弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

社会保障を問いなおす-全体像

2007-07-31 22:50:08 | 歴史・社会
中垣陽子著「社会保障を問いなおす」(ちくま新書)について、先日紹介しました。新書で、年金、医療・介護、少子化対策を網羅的に取り扱った本であるにもかかわらず、読み応えのある本です。
参議院選挙での各党の主張について、新聞で見る限りは詳しくフォローできないでいたのですが、7月28日(選挙前日)のNHK総合番組「決戦・党首駈ける」を見ていたら、野党の主張の中に中垣さんの提案を半分程度取り入れた主張がいくつも見られたのが印象的でした。

ここでは、本の中で印象に残った記述について、忘れないように書き留めておくこととします。

《現状-全体像》
わが国の社会保障給付費は、年々増加を続けています。その規模は2004年で86兆円に達しており、その中で増加を続けているのが年金(46兆円)と医療(26兆円)です。
ただし、86兆円という規模は、国内総生産に占める割合で見ると、先進国の中ではアメリカと並んで最低ランクです。
わが国の社会保障給付の中で、各国と比較して特に少ないのが、年金や医療以外の部分(障害者へのサービス、生活保護、失業給付、子育て支援)です。
わが国の制度は、高齢者への給付にかたよっています。高齢者年金と医療費のうちの高齢者部分、高齢者介護を足し合わせると、全体の7割に達します。他方、子育てへの給付はわずか3.8%に過ぎません。
わが国ではこれから、65歳以上の高齢者の数は、今後の20年間で1.4倍まで増える一方で、65歳未満の人口は0.8倍に減少します。
厚生労働省が2004年に発表した推計に基づけば、わが国の社会保障給付は2025年には152兆円、現在の1.8倍にまで増加します。

《中垣さんの基本的考え方》
「社会保障制度改革における最大の課題は、身の丈と安心感という、この一見両立しがたい二つのポイントをいかにして両立させうるかに尽きる。
公平は平等や安心感と対立することになる。社会保障制度を考える上では、まずは平等と公平を分けて考えることが重要なのだ。
社会保障制度のあり方を考える上で最も重要なポイントの一つは、公平と平等(=安心感)のバランスをどのようにとっていくか、そしてさらには、公平性の確保が難しい場合において、いかにして不公平感による国民の不満を極力小さくし、皆が納得できるよう制度設計するか、ということだといえるのである。
ある一定の家庭像や働き方などを想定し、その家庭像や働き方にとって最も望ましい制度をきめ細かく作り上げたとしても、社会の実態は政府の想定をはるかに超えて流動化し続け、制度からあぶれる人は増え続けるばかりだ。そのたびにいちいち制度を改めていこうとしても、必ずや後手にまわる。であればこそ、制度は、家庭とか働き方に関係のない、ニュートラルなものであるべきで、それは結果としてわかりやすく単純な制度であるはずなのだ。」

《年金制度改革の提案》
全国民に等しく、新たな基礎年金制度を導入します。原則一人7万円、一人暮らしの場合は9万円を支給し、財源はすべて消費税とします。支給額は賃金水準にスライドします。
これとは別に、任意加入の積立型年金を導入します。積立型ですから、運用益分を上乗せして確実に自分に返ってきます。また、平均寿命よりも長く生きた場合にもちゃんと年金をもらい続けることができます。

《子育て支援策の提案》
現在の子育て支援は、保育園の拡充などに充填が置かれていますが、あくまで共稼ぎが対象です。しかし、既婚女性の中で共稼ぎは決して多数派ではありません。また、保育園にかかる経費は膨大です。
そこで、子どもを欲しいと思うすべての家庭に等しく支援を行う意味で、中学修学以前の全ての子どもを対象に年額100万円を支給する「子育て支援金」制度の創設を提案します。


それでは、年金制度、医療・介護保険制度、子育て支援策のそれぞれについて、別稿でまとめます。
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パレンバン

2007-07-29 16:54:51 | 歴史・社会
サッカー・アジアカップの3位決定戦は、インドネシアのパレンバンで行われたようですね。
パレンバンと聞くと、「えっ、あのパレンバンか?」と注目してしまいます。

インドネシアが蘭印(オランダ領インドシナ)と呼ばれた時代、パレンバンに石油資源が発見され、油田開発が行われました。太平洋戦争の初期、日本軍が落下傘部隊を投入してこの油田を奇襲、制圧したことで有名になりました。

「1942年1月11日、堀内豊秋大佐率いる精鋭334名の大日本帝国海軍落下傘部隊が、セラベス島(現在のスラウェシ島)に降下した。
続いて、2月14日、陸軍の久米精一大佐率いる430名がパレンバン飛行場に降下を決行。カラビアン飛行場に続き、アンゴン攻略。
そしてジャワ島では、3月1日。バタビア海戦に勝利した日本は第十六軍(今村均中将司令官)を上陸させる。
6日にバンドン攻略。8日ジャワ島平定。9日、オランダ軍降伏。」

