弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

東大博物館で「アルディの全身化石骨展」を見る

2010-10-31 09:10:35 | サイエンス・パソコン
東京大学総合研究博物館(東京・本郷)で「アルディの全身化石骨展」が開かれていることを、つい1週間ほど前の新聞で知りました。10月初めから開催され、10月30日には終了するとあるではないですか。ちっとも知りませんでした。そういえば最近、当ブログに「アルディ」で検索してやってくる方が多いと思いました。
これは急いで見に行かなければなりません。ということで、28日(木)の朝、出勤前に本郷に寄ってきました。

10時の開館と同時に入場したので、入場者は私を入れて2人きりです。アルディの展示場所は私の独占でした。

アルディについてこのブログでは、東大博物館でラミダス猿人「アルディ」の骨格を見る今、映像で蘇る人類最古の女性アルディラミダス猿人「アルディ」が意味するもの人類の祖先は森と草原のどちらで生まれたのかなどで話題にしてきました。
アルディは、440年前に生きていたラミダス猿人の女性で、直立二足歩行をしていたことが、その骨格化石から判明しています。従来は、「ルーシー」(320万年前のアウストラロピテクス(アファール猿人))が、直立二足歩行をする最古の猿人の全身骨格として知られていました。直立二足歩行の歴史を100万年以上遡らせたのがアルディです。東大の諏訪元教授を含む国際チームが、1992年にエチオピアで発見し、昨年に発表されたばかりです。

昨年の10月に同じ東大博物館で展示されたのは、出土したアルディの骨格を元に再現した、頭蓋骨と骨盤のレプリカでした。色は真っ白でした。

それに対して今回は、出土したアルディの全身の骨をそのまま、形や色も再現したレプリカです。頭蓋骨も骨盤も組み立てていないので、そのまま見たら骨だか何だかわかりません。展示物は、こちらの左写真にある通りのものです。

実はこの全身化石骨レプリカ、本郷の東大博物館で展示される前、エチオピアのエチオピア国立博物館で今年2月から一般公開されていたようです。その展示も、東大博物館が主体となって行ったらしく、国際共同モジュール展 「ラミダス、初公開」 の開催に記載されています。写真や説明は日本の展示紹介よりもこちらの方が豊富で親切ですね。このページの右側に6枚の写真が並んでいますが、上から3、4枚目に見えるガラスケースの中に並べられた標本、これが今回の東大博物館で同じように展示されていました。

エチオピアでは、右の2枚目写真のように、骨盤の模型が展示されていたようですが、日本ではこのような展示はありませんでした。この骨盤の模型、おそらく、右上のクリーム色がルーシー、左の白がアルディ、右下の黄土色がチンパンジーだと思われます。
また、右の一番上の写真に写っている看板に描かれた全身骨格は、ルーシーだと思われます。こちらから明らかです。

さて、日本の展示です。
写真撮影は不可ということなので、説明書きについても時間をかけて手帳に筆記してきました。後でエチオピア展示のページを見たら、メインの説明は同じ文章がこちらにアップされているではないですか。日本展示でのメインの説明、頭蓋骨、骨盤、上肢、下肢それぞれの説明から抜き出してみます。

『アルディピテクス・ラミダス
1992年に初めて断片的な化石として発見され、1994年から97年にかけて女性の全身にわたる化石骨(通称「アルディ」)が発掘された。その後、科学誌サイエンスの2009年10月2日号に、11編の論文として、その全身像ならびに生息環境に関する研究成果が発表された。』

《骨盤》
『ラミダスの骨盤には、その上方部に、アウストラロピテクスと共通する直立二足歩行への適応構造が見られる。』
『骨盤の上部は、ルーシー(アウストラロピテクス)と類似し、上下に低く幅が広く、直立二足歩行の特徴を有している。一方骨盤の下部は長く、座骨とそこに付着する大腿後部の筋がチンパンジーのように発達し、木登り時の蹴り出しが強い。』

《頭骨》
『頭骨においては、その底部がわずかながら短縮しており、その点アウストラロピテクス的である。これは直立二足歩行の脳の構造と関係する可能性が高い。』
--この説明は良く分かりませんでした。頭蓋骨と背骨の接続部の位置は、チンパンジーでは頭蓋骨の後の方であるのに対し、人間は頭蓋骨の下の方に位置しています。そのような関連について述べているのでしょうか。

《犬歯》
『断片的な化石標本をも含めると、犬歯が20個体分以上出土しているが、いずれも小型で類人猿の雄型の特徴が見られない。』
『(チンパンジーなどの類人猿と比較し)人類の系統では、そもそも体サイズと犬歯の雌雄差が小さく、オスの攻撃性が緩和された社会性と行動様式が、早期に存在していたとの仮説を導くことができる。』

《足》
『ラミダスは、アウストラロピテクスとも後続のホモ属とも異なり、把握性の足(親指が外に開く)を持ち、樹上行動への適応形質を多く保持していた。』
『足の骨はかかとが見つかっていないが、外に開く親指は明らかである。このことは、アーチ構造がなかったことを示す。アーチ構造を有していたアウストラロピテクスと異なる。』
--やはりアルディの足は扁平足だったのですね。

