弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

韓国をホワイト国に戻す基準

2019-09-08 12:44:09 | 歴史・社会
韓国の首相が「輸出規制(ホワイト国除外)撤回とGSOMIA離脱回避をセットで」と言ったとか言わないとか。それに対しての安倍首相のコメントが「徴用工問題の解決が先」だとか。

そもそも「輸出規制と徴用工問題は全く関係がない」というのが日本の基本スタンスのはずです。だとしたら、上記安倍首相のコメントは矛盾しています。
そして、「輸出規制とGSOMIAは全く別」が日本の基本スタンスのはずですから、上記韓国の首相のコメントに対しては、「徴用工問題の解決が先」ではなく、「輸出規制とGSOMIAは全く別」でなければなりません。

私は、世界の中で日本の主張に納得してもらうためには、
「徴用工問題、輸出規制、GSOMIA撤退問題は、それぞれ全く別」
との基本スタンスに立ち、実際に全く別に対応すべきと考えます。

日本が主導権を握っているのは輸出規制のみです。
輸出規制において、日本政府は、「韓国がグループA(ホワイト国)からグループBに変更になった理由は具体的には○○である。韓国の輸出管理体制が□□になったら、グループAに戻すことにやぶさかではない」と明示すべきと考えます。
そして、実際に韓国の輸出管理体制が□□になったことが確認できたら、たとえ徴用工問題が未解決で、GSOMIA脱退が撤回されていなくても、韓国をグループAに戻してしまうのです。

このようなスマートな対応がとれるか否か、興味深いところです。
コメント

ドイツ国民は、ポーランド国民が味わった苦しみを忘れない

2019-09-03 22:02:38 | 歴史・社会
ナチスのポーランド侵攻から80年 ドイツ大統領が謝罪
2019年9月2日 15時24分
『第2次世界大戦のきっかけとなったナチス・ドイツによるポーランド侵攻から、9月1日で80年を迎えました。ポーランドで行われた式典では、ドイツのシュタインマイヤー大統領が謝罪し、両国の首脳が鐘を鳴らして平和への誓いを新たにしました。
・・・
ポーランドは80年前の1939年9月1日、ナチス・ドイツに侵攻され、その2日後にフランスとイギリスがドイツに宣戦布告して第2次世界大戦が始まりました。
式典ではドイツのシュタインマイヤー大統領がポーランド語で「過去の罪の許しを請う。われわれドイツ人がポーランドに与えた傷は忘れない」と述べて謝罪しました。
これに対しポーランドのドゥダ大統領は「最も大切なことは大統領がここに参列していることだ」と応え、鐘を鳴らして平和への誓いを新たにしました。
一方、ポーランドは第2次世界大戦で旧ソビエトにも侵攻されましたが、ドゥダ大統領はロシアのプーチン大統領を式典に招待せず、「帝国主義がいまだヨーロッパに残っている」として、ロシアによるクリミア併合を批判して警戒感を示しました。』

この記事を読んで、6年前に私が読んだ本と、その読後感をブログアップした記事(川口マーン惠美「サービスできないドイツ人、主張できない日本人」 2013-11-20)を思い出しました。
本の発行は2011年2月、本の内容で印象に残った下記事象(ドイツとポーランドとの微妙な関係)は2009年9月ですからちょうど10年前です。
--2013-11-20記事引用開始-----------------
第二次大戦において、ドイツはポーランドに攻め込んでポーランドとポーランド人に塗炭の苦しみを与えました。
2009年9月、グダニスク(ポーランド)でポーランド政府主催の第二次大戦開戦70周年記念式典が行われ、ドイツのメルケル首相が招かれてスピーチを行いました。
『メルケル首相のスピーチは、心のこもった追悼の辞だった。第二次世界大戦を、「ドイツが引き起こした戦争」と定義し、「ドイツの首相として、ドイツ占領軍の犯罪の下で言い尽くせない苦しみを味わったすべてのポーランド国民のことを忘れません。」と述べる。』
『ポーランド人の心の中では、常にドイツ人が加害者で、自分たちは被害者なのだ。
つまり、この両国の関係は、表面上は友好的で、外交上は抜かりはないが、だからといって、その友好が心からとは言い切れない冷ややかさもある。そのあたりは、たとえば、ドイツ側がちょっとでもポーランドを非難するようなことを口にすると、ポーランドがいきなり攻撃的になることでわかる。』
第二次大戦終結後、ドイツ東部の広大な土地がポーランドに割譲されました。不幸だったのは昔からここに住んでいた350万人のドイツ人で、かれらは資産を剥奪され、着の身着のままで故郷を追われ、ドイツへたどり着く前に多くの人が命を落としました(チェコ、ハンガリー、ソ連からの引き揚げ者を含むと、犠牲者は211万人にのぼると言われています)。しかし、ドイツがこの件について「追放」という言葉を使うことさえもポーランドには許せないらしいです。
『彼らの攻撃の仕方を見ていると、「ドイツ人にだけは言われたくない」という感情が、ありありと見える。』

ここまで書いたら皆さんもお気づきでしょう。「ドイツ」を「日本」に、「ポーランド」を「韓国」「中国」に置き換えたら、現在の東アジアで起きていることと全く同じ現象であることに気づきます。

規模(犠牲者の数など)では日本のしたことはドイツのしたことに比較して遠く及ばないでしょう。また、ドイツの場合は「悪いのはナチスで、すでに裁かれたし、今でも許されていない」と責任を着せる対象がいますが、日本の場合には日本国民が直接責任を負わなければならないので、ドイツに比較して謝罪しにくいところがあります。
しかしそれにしても、メルケル首相のスピーチは参考にすべきでしょう。日本人は、「いつまで謝罪すれば気が済むのか」などといわず、「日本のせいで言い尽くせない苦しみを味わったあなたたちのことを忘れません」と言い続けるべきではないかと思いました。
---引用終了---------------------

