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未唯空間小項目再見直し 4.歴史

民主主義

 民主主義

  共有意識
  アラブの春
  つながる
  民主主義

 自由

  経緯
  中央集権
  中間の存在
  平等

 全体主義

  民主主義が母体
  全権掌握
  沈黙の螺旋
  全体を支配

 共産主義

  革命
  毛沢東
  共産党
  中間層

国民国家

 国家

  分配
  独裁
  地域から発信
  地域から変革

 国民国家

  経緯
  自由
  支配
  国民国家

 グローバル化

  日本の民主主義
  世界の覇権
  グローバル化
  格差拡大

 多様化

  イスラム世界
  民主化
  反発
  地域の多様化

歴史認識

 意識

  革命家
  民族意識
  宗教意識
  社会意識

 国民意識

  国家形態
  戦争と平和
  国家の道
  超国家

 要素

  課題
  ローカル
  グローバル
  個人

 歴史の歴史

  歴史を把握
  歴史の偶然
  歴史の仮説
  歴史を動かす

歴史の動き

 歴史の目的

  自由と平等(格差)
  多くの人の幸せ
  周縁と中核
  全てを知る

 歴史が変わる

  歴史を知る
  大きな流れ
  歴史的背景
  存在の力

 循環

  地域
  中間の存在
  課題
  啓示

 分化と統合

  数学モデル
  分化
  地域インフラ
  統合

未来方程式

 未来方程式

  情報共有
  つながり
  覚醒
  知の共有

 意思の力

  依存
  連鎖的崩壊
  画一的対応
  自立

 存在の力

  中間の存在
  知識と意識
  共同体
  連携

 歴史の進化

  37億年の物語
  クライシス
  課題解決
  進化

歴史哲学

 ヘーゲル以降

  ヘーゲル対象
  全体主義
  ムスリム
  自由と平等

 存在の力

  観光立国
  市民が主役
  地域主体
  中間の存在

 分化

  覚醒
  存在理由
  歴史認識
  行動

 統合

  つなげる
  グローバル化
  国家統合
  日本の姿

新しい循環

 地域

  市民
  中間の存在
  配置
  行政

 企業変革

  組織の分化
  持続可能性
  高度サービス
  地域インフラ

 国家形態

  国家
  フィンランド
  ギリシャ
  トルコ

 国家連合

  EU
  地中海
  アジア
  アメリカ

市民=超国家

 地域と国家

  地域=国家
  地域インフラ
  サファイア社会
  情報共有

 市民と国家

  市民=国家
  覚醒
  中間の存在
  危機感

 地域と超国家

  地域=超国家
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  国を超える
  中国は分割

 市民と超国家

  市民=超国家
  内なる歴史
  歴史の循環
  歴史の真理
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OCR化した16冊

『マックスとアドルフ』

『憲法学教室』

 21世紀憲法学へのキーワード

  科学から空想へ

  「国」の枠組みを離れて

  Human Rights

  「平等」という概念

  平等原則の法的性格

  「差別」と「合理的区別」

『亀山学』

 亀山の情報発信

 亀山市情報化の経緯

 行政情報番組「マイタウンかめやま」

 自治体ウェブサイトの動向

 亀山市公式ウェブサイト

『2030年のIoT』

 自動車

  IoTの背景

  IoTの構成

  IoTのアプリケーション

  IoT導入の課題

 社会インフラモデル--「社会全体のコスト負担」

  時間感覚と信頼性に対する相違

  行政の縦割りとICTの立ち位置

  ビジネスモデルではなく、自治体モデルに突破口を

  IoTエコポイント、社会インセンティブをめぐる議論

『法と社会科学をつなぐ』

 トレードオフ あちらを立てればこちらが立たぬ

  合理的選択の前提

  どれかに決める=他を断つ

  割れ窓のたとえ話

  社会の「望んでいること」

 社会的ジレンマと公共財 個人と社会を映す鏡

  鎌倉の道路をめぐる法令

  フリーライダー問題

  社会的ジレンマと法制度

  公共財ゲーム

 外部性 人はみな孤島にあらず

  植林の外部効果

  遍在する外部性

  外部性への対応

  正の外部性と「負の賠償責任」

 評判 民衆の声は神の声?

