弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

証拠改竄・犯人隠避で有罪判決

2012-03-30 22:41:48 | 歴史・社会
<証拠改ざん・隠蔽>元大阪地検特捜部長らに有罪判決毎日新聞 3月30日(金)13時24分配信
『大阪地検特捜部の証拠改ざん・隠蔽事件で犯人隠避罪に問われた元特捜部長の大坪弘道被告(58)と元副部長の佐賀元明被告(51)に対する判決公判が30日、大阪地裁であり、岩倉広修裁判長は両被告に懲役1年6月、執行猶予3年(ともに求刑・懲役1年6月)を言い渡した。両被告は控訴するとみられる。』

この事件の公判ではよくわからないことがありました。今回の判決紹介記事にも、
『公判で、検察側は「佐賀被告は10年1月30日に前田元検事と電話で話した際、故意の改ざんだったと聞き、後日に大坪被告に報告して2人で隠蔽を決めた」と主張。前田元検事や当時の事情を知る国井弘樹検事(37)ら検察関係者5人に、当時の地検内の状況を証言させた。論告では「両被告は組織防衛と自己保身のため改ざんをもみ消し、検察官の職業倫理に著しく違背した」と厳しく批判した。』
『一方、両被告は一貫して無罪を主張した。・・・1月30日の電話の相手は前田元検事ではなく別の検事だった--などと主張した。』
とあります。

まずは検察側の主張立証で、10年1月30日に佐賀被告が前田元検事と電話で話したとき、そばで國井検事ともう一人の検事が聞いているのですから、どうにも申し開きができないだろう、と感じました。
ところがその後で、佐賀被告は「その電話は別の検事が相手だ」と言い出したのです。
もしも法廷でその別の検事が証人に立ち、「はい、そのときの電話の相手は私です。こういう内容の話をしました」と証言したら、検察側は相当の窮地に立ったはずです。

今回の判決報道に接し、あの「別の検事」の話は一体どうなったんだろうか、とネットでいろいろ探しましたが、見あたりません。
そして朝日新聞夕刊には、公判を傍聴してきた甲南大法科大学院の園田寿教授の話として『佐賀被告は「電話は別の検事だった」と反論した。この主張を裏付けるため、弁護側が「別の検事」を証人申請していれば違った展開になっていたかもしれない。』とありました。

結局佐賀被告は、「電話は別の検事だ」と主張したものの、その点についての立証を全くしていなかったのですね。これでは「佐賀被告はうその言い逃れをいっている」ととられます。勝てないのは当たり前だ、と私は思います。

もう1点わからないことがあります。
今回、両被告には執行猶予がつきました。何で執行猶予なんでしょうか。その点についてふれた報道はまだありません。
無罪なら別ですが、有罪だとしたら、その罪は、鈴木宗男氏やホリエモン氏などよりもよっぽど重いと私は思います。法廷でも反省の色を一切見せていませんし。
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花粉症デビュー

2012-03-29 20:57:10 | Weblog
私の家内は長いこと花粉症で苦しんでいます。子供たちの中にも花粉症が発症したものがいます。それに対して私は、ずっと花粉症とは無縁の生活を続けてきました。

最近1、2週間、なぜか鼻水が出ます。特に風邪の症状はありません。一体どうしたのだろうと不思議には思っていました。
この数日、両目の目頭涙腺のあたりが何だかかゆいです。「花粉症が酷くなると目玉がかゆくなる」という話は聞きましたが、私の場合は目頭です。指を当てても別に目やにが溜まっているわけではありません。

そこで家内に話したら、「それは花粉症の症状だ」との答でした。目については、まず目頭、次に目尻、そして最後に目の玉がかゆくなるのだということでした。

そう。とうとう私も花粉症が発症したらしいのです。
一生花粉症とは無縁で暮らせるのか、それともいつかの時点で発症するのか、どちらだろうと漠然と思っていたのですが、とうとう年貢の納め時です。

さっそく、昨日から通勤の行き帰りにマスクをし始めました。片道20分をパワーウォーキングしているので、歩いている間は呼吸が激しく、マスクを通して空気の流通が増大します。どの程度の花粉がシャットアウトできているのでしょうか。

通勤で歩いている間と電車に乗っている間はマスクをかけ、事務所に着いたらマスクを外します。しかし昨日も今日も、午前中いっぱい、事務所ではしょっちゅう鼻をかむ状況でした。
私のマスクのかけ方が悪いのか、それともそもそもマスクとはその程度の効果しかないのか、そんな疑問が湧きます。

事務所の同僚が、花粉症デビューの記念にとアイボンをプレゼントしてくれました。さっそく使ってみたところ、それ以降は目のかゆみが発生していません。効いたのでしょうか。

事務所でも鼻水が止まらないのは、ひょっとすると事務所の部屋の中に花粉が舞っているのかも知れません。本日の午後からは事務所でもマスクを外さないこととしました。そうしたら、その間は花粉症の症状が出ませんでした。仮説が当たっているのかもしれません。