パレンバンを攻略した日本落下傘部隊については、「空の神兵」という歌が有名です。あの高木東六が作曲しました。
「藍より蒼き 大空に 大空に
忽ち開く 百千の
真白き薔薇の 花模様
見よ落下傘 空に降り
見よ落下傘 空を征く
見よ落下傘 空を征く 」

今回の日本代表には、空の神兵は舞い降りてこなかったようですね。

今村均のジャワ上陸については、このブログでも話題にしたことがあります
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25.5インチワイド液晶ディスプレイ

2007-07-26 21:20:42 | サイエンス・パソコン
私は7年前に事務所を開設して以来、事務所の自分用のパソコンディスプレイとして20インチCRTを使ってきました(下の②写真)。イイヤマ製、解像度は1280×1024です。現在では19インチ液晶が主流になり、当たり前の解像度ですが、当時の主流は17インチCRTあるいは15インチ液晶で、解像度は1024×800でした。
大画面・高解像度を生かし、ワードのA4文書を横に2画面表示させ、右は現在執筆中の部分、左に例えば記載済みの特許請求の範囲を表示させ、効率よく明細書の執筆にいそしんできました。ただし、老眼の私にも明確に読み取れる大きさのフォントを採用しているので、左右の画面をフルサイズとすると、どうしても画面ないに収まりません。そこで、左画面については、ズームで90%に縮小して表示し、なおかつ左右の画面を少しだけ重ね合わせるという苦肉の策です(下の④写真)。
  
① 25.5インチワイド液晶         ② 20インチCRT

  
③ 25.5インチワイド液晶         ④ 20インチCRT

最近、パソコン使用中にCRT画面が揺らぐときがあり、そろそろ寿命が近づいてきたかと思わせます。そこで、当方も液晶に交換すべく、どのような製品が売られているのか、調べてみました。
すると、最近は19インチのみならず、もっと大画面の液晶がけっこう安価に供給されていることが分かりました。

最初は24インチワイド液晶が目に付きました。
BenQという知らないメーカーからFP241WJという製品が出ており、良さそうです。解像度は1920x1200、表示領域は518.4x324.0mmです。普通の19インチ液晶の表示領域が376.3x301.1mmですから、高さが若干増えて横幅が広がる勘定です。値段は9万円弱です。
最初はこれに決めようと思ったのですが、色は黒のみです。私の事務所は白やベージュ系で統一しているので、液晶だけ黒にしたくありません。そこで、この機種は止めました。

そして目に入ったのが、三菱の25.5インチワイド液晶(RDT261WH)です。値段は一気に14万円まで上がります。しかし、色は白と黒の2種類あるので、白を選ぶことができます。解像度は1920x1200、表示領域は550.1×343.8mmで、24インチワイドと比較しても一段と広がります。
とうとうこれに決めてしまいました

本日、液晶が届きました。さっそく組立です。

デスク上に設置した状況が上の①写真です。
そして、ワードの明細書文書を左右に2画面、表示しました(上の③写真)。横が十分に広いので、左画面を90%縮小にする必要は全くありません。左右両方とも100%表示で、それでも横が余ります。
縦も長くなったので、表示される文章の行数が増えました。これでますます明細書の生産性が向上しそうです。


今回の機種選定に際しては、高解像度ワイド液晶ディスプレイ選びというサイトの記事を参考にしました。ここの記事によると、ワイド液晶のニーズとして、ひとつは画像クリエーターの仕事用として、A3をフルに表示でき、かつ画質が良好なものが要求されているようです。もう一つのニーズはテレビ再生です。
そして、画質の良好なワイド液晶として、NECのLCD2690WUXiという25.5インチワイドの性能が抜きんでているようです。ただし値段が18万円のオーダーです。その次に位置するのが、今回私が購入した三菱RDT261WHです。両方とも、液晶そのものは韓国LG製の同じものを使っているようです。
BenQの上記24インチワイドも、このサイトでの評価ではそこそこ良好でした。

私の三菱製の懸念評価として、「画面が明るすぎる」というのがありました。明るさを最小にしても、明るすぎるというのです。
私も実際に調整してみました。明るさを最低にしても、なるほど明るすぎます。さらにコントラストを50%から20%まで落として、やっと目にやさしくなりました。

ついでに、私の親指シフトキーボードの写真を下に載せておきます。

親指シフトキーボード(Rboard Pro for PC)
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国内優先権基礎出願明細書

2007-07-24 22:06:14 | 知的財産権
国内優先権を主張した特許出願については、優先権の効果の存否について、優先権元出願の出願当初明細書をチェックする必要があります。ところが、優先権元出願はみなし取下げされ、公開公報が発行されません。また、優先権主張出願の包袋にも入っていません。

優先権元出願の出願当初明細書を読むための手段としては、パソコン出願(インターネット出願)端末から、その元出願の出願番号をキーにして閲覧請求をすることができます。閲覧のためには、特許庁に接続することのできるパソコン出願(インターネット出願)端末が使えることが必要で、1件あたり600円の経費もかかります。

