弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

釜石再訪(1)

2012-08-30 23:33:18 | 歴史・社会
1年前に釜石を訪問し、見聞した被災地釜石の様子を釜石訪問(1)釜石訪問(2)釜石訪問(3)釜石・津波からの生還で記事にしました。
今回、1年ぶりに釜石を訪問しました。8月6日に釜石出張があり、その日は釜石市内に宿泊し、翌7日の午前中に市内を見て回りました。


釜石市内の、津波に被災した地域の様子を一言で言うと、
《1年前》
瓦礫が積み上げられており、津波で流出しなかった建物がそこここに残っていた。
《今回》
瓦礫の整理が終わっていた。津波で流出しなかった建物の大部分は撤去されていた。その結果、津波被災地域は一面の更地に変わっていた。

そして、復旧は一切進捗していません。

私が撮った写真で、1年前と今回の比較をしてみます。

⑥の避難道路から

      2012年8月

⑤の高台を望む
 
      2012年8月                      2011年7月

⑤の高台から
 
      2012年8月                      2011年7月

動画2012年 動画2011年 ⑤の高台から


      2012年8月                 

現地で聞いた話によると、津波来襲を受けた地域については、「土地を数メートルかさ上げし、そこを住宅地ではなく水産加工等の工場地域にする。後背地の山を削り、高台に平地を作って住宅地とするとともにそこで出た土を海沿いの土地のかさ上げに利用する。」といううわさがあるようです。

そんな噂が流れていたら、海沿いの住宅地に住宅を再建しようとする人は現れないでしょうから、一面が更地で残っていることは当然うなずけます。
逆にいうと、被災から1年半も経過しているのに、復興計画がまだ“うわさ”の域を出ていないと言うことです。復興計画が確定していないということです。なんという遅さでしょうか。

釜石・津波からの生還で書いたように、駅前橋上市場に店を出している菊鶴商店の若女将である菊池さんが、一度は津波に呑み込まれながらも奇跡的に生還したという物語があり、私はニュース映像でそのことを知りました。

浜町のあたりは、海岸から200メートルぐらいに山が迫っています。そのため、山の中腹に道路が設けられ、そこが避難道路となっています。
地震直後、人々はこの避難道路に上がって津波の来襲を避けていました(左下写真の場所)。その中にNHKの記者もおり、取るものも取り敢えずビデオカメラだけを持って避難していました。その記者が、津波来襲時の一部始終をカメラに集録していたのです。
⑥の避難道路から
 
去年私が釜石を訪問したときは、この避難道路も歩いているのですが、菊池さんのご自宅の写真は撮っていませんでした。今回はその場所を確認することも目的の一つでした。
菊池さんのご自宅は、津波で流されてしまいましたから、現存しなくて当然です。菊池さんは津波に呑み込まれた車から脱出し、ビルの2階の窓からビルに入ることで九死に一生を得ました。菊池さんの命を救ったそのビルは現存するだろうと想像していたのですが、残念ながら影も形もありませんでした。右上写真、①の位置が菊池さんのご自宅があった場所です。そして②の位置が、菊池さんの命を救ったビルの所在地ですが、ビルは取り壊されて跡形もありませんでした。
ところで③の位置は、当時は空き地でした。①の位置で車に戻った菊池さんは、車ごと津波に呑み込まれたのですが、濁流はたまたま③の空き地に向かいました。この空き地は、その先が山に遮られています。そのために濁流の流れが淀み、菊池さんが自力で脱出することを可能にしたのでしょう。

津波来襲時、菊池さんの息子さんは①の自宅におられました。自宅屋上に上ったのですが、完全に津波に包囲されました。そのときの映像がニュースで流れています。その直後、自宅は津波に押し流され、その後の映像では跡形もありません。しかしニュースによると、息子さんは屋根伝いで逃げ、無事に高台に逃げおおせたとのことです。どのような経路で逃げたのかがわかりませんでした。
今回うかがったところでは、自宅が建っていた場所で逃げたのではないそうです。家が津波に流され、しかしバラバラになる直前、別の建物のそばに流れ着き、そこでその別の建物に避難できたということです。これも奇跡としかいいようがありません。

菊鶴商店は地図の⑩の位置に水産物加工工場を持っていました。ニュース映像でも、津波に蹂躙されたその工場が映りました。去年お話をうかがった際には、建て直すのか改修するのかは決まっていませんでした。
今回、その工場まで足を運んでみました。
下の写真にあるように、元の工場の外装をやりかえ、一部では作業が始まっていました。
やはりうかがった話では、この場所の建物はいずれ撤去が命令される可能性もあるのだそうです。そうとしたら、立て直しはあり得ません。残った建物を改修して作業を再開する以外に手立てはなかったのでしょう。
⑩の菊鶴商店の加工工場

2012年8月

一面が更地ですが、下の写真のような仮設の店舗も建っていました。


新日鐵の埠頭には全天候バースが設置されていました。津波によって右下写真のように損壊していましたが、現在は左下写真のように改修して使用再開しています。
⑪新日鐵 全天候バース
 
      2012年8月                      2011年7月

以下次号
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従軍慰安婦問題~2007年閣議決定とは

2012-08-27 22:18:22 | 歴史・社会
海上保安庁から尖閣のビデオが公開されました。BSフジのプライムニュースでダイジェストを見、公表ビデオ全体を見た専門家の見解を聞きました。
① 上陸前に海上で十分に制圧し逮捕できたのに、それを敢えてしなかったようだ。
② 上陸前に一度は中国船を停止にまで追い込んでいながら、その後、座礁せずに安全に接岸できる航路に中国船を敢えて誘導しているようだ。そしてその予定位置には、沖縄県警の警官が待ち受けていた。
③ 当初指令されたシナリオどおりに進行しているように見える。
④ 海上の風の強さ、波の高さを観察した結果として、上陸前に制圧することが困難であるような状況は見受けられない。
⑤ 2隻の巡視船で中国船を挟み込んでいる写真が以前から公開されていたが、これは、上陸が終わった後に行われた映像であった。
私が見るところもそのとおりでした。