まだ症状としてはごく軽い状況です。今後さらに症状は重くなるのかどうか。まあ、末永くつき合っていくしかないでしょう。
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1年前の原子炉建屋放水作業

2012-03-25 11:42:21 | サイエンス・パソコン
今からちょうど1年前ですね。
昨年の3月17日、福島第一原発の原子炉建屋に対しての大放水作業が敢行されました。
まずは自衛隊のヘリコプターを用いた放水です。1回に7トンといいますが、プールの容量は1400トンだそうじゃないですか。それに放水の映像を見たら、7トンのうちの2トンでもプールに到達すれば良い方、といったような状況でした。
次いで警察の放水車での放水開始です。うまくいかなかったようです。
それに引き続き、航空自衛隊の消防車による放水が始まりました。自衛隊の消防車が、消防署の消防車よりも性能が良いのかどうかわかりませんが。
それから2日経って、19日に東京消防庁ハイパーレスキュー隊の屈折放水塔車が登場し、難なく核燃料プールへの注水をやってのけました。
さらに22日には、コンクリートポンプ車の登場です。

コンクリートポンプ車は本部がその存在を知らなかったので、最後に登場したことはやむを得なかったとして、東京消防庁の屈折放水塔車がなぜ4番目にしか登場しなかったのか。効果が薄いことは始めから判っていたであろうヘリコプター放水をなぜ実施したのか、という点がずっと疑問として残っています。

昨年4月3日に原子炉建屋への放水作業の経緯で記事にしたように、首相官邸災害対策ページ東京電力(株)福島第一・第二原子力発電所事故関連情報に行くと、「平成23年(2011年)東京電力㈱福島第一・第二原子力発電所事故(東日本大震災)について」の2番目に「~7月19日」pdfファイル(以下「原災本部レポート」)があります。
この書類の「4.各省庁の活動状況」の終わりの方、139ページに「○消防庁」の欄がありまして、その3月12日に興味深い記載があるのです。
『3月12日
18:02 原子力安全・保安院から施設を冷却するための装備を持った部隊を派遣してほしいとの要請があり、消防庁長官から、東京消防庁のハイパーレスキュー隊及び仙台市消防局の特殊装備部隊を緊急消防援助隊として派遣要請
 →原子力安全・保安院の要請取り消しにより、中止』
『3月17日
07:00 総理大臣から東京都知事に対し、福島第一原発への特殊車両等の派遣の要請があり、都知事がそれを受諾。これを受け、18日00:50、消防庁長官から東京消防庁のハイパーレスキュー隊等を緊急消防援助隊として派遣要請(派遣:18日~)』

この原災本部レポートは、昨年3月頃には毎日更新され、最新のものから日付の古いものまで閲覧することができました。私は3月31日15時の版を印刷物として持っていますが、3月12日のハイパーレスキュー隊要請と要請取り消しについてはすでに記述されています。

昨年4月3日の私の記事では、
『3月12日に何があったのでしょうか。
12日の時点で、原子力災害対策本部はハイパーレスキュー隊とその装備について知っていたことになります。それにもかかわらず、一度は派遣要請を取り消し、再度派遣要請したのは17日、まさに自衛隊のヘリコプター、警視庁機動隊の放水車による放水がはじまった日です。
誰かが、ハイパーレスキュー隊の出動をとめたのでしょうね。この件のいきさつについては、いずれ追求すべきです。
また、原子力災害対策本部からの文書「平成23年(2011年)福島第一・第二原子力発電所事故について」の中に、3月12日の「派遣要請取り消し」の文章を挿入した人物がいるわけですが、何かを伝えたかった意思が感じられます。』
と述べました。


3月1日に「原発事故・民間事故調報告書」として記事にしたように、民間事故調の報告書が公表されました。この報告書を読むためには書籍として購入しなければなりません。私は購入して読んでいるところです。
福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書
クリエーター情報なし
ディスカヴァー・トゥエンティワン

この本の161ページに、3月17日以降の放水活動に関する検証結果が記述されています。
『第二に、3月12日の消防庁への派遣要請と直後の取り消しである。原子力安全・保安院は施設を冷却するための装備をもった部隊を派遣してほしいと消防庁に要請を行った。これを受け、消防庁長官は、東京消防庁のハイパーレスキュー隊及び仙台市消防局の特殊装備部隊の緊急消防援助隊としての派遣を要請した。しかしながら、出動途上において原子力安全・保安院の要請取り消しにより、両消防本部に対する出動要請は解除された。要請の取り消しについて経済産業省関係者は「道路がダメだったから」という理由をあげている。この要請と要請取り消しの事実は後述のとおり官邸に伝わっていない(注4)。このことから、原子力災害対策本部である官邸は、対応を把握していなかった事実がうかがえる。
(注4)細野補佐官インタビュー、2011年11月19日』

