笹子トンネル天井板落下事故に関しては、その後の原因調査結果がどのように発表されるのかとずっと注目しているのですが、ほとんどニュースが流れてきません。3月27日にやっと、調査結果が発表されたようなのですが、新聞ニュースを読んだところでは詳しいことが何もわかりません。たとえば以下のようなニュースです。
笹子トンネル天井板、固定用接着剤劣化で崩落か
読売新聞 3月27日(水)21時23分配信
『山梨県の中央自動車道・笹子トンネルの事故で、国土交通省の調査検討委員会は27日、天井板をつり下げるアンカーボルトを固定する接着剤が劣化し、天井板が崩落した可能性が高いとの見方を明らかにした。
長年、荷重がかかり続けたことが原因とみられる。同省では、「接着系アンカー」を使用した同構造のトンネル13か所について、天井板撤去などを要請する。
同トンネルでは区間により1・7~3・5トンの3種類の重さの天井板が使われ、崩落現場は最も重い3・5トンの板が使われていた。
調査検討委が、残っていたアンカーボルト183本の強度を調べたところ、最も重い板の区間では、平均2・2トンの力で引き抜ける状態で、他の区間の平均2・8トンに比べて低かった。』
ひょっとすると国土交通省のホームページに調査結果が掲載されているかもしれないと思い、調べてみたらありました。
国土交通省ホームページに中央自動車道笹子トンネル天井板落下事故関連情報というページがあり、その中のトンネル天井板の落下事故に関する調査・検討委員会に資料がアップされていました。
そこで、あれこれ読んでみたのですが、この資料がまた、読んだだけでは内容を把握できない大雑把な資料でした。いわゆる、パワーポイント的(昔風にいえばOHP的)資料で、「結論だけを見せるから取り敢えずそういうもんだと理解しておいてください」というもので、その論理展開過程を詳しく追いかけようとするとまるっきり不可能なのです。
今回はその中から、
第4回(2013年3月27日)配布資料中の
資料5-1 引抜き抵抗力試験結果
資料5-2 引抜き抵抗力試験の分析
第2回(2012年12月21日)配布資料中の
資料3 吊り天井板の構造設計
をピックアップして、できる範囲内で調査結果を解釈してみたいと思います。
まず、第2回(2012年12月21日)資料3 吊り天井板の構造設計中から拾います。
4ページ「①トンネル各部の名称(2)」には天井版の吊り下げ構造の図面が載っています。この図面から、
・アンカーボルトは、600mm間隔で2本1組のボルトがトンネルに打ち込まれている。
・天井版の幅は1200mm
ということがわかります。
6ページ「④S,M,Lの3断面の概要図」にあるように、笹子トンネルの断面構造は場所によってS断面、M断面、L断面の3種類に分類されます。天井板崩落が起こったのはL断面の箇所でした。
8ページ「⑥天井板設計の確認(建設当時の材料定数、SI単位に換算表記)」には、アンカーボルト(φ16)について以下のように記載されています。
付着強度:8N/mm2
アンカーボルト径:16mm
有効埋め込み長:114mm(130‐16=114)
10ページ「⑧設計荷重と耐力(当初設計を再現して確認し、SI単位に換算表記)」には、アンカーボルトの引き抜き力に関する数値が記載されています。
作用荷重:12.2kN/本
コンクリート破壊:48.8kN/本(安全率4.00)
接着剤部分からボルトが引き抜け:52.2kN/本(安全率4.27)
アンカーボルト自身が破断:38.4kN/本(安全率3.14)
まず、上記「作用荷重:12.2kN/本」がどういう意味の数値なのか確認しようとしました。しかし、資料には天井板の重さが記載されていません。そこで、冒頭のニュース中の「同トンネルでは区間により1・7~3・5トンの3種類の重さの天井板が使われ、崩落現場は最も重い3・5トンの板が使われていた。」に依拠し、3.5トンとしました。そして、左右2枚の天井板(各3.5トン)のそれぞれ半分の荷重を、中央部で支えていますから、中央部の負担する荷重は3.5トンということになります。そして、天井板の幅1200mm、ボルト間隔600mmですから、左右1組の天井板を中央の4本のボルトで支えていることとなり、ボルト1本当たり0.88トンの負荷です。単位換算において、
