弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

世襲議員の立候補制限

2009-05-31 15:50:24 | 歴史・社会
世襲議員の立候補を制限しようという動きが、民主党からも自民党からも出ています。

ここで“世襲議員”とは、国会議員が引退するとき、子息などの近親者が後釜として立候補して議員になる場合を意味します。
何を世襲するかというと、親である議員が育て上げた後援会を世襲するのですね。後援会組織は、いわゆる三バン(地盤、看板、カバン)を備えた、強力な選挙マシーンです。この選挙マシーンに乗っかって、親の七光りで選挙戦を戦うのですから、他の候補者は大きなハンディを背負います。特に小選挙区制になってからこの傾向が強いようです。今では、少なくとも自民党公認の場合、世襲議員でなければ新人候補が勝つことがほとんどできなくなっているようです。

このような状況が、日本の政治にいい影響を与えるはずがありません。
しかし、世襲議員が少ない民主党でさえ、この実態を変革するための法改正に消極的だったようです。「憲法の職業選択の自由を侵害する」という点を気にしているようです。

しかし、国会議員の子息が立候補すること自体を禁止しようというのではありません。親の選挙区を継いで、親の後援会に乗っかっての立候補を禁止するだけであって、別の選挙区から立候補するぶんには禁止されないのですから、職業選択の自由を侵害はしていないと思うのですが。

もう10年ほど前になりますが、高校のクラスメートから連絡を受け、同じ高校を卒業した後輩が民主党から立候補するので、パーティー券を買わないか、という誘いでした。
私は、「二世議員でないだけでも立派なものだ」と考え、どの政党かということも関係なく応援させてもらいました。

世襲議員がなぜいけないかというと、私は政治における目的と手段の倒錯が起きやすいのではないかと危惧しています。
本来、議員は政治課題を解決することが目的であり、選挙で当選するのはそのための手段に過ぎません。
それに対し、世襲議員というのは、後援会の自己保存本能がきわめて強い団体でしょうから、その団体に乗っかった議員自身の考えよりも後援会の自己保存本能が打ち勝つ可能性が高いと考えられます。そうであれば、議員は次の選挙で当選することが目的となり、自身の政治活動はそのための手段となりはてるのが落ちでしょう。

もちろん、世襲議員自身は、“親の後援会を引き継いではいるが、後援会の意思に引きずられてはいない。自分は自分の政治信条に忠実に活動を行っている。”とおっしゃるでしょう。しかし世襲議員の多数が、このような堅固な意思を貫いていると考えるのは難しいです。

最近読んだ記事で出典を忘れてしまったのですが、福田康夫前総理が立候補したときのいきさつを知りました。
親である福田赳夫議員が引退するとき、後継者を誰にするかということを福田赳夫氏自身は決めず、後援会にゲタを預けたというのです。そして後援会が、後継者として、当時サラリーマンであった福田康夫氏を選択しました。
つまり福田康夫氏は、自身が立候補の意思を持ったのではなく、親が決めたのでもなく、後援会の意思で立候補が決まったというのです。
やはりこのようないきさつで議員になった人には、“命がけで国政に従事しよう”という意気を期待する方が無理でしょう。

小渕恵三氏が急死された際の後継者選びも同じような印象を受けました。それまで政治とは無関係に生きてきた小渕優子さんが後継者に選ばれたのは、やはり後援会の自己保存本能に基づくものだったように思います。

後援会としては、下手に前任議員の筆頭秘書などを後継者にするより、ぼんくらでも息子を後継者にした方が収まりがいいのでしょうね。
中川一郎議員が急死したとき、当然後継者は決まっていませんでした。そのとき、秘書として筆頭であった鈴木宗男氏と、息子の中川昭一氏とが骨肉の争いを演じたのが有名です。その中川昭一氏も、財務大臣にまで昇進した後、酒癖の悪さであのような不始末をしでかしてしまいました。
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関西でのテレビCM

2009-05-29 20:44:27 | Weblog
新入学の前の時期、テレビで見るランドセルのコマーシャルといったら、「天使のはね」ぐらいなものでした。体操のお兄さんと子供たちが「ララララ、ランドセルは、テテテ天使のはね」と歌いながら踊る健全なコマーシャルです。

最近、さるブログで拝見して知ったのですが、関西では「妖精の翼」というランドセルのコマーシャルを見ることができるそうです。「天使のはね」と「妖精の翼」。イメージは似ていますが違いはあるのでしょうか。そこで「妖精の翼」の動画をネットで見てみると、そこには「天使のはね」とは全く異質の世界が広がっていました。
タイツ姿でランドセルを背負ったお姉さんと、もう一人小学生が、「バサバサ翼、妖精の翼」と呼びながら、足や上体をくねらせる、そのような不思議なコマーシャルでした。
ネットで「天使のはね 妖精の翼 動画」で検索すると動画を見ることができます。