最近の特許庁電子図書館(IPDL)では、「審査書類情報照会」において審査書類を無料で閲覧できるようになりました。公開公報のみならず、出願時の願書や明細書も閲覧することができます。国内優先権元出願明細書についても、このルートで閲覧が可能であれば、パソコン出願(インターネット出願)端末は必要でなく、費用も無料で可能です。しかし、トライしてみましたが、国内優先権元出願にはアクセスすることができません。

そこで、IPDLのヘルプデスクに電話で聞いてみました。
やはり、国内優先権元出願明細書は、このルートでは閲覧できないそうです。ここで閲覧できるのは、公報が発行された出願のみだということです。
従来通り、パソコン出願(インターネット出願)端末を保有している特許事務所などに依頼してください。

ところで、国内優先権主張が国際出願経由であれば、つまり、国内優先権主張出願が国際出願(PCT)であり、PCT出願において日本自己指定した場合には別ルートがあります。
WIPOのサイトで、PCT出願の出願番号か国際公開番号で検索すると、優先権証明書類ということで、元の出願の明細書を閲覧することができるのです。
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社会保障を問いなおす

2007-07-22 19:19:28 | 歴史・社会
中垣陽子著「社会保障を問いなおす」(ちくま新書)
社会保障を問いなおす―年金・医療・少子化対策 (ちくま新書)
中垣 陽子
筑摩書房

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前報の「年金問題」では、「日本の年金」と「年金を問う」を取り上げました。この2冊が年金に特化した書物であるのに対し、今回の「社会保障を問いなおす」は、年金、医療・介護、少子化対策を網羅的に取り扱った本です。そういった意味では総花的な本なのかなと想像し、最後に読むことにしました。しかし案に相違し、一番読み応えがあったのがこの「社会保障を問いなおす」でした。
著者の中垣陽子氏は、1987年に経済企画庁に入庁して「平成13年度国民生活白書」などを担当、その後国土庁で人口問題を担当、現在は(財)世界平和研究所で社会保障制度の改革を担当している方です。年金、医療・介護、少子化対策のすべてについて深い見識を持ち、抜本的な改革の方針を持っておられるようです。その内容がこの本に記述されています。
しかしこの本についても、2005年5月に発売され、その第1刷を今回私は入手しました。売れていないのですね。これだけ年金が国民的関心事になっていながら、その関心というのが、自分が他の人に比べて損しないで済むか、に限定されているということでしょうか。

細かい内容は別に記すとして、あとがきから拾ってみます。
「『二十一世紀の社会保障制度のあるべき姿』というような、本来中立的な判断を行うべき議論の場であっても、話し手のバックグラウンドは色濃く発言に反映されるのが常である。
 例えばの話、典型的には、専業主婦家庭の世帯主である一定年齢以上の男性は、小さな子どもを持つ女性がフルタイムで働くことには懐疑的であることが多い。従って、子育てと仕事の両立支援が必要だと口ではいいつつも、本音では子どもがかわいそうだとやや腰が引けている場合もあるように思える。ところが、たまに心底両立支援を支持しているらしい例外を発見し、『なぜだろう』と調べてみると、その男性のお母様が長年働いていらしたとか、仕事と子育ての両立に懸命になっている女性が身近にいた、というようなことはよくある。
 立場が変わってくると、それも発言に大きく影響する。例えば、『保つべき、守るべき家庭』をもつと、急に保守的な発言をするようになる人は多い。
 本書で指摘した、身の丈重視と安心感重視の対立も、結局は、もてる者vs.もたざる者(+現行制度によって既得権を得ている者)の対立の側面が強い。
 暮らし方・働き方に関する価値観は千差万別である。したがって、社会保障制度に望むものも然りである。しかも、どんなに中立的であろうとしても、所詮、人は、環境に縛られている生き物なのだ。
 それを前提とした上で、では、どうすれば少子高齢化や人口減少という現実に対応すべく社会保障制度改革を進めていけるのかということこそが、本書の一番根っこにある問題意識なのである。
 無論、国にとって望ましいと考えられる一定の暮らし方や働き方を前提とした制度設計を考えることもあり得ないことはない。
 けれども、誰にとっても自身の個人的価値観を排除しにくい分野である以上、望ましい暮らし方や働き方について合意形成などできるわけがないし、またそうすべきでもないと、筆者は考える。逆に、多様な考え方や生き方が共存できる、互いを認めあえる社会をこそ、我々は今後目指すべきであり、そのためには、政策が、一定の暮らし方や働き方だけをサポートしていない誰からみても中立的なものとなっていることが、何よりも重要なのではないかと考える。
 本書において、不公平感の極力少ないわかりやすい制度という視点を強調したのは、こうした考え方によるものだ。」

著者の中垣氏が考えるような方向で政策の合意形成がなされるのは極めて困難であるだろうとは想像できます。参議院選挙が終われば、年金問題もどっかに吹っ飛んでしまう可能性が高いです。しかし、制度を好ましい方向に変えていくための世論形成の努力を今後も続けて欲しいものです。