1N=0.11kgf
ですから、0.88トン=8kNと計算されます。
この数値は、上記資料中の「作用荷重:12.2kN/本」に近い数値であることから、この「作用荷重」が、天井板の静荷重に近い数値であることが裏付けられました。
次に、アンカーボルトの接着剤強度です。資料の別のところに、アンカーボルトを挿入するコンクリートの穴径が19mmと記載されていました。そこで、接着剤は上記「有効埋め込み長:114mm」に被着し、接着剤有効周長はπ×19であるとし、「付着強度:8N/mm2」を用いて計算してみました。
接着剤強度=付着強度×有効長さ×有効周長=8×114×19×π=54.4kN
この数値は、資料中の「接着剤部分からボルトが引き抜け:52.2kN/本」とだいたい等しい数値となりますので、52.2kN/本がこのような論拠で定められたのであろうことがうらづけられました。
次に、第4回(2013年3月27日)資料5-1 引抜き抵抗力試験結果です。
2ページによると、合計185箇所のボルト引き抜き抵抗力を評価しています。3ページにその評価方法、4ページに評価結果のまとめが記載されています。まとめでは、測定された引き抜き抵抗力を3ランクに分けています。
Aランク:引き抜き抵抗力40kN以上 → 全体の38%
Bランク:引き抜き抵抗力12~40kN → 全体の53%
Cランク:引き抜き抵抗力12kN未満 → 全体の9%
4ページには「笹子トンネル(上り線) 引抜き抵抗力試験結果一覧(平面図)」が掲載されており、トンネル内で、A~Cランクがどのように分布していたかを知ることができます。この図によると、天井板崩落が起きたのはL断面の領域内であり、この区間において、Cランクの発生比率が極めて高いことが明らかです。
18ページ「10.L断面(東京側)のボルト引抜き抵抗力Cランクの傾向」には、落下区間の隣接区間について、Cランクの発生頻度と、細かい区間ごとの平均引き抜き抵抗力が示されています。最も劣化している区間が2区間あり、それぞれCランク発生率が50%、平均引き抜き抵抗力が12.0~14.1kNです。
さて、調査報告では、今回の引き抜き力調査結果を踏まえた上で、「天井板落下はどのようなメカニズムによって発生し得るのか」という点に関しては何も表明していません。そのような評価については、トンネル天井板の落下事故に関する調査・検討委員会自体が今後検討していくというスタンスなのでしょうか。
そこで、私自身が簡単に検討してみることとしました。
アンカーボルトは、2個一組で並んでいます。一組の2個がたまたま両方ともCランクであったら、この一組は天井板を支えることができず、自分の役割を放棄することとなります。そして、引抜き抵抗力試験結果12ページの図面にあるように、ボルトが2mmほど引き抜かれたところで抵抗力は最大の12kNを示したとしても、さらに引き抜かれるとともに抵抗力は低下し、4mm引き抜き時点では5kNまで低下してしまいます。つまり、一度抵抗力を失ったら、そのボルトはもはや役に立たないのです。
そうすると、役に立たないボルトが分担していた荷重は、そのボルト近辺の別のボルトが受け持つことになります。どのような受け持ちになるのか、その詳細は、ボルト周辺の上部CT鋼、天井板周辺の下部CT鋼の変形挙動を計算しなければ算出できません。ここでは、最も苛酷な前提として、「役に立たなくなったボルト組の前後のボルトが引き受ける」という仮定を置きましょう。すると、前後のボルトは、自分の役割に引き抜かれたボルトの役割の半分を負荷するので、負荷が1.5倍に増えます。もしもこのボルトの引き抜き抵抗力が18.3kN(=12.1×1.5)以下であったら、このボルトも耐えることができません。そして、今回の調査結果では、上記のとおり、区間によっては平均引き抜き抵抗力が12.0~14.1kNなのですから、たまたま引き抜かれたボルトに隣接するボルトの抵抗力ががいずれも18.3kN以下であることは十分にあり得ます。
そして、隣接するボルトまで抜けてしまったら、さらにそのとなりのボルトには一層大きな荷重がかかることになり、あとは、たとえ十分な引き抜き抵抗力を有しているボルトであっても、とても荷重を支えることはできなくなるでしょう。