10年前、開戦70周年ではメルケル首相が心のこもったスピーチを行い、本年、開戦80周年ではシュタインマイヤー大統領が同じく謝罪のスピーチを行ったのですね。
日本と韓国との関係を考察するにあたっては、ポーランド国民に対するドイツの態度は参考にする必要があります。
コメント

米海軍がタッチスクリーン式操作盤を廃止

2019-09-01 15:02:48 | 歴史・社会
米海軍がミサイル駆逐艦のタッチスクリーンを廃止、その理由とは?
2019年08月13日 11時15分
『10人の死者を出したミサイル駆逐艦の衝突事故に関して、(PDFファイル)事故報告書で船が採用していた「タッチスクリーンのシステム」が事故原因の1つであると指摘されました。これを受けて、アメリカ海軍では複雑なタッチスクリーンのシステムを廃止し、機械的な操作に戻すことが発表されました。
2017年8月21日、シンガポール沖でミサイル駆逐艦「ジョン・S・マケイン」とタンカーが衝突して損傷し、乗組員10人が死亡、48人が負傷しました。
この事故の原因として船員の疲労や訓練が不十分だったことが挙げられていますが、同時に、船の操作盤にも問題があったと指摘されています。ジョン・S・マケインの艦橋では、ヘルムとリーヘルムという2つのステーションの操作盤で複雑なタッチスクリーンシステムを採用していました。調査の結果、当時のジョン・S・マケインでは「バックアップマニュアルモード」という、コンピューター補助をオフにするモードが使用されていました。これはつまりステーションの異なる船員が操舵を引き継げることを意味し、2つのステーションで操舵が移り変わり混乱を招いたことで、事故が起こったとみられています。
・・・
ガリニス提督はシステムを切り替える計画が進行中であることを発表しており、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦は2020年夏から物理的なスロットルを持つとのこと。
なお、ジョン・S・マケインの原因はタッチスクリーンだけではなく、14人の乗組員の平均睡眠時間が4.9時間だったこと、それぞれの役割に不慣れだったことも指摘されており、これらのレポートでは問題を改善する必要性も示されました。』

米海軍のイージス駆逐艦であるジョン・S・マケインが起こした衝突事故も、同じイージス駆逐艦フィッツジェラルドの衝突事故と同様、操船の拙劣によって発生したものでした。

ジョン・S・マケインの衝突事故については、事故発生の半年後に、同じ米海軍フィッツジェラルドの衝突事故とともに私がブログ記事にしています。
米第7艦隊衝突事故2件 2017-11-05
当時、米海軍作戦部(Department of the Navy / Office of the Naval Operations)が公表した2つの事故に関する報告書(Memorandom for Distribution)(pdf)に基づくものです。
----以下2017-11-05ブログ記事---------------------
《ジョンSマケイン(以下「M艦」)とアルニック(以下「A船」)との衝突事故》


M艦とA船の航跡

航跡図によると、M艦とA船は並行して走り、M艦はA船の右舷を通り過ぎるはずでした。ところが0521 突然M艦は左に進路を変え、A船の進路の前を遮る航路を取ったのです。M艦は自分からA船と衝突するコースに進んだことが明らかです。

----部分訳---------
(46~47ページ)
0519時、艦長は以下のことに気づいた。即ち、舵手(見張り員が舵を取っていた)が、スピードコントロールのためのスロットルも操作しているため、コースを維持するのが難しい状況であることに気づいた。
そこで、艦長は当直チームに対して、以下のことを命じた。即ち、操舵とスロットルの作業を分離し、舵手が進路コントロールを維持し、一方でスピードコントロールについては他の見張り員が「リーヘルムステーション」と呼ばれる装置を操作するよう命じた。「他の見張り員」は、舵手のすぐ隣の操作盤の前に座っていた。
この計画されないシフトは、当直チームの混乱を招いた。意識せず、操舵のコントロールはリーヘルムステーションに移行したが、当直チームはそのことに気づかなかった。艦長は、スピードコントロールのシフトのみを指示した。艦長は、操舵がリーヘルムに移行したことを知らなかった。舵手は、操舵できないことに気づいた。
操舵が物理的にできなくなったのではない。操舵が別の操作盤に移っただけだが、見張り員はこのことに気づかなかった。操舵コントロールがリーヘルムに移行したことにより、舵は中立の位置となった。操舵コントロール移行前、舵手が、船を直進させるために舵を1-4度右に切っていたのであるから、舵が中立になった結果、船は左へ曲がっていった。

加えて、舵手が操舵不能を報告したとき、艦長は船側を10ノット、さらに5ノットに減速することを命じた。しかし、リーヘルム捜査員の操作は、(2つの)スロットルを一緒に操作しなかったため、ポート側(左舷側)のスピードのみ減速した。スターボード側(右舷側)は68秒にわたって20ノットを維持した。舵の間違った方向と、2つのシャフト回転不一致の問題があいまって、密集した交通エリアにおいて、左側(ポート側)への命令されない回頭が起こった。
M艦がA船との衝突コースに入ったにもかかわらず、艦長および艦橋にいた人たちは、状況を理解していなかった。
操舵コントロールを失ったとの報告の3分後、状況に気づいたが、時すでに遅かった。そして0524 M艦はA船の船首とクロスし、衝突した。
----部分訳終わり---------