さて、今回は従軍慰安婦問題です。

<慰安婦問題>橋下市長が93年の河野談話を批判
毎日新聞 8月24日(金)12時14分配信
『従軍慰安婦問題について、大阪維新の会代表の橋下徹・大阪市長は24日、慰安婦の募集や移送などに強制性があったことを認めた93年の河野洋平官房長官(当時)の談話を「日韓関係をこじらせている元凶」と痛烈に批判した。一方で、07年に安倍晋三内閣が「強制連行を直接示す資料は見当たらない」と閣議決定をしたことを評価し、「河野談話は見直すべきだ」と述べた。』

従軍慰安婦問題がアメリカの国会で燃え盛ったのが2007年3~4月でした。当時、この問題にはずいぶん着目していましたが、「閣議決定」については気づきませんでした。
調べたところ、以下のニュースが見つかりました。
軍の強制連行の証拠ない 河野談話で政府答弁書
2007/03/16 03:29 【共同通信】
『政府は16日午前の閣議で、従軍慰安婦問題への旧日本軍の関与を認め謝罪した1993年の「河野洋平官房長官談話」に関連し「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示す記述は見当たらなかった」とする答弁書を決定した。
社民党の辻元清美衆院議員の質問主意書に対する答弁書。安倍晋三首相の「当初、定義されていた強制性を裏付ける証拠はなかったのは事実」とのこれまでの発言を追認した形だ。
答弁書は、慰安婦募集の「強制性」について、談話発表に先立つ91年12月から93年8月までに政府として関係資料の調査や関係者の聞き取りを行ったとしている。
また同談話に関して「閣議決定はされていないが、歴代内閣が継承しているものだ」と強調する一方で、今後もその内容を閣議決定する方針はないとしている。
河野談話でも、日本軍による「強制連行」との表現は使われていない。』

閣議決定というのは、当時の社民党の辻元清美衆院議員の質問主意書に対する答弁書に関するものだったのですね。

私は2007年当時、従軍慰安婦問題について以下の記事を書きました。
従軍慰安婦問題 2007-04-15
河野談話 2007-04-17
慰安婦問題とアメリカ 2007-04-19
従軍慰安婦問題 2007-06-21
いずれも、閣議決定がされた3月16日以降です。

米国での従軍慰安婦問題は、2007年1月末にアメリカ下院に民主党のマイク・ホンダ議員が提出した決議案が契機でした。「日本軍が第二次大戦中、若い女性たちを性的奴隷へと強制徴用した」という大前提で日本のいまの政府や首相に「公式の明白な謝罪の表明」を求めたものです。
ホンダ議員は日系三世の人だといいます。ホンダ議員は、2001年以来すでに3回、旧日本軍の従軍慰安婦問題について決議案を提出してきています。その決議案が本会議で採択されることはなかったのです。
ところが、3月1日に安倍首相が「日本軍による女性の組織的な強制連行の証拠はない」という発言が出たとたんに、急拡大します。ニューヨークタイムズを始め、アメリカのマスコミがこの発言にこぞって激しい非難を浴びせました。
その後ホンダ決議案は共同提案者を増やし、その年の6月、とうとうホンダ決議案は賛成多数で可決されてしまいました。
この裏には、日本の超党派国会議員らが6月14日付の米紙に「旧日本軍が強制的に慰安婦にさせたとする歴史的文書は見つかっていない」との全面広告を出したことにより、同広告への米国内の反発が強まったとの指摘もありました。

2007年当時、従軍慰安婦問題についてウォッチしていたにもかかわらず、私は3月16日の閣議決定を見逃していました。
ほとんど報道されていなかったと言うことでしょうか。
3月1日の安倍首相による「日本軍による女性の組織的な強制連行の証拠はない」という発言が裏目に出たこともあり、日本政府は積極的には閣議決定を公表しなかったものと思われます。

私が河野談話で述べたように、河野談話の内容に問題があることは明らかです。
「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。」(河野談話

従軍慰安婦の募集には「官憲等が直接これに加担したこともあった」と記述し、この点から、日本軍が強制連行を行なったことを認める内容であると読めます。

雑誌での多くの議論によると、「平成5年の政府調査において、官憲が強制的に徴用した事実を示す証拠は結局見つからなかった。にもかかわらず、河野談話は『官憲等が直接これに加担したこともあった』と明確に表現した。なぜか。当時の韓国政府が、『日本が強制徴用を公式に認めれば、日本には金銭的補償を求めない』と意思表示したからだ」とあります。

西岡力東京基督教大学教授が、外政審議室の人に「『河野談話』の官憲等という記述は何なのか」と質したところ、「これはインドネシアにおけるオランダ人を慰安婦にした事例だ」と答えたそうです。インドネシアにおけるオランダ人を慰安婦にした事例は、これはこれでとても痛ましい事件なのですが(白馬事件(ウィキ)、米国国会でのオランダ人証言)、朝鮮半島からの募集とは全く異なる事案です。

河野談話は、いわゆる従軍慰安婦問題についてを受けて、1993年(平成5年)8月4日に宮澤改造内閣の河野洋平内閣官房長官により発表されたものです。

アメリカでのホンダ決議も、韓国国民の意識も、いずれも河野談話をベースとして、「日本官憲による強制連行で慰安婦にされた」と信じています。これに対し、『2007年に国会議員の質問趣意書への回答書が閣議決定されたのだから、河野談話よりもこの閣議決定の方が権威がある。従って、河野談話に基づく非難は妥当でない。』と主張するのは無理があると思います。

従軍慰安婦という問題そのものが、現代の感覚で考えたら許すことのできないおぞましい事実であることは間違いありません。ですから、まずそのような事実があり、多くの女性、それも他国(植民地)の女性を犠牲にしたことについて、真摯な態度を表明することは絶対に必要です。
朝鮮の地から連れてこられて従軍慰安婦にさせられた女性の中に、正式の軍命令による強制徴用ではなかったにしても、騙されたりして無理矢理連れてこられた人が多かっただろうことは理解できます(当ブログ記事)。
昨年12月に従軍慰安婦問題と韓国で書いたように、問題が顕在化した以上、今後、日本にとって良好な着地点など存在しないと覚悟すべきでしょう。できるかぎり日本の不利益を軽減することに努力するのみです。