私の妻の実家は大阪です。大阪に行ったときの楽しみの一つは、テレビで、関東では見られないコマーシャルを見ることです。
そのうち最も印象的なものが「ピアノ売ってちょうだい」のタケモトピアノですね。俳優の財津一郎氏が「ピアノ売ってちょうだい、電話してちょうだい」と歌うコマーシャルです。
ずいぶん昔から見た記憶がありますが、いまだに続いているのでしょうか。

一時期、「夢中で遊んでいる子供たちが、『ピアノ売ってちょうだい』のコマーシャルが始まると一斉にテレビの方を見る」という噂が立ちました。実際、関東のテレビ番組でもそのことを実証していたことがあります。
ネットでも、泣く子を一発でのような動画を見ることができます。「泣いている赤ん坊が、このコマーシャルが始まると急に泣き止んでテレビを見る」ということのようです。

タケモトピアノはごく最近のテレビクイズ番組でも話題にしていました。「関西で『○○を買いたい』というコマーシャルが見られるが、何を買いたいのか」といったクイズだったと思います。私はすぐに「ピアノかな?」と思いつきましたが、はたしてその通りでした。
クイズ番組の解説によると、タケモトピアノは各家庭から古いピアノを買い取り、再調整を行った後、そのピアノを全世界に売りさばいているのだそうです。日本の家庭で不要になったピアノが、そのようにして世界の音楽普及に寄与しているのですね。

私の家でも、使わなくなったアップライトピアノを、引っ越しのタイミングで買い取ってもらいました。そのピアノも、再調整の上で東南アジアあたりに買い取られていったのだろうか、と想像したものです。

そのわが家にも、その後電子ピアノが再登場しました。
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加藤雅彦「ドナウ河紀行」

2009-05-27 22:12:26 | 歴史・社会
この5月の連休、私は家内とウィーン(オーストリア)-ブラティスラヴァ(スロバキア)-ブダペスト(ハンガリー)を巡ってきました。この旅行の予備知識のため、以下の本を事前に読みました。
ドナウ河紀行―東欧・中欧の歴史と文化 (岩波新書)
加藤 雅彦
岩波書店

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1991年に出版された本で、その後、ドナウ川沿岸のチェコスロバキアとユーゴスラビアは分裂し、この地域は激変しています。それでもこの本は、過去2000年にわたるドナウ川流域の国々の歴史と現状を知る上で有益な書籍でした。

ローマ帝国が全盛の頃、ローマ帝国の領域では、住民が平和と繁栄を謳歌していました。一方でその頃、“蛮族”と呼ばれるような生活をしていたゲルマン民族がゲルマンの地に部族社会を形成しており、ローマ帝国を蛮族から守るための防壁が重要な役割を果たしていました。ローマ帝国とゲルマンの地を隔てる境界が、ライン川とドナウ川でした。
従ってドナウ川について、私は2000年前のローマ帝国側から見た状況が頭に入っています。それからの2000年間、ドナウ川流域の国々はどのような歴史と文化を育んできたのか、この本はそのような問に答えてくれます。

オーストリアの首都ウィーンは、長い間ハプスブルク帝国の帝都でした。帝国の最盛期、帝国の版図は東はハンガリーからボヘミア(現チェコ)、西はスペインまで及んでいました。その後、普墺戦争の敗北で域内の各民族が独立に向かい、第一次大戦の敗北でハプスブルク帝国は滅びます。
しかしハプスブルク帝国は、その領域内に言語・文化を異にする多くの民族を含み、600年以上の長きにわたって存続し続けたという特徴があります。それは、ハプスブルク家特有の頂民族的思考が、この帝国を支えてきた最大の力ではないかと著者は推測します。
そして旧ソ連による旧東欧諸国支配が去った後、ハプスブルク帝国の領内にあった諸国は、「ドナウ連合」といった形で結束しようとしているようです。
ハプスブルク帝国の崩壊と後継国家の独立は、これらの国民に、必ずしも幸せをもたらすものではなかったことが原因であるようです。

また、これら中欧諸国の都市は、ハプスブルク帝国時代にドナウネットワークで結ばれ、いずれも、ドイツ・マジャール・スラブ・ラテン・ユダヤ的とでも形容した方がよい町々であるそうです。

ライン川はドイツの源流に発し、オーストリアを通過するまではゲルマンの世界でした。そのドナウ川が、オーストリアとスロバキアの国境を通過してハンガリー大平原へと入っていくと、そこから先の民族分布は多様です。
下流に向かって順に挙げていくと、まずスラブ系のチェコ人とスロヴァキア人、次にアジア系のハンガリー人(マジャール人)、再びスラブ系の(旧)ユーゴスラヴィア人とブルガリア人、そして最後にラテン系のルーマニア人となります。どのようないきさつで、なぜこのような民族分布が形成されたのか、そのあたりはこの著書を読んでいただくことにしましょう。