《臼歯列》
『サバンナ適応のアウストラロピテクスは臼歯列が大きい。アルディはチンパンジーよりやや大きい程度。』
『ラミダスにはアウストラロピテクスのような咀嚼器(臼歯列のこと)の発達が見られない。歯の形態と磨耗、そして安定同位体分析から、ラミダスは、アウストラロピテクスと異なりC4植物起源の食物をほとんど摂取しなかったものと思われる。豊富な古環境情報と共に総合すると、ラミダスは疎開林を中心とした比較的閉じた環境に主として生息し、サバンナの開けた環境を常習的に利用するようになったのは、アウストラロピテクス以後のことと思われる。』
--「C4植物」とははじめて聞く言葉です。ウィキから抜粋すると、「作物ではトウモロコシや雑穀類がC4植物であり、イネやコムギといった主要作物はC3植物である。」との説明がありますが、やはりよくわかりません。
ところで、こちらにも書いたように、今年6月13日の日経新聞朝刊の“サイエンス”欄で、アルディが紹介され、「化石の歯に含まれる炭素と酸素の分析から草原の草はほとんど食べていなかったとみられ・・・、類人猿と猿人を見分ける歯のエナメル質の厚さを調べた結果は、サバンナの草を食べていなかったことを示していたという。」とありますので、そのような意味を読み取るのでしょう。
一方同じ6月13日の記事中には、米ユタ大学のシュレ・シーリング特別名誉教授などの研究チームが「アルディ草原(サバンナ)で生きていた」とする論文を今年5月28日発行の米科学誌「サイエンス」に発表して諏訪教授らに真っ向から反論しているそうですが、この議論はどのように推移しているのでしょうか。

いずれにしろ、アルディとその祖先が直立二足歩行を手に入れたのは何に適応するためだったのか、興味が尽きません。

ところで、3年前に東京大学「異星の踏査」展で紹介したように、私は同じ東大総合博物館でルーシーの骨格標本レプリカを見たことがあります。博物館の方に聞くと、今でも展示はしていないが保管しているそうです。
そこで係の方に、「チンパンジー、アルディ、ルーシー、現生人類」の骨格標本を、ぜひ同じ場所に展示してほしい。それらをじっくりと観察したら、人類がどのように進歩してきたかがよくわかるのではないか」とお願いしておきました。
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自衛隊の潜水艦保有隻数増大

2010-10-28 21:06:07 | 歴史・社会
<防衛省>海自潜水艦20隻超へ 中国海軍を意識
毎日新聞 10月21日(木)2時30分配信
『防衛省は20日、現在16隻体制で運用している海上自衛隊の潜水艦について、20隻超まで増やす方針を固めた。同省関係者が明らかにした。本来なら耐用年数を迎えて、交代する潜水艦を「延命」させることで対応する。海軍力を増強させ、日本近海でも活動を活発化させる中国海軍を強く意識した措置で、年末に改定する「防衛計画の大綱」(防衛大綱)に盛り込む。
中国海軍をめぐっては08年10月に、戦闘艦艇4隻が津軽海峡を通過する事案が発生。今年4月には、潜水艦2隻など計10隻が、沖縄本島近海を通過する事案も起きており、「何らかの対抗措置が必要」(同省幹部)との声が強まっていた。
海自が保有する潜水艦は、古い順に「はるしお型」(3隻)、「おやしお型」(11隻)、「そうりゅう型」(2隻)の3タイプ。耐用年数は16~18年で、各年度に最も古い1隻が退役し、1隻が就役するサイクルをとってきた。
しかし財政難の下、中長期にわたり防衛関係費の大きな伸びは見込めない。このため、メンテナンスによってはるしお型やおやしお型の耐用年数を5年程度延ばし、全体数を増やす苦肉の策をとることになった。』

上の記事でゴシックで書いた部分、私が知っている事情と異なります。

私の手許に、江畑謙介著「日本の軍事システム-自衛隊装備の問題点 (講談社現代新書)」という本があります。2001年発行ということでちょっと古いですが。

海上自衛隊は上記記事にもあるとおり、潜水艦を16隻保有しています。一方、潜水艦を建造できる造船所は三菱重工と川崎重工の2社であり、その潜水艦造船台が空かないように、つまり2社の潜水艦建造技術を維持するために、毎年1隻ずつ、上記2社に対して交互に新しい潜水艦を発注しています。
毎年1隻ずつ新造艦が誕生するので、保有隻数を16隻に維持するために、潜水艦は16年経つと強制的に退役させられるのです(ただし、比較的艦齢の若い2隻が練習潜水艦として維持されます。
世界の中で潜水艦を建造できる技術を持つ国は少なく、冷戦後の世界の中で1国で2社が潜水艦を建造しているというのは、日本以外では米国とロシアしかありません。
『世界から見れば日本は非常に贅沢な潜水艦の建造計画を推進し、16年という非常に若い艦齢で退役させている特異な国である。』

毎日新聞の記事では耐用年数は16~18年とあるのに対し、江畑氏の記述では16年という非常に若い艦齢で退役させている特異な国であると評価されています。いったいどちらが正しいのでしょうか。
もし江畑氏の評価が正しいのであれば、日本が潜水艦保有隻数を20隻にする方法はいとも簡単です。16年経っても退役させずに就航させておけば良いだけです。新艦建造のための予算措置も、耐用年数延長のための予算措置も必要ありません。

よく“防衛予算の規模から考えると日本の防衛能力は優れている”という議論がありますが、私は上記潜水艦の例があるものですから、“日本の自衛隊は金食い虫であり、かけた予算の割には実力がないのではないか”と危惧しているのです。
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テレ東「この日本人がスゴイらしい」に瀬谷ルミ子さん

2010-10-26 21:28:27 | 歴史・社会
テレビ東京の「この日本人がスゴイらしい。Brand Nwe Japan」という番組、10月22日は『今回は初回2時間スペシャル。「国連」「名医」の2つのテーマで「スゴイ日本人」を紹介。』ということでした。