橋下大阪市長が、この問題で大やけどを負わないように願っている次第です。

p.s. 2007年閣議決定の具体的な内容については、従軍慰安婦~質問主意書と答弁書にて論じています。
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8月24日プライムニュース(竹島・尖閣・北方領土)

2012-08-26 09:24:04 | 歴史・社会
BSフジ プライムニュース 8月24日『竹島、尖閣、北方領土 日本外交は機能不全?』(前編後編
ゲストは下の両氏です。
東郷和彦(元外務省条約局長)
松本健一(麗澤大学比較文明文化研究センター所長)

面白い着目点が何点かあったので、メモしておきます。

《竹島と韓国》
-韓国からの親書返還問題について松本氏の発言-
明治維新時、日本が開国するに際して朝鮮に親書を送り、いっしょに開国しようと勧めた。その親書には「天皇」とあった。朝鮮にとって「皇帝」は清の皇帝のみなので、この親書は受け取れないと返してしまった。これに怒った日本で征韓論がおこった。
今回の親書返送問題を放置すると、また征韓論が起こってしまう。

-東郷氏-
1905年に竹島編入、1910年に韓国併合
韓国人は、竹島の問題になると顔が変わる。すべての韓国人は竹島を日本による韓国併合の象徴ととらえている。日本人は竹島問題を単なる領土問題と考え、証拠で決着が付くと考えているが、韓国人にとってはそんな問題ではない。
ICJ提訴の前に、「交渉・話し合いによって解決しましょう」と提案しなければならない。野田総理がAPECで李明博大統領に会わないというのも得策ではない。
たまたま同じ24日、野田首相が竹島と尖閣に関連して記者会見を行った。東郷氏は竹島問題での野田発言について「ちょっと言い過ぎではないか」との感想を漏らした。

《尖閣と中国》
-松本氏-
在中国日本大使が、中国政府要人と会えない期間が長く続いていた。松本氏らが中国と学者交流をするに際し、丹羽大使が参加を求めてきた。当時丹羽大使は、そういう場でしか中国の要人と会えなかったということ。
-東郷氏-
中国:2008年以来、中国は尖閣を自国のものにするために着々と進めている。
尖閣は中国にとって資源の問題ではなくなった。日本による中国侵略の象徴になっている。現在は日本が実効支配しているが、中国は軍事力を背景に中国による実効支配を目指している。
これに対して日本は備えを持つ(軍事力対応)とともに、対話をしなければならない。竹島では対話を要求し、尖閣では対話しないという態度は、国際社会からダブルスタンダードと非難される。

《北方領土とロシア》
-東郷氏-
プーチンが去年大統領選挙に出ると発言した以降、ロシアの論調がガラッと変わった。それ以前のメドベージェフ時代は日ロ外交は暗黒時代であったが、転換し始めた。
今年3月1日、「私が大統領になったら交渉を始めましょう。結果は「引き分け」です。」「私が大統領になったら「はじめ」といいます」とのプーチン発言。それ以降、日ロ交渉は大きな交渉の中にある。(こちらも参照
ところが、最初の段階で日本は大失敗した。6月に野田-プーチン会談があった。プーチンにとっては5月の就任(3月の発言?)が「はじまり」だったはずなのに、野田首相は6月に「これからはじめましょう」と発言した。3ヶ月を無駄にした。
野田総理の頭は増税のみ。外務省にとっては千載一遇の好機だったのに、外交政策を立案しなかった。(民主党政権に対する外務省のサボタージュ?)(こちらも参照
7月にメドベージェフが国後を訪問する際、プーチンは止めなかった。6月の会談で日本のやる気のなさを感じたためか。
日本政府は、森(元)総理などに行ってもらう努力をしなければならない。APECの場などを利用しないといけない。
--以上---

私の母親の実家は北関東(埼玉県本庄市)です。私も生まれは本庄です。松本健一さんのご発言を聞いて、氏も北関東出身かな、と推測しました。調べたところ、群馬県出身ということで、私の推測は当たりました。
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糸川英夫氏生誕100年と朝日新聞

2012-08-25 11:03:27 | サイエンス・パソコン
朝日新聞8月23日朝刊の「科学」欄に、以下の記事が掲載されています。
『宇宙開発、一歩ずつ早足で 故・糸川英夫氏生誕100年、東大ロケット草創期を追う

今年は「日本の宇宙開発の父」と呼ばれる故・糸川英夫氏(1912~99)の生誕100年にあたる。糸川氏が主導した「東大ロケット」の草創期(1953~67)について、当時の技術開発の姿を追った(肩書はいずれも当時)。』

ネット上では以下のサイトが見つかりました。
宇宙開発の草創期、駆け抜けた 糸川氏生誕100年

宇宙開発、一歩ずつ早足で [12/08/25]
朝日新聞科学面のトップ記事と取材後記をご紹介しています。

糸川英夫氏については、このブログでは例えば宇宙研と糸川英夫で記事にしてきました。
情報源としては、
吉田武著「はやぶさ―不死身の探査機と宇宙研の物語 (幻冬舎新書)
対談集「昭和のロケット屋さん (Talking Loftシリーズ)
JAXAホームページ「日本の宇宙開発の歴史~宇宙研物語~
があります。

私のブログ記事で書いたように、糸川英夫氏といえば、以下のようなエピソードが思い浮かびます。
-----
糸川英夫氏は、戦後米国を訪れた際、米国でのロケット開発の状況を知り、「ロケットなら日本も世界で競争できる」と確信しました。日本に帰った糸川氏は、東大生産研で強力に仲間を集め、1954年にロケット開発を始めました。これが「宇宙研」の始まりです。

糸川氏は産業界にも声をかけましたが、液体ロケット技術を持っていた三菱重工は興味を示さず、戦時中から固体ロケット技術を持っていた中島飛行機が分社化してできた「冨士精密」、固体ロケット燃料技術を持っている日本油脂などが全面的に協力しました。ここから、「宇宙研のロケットは固体燃料ロケット」との流れができました。

宇宙研での初期のロケットはペンシルロケットと呼ばれる小さなものでした。糸川氏はこれを空に上げるのではなく、水平打ちしました。この実験によってロケットの基本データを自力で収集したのです。
後の科学技術庁が中心となったロケット計画が、米国の技術を導入してなされたのと好対照です。