年金、医療・介護、少子化対策の個々の内容については、別に紹介します。
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年金問題

2007-07-19 22:17:10 | 歴史・社会
藤本健太郎著「日本の年金」(2005年・日経文庫)
保坂展人著「年金を問う」(2004年・岩波ブックレット)
  
年金問題を勉強しようと本を探しましたが、どうも適当な本が見つかりません。今回、上の2冊を読んでみました。

「日本の年金」は、取り敢えず日本の年金制度をざっと概説した本です。著者は元厚生省のお役人です。今回アマゾンで購入してみたら、2005年2月15日発行で1版1刷でした。これだけ年金問題が騒がれているのに、年金問題を解説した数少ない新書本が全く売れていないということですね。
やはり著者が厚生省出身だからでしょうか。年金が抱える問題についての切り込みが全く不足しています。取り敢えずは、問題点はさておき、年金の全体像を掴むのみの役割を果たす本です。また、「・・・のではないでしょうか。」「・・・のではないかと思います。」という末尾が多く、読みづらかったです。本を書く以上は、もっと自信を持って書いて欲しかったです。
年金の体系について、三階建ての家とたとえ、一階から三階までの説明がされていますが、実のところちんぷんかんぷんです。結局理解することを諦めました。

「年金を問う」の著者である保坂展人氏は現在は社民党代議士なのですね。この本では肩書きがジャーナリストとなっています。以下のような内容です。
(1) 1943年に日本の年金制度が誕生したいきさつ
(2) 150兆円に及ぶ年金積立金の誕生
(3) 年金官僚がいかにして年金積立金を無駄遣いしてきたか
  グリーンピア、年金住宅融資、年金広告費と監修ビジネス
(4) 今までの年金積立金の運用状況
(5) これからの年金積立金の運用

国民が納めた年金保険料が積み立てられ、今や140兆円とも150兆円ともいう高額に達しています。この年金積立金は、戦後ずっと、大蔵省の資金運用部に集められ、財政投融資資金として運用されてきました。高度成長期には、年金積立金、郵便貯金、簡易保険を集めた財投資が日本の成長を牽引してきた実績があります。しかし最近は、石油公団や道路公団などの特殊法人で無駄に使われるばかりで、国民の財産が知らないうちに不良債権化するばかりでした。

一方、厚生省は財政投融資から資金を借り受け、グリーンピアの建設、株式投資、年金住宅融資を実施します。借りた金は返さなければなりません。グリーンピアでは投資した3800億円は戻ってこず、年金積立金を取り崩して財政投融資に返済されます。

もっとひどいのは年金住宅融資です。
私は30年ほど前に家を新築する際、住宅金融公庫とともに「年金転貸」という名目のお金を借りることができました。珍しい名称だなと思っていたのですが、これこそが年金住宅融資だったのですね。
年金福祉事業団がつくられ、財政投融資から有利子で資金を借り、厚生年金・国民年金の加入者に、住宅金融公庫に準じた低金利で貸し付けを行ってきました。財政投融資に払う利息より、住宅融資で貸し出す利息の方が低いという逆ざやです。また、融資の審査が大甘で、回収できない焦げ付きが多発したようです。この逆ざやと不良債権が、合計で1兆円の規模に達しているようです。
年金住宅融資は2003年に新規融資を中止しますが、融資残高は6兆円を超えています。ここで厚生労働省は、年金積立金から6兆円を抜き取り、財政投融資に返済してしまうのです。これで返済義務はなくなりましたが、年金積立金が大幅に目減りしました。今後、厚生労働省がどれほど融資を回収できるかにかかっていますが、もう借金はないのですから、のんきに回収することになる可能性は大きいです。

140~150兆円の年金積立金、その運用主体が、昔の財投資から、「年金積立金管理運用独立行政法人」に移りました。この独立行政法人はどのような団体で、どのように積立金を運用するのでしょうか。
「年金を問う」によると、
独立行政法人には、経済・金融関係の有識者による運営委員会が設置されます。運営委員会は理事長に建議できる権限を持っています。最終判断はたった一人の理事長が行うということです。また、厚生労働省内に評価委員会を設けます。ところが、理事長、運営委員、評価委員のいずれも、厚生労働大臣が指名します。
二重チェックのように見えて、実質はすべて厚生労働省の手の内にある、ということです。

年金積立金管理運用独立行政法人は、140兆円超の資金を抱え、郵便貯金に次いで世界第二位のメガバンクだということです。厚生労働省は、このような巨大な影響力を持つ金融機関を手の内にしました。今は社保庁のみに目を奪われていますが、年金問題のうちのここにこそ、国民は監視の目を光らせなければなりません。
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後知恵を指摘した判決(2)

2007-07-17 20:35:17 | 知的財産権
日本知財学会主催の第5回年次学術研究発表会「進歩性の歴史と現状と展望」の発表の中で、今年3月に「(無効)審決は後知恵に陥っている」として進歩性を認めた審決取消判決として紹介された1件目に引き続き、2件目の判決を検討します。