  共同作業の裏で

  歴史の中の評判

  インフォーマルな情報伝達

  情報技術の発達と評判

 集団 社会的動物の産物

  擬人化される集団

  人間の集団志向性

  内集団と外集団

  「われわれ」意識を飼い馴らす

『存在と時間 哲学探究1』

 極限の貧しさと極限の豊かさ--ヘーゲル『精神現象学』の冒頭部について

 『精神現象学』の始まりの部分

 最も貧しいものこそが比較を絶して豊かである

 ヘーゲルの知らない区別

『憲法2 統治』

 法の支配

  「法の方配|

  立憲主義の意味

  日本国憲法における「法の支配」

 国民主権と民主制

  関連する諸概念の整理

  君主制と民主制,君主制と共和制、民主制と独裁制

  国民主権と君主制・共和制、民主制・独裁制

  憲法上の国民主権と民主制

 日本の安全保障

  日米安保体制

  日米防衛協力のための指針

  有事関連立法

  アメリカ軍の支援

  安全保障関連法

『図説 フランスの歴史』

 現代のフランス

  第一次世界大戦の衝撃

  世界恐慌と人民戦線

  第二次世界大戦とレジスタンス

  戦後のフランス

  激動の世紀末

  二一世紀のフランス

  フランスの経験と日本

『働くことの哲学』

 仕事の終焉?

『思考停止という病』

 知識の量がすべてを解決する

 知識量がランダムウォークを生み出す

 圧倒的な知識を習得する方法

  苫米地式読書術① 文面通り読む

  苫米地式読書術② 著者になりきって読む

  苫米地式読書術③ 意図、問い、関連性を持って読む

  苫米地式読書術④ 同一分野をいくつか同時に読む(並列読書)

  本はランダムに選べ

『憲法1 人権』

 法の下の平等

 平等の理念

  人格価値の平等

  自由と平等

 平等条項の意味

  立法者を拘束するか、しないか

  絶対的平等か、相対的平等か

  機会の平等か、条件の平等か、結果の平等か

  平等権と平等原則

 平等違反の審査方法

  合理性の有無

  法律による別扱いと後段列挙事由

  目的手段審査

 4 判例に見る平等問題

  14条関係判例と平等問題

  尊属関係重罰規定と平等

  議員定数不均等と平等

  租税負担と平等

  福祉受給権と平等

  家族関係と平等

  国籍と平等

『リーダーシップ構造論』

 組織運営体制の設計

『現代思想史入門』

 歴史の歴史

  古代・中世・近代

  歴史の概念

  ヘーゲルの「歴史哲学」

  ポパーの「歴史主義の貧困」

  宇宙の歴史と歴史学

  ナチュラルヒストリー

  存在したもの

  普遍的登記簿

  歴史とポストモダン

 現代哲学

  哲学の終焉のはじまり

  哲学の四つの道

  哲学という思想

  生か意識か

  現象学

  フッサールの「現象学的反省」

  時間性

  ベルクソンの「純粋持続」

  ドウルーズの「差異の哲学」

  現代哲学の終焉

 論理実証主義

  心理学と心霊学

  フレーゲの「意味と意義」

  ウィトゲンシュタインの「語り得ないもの」

  英米系哲学

 世界と人間とメディア

  ルネサンス

  世界の発見

  人間の発見

  時計の発明

  大衆の出現とマスメディア

  大衆社会論

  マクルーハンの「メディアはメッセージである」

  文明進歩の地理空間

  帝国とグローバリゼーション

  管理社会論

『赤ちゃんの誕生』

 卵子

 精子

 受精

『通勤の社会史』

 すべては変わる

『視覚都市の地政学』

 米軍による東京空爆とナパーム焼夷弾

 写真偵察機F13からの視線

 両大戦を通じた〈戦争=写真・映画〉のまなざし

 路上に転がる無数の焼死体
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米軍による東京空爆とナパーム焼夷弾