ここには掲載しませんが、報告書の図5(pdf)に、M艦の艦橋の図があります。操作卓は、中央に蛇輪(Manual Steering Wheel)があり、左側が通常の舵手の操作盤、そして右側が上記「リーヘルム」と呼ばれる操作盤です。
舵手も、そして艦長から命令されてリーヘルムを操作した見張り員も、装置の操作方法を知らなかったとしか思えません。このような人たちに、操船が任されていたのです。衝突事故は起こるべくして起こりました。
----引用終わり---------

トラブル前、操舵とスロットルの両方とも、操作卓左側(ヘルム)の操舵員が操作していました。ヘルムの右隣(リーヘルム)操作卓には、別の乗組員がついていました
艦長が、「スロットルのみをリーヘルムに移行するように」と指示したところ、誤って、操舵とスロットルの両方ともリーヘルムに移行してしまい、その点にだれも気づかなかったことが第1の失敗です。
艦長が「減速」と指示したところ、リーヘルム操作員が、誤って、左舷のプロペラのみ減速して右舷は減速せず、その点にだれも気づかなかったことが第2の失敗です。
以上の原因の第1として、乗組員の「訓練が不十分だったこと」は明らかです。

今回のニュースで、この原因に加えて、複雑な「タッチスクリーンのシステム」が事故原因の1つであることも明らかになったようです。事故当時、操作モードが通常モードではなく、「バックアップマニュアルモード」が使われていたというのも異常です。通常モードが、よっぽど使いづらいモードだったのでしょう。また、「バックアップマニュアルモード」使用時には通常モードとは異なった動作(操舵まで、ヘルムからリーヘルムに操作権が移行してしまう)がなされるのに、その点をだれも知らなかったのです。

タッチスクリーンがそもそも不適切、ということはないはずです。タッチスクリーンシステムを設計する上で、操作のしやすさが考慮されずに、設計されてしまったのだと推測されます。従って、適切に設計しさえすれば、タッチスクリーンでも使いやすく誤動作が起きにくい操作系を作ることは可能だったでしょう。
しかし今回、タッチスクリーンそのものを廃止してしまい、従来からのマンマシンインターフェースに戻してしまうようです。

タッチスクリーンの使いづらさ以外にも、「14人の乗組員の平均睡眠時間が4.9時間だったこと」という事故原因も含まれていたようです。
コメント

憲法前文第1段落第1文の解釈

2019-08-22 18:04:11 | 歴史・社会
日本国憲法前文の第1段落は4つの文からなります。ここではその中の第1文を取り上げます。
「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」
この文章には、述語とおぼしき語が5つ並んでいます。「行動し」「確保し」「決意し」「宣言し」「確定する」です。この5つが並列の述語なのか、それぞれが異なった位置づけにあるのか否か、その点が不明です。

日本国憲法には英語文があり、それも2種類あります。第1は占領軍が日本政府に提示したGHQ草案であり、この草案をもとに日本国憲法が作成されました。第2は、作成された日本語憲法の英語版です。
前文第1文のGHQ草案の英文は以下の通りです。
"We, the Japanese people, acting through our duly elected representatives in the National Diet, determined that we shall secure for ourselves and our posterity the fruits of peaceful cooperation with all nations and the blessings of liberty throughout this land, and resolved that never again shall we be visited with the horrors of war through the action of government, do proclaim that sovereign power resides with the people and do firmly establish this Constitution."

英文との対比からわかることは、
「行動し」acting
「確保し」(確保することを決定)determined that we shall secure
「決意し」resolved
「宣言し」do proclaim
「確定する」do firmly establish
と、時制が異なることです。

私はずっと、"determined"と"resolved"は過去形だと思っていました。その点について『篠田英朗著「憲法学の病」』で疑問点をアップしたところ、著書の著者である篠田先生から直接コメントをいただくことができました。先生のご教示によると、憲法前文のうち、第一文のdeterminedとresolvedは過去形ではなく、過去分詞だということです。そして、we, (being) determined and resolved, do proclaim....という文章であると。

そうすると、第1文については、
We, the Japanese people,
acting  (修飾節)
(being) determined  (修飾節)
(being) resolved  (修飾節)
do proclaim  (述語)
do firmly establish   (述語)
という構文であると解釈することになります。

"(being) determined"について、受動態かな?と最初は思いました。そうすると、"We are determined" 「決心させられた」になってしまいます。
そこでネットで"determine" について調べたところ、《★また過去分詞で形容詞的に用いる; ⇒determined》とあり、"determined" には「I'm determined to go. どうしても行く決心である 」が載っていました。
そうすると、"We are resolved" も「〈…しようと〉決心して,断固として 〈to do〉」との解釈になるのですね。
目からうろこでした。

以上の準備の元、前文第1文を書き直すと、
「日本国民は、(主語)
正当に選挙された国会における代表者を通じて行動して、(修飾節)
われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする、との断固とした決心のもと、(修飾節)
ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。(述語)」

これで、憲法前文第1文についての謎が解けたように思います。
篠田先生、ありがとうございました。
コメント

憲法9条の改正の可否

2019-08-19 21:57:27 | 歴史・社会
前回、憲法9条1項と2項の関係について論じました。
憲法9条1項で自衛のための戦争以外を放棄しています。そして、自衛権行使のためであれば戦力を保持できる、9条1項で放棄した目的での戦力は保持できない、ということであれば、9条2項は必要ない、ということになります。そして、憲法改正で9条2項を削除すれば、その趣旨に合致することとなります。

