先週から風邪をひいてしまい、おまけに膝まで痛くなって(季節の変わり目に良く出ます)何もしていません。夏物出したぐらいか。
前回、武州原谷駅の続きですが順番は逆。先ずは朝の熊谷駅。
秩父の急行用車両です。西武の通勤車の面影が色濃く残っています。
中央の両開き扉があった場所は埋められてここだけ大きな窓ガラスが填め込まれています。一日乗り放題のフリー切符:1,400円と急行券:200円(確か・・・)で出発。この西武通勤車格上げ急行は一見転換クロスに見えますが向かい合わせに固定されています。今日みたいにハイカーのグループや家族連れが多いと一人モンは座ってるのが辛い。
丁度70分で終点の三峰口着。入れ替わりに発車する上り各停で浦山口に折り返すつもりでしたが隣のホームで間に合いませんでした。
次の発車は約20分後の元・東急車輌。日中でも1時間に片道2本の各停が運転されています。
外見から東急8500かと思っていたんですが7200というのは秩父の呼称なのか・・・ローレル賞のプレートが残っています。秩父鉄道もワンマンですがどの車輌も運転台周りはほとんど改造されていません。理由は車内で運賃収受を行わないから。小さな駅でも最低一人、OBを再雇用したと思しき年配の駅員さんがいます。列車密度との兼ね合いでどちらが良いのか判断しかねますが、ここはどの駅も登山やハイキングの入り口になっているのでやはり人が居た方が安心。ただしほとんどの駅で詰めているのは日中だけでそれ以外はどうしてるんでしょうか。
まったく東急時代のまま、ひょっとして借りてるだけで後で返すのか・・・などと勘ぐってしまいます。
手前は東急の一段下降窓、向こうは元101系の2段上昇窓。約20年の年代差ありますが旧国鉄が通勤・近郊型に一段下降式窓を採用したのは205・211になってからでしたね。
浦山口は車窓で確認、影森まで来ました。現役の貨物扱い駅で下車してウロウロしてみます。
三峰口方の踏切から構内を望んでいます。コアラのような顔をした貨車は秩父名物ヲキフ100です。
GW中のせいか動いている貨車には会わずじまいでした。それにしてもこのヲキフの車掌室内は暑そうですね。
踏切脇には趣のあるポイント小屋とか
貨物ホームの名残。いやあ、こういうの大好きです。
ここからは元101系。ホームが右側にある時、運転士は電車停めた後席を立って右側乗務員扉から後方確認、ドアスイッチを操作します。なので電車が停まってからドアが開くまで少し間があります。
簡易荷物車として使用するのでしょうか、アコーディオンカーテンの仕切があります。
JNRマークそのままの扇風機。3両編成で中央の1両が非冷房です。
運転台周りの色合いも国鉄時代のままですね。
その非冷房車の天井です。101系だけでなくこの時代までは客車も気動車も窓より上の支柱は天井と同じ色に塗られていました。こうすることで天井に溶け込ませて見た目をスッキリさせる、ということを昔鉄道ファン誌で読んだことがあります。
昼食確保に下車した秩父駅で元101系の並びが撮れました。塗色一番人気の通称「あずき」は熊谷駅側線で休んでいるのを朝見てるし、この日はこの後元都営三田線車両が良く当たりました。
西武からの乗り入れ車はあちこちで見かけます。2扉と言うことはそこそこ長距離運行用なんでしょうね。
浦山口駅まで戻ります。ホームのカーブがきつく4扉車の両端ドアは閉め切り扱いです。
三峰口方にある鉄橋でC58を撮ろうと予定していました。ちょっと電柱が邪魔。
電柱を左に避けると今度は白い標識板がちょっと邪魔。多くの方は左後方にある山の中腹、あるいは左下の鉄橋を潜る遊歩道からの撮影のようですが逆光になります。
結局、駅への登り口途中から撮りましたが、ご覧の通りブレブレでした。通過時刻は14:25。
この後の各停が長瀞でC58に先行するので明野に先回りしてホームから撮り直し。
最後は熊谷より先、羽生方面に初乗です。行きに良いなと思った武州荒木で下車。
もちろんここも単線ですが有効長の長い側線があり、昔は貨物輸送が盛んだったのでしょう。
ホーム横には立派な農業倉庫?があります。現役ではなさそうですが。
田植えの終わった頃に是非もう一度訪ねたい場所です。