『視覚都市の地政学』より

一九四五年三月一〇日、というかむしろ九日深夜というべきだろうが、大東京の人々が大方寝静まっていた頃、新型のナパーム焼夷弾M69約三八万発、一七八三トンを搭載したB29約三〇〇機が、低高度で東京湾上から都心東部の人口密集地域に侵入した。米軍の主目的は、日本の軍需工業の基盤となっていた下町の町工場を焼き払うことだった。日本のレーダーは、この大編成の部隊の侵入を察知することすらできず、東京は「突如の」大空襲で降り注ぐナパーム弾の餌食となった。最初の爆弾が深川、本所、浅草、日本橋に投下され始めたのは午前零時八分、ようやく空襲警報が鳴り始めたのはそれから七分後だった。警報もなく、寝静まった深夜、低空で来襲した三〇〇機のB29から数十万発のナパーム弾が豪雨のように投下されていったのである。

このナパーム焼夷弾は、三年前に開発された新兵器で、六トンの爆薬で市街地一平方マイルを焼き尽くし、約九万人の住民にダメージを与えるとされていた。この爆薬一七八三トンを積んだ米軍は、すでに無防備化していた東京で、潜在的には約二七〇〇万人を殺傷できたはずである。この数は、現在の東京都の全人口よりも多く、首都圏総人口の約半分に当たる。米空軍は、たった一度の空爆でそれだけの殺傷能力を一九四五年の時点で保有していた。

三月一〇日、夜明けにはまだ時間があり、真っ暗の東京で、下町の至るところから火の手が上がり、都心全域が業火で焼き尽くされた。運の悪いことに、この夜、激しい北北西の風が吹いており、火の海をさらに拡げた。風が火を呼び、火が風を呼び、あちこちで乱気流が渦巻き、灼熱の竜巻となり、逃げまどう人々は次々に黒焦げの死体となっていった。そして実は、この「運の悪さ」は、米軍にとっては最初から計算されたことだった。米軍は気象予報で、この日の東京では風が強く、延焼効果が高いことを知っており、だからこそ空爆による殺戮効果至局めるためにこの日を選んでいたのだ。実際、綿密な計画通り、米軍機の空爆はわずか約二時間であったが、被害は死者約一〇万人、罹災者一〇〇万人に上り、火災はほぼ丸一日続いて東京は広大な廃墟と化した。この破壊され尽くした風景は、約一〇年後、「大怪獣」ゴジラに踏み潰された後の東京の姿に似てもいた(映画『ゴジラ』の主題が、この東京大空襲のメタファーであることは言うまでもない。だからこそ、あの映画にアメリカ軍は登場してはならない)。

この三月一〇日の空爆後も、米軍による東京空爆は続いた。そもそも東京への空爆は、一九四四年一一月に始まり、同一二月に三回、翌年一月に七回、二月に一二回、三月に八回、四月に一七回、五月に一二回、六月に九回、七月に一六回、八月前半に九回と、総計一〇〇回近くに及んだ。一九四五年三月以降に絞ると、東京はほぼ数日に一回は空爆を受け続けていたのだ。なかでも激しい空爆は四月から五月に集中しており、四月一三日深夜にB29三三〇機が豊島、渋谷方面を空爆し、焼失家屋二〇万戸、死者二四〇〇人、翌一五日深夜には同二〇〇機が大森、荏原方面を空爆し、焼失家屋約七万戸、死者八四〇人、五月二四日未明にはB29五二五機が品川、大森、目黒、渋谷、世田谷方面を空爆して焼失家屋約七万戸、死者七六〇人、翌二五日にはB29四七〇機が中野、四谷、牛込、赤坂方面を空爆し、焼失家屋一七万戸、死者三六五〇人を出した。これらの継続的な空爆で、東京の市街地の五〇%以上が焼け野原となり、米軍はもはや東京には焼き払うべき建物はなくなったと判断し、東京を主要な空爆リストから除外する。こうして五月末以降は、散発的な空爆はあるものの、米軍空爆の主要な照準は東京ではなくむしろ地方都市に向かい、最終的には八月六日と九日の広島、長崎への原爆投下に至るのである。