1958年は「国際地球観測年」でした。各国のロケットで協力して高層を観測するという企てに対し、日本は糸川氏らのカッパロケットで対応します。カッパロケットは高度60kmを実現しました。結局、米ソの他は英国と日本のみが参加できたのでした。

糸川氏は、1967年に宇宙研の教授を退官します。しかし宇宙研の進歩は続き、ロケットはカッパからラムダに進歩し、1970年には日本発の人工衛星「おおすみ」打ち上げに成功しました。これにより、日本は世界4番目の衛星自立打ち上げ国になりました。中国が打ち上げる直前です。

ロケットはラムダからミューに進歩します。ミューロケットの最後を飾って惑星間探査機「はやぶさ」が打ち上げられ、はやぶさは見事に小惑星「いとかわ」の観測と軟着陸-再離陸を実現したのでした。小惑星「いとかわ」の名前が糸川英夫氏に由来することはご存じの通りです。
------以上 感想----

ところが、8月25日の朝日新聞記事は、私の上記感想とは大幅に趣が異なるのです。
------記事の内容-----
『「初期の東大ロケットの技術は100%メーカーから」。当時を知る東大の糸川研究室やメーカーの関係者はたいてい、そう振り返る。』
『◇米ロケット分解し、技術を分析
日本独自のロケット技術の開発を側面から支えたのは、糸川氏や富士精密が収集した米国などの技術情報だった。
垣見さんは、戦闘機などの離陸に使われていたロケット型の補助推進装置「JATO」を分解したことがある。・・・
富士精密から日産時代まで火薬専門家として固体ロケット推進薬の開発に携わった城田賢正さん(80)は、米国の観測ロケット「ワスプ」を分解して内部を調べた。
・・糸川氏が57~58年の国際地球観測年(IGY)に向けて政府や国民に向けて掲げた「高度100キロ」・・・達成のかぎになったのはコンポジットと呼ばれる固形燃料の開発だった。・・・富士精密幹部の回顧録や関係者の証言によると、・・・米国のミサイルメーカー・エアロジェット社の日系2世の専門家からの助言を開発に大いに役立てたりしたという。
・・・ラムダの開発の際、高性能の風洞を使った実験データが必要になった。当時こうしたデータは米国など海外にしか存在せず、公開もされていなかったという。糸川氏に相談すると、「何かの書類から書き写したデータをどこかから入手してきた」という。』
『◇商社や政治家、メディアも活用
糸川氏は商社の力も活用した。・・・糸川氏自身、54年の手記の中で、米国での航空工業界の視察許可の取得について、「商社筋から行くのは結局一番よい。商売第一の会社のことだから、customer(顧客)となれば話が別」と書いた。
別の商社を介してユーゴスラビアに輸出されたカッパーと製造設備はその後、現地で軍事転用されたことがわかっている。』
-----以上 記事の内容-----

今回の記事は、糸川氏の業績をピックアップしたというより、糸川氏の負の部分をほじくり出したような記事であることに気づきます。これでは、糸川氏が偉かったのではなく、メーカーや商社に支えられ、アメリカの技術を盗用してできあがったロケットのようではないですか。

「糸川英夫氏の生誕100年を記念する」と銘打ちながら、なぜ糸川氏のポジティブな面ではなく、ネガティブな面をほじくり出しているのでしょうか。

ここではたと気づきました。
「糸川英夫氏と朝日新聞??」
そう。糸川氏が1967年に宇宙研の教授を退官した理由は、朝日新聞のつまらないやっかみ記事が原因だったのです。
はやぶさ―不死身の探査機と宇宙研の物語 (幻冬舎新書)」によると、朝日新聞の木村繁記者が中心となり、宇宙研のロケット開発を全否定する記事掲載があったのです。特に1967年3月1日から始まった朝日新聞の一連の報道があり、それは朝日対宇宙研という団体戦ではなく、木村対糸川という個人の関係に引きずられてのものでした。

以上のような因縁を持つ朝日新聞と糸川英夫氏です。
今回の朝日新聞記事がなんだか糸川英夫氏の業績にけちをつけているように読める理由を、上記因縁に結びつけるのは想像が過ぎるでしょうか。
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ミッキーマウスマーチ

2012-08-22 20:30:48 | 趣味・読書
3歳前になる孫が「ミッキーマウスマーチ」を断片的に歌っていました。
私の記憶では、ミッキーマウスマーチの途中、「ミッキーマウス ミッキーマウス」と歌うときに、画面に突然ドナルドダックが顔を突っ込み、合いの手を入れていました。そこで私もそれを思い出し、孫が歌うのに合わせ、
「ミッキーマウス(グァーグァグァー)ミッキーマウス(グァーグァグァー)」と、合いの手の部分をドナルドの声色で叫んだところ、孫に喜んでもらうことができました。

ところで、私の記憶であるドナルドの合いの手が間違いないことを確かめようと思い、ネット検索したのですが、それがなかなかうまくいきませんでした。
ミッキーマウスマーチを英語で歌う動画を検索したところ、その大部分では、上記(グァーグァグァー)の部分で、ドナルドではなく子供たちの合唱で(ドナルドダック!)と合いの手が入っているのです。(ミッキーマウス!)という合いの手もありました。

さんざん探し回った揚げ句、やっとひとつだけ見つかりました。
ディズニー ミュージックタウン ~ホリデイ /V.A.の中の「1. ミッキーマウス・マーチ[ミッキーマウス・クラブ] /」を視聴したところ、合いの手の部分が(グァーグァグァー)になっていました。私の記憶は間違いではなかったようです。

さらに、質問コーナーでの「ミッキーマウス・マーチの歌詞」という質問と回答を見つけました。
合いの手がドナルドの叫び声だという認識のもと、『このドナルドの「グワッガガ」を、小学生の姪が「ドナルド・ダック!」と言っているというのです。』という質問でした。
それに対する回答が『複数の歌詞サイトでもその部分は"donald duck"となっていますし実際"donald duck"と歌っているように聞こえますね。』ということで、紹介された英語の歌詞サイトには、
"Mickey Mouse!(donald duck)mickey mouse!(donald duck)"
と書かれています。この(donald duck)の部分を、子供たちの合唱でも(donald duck)と合いの手を入れ、ドナルドダックが叫ぶ場合にも実は(donald duck)と叫んでいる、ということでしょうか。
ドナルドの(グァーグァグァー)が(donald duck)と聞こえるかどうか、その点についてはきちんと聞かないと判別できないでしょうが。
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日韓関係は今後どうなっていくのか