前半は『「国連」がわかる。』というテーマで、主に3人の日本人にスポットが当たりました。

元国連事務次長 明石康さん
元国連難民高等弁務官 緒方貞子さん(現JICA理事長)
日本紛争予防センター事務局長 瀬谷ルミ子さん

瀬谷さんについては、「国連からも名指しで仕事を依頼されることがある」という点が国連つながりですが、国連からの依頼以外の仕事についても映像で紹介されていました。

放送では瀬谷さんについて「見たところ普通のOLと変わらない」という印象が語られていました。私も、ご本人のブログを拝見して思うことは、「どこにでもいる普通の30代の日本人女性にしか見えない」という印象です。
この人が、世界のどこかで紛争が勃発したときに紛争解決専門家として国連や外務省からお呼びがかかり、紛争地で世界から集まってきた紛争専門家から信頼を集めている本人なのです。普段の姿からは想像ができません。

今回のテレ東の取材でも、また昨年4月のNHK「プロフェッショナル」「武装解除・瀬谷ルミ子」における取材でも、瀬谷さんの本当の凄さには肉薄できていないのだと思われます。映像を通してはまだ見えてこない、瀬谷さんの紛争解決のプロフェッショナルとしての能力が隠されているようです。

瀬谷さんの能力の一端については、NHKプロフェッショナル・瀬谷ルミ子さん(2)に書いた
『番組の最初で、世界の紛争処理の専門家から、瀬谷さんが高く評価されていることが紹介されていました。正確には覚えていないのですが、瀬谷さんは相手の心の中にスッと入って気持ちを通じさせる能力が高いのだ、といった評価でした。』
ということもあるでしょう。

ところで、番組「この日本人がスゴイらしい。Brand Nwe Japan」ですが、《司会者》三宅裕司、三村マサカズ(さまぁーず)、《パネラー》筒井康隆、矢口真里、信楽統/日村有紀(バナナマン)とあり、スタジオにはこれらの人たちがお笑い番組のように並んでいます。最近のテレビ番組というのは、このようにお笑い形式にしないと視聴率が取れないということなのでしょうか。
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朝日新聞・板橋洋佳記者

2010-10-24 00:09:37 | 歴史・社会
大阪地検特捜部のFD改竄事件については、朝日新聞社のスクープでした。朝日新聞社独自の調査報道で、この調査報道がなければFD改竄は闇に葬られていた可能性すら在ります。
この報道の裏に、元下野新聞に所属していた現朝日新聞記者が活躍していたという話を読んだことがあります。

その本人である板橋洋佳記者が、10月15日の朝日新聞に記事を載せていました。

1999年に栃木県の地方紙・下野新聞に入社、2007年に朝日新聞に移った人です。
板橋記者は朝日新聞大阪本社の検察担当で、今回の調査の端緒は、今年6月、郵便不正事件の実行犯である上村元係長の公判でした。上村被告が「一人でやりました。村木さんとの共謀はありません」と証言したときです。板橋記者は「供述調書と公判証言のどっちが本当なんだ?」と感じ、どんな捜査だったのか検証しようとして取材を本格化させました。

『一連の問題の端緒となる話を検察関係者から聞いたのは、7月のある夜だった。
上村元係長の自宅から押収されたフロッピーディスク(FD)のデータを、捜査の主任である前田恒彦検事(当時、11日付けで懲戒免職)が改ざんし、偽の証明書の最終更新日時を捜査の見立てに合うように変えた-。疑惑は検察内の一部で今年1月に把握されたが、公表が抑えられていた疑いもあった。』
『「立場が違っても『不正の構造』を暴く到達点は同じ」と意気投合した検事たちがいる。記事にすれば、彼らを追い込むことにならないか。検察組織の反発も予想した。』

『取材で得た証言を検察側にぶつけても、証拠がなければ否定される可能性もある。司法担当キャップの村上英樹記者と話し合い、FDの入手を最優先とし、改ざんの痕跡を見つけるため専門機関に鑑定を依頼する方向で動くことにした。』

FDが上村元係長の弁護人の元に返却されていることを突き止め、8月に事務所を訪ねます。弁護士は「検察担当のあなたが検察批判の記事を書けるのか」と問いました。
弁護士の信頼を得るのに数週間かかりました。元係長の承諾も得た上で弁護人と一緒にFDをパソコンで開くと、最終更新日は6月8日になっていました。
9月10日に村木さんに無罪判決が出されましたが、取材は続けました。
鑑定依頼のために大手セキュリティー会社を訪れたのは15日。数日後には担当者から結果の連絡が入りました。FD改竄の全貌が明らかになったのです。

『改ざんの当事者と見られた前田検事への取材は慎重さが求められた。まず検察幹部に伝え、内部調査に踏み切るかどうかを探った。幹部は天を仰ぎ、「想像を絶する事態だが、前田検事から話を聞くことになるだろう」と語った。』
9月20日に大阪地検は前田検事への聞き取りを極秘裏に始めます。前田検事は「意図的ではなかった」としましたがFDデータ書き換えを認めました。そして翌21日、朝日新聞朝刊1面にスクープ記事が掲載されることになるのです。最高検はその日のうちに、前田検事を証拠隠滅の疑いで逮捕しました。

『埋もれた話を聞き出し、証言を裏付ける取材を徹底的にしたことが記事につながった。自分が感じた疑問を出発点に、日常の取材から一歩踏み出す。それが記者としての基本動作であることを、あらためて実感している。』


今回の調査報道の勝利は、まず第1に板橋記者が捜査について疑問を感じたことです。そして検事に取材を続けるうちに検事との信頼関係ができ、7月に検事から改ざんの真実が告げられました。ここが今回最大のポイントだったでしょう。
次にFDの所在を突き止め、上村元係長の弁護人と信頼関係を構築できたことです。
ここまで来れば、事件の全容は明らかになりました。
しかし、板橋記者が“検察担当”ということで検察に遠慮し、検察に迎合すれば、今回の判明結果を闇に葬ることもあり得たし、たとえ検察に通報するにしても何らかの裏取引を行い、結局は闇に葬ることもあり得たでしょう。
そのようなことをせず、今回記事にしたわけです。板橋記者のこの行為は記者として当たり前のことなのか、それとも板橋記者でなければできなかったことなのか、その点はよくわかりません。

p.s. 11/1 板橋記者の人となりを示す記事を見つけました。
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細野祐二「公認会計士vs特捜検察」(2)