私の疑問は、「本当に官邸・原災本部は、東京消防庁ハイパーレスキュー隊の装備について3月17日直前まで知らなかったのだろうか。少なくとも原子力安全・保安院は12日の段階でハイパーレスキュー隊のことを知っていたわけで、原災本部が知らなかったということは極めて不自然である」という点です。
昨年3月末の段階で、「原災本部レポート」は毎日更新され、ネットで閲覧可能でした。少し工夫すれば、バックナンバーを読むこともできました。そして、3月31日の版には12日の「ハイパーレスキュー隊要請と要請取り消し」の事実が記載されているのです。ということは、この「原災本部レポート」のバックナンバーをたどれば、少なくとも3月の何日に原災本部が「要請・要請取り消し」を知ったのかが明らかになるはずです。

ということで、私は民間事故調にメールを出し、原災本部レポートのバックナンバーを調べてもらうようにお願いをしました(本年3月14日)。
それに対して、さっそく3月24日に返答をいただきました。ただし残念なことに
『ご質問のありました、消防庁への派遣要請と直後の取り消しについて。
調査担当者に確認をとりましたところ、この要請と要請取り消しの事実が官邸に伝わっていなかった、という事実認定のみ行ったとのこと。
ご指摘の記録書類についても、バックナンバーの取り寄せができず入手できませんでした。
ご要望にお応えできず大変申し訳ありません。』
とのご回答でした。

そこで次に、政府事故調にも同じ趣旨で質問メールを投げかけました。政府事故調の最終報告書に反映されるかどうか、注目しています。

昨年3月17日のハイパーレスキュー隊の派遣については、その要請の仕方にも問題がありました。
何と、管総理大臣から東京都知事に要請があり、都知事が東京消防庁に命じてハイパーレスキュー隊を派遣したのです。
私は、てっきりこのルートが正式なのかと思っていました。ところが上記「民間事故調報告書」の162ページには以下の記述があります。
『3月17日の東京消防庁への放水活動の依頼は、被災地に向けた全国からの緊急消防援助隊の部隊運用を担っていた総務省消防庁が調整を行うはずであったが、東京消防庁ハイパーレスキュー隊の派遣決定は、首相から都知事という本来は想定されていなかったルートで行われた。』
そうだったのですか。
何であのとき、「首相 → 都知事 → 東京消防庁」というルートが用いられたのでしょうか。官邸はあの時点で総務省消防庁と調整し、正規の要請ルートを把握しているべきでした。
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コンデジS90分解記

2012-03-20 22:23:23 | サイエンス・パソコン
コンデジをキャノンS90からS95へにも書いたように、デジカメとして私は、2009年11月からキャノンパワーショットS90を愛用していたのですが、2011年5月の海外旅行中に誤って液晶を破損してしまいました(下写真)。

S90の修理は諦め、2011年11月に同じキャノンパワーショットのS95を購入して現在に至っています。

S95                 S90

S90は修理しないと決めたのですから、後は処分するしかありません。しかし何だかぐずぐずと棚の上に置きっぱなしにしていました。
そうだ。処分するのなら分解して中を見てみようではないか。
ということで分解してみました。

カメラの組み立ては、ほぼすべて、ごく小さいプラスネジで行われています。そのため、プラスねじを外していくと、順調に部品をばらすことができました。
  
ケースを外したところ

S90が搭載する撮像素子(CCD)は、1/1.7型タイプでコンデジの中では大きめの撮像素子を備えているところが特徴です。とはいっても、一眼の35mmフルサイズやAPS-C、フォーサーズなどに比較したら豆粒みたいに小さな撮像素子です。こちらで大きさを比較することができます。
  
撮像素子

  
回路基板

光学系で動く部分は一応全部ばらばらにしました(下の写真)。これだけの部品で、ズーム、ピント調整、手ぶれ補償を行っているということです。どの部分が手ぶれ補償動作を行っているのかを特定することはできませんでした。
  
光学系(組み立て)       光学系(分解)

外した部品全部を机の上に並べて撮った写真が以下の写真です。
 
        カメラ部品全体

いやはや、これだけの部品を組み立てて精密光学機器としているカメラが、3万円前後の値段で買えてしまうのですから、恐ろしい世の中になったものです。それも、ズーム、オートフォーカス、手ぶれ補償機構を組み込み、大きく引き延ばしても遜色のない精密画像を撮像することができるのですから。
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銅ボンディングワイヤで市村賞・釜石「全天候バース」復旧