2012-08-19 11:40:15 | 歴史・社会
下記の論説が8月3日に投稿され、その直後の8月10日に李明博大統領が竹島上陸、その後の天皇に関連する李明博大統領発言と続きました。下記論説はまさにこれらの事件を予言しているかのようです。
日韓関係はこれからどんどん悪くなる 漂流する韓国を木村幹教授と「時代精神」で読み解く
鈴置 高史 2012年8月3日(金)
『韓国人は米中の間で上手に立ちまわって生き残ろう、と考えている。その際のひとつの分かりやすい方法は、日本をスケープゴートにしていくことです。中国からは得点が稼げますし、米国に対しては、過去の問題を持ち出すことで「説明」ができるからです。 』
『韓国には、従軍慰安婦問題など日本との紛争が起こるたびに「自分が言っても効果がないから、米国に日本を叱って貰おう」という発想が生まれます。最近はそれが微妙に変化して「慰安婦問題を大声で叫べば米日関係が悪くなることが分かった。これをもっと活用しよう」と訴える記事が出てきました。』
『韓国で新しいタイプの反日が生まれかけています。これまでの反日は外交交渉でモノを得る、あるいは国民のフラストレーションを解消する、あるいはレームダック化した末期の政権の外敵作りなどが目的でした。
これからは、「日本こそが平和の敵だ」と世界で喧伝、中国からはかわいがって貰う一方、米国には日本不信感を植え付ける。これにより米中対立を乗り切る――のも反日の目的となる可能性があります。』
『「我々は長い間、中国、日本、米国の影響下で生きて来た。そのために屈辱を耐え忍んで、他人に頭を下げることも多々あった。日本人は中国人の下風に立ちたくないと言うが、それは真の苦難を経験したことがないからだ。でも、我々には比較の対象がある。今の中華人民共和国が、清朝や大日本帝国、さらには差別意識丸出しだったかつてのアメリカや傲慢なIMF(国際通貨基金)と比べて、飛び抜けて悪いとは思えない」。極端な意見ですが、こう言いきる人すら韓国にはいることを忘れてはならない、と思います。』
『ひとつ目の点について大事なのは、軍事的にも政治的にも経済的にも日本の価値が下がっている、ということです。かつてとは異なり、もはや日本はアジア唯一の経済的巨人ではなく、韓国や中国から見える存在感は小さくなるばかりです。だからこそ、先ほどから申し上げているように、日本は今、もっとも叩きやすい状況になっています。他方、領土問題や歴史認識問題は解決されていませんから、叩き易くなれば、叩く人が増えてくるのはある意味当然です。』

現在の韓国は、貿易の面で圧倒的に中国との関係が深くなっています。
李朝朝鮮時代、朝鮮は清の朝貢国であり、現代の韓国人にはその時代の中国との関係を懐かしがる傾向があるようです。
そういった背景のもと、米中の間でうまく立ち回るため、日本を悪者にしようとしている、ということです。
日本の国力が衰え、日米同盟に亀裂が走り、日本外交はロシアや中国ともぎくしゃくしている。また韓国は日本に対し、“従軍慰安婦問題”という切り札を持っている。このような状況下では、今後の日韓関係が一筋縄ではいかないものと覚悟してかからなければならないでしょう。

こうした中、佐藤優氏からは以下のような提言がありました。
【佐藤優の眼光紙背】李明博韓国大統領が『光復節』の演説で竹島に言及しなかったことの真意を見誤ってはならない。竹島返還国会決議と『竹島の日』の全国化で反撃せよ
2012年08月15日
『日本も韓国に対して、相互主義の原則で対応すべきだ。日本外務省は、その存在を強調しないが、1965年6月22日、日本と韓国の外務大臣間で交換された「紛争の解決に関する交換公文」という名の重要な外交文書がある。椎名悦三郎外相と韓国の李東元外務部長官の間で、「両国政府は、別段の合意がある場合を除くほか、両国間の紛争は、まず、外交上の経路を通じて解決するものとし、これにより解決することができなかつた場合は、両国政府が合意する手続に従い、調停によつて解決を図るものとする。」という合意がなされた。衆参両院が「竹島返還に関する決議」を採択し、政府に対して日韓間の紛争である竹島問題の外交交渉による早期解決を要請すべきだ。』
この中で述べている『1965年の交換公文』については、【佐藤優の眼光紙背】竹島問題の対話と国際法による解決を韓国と国際社会に毅然と主張すれば、状況は日本にとって有利になる(2012年08月10日)で詳しく述べられています。
最近のニュースによると、今週には国会決議がなされるようですし、また日本外務省の方針としても、韓国に対して1965年交換公文の趣旨に則った対応をするように申し入れるようです。その意味では、佐藤優氏が提言する方向に物事が進んでいるといえそうです。

佐藤優氏はプチ帝国主義政策を展開し始めた韓国と、それを利用する中国の真性帝国主義(2012年08月17日)でも所論を述べられています。

竹島問題及び李明博大統領の不適切発言に対して、日本が対抗措置として毅然とした対応を取ることは必要でしょう。ただし、韓国が“従軍慰安婦問題”という切り札を持っていることを忘れてはなりません。

従軍慰安婦問題については、昨年12月にも従軍慰安婦問題と韓国で話題にしました。このときは、12月18日の日韓首脳会談で、李明博大統領が会談時間の大部分を使って従軍慰安婦問題を論じたということです。当時、韓国はすでに国連総会第3委員会(人権担当)に慰安婦問題を提起しており、問題はさらにこじれる方向に進んでいました。
たまたまその直後に、金正日死去のビッグニュースが飛び出し、この問題は一時休戦の状況になっていただけです。