こうして考えると、今回のボルト引き抜き抵抗力調査結果を踏まえ、天井板崩落事故は起こっても何ら不思議はないことが推定できます。
笹子トンネル天井板、固定用接着剤劣化で崩落か
読売新聞 3月27日(水)21時23分配信
『山梨県の中央自動車道・笹子トンネルの事故で、国土交通省の調査検討委員会は27日、天井板をつり下げるアンカーボルトを固定する接着剤が劣化し、天井板が崩落した可能性が高いとの見方を明らかにした。
長年、荷重がかかり続けたことが原因とみられる。同省では、「接着系アンカー」を使用した同構造のトンネル13か所について、天井板撤去などを要請する。
同トンネルでは区間により1・7~3・5トンの3種類の重さの天井板が使われ、崩落現場は最も重い3・5トンの板が使われていた。
調査検討委が、残っていたアンカーボルト183本の強度を調べたところ、最も重い板の区間では、平均2・2トンの力で引き抜ける状態で、他の区間の平均2・8トンに比べて低かった。』
ひょっとすると国土交通省のホームページに調査結果が掲載されているかもしれないと思い、調べてみたらありました。
国土交通省ホームページに中央自動車道笹子トンネル天井板落下事故関連情報というページがあり、その中のトンネル天井板の落下事故に関する調査・検討委員会に資料がアップされていました。
そこで、あれこれ読んでみたのですが、この資料がまた、読んだだけでは内容を把握できない大雑把な資料でした。いわゆる、パワーポイント的(昔風にいえばOHP的)資料で、「結論だけを見せるから取り敢えずそういうもんだと理解しておいてください」というもので、その論理展開過程を詳しく追いかけようとするとまるっきり不可能なのです。
今回はその中から、
第4回(2013年3月27日)配布資料中の
資料5-1 引抜き抵抗力試験結果
資料5-2 引抜き抵抗力試験の分析
第2回(2012年12月21日)配布資料中の
資料3 吊り天井板の構造設計
をピックアップして、できる範囲内で調査結果を解釈してみたいと思います。
まず、第2回(2012年12月21日)資料3 吊り天井板の構造設計中から拾います。
4ページ「①トンネル各部の名称(2)」には天井版の吊り下げ構造の図面が載っています。この図面から、
・アンカーボルトは、600mm間隔で2本1組のボルトがトンネルに打ち込まれている。
・天井版の幅は1200mm
ということがわかります。
6ページ「④S,M,Lの3断面の概要図」にあるように、笹子トンネルの断面構造は場所によってS断面、M断面、L断面の3種類に分類されます。天井板崩落が起こったのはL断面の箇所でした。
8ページ「⑥天井板設計の確認(建設当時の材料定数、SI単位に換算表記)」には、アンカーボルト(φ16)について以下のように記載されています。
付着強度:8N/mm2
アンカーボルト径:16mm
有効埋め込み長:114mm(130‐16=114)
10ページ「⑧設計荷重と耐力(当初設計を再現して確認し、SI単位に換算表記)」には、アンカーボルトの引き抜き力に関する数値が記載されています。
作用荷重:12.2kN/本
コンクリート破壊:48.8kN/本(安全率4.00)
接着剤部分からボルトが引き抜け:52.2kN/本(安全率4.27)
アンカーボルト自身が破断:38.4kN/本(安全率3.14)
まず、上記「作用荷重:12.2kN/本」がどういう意味の数値なのか確認しようとしました。しかし、資料には天井板の重さが記載されていません。そこで、冒頭のニュース中の「同トンネルでは区間により1・7~3・5トンの3種類の重さの天井板が使われ、崩落現場は最も重い3・5トンの板が使われていた。」に依拠し、3.5トンとしました。そして、左右2枚の天井板(各3.5トン)のそれぞれ半分の荷重を、中央部で支えていますから、中央部の負担する荷重は3.5トンということになります。そして、天井板の幅1200mm、ボルト間隔600mmですから、左右1組の天井板を中央の4本のボルトで支えていることとなり、ボルト1本当たり0.88トンの負荷です。単位換算において、
1N=0.11kgf
ですから、0.88トン=8kNと計算されます。
