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つきみそう

平成元年に出版した処女歌集の名

タイ報告

2019-01-24 | 海外旅行

 WFWPの若い会員のTさんがタイに行って来ました。日頃支援しているので現状報告です。タイの日本人里親は、一人につき一年に15000円支援。小学生で寄宿舎生活をしているある人の家に訪問されました。そこは、片道4時間も車に乗り、山岳民族の1つ、カレン族の集落でした。自給自足の生活で、テレビもありません。英語もタイ語も通じない現地語ですから、通訳つきです。日本人を歓迎してくれて、家族のように接してくれたり、為に生きていることがどんなに素晴らしいかを体験されました。

 一般観光ルートのワットやアユタヤにも行かれたり、タイマッサージや象乗りなどもされたのですが、この慰問で、福笑いなど日本独自のゲームをしたり、日本文化も伝えて来られました。でもメンバーの中では下痢をされたり大変なこともあったようです。

写真はネットより。

タイ国旗

 

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危機一髪でテロを免れた友

2018-02-22 | 海外旅行

 昨日は、一般誌のハーストーリーの読み合わせをしてからランチ。それからよもやま話です。会員の一人Gさんのお話は刺激的でした。チュニジアでクルーズの旅をされていた時、隣の日本人観光客団体がテロに会い、犠牲者が出ました。クルーズ会社は、その見舞いとして、乗客全員に、別コースのツアー50%引きチケットを贈呈。彼女は、それを使い、西回り、東回りのコースのクルーズにお友達と後日出かけられました。恐怖のテロの後に又クルーズとは、さすが大物のGさんです。50%引きですから2コース共回れます。

 テロにあい帰国した日、成田空港では、マスコミがわんさと待ち構えていたそうですが、ひたすら黙秘したまま通過。直接テロの現場を目撃して驚かれたのは、現地警官に「テロに会った証明書を出して欲しい、保険金が出ないので・・・」冷静にそういうことを要求する日本人女性でした。

 私たちがチュニジアに行ったのは、もう20年も前。のどかな国で、テロなど考えも及ばない時代でした。カルタゴ遺跡を思い出します。ボランティアで慰問し、薬品などいろいろ届けました。フランス語は出来ないので、英語で交流しました。

 ランチは美味しく頂きました。店内に小さい部屋が別にあり、そこで輪読をしました。この日のテーマは、イスラエル初のパレスチナ人医師のイゼルディンさんの話。妻を亡くし、娘3人と姪をイスラエル軍に銃殺されたのに、それを乗り越えて医師の資格を取り、トロント大学で准教授となられました。

 

 昨日の平昌五輪第13日目、スピードスケート女子団体追い抜き(パシュート) で、日本は三個目の金メダル。この種目では日本初の金です。高木選手は姉とともに出場。一人で金、銀、銅の3種のメダルを獲得したのは日本冬季五輪初。きょうだいでのメダル獲得も、夏冬とも五輪初のことでした。メダルは11個となり、1998年長野五輪を上回り、冬季五輪最多となりました。

 

 

 

 

ハーストーリー2月号

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ラオスより

2017-11-09 | 海外旅行

 高校の先輩の墨さんから例により旅だよりがとどきましたので、紹介します。以下はメール。「あけび」をお送りくださる歌人です。

 「ご主人様ご入院とのこと、一日も早いご快癒をお祈りいたします。そろそろ年も考えないとなど思いながらも相変わらず遊び歩いております。ラオスの古都ルアンパバールに行ってきました。貧しいアジアの小国ですが清潔で信仰心篤く、民度の高い国と言う印象を受けました。

物乞いも見かけずトイレも清潔なララオスの国の民度の高し

列をなす托鉢僧に手を合わせ供物捧ぐる老いも若きも

目の前の大河メコンに上がりたる鯉も鯰も並ぶ朝市

鄙びたるラオスの古都と思いきに欧米人の遊客多し

おだやけき日々過ごし居しこの国に苦難の歴史誰が押し付けし

来週は東濃の明智大正村、と岩村城行きます。高校同窓会のついでです。」

 

追記;

まだ夫の検査入院は延々と続いています。これまで健康であったことから油断していました。胃カメラの体験ははじめてで、一週間拒否していまい、娘や息子に叱られてようやくしぶしぶ承諾しました。大腸の内視鏡もはじめて。あの2リットルの水が飲めないのです。夜までかかり、私の付き添いも限界で帰宅しました。甘やかすのもよくないし・・・その後飲んだようです。困った大人です。そういう体験が私もないので、胃カメラは鼻、それとも口? と聞かれても答えられません。

 運転免許も返上するよう子供たちから言われているのですが、拒否。でも、私が車のキーを隠しているので乗れません。娘が警察に免許証を返納すると言うので、警察に聞いてみました。すると代理の返納は無効と言う返事。本人に限るのだそうです。点滴を受けていて動けないと言うと、警察官が病院まで取りに行くと言うのです。代理人が返納してトラブルがあったようです。