2012-03-17 22:56:01 | Weblog
新日鐵のホームページを見に行ったところ、嬉しいニュースが2つ、目に飛び込んできました。

2012/03/12 新日鉄グループ 市村産業賞で鉄鋼メーカー初となる「本賞」を受賞~LSI用新型高機能銅ボンディングワイヤ「EX1」の開発~

2012/03/12 釜石製鉄所 自社港湾設備「全天候バース」の復旧について

《LSI用新型高機能銅ボンディングワイヤ「EX1」の開発》
従来、半導体の中に配置されて配線の役割を担うボンディングワイヤについては、金線のみが用いられてきました。それが最近、新日鐵、新日鉄マテリアルズ、日鉄マイクロメタル共同での技術開発の結果、世界に先駆けて銅ボンディングワイヤの実用化に成功し、半導体製造の分野で大きく貢献しているということです。
実は私も、銅ボンディングワイヤの特許網構築についてはその一端に参加させていただいているので、感無量です。

《釜石製鐵所の「全天候バース」の復旧》
岩手県の釜石製鐵所には昨年7月に仕事で訪問し、そのおりに釜石の被災状況をつぶさに見て回りました(
釜石訪問(1)釜石訪問(2)釜石訪問(3)釜石・津波からの生還)。

釜石製鐵所の港湾設備である全天候バースをその当時の下の写真で確認すると、右に見える水色の大きな建物です。左側が大きく傾いています。

津波来襲当時、この全天候バースには大きな貨物船が入港していたのですが、津波によって船が大きく振れてバースの構造物を破壊し、その後湾内を漂流し、対岸の岸壁の上に鎮座したのです。
下の写真は、その鎮座した船です。左下写真の船の左、はるか後方に見える水色の建築物が全天候バースです。
   

動画 鎮座した船と湾内の全景

このように津波で破壊された建物が、私が見てからまだ半年ちょっとしか経過していなのですが、今回の新日鐵発表で紹介されている写真のように修復されたのですね。

なお、対岸の岸壁に鎮座した貨物船(上の写真)は、その後海側からクレーン船で吊り上げて海に浮かべ、そのまま曳航して撤去されたとのことです。
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民間事故調報告書・日銀と円安の進行

2012-03-14 22:47:50 | 歴史・社会
《原発事故・民間事故調・報告書》
予約注文していた以下の本が昨日届きました。
福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書
クリエーター情報なし
ディスカヴァー・トゥエンティワン
読み始めているところですが、おもしろいです。「今回の原発事故を究明し、未来に向けて、世界に向けて、役に立つ情報を提供しよう」という意気込みが伝わってきます。そして最初の10ページほどを読んだところでは、その目論見は成功しているのではないかと予感させます。

原発事故の調査・検証については、政府事故調による中間報告がが、昨年末の2011.12.26に公表されています。この政府事故調も、「真相を究明しよう」という熱意が伝わってくる中間報告でした。

このブログで3月1日に報告したように、政府事故調と民間事故調は調査範囲やスタンスが異なっており、それぞれが特徴を有しています。この両方を読むと、お互いが補完しあっていろんなことが分かってきそうです。


《最近の日銀と円安の進行》
円安の進行が止まりません。本日3月14日22時にはとうとう83.5円/ドルを突破しました。
すべては2月14日、日銀が金融政策決定会合で、デフレ脱却に向けた中長期的な物価目標について、「当面は消費者物価の前年比上昇率で1%をめど(goal)とする」ことを決めた。目標の物価水準を明示し、事実上のインフレ目標を導入。長期国債買い入れのため、基金も10兆円増額し、65兆円に拡大する追加金融緩和を全員一致で決定した」ことがスタートでした(日銀の10兆円金融緩和で為替レートは?)。
10兆円の追加緩和では1~2円/ドルの円安?と予測しましたが、その予測をはるかに超える円安です。印象としては、世界の市場が「日銀は態度を改めた。デフレ脱却に向けて本気で金融緩和してくる」と認識したのではないでしょうか。そのため、当面の10兆円緩和効果を超える円安が誘導されているかのようです。

その後、2月29日にはバーナンキFRB議長が議会証言でQE3(量的金融緩和第3弾)について踏み込んだ発言をしなかったとして円安が進行し、3月13日14時に「日銀は追加緩和しない」と伝わるとあっという間に82.3円から82.0円に戻り、同日夕方に日銀白川総裁の記者会見が「デフレ脱却への取り組みを強化する姿勢を示した」と評価されてあっという間に82.7円まで円安です。その後、米景気回復と追加金融緩和の可能性が低くなったとの観測から、現在では83.5円/ドルだということです。

最近のドル円変動の解説では、「日銀が金融緩和したら円安」「FRBが金融緩和しなかったら円安」ということで、為替の動きが非常にはっきりしています。

年末にはドル90円が視野に、長期円高を終焉させたパラダイムシフト(2012.03.13(火))で武者陵司氏は、『今、世界の金融市場、ことに日本の市場は大きなパラダイムの転換期に差しかかっていると考えられるが、それは為替市場に端的に反映されていると思われる。』と解説しています。