この数値は、上記資料中の「作用荷重:12.2kN/本」に近い数値であることから、この「作用荷重」が、天井板の静荷重に近い数値であることが裏付けられました。
次に、アンカーボルトの接着剤強度です。資料の別のところに、アンカーボルトを挿入するコンクリートの穴径が19mmと記載されていました。そこで、接着剤は上記「有効埋め込み長:114mm」に被着し、接着剤有効周長はπ×19であるとし、「付着強度:8N/mm2」を用いて計算してみました。
接着剤強度=付着強度×有効長さ×有効周長=8×114×19×π=54.4kN
この数値は、資料中の「接着剤部分からボルトが引き抜け:52.2kN/本」とだいたい等しい数値となりますので、52.2kN/本がこのような論拠で定められたのであろうことがうらづけられました。
次に、第4回(2013年3月27日)資料5-1 引抜き抵抗力試験結果です。
2ページによると、合計185箇所のボルト引き抜き抵抗力を評価しています。3ページにその評価方法、4ページに評価結果のまとめが記載されています。まとめでは、測定された引き抜き抵抗力を3ランクに分けています。
Aランク:引き抜き抵抗力40kN以上 → 全体の38%
Bランク:引き抜き抵抗力12~40kN → 全体の53%
Cランク:引き抜き抵抗力12kN未満 → 全体の9%
4ページには「笹子トンネル(上り線) 引抜き抵抗力試験結果一覧(平面図)」が掲載されており、トンネル内で、A~Cランクがどのように分布していたかを知ることができます。この図によると、天井板崩落が起きたのはL断面の領域内であり、この区間において、Cランクの発生比率が極めて高いことが明らかです。
18ページ「10.L断面(東京側)のボルト引抜き抵抗力Cランクの傾向」には、落下区間の隣接区間について、Cランクの発生頻度と、細かい区間ごとの平均引き抜き抵抗力が示されています。最も劣化している区間が2区間あり、それぞれCランク発生率が50%、平均引き抜き抵抗力が12.0~14.1kNです。
さて、調査報告では、今回の引き抜き力調査結果を踏まえた上で、「天井板落下はどのようなメカニズムによって発生し得るのか」という点に関しては何も表明していません。そのような評価については、トンネル天井板の落下事故に関する調査・検討委員会自体が今後検討していくというスタンスなのでしょうか。
そこで、私自身が簡単に検討してみることとしました。
アンカーボルトは、2個一組で並んでいます。一組の2個がたまたま両方ともCランクであったら、この一組は天井板を支えることができず、自分の役割を放棄することとなります。そして、引抜き抵抗力試験結果12ページの図面にあるように、ボルトが2mmほど引き抜かれたところで抵抗力は最大の12kNを示したとしても、さらに引き抜かれるとともに抵抗力は低下し、4mm引き抜き時点では5kNまで低下してしまいます。つまり、一度抵抗力を失ったら、そのボルトはもはや役に立たないのです。
そうすると、役に立たないボルトが分担していた荷重は、そのボルト近辺の別のボルトが受け持つことになります。どのような受け持ちになるのか、その詳細は、ボルト周辺の上部CT鋼、天井板周辺の下部CT鋼の変形挙動を計算しなければ算出できません。ここでは、最も苛酷な前提として、「役に立たなくなったボルト組の前後のボルトが引き受ける」という仮定を置きましょう。すると、前後のボルトは、自分の役割に引き抜かれたボルトの役割の半分を負荷するので、負荷が1.5倍に増えます。もしもこのボルトの引き抜き抵抗力が18.3kN(=12.1×1.5)以下であったら、このボルトも耐えることができません。そして、今回の調査結果では、上記のとおり、区間によっては平均引き抜き抵抗力が12.0~14.1kNなのですから、たまたま引き抜かれたボルトに隣接するボルトの抵抗力ががいずれも18.3kN以下であることは十分にあり得ます。
そして、隣接するボルトまで抜けてしまったら、さらにそのとなりのボルトには一層大きな荷重がかかることになり、あとは、たとえ十分な引き抜き抵抗力を有しているボルトであっても、とても荷重を支えることはできなくなるでしょう。
こうして考えると、今回のボルト引き抜き抵抗力調査結果を踏まえ、天井板崩落事故は起こっても何ら不思議はないことが推定できます。