さて、「あなたは憲法9条2項を削除する改正に賛成なのか」と聞かれれば、「9条の改正に賛成です。ただし、前提条件があります。」と答えるでしょう。その前提条件とは、・・・
17年5月「安倍首相が憲法改正の方向提示」15年7月「安全保障関連法案」の記事で明らかにしたことですが
《先の戦争の総括》
日中戦争にしろ太平洋戦争にしろ、日本国がそれら戦争を始めたこともさることながら、「どのような戦争をしたか」という点で日本は大きな責任を持っていると感じています。
このブログ記事から拾うと、
吉井義明「草の根のファシズム」
保坂正康「昭和陸軍の研究」
私が読んだその他の著書としては、
秦郁彦著「南京事件―「虐殺」の構造 (中公新書)
小松真一著「虜人日記 (ちくま学芸文庫)
石川達三「生きている兵隊 (中公文庫)
五味川純平「人間の条件〈上〉 (岩波現代文庫)
が挙げられます。

私の印象では、戦後、日本は自分たちがしてきた戦争の内実をきちんと総括してきていません。責任を曖昧にしてきました。なぜ日本はそのような曖昧な態度で終始することが許されたか。私はこれを、「日本は憲法9条に逃げ込んだ」と表現しました。「日本は戦争を放棄したのだから、これから戦争を起こすことはない。だから、済んだことは良いじゃないか」といった態度です。
ところが、世界情勢が変化して、日本も憲法9条を改正し、自衛権(個別的自衛権、集団的自衛権)、集団安全保障を実現するための戦力保持を合法化して抑止力を確保し、それをもって世界平和に貢献すべきときが来ました。そうなるとどうなるか。
「戦争放棄」で臭いものに蓋をしていたのに、その蓋を取り払わなければなりません。
本来であれば、「これこの通り、日本は自分たちが行った戦争についてきちんと総括した。その結果、日本は平和の維持のためにしか軍事力を行使しない国になった。だからこそ、9条を改正して自衛隊を合法化し、世界平和に貢献していく。」と正々堂々と主張すべきなのに、それができないのです。
野党は集団的自衛権のときと同様、「戦争をする国にするのか」と反論することになるでしょう。これなど、「日本は凶暴な国だ。武器を持たせると凶暴になるから、今まで武器を封印してきた。ここで武器を持たせたら、気違いに刃物だ」と言っているようなものです。自分が国会の一員であるこの国についてです。

軍備について、「自衛権行使のための軍備」と「侵略戦争の道具としての軍備」とが明確に区別できるはずがありません。同じ軍備を備えるに際して、「この国なら安心して武装させることができる」と皆から認めてもらうことが何よりも重要です。そのためには、先の戦争でこの国が実際にしてきたことを冷徹に見つめ、反省することが不可欠です。

韓国や中国から謝罪を要求されると、「いつまで謝罪をしていたら気が済むのだ」との言い方がされます。しかし、ドイツのメルケル首相はポーランド国民に対し、今でも折に触れて謝罪し続けています(川口マーン惠美「サービスできないドイツ人、主張できない日本人」)。

以上のとおり、私は、憲法9条の改正に賛成ではあるが、その前提として、先の戦争で日本がしてきたことについてきちんと総括することが必要である、との立場です。しかし、今更、自民党政権は先の戦争の総括を真摯に行うなどの方向には向かわないでしょうね。そうなると、私は「憲法9条改正反対」と表明することになります。
コメント

憲法9条2項

2019-08-18 15:07:19 | 歴史・社会
前報で述べたように、日本国憲法9条1項の「戦争放棄」は、自衛権行使のための武力行使を否定していないことが明らかです。
第1に、日本国憲法9条1項は、パリ不戦条約、国連憲章の条文のほとんどコピペです。パリ不戦条約、国連憲章は、いずれも自衛権行使のための武力行使を否定していません。また国連憲章は、自衛権(個別的自衛権、集団的自衛権)と集団安全保障における武力行使を否定していません。従って、日本国憲法9条1項が否定しているのは、国際法によって違法化された「国権の発動たる戦争」であり、「国際紛争を解決する手段としての武力による威嚇又は武力の行使」であって、自衛権(個別的自衛権、集団的自衛権)と集団安全保障における武力行使を否定していない、との解釈が成り立ちます。
第2に、連合軍総司令官のマッカーサーが、GHQ民政局に対して提示したマッカーサーノートと、民政局次長のケーディス大佐が中心となって作成したGHQ草案と対比すると、ケーディスはマッカーサーノート中の「自己の安全を保持するための手段としてさえも」という部分を削除したのです。マッカーサーはこの削除を黙認しました。以上の経緯を踏まえると、GHQ草案において、自衛のための戦争が否定されてないことが読み取れます。
ここまでは前報のおさらいです。

さて、問題は9条2項です。
「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」
9条2項の上記条文において、自衛権行使のための武力保持が認められているかどうか。条文を素直に読むと、目的が自衛権に限定されるか否かに関係なく、一律に武力保持が禁止されているように読めます。

「陸海空軍その他の戦力」とあり、「の」が入っています。一般的にこのような条文では、「{陸海空軍その他}の戦力」のように括弧でくくられ、「陸海空軍」は「戦力」の例示である、と説明されます。
これが「陸海空軍その他戦力」と「の」が抜ければ、「陸海空軍、{その他戦力}」とくくられ、陸海空軍と並列で「その他戦力」が解釈されます。
「の」が入っていることを拠り所として、「戦力」の解釈が重要であるとの議論が生まれます。
『9条2項において、同項に「前項の目的を達するため」と記載されていることもあり、9条1項で放棄した戦争を行うための戦力のみが禁じられているのであって、自衛権行使のための武力保持まで禁じたものではない。』
との議論です。