そしてこの本は、ドナウ流域の各国について、順にその国の歴史・文化・特徴について教えてくれることになります。

取り敢えず、ウィーン(オーストリア)、ブラティスラヴァ(スロヴァキア)、ブダペスト(ハンガリー)で私が撮したドナウ川の写真を挙げておきます。
  
ウィーン近郊の電車の中からのドナウ川  ブラティスラヴァ城から見たドナウ川

ブダペストの王宮から見たドナウ川とくさり橋
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盧前韓国大統領が自殺

2009-05-25 19:57:44 | 歴史・社会
韓国の盧武鉉前大統領が自殺しました。
韓国で大統領をやった人は、必ずと言っていいほど、退任後に不正事件を追及されています。なぜ同じことが繰り返されるのか、今まで不思議に思っていました。

盧前韓国大統領が自殺 権力と血縁、断ち切れず 悲劇・不祥事続く歴代大統領
                   5月24日7時56分配信 産経新聞
「≪金銭疑惑の渦中≫
 韓国の盧武鉉前大統領が自殺した。夫人や息子など家族の“金銭疑惑”に追いつめられた結果だ。それにしても韓国では歴代大統領の悲劇や不幸が多い。
 今回のような退任後の自殺は初めてだが、初代の李承晩(イ・スンマン)大統領は海外亡命、長期政権だった朴正煕(パク・チョンヒ)大統領は暗殺、全斗煥(チョン・ドファン)、盧泰愚(ノ・テウ)大統領は逮捕・投獄、金泳三(キム・ヨンサム)、金大中(キム・デジュン)大統領は息子の逮捕・投獄…。
 この背景には、南北分断が続くなかで対立が激しい政治状況などのほか、強力な大統領中心制からくる権力の集中度の高さや、相変わらずの血縁を中心にした家族主義・縁故主義などがあるように思える。
 今回の盧武鉉氏の場合、在任中の金銭疑惑が原因になっているが、全斗煥、盧泰愚両氏のような財閥企業などからの巨額政治資金疑惑というのではない。夫人や息子など家族、親戚(しんせき)が、以前から知り合いの業者から金銭的支援を受けていたというものだ。
 ≪「法より人情」≫
 韓国では血縁をはじめ地縁、学縁、その他…人と人とのつながりが何より重要という「法より人情」の社会が続いている。みんなが日常的に“有力な人脈”を求めて必死だ。これが変わらない限り、権力にまつわる金銭疑惑事件はなかなかなくならない。」

なるほど。そういう事情があったのですか。


最近でこそ、中国は近代化を果たして経済大国になりましたが、それは最近のことで、中国はどうしても近代化できずに長いこといました。
出典がどうしても思い出せないのですが、その理由を儒教から説明した本を読んだことがあります。

中国の企業で購買を担当する管理職のところに、地縁・血縁の人が縁故で取引の開始を依頼してきたとします。儒教の教えによると、その依頼を断ったらその管理職は人の道に外れることとなってしまいます。
ですから、中国の社会が儒教の教えを尊重する限り、中国は近代化し得ない、というものでした。

韓国も儒教の国です。
大統領に権力が集中しているという政治体制と、血縁者から頼まれたら断ることができないという儒教の教えとがともに成立しているのであれば、韓国の大統領はこのような疑惑事件から逃れることはできないということになります。
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今井千尋さんがアフガニスタンへ

2009-05-23 00:11:38 | 歴史・社会
先日、このブログのNHKプロフェッショナル・瀬谷ルミ子さんで、伊勢崎賢治氏の「武装解除 -紛争屋が見た世界 (講談社現代新書)」のあとがきを紹介したばかりです。
アメリカ主導によるアフガニスタン戦争が終了した後、アフガニスタンの治安復興プロジェクトの中で、旧軍閥の武装解除については日本が責任を持ち、当初伊勢崎賢治氏がリーダーとなって進め、見事な成功を収めました。伊勢崎氏が書いた上記著作のあとがきで、このプロジェクトで活躍した2名の日本人女性が紹介されています。

「さらに、同大使館(在アフガニスタン日本大使館)DDR班で、僕の片腕となってくれた堀江浩一郎、井上勇一両参事官、そして工藤大介、瀬谷ルミ子両二等書記官の尽力は特筆に値する。瀬谷さんは、シエラレオネで国連スタッフとして僕の下で働いてくれて以来の付き合いであるが、まだ二十台の若さですでに二つのDDRを現場で経験した、これからの日本にとって逸材中の逸材である。
  ・・・
世界初のNGOによる国際軍事監視団は、その後もJMAS(日本地雷処理を支援する会)の園部宏明氏(元陸上自衛隊陸将補)の、静かであるが非常に求心力のあるリーダーシップで運営されている。ここでも、今井千尋さんという一人の若い女性が、国籍も、育った文化も、そしてものの考え方もそれぞれ違う監視団員、それも全員が軍事経験者のつわもの達を一つにまとめる要となって働いている。今井さんは、この任務に就く前、JICA(国際協力機構)のアフガン事務所でDDRのRの部分を担当し、除隊兵士の職業訓練校の開設を実現させた。現在彼女は、公的な権威をもって武装解除の現場を監視する、日本初の女性軍事監視員である。
日本の平和貢献の将来は、女性が担う予感がする。」(2004年10月)