2010-10-21 21:59:14 | 歴史・社会
10月11日の記事「細野祐二著「公認会計士vs特捜検察」」では、「公認会計士vs特捜検察」の内容について紹介するとともに、この事件において東京地検特捜部でどのような取り調べが行われ、控訴審での証人の証言で取り調べの実態が明らかにされた点について紹介しました。

特捜検察が「大手監査法人の公認会計士を立件しよう」と狙いを定め、その狙いに応じて事件のストーリーをつくり、ストーリーに従った供述調書に署名を強要し、細野氏を犯人に仕立て上げていった手口です。大阪地検での村木裁判と全く共通の構図でした。
事件の当事者であるキャッツの大友社長、村上専務、西内常務、本多弁護士らは、それぞれ“特別背任には問われたくない、早く保釈を受けて困窮する家族を助けたい、逮捕されたくない、裁判官である娘のために”という理由から、特捜検察の調べに迎合して事実に反する供述調書に署名させられていました。それらの点については、控訴審で本人らが真実を語ることによって明らかになりました。

しかしそれにもかかわらず、控訴審では「執行猶予つき有罪」とした原審は覆らず、さらに最高裁でも覆りませんでした。一体何故、細野氏は無罪を勝ち取ることができなかったのか。
似たような事例である大阪地検特捜部を舞台とした村木さんの裁判では無罪が勝ち取れたのにもかかわらず、です。
それが今回のテーマです。

しかし、結局はよくわかりませんでした。

《控訴審判決》
控訴審判決の全文が入手できていないので、詳細検討することができません。思い当たるところをいくつか列挙するに留めます。
1.一審で適切な訴訟活動を行っていないと、控訴審での巻き返しは難しい?
地裁の公判では、検察側の主要証人の尋問が終わるまでは細野氏の保釈が認められず、細野氏の訴訟活動は困難でした。保釈後も地裁判決が出るまでは関係者との接触が禁止されました。
細野氏の弁護士は、細野氏から「自分に有利な物証があるから証拠提出してくれ」と依頼されても「その必要はない」と取り上げませんでした。
どうも、弁護団は「執行猶予をもらえれば勝ち」とのスタンスで訴訟活動を行っていたように思われます。実際、地裁で執行猶予つき有罪の判決が出されると、弁護団は細野氏に成功報酬を請求しているのです。
最近何かの記事で、「一審で適切な訴訟活動を行っていないと、控訴審での巻き返しは難しい」と書いてありました。本件についても該当する可能性があります。

2.村木裁判では「文書偽造」が問われた事件であり、その文書の作成期日と村木さんからの指示日との関係などが決定的な意味を持ちました。また、“議員からの圧力”についても、検察が主張する日に議員が不在であることが公判で立証されるなど、検察のずさんさが一審で明らかになりました。
それに対し細野氏の裁判では、“物証が決定的に重要”という事件ではなく、有罪/無罪のどちらの判決をも書くことが可能だった事件かもしれません。そして高裁には、無罪判決が書けない事情があったのでしょう。「執行猶予が付いているのだからいいじゃないか」との考えかもしれません。

《最高裁の判断》
最高裁は判決ではなく決定で判断しました。裁判所のホームページに掲載されています(pdf)。
まず、決定では「違憲をいう点は,原判決が所論指摘の証人の第1審公判における供述を有罪認定の証拠に供していないことはその判文上明らかであるから前提を欠くか,実質において単なる法令違反の主張であり,その余は,単なる法令違反,事実誤認の主張であり,被告人本人の上告趣意は,単なる法令違反,事実誤認の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。」としており、いわゆる門前払いです。決定ですからここまでの記述でも足りているのですが、最高裁は
「なお,所論にかんがみ,本件における虚偽記載半期報告書提出罪及び虚偽記載有価証券報告書提出罪の各共同正犯の成否について,職権で判断する。」
として考え方を述べることにしました。約4ページです。

キャッツの大友社長は、会社(キャッツ)から60億円を借り受けてM&Aを試みましたが成功せず、当面現金で返済できないのでパーソナルチェック(小切手?)で返済しました。
一方、開發氏にM&Aを依頼することにし、キャッツからM&Aファンドに60億円を預託することにします。上記パーソナルチェックをあてました。
半期決算の半期報告書では上記内容を「預け金60億円」と記載しました。
その年度に、開發氏が所有していた会社「ファースト・マイル」の株式をキャッツが60億円で取得することとなり、その期の有価証券報告書に関係会社株式として「ファースト・マイル60億円」と記載されました。

最高裁は上記いきさつについて、キャッツからM&Aファンドへの60億円預託は「仮装」であるとし、またファースト・マイルの株を60億円で取得したということもできないので、半期報告書と有価証券報告書はいずれも重要な事項につき虚偽の記載をしたものと認定しました。

これ以上詳しいことは専門家でないのでわからないのですが、「何とか辻褄を合わせる行為」を行った場合、それが企業会計原則からは妥当であっても、もし裁判所が有罪にしようとの意図を有する場合、「虚偽記載」として有罪にされてしまう、ということかもしれません。

