弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

沖縄訪問(1)

2014-03-30 13:23:36 | Weblog
3月19~22日にかけて、沖縄を旅行してきました。
下の娘が現在沖縄に赴任しており、今回は上の娘の一家を含めて総出で沖縄を訪問しました。
3月19日 沖縄着 レンタカーを借りて万座のホテルへ移動
3月20日 美ら海水族館とJAXA沖縄通信所を訪問し、万座のホテル着
3月21日 普天間第二小学校(普天間)-首里城(那覇)-瀬長島(那覇国際空港近く)-那覇のホテル
3月22日 知念のニライ橋・カナイ橋から東海岸-羽田へ
2歳と4歳の孫を引き連れての旅行なので、自由に好きな場所を訪問するわけにはいきません。今回は太平洋戦争の沖縄戦跡は訪問することができませんでした。

《普天間基地周辺》
沖縄といえば米軍基地です。最大の話題は普天間基地でしょう。

今回の訪問先として、私が唯一希望したのは普天間第二小学校の訪問です。
2011年11月、私はこのブログで「前宜野湾市長がケビンメア氏を名誉毀損で刑事告発」との記事を書きました。
『ケビンメア著「決断できない日本 (文春新書)」については、10月9日にこのブログで紹介しました。その中で普天間問題について
「普天間基地の近くには小学校もあり、(宜野湾)市長はいつも小学校が危ないと心配していました。日本政府はこの小学校を移転させようとしたのですが、驚くべきことに移転に一番反対していたのが市長だというのです。かれはこの小学校の危険性を政治的に利用したのです。」
と紹介しました。
この問題で、前宜野湾市長だった伊波洋一氏が、10月26日、メア氏について、名誉毀損容疑で那覇地検に告訴状を提出したというニュースが流れました(前宜野湾市長、「本に虚偽記載」とメア氏を告訴)。この中で、メア氏は読売新聞の取材に対し、「本の記述は事実で、告訴は不当だ」と語ったそうです。
同じ名誉毀損でも、民事での損害賠償請求ではなく、刑事告発だという点が変わっています。』
『当時(平成元年頃)市議だった安次富修前衆院議員(53)は「反対派は基地の危険性を訴えていたのだから真っ先に移転を考えるべきだったが、基地と隣り合わせでもいいということだった」と話す。別の市関係者も「多くの市民は基地の危険性除去のために真剣に基地移設を訴えたが、基地反対派の一部には、米軍の存在意義や県民の思いを無視し、普天間飛行場と子供たちを反米のイデオロギー闘争に利用している可能性も否定できない」と指摘している。』
『伊波市長の知事選への野望はさておいて、上記のように知事が普天間基地の紹介をするとき、その舞台になるのが、定番ともいえる普天間第二小学校である。
「世界一危険な米軍基地」と、そこに隣接する小学校。
左翼勢力にとってこれほど絵になるおいしい場面はない。
普天間第二小学校はいわば「米軍基地反対運動」の象徴的存在でもある。
「住宅密集地の真中にある米軍基地」と聞くと、住宅密集地に米軍が割り込んできて強引に基地を作ったという印象を受ける。
だが、実際は原野の中にできた米軍基地の周辺に、後から住民が集まってきて住宅街を作ったというのが普天間基地の実態である。』

伊波氏によるメア氏の告発がその後どのような経緯をたどったかは全く聞こえてきません。沖縄に住んでいる娘も聞いていないようです。恐らく、告発を受けた警察が取り上げなかったのでしょう。

それにしても、私としては今回の沖縄訪問で、『「世界一危険な米軍基地」と、そこに隣接する小学校』をこの目で見ておきたいと考えたわけです。

今回の旅行でレンタカーを2台借りました。1台に孫一家が乗り込み、もう1台にそれ以外の私の家族が乗り込んでいます。3月21日、万座のホテルを出て那覇に到着するまでの間、2台は別行動を取りました。そしとそのとき、我々の1台は万座と那覇との中間に位置する普天間基地を訪問したのです。
下の地図の中心「+」に普天間第二小学校が位置しています。

普天間基地は北東から南西に延びており、普天間第二小学校は基地の北の端に食い込むようにあります。上の地図の左下にある「地図」をクリックするとgoo地図に移動できます。ここで「航空」を選んで航空写真で見てみると、普天間基地と普天間第二小学校の位置関係が明確になります。