  入院して20日ほど経過しましたが、隔日に娘から夕食のお惣菜が届くし、昼は友人からの差し入れがあります。高島屋で購入されたなだ万厨房のお弁当が度々届くのは感謝です。それにいろいろな滋養強壮剤も届きます。大抵タウリンが入り、似た味です。バテないよう頂く心尽くしは嬉しいです。夫は見舞いをきらい、親戚以外の皆さんは辞退しています。パジャマ姿は見せたくないようです。土日は長男夫婦が来ます。何しろ台風が二回も来たのですから・・・孫も東京と京都から来ました。

 

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ホワイトハウス

2017-10-03 | 海外旅行

 先月の英会話の教材の一つに、「ホワイトハウス」がありました。4年前の米国旅行(2013.11.7)を思い出しながら、聞いていたのですが、知らないことがまだまだありました。ツアー客は5つの部屋を見学できたのに、私たちは外観を見ただけ。エランガ先生に聞くと、あらかじめ申し込んでおかねばならないとか・・・残念でした。年間150万人も入館者があるのに・・・

 先頃、渡米されたNさんもホワイトハウスには入っておられません。今はセキュリティの関係だそうです。

 ところで今は白色ですが、建設当初は灰色。応募デザインで決められた色でした。1800年に完成した時は、大統領の宮殿と呼ばれていました。ところが1812年に米国と英国との戦争が勃発。1814年には、宮殿を含む周囲の建築物が火災。宮殿にも延焼し、みっともない色になり、白いペンキを塗ってカバーすることになったのです。以来ホワイトハウスになりました。デザインされた本来のグレーはたった14年だったということです。グレーハウスよりホワイトハウスの方が語感がいいので、火事になってよかったかも・・・

 

ホワイトハウス  2013.11.7の記事より

 

頂き物の栗きんとん

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ルーマニアのこと

2017-09-30 | 海外旅行

 放送大学の山田先生がルーマニア・ブルガリアの旅から帰られました。10月からは日本語ばかりでなくロマンス語の話もして下さることになっています。みやげ物に菩提樹のハチミツを選ばれたのは、ルーマニア語の菩提樹のスペルがイタリア語と同じであったため。先生は長くイタリアに住まわれて日本語を教えておられました。ラベルの言葉が分かると嬉しいものですね。ルーマニア語はイタリア語によく似ているようです。ラテン系ですから・・・味はあっさりしているようです。

 約25年前、チャウシェスク社会主義政権が倒れ、処刑されましたが、その時までの政策がまずかったため、まだ完全に立ち上がれていません。とんでもない政策の一つに、女性は子供をたくさん生め、中絶禁止、離婚も禁止というもの。10人生むと英雄。でも育てられなかった子どもたちは、マンホールに住むストリートチルドレンになってしまいました。そして、病気が拡がり、注射のためエイズも蔓延。まだまだ後遺症が残っているようです。

 珍しい中近東の料理も食べられましたし、ブルガリアでは異国的なヨーグルトも食されました。まずまずの旅行だったようです。ブルガリアは、イエス・ノーが日本と反対の動作のため、要注意。首を縦に振るとノーで、横に振るとイエスなのだそうです。レストランで飲み物の注文の時はこれを頭に入れておかないと困りますね。

 

 ところで来年(平成30年) 4月からのNHK朝の連続ドラマは、16年ぶりに岐阜が舞台となる、「半分、青い」が始まります。ロケももうすぐスタート。主役は、昨年の大河ドラマで、千姫役だった永野芽郁(めい)さん。高山が舞台となった「さくら」以来です。今年4月からのドラマ「ひよっこ」は、本日終了しました。

 

友人から頂いた米国で知られるギラデリチョコ 

頂き物の栗

 

 

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米国のコロナ

2017-08-24 | 海外旅行

 ネットで知り合った大垣のKさんから、米国で撮影されたコロナの写真が、昨日ラインで送られてきました。21日の皆既日食を見るため、19日に米国へ旅立たれたという彼の記事を見て、ひたすら天候を祈っていました。思惑通り快晴できっと満足されたことでしょう。2012.5.21を思い出します。国内で金環食が見られた記念すべき日でした。あの日も晴れてよかったです。本州ではもう2035年まで見られません。多分生きてはいないでしょう。Kさんはまだ50代なので大丈夫。

 彼は、日食マニアで過去12回も渡航。昨年もインドネシアに行かれたのですが、悪天候で、今回はリベンジです。カンザスシティに宿泊。日食を追いながら、慣れない左ハンドルの車で大陸をレンタカーで走られました。世界中から日食ハンターが集まるので、ホテルも高いし大変だったようです。仕事の合間をみて出かけられました。写真の撮影地は、ケンタッキー州ホプキンズビル。

  