もう1点。最高裁の決定には、
「被告人は,公認会計士であり,当時,前記監査法人において,その代表社員の一人であるとともに,キャッツに係る監査責任者の地位にもあったが,・・・・・虚偽記載を是正できる立場にあったのに,自己の認識を監査意見に反映させることなく,本件半期報告書の中間財務諸表及び本件有価証券報告書の財務諸表にそれぞれ有用意見及び適正意見を付すなどしたというのである。」
とあります。
細野氏の著書によると、細野氏が代表社員の一人である監査法人において、細野氏は監査部門に属しておらず、キャッツの監査責任者の地位にもありませんでした。細野氏はキャッツの顧問であったに過ぎません。そうとすると、上記最高裁の認定は事実に反することになります。
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特捜検察~東京と大阪の違い

2010-10-18 22:30:39 | 歴史・社会
10月16日の日経新聞朝刊には、『歪んだ正義~「検察再生」を聞く』シリーズの第1回として、元特捜検事で福祉財団理事長 堀田力氏へのインタビュー記事が載っています。

この中で気になったところが1点あるので書いておきます。
『検事時代、大阪と東京の両方の特捜部に在籍したが、捜査手法には違いがある。東京では、調べに当たる検事同士は話をしてはいけない。全体の構図と供述は主任しか知らず、資料ももらえないので、一線の検事はストーリーに沿った調書を作成しようにも、誘導のしようがない。
一方、取り調べの前に資料をもらえ、検事同士連絡を取ってもよいのが大阪。容疑者の一人が自白すれば、それが他の検事にも伝わり、手っ取り早く他の容疑者からも話を聞き出せる。』

やはり東京と大阪それぞれの特捜検察にそのような相違があったのですか。
というのは、9月12日(まだFD改竄が表面化する前ですね)に郵便不正事件~地裁判決を受けてという記事を書き、その中で、
『上村被告に対する取り調べについて「おやっ」と思うことがありました。上村被告は取り調べに対してずっと「自分一人でやった」と述べていました。これに対し厚労省の何人もの職員が取り調べで村木課長の関与を認める供述をし、調書に署名していました。上村被告の取り調べ検事はこの調書を見ていて、「あなた以外は全員、村木さんの指示を認めている。」と上村被告に迫るのです。
このような取り調べ方法は、私が知っている特捜の取り調べ方法から逸脱しています。』
と書きました。
田島優子著「女検事ほど面白い仕事はない (講談社文庫)」の中で、
『○訟務局参事官から聞いた、特捜での取り調べについて
担当する被疑者を割り当てられるときは、ただ「この被疑者を調べろ」と言われるだけで、容疑の内容は教えられない。取り調べ前に情報を与えてしまうと、特捜検事は有能だから、被疑者の供述をそっちに引っ張る恐れがあるからだ。』
と紹介されていたからです。

今回の日経新聞の記事で納得しました。田島氏が紹介したのは東京地検特捜部の実態であって、大阪地検特捜部はそれとは異なった捜査、つまり今回の村木さんの事件におけるような捜査を前からしていたということです。

一方、堀田氏による日経新聞記事はまだ続きます。
『ただ、私が大阪地検に在籍したころは、上司への報告は非常に厳しく求められた。』『改ざん・隠蔽事件をめぐる一連の報道を前提にすると、前田元検事の上司だった特捜部長や副部長まで真実を大切にする感覚を失っていたのではないかと感じる』としています。
今回の村木さんの事件は文書偽造事件であり、物証が何よりも大切であるといわれています。その大切な物証であるFDの更新日付について、村木さんを逮捕する段階と起訴する段階のいずれにおいても、副部長も特捜部長も確認しようとしなかったわけです。この点において、特捜部長と副部長は上司としての姿勢がきびしく問われるべきでしょう。犯人隠匿罪だけではなく。大阪地検の検事正と次席検事は辞職する意向らしいですが、当然と思われます。
また、村木さんの逮捕と起訴については最高検も了承を与えています。最高検の責任も免れることはできません。この最高検の責任を、いったいだれが追求するのでしょうか。今の最高検の捜査チームでしょうか。これでは笑い話にもなりません。

特捜部がFD改竄疑惑を知った今年2月以降についても、疑惑を知ったにもかかわらず、村木さんを有罪にしようとする公判活動を継続しました。この点についても責任を追及する必要があります。

ところで、女検事ほど面白い仕事はない (講談社文庫)の著者である田島優子氏は、1992年に検察庁を辞めたあと、堀田力氏が始めたさわやか法律事務所のパートナー弁護士に就任したようです。今回の日経新聞記事と田島氏との意外な関係でした。
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尖閣~中国とのパイプ

2010-10-16 09:02:10 | 歴史・社会
尖閣で逮捕した中国船船長の勾留を延長して以来、最悪の事態となっていた日中関係は、10月4日に管首相と温家宝首相がブリュッセルで25分間ほど廊下でお話した後に徐々に鎮静化しつつあります。
この間、日本の官邸と外交当局がどのように機能したのかあるいは機能不全に陥っていたのか、記録に残そうと思いつつ、最近ちょっと忙しくて記事がまとまりません。だいぶ古新聞になりましたが、取り敢えずメモしておきます。

<菅首相>中国首相と会談 民間交流復活など合意
毎日新聞 10月5日(火)7時5分配信
『菅直人首相は4日夜(日本時間5日未明)、アジア欧州会議(ASEM)首脳会議の開かれているベルギー・ブリュッセルで中国の温家宝首相と約25分間、会談した。両首脳は沖縄県・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件で悪化した日中関係について「現在の状況は好ましくない」との認識で一致。両国が戦略的互恵関係を進展させるほか、ハイレベル協議の開催や民間交流を復活させることを確認した。
  ・・・・・
会談はブリュッセルの王宮で、ASEM首脳会議の夕食会が終わった直後、廊下の椅子に座る形で約25分間にわたって行われた。どちら側から声をかけたかについて、菅首相は「(夕食会場を出て)同じ方向に歩いており、『やあやあ、ちょっと座りましょう』という感じで、割と自然に話ができた」と説明。会談が実現したことに関しては「話ができたことは良かった」と意義を強調した。』