憲法66条2項
「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。」

9条2項冒頭の「前項の目的を達するため」は、当初の憲法案にはなかったもので、衆議院で追加された文言です。「芦田修正」と呼ばれています。この文言が付加された結果として、「自衛のためには戦力が保持できるように見える」ことになりますが、芦田はそれを目的としており、GHQ民政局もその点を認識していたようです。
芦田修正が衆議院を通過した後、極東委員会のソ連代表が、日本国憲法に「すべての大臣は、シビリアンでなければならない」という条項を入れなければならないと提案しました。議論の結果、極東委員会の声明として、
「日本語の案文は、衆議院で修正された結果、いまや9条1項で定められた以外の目的(注:自衛の目的)であれば、軍隊の保持が認められると日本国民に解釈されうるようになったことに気づいた。」
とし、極東委員会はマッカーサーに対して憲法に上記シビリアン条項を入れるよう主張すべきことを勧告したのです。
極東委員会はマッカーサーよりも上に位置します。
そのようないきさつのもと、参議院において修正が行われ、上記66条2項が付加されたといいます。

9条2項ですべての戦力が否定されているのであれば、日本には軍人が存在しないのですから、66条2項は意味のない条文になります。それにもかかわらず66条2項が追加されたのは、9条2項のもとで自衛のための戦力保持が認められ得る、と考えられたからに他なりません。

一方で、9条2項の文言に立ち返ると、やはり、目的が自衛権に限定されるか否かに関係なく、一律に武力保持が禁止されているように読めてしまいます。
そもそも、自衛権行使のための武力保持が認められるのであれば、それはパリ不戦条約、国連憲章と同じスタンスです。そしてそれら条約では、「自衛のための戦力以外は保持できない」などと規定していません。同じように考えれば、日本国憲法でも、9条1項で「自衛目的以外の戦争を放棄」しているのですから、9条2項は規定するまでもない、といえます。
ただし憲法制定当時、極東委員会でのソ連の存在などもあり、9条2項を現在のような形で存在させるのが精一杯で、9条2項を削除する、などという選択肢は取り得なかったでしょう。それが、憲法制定時の限界だったと思います。

憲法9条2項はしかし、戦後の日本にとってはとても便利な条項でした。そのおかげで、日本国民は、本来精算すべき事項について精算せずに現在に至っている、という側面があります。その点については別の機会に。
コメント

篠田英朗著「憲法学の病」9条の解釈

2019-08-05 22:29:43 | 歴史・社会
篠田英朗著「憲法学の病」新潮新書


前報で、上記書籍に関して新潮社の愛読者ページに投書した内容について報告しました。さらに、本書の内容について述べます。

まず本書では、日本国憲法9条1項と、1928年パリ不戦条約1条2条、国連憲章2条4項と対比しています。それぞれの条文を以下に掲載します。
《日本国憲法》
第九条
 1項 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

《戦争抛棄ニ関スル条約(パリ不戦条約、不戦条約、ケロッグ・ブリアン協定)》
公布: 1929年7月25日
第一條
締約國ハ國際紛爭解決ノ爲戰爭ニ訴フルコトヲ非トシ且其ノ相互關係ニ於テ國家ノ政策ノ手段トシテノ戰爭ヲ抛棄スルコトヲ其ノ各自ノ人民ノ名ニ於テ嚴肅ニ宣言ス
第二條
締約國ハ相互間ニ起ルコトアルベキ一切ノ紛爭又ハ紛議ハ其ノ性質又ハ起因ノ如何ヲ問ハズ平和的手段ニ依ルノ外之ガ處理又ハ解決ヲ求メザルコトヲ約ス

《国連憲章》
国際連合憲章は、国際機構に関する連合国会議の最終日の、1945年6月26日にサンフランシスコにおいて調印され、1945年10月24日に発効した。
第2条
この機構及びその加盟国は、第1条に掲げる目的を達成するに当っては、次の原則に従って行動しなければならない。
4.すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。

本書でも述べているとおり、日本国憲法9条1項は、パリ不戦条約、国連憲章の条文のほとんどコピペであることが明らかです。
パリ不戦条約、国連憲章は、いずれも自衛権行使のための武力行使を否定していません。また国連憲章は、自衛権(個別的自衛権、集団的自衛権)と集団安全保障における武力行使を否定していません。
そうすると、日本国憲法9条1項が否定しているのは、国際法によって違法化された「国権の発動たる戦争」であり、「国際紛争を解決する手段としての武力による威嚇又は武力の行使」であって、自衛権(個別的自衛権、集団的自衛権)と集団安全保障における武力行使を否定していないのではないか、との解釈が成り立ちます。

以上までは、本書をすっきりと読み取ることができます。

次は9条2項です。
日本国憲法
第九条
 2項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

この9条2項の解釈について、本書は独特の論理を展開しています。

日本国憲法の英文については2種類あります。第1は、憲法草案として日本政府に提示されたGHQ草案であり、大2は、日本語憲法確定後にその英訳として作成された英文です。憲法の大部分において、第1の英文と第2の英文はほとんど同一です。
ところで、上記2項のうち、
「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」
の英文を並べてみると、以下のようになります。
GHQ草案
"No army, navy, air forces, or other war potential will ever be authorized "
日本国憲法の英訳
"land, sea, and air forces, as well as other war potential, will never be maintained."