さて、我々は普天間第二小学校の正門に到着しました(下写真)。
  
小学校正門                    正門付近から普天間基地方向を望む

静かです。
本日は日本の祝日(春分の日)ですが、米軍基地も訓練お休みなのでしょうか。航空機の発着は一切ありませんでした。
右上写真は、正門前から南西方向を撮影したものです。この先に、普天間基地が存在しているはずですが、樹木に遮られて基地の施設を見ることはできません。

取りあえず目的であった普天間第二小学校は訪問しました。このあと、普天間基地を自動車で時計回りに半周して、基地を遠望できないかと探索しました。
残念ながら、基地内の滑走路などの主要施設を遠望できるポイントを見つけることができませんでした。基地に隣接する2カ所で車を止めて高台に上がってみました(下の写真)。

普天間基地の周辺
  
周辺の公園から                  周辺の公園から

左上は、真栄原3-38の小さな高台に設けられた児童公園のてっぺんまで登って基地方向を眺めたものです。普天間基地への入口が確認できますが、中の主要施設までは見ることができません。
右上は、真志喜1-24付近のけっこう大きな公園でした。駐車場からしばらく坂を上ると、てっぺんは基地との境界です。その境界から基地を眺めたのが右上写真です。やはり主要施設は見えません。

こうして、私の普天間基地訪問は終了しました。

今回の4日間の沖縄訪問で意外に思ったのは、米軍の存在感を一切、感じることができなかったことです。
町中で米軍車両とすれ違うこともなく、米兵とその家族らしき外国人と行き違うこともありませんでした。また、最初に書いたように沖縄本島を車で旅しましたが、米軍施設をこの目で見ることはできませんでした。
もちろん、普天間基地の外縁は見ましたが、積極的に見に行ったからであって、そもでも基地の主要施設を見ることができませんでした。

普天間基地について、航空写真から感じ取った印象があります。
今まで、「普天間基地がまずあり、その周囲に市街地が形成された」と聞かされており、てっきり普天間の市街地は孤立して基地の周囲に存在しているイメージを持っていました。
ところが、航空写真でわかるように、普天間の市街(宜野湾市)と那覇市の市街とは、分離して存在するのではなく、シームレスにつながっています。沖縄本島の全体を見ても、平坦な土地についてはぎっしりと市街地が形成されているようですから、普天間基地があろうが亡かろうが、那覇市が周辺に膨張するにあたって宜野湾市も市街地で埋め尽くされたであろうことは明白です。
印象としては、「那覇を中心とする首府圏の中に、普天間基地が呑み込まれて存在する」状況であり、一刻も早く人口が密集していない土地に移設すべきであることは間違いありません。

沖縄本島をただ自動車で走るだけでは米軍基地にお目にかかれないのは上述のとおりですが、自衛隊基地についてはけっこう遭遇しました。同乗する娘(那覇在住)が「自衛隊だ」と言っていることから、米軍基地ではないと判断しました。

《自衛隊知念分屯地とパトリオットミサイル》
3月22日、那覇から東にドライブし、知念周辺の海岸を見に行くことにしました。
県道86号線(南風原知念線)を東進すると、知念の付近で高台の東端に達します。下の地図の「+」位置です。

この近くに見晴らしの良い地点があり、娘が以前来たことがあるということで、我々も立ち寄ることにしました。しかし、見晴らし地点まで車で行こうとしたところ、分岐点の入口で車通行止めとなっています。娘が以前来たときの記憶とは異なるようです。よくわかりませんが、車止めの位置に車を止め、残りの100mほどは歩いて見晴らし地点に向かうことにしました。
  
見晴らし地点の崖の上から撮ったのが上の2枚の写真です。左は東方向、右は南方向でしょうか。上の地図で、県道86号線は、「+」位置の右側で大きくうねっています。後からガイドブックで確認したところ、これはニライ橋・カナイ橋という有名な観光スポットであったようです。上の2枚の写真に、湾曲した橋梁らしき道路が見えますが、これがその橋なのでしょう。有名とは知らなかったので、橋の全景写真は撮っていません。