つい最近まで、日銀の白川総裁は世界からまったく注目されていませんでした。
それが現在はどうでしょう。白川総裁の一言で世界の市場が動き、為替が変動しています。「日銀がデフレ脱却と円安へ向けてやっと本気になったのか」と世界が認識したのでしょうか。
このような状況が白川総裁にとって本意であったかどうかはわかりませんが、もう逃げられませんね。
エルピーダの破綻、パナソニック・ソニー・シャープの巨額の赤字を見るまでもなく、円高は日本企業に酷であり、円安が好ましいことは明らかです。円安とともに日経平均が上昇してとうとう1万円を突破したことからも、市場が円安を歓迎していることがわかります。
日銀は自らが持つ力を自認したのですから、その力を有効に発揮し続けてもらいたいものです。
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高橋洋一氏が語る厚生年金基金

2012-03-11 21:13:52 | 歴史・社会
AIJ問題から、厚生年金基金が大変なことになっています。
この問題について、高橋洋一氏の論説がおもしろいです。

天下り基金だけが減少しないまま!AIJ事件に隠された厚生年金基金という欠陥年金と大阪市にはびこる違法・不適正行為 この国はでたらめばかり
2012年03月05日(月) 高橋 洋一
『問題の年金は厚生年金基金であるが、その名称は公的年金である厚生年金(2階部分)と紛らわしい。厚生年金基金は、特別法人で厚生年金保険法に基づく厚生労働大臣の許可を得て設立される企業年金だ。というものの、純粋な企業年金でなく2階部分の厚生年金の多くの部分と3階部分の企業年金部分を合体したものだ。
厚生年金の部分は、標準報酬月額再評価分および物価スライド分を除く厚生年金の報酬比例部分であるが、本来は国が行うべきところを、国に代わって企業年金で支給するので代行部分という。今回の事件で基金の代行部分まで損が及ぶと、企業年金にとどまらず公的年金も穴があくことになる。』

“代行部分てなんだ”と思っていたら、その直後にさっそく報道がありました。
AIJと契約の31年金が積み立て不足 国の代行運用分で 2012/3/7付 情報元 日本経済新聞 朝刊
AIJ資産消失なら…基金7割、代行部分で積立不足 2012/3/7 11:44

上の高橋氏の論説を追います。
高橋氏は大蔵省(当時)官僚時代の1994年、金融業界誌である週刊金融財政事情にペンネームで「厚生年金基金は年金制度を冒すガンである」と言う論考を投稿したことがあるそうです。高橋洋一氏は、どの分野にどのように精通しているのか、不思議な人ですね。
『公的年金と私的年金を合体して運用するのは、運営自由度を欠き年金数理上無理があるという制度的欠陥を指摘した。こうしたヌエ的な年金制度は世界に類を見ない日本独特のものだともいい、制度破たんが起こると予言した。
・・・・・
しかし、この指摘は図星だった。どんなに言い訳をしても、市場環境はそれを許してくれない。その頃からデフレ経済になり、運用利回りは低下し、制度欠陥が顕在化しだした。代行部分は国の制度、その以外の上乗せ部分は企業の事情となって、基金運営が股裂き状態になるのだ。そのうち、基金運営ができなくなるところもでてきた。』

厚生年金基金の数は、ここ15年で大幅に減少(1996年度に1883あった基金は2010年度には588に減少)しているのですが、その内訳がグラフで掲載されています。
『基金は、単独企業で作る単独型、グループ企業で作る連合型、同種中小企業で作る総合型がある。単独型は562から42、連合型は678から51、総合型は643から495と、単独型と総合型は激減し、総合型だけが残っているだ。』
総合型の特徴は、天下り受け入れが多いことです。
『総合型629基金のうち575基金(91%)、単独・連合型1190基金のうち157基金(13%)に、旧厚生省、社会保険庁、都道府県の社会保険担当部局の元職員らが天下っていた。』
『2002年4月施行の確定給付企業年金法では、代行部分の国への返上が認められることになった。これを契機に、天下り理事らの少ない単独・連合型は一気に減少していった。ところが、天下り理事らの多い総合型はあまり減少していない。』

基金の予定利率が5.5%という高率であることが、基金の運用を苦しめ、AIJの餌食になる原因でした。この点についても高橋氏は、『これは、かつて指摘した厚生年金基金の「半官半民のヌエ」に由来する。公的年金の予定利率が長らく5.5%であったので、それに引きずられたわけだ。』と述べています。

AIJ問題では、天下り理事が運用の素人であるにもかかわらず運用を担当していたり、さらには天下り人脈でAIJ利用が広がって被害が拡大した実態も報道されています。さらに、上記のように、天下りが多い基金は休止するチャンスを逃し、窮地に立っているのでしょう。

厚労省は、94年の高橋氏の指摘に対する対応でもわかるように、問題が指摘されても、天下り先という省益を守るために問題を隠蔽し続けてきました。
被害拡大の根源には、厚労省の責任が極めて重いことわかります。