一人は先日のNHKプロフェッショナルで紹介された瀬谷ルミ子さん、そしてもう一人が、今回の主役である今井千尋さんです。
このあとがきを読んで、今井千尋さんがその後どのように活躍されているのか、知りたいと思っていました。

5月21日の朝日新聞夕刊で、以下の記事を見つけました。

「アフガン復興に臨む2人
  日本初の文民要員
アフガニスタンの北大西洋条約機構(NATO)による地域復興チーム(PRT)に日本が送る初の文民要員として、一般公募の女性2人が赴く。栃木県壬生町出身の在日イラン大使館の元職員、石崎妃早子さん(30)=写真右=と、元NGO職員でアフガン復興にも携わった兵庫県宝塚市出身の今井千尋さん(41)=同左。」
「2人は、リトアニア軍が主に駐留する中西部チャグチャランへ行き、現地の人から何が必要か直接聞き、日本の資金援助につなげる役目を負う。」

アフガニスタンでの武装解除の任務を完了した後、今井さんは、内閣府の国際平和協力本部事務局研究員(元研究員紹介)、東京外国語大学 大学院地域文化研究科において平和構築・紛争予防分野の事業を歴任されていたようです。
国際平和協力本部事務局での研究テーマは「地方復興チーム(PRT)の派遣と支援に関する教訓と課題」とあります。
また、アフガン情報2007年1月記事の2月16日に今井さんの発言が掲載されています。
「アフガンの武装解除にかかわり、PRTに関する現地調査をした東京外大の今井千尋研究員の話  首相の演説を聞いたPRT参加国の関係者が「日本はいつPRTに参加するのか」と問い合わせてくるなど、アフガン情勢に苦しむNATPO諸国の期待は高まっている。しかし、住民のPRTに対する評価は思ったより低く、現地のNGOからは「銃を持って軍服を着て住民との信頼醸成ができるのか」との疑問も出ている。なぜ、日本がいまPRTに関与する必要があるのか精査すべきだ。」

今回、どのようないきさつでアフガニスタンのPRTに文民要員として参加することになったのでしょうか。
そもそも、日本はアフガニスタンのPRTにどのように参加しようとしているのでしょうか。3月2日のニュースが見つかりました。日本政府が外務省職員として派遣する隊員数名のうちの2人が、石崎妃早子さんと今井千尋さんだったのですね。

あくまで文民派遣で終わるのか、それとも自衛隊を派遣しようとする前哨なのか、その点はわかりません。
また、女性を派遣するという方針も、どのような意図でなされたのか、知りたいところです。
朝日新聞の上記記事は「『軍と行動をともにする人道支援には批判もある。だけど、批判で止まったら実態がわからない』と今井さん。自分の目で見た現実を日本に伝えたいと思っている。」と記しています。

少なくとも今井さんは、伊勢崎賢治氏が太鼓判を押す実力の持ち主のようですから、ぜひ活躍してほしいと祈念しています。
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NHK爆笑学問「ヒトと殺しと男と女」

2009-05-21 00:06:36 | 歴史・社会
NHK爆笑問題のニッポンの教養5月19日は、長谷川眞理子先生の「ヒトと殺しと男と女」でした。

長谷川眞理子先生、現在は総合研究大学院大学先導科学研究科教授で、日本進化学会の会長でもあります。

長谷川眞理子先生のテーマ「ヒトと殺しと男と女」については、このブログでも3年前に取り上げました
「人が殺人を犯す比率は、年齢・性別の影響を強く受ける。世界中どの国でも、文化・宗教によらず共通している。二十台前半の男性が殺人を犯す比率が圧倒的に多い。ところが唯一の例外があり、現代の日本では二十代男性の殺人比率が劇的に下がっている。」
という事実を中心とした研究テーマです。

今回の番組でもこのテーマが中心でした。
《なぜヒトのオスは二十台前半に殺人を犯すのか》
“何十億年の地球の歴史の中を生き残ってきた生物が有している性質は、種のDNAを存続させる上で意味を持っているに違いない”と仮説するそうです。そうすると、ヒトのオスがカッとなって殺人を犯しやすいという性質も、ヒトという種が存続する上で役に立ったはずだとの考え方です。