平18(行ケ)10422(裁判所ホームページ
発明「耐水性で発散作用のある履物用靴底」についての特許出願で拒絶査定がされ、査定不服審判で請求が棄却され、出願人は知財高裁に審決取消を請求しました。

「審決を取り消す」という判決が出ました。本願発明と引用発明との相違点について、被告(特許庁)が「当業者であれば相違点に係る構成を容易に想到できる」と主張したのに対し、判決で裁判所は、「被告の上記主張は、裏付けのない主張であり、本願発明の相違点に係る構成を後から論理付けしたものというほかなく、採用することができない。」と判示しました。
判決のこの部分が注目されている部分です。

《本願発明》
本願発明は「靴底」です。下の図の「本願発明」にある底11が革製です。
本願明細書に以下の記載があります。
革製の靴底は、蒸気透過性であり足の健康に良いのですが、雨天では革は耐水性がなく、水を吸収するので好ましくありません。
そこで本願発明は、膜12を有し、膜12は、ゴアテックス等の水は通さないが蒸気を通す材料です。膜12の周縁は底11の縁から間隔をおいて位置します。さらに、ゴム等の不透過性の材料でできた上部部材13を有し、上部部材13は底10と組み合わされ、上部部材13が膜12の少なくとも周辺領域を被覆し、上部部材13は膜12の影響を受ける領域に1つ以上の貫通孔14を備えます。
代表的には、下の図の本願発明にあるように、上部部材13の外形は底11の外形と一致し、上部部材13の貫通孔14は、その形状が膜12の外形よりもやや小さい形状です。
この発明の奏する作用効果としては、「かくして、底部からの靴底を解した水の通過は防止される一方で、上部からの靴底を解した蒸気の通過は可能である。」と記載されています。
上部部材13の貫通孔14部分では、革製の底10(蒸気・水とも透過)と膜11(蒸気透過、水不透過)の層であり、耐水性を有しつつ蒸気を透過します。一方、上部部材13で覆われた部分は、蒸気も水も不透過で耐水性を確保できるということでしょうか。


《引用発明》
甲1(実開平2-125604)に記載の引用発明は、上図の「引用発明」に示します。
甲1に以下の記載があります。
従来、靴の本底として、革製本底は、通気性に優れ靴内部の蒸れを防止できる反面、防水性に劣るため、雨天時には本底にしみ込んだ水分が靴内部に浸透して蒸れを増幅させます。一方樹脂製本底は、防水性に優れる反面、通気性がないため、蒸れの逃げ場がないという欠点があります。
甲1に記載の発明は、革製の本底1の上面の少なくとも踏みつけ部に、蒸気等の気体に対しては通気性を有するが液体としての水分は透過させない特性からなる防水部材2を積層配置します。防水部材2として、東レエントラントやミクロテックスが挙げられ、ゴアテックスとと同類です。

《審決》
本願発明は、貫通孔14を有する上部部材13を備えるのに、引用発明はかかる上部部材を備えない点が相違するとします。
相違点に関し、以下のように判断します。
つまり、引用発明を見た当業者は、本底1のうち、防水部材2が積層配置されていない部分について防水性が不完全なものであることを容易に予測し得るのもであり、また、合成樹脂製の靴底が、通気性はないものの防水性に優れることが甲1に記載されており、革底に合成樹脂を組み合わせることは甲2~甲4に記載されているのであるから、引用発明の防水性をより向上させるために、革製本底1の上面が露出する部分を防水性のある合成樹脂で覆うようにすることは当業者が容易に予測し得た、として本願発明の進歩性を否定しました。

《判決》
裁判所は
「引用例には,更に防水性を高めるために「不透過性の材料でできた上部部材」で覆うというようなことについては記載も示唆もなく,また,審決が周知技術として引用する甲2刊行物ないし甲4刊行物にも記載がないのであるから,防水布の通気性を保つために貫通孔を備えた不透過性の材料でできた上部部材により被覆するという本願発明の相違点に係る構成を採用することが,当業者に容易想到とすることはできない。被告の上記主張は,裏付けのない主張であり,本願発明の相違点に係る構成を後から論理付けしたものというほかなく,採用することができない。」
と判示しました。

《考察》
確かに、甲1~4には、「革製の靴底において、革の上面に合成樹脂を配置すれば、防水性を高めることができる」点についての開示はありません。しかし、甲1には「樹脂製本底は、防水性に優れる反面、通気性がないため」という記載があります。そしてこの点は、素人が考えても当たり前です。
甲1記載の引用発明を見た当業者が、防水部材2で覆われていない革製の本底1部分について、防水性を確保するために樹脂等の上部部材で覆うことは、何ら困難性を必要としないように思われます。
さすがにここまでは後知恵とは言わないのではないか。