崖のスポットから車へ戻る途中、北側は自衛隊の敷地になっています。遠くを見ると、2台の自衛隊のダンプトラックらしき車両が、荷台を上げた状態で止まっています。変だなと思いつつ通り過ぎようとしたのですが、ふっと思いつきました。「あれはパトリオットミサイルではないか」
そこで、取りあえずデジカメの望遠(ズームいっぱいで換算105mm)で写真を撮っておきました。その2枚の写真をさらに拡大したのが下の写真です。
 
パトリオットミサイル誘導用フェーズドアレイレーダー(その1)

 
パトリオットミサイル誘導用フェーズドアレイレーダー(その2)

ウィキペディアでパトリオットミサイルについて調べると、下の写真が掲載されていました。
 
航空自衛隊のM901発射機           航空自衛隊のAN/MPQ-53フェーズドアレイレーダー
photo by Maryu, taken 2005/10/09
これらの写真との照合の結果、私が知念で見た2台のダンプトラック(と思ったもの)は、パトリオットミサイル誘導用フェーズドアレイレーダーであることが判明しました。
ネットで調べたところ、以下の記事がありました。
パトリオットの配備完了 自衛隊那覇基地1997年4月17日
『湾岸戦争の際に迎撃ミサイルとしてその名が知られたパトリオットミサイル(地対空誘導弾)の航空自衛隊那覇基地(那覇、恩納、知念の各高射部隊)への配備が3月末までに終了。・・・パトリオットミサイルのシステムはレーダー装置、射撃管制装置と5台の発射機(ランチャー)で構成。一つのランチャーに4発のミサイルが装てんされている。・・・第18高射隊(知念)には2セット配備された。』
私が見たのは、2セットのパトリオットミサイルそれぞれのレーダーだったのですね。私の写真からわかるように、それぞれは、北の空と南の空を監視していました。
私はミサイルの発射機本体を見ることはできませんでした。おそらく、土塁で囲まれた下に配置されているのでしょう。上のgoo地図の左下「地図」をクリックして航空写真を表示させると、自衛隊基地の中には、四方を土塁で囲まれた車両が分散配置されているのがわかります。
パトリオットが見上げる知念の空には、土塁の上に姿を見せたパトリオットミサイル発射機の写真が掲載されています。
さらには、不動産紹介ページとして、「物件紹介 沖縄の基地が生んだ優良投資物件『軍用地』」がありました。
『航空自衛隊 知念分屯基地とは・・・ 知念分屯基地は、「第16高射隊」及び「第18高射隊」の2つの地対空誘導弾(ペトリオット)部隊が所在しており、 南西地域における防空任務の一翼をになっております。』

パトリオットミサイルのレーダーを見た後、われわれは自動車に乗り込み、ニライ橋・カナイ橋を通って知念の海岸にたどり着きました(下写真)。


ps 3/30 メア氏に対する伊波洋一氏の告発の結果がわかりました。
『那覇地検は2012年12月20日、昨年8月に出版した著書で虚偽の事実を記載したとして、沖縄県宜野湾市の伊波洋一前市長が名誉毀損容疑で告訴していた米国務省の元日本部長ケビン・メア氏(58)を、嫌疑不十分で不起訴にした。』MSN産経ニュース 2012年12月20日

以下、次報
コメント

理研は一体どうなっている?

2014-03-16 15:00:39 | サイエンス・パソコン
小保方晴子さんのニュースを見るたびに胸が痛みます。

論文発表時には「生物学の常識を覆す世紀の大発見」ともてはやされ、それが一変して論文不正疑惑です。14日の会見で理研の野依理事長は「未熟な研究者がデータをずさん、無責任に扱った。徹底的に教育し直さないといけない」と小保方さんを断罪したそうです。

弱冠30歳の若手研究者が「経験豊富で老練な研究者」でないことは誰だってわかります。
今回の研究は、いくつもの研究機関が連携して研究を行い、おそらく膨大な実験データが集積していたはずです。チーム間に連携の齟齬はないか、それぞれの実験に落ち度はないか、データはきちんと集積され管理されているか。どれをとっても、一人や二人の若手研究者の手に負えるものとは思えません。
理研の上層部は、このような大きな研究計画を推進する上で、十分な研究マネジメントと研究サポートを行っていたのでしょうか。

