みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

「聞け」とは言うけれども

2011年10月07日 | ヨブ記
ヨブ記15章17-35節


 昨日は、第三者委員として月に一度お伺いしている高齢者施設での会議。Photo
 いつもは夕方に行われるのですが、昨日はお昼前の開催でした。さて、会議が終わって帰ろうとしたら施設長さんが「お昼はいかがですか」とおっしゃいます。何事も断るのが苦手な私は、頂戴することにしました。施設長さんと歓談をしながら、おいしいお昼を頂きました。
 ほんとうにおいしかったのです。完食!
 気がつくと1時間かけてゆったりとご飯をいただいていたのです。ぜいたくな1時間でした。

 エリファズは、「私に聞け」と言っています。知恵のある先祖たちが告げた普遍的な教訓に耳を傾けるのだ、とヨブに迫るのです。確かに、エリファズの話は一般論としてはそのとおりです。しかし、エリファズは明らかにヨブを「悪者」だとして語っています。「そうではない!」と激しく否定する人のことばに耳を傾ける忍耐を持てずに、理解しようとする心を脇に置いて、「聞け」と迫っているのです。
 
 「だれでも、聞くには早く、語るにはおそく、怒るにはおそいように」とのことばを思いました(ヤコブの手紙1章19節)。

 若いころは、会議に出ても何を発言したらよいのかがわからずに、発言する方のことばを「なるほど」と、感心して聞いていました。しかし、近ごろは会議で語っている自分がいます。「当たり前でしょ」と言われるかもしれませんが、「聞け」という思いが先立って、「聞こう」という姿勢が後退しているのかもしれません。
 特に、家族に対してはそれが強いかな? と反省です。

 


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