これから、李明博大統領は従軍慰安婦問題で執拗に責めてくるでしょう。これに対する対応は易しいものではありません。従軍慰安婦問題では、被害当事国が攻勢に出たら、日本がこれを反撃阻止することはとうてい不可能でしょう。話を聞けば聞くほど、被害を受けた方々があまりにも悲劇的で、加害側である日本国が何を言っても言い逃れにしか聞こえないからです。
4年前にアメリカで従軍慰安婦問題が吹き出した際には、日本政府などが対応を誤り、日本の国益を大きく損なう結論に至りました(従軍慰安婦問題河野談話慰安婦問題とアメリカ従軍慰安婦問題)。
従軍慰安婦という問題そのものが、現代の感覚で考えたら許すことのできないおぞましい事実であることは間違いありません。ですから、まずそのような事実があり、多くの女性、それも他国(植民地)の女性を犠牲にしたことについて、真摯な態度を表明することは絶対に必要です。
この問題に関し、今後、日本にとって良好な着地点など存在しないと覚悟すべきでしょう。できるかぎり日本の不利益を軽減することに努力するのみです。
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NAS(HDLM-250U)とWindows7マシンの接続

2012-08-16 19:35:23 | サイエンス・パソコン
私の特許事務所では、パソコンデータのバックアップとしてNAS(Network Attached Storage)を使っています。導入したのは6年以上前です。そのいきさつについては「データバックアップ機器」で記事にしました。
職場用としては、やはりRAIDのミラーリングによって2台のハードディスクにバックアップを行える機器を探しました。その当時、I-O DATAのHDLMシリーズと、BUFFALOのTeraStationシリーズに絞られました。同じ容量だとBUFFALOの方が安いのですが、メーカーに問い合わせた結果、I-O DATAの方はWake on LANが可能であるのに対し、BUFFALOの方はそれができないということがわかりました。そこで、I-O DATAのHDLMシリーズから、250MB容量のもの(HDLM-250U)を購入し、それ以来ずっと使い続けています。

同じLANに接続するパソコンはすべてWindows XPマシンだったのですが、1年前にWindows 7マシンが加わりました。フロッピードライブに書いたとおりです。
ところが、このウィン7マシン、NASにアクセスしようとするとどうしても「パスワードが違う」というメッセージとともに拒否します。あれこれいじってもどうしても解決しません。仕方がないのでずっとほっておきました。

ウィン7マシンはインターネット出願端末としています。従って、このマシンからNASにアクセスできないということは、インターネット出願データをNASにバックアップできないことを意味します。その状態を1年間も続けていたのですが、そろそろ何とかしないとなりません。
きっと、I-O DATAのHDLMシリーズとウィン7との間に、何らかの問題が隠れているに違いないと推定し、まずはネット検索してみました。

その結果、HDLM-160UとWindows7その2というサイトが見つかりました。
まず、I-O DATAのHDLMシリーズはウィン7に対応していないようです。
『問題のWin7側の設定だが、どうしたものかとネットをうろついていたら以下のレジストリをいじることでアクセスが可能になるという情報を拾った。
なんという僥倖。
以下そのレジストリを記す。
HKEY_LOCAL_MACHINE\SYSTEM\CurrentControlSet\Control\Lsa
(DWORD)LmCompatibilityLevelの値を16進数で2を入力
あとは再起動して、ネットワークに接続すると・・・・つながった。』

そこで、レジストリエディタを立ち上げて上記パラメータを探したのですが、私のウィン7にはそのようなパラメータが存在しません。
これは、メーカーサポートに聞くしかありません。そこで電話してみました。

電話はすぐにつながりました。そして、サポート範囲外であるが、以下の資料を参考にして対応してほしい、と言われました。
HDLM/HDL/USLシリーズ Windows Vistaで使用時の補足事項
この資料は、Windows Vistaを対象としたものですが、ウィン7でも全く同じ対応でよろしいとのことです。
『Windows VistaTMの標準設定では、HDLM/HDL/USLシリーズ上に作成したユーザー共有、グループ共有にアクセスする際、適切なユーザー名とパスワードを入力しても開くことができません。HDLM/HDL/USLシリーズのユーザー共有、グループ共有を使用するには以下の手順でグループポリシーの設定またはレジストリの変更が必要です。』
そして、
<Windows VistaTM Enterprise/Ultimate/Businessをお使いの場合の設定手順>
<Windows VistaTM Home Premium/Home Basicをお使いの場合の設定手順>
の2種類の対応が記載されていました。
LmCompatibilityLevelパラメータをいじるのはHome版対応だったのです。私のマシンはウィン7プロなので、異なった対応が必要なのでした。

資料の記載に従って、
[スタート]-[検索の開始]にて「gpedit.msc」と入力
グループポリシーオブジェクトエディタの左ペインにて[コンピュータの構成]-[Windowsの設定]-[セキュリティの設定]-[ローカルポリシー]-[セキュリティオプション]をクリック
グループポリシーオブジェクトエディタの右ペイン[ネットワークセキュリティ:LAN Manager認証レベル]をダブルクリック
ネットワークセキュリティ:LAN Manager認証レベルのプロパティで選択リストより、[LMとNTLMを送信する - ネゴシエーションの場合、NTLMv2セッションセキュリティを使う]を選択

以上で終了です。
さっそくNASへのアクセスにトライしたら・・・、見事に一発でアクセスに成功しました。

これで、ウィン7マシンからNASにデータバックアップが可能になりました。

といっても、あくまでウィン7マシンを半分だましてアクセスしているわけです。このNASは、ウィンヴィスタ以降で許されているファイル名の拡張文字に対応していません。その他、いろいろと問題ははらんでいるはずです。従って、そのうちにNASそのものを最新のマシンにリプレースすることが必要ではあるでしょう。

ためしにI-O DATAのネットワークハードディスクをのぞいてみました。
現在私が使っているHDLM-Uシリーズと同じような外観のものとして、HDLM3-GWINシリーズ、HDLM2-GWINシリーズが掲載されていますが、ほかのシリーズと比較して値段が高いですね。値段に相応した優位点を有しているのでしょうか。もし優位点があるのだとしたら、私が現在使っているHDLM-Uシリーズにも同じ優位点があるものと思われます。購入したときの値段が高かったですから。
さて、HDL-Xシリーズのように安いタイプにするか、HDL-Zシリーズのように高いタイプにするか、さらには、HDLMシリーズ(現在私が使っているタイプと同じシリーズ)のようにべらぼうに高いタイプにするか、検討する必要があります。
I-O DATA ビジネスNAS「HDL-XR」シリーズ 2ドライブモデル(1.0TB) HDL-XR1.0/2D
クリエーター情報なし
アイ・オー・データ