ところで、AIJ投資顧問に引っかかる率が非常に低かった地域が1箇所だけあるそうです。それは大阪です。
プロもだまされたAIJ投資顧問にひっかからなかったナニワ金融道「3つの掟」2012年03月04日(日) 藤野 英人
振り込め詐欺についても、全都道府県でもっとも被害件数が少ないのが大阪だということで、共通する点があるのでしょう。
『大阪の年金担当者の顕著な特色は以下の3つです。
見栄を張らない
例文:「頭悪いからようわからんわ、ちょっと教えてーや」 関東の人は騙されてはいけません。頭悪いなんてとんでもないです。かなり知っていることをあえてこのように聞いてみる人が多いです。・・・
しつこく聞く
例文:「もうちょっとここわかりやすう説明して」・・・
理解できないことはやらない
例文:「ようわからんから今回はやめとくわ」 「今回は」というのは社交辞令です。たぶんもう永遠にないかも。・・・』

私は東京育ちですが、上の3ポイントについては私にも当てはまりますね。その点では安心できるでしょうか。
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救われた4号機・遅れた支援策

2012-03-09 19:58:16 | 歴史・社会
朝日新聞の記事2件を拾っておきます。

《工事不手際 4号機救う》  3月8日朝日新聞朝刊1面
福島第1の4号機は、原子炉は定期点検中だったものの、核燃料貯蔵プールに崩壊熱発生量の大きな燃料棒が多量に保管されていました。その発熱のために貯蔵プールの水が干上がったら、プール内の核燃料が熱で破壊されて大量の放射能を放散するに違いない、ということで、事故直後に大問題となっていました。

その後の調べで、貯蔵プールに隣接する「原子炉ウェル」と呼ばれる部位に大量の水が溜まっており、その水が仕切り板のすき間から貯蔵プールに流れ込んでいたために、貯蔵プールが干上がることを防ぎ、4号機が救われたことが判明しています。

今回の朝日新聞記事によると、本来の4号機工事日程では、3月11日には原子炉ウェルの水は抜かれているはずだったというのです。ところが、圧力容器内のシュラウドを切断する工具の寸法間違いが判明して工事が遅れ、3月11日時点で水を張ったままにしていたのです。

4号機が破滅したら福島第1の周辺には人が近寄ることができなくなり、1~6号機のすべてが暴走をはじめ、関東をはじめとする東日本一帯は人が住めなくなる可能性もありました。そのような大災害の発生を防止できたのが、この工事の遅れだったというのです。
なんという幸運でしょうか。


《検証 遅れた支援策》  3月9日朝日新聞朝刊34面
『東日本大震災の復興策をまとめた原案を、民主党は発生から約3週間でまとめた。提出への地ならしも進めたが、お蔵入りに。この初動のつまずきが、対策の遅れにつながった・・。』
3月11日の夕方、民主党では国会対策を担う党幹部が集まり、衆院予算委員会の中川正春筆頭理事を中心に、その場で復興関連の法案造りを始めることが決まりました。「政府は目の前の対応で手いっぱいだ」という認識からです。
まず、衆院法制局とやりとりを重ねて、取り急ぎ10日間ほどかけて「第1次案」を作成。これをもとに、党政調と衆参両院の委員会の筆頭理事らによる「特別立法チーム」が関係省庁から聞き取り調査を重ねました。
現地聞き取り調査も踏まえ、3月末には「復旧復興対策基本法案」の原案と関連法案17本をまとめました。
衆院災害対策特別委員会の理事にも根回しをし、与野党間には協調ムードが芽生えていたので、5月連休明けには成立する見通しまでありました。
ところが、4月1日、この原案の全容を朝日新聞が報じると、閣僚たちから批判が起こりました。
与謝野馨経済財政相は、震災国債を日本銀行が直接引き受ける案に「ありえないし、絶対にさせない」とかみつきました。記者会見で原案について問われた野田佳彦財務相は「政府として検討している事実はない」と切り捨てました。民主党の岡田克也幹事長は自民党幹事長に「記事に出ているのは個人の創作活動だ。」と語りました。
こうして、民主党の原案は「中川試案」と呼ばれるようになり、封印されたのです。

このあとの民主党政権の迷走ぶりは記憶にあるとおりです。
4月1日に復興構想会議が立ち上がりましたが具体案は出ません。復興庁設置法案の成立は12月でした。

臨時増税や復興特区など現在の復興政策の大枠は、民主党が3月末にまとめた原案と大きく変わらないといいます。

昨年4月段階の管政権は、なんともつまらない意地を張ったものです。
また、朝日新聞の4月1日スクープがこの法案を葬り去ったのかもしれません。
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大鹿靖明著「メルトダウン」(2)

