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三丁目の夕日’64 時代考証

2012-02-01 00:10:20 | 日記・エッセイ・コラム

 三丁目の夕日は昭和33年、34年、39年の時代考証を厳密に再現されているのに、感心させられます。

 ★ファンレターに貼られた郵便切手

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 昭和39年当時の封筒は10円でした。スクリーンに出ていたのは、昭和28(1953)年7月10日発行の「観音菩薩」と昭和36(1961)年4月1日発行の「ソメイヨシノ」が使われていました。
 スクリーンでは、あまり大きく映し出されていませんでしたが、小さく映し出された切手も細かく見逃さずチェックしてしまいました。(笑)
 映画に出ていた消印はちょっとニセモノっぽい感じがするのですが、まあ、ご愛嬌。

 ★国鉄の切符

 ’64には出ていませんでしたが、第1作目の2005年に上映されたものです。
 年末年始は働きづくめのロクちゃんを青森県の実家へ帰るようにという、鈴木オート社長のお取り計らいで「33.12.24 東京都区内から青森ゆき 仙台経由 ¥2***」の硬券をクリスマスプレゼント。
 その硬券がスクリーンに数秒間出ましたが、あの時代に「東京都区内」というのが存在していたのか調べてみると、昭和14(1939)年から制度化されていました。運賃が2千なんぼと出ていたのは、昭和33年の国鉄運賃を丹念に調べてから小道具として作成されたと思います。

 ★タバコ
 昭和30年代は喫煙大王国!?’64のスクリーンは、タバコの紫煙をくゆらせる場面ばっかり。
 主役の竜之介もかなりヘビースモーカー。灰皿に吸い殻てんこ盛りになっているのは、第1作目から相変わらず。出版社の事務室でも、男性社員2人がタバコをくわえながら打ち合わせ。若いお医者さんでさえもタバコ。
 新幹線0系が誕生したのは、昭和39年。当時は「禁煙」の「キ」文字すら無関係な時代なので、全車両の座席に灰皿が設けられていて、喫煙可。
 禁煙車を初めて設けたのは、12年後の昭和51年から。16両のうち、たった1両のみ。やがて、平成4(1992)年登場の「のぞみ」は禁煙車と喫煙車の割合が折半になり、今の時代は新幹線、特急も全車両禁煙になりました。東海道・山陽・九州の3社共有のN700系は喫煙ルームがありますが、他社に乗り入れないJR東日本、JR九州が開発した800系は全車両禁煙で喫煙ルームなし。マルス券(切符)に「」マークが付く列車は、長距離を走る寝台特急(サンライズ、あけぼの、北斗星、トワイライトエクスプレス、カシオペア)のみ。寝台急行のはまなす(青森~札幌)は現在全車両
 昭和時代の病院も喫煙可。医者も診察の合間に診察室で喫煙。発ガン物質たっぷりのタバコを治療関係者が吸うのはナンセンス。
 
 ★「品5」ナンバー
 ここは田舎呼ばわりにされる「袖ヶ浦」ナンバー。ここに転居し、「多摩」ナンバーが外され、「袖ヶ浦」のナンバーを取り付けたときは「漁村をイメージするような袖ヶ浦だな」と思いましたが、ナンバープレートごときあまりこだわる必要ないと割り切ってしまいました。
 しかし、「品川」は憧れてしまいます。銀座、皇居、赤坂、六本木、渋谷、小笠原村、青ヶ島村のクルマは「品川」。 
 自動車のナンバープレートも忠実に昭和30年代を再現。「品5」は今でいうと、「品川500」に相当します。昭和30年代に製造された、「品5」ナンバーのクルマが現役だとすると非常に骨董的な存在になります。50年も同じクルマに乗り続けるには到底無理な話ですけど・・・。(笑) 

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