング状分布積層欠陥
応用物理1988 年 57 巻 10 号 p. 1541-1545
結果として、CZシリコンウエハー中のリング状分布積層欠陥に関しては、当方が学界をリードする形となりました。

私は、以上のような経歴をたどった後、知財関連に転じ、発明する側から発明を権利化する側に転身し、現在に至っています。
コメント

要約書の【課題】欄への符号の記載

2021-04-06 17:39:17 | 知的財産権
久しぶりの知財ネタです。

特許出願時には、明細書、特許請求の範囲、図面に加えて、要約書を提出します。
要約書について特許庁は、「第五節 要約書の作成方法」において、
「発明の概要を平易な文章で簡潔に記載したものであり、一般の技術者が特許文献の調査の際に、その発明の要点を速やかにかつ的確に判断できるように記載したもの」であることを期待しています。
そして要約書の書式について、以下のように定めています。
-------------------
1.要約書は、次の様式により作成します。
   特施規様式第31(第25条の3関係)
『【書類名】 要約書
【要約】
【課題】○○○○○○○○○○○○○○○○○○
【解決手段】○○○○○○○○○○○○○○○○○○
【選択図】図○』
〔備考〕
11 「【要約】」の欄には、明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した発明の概要を次の要領で記載する。
ハ 要約の記載の内容を理解するため必要があるときは、選択図において使用した符号を使用する。
-------------------
ここで「選択図」とは、特許出願文書に添付した図面のうちの一つを選択したものです。図面中では、部品、部材などを符号(数字)で参照しています。要約書で発明を説明するに際し、発明のそれぞれの要素が図面中のどこと対応しているかがわかると発明を理解しやすいので、要約書中でも、発明を説明する際に符号を添えます。読者は、要約書を読むに際し、説明されている部分が選択図中のどの部分を指しているのかを把握しながら読むことができます。

要約書の構成は、上記のように、【課題】欄、【解決手段】欄、【選択図】欄に、内容が記載されています。発明の中身は主に【解決手段】欄に記述されるので、当然ながら、符号についても主に【解決手段】欄中の文章に添えられます。
一方、【課題】欄中の記載についても、選択図を見ながら読んだ方が理解しやすい場合があり、そのような場合に私は、【課題】欄中にも符号を添えるようにしています。

今般、私が明細書類を執筆した出願について、出願経緯を調査する機会がありました。するとその中で、「要約書の記載を職権修正した」旨の記載が見つかりました。あれっ、どんな不都合があったのだろう?
そこで、公開公報と出願書類を比較してみたところ、要約書の【課題】欄において、出願時は符号を記載していたのに公開公報ではその符号が削除されていました。修正箇所はそこだけです。

「要約書の【課題】欄には符号を記載してはいけない」というルールは聞いたことがありません。今回ネットで調べましたが、そのようなルールを見つけることができませんでした。そこで、特許庁に電話で問い合わせてみました。
その結果、
「要約書の【課題】欄には符号を記載しないようにお願いしている。記載があった場合は、職権修正で削除している」
との回答でした。当方から、
「そのようなルールはどこに書かれていますか?」
と聞いたところ、「書いたものはない。説明会では口頭でお願いしている。最近は説明会を開催していないが。」とのご回答でした。

このような運用がなされていることについて、私は知りませんでしたし知らない人が多いのではないかと考え、ここにお知らせする次第です。
コメント

ブログの画像格納サイトの変更

2021-04-04 16:27:42 | Weblog
このブログはgooブログですが、ブログで表示している写真等のファイルについては、gooではない別のサイトに格納しています。ブログ記事内でリンクによって関連付けています。このようにしている理由は、記事ごとに多数の写真をアップするに際し、FTPによってファイルを一気にアップしたいからです。
画像データのアップ先としては、2006年にブログを開設した当初から、@niftyのエリアを使っていました。
私と@niftyとの関係は、1980年代のパソコン通信時代に遡ります。NIFTY-SERVEと呼ばれていたパソコン通信を、私の主戦場としていたのです。現在に至るまで、@niftyのホームページエリアを確保し、そこに写真等のファイルを格納していました。