「戦力」は英語原文では"war potential"です。この点を捉えて、本書では「2項で言う“戦力”は、1項で放棄された戦力に限定される(自衛権の行使としての戦力は含まれない)」と解釈しています。
ずいぶんと屁理屈だな、との印象です。
ところで、英文について言うと、GHQ草案のさらに前に、マッカーサーがGHQ民政局に示した「マッカーサーノート」があります。こちらの英文も調べようと検索していたら、以下のサイトに行き当たりました。
日本国憲法を原案(英文)から考える(内田芳邦)
ざっと読んだところでは、篠田著書の論理は、実際の憲法制定過程のいきさつからは大きく横道に逸れているようです。
そこで、篠田著書についてはこれ以上言及しないこととします。

内田著書では以下のように記載されています。
登場人物は以下の3人です。
連合軍総司令官(SCAP)マッカーサー元帥
GHQ(SCAP総司令部)民政局長ホイットニー准将
民政局次長ケーディス大佐
マッカーサーがホイットニーに「マーカーサーノート」を提示し、ケーディス大佐を中心とするスタッフが1週間で原案を作り上げました。
マッカーサーノートには、"Japan renounces it as an instrumentality for setting its disputes and even for preserving its own security."「日本は紛争解決のための手段としての戦争、および自己の安全を保持するための手段としてのそれをも、放棄する。」と書かれていました。
それに対してケーディスは「自己の安全を保持するための手段としてさえも」という部分を削除したのです。
ケーディスは1984年、駒澤大西教授の質問に「日本国憲法に『自己の安全を保持するための手段としての戦争放棄』まで書き込むのは、非現実的だと思い、削除したのです。どの国も『自己保存』の権利を持っています。日本国にも当然『自己保存』の権利として『自己の安全を保持するための手段としての戦争』は、認められると考えたのです」と答えています。マッカーサーはこの削除に異を唱えませんでした。
この削除の顛末を考慮すれば、「憲法立案者は、自衛権の行使としての戦力の保持を認めていた」ことが明らかです。

「陸海空軍その他の戦力(other war potential)」
日本の法律用語では、「その他の」と「の」が入るか入らないかで意味が異なります。9条2項のように「の」が入った場合、「陸海空軍」は「戦力」の例示となります。
ところが、ケーディスが語ったところでは、「other war potential を、政府の造兵站あるいは戦争を遂行するときに使用されうる軍需工場のための施設という意味で加えたのです」ということです。
篠田著書での主張(ここでは述べない)と、憲法立案者の意図とは全く異なっていることが明らかです。

次に2項の「国の交戦権は、これを認めない。」について
「交戦権(the right(s) of belligerency)」の意味内容が議論になっています。
内田著書によると、ケーディスと西教授の問答では、
『西教授「the rights of belligerency をどのように理解されましたか」
ケーディス「正直に言って、私には解りませんでした。ですから、もし、芦田氏がその文言の修正や削除を提示していたら応じていたことでしょう」 (『駒澤大学法学部研究紀要第62号』寄稿論文「憲法9条の成立経緯)』

びっくり仰天です。
これでは、『9条2項で規定する「交戦権」とは何か』について真面目に検討する気が失せてしまいます。
コメント (1)

篠田英朗著「憲法学の病」

2019-08-04 09:43:32 | 歴史・社会
篠田英朗著「憲法学の病」新潮新書

憲法9条と憲法前文について論じた本です。「はじめに」で
「憲法をガラパゴス的なものであるかのように感じさせているのは、憲法それ自体ではない。憲法を起草した者でもない。憲法制定時に中心にいた者でもない。
 憲法成立後に、憲法解釈を独占しようとした者である。
 つまり、憲法が“ガラパゴス”なのではなく、憲法学における通説が“ガラパゴス”なのである。
日本国憲法は、長年にわたって、日本国内の一部の社会的勢力の権威主義によって毒されてきた。」
とし、その根拠について説明している書籍です。

私も、憲法前文については何度もこのブログにアップしてきました。例えば、
憲法前文GHQ草案
第1段落 → 「日本国憲法前文(2)
第2段落 → 「日本国憲法前文(3)」(この部分は2012年12月に当時の自民党安倍総裁に意見を提出しました(日本国憲法前文・三たび))
第3段落 → 「日本国憲法前文(1)
青木高夫著「日本国憲法はどう生まれたか」

今回読んだ書籍も、とても示唆に富む内容です。ひょっとして、私が以前から抱いていた疑問に答えてくれているのではないか、とその点も期待したのですが、残念ながら直接の答えは記載されていませんでした。

書籍の裏表紙に、「本書へのご意見、ご感想をホームページにてお待ちしております。」として、新潮社愛読者ページが案内されていました。

そこでとりあえず、7月15日に、下記の2つの投書を当該ページにアップしてみました。

《投書1》
『憲法前文と9条について、本書によりはじめて、立法趣旨と条文文言解釈を基礎としての解説に接することができました。ありがとうございます。
憲法前文について、疑問に思ってきたことがあります。
憲法前文の英文(GHQ草案および日本語の英訳)を見ると、出現する動詞の時制は、ほとんどが現在形、過去形が2カ所あり、現在完了が1カ所のみです。そして、
「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」の部分が"we have determined"であって現在完了形です。
この部分のみがなぜ、現在完了形になっているのでしょうか。
私は、既に過去に起きた事象、例えばポツダム宣言の受諾、を指しているのではないか、と想像しています。「平和を愛する諸国」が、大西洋憲章や国連憲章にいう"United Nations"を意味するのだとしたら、なおさらです。
そうだとしたら、この文章は単に過去の事実を述べているだけであり、憲法によって新たに規定された内容ではない可能性が高くなります。
この点について、本書に答えが書かれているのでは、と期待したのですが、ありませんでした。
この点がぜひ知りたいので、よろしくお願いいたします。』