《なぜ現代日本人の男性は二十台前半に殺人を犯さないのか》
長谷川先生は、“戦後の日本の終身雇用、年功序列、格差の少ない社会のおかげで、若い男性も失うものが多くなり、自制するようになったからでは”という仮説です。
もしそうなら、終身雇用、年功序列が崩れ、格差社会が到来したという現代日本、また日本人の若い男性が犯す殺人比率が上昇するはず、という結論が導かれます。

番組で爆笑問題は、予想したとおり、草食男子との関連を論じていました。
日本人の若手男子が、殺人を犯さなくなったこととひき替えに、覇気を失ってしまったのだとしたら大問題ではあります。そのような論点で検証や議論を進めていくべきでしょう。

私は番組の中で、長谷川先生の以下の発言に注目しました。NHKのサイトでもこの発言を以下のように収録していました。
「大学で教えている時に、生物学でこうやってゾウアザラシが一所懸命けんかしたりするのを見せていろいろしゃべると、時々ね、生き物は何でそんなに一生懸命生きているか分からないっていう質問をする子がいるんですよ。で、私はすごい驚いたの。何を説明しようかというと、一生懸命生きてなかったら、いないのよと、ここには。生き物ってみんなそうやって一生懸命何かやって、で、子どもが残って、上の世代は死んじゃって、その子どもがまた一生懸命何かやって、だから一生懸命やっていないっていうのは、見ることが出来ないのよ。で、それでもしあなたが一生懸命生きなくてもいられて、人から一生懸命やっていない人がここにいるっていうのが見られるとしたら、それは随分不思議なことで、生き物としては。それは誰か別の人が、あなたがそうやって一生懸命やらなくても生きていけるように支えてくれているからなのよっていうのだけを言うんです。」

「一生懸命に生きる」という性質を有しない種は、地球上から抹殺されて途絶えてしまいます。ヒトだってつい50年前まではそうでした。
「一生懸命生きること」が格好悪く、「自分が本当にやりたいことが見つかるまではずっとパラサイトで居続ける」ことが可能である現代日本人というのは、数十億年の生物の歴史の中ではきわめて異常な状態であると言わざるを得ないでしょう。
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堀江貴文「徹底抗戦」

2009-05-19 21:42:30 | 歴史・社会
元ライブドアの堀江貴文氏は、証取法違反(風説の流布、偽計取引)容疑で東京地検特捜部に2006年1月23日に逮捕され、4月27日までの長期にわたって拘留されていました。
堀江氏の逮捕・長期拘留は、外務省の佐藤優氏の逮捕・長期拘留を思い起こさせるものです。佐藤氏の長期拘留については、自書「国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫)」でその全容を知ることができました。

堀江氏の状況についても、いずれ本人の著書を読むことができるだろうと期待していたので、以下の本をさっそく購入して読んでみました。
徹底抗戦
堀江 貴文
集英社

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もちろん堀江氏の主張では、当時も現在も、法を犯した自覚はないし犯していないと信じています。その堀江氏の主張の妥当性については、本人の主張を聞くだけでは判断することはできませんが、今後の推移を観察する上において、堀江氏の言い分を聞いておくことは意味があります。
堀江氏自身、拘留中は情報に接していないわけで、どこで誰がどのような行動や発言をしていたのか、堀江氏には全体像が把握できていません。従って、“自分が知っている範囲ではこういうことである。それ以上のことについては、実はオレ自身もよくわからない”と述べるに止まっています。そこを、自分の都合いいように脚色して執筆していない点は正直ではありますが、読者にとっては“結局どういうことなのか、よくわからない”という読後感が残ることになります。

ライブドアという“生きた会社”に強制捜査に入り、それも金曜ではなく月曜に入ったために市場が大混乱を来して投げ売りが続出します。東京地検特捜部はなぜこのようなタイミングで強制捜査を行い、株価暴落により一般投資家を巻き添えにしたのか。そのために堀江氏は株主代表訴訟を受ける立場にもなってしまいます。潔白を信じる堀江氏からしたら、株の価値を下げた責任は堀江氏にあるのではなく、このような捜査を行った特捜にあるということになります。

堀江氏は知人から、堀江氏はフジテレビの乗っ取りを企てた仕手戦の株屋と同じ人間と認識されていて、怪しげな人物と当局は考えているのだと知らされます。堀江氏にしてみれば、乗っ取り云々はどうでもよく、日本発の世界的メディアコングロマリットを形成し、ニューズ・コーポレーションやグーグルなどという世界のメディアと対等に渡り合える企業体を作りたかっただけなのです。当時われわれが堀江氏を評価していたほどの深謀遠慮があったわけではなさそうです。

堀江氏と共に逮捕された宮内亮治氏らは、堀江氏があたかも事件を主導していたかのような供述調書にサインしていました。宮内氏は後で露見する横領疑惑の方が心配だったのだろうと堀江氏は推測します。
「宮内調書に出てくる私の考えや行動に対する罵詈雑言の数々は、怒りを増幅させるものであったが、私の弁護を担当する高井康行弁護士が発見した彼の横領疑惑では、怒りを通り越して呆れるというか、かわいそうだなとさえ思った。」