最近になって、私のブログをブラウザーで閲覧するに際し、写真が表示されないというトラブルに見舞われました。Internet ExplorerやiPadでは表示されるのですが、Google Chromeやマイクロソフトエッジでは表示されないのです。

まず、gooブログに質問しました。すぐに帰ってきた返答は
『goo blogでは、2018年より、常時SSL化を実施しておりますので、「http://」から始まる文字列での指定は、ご利用環境によって正常に表示されない場合がございます。
恐れ入りますが、コンテンツのURLを「https://」から始まるURLに変更いただきますようお願いいたします。』
というものでした。たしかに、「http://fuzoku.life.coocan.jp/ファイル名」のように参照しており、httpsではなくhttpです。

次に、@niftyに質問しました。すぐに帰ってきた返答は
『ご利用いただいております「@niftyホームページサービス」につきましては、現在SSL機能(https化)に対応の予定がございません。
このたびはお客様のご要望にお応えすることができず、大変心苦しい限りではございますが、何卒ご容赦くださいますようお願いいたします。』
というものでした。
これから分かることは、@niftyホームページサービスは最新のサービスを提供する状況にはなく、いずれ近いうちに消滅が予想されるものである、ということです。

さてどうするか。
写真等の格納場所を、SSL機能(https化)に対応した場所に変更しなければなりません。最初は途方に暮れましたが、「レンタルサーバー」のキーワードで調べれば良いことがわかってきました。
そして、【徹底比較】レンタルサーバーおすすめランキング【速度・料金・安定性】にて第2位にランクインしているエックスサーバーに決定しました。

データの移動については、現在@niftyにアップしているデータをすべて一括でFTPにてパソコンにダウンロードし、そのデータをFTPにてエックスサーバーに一括でアップロードしました。それぞれの作業が、せいぜい20分程度で完了し、データの移動は苦労なくできました。データの総量は10GBにも満たない量でした。エックスサーバーは300GBも契約したのに。

次に、ブログ記事の参照アドレスの書き換えです。
ここは、写真を掲載しているページごとに作業していかなければなりません。まず、変更しようとしているページのソースを表示させ、コピー・ペーストでテキストエディター(秀丸)に読み込みます。そして、秀丸上で一括置換にてアドレスを書き換えます。書き換えた情報を再度gooブログに読み込ませて完了です。
この作業を、写真を掲載しているページ数だけ延々と行いました。とは言っても、この週末に作業は完了しました。

こうして、私のブログは甦ることができました。
今までは、データ容量を気にして写真の解像度を落としてアップしていました。エックスサーバーに乗り換えた結果として、容量が300GBに増大しました。現時点で容量300GB中の10GB程度しか使っていないのですから、これからは容量を気にせずに高い解像度で写真をアップしようと思っています。
コメント

私の履歴書・島正博氏

2021-03-31 18:59:12 | Weblog
日経新聞・私の履歴書・3月は、島精機製作所会長・島正博氏です。
ウィキペディアでは、「日本の実業家・発明家。島精機製作所代表取締役会長」と紹介されています。

1938年生まれで、和歌山市で生まれ育っています。終戦時にも和歌山市在住で、和歌山市の空襲も体験しました。
戦争中にお父様が戦死されています。空襲のとき、戦後すぐ、まだ島さんは小学校2年生です。空襲で逃げる途中、あやうく焼夷弾の直撃を受けるところでした。自宅は焼失し、小2の島さんは一家の大黒柱となります。
焼け跡の廃材を用いてバラックの家を作る、空き地に野菜を植えて食料とする、戦死した父親が残してくれた手袋編み機を使って、母親と一緒に手袋作りの内職を行う、など、本当に小学生なの?とびっくりするような活躍ぶりです。
生活保護を受けていましたが、隣家の池永製作所の支援も受け、県立和歌山工業高校に進学し卒業しました。

当時の作業用手袋は、手首のところにゴムが入っておらず、編み目を減らして絞っていました。緊急時に手袋が脱げないので機械に巻き込まれる事故の原因となっていました。島少年は、「手首のところをゴムにすれば良いのだ」と着想し、実用化しました。
ここまでは、私が新聞のスクラップを残していないので、記憶に基づく記載です。ここからは、スクラップをもとに書き残します。