《投書2》
『本書の124ページにおいて、
『「諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすること」という文章は、憲法制定の目的を記した部分だ。』
と解説されています。
憲法前文の英文(GHQ草案および日本語の英訳)を見ると、上記部分の動詞の時制は、過去形であることがわかります。そこでこの英文の情報を加味して上記文章をより正確に記述すると、
「諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢(と)を確保(すべきことを決定)し(た。)政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し(た。)」となります。
過去形ということは、この憲法制定前の過去の事象を説明しているだけ、と考えるのが自然であり、憲法制定の目的を記したとは読み取れません。
この点についてどのように考えるか、ぜひ教えてください。』

8月4日現在、私のメールアドレスには、上記投書に対するコメントは何らいただいておりません。とりあえず、私の投書内容について、このブログにアップしておきます。
コメント (5)

役人は暴力に弱い

2019-02-03 11:12:07 | 歴史・社会
小4死亡、市に抗議殺到 「なぜ渡した」2日間で1千件
『千葉県野田市の小学4年、栗原心愛(みあ)さん(10)が死亡した事件で、心愛さんへの対応をめぐって市と市教育委員会に抗議や非難が殺到している。記者会見で心愛さんのいじめアンケートのコピーを父親に渡したことを明らかにした翌日の1日から増え、市は2日、市役所内の一室に電話8台を増設し、市職員が交代しながら応対した。(朝日新聞デジタル)』

行政が、父親の威圧的な言動に恐怖を感じ、秘密とすべてアンケートを父親に渡してしまった事件です。このことは言語道断で、なんとかならなかったものか、つくづくと残念です。
もう一つ、この事件から連想することがあります。
「役人(行政の窓口)は暴力に弱い」

この点に関し、以前このブログに書き込んだ記憶があったので、ネットで調べたら見つかりました。2008年の記事ですから、もう10年以上が経過します。
行政と暴力(2008-07-08)
概略、以下のような記事です。
----10年前の記事引用開始----------
生活保護費不正受給:群馬まで100キロ、タクシーで通院 埼玉・深谷市が組員告発
「埼玉県深谷市内の暴力団組員の男(60)が生活保護費を市から不正に受給していた疑いがあり、市が生活保護法違反容疑で埼玉県警に告発していたことが分かった。群馬県北部の温泉地にある医療機関まで約100キロの道のりをタクシーで通院したとして料金を請求するなど、妻(44)と2人の受給額は約1800万円に上るとみられている。
 関係者によると、組員は07年10月、群馬県北部の医療機関で診察を受けたとして、自宅からの往復のタクシー代十数万円を生活保護費に含めて受け取っていたという。同月、県の監査で不正受給の疑いが発覚した。」

深谷の生活保護費不正受給:「暴力に屈した」市長謝罪 弁明を撤回 /埼玉
7月1日14時1分配信 毎日新聞
「 ◇“市は被害者”弁明を撤回
 深谷市の生活保護法違反(不正受給)事件で、新井家光市長は30日、定例会見で「担当者だけで穏便に済ませようとした事なかれ主義が暴力に屈した」と、市の不手際を認めて謝罪した。容疑者の逮捕当日の市幹部の会見では「市は被害者」と主張していた。」

このような事件情報に接すると、「行政の窓口は原則として暴力に屈しやすい」という図式が見えてきます。

似たような事件に、<滝川タクシー詐欺>がありました。
「夫婦は06年10月~07年10月、収入があり生活保護受給資格がないにもかかわらず、市から介護タクシー代2億215万円と生活保護費389万円の計2億604万円をだまし取った。」
以下に詳しく書かれています。残念ながらニュースソースはもう見られません。
「生活保護世帯の元暴力団組員の夫と妻らが介護タクシー代金約2億4千万円を不正に受給していた事件で、北海道警は9日、夫婦らを詐欺の疑いで逮捕した。
(中略)
 逮捕されたのは、滝川市黄金町東3丁目、片倉勝彦(42)、妻ひとみ(37)両容疑者と札幌市北区の介護タクシー会社「飛鳥緑誠介(あすかりょくせいかい)」取締役の板倉信博(57)、社員の小向敏彦(40)両容疑者。片倉容疑者は介護タクシー代金2億65万円のほか、生活保護費約370万円を詐取した疑いが持たれている。(中略)

 始まりは06年3月だった。滝川市出身で、いったん札幌市に移っていた容疑者夫婦が滝川市に転入。「病気で働けない」などとして生活保護の認定を受けた。
(中略)
 しかし、市の幹部は以前から、重ねて忠告を受けていた。市の監査委員だった市議によると、06年秋の時点で高額の請求に気づき、懇談会の場で田村弘市長や副市長らに注意を促した。しかし、市長は「そんなことがあるのかい」などと答えるにとどまったという。
 その後、監査委員は07年春に検証報告を作成して「考えられない額で現実離れしている」「金が夫婦側に還流しているのではないか」と指摘した。市の顧問弁護士も同時期に「すぐに打ち切るべきだ」と進言。その後、市はようやく腰を上げて滝川署に相談したが、市として具体的な調査に入ることはなかった。正式に被害届を出した11月16日にも390万円を振り込んでおり、「弱腰」が目立つ。
(中略)
 市は、当初から元暴力団組員であることを把握しており、「見るからに『それ風』で威圧的だった」(市職員)。捜査した札幌地検や道警などには「トラブルが嫌で目を背け続けた疑いがある」「職員の刑事責任は追及できなかったが、納税者への背信行為であることは間違いない」という声がある。(以下略)


