ttさんがコメントでご紹介されたように、産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会の審査基準専門委員会(第4回)が1月28日に開催されたようです。そのときの配付資料の中に、資料5「新規事項の審査基準の改訂について(pdf)」という資料が含まれています。
特許出願における明細書等の補正において、いわゆる「除くクレーム」とする補正が特許法の補正要件に照らして適法か、という点が争われ、知財高裁大合議判決(知財高判平20.5.30、平18(行ケ)第10563号)がなされました。この判決については、このブログで何回も話題にしてきました(知財高裁大合議判決、審査基準専門委員会、大合議判決は確定したか、特技懇(「除くクレーム」知財高裁判決)、知財管理誌「補正・訂正に関する内容的制限が緩和された事例(「除くクレーム事件」以降)」)。
大合議判決に対しては、平成20年6月23日に上告及び上告受理申立てがなされたのですが、その後最高裁からは何の音沙汰もなく、1年半が経過しました。それが突然、上記審査基準専門委員会の資料5において、「今般、この大合議判決は、上告・上告受理申立てが取り下げられ、確定した。そこで、この大合議判決の内容、後続判決の調査などを踏まえ、審査基準の「第Ⅲ部第Ⅰ節 新規事項」について、審査基準改訂の検討を行うこととする。」と明らかにされたのです。
最高裁は上告(と申立て)がされてから1年半、どんな検討を行ってきたのでしょうか。そして決定も判決もされないまま、上告人が上告(と申立て)を取り下げるという私人の意思に起因して、大合議判決が確定するという事態に至ったようです。
本件についてはぜひ最高裁の判断を見たいと思っていたのですが、それは叶わないこととなりました。
私は、大合議判決の重要ポイントを以下の(1) ~(6) のように抜き出しました。
(1) 補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。(判決41ページ5行)
(2) 付加される訂正事項が当該明細書又は図面に明示的に記載されている場合や,その記載から自明である事項である場合には,そのような訂正は,特段の事情のない限り,新たな技術的事項を導入しないものであると認められ,「明細書又は図面に記載された範囲内において」するものであるということができるのであり,実務上このような判断手法が妥当する事例が多いものと考えられる。(41ページ15行)
(3) 明細書又は図面に具体的に記載されていない事項を訂正事項とする訂正についても,平成6年改正前の特許法134条2項ただし書が適用されることに変わりはなく,このような訂正も,明細書又は図面の記載によって開示された技術的事項に対し,新たな技術的事項を導入しないものであると認められる限り,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」する訂正であるというべきである。(43ページ8行)
(4) 引用発明の内容となっている特定の組合せを除外することによって,本件明細書に記載された本件訂正前の各発明に関する技術的事項に何らかの変更を生じさせているものとはいえないから,本件各訂正が本件明細書に開示された技術的事項に新たな技術的事項を付加したものでないことは明らかであり,本件各訂正は,当業者によって,本件明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであることが明らかであるということができる。(48ページ7行)
(5) 補正事項自体が明細書等に記載されていないからといって,当該補正によって新たな技術的事項が導入されることになるという性質のものではない。(52ページ18行)
(6) 「除くクレーム」とする補正についても,・・・明細書等に記載された技術的事項との関係において,補正が新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかを基準として判断すべきことになるのであり,「例外的」な取扱いを想定する余地はない(52ページ20行)
まず(1) で、「新規事項追加不可」補正要件の原則を述べています。(2) は、従来の実務で採用されている考え方です。そして(3) で、たとえ明細書中に具体的に記載されていない事項を訂正事項とする場合でも、新規事項追加に該当しない場合があるとするのです。(5) も同様です。
(4) では、訂正前発明から特定の組み合わせを除外する補正は、上記規範に照らして新規事項追加ではない、とします。
ですから、「本当は新規事項追加なのだが、『除くクレーム』形式で表現した場合に限り、例外的に補正を認めてあげる」というのではなく、どんな形式だろうと、訂正(補正)によって新たな技術的事項を導入しないものであると認められる限り,原則としてその訂正(補正)は認められる、というのが大合議判決の趣旨と理解しました。
そこで審査基準専門委員会の資料5です。
資料5のなかで大合議判決の内容を抜き書きしていますが、どこを抜き出したかというと、上記(1) 、(2) と、(6) に対応して[「例外的」な取扱いを想定する余地はないから、審査基準における「『除くクレーム』とする補正」に関する記載は、上記の限度において特許法の解釈に適合しないもの]という部分のみです。(3) (4) (5) の部分は引用されていません。
そして資料5においては、特許の補正要件(新規事項)について、以下のように記述されています。
『新規事項の審査基準改訂骨子(案)
a.一般的定義の新設
「明細書又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり、補正が、このようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は、「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができるという一般的定義を設けることとする。
b.「新たな技術的事項を導入しないもの」の類型についての整理
補正された事項が“明示的記載+自明”な事項である場合は、特段の事情がない限り、新たな技術的事項を導入しないものであるとした大合議判決を受け、“明示的記載+自明”な事項である場合は、「新たな技術的事項を導入しないもの」として補正を認めることとする。
また、現行審査基準の「各論」において「補正が認められる」とされているものは、「新たな技術的事項を導入しないもの」として補正を認めることとする。
さらに、現行審査基準において「補正が認められない」とされているものは、「新たな技術的事項を導入しないものとはいえない」として補正を認めないこととする。
c.「除くクレーム」とする補正についての整理
「例外的に」という言葉を削除する。上記b.と同様、現行審査基準の「4.2(4) 除くクレーム」において「補正が認められる」とされているものも、「新たな技術的事項を導入しないもの」として補正を認めることとする。』