拘留中の検察による取り調べでは、堀江氏が知らないことについてばかり訊かれます。ライブドア経営の実態において、宮内氏に任せっきりにしていた部分が多かったのでしょう。堀江氏は「知らない」としか答えられず、検察が望む方向で罪を認めることをしません。
しかし拘留が長引き、さらに長期にわたる可能性が出てきた時点で、「事実は分からないが、保釈を勝ち取るため、経営トップとして罪を認めても構わない」という調書にサインしそうになります。しかし堀江氏はすんでのところでふみとどまります。結局堀江氏は茨の道を歩むことになりました。

堀江氏の弁護チームは、早期保釈を勝ち取るため、2005年に導入が決まった公判前整理手続という手法を適用します。それが功を奏し、裁判所はとうとう堀江氏の保釈を認めました。

堀江氏の弁護は、元特捜検事の高井康行弁護士とそのチームが担当します。地裁では無罪あるいは悪くても執行猶予と予想しましたが結果は実刑判決でした。控訴審も高井弁護士が担当し、やはり実刑判決でした。
控訴審の頃、三浦和義氏がご自身の弁護士である弘中惇一郎弁護士を堀江氏に紹介します。ヤメ検ではないのに刑事事件を担当し、ロス疑惑の公判で三浦被告の無罪を勝ち取りました。上告審では、この弘中弁護士が担当することになりました。
だが「高井氏のようなヤメ検弁護士でなくなった以上は、今まで以上に生活に気をつけるように」と言われたそうです。堀江氏はまた司法の闇を感じます。

早期保釈のために用いた公判前整理手続は、高井弁護士がその制度制定にもかかわったそうです。宮内氏の横領事件を見つけ出したのも高井弁護士であり、元特捜検事の能力を感じます。一方で高井弁護士は、地裁と控訴審で堀江氏の執行猶予判決を得ることには失敗しました。
弘中弁護士による上告審の結果はどう出るでしょうか。
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筋トレ2ヶ月の成果

2009-05-17 17:50:25 | Weblog
フィットネスジムへ通っての筋トレは2ヶ月が経過しました。入会時の状況1ヶ月の成果をアップしてきましたが、ここでは2ヶ月経過時の評価結果を報告します。

この2ヶ月、週に2回の頻度でコンスタントに筋トレを続けています。

1ヶ月の成果で報告したように、両手両脚に電極を接触しての通電測定を行い、四肢及び体幹それぞれの筋肉量と体脂肪量が算出されます。今回は、体全体のデータについて、初回、1ヶ月、そして今回(2ヶ月)のデータを比較してみます。

       初回  1ヶ月 2ヶ月
       測定値 測定値 測定値 目標値 偏差
体重(kg)   58.6  59.2  60.1  59.9 過剰 0.2
筋肉量(kg)  44.8  45.3  45.6  48.1 不足 2.8
体脂肪量(kg) 11.3  11.4  12.0   9.0 過剰 3.0

順調なことに、筋肉量については初回44.8kg、1ヶ月45.3kg、2ヶ月45.6kgと、増え続けています。取り敢えずは“筋トレの成果”と喜んでおきましょう。
体脂肪量については2ヶ月で増加してしまいました。筋トレを初めて以来、筋肉増強のために食事量を意識して増やした部分があるので、その副作用として体脂肪量が増えてもおかしくはありません。長い目で見れば、筋肉増強とともに基礎代謝が増え、そのうち体脂肪量も減少し始めるはず、と期待しています。

ただし、体に通電しての電流値に基づく判断ですから、数値のばらつきも大きいのです。測定が午前中か夜かによっても筋肉量0.3kgぐらいは簡単に変動します。

筋トレそのものの状況を報告すると。各種目の絵についてはこちらをご覧ください。
下半身の筋力は順調に伸びています。
レッグプレスについては、1ヶ月時点で負荷を130kgとし、10回×3セットを行っていました。
その後、負荷を140kgに上げました。それでも余裕が感じられたので、2ヶ月のカウンセリングの時、トレーナーに負荷をあげていいかどうか聞いてみました。すると、“負荷を上げることについては問題ないが、おもりの荷重は変えずに筋肉への負荷を増強する方法を試してみましょう”との返答でした。
筋肉負荷増強とは、それまではかけ声“1、2”で膝を延ばし、“3、4、5、6”でゆっくり膝を曲げていたのですが、さらに今回は、“膝を曲げ終わったところで2秒間停止しましょう”というものです。
2秒間停止はきつすぎます。そこで私の場合は、かけ声“1、2”の間、膝を曲げたところで止めることにしました。せいぜい1秒程度でしょうか。
これでもきついです。同じ140kgで、今までにない疲労を感じました。

