今週は「山手線に新駅構想」として田町-品川間に新駅が予定されることがマスコミで大々的に取り上げられ東北縦貫線建設も広く知られるところとなってきました。
以前から先達の方がネットで予想されているとおり山手・京浜東北は東側の新幹線側に移動されるようで新駅もそこに設けられるようです。
このマスコミ発表についてJR東は何もコメントしてないようですね。根回しが終わったんでリークしたのか・・・何れにしても一気に有名になりました。これからますます楽しみです。
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さて去年はずっと基地祭ネタ、久々鉄道ネタが未だに去年のハナシです。
って10月の話。上信電鉄に行って来ました。この時期なら紅葉の「わ鉄」や吾妻線も行きたかったんですが10月中ならフリー切符が普段より少し安いとのことでセコくここにしました。
高崎で次発は運良くヤマト電車。
右の金網の向こうはJRのホーム。上信は使ってないようです。
車内のラッピングも半端じゃありません。
この電車に乗って最初の下車は上州福島。交換可能駅で配線的には1線スルーの見本みたいですが通過運用は今はありません。
GMからキットが出てそうな駅舎。
構内に留置(放置?)の国鉄風に言えばテム。石灰輸送用の鉄製貨車ですがスムとの違いは何やったかいなぁ~
もう一つの注目は古風な変電所。
裏から見るとフランケンシュタインでも作っていそうな雰囲気。
側面は壁を見ると、昔何か別の建物が隣接していたようです。
この変電所の向かいには有名な蒟蒻菓子の会社が。蒟蒻もここら辺の特産品ですね。
テムの側には今は物置になってますが昔は保線詰め所だったような建物。
ホームに戻ると丁度件の蒟蒻菓子会社の広告電車が来ました。配色が斎場のようでちょっと不気味です。
続いて山名駅。ここも素敵な駅舎です。
山名から終点下仁田まではこのゼブラ電車でした。個人的には999電車より好きです。
この駅に限りませんが上信電鉄では架線の横方向の支持が路面電車のようにワイヤーになっているところがあります。
改札口を見て30年以上前に初めて来た時も確かこんなだったなと思い出しました。当時は7月に高校を廻って翌春の就職希望者を捜していました。で、今回はやっと2度目の訪問。
下仁田といえば蒟蒻より葱の方が有名です。このお茶はどんな匂いか。
駅前のこの味のある建物は
マル通の事務所のようですが二階の造りが何となく駅前旅館のような感じです。
構内全景、良いでしょう。背後の山は勝手に妙義だと思い込んでいましたが違ってました。かつては貨物輸送が盛んだったようで右奥にはここにもテムがいます。右側にタイトルの古い倉庫群がありますが、先に左手の白い倉庫。
見えにくいですがホーム側にはやはりマル通のマークが入っています。
この会社は炭酸カルシウムのトップメーカーのようです。ネットで調べていたら、この先に炭酸カルシウム乾燥用の巨大な木造構築物(ネットでは乾燥小屋と書いてありますがどう見ても小屋ではない)が何棟もあるそうです。見てみたかった。
さて本題の古い倉庫。貨物ホームの横に何棟もあります。
切妻、入母屋と形は様々ですが木造の質感がいいです。
パレットも朽ちています。ウィキによると同鉄道の貨物廃止は1994年となっていました。ということは多くの私鉄貨物を廃止に追い込んだ国鉄による1984年の大粛正は生き残ったんですね。
煉瓦造りの倉庫もありますが近づけません。
禁水ということは石灰石の貯蔵をしていたんでしょうか。テムが居るのはそのせいかもしれません。
映画のセットのようです。ひと気は全く無し。
倉庫ではないですね。入り口の造りからすると診療所?
琺瑯の電話番号表示。二桁とは戦前のものでしょうか。実家に初めて電話が引かれたときは楕円形の表示板でした(4桁、算用数字の横書き)。
まさか現役ではないと思いますが消防ホース格納箱。
懐かしいタイプのゴミ箱です。実家も幼稚園の頃は木製でしたが小学生の頃にはこのタイプになっていました。
水道・電気・NHKと昔は玄関先に必ず貼られていました。
線路を挟んで遠景。下仁田には葱が良く似合います。
ここにテムやワムが居るとほんと様になるんですが。
路地のようですが中央通り。洒落た街路灯も整備されています。ここのB級グルメはカツ丼でした。
戦災を受けなかったような町並み。
高崎より軽井沢の方が近いようです。
日野製の電車、ではなくて広告のスポンサー。この正面一枚ガラスの電車は登場時に鉄道ファンの表紙になったのを憶えています。
運行中の同電車。何か変だと思ったら運転席が右側です。
最近雑誌で紹介されていた上信高崎駅改札脇にある立ち食いそば屋のラーメンを帰りに食べました。
私は特にラーメン好きではありませんが、まぁ普通でした。