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ラスベガス

2017-07-26 | 海外旅行

 一昨日の英会話の教材の一つに、ラスベガスの歴史がありました。先生はあらゆるところから教材を探して来られます。出張先の香港で見つけたり・・・とにかく古い教材は嫌いだとか・・・ラスベガスは、1905年、ネバタ州の小さな駅からスタート。1946年に、最初のカジノのビルが建設。今日ではギャンブルで有名になりました。古代エジプトを思わせるユニークなホテルもあり、ショーも開かれています。不夜城のように・・・もうひとつ知られていることは、簡単にカップルが結婚できること。待たなくても、2-3ドルで成立。多くの有名な芸能人がそこで結婚するそうです。

 先生はカジノには関心がなくて、賭けるお金で何が買えるかと考えでしまい、体験なし。生徒の誰もがカジノには行っていません。私の友人のOさんは、ラスベガスでギャンブルでヒットし、儲けました。度胸が肝心と言っていました。彼女の夫君は気の弱い人らしく、損をしました。つまり、夫婦では損得ゼロだったそうです。30年前に聞いた話です。彼女は大学時代の友人ですが、確かに度胸はありました。

 相変わらず母の見舞いに隔日で病院に行っています。写真は病院待合室の版画作品。木曽川鉄橋と138タワー。昨日は土用丑。友人のお店に5時配達と注文。撮影しようとしたら、夫は待ちきれず食べ始め、うな重の写真はありません。私は小ぶりのうなぎめし。

 

 木曽川鉄橋と138タワー

土用餅

 

こぼれ種から咲く百日草

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ベトナムより

2017-07-08 | 海外旅行

 北欧に出かけてからかれこれ10年は過ぎたでしょうか。旅先で知り合った神戸のSさんから時々お便りが届きます。昨日はベトナムの絵葉書。6月初めに福岡から出発され、手で種を撒き、田植えなどしてのんきな発展途上国の田舎の風景を見て癒されて来られました。同行した14人の中に85歳の女性がおられ、おしゃれな服装で、スマホでバシャバシャ写真を撮りながら、90まで旅したいと言われていたとか・・・あやかりたいと書いてありましたが、私も同感です。

 下段の写真は、昨日Nさんから頂いたナッツ入りフィナンシェと梅酵素ジュース。どちらも絶品の味。特にジュースは自然の梅から作られたもので健康にもよさそう。梅は楊枝を刺して甘味をしみこませるのですが、大量のためくるみ割りで割られたそうです。fbを拝見すると、目にしみるのでゴーグルをかけてその作業しておられます。恐縮してしまいました。

 北九州の大雨で、15人もの人が亡くなられいたましいです。行方不明は16人。短歌会メンバーのHさんのご実家が福岡と聞いていて心配になり、メールで安否を問い合わせました。ご実家のある900mの三つの山の南側の地は難を免れ、北の東峰村には犠牲者が2名。雨が激しく、怖かったそうです。避難指示もあったようですが誰も避難しなかったとか・・・彼女も私も安心しました。

 

 サイゴン

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オーロラ

2017-04-11 | 海外旅行

 高校先輩の歌仲間の墨さんが、二度目の北欧へのオーロラの旅から帰宅されました。一度目は見られなくて、再び、北欧に行かれたのです。幻想的な写真も添付されていました。以下はメール。

 お察しの通り、3月末までノルウエーのハシュタとスエーデンのキールナなという何れも北極圏(北緯66度33分以北)の街にオーロラを見に行っておりました。今回は4夜オーロラを見ることができました。モノトーンの雪の荒野夜空を染めるオーロラは思ったより淡い緑色、カメラの
長時間露出でようやく鮮やかな緑色に捉えることができました。
 「あざやかな光の舞いと思いきにオーロラのいろ意外に淡し」でした。

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タクラマカン砂漠だより

2016-11-14 | 海外旅行

 高校の先輩歌人でいつも歌誌・「あけび」を贈って下さる墨さんから、タクラマカン砂漠だよりが届きました。以下はメール。 

 「月末にタクラマカン砂漠から帰ってきました。想像以上に厳しい旅でした,覚悟はしていましたがトイレ事情はひどいもの、ホテルを出れば青空トイレが当たり前の世界でした。上海、烏魯木斉(うるむち)と飛行機を乗り継ぎ庫車(クシャ・天山南路の宿駅)につくまで二日がかりでした。クシャから阿羅爾(アラル)に西行し、そこから450キロタクラマカン砂漠を横断し和田(ホータン)、さらに西行490キロで砂漠の西端のカシュガルから往復400キロして海抜3600メートルにある高山カラクリというハードな行程でした。


写真1 クチャ郊外のキジル千仏洞(鳩摩羅什が仏典漢訳したと伝えられる仏教遺跡)
    「あまた見ゆ岩屋のいずれ鳩摩羅什思索の時を過ごしたるかや」
写真2 「水も無き砂漠の真中に生き物が小さきトカゲは小指にみたず」
写真3 「直線の道つづきたり二百キロ余タクラマカンを東西に分け」
    「日に焼かれ風にもまれて幾万年タクラマカンの砂の海ゆく」

写真1

 

写真2

 

写真3

 

 

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