本願明細書には、なぜ膜12を底11の周縁まで覆わないのか、という点については記載されていません。甲1には、「その必要がないから」としか記載されていません。
しかし私の知識では、ゴアテックスなどの膜は非常に弱いと知っています。また、量産靴の製法では、靴の組み立てにあたり、本底とアッパーとの間を接着する「セメント法」が主流であるということです。そうであれば、本底とアッパーとを接着する本底周縁部には、膜12を配置しないのが当業者常識であろうと思われます。
そして、靴底の通気性と耐水性を両立しようと考えつつ甲1を見た当業者は、アッパーとの接着のために防水布2を配置しなかった本底1周縁部について、耐水性確保のために樹脂膜を配置することは容易であるように思われます。

裁判において、被告は靴製造に関する当業者常識を十分に提示できなかったのではないか、という疑問がどうしても残ります。

結局、この判決の結論の妥当性について、私の頭の中では五分五分で揺れています。
また、「後知恵を諫める判決」の典型例として使えるほどの事例でもなさそうです。


《判決の誤認識部分》
判決における裁判所の判断の中に、技術の誤認識部分があります。判決の第4-3(3) で
「一方,引用例(甲1)には,「…本実施例においては,本底1の上面の踏付け部に防水布2を積層配置したが,本底1の上面の全体に積層配置するようにしても良い。ただし,水の浸透による不快感,靴内部の蒸れによる不快感の感覚は,特に足裏のうち踏み付け側において顕著であるから,本実施例のように踏付け部のみに防水布2を積層配置しただけで充分に効果的である」と記載されているから,革製本底1の上面全体に防水布2を積層配置すれば防水性が高まるが,その場合には,通気性が損なわれ,靴内部の蒸れによる不快感の問題が生じることが記載されているということができる。」と判示しています。
甲1の当該記載は、防水布2を本底1の上面の全体に積層配置した場合について、裁判所が言うように「通気性が損なわれる」などとは述べておらず、「そこまでしなくても不快感は十分に防げる」と述べているに過ぎません。
裁判所のこの誤認が判決にどのように影響しているか不明ですが、このような事実誤認があるということは、判決の信頼性を損なっていることは事実です。
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たそがれゆく日米同盟-ニッポンFSXを撃て

2007-07-15 10:55:34 | 趣味・読書
米国製戦闘機F-16をベースに、自衛隊運用の支援戦闘機を日米共同で開発したプロジェクトが、FSXです。
このプロジェクトの内容について詳しくは知りませんでしたが、「日本の独自技術(炭素繊維一体成形など)が米国に持っていかれた、不平等開発である」という報道が記憶に残っています。

手嶋龍一著「たそがれゆく日米同盟-ニッポンFSXを撃て」(新潮文庫)
たそがれゆく日米同盟―ニッポンFSXを撃て (新潮文庫)
手嶋 龍一
新潮社

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この本には、支援戦闘機がどのような飛行機なのか、詳しい説明がありません。そこで、Wikipediaで調べてみました。
支援戦闘機とは、対地攻撃や対鑑攻撃を主要任務とする戦闘機なのですね。自国の地上軍や艦隊を支援する戦闘機という意味でしょうか。自衛隊はF-1という国産の支援戦闘機を運用していましたが、この戦闘機の寿命到来に伴い、次期支援戦闘機(FSX)をどのように調達するかという議論が起こりました。FSXに要求される武装のひとつに、「対鑑ミサイルを4基搭載」があります。このような仕様を満たす戦闘機は当時ほとんど存在しなかったということで、その点から既存の戦闘機をそのまま購入するという選択肢はなかったのでしょう。そこで、日本単独の自主開発か、米国機をベースに米国と共同開発するか、という話になったのです。
軍事大国の米国ですら所有していない機種を、日本の自衛隊が必要とする、というのもよく分からない話ではあります。海上自衛隊が空母を所有しないとか、そのような特殊事情によるのでしょうか。

日本側は、日本が保有する技術は高度なレベルにあり、共同開発で日本から提供できる寄与は高いという雰囲気がありました。
一方米国側は、国防総省や国務省は日米共同開発に好意的であったものの、議会には反FSX意識が高まっていました。米政府が推し進めている日本FSX計画では、いたずらに日本に技術を吸収されるだけであり、日本に有利な不平等協定であるというのです。
レーガン政権の末期、1989年初頭に、日米政府間ではFSX開発協定の合意に達します。ところがその直後、米政府が議会に承認を求める直前、ホワイトハウスはレーガンからブッシュ(父)に政権が交代し、政権の空白期間が生じるのです。
この空白に乗じ、米上院は攻勢に出ます。ブッシュ政権のベーカー国務長官は議会運営の難しさを熟知し、議会をなだめるため、一度は政府間で締結された協定について、「日米合意内容の明確化」という言い方で米国に有利な方向に修正を図ります。それでも議会は納得せず、上院はエンジン技術を日本に供与しない議案を可決します。ブッシュはこれに対して拒否権を発動、上院の評決の結果、拒否権を拒否する2/3の賛成に1票足りないという僅差で、ブッシュの拒否権が認められたのです。

米国議会はなぜこれほどまでにFSX共同開発に反対したのか。その背景には、日米半導体協定(1986年)でアメリカは日本に騙されたという意識、東芝機械によるココム違反事件(1987年)の記憶、石原慎太郎共著「Noといえる日本」が反感を買ったこと、などがあると、手嶋氏は記述しています。