1955年、ゴム入り安全手袋の実用新案登録出願しました。一度は拒絶されますが、つてを頼って資金支援を受け、不服審判の末に登録になりました。ところが話はここで終わらず、「同じ構造の手袋をすでに製造・販売している」と連絡してきたUに騙され、知らないうちに権利の名義人を取られ、あったはずの利益もすっかり消えていました。(第7回)

奥様の和代さん、高校のハンドボール選手として国体に2度出場するなど、地元では有名なスポーツ選手でした。島さんの実家の近くに和代さんの実姉が経営する美容室がありました。「時折手伝いに訪れ、周囲の雰囲気をぱっと明るくする快活さに惹かれるようになった。ただ、・・・和代はあまり良い印象を抱いていなかったようだ。」
ようやくデートに誘い出すようにはなりましたが、和代さんは「こんな人と結婚するとは絶対思わなかった」との気持ちだったそうです。それが結婚することになったのにはいきさつがあるのですが、島さんとしては、実用新案に基づく収益で立派な一軒家を建てるつもりでした。それがUに騙されて夢は潰えました。
『バラック立ての家に住み続けることになった顛末を話した時の和代の言葉は忘れられない。
「私は、そんなほんまにあるかどうかも分からんおカネ、ハナから当てにしてへん。きれいな家に住めるから、あんたと結婚しようと思うたわけやない」
あっけらかんとこう言ったのである。』(第8回

島さんは半自動の手袋編み機を完成して、知人らと会社を興しました(第9回)。しかし島さんはそれでは満足せず、別会社(今の島精機製作所)を興して、全自動の手袋編み機を考案しました(第10回)。ところが、新型の全自動手袋編み機がうまく作動しません。借金が膨れ上がり、60万円の手形の決済が迫りました。当時、社長の島さんと資金繰り担当の専務さんは、自殺の場合でも保険金が下りる生命保険に加入していました。もう、二人して電車に飛び込むしかない。(第10回)

そんな1964年のクリスマスイブ、奇跡が起こりました。見知らぬ初老の紳士が島さんを訪ねてきたのです。風呂敷包みから現金100万円を取り出し、「明日の決済に間に合うようにカネを持ってきたで。」と言いました。紳士は大阪で金属加工の会社をやっている上硲(かみさこ)俊雄さんでした。仕掛け人は当時の和歌山県経済部長(後の知事)の仮谷志良さんで、ひそかに部下で中小企業診断士の田村徹さんにスポンサー探しを依頼していたのです。
こうして目の前が一気に開け、島さんはさらに1週間、一睡もせずに、大晦日に全自動角形手袋編み機が完成したのです。
さらに島さんは、1月3日に会社で展示会を開くことを決めました。(第12回

この頃(1964年頃)、アパレル製品製造の自動編み機は海外の有力メーカーが開発済みでしたが、衿の部分だけは自動化が困難でした。島さんは、全自動フルファッション衿編み機(FAC)の開発に乗り出します。島さんは次々にアイデアを生み出しました。島さんは短時間で完成させるため、機械全体の設計図は島さんの頭の中にとどめ、開発が進むのに合わせて各部位の図面ができていくようにしました。設計変更のたびに図面を描き直す手間を省くためです。(第15回)

脇道に逸れますが、弁理士業において、機械の特許明細書の作成に際し、普通はまず図面を完成し、それから文章作成に入るようです。私は、図面は私の頭の中にとどめ、明細書の文章執筆が進むのに合わせて図面ができあがる手順を踏んでおり、人とは違うやり方です。その点では島さんと共通点を感じますが、島さんは世界初の機械を開発しているのですから、規模は全く異なっています。

1967年6月にスイスで開かれる国際繊維機械見本市(ITMA)の前に新鋭機を発表しようと頑張りました。ところが、FACは柄やサイズの変更などに対応するために構造が複雑で、最後の一週間はまたもや徹夜になりました。問題なく機械が動き出したのは発表会当日の朝でした。その1週間後、島さんはスイスに飛び、ITMAの会場に乗り込みました。(第16回