これらの大戦末期の米軍による都市空爆で何よりも注目すべきは、爆撃の正確さである。米軍機は、精密に爆撃目標を特定し、その地点を目かけて大量のM69焼夷弾を投下した。だからたとえば、三月一〇日の約二週間前、米軍が初めてM69を大規模に使用した二月二五日の空爆では、攻撃目標には神田、浅草、本所、深川などが含まれていたが、天候の影響があり、甚大なダメージを与えたのは神田だけであった。米軍は空爆のこの結果を確認し、二週間後の三月一〇日空爆では、すでに効果を上げた神田を爆撃目標から外し、その代わりに日本橋を入れ、他方で浅草や本所、深川は再度空爆することにより目的を達成していった。そして、これらの地域が焼き尽くされると、爆撃目標を品川から大田にかけての一帯に南下させていったのである。もはや勝敗は決し、降伏は時間の問題だった大戦末期、このように日本の諸都市はアメリカの軍事技術の効果を試す格好の実験場となっていた。そして、東京や広島、長崎の数十万の人々を無差別殺戮することで試された空爆技術は、その後の朝鮮戦争やベトナム戦争から湾岸戦争、イラク戦争やアフガニスタンヘの空爆までつながる歴史の出発点となるのである。日本占領とイラク占領は、占領政策以上に空爆技術において連続する。まったく異なったのは、占領終了後の結果のほうである。

それにしても、第二次大戦の時点で、これはどの空爆能力を可能にしていたのはいかなる技術であったのか。実は、ここで決定的な役割を果たしたのが、F13と呼ばれた写真偵察機であった。F13の機体はB29と同じだったが、これを改造し、数種の大型カメラを装備していた。第一は、地上の三〇-五〇キロ平方の比較的広い範囲を撮影するトライメトロゴン用カメラ三台である。「トライメトロゴン」というのは地図製作用の技術で、中央のカメラは下方、左右のカメラは水平面から三〇度傾け、各カメラで撮影された写真をカメラの位置を光源として水平面上に投影することで正確な地図を作成できた。第二に、F13は同じ範囲に照準して鉛直軸からわずかに傾く二台のカメラも装備していた。これらのカメラで約三キロ平方を撮影し、そのフィルムを合成して地上の凹凸を立体視できる写真が出来上がった。さらに、この二台よりも広い範囲を直下で撮影するために、もう一台の直下撮影用のカメラも搭載されていた。これらは昼間撮影用のカメラであったが、さらにF13には夜間撮影用のカメラも載せられ、照明弾とセットで使用された。偵察機はまず照明弾を投下し、地上近くで照明弾が発光すると、その光を光電管が感知して磁石式のシャッターが切られる仕組みになっていた。

このF13が、東京上空に最初に飛来したのは一九四四年一一月一日のことであった。午後一時頃に房総半島から東京に侵入し、東京近郊の航空関連工場、京浜の軍需工場や横浜近郊の海軍施設を撮影した。その後もF13は、一一月に二七回、一二月にも二七回出撃し、東京と名古屋を上空から徹底的に写真化した。これらの撮影によって、すでに東京は、敗戦の一年近く前から「占領」されていたようなものである。たとえば、一一月七日に撮影された中島飛行機武蔵製作所の写真と、翌四五年八月八日に行われた同製作所の空爆の結果を比較すれば、撮影された膨大な数の航空写真が、その後の米軍の日本空爆にどれほど決定的な意味を持ったのかが理解できる。F13はさらに、写真撮影だけでなく、気象観測や海洋のレーダースクリーン画像作成も行った。前述した三月一〇日が、風が強く爆撃の効果がきわめて大きくなることを予測できたのも、F13による観測の成果であった。これらを総合すると、写真偵察機F13は、今日でいえばNASAが打ち上げて地球軌道を周回している観測衛星ランドサットの原型であったと言うこともできよう。実際、図終-3の武蔵製作所の空爆前と空爆後の画像は、今日のアフガニスタンやイラクでの米軍空爆の成果を示す画像と酷似している。日本空爆からアルカイダやイスラム国の秘密施設空爆まで、このくまなざし〉には、強い一貫性がある。