最近はそれでも余裕を感じるようになりました。そこで前回は、3セットのうち第1セットを140kgから150kgに上げてみました。何とか行けたので、これからはこの負荷で下半身を鍛えることにします。

上半身の鍛錬はどうでしょうか。
大胸筋を鍛えるためのペクトラルは、35kg10回×3セットからスタートし、現在は第1セットのみを40kgにアップし、さらに胸の前で腕を合わせたところで“1、2”と数える間止めておく、をプラスしました。僅かな時間止めるだけでもずいぶんきつくなります。それがやっとです。
腹筋については、筋肉増強の実感がなかなか得られません。シットアップを10回×2セットやっていますが、2セット目の最後はやっと上げている状況です。
上半身はなかなか筋力が増強した実感が得られません。長い目で見ていきましょう。
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「進歩性なし」の証明責任は審査官が負うのか

2009-05-14 21:51:58 | 知的財産権
前回、産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会の第2回審査基準専門委員会における弁理士会の「特許実用新案審査基準(進歩性)に対する意見」(pdf)の中での提言を紹介しました。

その中に、以下の提言が含まれています。
Ⅰ.今後の進歩性審査基準のあり方について
2.現行審査基準の課題
(4)立証責任が審査官にあることの明確化と拒絶理由における説明責任
進歩性について、審査官が立証責任を負うことは、特許法29条2項が消極的要件として規定されていることからも当然に理解される。
(以上)

私も以前は、上記提言と同じように理解していました。しかしその後、審査官は証明責任を負っていないという意見に変更しています。

特許法は以下のように規定しています。
第四十九条  審査官は、特許出願が次の各号のいずれかに該当するときは、その特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。
二  その特許出願に係る発明が第二十五条、第二十九条、第二十九条の二、第三十二条、第三十八条又は第三十九条第一項から第四項までの規定により特許をすることができないものであるとき。
第五十一条  審査官は、特許出願について拒絶の理由を発見しないときは、特許をすべき旨の査定をしなければならない。

即ち、審査官は、拒絶の理由を発見したら拒絶査定するのです。「発見」はきわめて主観的であり、審査官自身がその心証を得れば足りると考えられます。“出願人と審査官の立証合戦で、真偽不明となったときには進歩性が認められる”という構造ではありません。
査定不服審判での審理についても同様の構造であると考えられます。
ただし、査定不服審判についての審決取消訴訟においてはじめて、証明責任が顕在化します。原告の出願人と被告の特許庁が証明合戦を行い、特許法29条の規定ぶりに対応し、真偽不明となったときは“進歩性あり”と判断されるでしょう。
そうとすると、査定不服審判の審決は、審決取消訴訟で敗訴しないような審決とすることが必要となるので、審決の中で“進歩性なし”と結論した根拠を詳細に記述することになります。

なぜ私は以上のような意見に到達したのか。

特許実用新案審査基準の第Ⅱ部第2章 新規性・進歩性には、以下のように規定されています。
1.新規性
1.5新規性の判断の手法
1.5.5新規性の判断
(3)機能・特性等による物の特定を含む請求項についての取扱い
①機能・特性等により物を特定しようとする記載を含む請求項であって、下記()又は()に該当するものは、引用発明との対比が困難となる場合がある。そのような場合において、引用発明の物との厳密な一致点及び相違点の対比を行わずに、審査官が、両者が同じ物であるとの一応の合理的な疑いを抱いた場合には、その他の部分に相違がない限り、新規性が欠如する旨の拒絶理由を通知する。出願人が意見書・実験成績証明書等により、両者が同じ物であるとの一応の合理的な疑いについて反論、釈明し、審査官の心証を真偽不明となる程度に否定することができた場合には、拒絶理由が解消される。出願人の反論、釈明が抽象的あるいは一般的なものである等、審査官の心証が変わらない場合には、新規性否定の拒絶査定を行う。

上記で“()又は()”とは、いわゆるパラメータ発明的なものを指し示します。

即ち、本願発明が新規パラメータで発明を特定したパラメータ発明的なものであり、引用発明にはその新規パラメータは記載されていないものの、どうも引用発明と本願発明とが同一であるらしいとの一応の合理的な疑いを抱いた場合には拒絶理由を通知し、出願人が意見書・実験成績証明書等により、両者が同じ物であるとの一応の合理的な疑いについて反論、釈明し、出願人の反論、釈明が抽象的あるいは一般的なものである等、審査官の心証が変わらない場合には、新規性否定の拒絶査定を行います。
ここでは、審査官は何ら証明責任を負わず、一応の合理的な疑いについて心証が変わらなければ拒絶査定できるというのです。

私は当初、この審査基準は裁判で否定されるだろうと考えました。審査官が何ら証明責任を果たしていないからです。
しかし、よくよく特許法を観察すると、上記のように51条では「拒絶の理由を発見」と規定しており、つまり審査官が(主観的に)拒絶の理由を発見したら拒絶査定するのであって、進歩性が存在しないことの証明は要求されていないことに気付きました。
だからこそ特許庁は、審査基準に以上のような基準を置くことができたのです。