「行政が暴力に弱い」事例として、私が最初に接したのは「豊島産廃事件」です。

「1975年12月、豊島(てしま)総合観光開発は香川県の豊島で有害産業廃棄物処理事業を行いたいと香川県知事に許可申請した。これに対し住民は建設差止請求訴訟を提起したので、豊島総合観光開発は「ミミズによる土壌改良剤化のための処理」のみを行うと申請内容を変更した。許可権者の香川県は、行政としては許可せざるを得ないとして、住民に対しこれを受け入れるよう強く要請し、住民も受け入れた。
豊島総合観光開発は78年4月から「ミミズ・・・」業務を開始したが83年には事実上廃業し、シュレッダーダストなどを搬入して野焼きを行うようになった。これについて香川県は同社を指導監督するどころか、逆に同社を廃棄物処理法違反で起訴した高松地検に対して、同社の主張を認める説明を行っていた。
90年11月、兵庫県警は豊島総合観光開発を廃棄物処理法違反の容疑で摘発。当初、シュレッダーダストは廃棄物ではないと説明していた香川県も廃棄物であることを認めるようになった。同社は、50万トンを超す大量の廃棄物を放置したまま実質上倒産した。」
「こうした県の対応の背景にはやはり暴力が関係していた。排出業者が県庁で職員に暴力を振るった。闇の勢力との対決を恐れ便宜を図った。県は4万トンだから無害だという宣言を出したが、実際は50万トンだった。暴力によって行政がゆがむことの恐ろしさをこの事件が物語っている。 」


行政を掌る一人一人の役人はそれは弱い存在です。暴力をふるわれ、家族に危害が及ぶ可能性が出てきたときに、その役人一人の力で暴力に立ち向かうのは無理です。しかしだからといって、行政が暴力に屈してはいけません。
やはり、相手が暴力できたときにはそれに対抗できる仕掛けを行政の中に設けておく必要があるということでしょう。どのような仕掛けが適切かはわかりませんが。
---以上、10年前の記事終わり--------

今回の、こどものアンケートを父親に渡してしまった事件も、同じ構図を感じます。
行政の窓口の役人が、威圧的な態度で迫られてきたとき、その窓口の役人一人に対応を任せていたのでは、暴力に屈してしまうことになります。それが人間の弱さというものでしょう。
そのような弱さを認識した上で、対応を窓口の役人一人に負わせるのではなく、ただちに役所全体として対応が始まるような仕組みが必要だと痛感します。
しかし残念ながら、テレビの報道を見ている限り、そのような行政の仕組み作りの必要性について論じているニュース解説は皆無の状況です。
コメント

厚労省統計不正問題

2019-01-26 15:03:06 | 歴史・社会
最近、時事問題に関しては、新聞の斜め読みとテレビのニュース番組を見るぐらいで、すっかり時事問題にうとくなっています。
その中でも、厚生労働省の統計不正問題がよくわかりません。

《わからない点》
1.500人以上の事業所について、抽出調査ではなく全数調査と定めているのは、法律か、否か。
法律でないとしたら、どの規定でどのように定められているのか。

2.なぜ抽出調査では不可であり、全数調査を必須としているのか。

3.厚労省が、(上記全数必須との規定を無視して)抽出調査を実施するに当たり、抽出条件は妥当な条件だったのか、否か。1/3抽出調査であっても、抽出条件さえ適切に決めていれば、実用上問題のない精度で調査が可能なはずである。

4.「最近になってから、『×3』の補正を行うようになって、ますますけしからん。」との議論があるが、1/3抽出調査を行っているのであるから、500人未満を含めた全平均を出すに際して加重平均を行うのであれば、「×3」を行うべきであり、むしろ「×3」補正を行っていなかった時期の方が大幅な数値ずれを起こしていたのではないか。

概略、以上のような疑問が解けません。
「法律違反か否か」「隠蔽していたか否か」はさておき、「統計数値の誤りで実害があったか否か」との観点で考えると、抽出調査であっても、統計処理さえしっかりしていれば十分な精度の数値が出せたはずです。

特に「×3」問題がよくわかりません。

《「×3」問題》
以下のような事例で考えます。

500人以上の事業所(大事業所)が600社(従業員合計60万人)、500人未満の事業所(小事業所)が1万社(100万人)ある。
大事業所600社の1/3である200社(20万人)を抽出して従業員の平均年収を調査したら500万円であった。抽出条件は十分に吟味しているので、全数調査との差異は小さいと考えられる。
小事業所については別の調査で400万円であることがわかっている。
大事業所と小事業所の全体の平均年収を計算する。当然、人数を考慮した加重平均となる。

平均年収=(大事業所平均年収×大事業所抽出人数×3+小事業所平均年収×小事業所人数)/(大事業所抽出人数×3+小事業所人数)
=(500万円×20万人×3+400万円×100万人)/(20万人×3+100万人)
=437.5万円

もし、分母・分子で「×3」をしなかったらどうなるか。
平均年収=(大事業所平均年収×大事業所抽出人数+小事業所平均年収×小事業所人数)/(大事業所抽出人数+小事業所人数)
=(500万円×20万人+400万円×100万人)/(20万人+100万人)
=416.7万円

「×3」補正を行わなかった結果として、平均年収が大幅に実態より低い値となってしまいます。

騒がれている「×3」問題が、本当はどのようなことになっているのか、それがわからずにいます。
コメント