米上院の反撃を何とか阻止し、FSX開発計画は実現するわけですが、在米日本大使館が果たした功績は大きかったようです。当時在米日本大使であった松永信雄は、特攻の生き残りという経歴を有します。松永は米国在任期間中、米国議会人との人脈を構築しており、この人脈を通じて上院での最終勝利をものにしました。
また松永大使の右腕となったのは、政務担当参事官の加藤良三です。

上院での最終評決で1票差で勝利した裏には、親日派議員たちの体を張った働きもありました。
FSX当時国防次官補だったアーミテージは、日本寄りの態度を取ったことで、国務次官補や国防長官といったポストを諦めざるを得ませんでした。ビル・ブラッドレー上院議員も、FSX開発計画を支持したため、大統領候補として向こう脛に傷を負うことになりました。
そして、その後の湾岸危機で、日本はこれら親日派アメリカ人の信頼を失うことになります。アーミテージやブラッドレーは、湾岸危機での同盟国日本の振る舞いに深く傷つきます。世界の平和と安定のために自ら進んで貢献する気概を持たない日本。そうした国のために、自分たちは政治生命を賭けたのだろうか--、彼らの落胆はやがて怒りに変わっていきました。

湾岸危機での日米関係については、同じ手嶋龍一氏の「外交敗戦」につながります。

加藤良三氏は、現在の在米日本大使です。当時の松永大使と比較し、議会にどれほどの人脈を築いているのでしょうか。今般、米下院の外交委員会で日本の従軍慰安婦に関する決議が採択され、本会議でも可決される可能性がある状況を考えると、どうしてもFSX当時と比較してしまいます。

FSXの開発は、結局日米それぞれに何をもたらしたのか。日本がいうように日本の持ち出しだったのか、それとも米国がいうように米国が損をしたのか。その点について手嶋氏の著作はなにもいっていません。また、この計画で生み出された支援戦闘機F-2が、成功作だったのか失敗作だったのか、その点も気にかかります。

Wikipediaによると、
日本は開発費を1650億円と見積もり、米国は6000億円かかるから止めておけと忠告し、実績は3270億円でした。
当初、130機の調達計画でしたが、実際は94機で終わっています。
「F-1で問題となっていた機動性は、F-16に勝るとも劣らない程と言われ、防空任務も十分に行なえる性能を有している。運動性や航続距離、搭載可能重量など、様々な面でF-1より優れており、特に航続距離が伸びた事による作戦可能エリアの拡大は、搭載される誘導弾の射程や性能が向上した事に合わせ、大きな意味を持っている。また、対艦ミサイルを4発搭載可能な戦闘機は世界的に見ても少なく、この点では世界トップクラスである。」という評価です。

技術の持ち出しで日本不利の不平等だったかどうか、その点はよくわかりません。

つい最近、ボーイング787の話題がニュースになりました。
ボーイング787についてWikipediaは、
「三菱重工業は・・・機体製造における優位性を持っている。すでに1994年には重要部分の日本担当が決定しており、三菱は海外企業として初めて主翼を担当(三菱が開発した炭素系複合材は、F-2の共同開発に際して航空機に始めて使用された。この時、アメリカ側も炭素系複合材の研究を行っていたものの、三菱側が開発した複合材の方が優秀であると評価を受けた為、三菱は主翼の製造の権利を勝ち取っている)・・・。三菱が複合材製主翼・・・を担当している。機体重量比の半分以上に日本が得意分野とする炭素繊維複合材料(1機あたり炭素繊維複合材料で35t以上、炭素繊維で23t以上)が採用されており、世界最大のPAN系炭素繊維メーカーである東レは、・・・使用される炭素繊維材料の全量を供給する。」
と報じています。

この情報で見る限り、結局FSX計画は、長い目で見て日本にとって好ましい結果を生み出したということでしょうか。
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特技懇・進歩性特集(2)

2007-07-12 21:16:02 | 知的財産権
特技懇誌の245号(最新号)で、進歩性特集の次の記事です。

「進歩性/非自明性について~KSR事件を契機とした非自明性の議論及び特許の質の観点から~」

この中では、まず米国のKSR事件を通して米国における非自明性の議論に関して述べています。
「CAFCは、非自明性の判断に内在する後知恵(hindsight)による判断をいかに回避するかとの観点から、どのようにして発明のなされた過去に遡り、本願の発明を「忘れる」かに頭を悩ませ、その手法として、先行技術の組み合わせ発明を自明とするためには、これを教示(teaching)、示唆(suggestion)、または動機づけるもの(motivation)が先行技術に存在しなければならないとする、いわゆる「TSMテスト」の適用を展開してきた。」
ところが最近の運用では、「CAFCは、先行技術の中に、組み合わせることの具体的で決定的な動機が示されていなければならないとの厳しい基準を採用している」と批判され、これが、KSR事件のCAFC判決に対する上告を最高裁が受理した背景となります。
一方、「2006年のCAFCの判決・・・を通して過去の判示内容を改めて考察すると、CAFCの考え方は一貫しているように思う。複数の文献に開示された発明を組み合わせる示唆・動機は、文献中に明確に記載される必要があるとせず、当業者の知識や、解決すべき課題の性質から導かれるものも考慮されるとの立場を繰り返し述べている。ただし、一般的・断定的な主張は証拠にならず、なぜ組み合わせることが自明なのか、組み合わせの示唆に関する情報の提示が必要であるとし、その情報は具体的な発明の内容に沿った審査官による説明でも可能であることを指摘しているのである。」