小保方さんの博士論文に掲載された写真が流用された疑惑について、小保方さんは「どの写真を使ったかわからなくなった」と述べているそうです。小保方さんが嘘をついているのではないとしたら、茫然自失のパニック状態ということになります。
このようなパニックはどんな状況で起こりえるでしょうか。
論文の締め切りに終われ、連日の徹夜作業で、膨大な実験データの整理がでたらめになり、何が何だかわからないままに写真を選んだ、というような状況が思い浮かびます。
もしそうだとしたら、こんな大事な研究の管理を、たった一人の若手研究者に任せきりにした上層部こそが問題です。
たとえデータ整理を当初は任せていたにしても、本人がパニックになっている可能性を管理者は察知すべきでしたし、察知できたはずと思います。そこで管理者は手をさしのべるべきでした。もし小保方さんがそれを拒否したら、強制的にでも論文作成作業に関与すべきでした。

私が従事していたもの作りの現場に置き換えてみます。
若手エンジニアAさんが25歳のときに思いついたアイデアがすばらしいもので、本人が30歳になったときに会社の浮沈をかけて100億円の大型プロジェクトとしてスタートすることになりました。
さてこのとき、会社はAさんを全体統括プロジェクトマネージャーに任命するでしょうか。
会社はおそらく、経験豊富で優秀なエンジニア(Bさん)をプロジェクトマネージャーに据え、Aさんはその下で自由に動き回って存分に力を発揮することになるでしょう。多くのチームに分散された業務に齟齬がないか、チェックはBリーダーがしっかり行うはずです。
30歳といえば、管理職の端くれにはなっているかもしれませんがせいぜいが新米の係長でしょう。100億円のプロジェクト全体を任せるほどの経験はありません。ここは老練な課長がリーダーを担うべきです。

最初の研究発表のとき、小保方さんはマスカラ・ヘアメーク・割烹着姿でにこやかにピペットを操作している映像が繰り返し流されました。実験するのにマスカラ・ヘアメークはあまりにも不似合いです。
理研の広報担当が舞い上がり、小保方さんを理研広報のための広告塔として十二分に活用しようとした意図がありありです。
利用できるときには広告塔として利用し尽くし、齟齬が見つかると一転して「未熟な研究者」として切り捨てる。これではあんまりです。

マスカラ・ヘアメーク・割烹着姿でにこやかにピペットを操作する小保方さんの映像は、論文不正疑惑のニュースとともに繰り返し流されます。こんなつらい映像は見たくもありません。

理研の会見で理研上層部は、今回の問題を「未熟な研究者がデータをずさんに扱った。倫理教育をもう一度徹底して指導していきたい。」と述べているようです。
上に述べたように、問題は個々の研究者の倫理問題で片付けられません。理研が組織として具備すべき、研究マネージメント体制、研究サポート体制に不備があった、という問題の方が大きいと認識すべきでしょう。
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ビットコインがわからん

2014-03-02 15:22:54 | 歴史・社会
マウントゴックスの破綻問題以来、ビットコインについて理解しようと努めているのですが、よくわかりません。

野口悠紀雄氏は、ビットコインは社会革命である ――どう評価するにせよ、まず正確に理解しよう4ページで、
『ビットコインの仕組みを理解するには、その基礎になった「中本論文」Satoshi Nakamoto,Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash Systemに立ち戻るのがよい。
著者は、「1つの電子コインは、連続するデジタル署名のチェーンと定義される」としている。
この簡潔な言葉で、電子コインの本質が見事に説明されている。日本人であれば、「これは約束手形の裏書譲渡と同じだ!」と、ただちに理解できるだろう。
約束手形に裏書して譲渡すれば、その見返りに商品などを受け取ることができる。そして、原理的には、裏書を繰り返すことによって、その手形はどこまでも流通していく。これは、日銀券や硬貨という「法貨」(法定通貨)で支払いをしているのと同じことだ。
ビットコインの理解には、このように手形裏書譲渡とのアナロジーから出発するのが最もわかりやすいと思う。ビットコインに関する説明はあまたあるが、こうした説明法が見られないのは、不思議なことだ。』
と解説しています。
そこで私は、このアナロジーをスタートとしました。

ウィキでは『約束手形とは、振出人が、受取人またはその指図人もしくは手形所持人に対し、一定の期日に一定の金額を支払うことを約束する有価証券のことである。』とあります。
そして「裏書譲渡」は、手形法で特別の規定があるものの、取りあえずは「債権譲渡」と理解できそうです。

