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まとめ④ 演出家 古川寛泰という男

2022年09月08日 11時26分00秒 | オペラに挑戦
今回公演が終わってみて、その感想をつらつら考えるに「師 古川 寛泰」についてもまとめておきたいと強く思うのです。というのも、ひょっとしたらとんでもない(将来オペラ演出家として名を成すかもしれない)人に師事してるじゃないかと思うようになってるからです。付き合い始めてちょうど10年だしね。
10年前の秋、ひょんな動機でノヴェッラ合唱団の練習を覗きに行って、まず師の歌声にすっかり魅了された。それとこの若い男の「オペラに対する情熱」に当てられもした。その場に居るだけで自分も熱くなるのを感じ、そのままオペラにはまり、早10年ということなんです。「人生とは出逢い」そのものだったと懐かしい。「座間から日本オペラを変えたいんだ」と語ってたな。
その頃師はまだ「テノール声楽家」をめざしてバリバリに歌ってた。我々が出演させてもらう公演で主役のテノールを歌ってた。だからこの頃は演出という仕事はまだ全く考えて無かったはず。ほんとにいい声でした。(今もいい声だと聞くけど、1作品歌いきる体力が無いとご本人は言う) 人間の声ってどんな楽器よりも凄いんじゃないかと聞きました。
あわよくば自分もあんな声で なんて甘かったんですが。
ところが2015年3月 師は脳梗塞を発症。まだ40前だったはず。4月に郷里の会津若松での凱旋公演も近かったし、8月の座間公演(カヴァと道化師)も決まってた。公演そのものは代役をたてて実施できたが、師はリハビリ生活に。ここから2,3年は辛かったでしょうね。歌を諦め、演出家になろうと決めて、再起。ここから猛勉強したんじゃないだろうか。2018年の「愛の妙薬」で演出家としてデビューした。それから「トスカ」「椿姫」を演出して今回の「カヴァ」と「アンジェリカ」を演出した。この秋には始めてじゃないだろうか、別団体の小さな公演(トスカ)の演出をやられる とチラシが回ってたな。
今回の公演に向けていろいろ指導を受けてる中でこれまでと違う師だなと思うところが多々あった。「この人本気で演出家になると決めたな。それも日本一の演出家に。」を思わせた。作品に対する勉強量が半端無かったように感じた。指導の中に出てくる「状況説明」がやたら詳しい。かつ自分の頭の中で整理されてて、しっかり絵が描けてる感じでした。演出として指導する相手を見て、言うべきことを言うべき言葉で伝えようとしてたな。できる人、できて当たり前のプロにはやたら濃い指導が、できない人(我々ですが)には今やれる範囲を見定めてだったな。その人の今一歩先を目指させる指導だったような。年齢の上下も無い。ただただ自分が考える「いい作品」を作るための手段としての演出・指導をやってた。
そして出演者全員に自分のマジックを掛けちゃうんです。付き合ってるうちに「古川イズム」が沁み込んでいて、時が来た時舞台上でそれが爆発し、人が変わる、作品自体が良くなっていくって言うのかな そんな変化を体感した。そういうことを可能にする人のようなんですよ。
それでいて基本的な所はしっかりおさえてて、軽くは処理しないんです。「イタリアオペラだからこことここは手抜いちゃいけない」という哲学を持ってます。 今回アンジェに出演した若い女性達にはリモートでイタリア語の発音指導もやったと後で聞きました。僕たちは日頃の練習中にイタリア語の発音を執拗に注意されてます。演技の面でもソリストさんが「こんな基本的な事私できてないんだ」が解るような指導をしてるんだと思います。前の「トスカ」の時はトスカ役の中村真紀さんが練習中に涙流してるのを見ました。今回ルチア役、修道院長役の2役をやった宇津木明香音さんは終了後の幕裏で泣き崩れてました。宇津木さんは練習の休憩時間も1人舞台の上で動きを復習してましたね。 高い期待、それをなんとか表現し、期待にこたえたい、答えることが自分の成長なんだと考えるようになって行くんですね。あの人にかかると。われわれ合唱団だってそうだったと思うんです。最後の1週間の全員の向上心が凄かったからね。
アンジェリカに出演した若い女性達が「ここでもう1回やってみたい」「次のオーディション受けに来ます」と感想してました。上手く成れそうな熱・指導がここにはあるのを実感したんでしょうね。
全て師の「情熱」、「夢」が原動力なのは間違いないです。
余談ですが、僕は近くのオペラ合唱団 2つ3つ 入って練習した経験があります。でも今は他はいいです。師の熱に着いていくだけでいっぱいです。座間の熱の中に浸ってるのが最高に楽しいんです。合唱団も「古川イズム」にやられてる仲間ですからね。
昔「蜷川幸雄」という有名な演出家がいました。 師 古川寛泰もそういうレベルの演出家になるような気がするのです。
コメント (4)
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まとめ③ テノールを歌ってみて