会談の演出は、「予定なく突然」ということでしたが、中国の温家宝首相には日本担当者(日本語通訳)が付いたといいます。その場に日本担当者が居合わせたのは偶然とはいえず、やはり事前に準備されていたのでしょうか。
ところが日本の管首相には、外務省の中国担当者(中国語通訳)が付いていなかったというのです。これはどういうことでしょうか。

現在の日中間の激突、即ち日本の国難に際して、日本外務省はどれだけ国をサポートできているのでしょうか。
ひょっとして、日本外務省は力を発揮していないのではないかと危惧します。
10月10日の日経朝刊に以下の記事があります。
『(中国船船長勾留以後)首相官邸と外務省にも深い溝が生まれた。
「外務省は中国とのパイプが全く機能していない。」9月中旬、中国の対日姿勢がエスカレートする中、仙谷長官は周囲にいら立ちをぶつけた。実際、このころ中国政府は駐中国日本大使館や日本の外務省との交渉を断絶していた。
日中外交筋によると複線は9月12日未明に戴秉国(たいへいこく)国務委員が丹羽宇一郎大使を呼び出した事件。日本では「未明の呼び出しは無礼」と受け止められた。中国側は当初、11日午後6時の会談を申し入れたが調整がつかず、12日未明の会談になったという。その経緯を伏せた日本側に戴氏は激怒し、日本大使館との交渉を打ち切ったという説明だ。
仙谷長官が旧知の仲である中国通の民間コンサルタントを通じて独自に戴氏との交渉を模索し始めたのはその後。新たな外交ルートを探っていた中国側と思惑が一致し、細野豪志前幹事長代理の極秘訪中につながった。
「日中首脳会談に向けた交渉は外務省には極秘で進められた」。外交関係者はこう語る。福山哲郎官房副長官やコンサルタントなど急ごしらえの“仙谷外交チーム”が奔走した。1日、外務省は官邸独自の対中交渉の内容を把握するため、戴氏と長官の電話協議を準備したが、仙谷長官は外務官僚らの前での電話協議では一切、日中首脳会談の準備などは口にしなかったという。
首相官邸が外務省に不信感を抱き、官房長官の人脈に依存した外交を展開していることが知れ渡れば、外務省による他国との交渉に与える影響は甚大だ。政府内が一枚岩でないと見透かされれば「相手国につけいるスキを与えかねない」と、外務省関係者は管政権の外交の危うさを指摘する。』

週刊ポスト 10月15日号
9月29日の細野訪中に関連する記事の中で
『本来、こういうときにこそ外務省の「チャイナスクール」が日頃の人脈を生かすべきなのだが、
「チャイナスクールは、管政権が中国大使を政治任用したことで、サボタージュしている。“外務官僚をないがしろにするからだ。困るだけ困ればいい”という空気が強い」(同省幹部)
という有り様。民間から大使を任命したことは失政ではないが、その大使を支えるよう官僚たちを指導できないところに、前原氏、仙谷氏のいう“政治主導”のレベルが現れている。
丹羽宇一郎・大使は、夜中に呼び出されたり、高官に会談を拒否されたりと、中国政府から信じがたい屈辱を受けたが、なぜか外務省プロパーの領事らは、拘束されたフジタ社員にも簡単に会えた。うがった見方をすれば、外務省は自分達の中国パイプを誇示しつつ、丹羽大使と官邸に恥をかかせた疑いすらある。』

こうして報道を見る限り、官邸と外務省との間は最悪ですね。これでは有効な外交を展開することは極めて困難でしょう。外交問題で日本が国益を毀損する状況はしばらく続きそうです。

ところで、「中国当局が丹羽駐中大使を未明に呼び出したという報道は事実と異なる」という点について、9月17日にすでに以下の記事がありました。

尖閣問題で日中関係は再び冬の時代に戻るのか中国が犯した2つの誤算~中国株式会社の研究~その76(6ページ)
2010.09.17(Fri) 宮家 邦彦
《未明の呼び出しは非礼か》
『日本国内で批判が集中したのは「呼び出し」の時間である。確かに「未明の呼び出し」は異例であり「けしからん」とは思う。
だが、よく調べてみると、必ずしも真夜中に突然連絡が入り、直ちに外交部に「呼びつけられた」わけではないようだ。
中国外交部から日本大使館に連絡があったのは前夜午後8時過ぎだという。双方で日程調整した結果、最終的に会談のタイミングが「未明」となったようだ。
今回の会談時期が異例だったことはその通りだが、手続き的に異例なことはない。「未明の呼び出し」は、船員14人の釈放が近いことを知った中国側の焦燥感の表れと見るべきではないか。』

日本側はいたずらに、中国政府筋のメンツを潰すような対応ばかりを繰り返していたように思います。民主党政権は、本当に中国との賢い付き合い方を知らないのでしょうね。それを知らずに“政治主導”で素人外交を断行するものだから、こんなことになるのでしょう。
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細野祐二著「公認会計士vs特捜検察」

2010-10-11 18:45:21 | 知的財産権
公認会計士vs特捜検察
細野 祐二
日経BP社

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たまたま目に止まったので、図書館で借りて読み終わったところです。
著者の細野祐二氏は公認会計士であり、キャッツという会社の有価証券報告書虚偽記載容疑で東京地検特捜部に逮捕され、一貫して無実を主張し続けながら有罪判決を受けた人です。この本は、その事件の一部始終を当事者として語ったものです。
郵便不正事件~FD改竄事件との関連で、実にタイムリーでした。郵便不正は大阪地検特捜部、細野氏は東京地検特捜部という違いはありますが、取り調べの状況などは実にうり二つ、鏡を見ているようでした。
郵便不正事件において村木さんに対して行った大阪地検特捜部の捜査が特別だったのではなく、特捜では常態的に今回のような捜査(ただしFD改竄の件ではありません。)を行っていたことが明らかになります。