「FACに搭載したストローク幅の小さいキャリッジはもちろん、編み針の摩耗を防ぎかつ動きを円滑にするニードルベッド(複数の針の格納庫)は熱処理された特殊鋼のプレートをインサート。キャリッジ内のピッカーで編み目を増減させる装置など個別の技術も高い評価を受けた。」(第17回)

76年春、石川県にある石川製作所の工場見学に招かれ、たまたま覗いた印刷機械の3原色(マゼンタ、シアン、イエロー)の粒子から目が離せなくなりました。
『オフセット印刷が写真のように見えるのが不思議だったが、3原色の組み合わせだったのだ。約2時間ルーペで覗き込みながら、「編み方の基本と一緒や。応用すれば3次元のコンピューター言語ができるかもしれない」と閃いた。』(第21回)

1979年、NASAが公開入札で払い下げた3枚のコンピューターグラファックス(CG)ボードの1枚を1500万円で落札し入手しました。
これも役に立ち、シマトロニックデザインシステム(SDS)が81年に完成しました。5年前の3原色のインスピレーションが結実したものであり、『ニット、タック、ミスの編み物の3動作をパンチカードや紙テープを使わず、プログラミングコードで読み込ませた。いわばニット製品デザインのCAD(コンピューターによる設計)システムである。欧州各社も追随できないシステムの完成により、以後編み機の世界トップメーカーとしての評価が定着していく。』
一方、CGシステムはその後、独立した事業部門に育っていきました。(第22回

ブラックマンデーが起きたのは87年10月です。
『「潮目が変わる」。・・・予感通り、横編み機の出荷はピタリと止んだ。』
メーカー各社は編み機のパワーやスピードを競っていましたが、実はユーザー側が欲していたのはコンパクトな小型機だったのです。(第25回)

基本コンセプトをコンパクト化に切り替えた「第2世代」のコンピューター横編み機「SES」が完成したのは1988年末です。さらにデジタルステッチコントロールシステム(糸を均等に編み機に送り込む装置)を使用し、島精機のシェアは大きくアップしました。
バブル崩壊後のアパレル各社は、人件費の安い中国へ製造拠点を移す動きを加速しました。「ニット製品の地産地消」の道はないのか。行き着いた結論が「完全無縫製ホールガーメント機」の開発です。すでに要素技術は開発済みであり、いつ世に出すか、タイミングの問題でした。95年にホールガーメント機の1号機となる「SWG-X」を発表し、「東洋のマジック」と賞されました。(第26回

初代「SWG-X」は、無縫製だが立体感がいまひとつでした。弱点は編み針です。1847年にイギリス・タウンゼントが発明したラッチニードルではなく、当初はコンパウンドニードル(複合針)を使っていました。
2年間考えてスライドニードルを生み出しました。「針本体に2枚組みのスライダーを取り付け、針本体の上下動とスライダーの上下動を個々に制御。この新型針を搭載したニードルベッドを上段の前後と下段の前後に2セットずつ設置し、この4枚のベッドをフルに活用して編んでいく。」「デザインや柄のバリエーションが無限大に広がると言っても過言ではない。」
このスライドニードルを思いついたのは、97年に和歌山市内のホテルで開かれた懇談会の席上です。県の説明の最中、ふと新しい針の構造が閃いたのです。「忘れちゃいかん」と手元の封筒の裏に針のイラストや構造図を必死に書き込みました。
スライドニードルはタウンゼントの発明以来「150年ぶりの針の革命」といわれました。
99年、スライドニードル搭載のホールガーメント機が登場すると、世界の高級ブランド各社が次々に新型機導入に踏み切っていきました。(第27回

島家の資産管理会社として設立した和島興産。社長は島さんの妻の和代さんです。和歌山放送からラジオのパーソナリティーをやって欲しいと声が掛かり、「ホエール和代のワンダフルわ~るど」が始まりました。06年から6年間続きました。
『いつも元気だった妻が突然病に伏したのは13年3月。温泉旅行から帰って「なんや疲れたな」と口にした後に寝込み、その後内臓疾患や不整脈も重なり、5月上旬に帰らぬ人に。私の心にポッカリ穴が開いてしまった。』(第29回)