ビットコインの所有者が移転する場合を、2つの場合に分けてみます。

《商取引の対価としてビットコインを受け取る場合》
商品の販売者Aが、「ビットコインでの支払い可」と表示し、Bに商品を売って対価としてBからビットコインを受け取りました。
Aは、原材料購入や賃金支払いのために通貨が必要で、ビットコインを貨幣に換金する必要があります。
このときにどのようなことが起こるのかが見えてきません。
「約束手形の裏書譲渡と同じ」ということから考えると、「一定の期日に一定の金額を支払うことを約束した振出人」がいるはずで、そのビットコインについて「一定の期日」が経過しているのであれば、「振出人」からお金をもらえるはずです。しかし、その部分のメカニズムについて記述した解説にはまだめぐりあっていません。

「振出人」がいる場合もいない場合も、Aが換金しようとしてトラブルが生じたとき、法律が助けてくれるかどうかがポイントです。民法や手形法はこのために存在していますが、ビットコインではどうなのでしょうか。
ビットコインの特徴として、『どのビットコインIDから、どのビットコインIDに、いついくら送ったかは、正確に記録が残る。この記録は消せない。改竄できない。』ということですから(こちら)、「振出人」に相当するビットコインIDが特定できるはずです。あとは、そのビットコインIDに対応する実在の人物・法人が特定できるかです。それが特定できれば、日本であれば民法の助けを借りてAは権利を主張(例えば債務不履行に対する損害賠償請求)が可能かもしれません。しかし、公開のビットコインIDから、債務者である当人を特定できるかどうかが、まだよくわかりません。

債務者が日本において日本円での支払い義務を有してるとして、換金しようとするAがアメリカ在住だったらどうなるのでしょうか。ここでは「外国送金」が発生してしまいますし、Aは円からドルに換金する必要も生じます。
世の中で「ビットコインは外国送金も自由」と喧伝されていますが、この部分が不明です。

「世の中にはビットコインを買いたい人がいるので、Aは換金に際して「振出人」に要求するのではなく、ビットコインを買いたい人に売ればいいのだ』
ということかもしれません。
しかし、買いたい人よりも売りたい人が多くなった場合、結局は「振出人」に要求せざるを得ません。
また、「振出人」は、最初に約した「一定の期日」に、すでに「一定の金額」を支払っているはずです。どこかに対して。その「どこか」とは、今注目の「取引所」になるのでしょうか。そうだとすると、「取引所」がお金をストックしており、ビットコインの現時点の所有者から要求があればお金を支払うことになります。そしてその結果、「そのビットコインは消滅」となるはずです。

《対価を払ってビットコインを入手しようとするとき》
一つは、「すでに流通しているビットコインをそのときの所有者から購入する」という方法があるはずです。上記のAはビットコインを所有して換金を希望していますから、Aから購入することが可能でしょう。また、「取引所」が販売可能なビットコインを所有しているかもしれません。

もう一つは、「新たに約束手形を振り出す」という形式があるかどうかです。これが可能なら、このときに新たなビットコインが発生しているはずです。

ここで、私は「ビットコインの発生と消滅」を仮想しましたが、今まで読んだ解説では、ビットコインの発生と消滅について記載したものに遭遇していません。

《ビットコインはなぜ価格が変動するのか》
ビットコインが「約束手形の裏書譲渡」だとしたら、その手形によって換金できる金額は決まっているはずです。なぜ価格が変動するのでしょうか。そこはよくわかりません。
もっとも、国債も、償還時に得られる金額が決まっているのに流通段階では価格が変動します。同じことなのでしょうか。

《日本政府はなぜビットコインあるいはマウントゴックスを規制してこなかったか》
麻生財務大臣は、ビットコインについて「あれは通貨か。通貨として誰もが認めているわけではない」と指摘。「こんなものは長くは続かないと思っていた。どこかで破たんすると思っていた」と語ったそうです。
もし財務大臣としてそのように考えていたのなら、消費者保護のため、ビットコインを日本で禁止するか、あるいは日本で設立されたビットコイン取引所であるマウントゴックスを規制すべきでした。そのような行政を行わずに、マウントゴックスが破綻してからこのような発言をするというのは無責任と言わざるを得ません。
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