2012-03-06 22:09:04 | サイエンス・パソコン
国家公務員新規採用4割減 「若者いじめ」批判相次ぐ
J-CASTニュース 3月6日(火)19時32分配信
『政府の行政改革実行本部は2012年3月6日の会合で、13年度の国家公務員の新規採用数を、政権交代前の09年度と比べて4割以上削減する方針を決めた。
消費税増税を柱とする社会保障と税の一体改革を押し進める上で、「政治と行政の『身を切る姿勢』」を強調することが狙いとみられる。人件費の高い中高年は手つかずのため、「若者いじめ」だとの声もあがっている。
・・・・・
岡田克也副総理は3月6日閣議後の囲み取材で、
「公務員の場合は一定の身分保障がありますから、途中で辞めていただくということがより難しいので、やっぱり採用で抑えるしかない」
「大胆に、少し乱暴にやらせていただく」』

最低最悪の対策ですね。「手を付けやすいところのみに手を付ける」ということです。
公務員の人数を減らすのであれば、各年次から一律に減らしていくべきです。来春卒業予定の若者にしわ寄せしてどうするのですか。役所の10年後20年後を考えても、特定の年次の人数のみが少ないことはさまざまな弊害を呼ぶことでしょう。
民主党政権は、公務員の身分保障に切り込むことから逃げているので、こういうことになるのです。

さて、前回に続き、大鹿靖明著「メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故」の2回目です。

《第2部 覇者の救済》
第7章 緊急融資
3月25日、三井住友銀行の奥正之頭取が、経産省の松永和夫事務官を訪ねました。このときどうも、「次官から口頭で融資をしても大丈夫というお墨付きを得た」との印象を与えたようです。このあと、三井住友は6千億円を東電に融資し、続いて、みずほコーポレート銀行が5千億円、三菱東京UFJが3千億円を融資しました。

第8章 救済スキーム
資源エネルギー庁の山下隆一電力市場整備課長が「仕切る」はずだった東電問題は、4月に入ると、続々と応援部隊が「私兵」のような形で入ってきました。「もはや山下が自由に動けるという状況ではなくなっていたのだ。」
一方、存在感を強めていったのが、北川慎介総括審議官が率いる内閣官房経済被害対策室という新設されたばかりの組織でした。ここに、財務省から高橋康文参事官が送り込まれていました。その高橋参事官は、着任して2日ぐらいであらかた法案を作り上げてしまったのです。
『当の本人は「キーマンかどうかは知りませんが、東京電力の決算を見て私たちは動いています」と、賠償スキーム造りの真意が東電の決算対策にあることを、すなわち「東電救済」であることを暗に認めていた。』

第9章 潰された自由化
02年に次官に就任した村田成二に率いられて進めていった電力自由化が、突然の村田次官の変身で潰え去った状況が描かれています。


《第3部 電力闘争》
第11章 仕組まれた原発停止
管総理が5月6日、浜岡原発の停止を記者会見するに至ったいきさつが述べられています。

第12章 サミット 深夜の暗闘
管総理の下でエネルギー政策を見直すに当たり、経産省や環境省がどのような暗闘やさや当てを行ったのかが描かれています。
このとき、資源エネルギー庁の要である木村雅昭次長が登場するのですが、このさなか、その木村次長がエルピーダ株のインサイダー疑惑で摘発されることになりました。

第13章 管降ろし
1号機の海水注入停止騒動については、このブログでも1号機海水注入の中断海水注入は中断していなかったなどで話題にしてきました。私のブログでは、「5月20日に東電が記者会見で明らかにしたことから始まったようです」「安倍晋三元首相は20日付のメールマガジンで「『海水注入の指示』は全くのでっち上げ」と指摘したそうで」と紹介しました。
一方、「メルトダウン」では、安倍元首相のメルマガが最初であるというスタンスです。
「首相の意向で海水注入中断」という情報はどこから発信されたのでしょうか。最初は、経産省の柳瀬唯夫官房総務課長が疑われたようです。本人は否定しています。その柳瀬氏が後日、「あれはね、東電の人らしいよ」と著者に言いました。管総理に対する東電社員の憎悪は相当なものだったようです。

私は1号機海水注入の中断(5月22日)の記事で、
『私は、東電の陰謀ではないかと疑い始めました。
政府の関係閣僚が取りまとめた賠償枠組み案(閣議決定ではない!)では、「発送分離」の話など一切なかったのに、管首相は唐突にそのような方向もあり得ると発言しました。これに対して東電が、首相を困らせようと画策して行っているのではないか、という推測です。』
と書きましたが、ある程度は当たっていたでしょうか。

第14章 政権崩壊
管総理は、経産省の首脳を更迭しようと考えましたが、それを知った経産省に先を越されてしまいました。海江田経産大臣が経産省の首脳3人を入れ替え、「原発関連3首脳更迭へ」と朝日がスクープしましたが、その人事はまったくまっとうな順送り人事に他ならず、その人事を管総理が認めてしまったことで管総理の最後の戦いは不戦敗に終わりました。
「管内閣は8月30日、総辞職した。」で、この本は完結します。

原発事故の原因調査に対する対応で、今回の「メルトダウン」や民間事故調のスタンスは、政府事故調のスタンスとずいぶん異なります。「メルトダウン」や民間事故調が政府要人など東京の中枢の人たちから聴取しているのに対し、政府事故調は、管元総理などからまだ事情を聞いていません。政府事故調のこのスタンスは批判の対象となっています。