この3月は、毎日の私の履歴書が楽しみな1ヶ月でした。私もかつて発明者の端くれで、現在は顧客がなした発明を権利化する仕事をしている者です。類い希な発明家としての島さんの来歴を辿ることができ、わくわくするとともに、翌日の朝刊が待ち遠しい日々でした。
これからの日本でも、島さんのような発明スピリットと発明能力を備えた若者が次々と出現し、その若者たちを育てる環境が日本に備わることを、切に願うものです。
コメント

ウエスト・サイド物語

2021-03-28 15:17:58 | 趣味・読書
私がまだ小さかった頃に上映された映画で、観るチャンスがなかったけれども記憶に残っている映画があります。最近、そのような映画について、アマゾンプライムなどを使って観ています。
「ウエスト・サイド物語」もそのような映画の一つです。ただし、観たいと思ったときにアマゾンプライムには登録されていませんでした。そこでBlu-ray版を購入してあり、最近になって視てみました。
ウエスト・サイド物語 [AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]


1960年代のアメリカ映画ですが、いろいろな気付きがあり、なかなか面白い経験でした。
映画「ウエスト・サイド物語」について私が鮮明に記憶しているのは、「この写真」です。写真の真ん中で踊っている俳優の名前(ジョージ・チャキリス)とともに、よく覚えています。
当時、映画を観た同級生は「踊りが衝撃的」と言っていたように記憶しています。
私が今回視た印象としては、「さほどでもないな」でした。1960年代から現代までの60年間に、踊りがものすごく進化したのがその理由です。間にマイケル・ジャクソンの登場もあり、踊りの質は圧倒的に向上したようです。

私自身ストーリーは全く知らなかったものの、劇中で歌われる「トゥナイト」「アメリカ」「マンボ」「マリア」などの歌は、私が少年だった当時に流行っていたので、記憶に残っていました。

ニューヨークのウエスト・サイドが舞台で、ポーランド系アメリカ人少年非行グループ・ジェット団と、プエルトリコ系アメリカ人の非行グループ・シャーク団との縄張り争いが軸になっています。

不思議に思ったこと
ニューヨークの下町の貧困層が主に暮らす地域が舞台なのですが、通行人を含め、黒人が全く見当たりませんでした。ニューヨークだったら人口に占める黒人の割合が多いはずなのですが。1960年代の当時は、貧困層とはいえ白人が住む市街と、黒人街とは、完全に隔絶されていたということでしょうか。
そういえば、1990年代に職場が用意した英会話教室に通っていた頃、講師は白人男性でしたが、「黒人の友人の車に同乗して黒人街に入るときは、狙撃されることを警戒して、車内で身を隠していた」と述べていました。やはり黒人街は隔絶されていたのですね。それにしても、白人街には通行人でさえ黒人が登場しない、というのは不自然ではありますが。

時代が変わったなと思ったこと
ジェット団、シャーク団いずれも、女性も含まれているのですが、いざ抗争が始まるとなると、「女たちは帰れ」と引き離されてしまいます。「危ないから下がっていろ」という意味ではなく、「女たちの出番ではない」といった感じでした。男女の役割分担が明確に定められていたようです。
ジェット団の中にジーパンをはいた女の子が一人、仲間に入りたがっているのですがなかなか相手にされていません。抗争が始まるとき、一緒に行こうとするのですが「スカートにはきかえろ」と言われて追い出されてしまいます。
そういえば、その女の子を除いて、女子は全員スカートでした。そういう時代だったのですね。隔世の感です。

英語のフレーズを一つ覚えました。
"Who knows?"
調べたら、意訳すると「知らねーよ」「分かるわけねーだろ」といった意味のようです。
主人公の一人が、誰かが述べた"Who knows?"からの連想で"Something's Coming"(何かが起こりそう)という歌を歌うのですね。
コメント