一九四四年から四五年にかけての頻繁な飛行で撮影された膨大な枚数の航空写真は、サイパンにあった米空軍第三写真偵察隊で現像され、システマティックな分析と地図や模型の製作が進められていった。同隊は、一九四五年五月には隊員一〇〇〇人を擁する大部隊に膨れあがっていたというから、F13の写真が米軍の日本空爆でいかに重視されていたかがわかる。撮影されたフィルムにはまずネガの段階で整理記号が印字された。その上でプリントされたが、それらはまずどの地域を撮影したものかが検証され、地図と写真の対応を示す評定図が作成されていった。同時に専門チームが写真を判読し、様々な情報が引き出されていく。さらに、空爆の目標地域全体を覆うことのできる写真を一枚のネガから得ることは難しかったので、複数の写真を貼り合わせて全体を俯瞰するモザイク写真を作成していくチームも存在した。
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自動運転車で自動車の数を九割削減

『通勤の社会史』より すべては変わる ⇒ インフラの有効活用という観点。地域のインフラは地域のコミュニティに委託する。シェア社会につながる。

自動運転車の研究をリードしている〈グーグル〉社も、安全性を目的としている。同社の非公式の企業理念が「邪悪になるな」ということもあり、戦争よりも多くの犠牲者を出している交通事故を、自動運転車によってなくしたいと考えている。〈グーグル〉の最高財務責任者、パトリック・ピシェットは、在宅勤務をはねつけたときと同じスピーチにおいて、理想的な世界では「人間に車の運転をさせるべきではない」と述べた。問題が起きる要因と確率を計算し、それに自動車の数をかけてみれば、渋滞になるのは当然であり、「人に車の運転をさせるのはナンセンスだ」と語った。

〈グーグル〉が自動運転車の実現に野心を燃やすのには、安全性のほかにも理由がある。同社の開発指導者で二〇〇五年の《DARPAグランド・チャレンジ》で活躍したセバスチャン・スランは、次のような理由を挙げた。

 1 交通事故を九割削減できる。

 2 通勤に費やす時間とエネルギーの無駄を九割削減できる。

 3 自動車の数を九割削減できる。

自動車の総数を減らすという三番目の項目を目的として自動運転車の開発に着手したなら、一番と二番もおのずと達成されるだろうが、その逆はそう単純ではない。いずれにしても、試験走行は始まっている。〈グーグル〉の最初の実験用自動運転車十台は、累計走行距離にして三十万マイル(約四十八万キロ)を突破した。車に搭載したコンピューターに問題が発生した場合に備えて、実験車には人間が一人乗車する。これまで三回事故が発生しているが、そのうち最も大きな事故--プリウスとの追突事故--は人間が運転しているときに起こったという。

〈グーグル〉の次のステップは、完全に無人の自動運転試験車を紹介することで、それは二〇一四年五月にユーチューブで初公開された。この試験車は大型のハマーとは対極をなし、座席は二人分のみ、小さな電動エンジンを搭載し、最高速度は時速約四十キロである。始動ボタンと緊急停止ボタン以外、人間が操作するものは何もない。漫画家がデザインしたような外観で、フロント部分には親しみやすい顔までついていた。形もコンセプトも、ディズニー映画《ラブ・バッグ》(一九六八年)に出てくるハービーという自動車によく似ている。ハービーはすこぶる人間的な感情を持っていたが、〈グーグル〉は自社の試作車に感情を持たせようとはしていない。試作車の室内は実用優先で、カップホルダーが二個あるだけだが、快適だ。閉鎖周回路で、高齢者と子どもと視覚障害のある男性を乗せて自動運転を披露したところ、参加した全員が、こうした車に乗って行動範囲が広げられる可能性に興味を示した。この車はハイウェイでの走行でなく、街や住宅地の範囲内を行き来するといった用途を想定している。

自動運転車はカリフォルニア州、ネヴァダ州、フロリダ州で限定的に合法化されている。推進者らによれば、今後はほかの州も自動運転車を承認していき、いずれは道路で普通に見かけるようになるとのことだ。〈フォーブス〉誌に寄稿しているイノベーション戦略家のチュンカ・ムイは、「もはや、合法化されるかどうかの問題ではなく、いつ合法化されるかというところに来ている--その日は思っているより近いはずだ」と述べた。

