弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

特許による独占権の意義とそれを制約する制度

2024-06-19 11:51:00 | 知的財産権
特許制度に関連して、6月17日の日経新聞に2つの記事が掲載されていました。

第1は、「特許による独占権は必要である」との議論です。
日本に知財の「殿堂」を 杉光一成氏
金沢工業大学大学院教授(知的財産論)
2024/6/17 2:00日本経済新聞
『「知財」と略される知的財産は、その代表格である「発明」と同じくらい一般にも知られる言葉になった。しかし同じ発明でも、権利を持っている場合とそうでない場合とでは、天と地ほどの差がある点はあまり知られていない。
例えばペニシリンという世界初の抗生物質がある。発見したフレミング博士は「ペニシリンを独占することは人道に反する」と考え、特許を取らない判断をしたといわれる。この選択には納得する人が多いだろう。
しかし、権利のない、誰でも使える技術に巨額の投資をすることはリスクでしかない。特許権は、研究開発の成果への投下資本を回収できるようにした知財権のひとつであり、金もうけの手段ではない。』

弁理士である私も、特許制度の意義について聞かれたらそのように答えようと考えています。製薬会社が開発した新薬について、特許権存続期間においてはその製薬会社のみが独占的に製造・販売する権利を有しています。最近の新薬は特に超高額であることが多いです。「それはおかしい」という意見の人がいたら、
「その新薬が完成するまでには、失敗した多くのトライを含め、莫大な開発費が費やされています。もし特許によって独占権が付与される制度がなかったら、だれも新薬開発に巨費をつぎ込みません。今入手できるこの新薬は、特許制度がなかったら生まれていなかったでしょう。それこそ、人類にとっての不幸です。」
と説明するつもりです。

第2は、「特許による独占権を制限する必要がある」との議論です。
特許法には、特許権による独占権を制限するためのいくつかの制度が設けられています。
その一つが、公共の利益のために必要とされる場合に、特許権者ではない第三者に特許発明の実施(強制的実施)を認める、裁定通常実施権の制度です。
iPS特許、密室の決着 元研究者ら和解、公益性議論に課題
2024年6月17日 日経新聞
『理化学研究所などが持つiPS細胞関連の特許を巡り、元理研研究者らが特許を使用する権利を求めて国に起こした裁定請求が5月末、「和解」で決着した。元研究者らは条件付きで特許を使えるようになったが、焦点となった「公共の利益」を巡る議論は非公開のまま決着。専門家からは「貴重な議論が埋もれてしまった」との指摘も挙がる。
裁定請求は理研の元研究者、高橋政代氏が社長を務めるビジョンケア(神戸市)などが、iPS細胞関連の特許を使用する権利を求めて2021年に申し立てていた。・・・特許権者は理研、大阪大学、ヘリオスの3者だ。今回の和解で、ビジョンケアは患者自身のiPS細胞を使う「自家移植」の場合に限り、無償で特許を使えることになった。
公共の利益のために設けられている「強制実施権」だが、日本では発動例はない。』
裁定は、特許庁の審理機関の部会が担当し、部会から和解が勧められ、和解に至りました。しかし、部会が非公開であったことから、専門家部会で精力的に行われた議論が埋もれてしまいました。

コロナ禍の真っ最中、コロナワクチンが完成したにもかかわらず、必要とされる全世界に十分に供給されていない、という議論がありました。あのとき私は、「足りないのであれば、上記裁定による強制実施権を認めてもらい、製造能力を有している別の製薬会社が製造すれば良いのに」と思っていたところですが、そのような話は一度も表れませんでした。
結局、「公共の利益のために認められる「強制実施権」」制度、われわれ弁理士にとっては法律知識の一部に過ぎず、実務でお目にかかることはありませんでしたが、今回はじめて目にすることができました。

「特許権者に特許発明の独占的実施を認める特許制度は、産業の発達のために必須の制度だが、独占権であることにともなう弊害を除去するためのしくみも内蔵している。」
という点について紹介しました。
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