法案の条文ミスはペーパーレスが原因ではないか

2021-03-26 16:05:22 | 歴史・社会
法案・条約ミス、20本に拡大 コロナで疲弊か、野党審議拒否も
3/25(木) 時事通信
『今国会の政府提出法案のうち、12府省庁の計20法案・条約の条文や関連資料にミスが判明した。
政府が24日、立憲民主党に報告した。野党は強く反発し、全法案の点検が済むまで、2021年度予算案などを除き審議に応じない構えだ。立て続くミスに与党からも苦言が相次いだ。
・・・
 与党からも厳しい声が上がっている。自民党の下村博文政調会長は会見で、各府省庁の責任者を党本部に呼んで厳重注意したと明かした上で「政府は緊張感がない」と非難。公明党の山口那津男代表も「度重なるミスは断じて許されない。与党への報告も迅速ではない」と声を荒らげた。
ただ、役所側にも事情があるようだ。内閣府職員は「コロナ対応のため職場の人数が少ない中で読み合わせをしなければいけなかった。リモートではやりにくい」と漏らす。立憲の蓮舫代表代行は会見で、働き方改革にも触れつつ「労働環境が相当過酷になっているのではないか」と指摘した。』

法案・条約ミス、23本に 厚労省でも新たに発覚
3/25(木) 時事通信
『厚生労働省は25日、今国会に提出した医療法、健康保険法の両改正案と、成立済みの改正新型インフルエンザ特別措置法にミスが見つかったと、立憲民主党に報告した。
これにより、政府提出法案・条約の条文、関連資料のミスは、13府省庁の計23本まで拡大した。』

法案・条約の条文や関連資料のミスが、特定の省庁で発生しているのではなく、あらゆる省庁でまんべんなく発生しているようです。これには、何か特定の理由があるとしか考えられません。「政府は緊張感がない」で解決する問題ではないでしょう。
『内閣府職員は「コロナ対応のため職場の人数が少ない中で読み合わせをしなければいけなかった。リモートではやりにくい」と漏らす。』とあります。
仕事のフローが、「職場に出勤して複数人数で読み合わせを行う」スタイルをベースとしており、リモートのこの1年間でも何らリモートに適した業務スタイルに転換できなかった、ということでしょうか。

「複数人数による読み合わせ」が必須、ということであれば、リモートでの在宅勤務は不可能、ということになります。本当にそうでしょうか。
リモートを前提とする以上、「在宅で執務スペースに書類を広げ、書類間の誤りを目で追いながら見つけていく」というスタイルに変更すべきです。特許事務所業界では昔からそうしています。事務所内において読み合わせの呪文が聞こえてくる、など、経験したことがありません。

私はむしろ、「従来は印刷物でチェックを行っていたが、在宅ではペーパーレスとなり、印刷物でのチェックをおろそかにした結果、ミスが多発した」ということではないかと危惧しています。
在宅勤務で、リビングの一隅を執務スペースとするような場合、プリンターを設置することができず、ディスプレイ画面内に表示した文書でチェックを行うことになりがちです。私は、これではチェックの精度が低下する、と信じています。
私の場合、自宅の執務スペースにレーザープリンターを設置し、事務所勤務時と変わらないほど頻繁に印刷を行い、書類のチェックは必ず印刷物で行うようにしています。

世の中では、「ペーパーレスなのだからディスプレイ画面でチェックすべきだ。」との圧力もあり、精度が不十分なペーパーレスチェックが強要されているのではないでしょうか。

p.s. 3/27
どうしても「複数人数で読み合わせを行う」スタイルをとりたいとしても、ウェブ会議方式で行えば、在宅でもできるではないですか。その場合も、目で追いかけるのはパソコン画面ではなく、デスクに広げた印刷物にすべきです。
どうしても印刷物でのチェックができず、パソコン画面でチェックを行う場合、そのパソコン画面がノートPCの小さな画面だったら最悪ですね。比較すべき2文書を並べて表示するなどとてもできないでしょう。
コメント