〈日産〉は、二〇二〇年までに自動運転車は一般でも購入可能になると公言している。〈グーグル〉はカリフォルニア州で百台のグーグル車の試験走行を行なう計画で、二〇一四年には公道走行が実現するかもしれない。ミシガン大学は、自動運転の〝コネクテッド・カー〟(通信機能を活用する自動車)をテスト走行させられる十三万平方メートルの模擬都市を建設中である。

〈ボルボ〉はスウェーデンのヨーテボリ市と協力して、自動運転車のパイロットプロジェクト(実際的ではあるが限定された運用条件のもと、情報処理システムの暫定版や最終版を試験するためのプロジェクト)を二〇一七年に開始すると発表した--最初の試験走行では、「一般的な通勤用幹線道路」と目される公道、約五十キロの範囲に、百台の自動運転車を走らせる計画だという。また、イギリスのニュータウン、ミルトンキーンズ(第7章参照)は、町の中心部から駅までの専用コースを走る自動操縦車〝ポッド〟を百台、二〇一五年に導入する計画である。

自動運転車は総合的なコスト面からも大いに注目されている。多国籍企業の〈KPMG〉は、自動運転の普及によって生じるであろう恩恵を試算した。交通事故が減れば、保険料その他の安全性に関する費用が低く抑えられるし、自動運転車で職場に行くなら、通勤者は車内で仕事をすることも可能になる。ロード・レージで逆上することもなくなるだろう。

そして、何十万エーカーもの駐車場が不要になれば、その土地を再開発できる。車線が狭くなることで道路建設計画も縮小でき、交通標識や交通信号は不要になり、道路を飛躍的な効率で活用できるようになると予想される。現在はラッシュ時の渋滞中を除き、自動車が道路の表面積を占めている割合は、実は驚くほど小さい。人が運転すると、恐怖心などから必要以上に車間距離をあけるからだ。人間は急に減速したり、ゆっくり加速したりするため、車が止まったり動いたりするうちに車列が伸び縮みするのだ。それに、運転中に家庭や職場の問題を気にしていれば、車間距離も一定しなくなるだろう。

一方、自動運転車にはプログラム・コード以外の、別の生活というのは存在しない。理論上は、短い車間距離の隊列を連ねて高速走行をすることが可能だ。先頭の車以外のすべての車が、前の車の後ろに発生する空気流を利用して走れるので、燃料を四分の一ほど節約できる。新しい道路を造らなくても、ラッシュ時の車の量を二倍、三倍に増やすことが可能だろう。

車両も乗り物として楽しいスタイルに変わりそうだ。前を向いた座席が一列か二列並んでいる現在の車と違って、ペッドやシャンデリア、ミニバー、パソコンデスクなども置けるし、ルーレット台だって乗せられる。通勤はかつてのように、冒険旅行にも豪華旅行にもなりうる。

自動運転車は簡単に利用できるという点から、究極のタクシーにもなる。いつ、どこにいても、電子メールで呼びだせる。身体の不自由な人やアルコール依存症の人など、現在運転を許されていない人たちも、自分で運転することなく車が利用できる。目が悪くなったり身体が動きにくくなったりした高齢者も、自動車に乗る自由を手放さずにすむ。
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自動運転は自動車メーカーには無理

言葉が選ばれない

 やっと、プレゼンに戻ってきたけど、言葉が選べなくなっている。得るものがあまりにも大きくなっている。

フィンランド民謡の先にあるもの

 生田の心に引っかかるものとしてのフィンランド民謡。かの上はあれでスッキリしたのではなく、拡散してしまった。あれがやりたいわけではなく、もっと、先を見ているのに、皆に納得されては困る。

 どんどん先に行けばいい。

 生田は2011年のレビュー前にコンベンションで早くもピアノの弾き語りをしています。国際的ピアニストではなく、人の心に引っかかるものを求めていけばいい。

 出だしからピアノです。

自動運転は自動車メーカーには無理

 自動運転にグーグルが求めているのは、公共交通機関。インフラの最大活用。当然、自動車メーカーとは異なります。

 だから、自動車メーカーは途中で降りるでしょう。代わりになるのは、地域が主役になります。中間の存在です。そうしないと、インフラが生きなくなる。
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