I-O DATA WSS 2008 R2搭載デュアルコアAtom採用ハイパフォーマンスNAS 2ドライブモデル 1TB HDL-Z2WS1.0A
クリエーター情報なし
アイ・オー・データ

I-O DATA Windows Storage Server 2003 R2搭載サーバー(ハードウェア RAID対応) 1.0TB HDLM2-G1.0WIN
クリエーター情報なし
アイ・オー・データ
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牧野洋「官報複合体」

2012-08-14 20:04:18 | 歴史・社会
官報複合体 権力と一体化する新聞の大罪
クリエーター情報なし
講談社


日本の報道・ジャーナリズムが「権力の監視」機能を発揮していない理由は、大きく次の2点に集約されると言います。
○ 記者クラブ制度
○ 特ダネ至上主義
ここでいう特ダネとは、
①その報道がなければ世の中に知られることがなかったような特ダネ
②明日公表されるニュースを今日独占して報道するような特ダネ
の2種類がありますが、数量的には②が多数を占めます。

記者クラブ制度と特ダネ至上主義の弊害として、日本のマスコミは、官僚による発表を忠実に報道すること、及び、官僚に取り入って自分にだけリークしてもらい特ダネ②をものにすること、に堕してしまい、権力の監視をすることができません。

以上について、今まで2冊の書籍から知識を得ていました。
日本国の正体 政治家・官僚・メディア――本当の権力者は誰か (現代プレミアブック)」(長谷川幸洋「日本国の正体」で紹介)
ジャーナリズム崩壊 (幻冬舎新書)」(上杉隆「ジャーナリズム崩壊」で紹介)

今回読んだ上記書籍「官報複合体 権力と一体化する新聞の大罪」は、同じ日本のジャーナリズムについて論じた3冊目の本です。

「官報複合体」で描かれた日本のジャーナリズムの根本的な問題点については、すでに読んだ「日本国の正体」と「ジャーナリズム崩壊」と基本的に同一ではありました。「日本国の正体」と「ジャーナリズム崩壊」をまだ読んでいない人にとっては、「官報複合体」は日本のジャーナリズムの問題を全体として俯瞰する上で好適でしょう。

すでに日本のジャーナリズムの基本的問題点を把握した人にとっても、「官報複合体」はおもしろい具体例をこれでもかと記述してありますので、それら事例をリファーする上での好適な書といえましょう。

おもしろかった具体例を以下に記述しておきます。
○ ニューヨークタイムズが、内部告発をもとにして、ペンタゴンペーパー(ベトナム戦争機密文書)を公表した事件

○ 半世紀前に存在したデトロイトの自動車記者クラブ(オフレコクラブ)と、そこを脱会して躍進したウォールストリートジャーナル

○ アメリカのジャーナリズムでは、学校について記事にするなら当事者である子どもに取材することが必須。一方日本では、子どもに取材した部分がカットされて記事になった。

○ ウォールストリートジャーナルの記者であるウォルト・モスバーグは、安全保障問題のスター記者から、「パーソナルテクノージー」と名付けたITコラムニストに転身してそちらでもスターコラムニストになった。

○ ロサンゼルスタイムスは、トヨタのリコール問題で、膨大な公開情報を調査して独自の調査報道を行った。

○ 1970年代前半にウォーターゲート事件の全貌を暴いたワシントンポストの特報

○ CIAがテロ容疑者を拘束するために世界各地に設置した秘密収容所(ブラックサイト)を暴露したワシントンポストの女性記者ディナ・プリースト

○ アメリカの調査報道NPOは、寄付で成り立っている

○ 反戦ヒーロー、イラク帰還兵が語った報道がウソであるとわかったが、それは実名報道だったから。日本の新聞では匿名報道がまかり通っている。
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ロンドンオリンピックの男子サッカー

2012-08-12 01:08:01 | サッカー
ロンドンオリンピックの男子サッカー、メキシコがブラジルを2-1で下して優勝したのですね。
今大会、ほとんどの試合が真夜中以降でした。私は年も取っていて体力が続かないので、結局、真夜中以降の試合はライブで見ることができませんでした。従って、日本代表戦でライブで観戦したのはグループリーグのスペイン戦と準々決勝のエジプト戦だけでした。

世の中の報道を見ていると、準決勝のメキシコ戦の前など、「さあ、金を取りに行くぞ」とすごい勢いでした。準決勝に敗れた後の3位決定戦についても、負けは許されないような雰囲気でした。
しかし思い出してみると、現在のU-23チームがそんなに期待されてはいなかったように思います。
まず、今の世代がU-20の頃は「谷間の世代」と言われていたそうです。
5月のトゥーロン国際では残念な結果に終わり、それを受けて関塚監督は大幅なメンバー変更を行いました。この時期にこのような大幅変更をして、果たしてチームは完成するのだろうか。
私はこのとき、“これで成功すれば関塚監督の評価は上がるが、うまく行かなかったら大変なバッシングを受けるだろう”と心配したものです。

ニュース情報による限り、オーバーエージの吉田麻也と徳永悠平が入ることによって、チームにまとまりが出てきたといいます。吉田によると、それまでのU-23チームは、試合前のミーティングで私語があったそうです。A代表ではミーティングでの私語など考えられないと吉田はいいます。
そしてチームは急速に完成度を高めたのでしょうか。
グループリーグではまずスペインを倒し、モロッコにも勝って、最後のホンジュラス戦は先発を5人入れ替えながらそれでも引き分け、グループ1位を確保したのですから。
私は、“関塚マジック”をこの頃から感じ始めました。

私がライブで観戦した2試合目がエジプト戦でした。日本はすごい試合を見せてくれ、終わってみれば3-0の勝利でした。
しかしこのあとから、日本の報道は“金をとって当然”のような雰囲気となりました。さらに報道によると、肝心の選手たちもこのあと弛緩してきているようでした。
最後の韓国戦は、ちょっと残念な内容だったようですね。