最後に、KSR事件の最高裁判決レビューです。
「4月30日、KSR事件につき、最高裁はCAFCの判決を全員一致で破棄・差し戻した。TSMテストの有用性を認めながらも、その適用は原審のように硬直的であってはならず、また自明の判断の際の義務的な公式であってはならないとの考えを示した。そして、特許発明の解決すべき課題にとらわれたことが、CAFCの誤りの原因の一つであり、発明当時のいかなるニーズや課題も公知要素を組み合わせる理由付けとなりうる点を指摘した。また、特許発明の課題と同じ課題を解決する先行技術のみを組み合わせ可能な要素とした点でも誤ったとし、先行技術の主要課題がどうであれ、よく知られた公知技術であれば常識から自明といえる機能を備えており、多くの場合、当業者であればパズルのピースのごとくそれら複数の公知要素を組み合わせることができる(“be able to”)との、より柔軟な考え方を示している。
“obvious to try”の考え方にも触れている。組み合わせることが“obvious to try”であったことを示すだけでは自明の立証にはならないというCAFCの考え方は誤りであり、開発の必要性や市場の需要があり、解決手法が予測可能でかつ有限であれば、“obvious to try”を示すことで自明の立証ができる場合もあるとの考え方を示した。」

TSMテストの硬直的な運用は諫められましたが、その有用性は認められたということで、おそらくこれからは適切な運用が図られていくことでしょう。

特技懇のこの記事の中で、わが国特許庁の審査についてはどのように論じられているでしょうか。
「実体要件的な観点からは進歩性の判断は“foresight”に行われるべきであるが、審査官・裁判官の進歩性の判断は本願発明を理解した後に行わざるを得ず、この意味で進歩性の判断は、100%「hindsightの環境」の中で行われる。Albany law schoolの実験から、また我々の直感からも、どのような判断手法を採用しても“foresight”と“hindsight”の溝は埋められないであろう。「hindsightの排除」は理想ではあるが、実際的な問題解決につながる命題であるとはいえない。特許の質の要素が「顧客の納得度」であり、「ばらつきがないこと」が審査の基本的な課題であるとすれば、「hindsightの排除」は理想命題として掲げるにとどめ、いかに出願人との手続きを充実させて納得感を得るか、そして公平に対応できるかという視点から考えることが実務上実益あるものと考えられる。その結果自明であると判断されたものが、仮に“foresight”の視点からは「進歩性あり」と判断されたとしても、それが進歩性判断の考え方として妥当なのである。」

ハインドサイトの排除はどうしても無理であるから、それで良しとしようではないか、ということですね。出願人の納得性とばらつきの減少さえ得られればよいということです。
いやいや、やはりそれでは諦めるのが早すぎます。ばらつきさえ少なければ進歩性判断が厳しい方にシフトしても良い、ということはありません。ハインドサイトを諫める精神を常に忘れずに、適切な進歩性判断をしてこそ、出願人の納得も得られるというものです。そのためには、進歩性判断の現場においてどのような基準を設ければいいのか、ぜひ議論を深めて欲しいものです。
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特技懇・進歩性特集(1)

2007-07-10 21:57:30 | 知的財産権
特許庁技術懇話会(特技懇)が発行する特技懇誌の245号(最新号)で、特集として進歩性が取り上げられています。

まず、「審判部進歩性検討会について」との記事です。
このブログでも先日紹介した、特許庁審判部による進歩性検討会の報告です。
「1.はじめに」では、
「いわゆる『進歩性』に関しては、近年、庁内外において様々な議論がなされており、特許庁審判部の進歩性の判断についても,産業界をはじめとする特許実務関係者から,判断が厳しすぎるのではないか?という意見が寄せられていた。」
「平成1 2年の審査基準改訂により,いわゆる『後知恵』を禁ずる旨の記載が削除されたため,進歩性判断に後知恵が増えたという意見などがあったが」
と、この検討会が設けられたいきさつが記されています。

なるほど、「後知恵」もこの検討会を開始する契機になっていたのですね。

しかし、検討会報告書では、「後知恵」が正面から取り上げられていないことは、このブログでも記載したとおりです。

特技懇の上記記事で、この検討会で取り上げられた事例のいくつかが紹介されています。

「5.おわりに」とのセクションが設けられていますが、「後知恵」についてはなにもコメントされていません。
後知恵は、進歩性検討会を開催する契機にはなっていながら、結局議題には上らなかったということですね。
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