一方、上記審査基準そのものは裁判で否定されないにしろ、査定不服審判に対する審決取消訴訟においては、被告たる特許庁が“進歩性なし”とした根拠を立証しなければなりません。結局は特許庁に立証責任のおはちが回ってくるのかも知れません。

さて、私の上記意見について、皆さんはどのようにお考えでしょうか。
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第2回審査基準専門委員会(2)

2009-05-12 23:08:05 | 知的財産権
前回報告したように、産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会の第2回審査基準専門委員会が4月7日に開催されました。

そこでは、各委員の議論に先立ち、3つのプレゼンテーションがなされています。
竹中委員から「米国特許法における非自明性比較法的考察」(pdf)、知財協の山口参考人から「進歩性の審査基準について」(pdf)、弁理士会の小西参考人から「特許実用新案審査基準(進歩性)に対する意見」(pdf)の3つです。

第2回審査基準専門委員会の議事要旨には、これらの資料で示された提言については記述されていません。そこで、ここでは、以下の2つについて、ポイントを抜粋しておきます。

《知財協の「進歩性の審査基準について」(pdf)の中での提言》
(1)審査基準改訂等をする場合には具体的な案を作成する段階から産業界と十分な議論を行って頂きたい。
(2)現在行われている三極特許庁の比較研究等を続けることを要望するとともに、今後、他国への働きかけも含め、審査基準等の制度調和を推進頂きたい。
(4)審査基準の運用に関して
進歩性に関しては「論理付け」が拒絶理由を通知する上での肝である。しかしながら、実際の進歩性違反の拒絶理由通知においては、論理付けの記載が十分でないケースが見られる。ここでは、審査段階での説示の記載は審決並み記載量を要求しているのはなく、論理付けのポイントが記載されていることがまずは大事だ。拒絶理由通知起案のポイントは何かという点については今後、産業界とさらに議論を行った上で、運用の適性化が行われるよういくようお願いする。
その前提の上で、審査基準に関しては、上述した「論理付け」等、実務上不明確な点、理解しにくい点があるので、より分かりやすく、出願人にとっても使いやすくなるように要望する。
(6)各論
・「動機づけになり得るもの」について、審査基準の記載は必ずしも明確ではなく、この審査基準が裁判所の考え方と一致しているかどうかも判然とはしていない。記載内容の明確化および記載内容の充実を図るといった改善が望まれる。
・周知技術について、周知技術の適用につき、疑義が生じないよう改善が望まれる。
・最適材料の選択・設定変更等について、適用要件を明確にすることが望まれる。
・阻害要因について、「容易に想到することを妨げるほどの記載」、「一見論理づけを妨げるような記載」について、具体例を充実する等して、意味内容の明確化をお願いする。また、この際、進歩性を肯定する観点からの事例の充実もお願いする。

《弁理士会の「特許実用新案審査基準(進歩性)に対する意見」(pdf)の中での提言》
Ⅰ.今後の進歩性審査基準のあり方について
2.現行審査基準の課題
(3)いわゆる後知恵防止の記載
EPO、米国を始めとする諸外国でも押し並べて審査基準上後知恵排除の記載をおいている。審査基準上後知恵排除が担保されていることは、権利の安定性に資する、極めて重要な事項と考える。
具体的な記載として、例えば、「基本的な考え方」において、後知恵防止の注意書きをおき、さらに、引用発明の認定、一致点・相違点の認定において、本願発明の助けを借りての判断を排除する記載をおき、さらに論理付けの段階において、出願時点での客観的判断が担保できるような客観的判断手法(例えば、本願及び引例の課題を離れた判断をしない、二次的考慮事項の充実等)を示すことが望まれる。
(4)立証責任が審査官にあることの明確化と拒絶理由における説明責任
進歩性について、審査官が立証責任を負うことは、特許法29条2項が消極的要件として規定されていることからも当然に理解される。
Ⅱ.現行審査基準の記載に即した要望(各論)
1.当業者について
いかなる場合に「チーム」としての当業者となるのか、またその場合、どのような技術分野が包含されるのか、明確化すべきである。
6.論理付けについて
(1)設計変更
何を以って設計事項と判断するのかの具体例基準の説明と裁判例の掲載をすべきである。10. 実用新案について
条文上、実用新案については、「きわめて容易」と、特許法と異なる規定がおかれているにも拘わらず、審査基準上は、実用新案固有の判断基準が一切存在せず、「特許出願についての進歩性審査基準に示される判断手法に準じて判断する」としか記載されていない。
しかしながら、実用新案制度の存在意義を認め、特許制度との棲み分けを指向するのであれば、何らか異なる固有の基準を示すべきではないか。
(以上)

以下次号
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