ところでベスト4が出そろったとき、私はびっくりしてしまいました。何と、アジア2ヶ国と中南米2ヶ国だというのです。
そもそも世界大会でベスト4まで勝ち進む国は、“フットボールネーション”と呼ばれる強国が主になると予想されます。ドイツ、オランダ、フランス、イタリア、イギリス、スペイン、ブラジル、アルゼンチン、チリ、などでしょうか。それらフットボールネーションからベスト4に残ったのはブラジルただ1国でした。
いったい何が起こっているのだろうか。

そこで、今回の本大会出場国を調べてみました。

・アジア(3) ◎日本、◎韓国、UAE
・アフリカ(4) ○エジプト、ガボン、モロッコ、○セネガル
・欧州(3) ベラルーシ、スペイン、スイス
・北中米(2) ○ホンジュラス、◎メキシコ
・オセアニア(1) ニュージーランド
・南米(2) ◎ブラジル、ウルグアイ
・開催国 ○英国

○:グループリーグ突破
◎:ベスト4

そもそも、フットボールネーションから本大会に出場しているのは、スペイン、英国、ブラジルくらいだったのです。そしてスペインはグループリーグで姿を消し、英国も準々決勝で韓国に敗れてしまいました。
オリンピックは「U-23+オーバーエージ」というルールですから、その国の実力が反映しているはずです。今回、何が起こったのでしょうか。

ところで、準決勝で日本がメキシコと対戦したことから、44年前の3位決定戦とよく対比されています。
そもそもあのときは、アマチュア選手にしか出場資格がありませんでした。日本にはまだプロリーグがなく、トップ選手がすべてアマチュアでした。一方でフットボールネーションではトップ選手はそのほとんどがプロ選手ですから、オリンピックに出てくる選手はプロになれなかった人たちばかりです。現在の日本で、「アマチュアにしか出場資格がない」とされたら、いったいどのような選手がオリンピック代表選手となるのでしょうか。
そのような時代に3位になったことと、今回のオリンピックで4位になったことでは、比較にならず、今回の方が価値が高いと思います。

最近の成績でいったら、
1996年アトランタオリンピック:28年ぶりに本大会出場。グループリーグでブラジルに勝つが、2勝1敗でグループリーグ敗退。
2000年シドニーオリンピック:グループリーグ突破。準々決勝アメリカ戦で引き分けPK戦となり、中田英が外して敗退。
2004年アテネオリンピック:グループリーグ1勝2敗で敗退。
2008年北京オリンピック:グループリーグ0勝3敗で敗退。

今回の結果が突出して優秀であることが明らかです。
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JAL入社式から見える時代の変化

2012-08-10 18:46:04 | 歴史・社会
2010年9月16日付の日本経済新聞夕刊記事で、衝撃を覚えたことを記憶しています。「就職氷河期、個性は封印」と題した記事です。例えばこちらに紹介されています。JALの入社式で居並ぶ新入社員の風景について、最近(2010年頃)と1986年当時を比較したものです。
   日本航空の入社式風景(2010年9月16日 日本経済新聞夕刊)
 
    1986年                         2010年頃

なんという違いでしょう。
2010年の女性新入社員たちは、まるで制服であるように同じようなダークスーツに身を包み、髪型も靴も、そして手の組み方までもおそろいです。
それに対して1986年は、ひとりひとりが個性的に衣服や靴を選んでいます。もちろん髪型もそれぞれです。

実は、若い女性の意識はこの20年で変わったのかで紹介した北原みのり著「アンアンのできれいになれた?」を読んだとき、JAL入社式のこの写真を思い出したのです。

80年代、JALに入社した若い女性たちは、思い思いの服装で入社式に集い、笑顔がこぼれ、いずれも希望に燃える表情です。「さあ、私たちはこれから活躍するわよ」という自信に満ちあふれています。
それに対して現在、強制されたわけでもないのに、何でこんなにそっくりのダークスーツに揃ってしまうのでしょうか。髪型も統一されています。どこかに「JALの入社式にふさわしい姿形」というマニュアルが存在し、全員がそのマニュアルどおりにしようと必死の努力をしているとしか思えません。

この20年間で、一体何が変わってしまったのでしょうか。
新聞記事では、『就職氷河期で採用枠が限られる中、「最近は優等生タイプばかりに企業の目が向き、内定が集中する傾向がある」。学生の就職活動を間近で見てきた明治大学の就職キャリア支援部はこう指摘する。
多種多様な人材を求めない企業と、個性を表に出せない新入社員。そこから組織の活力は生まれてくるのだろうか。』とあります。

そして、就職における若者たちの劣勢は、女性の恋愛環境をも変えてしまったのでしょうか。若い女性の意識はこの20年で変わったのかで紹介したように、80年代と2000年以降ではアンアンの記事に表れる女性の意識が大きく変化しています。
80年代は・・・
『今の時代、どこをどう探してもひとかけらも見つかりそうもない、軽すぎる勢い。世の中は良い方向に豊かに明るく軽くなっていくという未来を疑うことなく、アンアンも女の欲望を丸出しにしながら、あの時代をそのまま生きていた。』
『欲望を丸出しにしているのに、きれい。そして、全然男に媚びていない。何が斬新だったのかを一言で表すなら、すべてが完璧な「女目線」だった、これに尽きる。』
そして2000年以降は・・・
『あの頃に発売された本や、歌を振り返ってみると、女の子たちの叫びのようなものが、聞こえてくる気がする。・・・この社会には、女の子の居場所がない、と。
バブル世代の女は、自分たちがいる場所が世界の中心だと思えていた。・・・若く未来のある女が、世界で一番自由で強く、世の中の真ん中にいられる。女であることの居心地の悪さを感じたことはないけれど、「居場所がない」と苦しむのは、少なくとも80年代の女にはなかった感性だ。
わずか数年で女の子から見える世界は180度変わってしまった。』

80年代には「自分のため」だったものが、「男に奉仕する」「男に媚びる」ものに変身してしまいました。

JALの入社式に集う女性たちの表情と、まさに重なり合っているように思います。
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