コロナ対策政策立案能力

2021-03-21 20:33:05 | 歴史・社会
首都圏の緊急事態宣言を解除するに当たり、菅首相は5つの対策なるものを列挙しています。聞いていると、対策の項目は述べるものの、その具体的中身については何ら説明されません。どうも具体的中身は全く存在しない、と考えた方が良さそうです。つまり「絵に描いた餅」です。この1年間、日本政府の対応はずっとそうでした。

現在進行している問題を解決するに当たっては、問題の発生状況を解析し、どの要因が問題の原因になっているのかを抽出する必要があります。問題を支配している要因が見えてきたら、次に解決のための対応策を立案し、その対応策で問題が解決に向かうか、シミュレーションを行う必要があります。
ところが、報道を見る限りにおいては、日本政府はこのようなデータ解析も、シミュレーションも、全くといって良いほど行われていないようです。
データ解析やシミュレーションをタイムリーかつ効果的に行うためには、それなりの能力を備えた専門家のチームを結成し、チームとして遂行していくことが不可欠です。ところが、政府のコロナ対応部署には、このような有効なチームが全く存在していないように思います。

現在は専門家分科会や諮問委員会があるようですが、報道に接する限りでは、それぞれの委員は、会議に出席して意見を述べているだけのように見えます。決して、チームとしてデータを解析し、シミュレーションを行っているようには見えません。

有効なチームの結成と業務の執行は、だれが音頭をとって行うべきでしょうか。
まずは厚労大臣が指揮を執る厚労省ですが、厚労省は雑事で疲弊し、専門家としてデータ解析やシミュレーションを行う能力が全く機能していないように見られます。
西村康稔コロナ担当大臣の指揮下ではどうでしょうか。たまたま集められた少人数の官僚を酷使するばかりで、有効なチームを結成しようとする姿勢は見受けられません。

私は民間の製造会社に技術者として在籍し、製品製造に際しての品質の問題点を克服する業務にも携わってきました。品質を決定する上での、製造工程での要因がきちんとデータ採取できていれば良いですが、「これが要因ではないか」と推定するモデルを思いついたときに、その要因がデータとして採取できていないのであれば、データ採取を行うように業務を修正していかなければなりません。実際、品質不良の隠れていた原因を推測し、その要因をデータとして日々採取するように手配し、そのようにして採取したデータを解析した結果として、見事に問題を解決した経験もあります。

コロナ問題であれば、全国の現場においてデータが入力されます。専門家が知恵を絞って対策を検討するに際し、必要なデータが不足しているのであれば、現場においてそのデータを入力するように指令を発しなければ行けません。入力項目の増加は現場の混乱を増す要因ですから、よっぽど考え抜いて要因を絞り込む必要があります。

3月21日日経新聞の「風見鶏」に「データ後進国からの脱却」という記事があります。
『そもそも政府にデータを分析できる人が少ない、という根本的な問題もある。
感染データの説明で前面に出ているのは対策分科会の尾身茂会長。世界保健機関(WHO)などで働いた感染症の専門家で、政府の幹部ではない。尾身氏のほか医学者らがそれぞれの見方を出し合う。
データを用いた経済分析を専門とする米エール大助教授の成田悠輔氏は「政府内に政策効果を検証し将来を予測するデータ分析の組織がない」と指摘する。「米国では大統領経済諮問委員会(CEA)などで博士号を持つ研究者がフルタイムで分析する」と語る。
・・・
エビデンスに基づく政策立案はEBPM」と呼ばれる。
・・・
EBPMは政治家の思惑や勘、声の大きさがものをいう政策決定プロセスへのアンチテーゼでもある。データを活用できるかは政治の手法も問う。(佐藤賢)』

私のような門外漢ばかりでなく、専門家も同じように見ているのですね。
コロナ禍の1年が明らかにした日本政府の体たらく、なぜこんなことになってしまったのでしょうか。
内閣人事局制度を濫用したことが原因でしょうか(「強すぎる官邸」黙る霞ヶ関 2021-01-13参照)。
もっとも、第二次世界大戦時の日本帝国陸海軍も同じでしたから、問題は日本人が抱える宿痾かもしれませんが。
コメント