さて、特許庁が提示した上記「新規事項の審査基準改訂骨子(案)」は、大合議判決のロジックと整合しているでしょうか。
長くなったので以下次号。
特許出願における明細書等の補正において、いわゆる「除くクレーム」とする補正が特許法の補正要件に照らして適法か、という点が争われ、知財高裁大合議判決(知財高判平20.5.30、平18(行ケ)第10563号)がなされました。この判決については、このブログで何回も話題にしてきました(知財高裁大合議判決、審査基準専門委員会、大合議判決は確定したか、特技懇(「除くクレーム」知財高裁判決)、知財管理誌「補正・訂正に関する内容的制限が緩和された事例(「除くクレーム事件」以降)」)。
大合議判決に対しては、平成20年6月23日に上告及び上告受理申立てがなされたのですが、その後最高裁からは何の音沙汰もなく、1年半が経過しました。それが突然、上記審査基準専門委員会の資料5において、「今般、この大合議判決は、上告・上告受理申立てが取り下げられ、確定した。そこで、この大合議判決の内容、後続判決の調査などを踏まえ、審査基準の「第Ⅲ部第Ⅰ節 新規事項」について、審査基準改訂の検討を行うこととする。」と明らかにされたのです。
最高裁は上告(と申立て)がされてから1年半、どんな検討を行ってきたのでしょうか。そして決定も判決もされないまま、上告人が上告(と申立て)を取り下げるという私人の意思に起因して、大合議判決が確定するという事態に至ったようです。
本件についてはぜひ最高裁の判断を見たいと思っていたのですが、それは叶わないこととなりました。
私は、大合議判決の重要ポイントを以下の(1) ~(6) のように抜き出しました。
(1) 補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。(判決41ページ5行)
(2) 付加される訂正事項が当該明細書又は図面に明示的に記載されている場合や,その記載から自明である事項である場合には,そのような訂正は,特段の事情のない限り,新たな技術的事項を導入しないものであると認められ,「明細書又は図面に記載された範囲内において」するものであるということができるのであり,実務上このような判断手法が妥当する事例が多いものと考えられる。(41ページ15行)
(3) 明細書又は図面に具体的に記載されていない事項を訂正事項とする訂正についても,平成6年改正前の特許法134条2項ただし書が適用されることに変わりはなく,このような訂正も,明細書又は図面の記載によって開示された技術的事項に対し,新たな技術的事項を導入しないものであると認められる限り,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」する訂正であるというべきである。(43ページ8行)
(4) 引用発明の内容となっている特定の組合せを除外することによって,本件明細書に記載された本件訂正前の各発明に関する技術的事項に何らかの変更を生じさせているものとはいえないから,本件各訂正が本件明細書に開示された技術的事項に新たな技術的事項を付加したものでないことは明らかであり,本件各訂正は,当業者によって,本件明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであることが明らかであるということができる。(48ページ7行)
(5) 補正事項自体が明細書等に記載されていないからといって,当該補正によって新たな技術的事項が導入されることになるという性質のものではない。(52ページ18行)
(6) 「除くクレーム」とする補正についても,・・・明細書等に記載された技術的事項との関係において,補正が新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかを基準として判断すべきことになるのであり,「例外的」な取扱いを想定する余地はない(52ページ20行)
まず(1) で、「新規事項追加不可」補正要件の原則を述べています。(2) は、従来の実務で採用されている考え方です。そして(3) で、たとえ明細書中に具体的に記載されていない事項を訂正事項とする場合でも、新規事項追加に該当しない場合があるとするのです。(5) も同様です。
(4) では、訂正前発明から特定の組み合わせを除外する補正は、上記規範に照らして新規事項追加ではない、とします。
ですから、「本当は新規事項追加なのだが、『除くクレーム』形式で表現した場合に限り、例外的に補正を認めてあげる」というのではなく、どんな形式だろうと、訂正(補正)によって新たな技術的事項を導入しないものであると認められる限り,原則としてその訂正(補正)は認められる、というのが大合議判決の趣旨と理解しました。
そこで審査基準専門委員会の資料5です。
資料5のなかで大合議判決の内容を抜き書きしていますが、どこを抜き出したかというと、上記(1) 、(2) と、(6) に対応して[「例外的」な取扱いを想定する余地はないから、審査基準における「『除くクレーム』とする補正」に関する記載は、上記の限度において特許法の解釈に適合しないもの]という部分のみです。(3) (4) (5) の部分は引用されていません。
そして資料5においては、特許の補正要件(新規事項)について、以下のように記述されています。
『新規事項の審査基準改訂骨子(案)
a.一般的定義の新設
「明細書又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり、補正が、このようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は、「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができるという一般的定義を設けることとする。
b.「新たな技術的事項を導入しないもの」の類型についての整理
補正された事項が“明示的記載+自明”な事項である場合は、特段の事情がない限り、新たな技術的事項を導入しないものであるとした大合議判決を受け、“明示的記載+自明”な事項である場合は、「新たな技術的事項を導入しないもの」として補正を認めることとする。
また、現行審査基準の「各論」において「補正が認められる」とされているものは、「新たな技術的事項を導入しないもの」として補正を認めることとする。
さらに、現行審査基準において「補正が認められない」とされているものは、「新たな技術的事項を導入しないものとはいえない」として補正を認めないこととする。
c.「除くクレーム」とする補正についての整理
「例外的に」という言葉を削除する。上記b.と同様、現行審査基準の「4.2(4) 除くクレーム」において「補正が認められる」とされているものも、「新たな技術的事項を導入しないもの」として補正を認めることとする。』
さて、特許庁が提示した上記「新規事項の審査基準改訂骨子(案)」は、大合議判決のロジックと整合しているでしょうか。
長くなったので以下次号。