2022年09月08日 07時35分02秒 | オペラに挑戦
今年の公演での最大のチャレンジはテノールパートを歌ったことだろう。そのきっかけは単純。前回のカヴァレリア(2015年)はバスで歌ったので、今回はできたら違うメロディーで歌いたいなと思ったこと。あの頃は何歌わされても「歌えるかな?」の不安がまずあって、選り好みしてる余裕なんてなかった。楽なバスパートしかなかった。余裕が出来たのかもな。
もうひとつ、20年から21年にかけて簡単な声楽の勉強をさせてもらい、発声の基本を教わった事も大きい。「息をしっかり吸って、一瞬ためて、しっかり出す。息が少なくなっても、へこみつつある腹に圧力を感じながら、その圧で息を出し続ける。その息の上に声を乗せる」。さらに講習最後に声楽曲の独唱をやらせてもらって、小さな開眼があり、自信にもなった。この頃だったかな一緒にバスを歌ってきてる友人から「岳チャンの声質はもともとテノールじゃないの」と言われたっけな。挑戦欲みたいなのが生まれたかも。声質と歌える音域は別物ですよ。
その後「椿姫」の公演だったんですが、既にバスで練習を始めてて、「テノールで歌う」ことは忘れてた。今回のカヴァで「違うメロディー」を歌いたい希望と練習最初からパート選択が出来たことが重なって「よし、やってみよう」と軽く挑戦できたのです。
と言っても「歌える、高音も出せる」自信なんて無かったです。「だめならバスに戻る」を条件にテノールで練習させてもらいました。当然声でない部分有りました。なんとか歌いたく、見つけた方法が 「立って歌う」こと。椅子に座ってでは息がしっかり吸えない、腹に圧が掛ってるのを意識できない でした。 当然ひとり大声で歌ってたな。まだまだ息を使ってかつ小さな声=ピアニッシモだけど響きと力のある声を出すテクニックは無いですからね。周りからは「あのテノール 何一人酔ってるの」と思われてたかもな。
そんな大胆な練習の中で高いところがジワジワと出せるようになって来たんですね。最初は突然「あっ出た」なんです。まだまだ壊れた声なんですがね。それが少しづつ綺麗になっていくんです。「綺麗になってきたぞ」を感じた時はもうひとつ上の音がだせるように。
3月末に先生に判断願った。「テノール2でいいんじゃない」のお許しが出た。ここからはテノールのメロディーを本気で楽しむ気分で歌練やってたな。バスとの違いはやはり「格好いいメロディー」でしょう。主旋律に近いですからね。その点バスは「通奏低音」で下支えですから「格好良さ」に欠ける。
合唱団の素人男性は3人だったんですが、それぞれパート違ったんです。そうなると練習時に「ここでテノール2の歌がこう聞こえてます」を周りに聞かせてあげるのも仕事と思い、立って大きな声で歌ってました。今から振り返るとこの勝手な練習が発声トレーニングには良かったのかもしれませんね。公演1月前ころにはほとんど声出せるようになってましたね。しかも美しい響きで。(言い過ぎかな)
演目の中に「インネジャーモ」と名前が付いてる合唱があります。神の復活をたたえる賛歌です。合唱全体が10パートほどに別れてカノンのように追っかけっこしたり、美しいハーモニーを力強く聞かせる、合唱の聞かせどころです。本番前日に男性楽屋で「あそこでテノール2歌ってくれる人いるの?」と助っ人さん達に聞いたんです。あまりにもパートに分散するものだから、ひょっとして僕1人じゃないよな の不安がよぎったものでね。 良かった、1人いっしょに歌ってくれるセミプロ若人がいてくれました。歌ってる最中は彼の声を神と思いながら、安心感で堂々と、気持よく、酔って最高の合唱にできたと感じました。
この曲もそう、テノールは格好いいよ。歌った感いっぱいで自分で酔える。 やはり歌うならテノールでしょう。

さて今回 テノールでも歌えるぞ の成長を感じたのですが、この一歩前進が「辞めないで、続けたら」の神の声となって体の中で響いてます。まだ成長できる これは楽しいことです。
来年も公演があるらしい。演目は未発表だから判断できないが、できたらテノールをまたやってみたい。僕がテノールで歌える演目を願うな。
それと歌いまくることで出せるようになった高音域 1カ月もさぼるとまたでなくなるだろうな。そこがちょっと勿体ない。カヴァを歌い続けてるのもいいかな。好きな曲だし。 
コメント (2)
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