細野さんは大手監査法人の代表社員でした。
キャッツという会社は、シロアリ駆除を仕事とする会社です。創業者社長である大友社長と村上専務が大きくしてきた会社です。細野さんが関与し始めた平成元年に従業員300人、売上高30億円の会社でした。
キャッツが株式公開を目指すに際して、細野さんのファームは公開指導を受注しました。しかし話を聞くと、ときはバブル崩壊の直後で、キャッツ本体、大友社長、村上専務の三者がいずれも、証券会社の営業特金で数億円~十数億円の損害を被っていることが分かりました。それを細野氏が尽力し、店頭公開にこぎ着けるまで推進します。細野氏の熱の入れようは尋常ではありません。この愛情が後に落とし穴に嵌る起因とはなるのですが。

その後もキャッツは急成長を遂げ、平成12年には売上高200億円を超え、東証一部上場を実現しました。
ところがこのときの一連の動きが、キャッツ事件における株価操縦罪に問われることとなります。平成16(2004)年2月に東京地検特捜部に呼ばれての取り調べが始まり、3月9日に逮捕されました。
細野氏は身に覚えがないので否認し続け、勾留期間は190日に及びました。地裁での公判が始まり、検察側の主要な証人尋問が終了するまで保釈されなかったのです。

細野氏を被告人とする地裁での公判では、大友社長、村上専務、キャッツの西内常務、顧問弁護士である本多弁護士が細野氏の共犯を認める供述調書に署名しており、さらに大友社長と西内常務は、公判でも供述調書と同じ趣旨の証言を行いました。村上専務は証言を拒否し、本多弁護士は法廷で否認する証言を行いました。
そして2006年3月、細野氏に対して懲役2年執行猶予4年の有罪判決が下ります。

一審判決が出るまで、細野氏は大友社長を初めとする関係者とは一切連絡しませんでした。保釈条件として接触が禁じられていたからです。判決が出たので接触禁止が解け、細野氏は関係者との接触を開始します。関係者はなぜう嘘の供述と嘘の証言を行ったのか、それを解明しなければなりません。

まず本多弁護士に会いました。本多弁護士の娘さんは裁判官をやっておられ、本多弁護士は自分が逮捕を免れることで娘さんに累が及ぶことを防ぎたかったようです。
村上氏は、今回の事件で逮捕された後、預金が封鎖され、奥さんと娘さんは大家から立ち退きを要求され、とにかく村上氏本人がはやく保釈を受けなければならない事情がありました。そんななか、調書は検察官の作ってきたものにそのまま署名してしまいました。
大友氏は、背任ではなく執行猶予がつくのであれば経営者として再起が可能なので、取り調べと公判ではこの一点で判断しました。検察官が作った調書に署名したのも、検察官が指示するとおりに公判で証言したのもそのためです。公判での証言の前に、大友氏は検事の前で40回もリハーサルをさせられたのです。
検察が作ったストーリーは、まず西内氏の取り調べの結果からストーリーを構築し、大友氏、村上氏、本多氏についてはその構築したストーリー通りの調書を作成して署名を強要したことも明らかになりました。

控訴審では、大友氏、村上氏、西内氏が、「供述調書の内容は事実ではない。真実はこうである」という証言を行いました。下手をすると自分達が特別背任で捕まる危険性を犯してです。
また、一審段階で細野氏が「ぜひ証拠請求してくれ」と弁護士に主張したのに弁護士が「その必要はない」として証拠請求しなかった2件の証拠について証拠請求し、細野氏に有利な物証を得ることもできました。
細野氏の罪状は「粉飾決算の共謀」ですが、「そもそも決算は粉飾ではない」という主張もしっかりと行いました。

しかし2007年7月に出された控訴審判決は「控訴棄却」でした。
細野氏の事務所から見つかった2千万円の現金が、粉飾決算の礼金ではないことが物証から証明され、控訴審判決はこの点を認めました。また、控訴審での大友・村上・西内証言から、株価操縦の告白などを受けたことがないことについても認められ、控訴審における事実認定からは除かれていました。
それでも有罪判決だったのです。

さらに、2010年に最高裁が上告を棄却し、細野氏の有罪が確定しました。

この本を読んでのポイントは2点です。
第1に、特捜検察が「大手監査法人の公認会計士を立件しよう」と狙いを定め、その狙いに応じて事件のストーリーをつくり、ストーリーに従った供述調書に署名を強要し、細野氏を犯人に仕立て上げていった手口です。大阪地検での村木裁判と全く共通の構図でした。

第2に、村木裁判では見事無罪を勝ち取りましたが、細野裁判では結局有罪が確定してしまったことです。
なぜ細野裁判では無罪とならなかったのか。その点については稿を改めます。
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尖閣問題~石原慎太郎vs鳩山由紀夫