まず必要なことは、「なぜ今回のような重大な事態に至ってしまったのか。どうしたら事態をここまで至らせずに対応できたのだろうか」という点です。
私が「メルトダウン」と政府事故調中間報告を読んだ限りでは、以下のように感じます。
政府事故調のスタンスは、「事態を重大化させた事象の大部分は3月11日からの1週間の間に、福島の現場で起こっている。その事象を左右させた対応は、結局、福島原発での対応に依っている。東京の官邸や東電中枢部の能力が事態を左右させてはいない」ということになるのでしょうか。
一方、「メルトダウン」は、政府関係者がヒアリングの主たる対象だったため、「官邸から、原発や東電本店がどのように見えたか」が中心になっています。その点については、政府事故調の報告書ではほとんど出てこないので、全体として起こっていた事象を網羅する上では、政府事故調報告書と「メルトダウン」の両方に目を通すことに意味があると思われます。
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大鹿靖明著「メルトダウン」

2012-03-04 20:14:04 | サイエンス・パソコン
メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故
大鹿靖明
講談社
著者の大鹿靖明氏が、去年の3月以降12月までの9ヶ月間に125人に接触してインタビューし、その結果を取りまとめたのがこの本です。
読んでみると、特に念入りにインタビューした相手は、官邸の中枢で原発対応を行った政治家が多いようです。またこの人たちは、自分のメモを見ながら詳細に意見を語っています。一方、東電の当事者については、インタビューはゼロではないものの、あまり詳しくは語っていません。その結果、この本の印象としては、「官邸から見て原発事故がどのように映っていたか」が中心になっています。

先日公表された民間事故調(財団法人日本再建イニシアティブ | 福島原発事故の検証)がまとめた調査・検証報告書については、東電が聴取を拒否したこともあり、やはり官邸や政府関係者からの聞き取り結果がメインとなっています。現在、「福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書」を予約注文しているところですが、おそらく大鹿 靖明著の「メルトダウン」と内容は重複していることでしょう。

一方、昨年末に公表された政府事故調(東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会)の中間報告は、東電、それも福島第一原発で事故処理に対応した当事者たちからの聞き取りをメインに行った結果です。そのため、「現場から見た原発事故とその原因究明」が中心になっており、上記「メルトダウン」や「民間事故調の報告書」とは趣が異なっています。

さて、「メルトダウン」の内容です。章立ては以下の通りです。
第1部 悪夢の1週間
第2部 覇者の救済
第3部 電力闘争

《第1部 悪夢の一週間》
まず第1に「あのとき原発で何が起こっていたのか」を追っています。その内容については、ほぼ政府事故調の中間報告と重なっているといっていいでしょう。

第2に、「あのとき東京(政府・官邸・東電本店)で何が起こっていたのか」が語られます。こちらは、政府事故調中間報告であまり語られていない内容です。
管直人首相をはじめとする政府中枢が、「電源車はまだ現地に到着しないのか」「電源車と接続するケーブル保管の倉庫の鍵は開いたのか」「ベントはまだか」といった情報に一喜一憂している様子が手に取るように書かれています。
また、管総理にどなられたのであろう官僚たちの様子が、下村健一内閣審議官の13日のノートに記されています。
『「批判されても、うつむいて固まって黙り込むだけ。解決策や再発防止策をまったく示さない技術者、科学者、経営者」。東電と経産省保安院、原子力安全委員会を指した言葉だった。』
突然のパニック状態の中で、当事者たちの潜在能力を発揮させることがリーダーの役割ですが、このときのリーダーたちは、専門家を萎縮させることしかできなかったのでしょう。
「東電は、第1原発から完全撤退を考えている」・・・官邸がそのように解釈したのは15日未明です。「全員の撤退を意味しているのか、それとも最低限の保守要員を残した上でそれ以外の人員の撤退を意味しているのか」については、今でもはっきりしません。官邸の人たちは「東電は完全撤退と言っていた」と主張するし、東電は「最低保守要員は残すという意味だった」と主張しています。実態は、70人を残して一時撤退しました。米国で「勇敢な50人」と呼ばれている人たちです。
これを期に、管首相は東電本店内に「統合本部」を設置する決断をしました。
東電に乗り込んだ管直人首相は、300人近くが詰めかけている対策本部に乗り込みました。社員はてっきり自分たちを総理が激励に来たのかと思ったのに違っていました。いきなり罵倒したのです。叱られた東電マンの多くは、「ずっと泊まり込みで一生懸命にやっているのに、あれで、やる気をなくした」と反感を口にしました。このとき以来、東電の反管ムードは決定的になっていきます。

ところで、下村審議官が見た東電の清水社長の印象「何を聞いても、『あ』『はい』『では』の3つばかりだった」

続く
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