2010-10-08 21:06:46 | 歴史・社会
鳩山由紀夫氏が今年5月27日に全国知事会で尖閣諸島の帰属問題に触れた点について探したら、以下の記事が見つかりました。
全国知事会で石原知事激怒「こんな総理かなわん!」
2010.5.27 21:38 産経ニュース
『「こんな総理、かなわんわ…」。27日に東京都千代田区の都道府県会館で開催された全国知事会議に出席した石原慎太郎知事は、鳩山由紀夫首相の安全保障に関する認識にいらだちを隠さなかった。会議は、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)移設問題で、政府が沖縄の負担軽減策の柱とした訓練の全国分散移転をめぐって開かれたが、鳩山首相は予想に違わずほぼ四面楚歌(そか)だった。
石原知事をいらだたせたのは、意見交換の席上での鳩山首相の発言だった。
石原知事は尖閣諸島防衛での米国の消極性を例示。その上で「日本の領土を守らないなら、何のため沖縄に膨大な基地を構えるのか。抑止力を現政府がアメリカに問いたださない限り、訓練分散を論じる足場がない」と糾弾した。
これに対し、鳩山首相は「日中の間で衝突があったとき、アメリカは安保条約の立場で行動する。しかし(尖閣諸島の)帰属問題は日中当事者同士で議論して結論を出す、と私は理解をしている」と回答した。
この言葉に、会議途中で退席した石原知事は怒り心頭の様子を隠さなかった。報道陣に、「日中間で尖閣諸島の帰属を協議しようって、こんなバカをいう総理大臣いるのか? 正式に(米国から)返還されたんだ。ばかな会合だよ。ナンセンス!」。』

前回紹介した石原慎太郎著「国家なる幻影―わが政治への反回想」と対比してみるとよくわかります。

全国知事会における石原知事の発言「尖閣諸島防衛での米国の消極性を例示」は、おそらく、日本がハーグの国際裁判所に提起して尖閣の所属をはっきりさせよとうとしたところが、アメリカが紛争当事者の問題であってわが国は一切関与しないと声明したこと、さらにアメリカの駐日大使モンデールが尖閣諸島の帰属に関しての実力行使を伴う国際紛争の場合には日米安保の発動はこれを対象とはしない、と発言したことなどを指すのでしょう。

また、『その上で「日本の領土を守らないなら、何のため沖縄に膨大な基地を構えるのか。抑止力を現政府がアメリカに問いたださない限り、訓練分散を論じる足場がない」と糾弾した。』については、石原著書の中の以下の主張がその根底にあると思われます。
『アメリカの世界戦略遂行のために不可欠の基地を、多大な犠牲を払いながら提供している沖縄県の一部である尖閣という父祖の地が、墓地や遺跡を残したまま外国の主権主張の下にその帰属の正当性を危うくされているのに、それでもなお獣じみた、世界中で忌まわしい問題を起こしている海兵隊の基地を含めてその全面的な依存を相手が要求してき、かつなおそれらの地が沖縄県の一部への外国からの侵犯に発動しないというのなら、それら沖縄の基地を含めて成立する日米安保なるものの日本にとっての意味と価値が本気であらためて問い直されるべき時期に来ているといっても差し支えない。
前述の新聞のコラムで私は尖閣はアメリカにとっての踏み絵となるだろうと書いたが、アメリカの現政権がシナをどう意識しようとその踏み絵を踏まぬなら、われわれは沖縄の基地の全面撤去を含めて戦後日本人の意識を大きく歪めても来た日米安保体制なるものを考え直すべき時に来ているのではないか。』

全国知事会での石原知事の問いかけに対する鳩山当時首相の答え「(尖閣諸島の)帰属問題は日中当事者同士で議論して結論を出す、と私は理解をしている」は、今となっては何ともはやトンチンカンで日本の国益を害する答ではありました。
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郵便不正事件での公判担当検事

2010-10-06 21:06:19 | 知的財産権
今回の大阪地検特捜部FD改竄事件では、内部告発した公判担当の塚部検事が重要な役割を演じたらしいことを「検察自浄作用と女性検事」に述べました。

郵便不正事件の村木さん裁判では、このFD改竄以外にも、裁判を正常化させる上で公判担当検事がいくつもの役割を演じているようです。

まず、FDの更新日付を正しく6月1日と記述した捜査報告書が、被告側に証拠開示された点です。このような捜査報告書が常に被告側に証拠開示されるのかどうか知りませんが、ひょっとしたら通常は開示されないのかもしれません。今回被告側に証拠開示されたからこそ、その資料を拘置所内で読み込んだ村木さん本人が、日付の矛盾に気付くことができたのです。

また、郵便不正事件の謎(4)裁判傍聴記からに紹介した以下の2点があります。

厚労省の当時部長だった塩田氏が、供述調書で「石井議員からの依頼を村木当時課長に指示した」と述べたのは、取り調べ検事から「塩田氏が石井議員に報告する電話交信記録がある」と言われたからです。「それならばきっと、記憶には無いが、最初の依頼も自分が石井議員から受け、村木さんに対応をお願いしたのだろう・・・と思い込んでしまった。」
『「交信記録は無い」のだと、裁判が始まってから、他の検事から聞かされた時のショックは、とても言葉では表せないくらいだ! 今ではこの事件は「壮大な虚構だと思っている』
ここで「他の検事」は公判担当検事のようです。

北村当時課長補佐は、取り調べで「そもそも、倉沢氏に会った記憶がない」と言い続けてきましたたが、検事から「倉沢があなたの名刺を持っている」と言われました。そのこともあり、調書に署名してしまいます。
『しかし・・・と、ここで声をあらためた北村氏の証言に、法廷内の皆が驚愕することに。「倉沢が私の名刺を持っている、ということが実は嘘だったんです! 私はやはり倉沢と会ってなかったんです。」「いつそれを知りましたか?」と弘中弁護士。「つい先日。公判のために検事と打合せをしている時です。」』

このように、特捜部での取り調べでは検事から嘘を告げられてそれが起因となってでたらめの供述調書に署名するハメとなりましたが、公判段階では公判担当検事が良識に基づいて行動し、正しい方向に導いていることがわかります。
もし公判担当検事が取り調べ検事と同じスタンスに立ってしまったら、これら村木さんにとって有利となる事情は公判段階で明かされないままだった可能性があります。

公判担当検事の中に塚部検事が入っていたことが上記事情に有利に働いたのかどうかはわかりませんが。
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